月の欠片――彼の知るわずかな彼女――


話は遡るが、その日、彼の元にピサロがやってきたのは、およそ昼食時であった。
およそ、というのは、彼はその日は目覚めてからその部屋から出なかったため、時間を確実には把握をしていなかったからだ。
訪れたピサロは、ただ一言「行けるか」と彼に問い掛けた。
彼は、緑色の甲冑に身を包み、ただ一言「はい」と答えた。
それが、あの暗い隠し部屋との永遠の別れの時だった。
ピサロと共にデスパレスを久々に歩けば、魔物達はみな「おい、あいつ」「生きていたのか」など、こそこそと話したり、中にはあっけらかんと「ピサロナイト生きてたのかい!」と叫ぶ者もいた。
が、ピサロはというと、目障り耳障りと思えばその魔物達をじろりと睨む。そうやって何体かの魔物を黙らせれば、もう誰もがピサロナイトの復活について何も口を出さなくなってしまった。それについてピサロナイトは何も口にすることはないし、他の魔物に彼がなんらかのフォローをすることすらありはしない。
もともとピサロが根城にしていた部屋に入り、ピサロは大きなカウチに体を預けた。
ピサロナイトは床に跪き、主の言葉を待つだけだ。
それは、以前となんら変わらない光景。
ピサロが何も言わずにその部屋で勝手な振る舞いをしていても、ピサロナイトは主からの声がかかるのをただじっと待つだけだ。
床に跪いて待機するのは、ただ単に立っているだけではピサロよりも目線が上になってしまうから。それだけのこと。
「腹が、減った」
そう呟くと、カウチ傍に置いてあるサイドテーブルの上に乗っていた葡萄の房をひとつピサロは掴んだ。
一粒、二粒。
房を持ったままで、無造作にそれの粒を咥えてちぎると、そのままもぐもぐと噛んでは飲み込む。
三粒食べたところで、今度は「飽きた」と言って、彼はそれをテーブルの皿に戻す。
その間、ピサロナイトはじっと控えているだけだ。
腹が減ったとピサロが言おうと、それだけでは「何か持ってこい」という意味ではない。
それを彼は知っているからだ。
「鎧と、同機出来たな」
「はっ」
「調子は、悪くなさそうだな」
「はい。特に違和感も感じません」
「お前に進化の秘法をもし使ったら・・・その鎧との同機がどうなるか、それはちょっと興味はあったが・・・きっと、エビルプリーストのやつも、似たことを考えていたんだろうな」
「・・・」
「お前を倒した、天空の血をひく勇者を、探してこい」
ピサロは、いつもそうだ。
前触れなく、思い出したように突然本題に入る。
ピサロナイトはぴくりと反応をした。
「勇者といいますと、あの、緑の髪の少女ですか」
「覚えているか」
「は・・・おおよそ。不思議なもので、死ぬ前のイメージはとても強くて、彼女やその仲間たちの様子は、よく頭に残っております」
「ならば、話が早いな」
そういうと、カウチの後ろに置いてあったらしい羊皮紙を取り出して、ピサロはそれをぱさりと足元に置いた。
「受け取れ」
「はっ」
数歩前に進んで、それを手にとるピサロナイト。
「地図・・・ですか」
「あの女がルーラの呪文で行ける場所に、印がついている。それと、ルーラのみでは行けないが、拠点と知っている場所にも」
見れば、地図にはいくらかの印と、国や町の名前がしっかりと記されている。
「お前はキメラの翼で移動するしかないが、その印の拠点すべてを回ったわけではなかろう。近づけ」
「は」
ピサロナイトは立ち上がり、ピサロに近づき、カウチの足元に再び跪いた。
「兜をとれ」
「はい」
言われるがまま受け入れ、ピサロナイトは兜を取って小脇に抱える。
その彼の額に、ピサロは手の平を押し付けた。
「中途な技だが、まあ、どうにかなるだろう」
「?」
ピサロの呟きの意味を把握する前に、突然ピサロナイトの額、こめかみに激痛が走った。
声を出さずに耐えて、ピサロの手を跳ね除けずに済んだのは、奇跡といえるほどの激痛。
それを何の前説もなくやってのけるピサロは、まったくもって彼に遠慮というものがない。
「ピ・・・サ・・・ロ様・・・」
「気分はどうだ」
「・・・良いとは、言えません」
「ほう」
まさに人ごとのようにピサロは声をあげると、くっく、と珍しく笑い声を漏らした。
普段のピサロナイトであれば、主が声を出して悦に入る姿を嫌うことはないが、いささか許容しかねる痛みだ。
ピサロの前で姿勢を崩すことがほとんどない彼でも我慢できず、己のこめかみを親指で押して、激痛の名残を取り払おうとする。
「お前が訪れたことのない場所も、これでキメラの翼を使っていけるだろう」
「・・・なんと」
「その代わり、はっきりとした『ルーラで行けるほど確実な印象』があるわけではないから、町によっては案外と離れたところに到着するかもしれない」
なんと便利なことを出来るのか、とピサロナイトは驚いて目を見開いた。
ルーラという空間転移の魔法は、術者が訪れたことがある町などに瞬時に移動するものだ。であれば、術者が行ったことがない場所には「飛ぶ」ことは出来ない。
「人間達は、その情報を共有することが出来るらしいが。生憎と、というべきか、ありがたいことに、こちらからの共有は出来なかった。魔族同士の伝達も、人間達よりは簡単に行かないらしい」
そう言って、ピサロは手を「しっしっ」と振って、ピサロナイトを下がらせる。
主の勝手な振る舞いにも慣れたように、ピサロナイトは地図を持ったまま後退した。
「その、勇者を見つけましたら、ここにつれてくればよろしいでしょうか」
「捕獲は無理だと思うが」
「傷つけることを許可いただければ」
「許可しても、多分無理だな。あれは、そう見えずとも狡賢いところがあるし、聡い。何故姿を隠したかもわからぬ状態なのだし、尚更だ。ただ発見して、わたしに教えろ。くれぐれも、接触するな。鎧と同機したとはいえ、町によっては鎧を身に纏った者が訪れただけで騒ぎになる場所もある。それを見極めて行動するように」
「わかりました。最善を尽くします」
「ああ、もう一枚あった」
ピサロはカウチの後ろに置いてあった一枚紙を発見し、それをつまんで再び床に無造作に落とした。
何も言われずとも、今度はピサロナイト自身が自己判断でそれをとりに行く。
「あの女の仲間の情報だ。そいつらにばれないように気をつけろ。事と次第によっては接触もありうるだろうが・・・今のところは、あの女をかくまっている様子はない」
「は・・・」
情報といっても、それは名前と性別、職業、居住地を書いただけのものだ。
「お前のこの任務は、誰にも漏らすな。質問はあるか」
「・・・その勇者の容姿の再確認、それから、もともとの居住地と最後に姿を確認出来た場所などをお教えいただけますか」
そのピサロナイトの質問に、ピサロはぴくりと眉を動かして「ふん」と忌々しそうに呟いた。
確かに彼の質問は正しく、それは不可欠な情報と言える。そして、「何故捜すのか」と踏み込んだ質問を一切彼がしないことをピサロはわかっていて、その上での仕方のない質問であることはピサロは十分に理解していた。
しかし、ピサロは、本当はそれらについてはあまり口に出したくなかったのだ。



