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黒い夢-3-


その時。
「シルヴィア」
搾り出すような、乾いた声がシルヴィアの耳に届いた。
彼女はそっと見下ろすと、クロードがゆっくりと瞳を開けたところだった。
シルヴィアが彼の頬に落とした涙を拭うこともせずに、彼は彼女を気遣う言葉を発する。
「大丈夫ですから・・・」
「大丈夫じゃないよ・・・大丈夫じゃないよ・・・どうしたの、神父さま。何が苦しいの?」
シルヴィアはベッドの傍で膝をついて立ち、ようやく目を開けた愛しい恋人に問い掛たる。
クロードは苦しそうな表情でシルヴィアを見つめ、何かを言おうと口を開く。
しかし、一瞬の躊躇の後、彼は再度瞳を閉じて、自分の息を整えた。
「大丈夫です」
その言葉と共に、ゆっくりとクロードの両眼が再び開く。
ほんのわずかだけれど、痩せたせいでくぼんだ瞳。
けれどもそれは、体がやつれても生気を決して失ってはいない、いつもの彼の視線だとシルヴィアは感じる。
乾いている唇が、ようやく言葉を発した。
「・・・苦しみから、逃げるわけにはいきません」
「・・・神父さま?」
自分が発した問いに対する答えが、まったく関係のない言葉で返されたと思い、シルヴィアは眉を潜めた。
しかし、クロードは横たわったままで真剣な声音で言葉を続ける。
「いつまでも、自分の弱さの上に・・・胡座をかくわけにはいかないのです」
「・・・何を言ってるの、神父さま」
それから、シルヴィアにつかまれていた手をするりと引き抜き、クロードは体をゆっくりと起こした。ベッドの軋む音が薄暗い部屋の中で小さく響く。
息が整わないように苦しそうな表情をクロードは一瞬見せ、胸を抑える。シルヴィアは慌てて両腕を広げ、彼を抱きしめた。
「シルヴィア」
「いつからなの。いつ、こんな、眠りながら、苦しんでたの」
彼女の問いへの返事はない。
それは、彼が思い返して悩んでいる沈黙ではないのだと、シルヴィアは悟った。
シルヴィアに言うことを躊躇する答えなのだろう。
その、哀しい間が答えだ。
「じゃあ・・・いつから、ひどくなったの」
「・・・時々、ひどくなるだけですよ・・・だから、大丈夫なんです」
「大丈夫じゃないよ・・・神父さま、寝ながら、あんなに体中力入れてたら、疲れもとれるわけないじゃない」
「何日も続くわけではありませんし、その、あのお香で眠る時は、こうはならないようで」
とはいえ、デューが手に入れた眠りの香を焚く時は、眠りそのものが浅くて疲れがとれにくいのだとシルヴィアは知っている。結局はどちらにしても、彼の体に必要な休養は、彼自身の眠りでは手に入れることが出来ないのではないか。
「・・・神父さま、もしかして」
シルヴィアは、彼を抱きしめる腕を緩めて体を離し、まばたきを忘れたようにクロードを見下ろした。
「だから、あたしと、一緒に、シレジアで眠ってくれなかったの・・・?」
その問いに対しての答えも、クロードの口からは発されない。
それは、またも肯定の答えとなってシルヴィアの心に突き刺さった。
けれど彼女は健気にも、今は自分の感傷に浸っている場合ではないと思いを決めた。
ぐい、と乱暴に頬を濡らす自分の涙を拭って、シルヴィアはようやく嗚咽を止めることが出来た。
「何で、苦しいの?神父さま。何が、神父さまをそんなに苦しめるの?」
「・・・夢を見るんです。眠っている間中ずっと。けれど、それは夢なのか・・・それとも、ブラギの予言であるのか、わたしにはわかりません」
観念したように、クロードは打ち明けた。まだ、かすかに息は荒く、言葉の端々が掠れている。
「それが、あまりにも膨大な情報過ぎて・・・眠ろうと瞳を閉じているのに、延々と映像を見せられているようで、苦しい。でも、わたしの心のどこかでは、それらはブラギの予言で・・・それを正しく処理できれば、今度こそ・・・」
「今度こそ?」
「今度こそ、誰も、失わずに済むのではないかと思えて・・・だから、わたしは、目を逸らすわけには、いかないんです。そう自分で決めたので・・・少しばかり、うるさいかもしれませんが・・・大丈夫なんですよ、シルヴィア。ただ、どうしても体が弱っているので・・・迷惑を、かけてしまっていますね」
そう言って、クロードは無理にシルヴィアに苦笑を見せた。
体中がきしんで、悲鳴をあげそうなほど力を入れすぎて。
やはり、彼は戦っているのだ、とシルヴィアはぼんやりと思う。
「あの運命の日までに、こうやって向き合うことが出来ず・・・自分の中にあるブラギの神託に、目を逸らし続けた自分自身に対しての戒めでもありますが・・・わたしは、償いをしなければ、いけませんから」