ピサロナイトは、ピサロの前から退出してから出発の準備をした。
少なくとも多少の旅支度は必要と思われたし、彼にとっては久しぶりの外界であり、久しぶりの旅であったから、用心に越したことはない。
彼が一人になれば声をかけてくる魔物達もいたけれど、中には悪意があるものもいる。
それらすべてを相手にする気もなく適当に受け流したりするのも面倒だ。それも生きていればこそ感じられるものなのかもしれないが、彼は他の魔物のように暇人はない。結局最後には鬱陶しく声をかけてくる相手を無視する形でデスパレスを出た。
彼は、ひとまずはロザリーヒルに赴いた。
そこでロザリーに挨拶をした後、ホビットの元へと足を運び、こう告げた。
「そのうち、あの日ロザリー様が預けた防具を、引き取りに来るかもしれない」
彼のその言葉は、ホビットから情報を引き出すための嘘だ。
ピサロナイトには、何はともあれ致命的なほど情報が足りていない。
ピサロが無理難題を彼に押し付けることは初めてのことではなかったが、それにしても突然「天空の血をひく勇者をみつけろ」とは、あまりにも途方もない話だ。
理由もわからない命令を拝することには慣れてるが、それをまっとうするための武器が彼にはない。
ピサロからの情報は少なく、ロザリーからの情報も少なく――とはいえ、彼の任務を打ち明けなくても、あれだけの話をしてくれたこと自体、相当な救いになっているのだが――彼は仕方なくホビットの元へ足を運んだのだ。
ピサロは「勇者の故郷で、最後に会った。それきりだ」と言うだけで、大した情報も提示してくれない。
それどころか「勇者の故郷とは」とピサロナイトが尋ねた時も、いかにも言いたくない、という表情で眉を潜める始末だ。
が、ピサロはピサロナイトの気持ちを多少察したのか、無造作に地図の一部を指差し「このあたりだ」とだけ彼に教えた。
そして、ロザリーに会いに行けば、どうやらその勇者の故郷とやらで、ピサロと勇者は戦ったらしい、ということがわかった。

――それは、勇者マリアがピサロ様を倒すために、最後に手にした剣です。ピサロ様は、マリアさんに、魔法で負けたようですが・・・剣術でも、遅れをとるわけではなかったと思います――

一対一だったのだ、ということはおぼろげにわかっていた。
ピサロナイトにとっては、天空の血を引く勇者は、彼を倒すにも仲間の力を必要としていた、まだまだ未熟な少女という印象しかない。
ただ、覚えているのは。
大層正確に剣を打ち込んでくる、ということと、仲間に対する命令が、かなり早い、ということだけだ。
「剣は、わたしが預かることになったゆえ」
ピサロナイトがそういえば、ホビットはにこやかに
「そういうことであれば、いつなりと来てくれれば、そりゃあお返しするよ。俺はただ預かっただけだから」
「面倒をかけて、申し訳ない」
「いやいや、どうってことない。防具を預かるより、ピサロ様を運ぶ方が余程大変だったよ」
「・・・ああ・・・」
気のいいホビットの言葉を遮らず、ピサロナイトは曖昧な相槌をうった。
ピサロ様を運んだ。
なるほど、どういう状況だったかは判断出来ないが、あのピサロが誰かの手を借りなければいけない状況とは相当なものだ。
その時になぜ自分がいられなかったのかと悔やんでも、それは彼にはどうしようもないことだ。
ピサロナイトがホビットから引き出すことが出来た「おおよそ」の情報は、あまり多くはなかった。多くはなかったが、それは、ピサロの言葉が少ない理由の核心に近づいたものだ。
彼は、ピサロに対してあれこれ詮索はしない。
しかし、かといってそれは、他の魔物と同じように、ピサロから受けた命令を、馬鹿のように何も考えることなくそれだけを遂行するというわけではない。
だから、いくらかは考える。ピサロの怒りを買わぬよう、彼の逆鱗に触れぬよう、それでもそれなりに納得して任務に取り組みたいと思う。
事実、彼のそういう知能や感覚がこの任務には必要であるわけで、その辺りはピサロにとっては苦肉の策の人選だったに違いない。
捜す対象のことを知らずに闇雲に捜すよりは、情報はひとつでも多い方がいいのは当然だ。
だから、好奇心のみではなく、ピサロナイトはピサロと勇者が最後に顔を合わせた「その夜」のことをいくらかは知っておきたいと思ったのだ。