そう言って、クロードは自分の額にびっしり噴出した脂汗をぞんざいに拭った。
シルヴィアはそんな彼を見つめながら、ぐるぐると繰り返し同じ考えに囚われ、そこに立ち尽くしていた。
何が起きているのか、あまり自分にはわからない。
デューが言うように、彼に今追求をしたくはない。
けれど、それよりも何よりも。

――あたしは、何と戦えば、この人を護れるのだろうか――

シルヴィアは仁王立ちのまま、そんなことを思いながら唇を噛み締める。
ごそりと、デューが後ろで動いた気配を感じたが、シルヴィアはくってかかるようにクロードに問い掛けた。
「戒めって何。償いって何。だって、神父さまは、ブラギの塔で聞きたかったことは未来のことじゃ、ないんでしょ?それを、勝手にその、ブラギの神とかなんだかが神父さまに色んなことを押し付けてるんじゃない。神父さまは、ある意味被害者でしょ、それって。だったら、そんなの・・・そんなの・・・向き合う必要なんて、ないわ!」
「シルヴィア」
「なんで、そんな風に・・・自分ばっかり、いつも、追い詰めるの・・・」
シルヴィアはそう言って、自分の服をひっぱるように裾の両脇でぎゅっと拳に握りこんだ。
彼女の背後で、床の上に起き上がったデューの姿に気付き、クロードはそちらへ視線を向ける。
「ああ、デュー、申し訳ありません。起こしてしまってようですね」
「あー、うん、いいよ・・・どうしたんだい・・・シルヴィア。落ち着いてよ」
「落ち着いてなんて、いられないわ!なんで、神父さまが一人でそんな風に向かっていく必要があるの?知りたくもないこと、頭の中に注ぎ込まれて、それを上手く使いこなせなくたって、そんなの、誰も怒らないわよ!」
「いいえ、シルヴィア」
クロードは、静かに答えた。
「わたしに、神託をこれほどにくださったのであれば、それは、ブラギ神の意志であり、わたしはそれに応える義務があるのです。あの時、わたしが欲しかった神託をいただくことが出来たのですから、わたしはブラギ神に対して崇拝とはまた別に、多大なる恩義を感じるべきですから」
起きぬけのぼんやりとした頭でその二人のやり取りを聞いていたデューは、大きなあくびをひとつして、肩をすくめた。
「話がよくわかんないんだけど・・・その、ブラギの神に応えるってのは、何すれば応えたことになるのさ?」
「・・・わたしが得た、未来についての神託の全てを理解して、意識して・・・人々を救うことではないかと思うのですが」
「じゃあ、バーハラでの悲劇のことを知っていたら、みんなを行かせなかった?」
「・・・ええ」
「そしたら、その後の未来のことは、どーなっちゃうんだろうね。神父様がもらってるその、神託とかってのは」
「・・・」
「何かが変わったら、全部、ひっくりかえっちゃうんじゃないの?一個の何かを変えるだけで、神父様の神託ってのが、それ以降役に立たないものになっちまうんじゃない?」
デューはそう言ってから少しだけ上半身を伸ばし、先ほどまでブリギッドが眠っていたベッドに視線を移した。そこに彼女がいないことを確認してから、もう一度体を床に横たえた。
「シルヴィア、落ち着いてよ。おいらは、やっぱ、よくわからないんだけど・・・」
彼は自分で意識をしていないようだったが、「おいら」と、懐かしい言葉を使う。
「おいらも、ブリギッドさんも、もちろんシルヴィアもさあ・・・一度もさあ、神父様に、どうしたら無事に逃げられる?とか、曖昧で、選択を一人でさせるようなことさ・・・そういうの、聞いたりしないじゃん?人間なら、誰だって先のことは不安だけど・・・それは、人が背負うことじゃないと思うんだよね。自分達の未来を知るとか、見るとか、聞くとか、よくわかんないけど。それくらいのこと、神様は知っているんじゃないかな。おいらは、ずっとそう思ってたよ。いつ、神父様に言おうかとずっと思っていたんだけど、今言うのがいいみたいだから」
デューは少しばかり頬を紅潮させ――とはいえ、シルヴィア達にはそれは見えなかったけれど――そう言って毛布から出ると、靴を脱ぎ捨ててブリギッドのベッドに上がった。
「ごめん。まだ眠いや。思ったより疲れてるから、ベッドで寝させて。二人も、もっと良く寝た方がいいよ」
彼には決して、二人の真剣なやりとりを茶化すつもりはない。しかし、薄情といわれても否定が出来ないほどにあっさりと、デューは毛布にくるまって瞳を閉じた。
クロードとシルヴィアは、デューがそうやって冷静でいてくれたおかげで、お互いの言い分を一度引き上げ、そっと顔を見合わせる。