ピサロナイトはひとまず、「そこにはもういない」と言われた勇者の故郷へと足を運んだ。
勇者はそこには既にいないし、そこには何も彼女についての情報はないとピサロは断言をした。
それへ「何故ですか」とピサロナイトは食い下がることはなかった。
ピサロがそう言うならばそうなのだろう、と彼は大人しく思うだけだ。
これが人間であれば「故郷ならば、なんらかの情報があるのが当たり前だろうし、ほとぼりが冷めれば必ず戻ってくるのではないか」などという阿呆なことを言う者も多いだろう。
しかし、ピサロナイトはまったくそれには同意が出来なかった。
生まれた場所、育った場所。
それに何の意味も感じない者は世の中に山ほどいるし、故郷すら知らない者もいる。
少なくともピサロナイトは魔物よりは人間に形の近い魔族であったが、故郷と呼べる物への思い出や憧憬はほとんど持ち合わせていなかったし、それを持つ者を羨む気持ちなぞ微塵もない。
それでも、彼が念のために足を運ぼうと思ったのは、当然理由がある。
彼には、ピサロの話、ロザリーの話、ホビットからの話で、どうも合点がいかないことがあったのだ。
ピサロのポストを狙って彼を陥れたエビルプリースト。
進化の秘法を使ったやつの力が強大であったことと、一度でも進化の秘法に手を出してしまったピサロ――残念ながらその秘法は不完全であったが――が一時的にその力を消耗してしまい、勇者と手を組むしかなかったこと。
その戦いを終えた後に、勇者とピサロが一対一で戦う必要性。
ピサロは未だ野望を持ち、目の上のたんこぶとなる勇者を屠ろうとしたのだろうか。
それを勇者が迎え討ったというわけか。
ならば、何故勇者は姿を消したのだろうか。
そして、ピサロは何故生きているのだろうか。
(勇者からすれば、村人を滅ぼしたのはピサロ様。その地で、ピサロ様を倒したいと思うのも、無理からぬことか)
その辺りはわからなくもない、と思う。それは人間の感傷だ。
そこへ、何の酔狂か、ピサロは赴いたということか。
(しかし、勝者である勇者が逃げ、ピサロ様が追うとは)
勇者を捜すのは、負けて尚生かされたことへの、ピサロの怒りゆえだろうか。しかし、勇者のことを口にするピサロは、不機嫌であっても勇者への憎しみや悔恨を表に出しているようには見えない。
それに、何故勇者も逃げ、かつての仲間のもとにも身を寄せず、行方をくらませるのか。
武器防具を放ったまま。
その答えが出るとは思わなかったし、その答えがわからなくとも彼はただ任務を遂行するだけだ。
それでも、彼が勇者の故郷に最初に足を運んだのは、ロザリーもがこの件に関与しているからかもしれない。
ピサロが、勇者と戦う場所にロザリーを連れていくとは考えにくい。
けれど、倒れたピサロや、勇者が置いて行った武器防具を回収したのはロザリーだ。
そして、ロザリーは少なからずとも勇者に好意を持っているように思える。
(いっそのこと、何も考えぬ人形であれば、自分の余計な思惑に振り回されることはないだろうに)
それは、自分への落胆のため息だ。
しかし、繰り返すが、彼がそういう、人めいた感情を持つことをピサロはいくらかは理解しており、それゆえに彼をこの任務につけたり、ロザリーヒルでロザリーの護衛として配置もしていたのだ。
何事も、一長一短か。
彼は時々嫌気がさす。
自分が「魔物よりは人間にいささか近い魔族」であることに。
自分がそうであることで多くの恩恵も受けていることを知っている彼は、いつもその表裏一体の良し悪しにやるせない気持ちになるのだ。

ブランカ付近の山は長く連なり、何の目印もなく足を踏み入れても徒労に終わるとすら思える。
そこへ、彼はピサロの説明――説明と呼ぶにはあまりに短く、短すぎる故にその意味を理解することが難しいのだが――通りの場所から、わかりづらい山道に入った。
なるほど、一見誰も気付かない獣道にも見えるが、そこには明らかに彼ら魔族の者ならばわかる目印があった。
そうそう簡単には枯れないだろうと目星をつけた木々の根元近くの幹。
そこには、しびれくらげの毒やデビルプラントの茎から採取した液などを調合し、ミノーンの糸にそれを仕込んだものが結ばれている。それらは、皮肉なことにエビルプリーストが生成していたものだ。
透明な糸は日光があたっても見えにくく、人間達の目にはほとんどわからないが、彼やピサロのような魔族にとっては認識しやすい色をしている。
(これを辿って、勇者の故郷へと攻め込んだのか)
いくらピサロといえど、魔物の先導となって道なき道を辿るのはなかなかに難しいだろう。
勇者襲撃の折り、ピサロナイトはロザリーヒルにいたため共に来ることはなかったけれど、ピサロが勇者が住んでいる村を確認した翌日には、すぐに攻めこんだと聞いていた。
そこで、勇者を討った。
はずだった。
けれども勇者は生きていて、予言通り地獄の帝王エスタークを倒したらしい。
そのことも、ピサロナイト自身は知らないことだった。
自分が勇者マリアとその一行に倒されてから、世界は激変したのだ、と彼は感慨深く思う。
もちろん、その世界の変わりようを知らずに生活をしている人間が大多数で、たとえピサロと勇者が一時的であれ手を組んだとしても、魔物と人間の歩みよりも何も進んでやいない。
どれほど山道を登っただろうか。
彼は、ようやく「何か違う」と感じられる場所に出た。
「ああ・・・建物も、全て焼き払ったのか」
目の前に現れた光景を冷静に見回して、ぽそりと呟いた。
倒壊した建物が焼き払われた跡。
そこまでの道程でまったく見なかった毒の沼地が、ぽつぽつとあちらこちらに見える。
ピサロナイトが知るはずもなかったが、そこは確かに勇者マリアの故郷であり、天空城にいるマスタードラゴンによって「わずかではあるが、魔物の襲撃前の姿に戻してもらった」村の姿だ。
焼き払われた花畑を生き返らせ、毒の沼地も一部は消滅していたはずだけれど、マスタードラゴンの力ではすべての再生は難しかったのだ。
しかし、それを知らないピサロナイトが周囲を見れば「ここまで建物をすべて壊すとは、相当に暴れたな」と思わずにはいられない、村に生きていた人々にとっては恐ろしい惨劇の跡が今尚残っている。
風によって何かが動き、からん、と小さな音が彼の耳に届いた。
「?」
崩れた瓦礫の傍に、銀色のスプーン、薄汚れた陶器のボウルとカップが転がっている。
それは、明らかに「一緒にそこに置いてあった」と思われるものだ。
近くには、雨風に晒されたと一目でわかる擦り切れた毛布がぐしゃぐしゃになったまま置いてあった。
それは、どう見ても、この場所に建っていたはずの建物の「中」にあったものではない。
人々が生きるために建てられた家は、きっとピサロ達の襲撃ですべて壊されてしまったのだろう。
そして、それらが壊された「後に」誰かがそこに置いたものだと判断が出来る。
誰が。
決まっている。勇者マリアだ。
スプーン、ボウル、カップ。
それらは、どう見ても、人一人が使うだけの数しかない。
ピサロナイトは周囲を歩き回った。
すると、焚き火をした跡――といっても、それがいつのことは判断が出来ないほどに、ぼろぼろになっているが――があった。
大きな火を燃したわけではなさそうだ。
(一人、か)
旅を共にしていた仲間もいなければ、この地に縁のある者も生きてはいなかったに違いない。
この荒れ果てた故郷で、一人で生きていくことを考えたのだろうか。けれども、その前に復讐を成し遂げようとしたのだろうか。
が、それを思っても、ピサロナイトには同情といった感情は生まれない。
ただ、仕方がなかったのだ、と思うだけだ。
彼からすれば、勇者という存在はピサロの野望に立ち塞がる邪魔者であったし、その邪魔者をかくまったり庇ったりしたとすれば、この場所に生きていた人間達を排除するのは、何もおかしいことはない。
人間だって、同じように「邪魔者だ」と判断した魔物や同朋を傷つけることにためらわないのだし。
たとえ、それを「罪がない人を巻き込むなんて」と言われたとしても、彼は心が動かないだろう。
何をもってして罪のあるなしを決めるのか。
生きている存在ですべてに共通に定められた倫理などありやしない。
これは、戦争だったのだ、と彼は静かに思う。
ここに住んでいた人間達が、勇者マリアが「勇者」であることを知っていたのかどうかは、彼にはわからない。
知らずにここに居合わせて、そして巻き込まれた者がいるとすれば、それは不運だったのだと思う。
だが、それだけのことだ。



「さて、どこから行くか・・・」
ピサロナイトは、勇者の故郷らしき場所を一刻ほど探索していたが、何の成果もないと判断して、移動をすることにした。
勇者の仲間がいる町には、行く必要がないとピサロは言っていた。
それは何故か、と聞きたい気持ちもあったが、きっとピサロが既に調査済みであるのか、短い期間とはいえ旅を共にしていた間柄ゆえにわかることもあるのだろう、と、ピサロナイトは素直に頷いた。
地図に印がついているところを、しらみ潰しに捜すしかない。それは途方もない労力を要する。
人間達の生活圏のほとんどは、魔物が受け入れられないところだ。
だからこそピサロは、甲冑さえ脱げば姿かたちが人間に最も近い彼を採用したのだろうし、場所によっては甲冑を着用しているだけで怪しまれる場所もある。
面倒で気が進まない。しかし、それが自分が受けた命令だ。
(ブランカ城に行くか。しかし、あそこは城下町らしい城下町もない、手狭な国だ。そこから西に行って・・・)
ひとまずブランカの城に行くことに彼は決めた。
以前は、ブランカの王といえば世界を救う勇者を募っては祝福を与えていた人物らしいが、今はエンドールの闘技場で勝ち残れる剣士を募っているという噂だ。
であれば、ブランカは甲冑を着込んだまま行ける、彼にとっては楽な場所だ。
(しかし、そういうところにはいないんだろうな)
それは、彼の勘だった。
もしも、勇者マリアがすべての地上のものから逃げたいと願えば天空城に行けば良い。
ピサロからルーラを行使するために受け継いだ拠点の座標と場所の名前は、既にピサロナイトの知識となっている。
誰から話を聞いたわけではないが、それゆえピサロナイトは天空城に勇者がいる可能性も思い描いたのだ。
(が、ピサロ様は勇者マリアは間違いなく地上にいると断言しておられた)

「あの女が天空城で、マスタードラゴンの庇護下で生きるわけがない。もし、それをするとなったら、地上の仲間すら捨てて、一生人との交わりを拒む時だろうな」

ピサロは、勇者が故郷から行方をくらまし、そしてまだ戻っていないと断言をした。そして、それは当たっていた。
ならば、天空城にいないだろうというピサロの言葉も正解なのだろう、とピサロナイトは思う。
(それにしても・・・)
不思議だ、とピサロナイトは素直に思った。
ピサロは、勇者マリアのことをなんだかとてもよく知っているようだ。
そして、ピサロがその「知っている」と思うことを話すとき、まったくピサロには迷いがない。
己の予測を強く信じ、疑わない。
それは、内心敵と思っている勇者と旅をして、よく観察をしていたからだろうか。
いや、そうではない。
そういう形で相手を「知る」こととは、いささか違うようにピサロナイトには思えていた。
彼は、決して口には出さないが、自分がピサロのことをよく知っているということを理解している。
彼以外の誰にも与えられることがない、「ピサロ」の名を冠した称号を拝命した彼だけは、他の魔物が知るはずもないピサロのことを知っている。
それは、誰に言うわけでもないし、ピサロ本人に言うなどもってのほかだ。
当の自分自身が「そう思っている」ことすら、彼は自分で「思い上がりというものかもしれぬ」と感じているぐらいだ。しかし、それは間違いではなかった。
だからこそ、感じる違和感。
ピサロに対する違和感。
それを彼はうまく説明出来ないし、だからどうなるものでもなかった。
ただ、彼は「なんだか、腑に落ちない」と思いながら、キメラの翼を手にした。それは、ブランカ城に移動しようということだ。
山奥には歩かなければ来られなかったが、帰りは別だ。久しぶりに長く運動をしたせいで、疲労も感じている。少しでも早く今日は休みたい、と思う。
荒れ果てた村の真中で、彼は最後にぐるりとあたりを見渡した。
ここは、何もない。何もいない。そして、誰も住める場所ではない。
住むとしたら、何かに追われている罪人ぐらいのものだろう、と思う。
(罪人、か)
ピサロに剣を向けたことが罪ならば、勇者マリアは罪人といえるかもしれない。そんなどうでもよいことを彼は思いついた。
(それは、昔の自分も同じか)
兜の下に自嘲の笑みを小さく浮かべ、キメラの翼を彼は使った。


Fin


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モドル