デューは、ある意味では自分が当事者ではなく、ある意味では当事者であることを知っているのだろう。
だからこそ、二人の問答に深追いすることなく、ただ石を投じる役割に徹している。
そのことに気付いてシルヴィアは頬を赤らめて、自らを恥じた。きっと、クロードもまた同じ気持ちになっているに違いない。
(あたし、忘れてた。神父さま、本当はとっても頑固だから)
だから、いくら自分が熱くなっても、譲らない時は彼は決して譲らないのだ。
それを忘れてしまうほどに焦っていたのは、彼が苦しそうにしていたから、ただそれだけだ。
けれど、救いたいと思う気持ちばかりを押し付けて、彼を糾弾するだけだった自分は、まだ子供なのだろう。
シルヴィアのそんな深い物思いを気にもせず、本当はシルヴィアが眠るはずだったベッドで、デューは再びいびきの音を室内に響かせるのだった。


シルヴィアは靴を脱いで、クロードのベッドに膝を置いた。
ぎしりと軋む音がしたが、それは、デューのいびきと比べれば相当に小さい音だ。
「シルヴィア」
「寝よう。神父さま。デューの言うとおり。神父さまは、寝てても眠ってないから、よく眠らないとね」
「あの・・・では、わたしが、床で」
「ううん」
シルヴィアは首を横に振った。
「あたしが、神父さまのこと、寝てる間に護ってあげるから」
二人で眠るには少し狭い大きさだけれど、シルヴィアの体はどちらかといえば小柄であるし、クロードの体は痩せ細っている。
躊躇するクロードを気にする風でもなく、シルヴィアは毛布の中に体を滑り込ませた。
どうしてよいかわからず、クロードはただ体を横たえているだけで、シルヴィアを拒むことも、受け入れるために腕を差し伸べることも出来ない。
それが、彼らしい。
そうシルヴィアは思いながら、以前にも増して痩せてしまった彼の体に手を伸ばした。
「さっき、あたしの手で、神父さまは助かったって言ってた」
「・・・ええ」
「あたしが、役に立てるの?」
「何故でしょうね。目を背けたいと思う映像に向き合っている時に・・・あなたの手が、わたしに安心感を与えてくださいました。もしかすると、わたしは一人では、向かい合うことが出来ないのかもしれません。それほどに・・・弱いのですね、わたしは、本当に。情けない」
「神父さま、デューの言う通りで・・・きっと、それは、誰も一人じゃ向かい合えないものなのかもしれないよ」
ごそごそと丁度いい態勢になろうと、シルヴィアは自分の髪を後ろにはらいのけ、それからクロードを見つめた。
横になった状態で二人の視線が合い、クロードは苦笑を見せた。
「あなたは、不思議な少女・・・いえ、女性ですね。本当は、ブラギの神に選ばれたのはわたしではなくて、あなたなのかもしれない」
クロードは、自分の体をひきよせようとするシルヴィアの腕に抗わなかった。毛布の中で彼は覚悟を決めたように、彼女の体を抱きしめようと腕をようやく伸ばした。
長い長い間離れ続けて、お互いの体を慈しみあうことすら出来なくなった恋人達が、ようやく体を触れ合わせてお互いを感じる。
「あたしが?そんなわけないよ」
「いいえ。シルヴィア。あなたは、間違いなくブラギの神に祝福されています」
「それは」
シルヴィアは、毛布の中から顔を覗かせて、クロードに真剣な眼差しを向けた。
「そういうモノじゃなければ、神父さまは、あたしのこと、好きになってくれないの?」
「・・・いいえ。いいえ、決して」
「じゃあ、そうじゃなくていい。あたし、そんなものじゃなくていいもの。ねえ、神父さま。あたし、どうしたらいい?何をしてあげれば、神父さまは楽になるの。こうやって、あたし、神父さまが寝てる間ずっと抱きしめてあげる。他には、他には、何をしてあげたらいい?」
そう言って、シルヴィアはクロードの首に腕を回して絡めて、痩せこけた彼の頬に、艶やかな自分の頬を寄せた。
シルヴィアは、触れ合う肌と肌の温もりに、驚くほどの快楽と喜びを感じる。
こんなに嬉しくなるなんて、どれほど自分は彼の存在を求めていたのだろうか。
頬を寄せるだけで、涙が出そうなほどに嬉しくなるなんて、そんな恋愛を今まで自分は知らない。
だから、この人を護りたいのだ、と彼女は強く思った。
「神父さま。なんでも、言って。何でも、あたし、出来ることも出来ないことも、なんでも頑張るから」
「・・・あなたは」
「うん」
お互いの視線を合わせることがないまま、クロードは言葉を続けた。
シルヴィアも、彼に頬を寄せたままで、彼の言葉が一番よく聞こえるように彼の口元に耳を押し当てるようにして息を潜めた。
掠れた声に混じる吐息が、彼女の鼓膜をがさがさと震わす。
それに消されないようにと、彼は弱弱しくも、けれど、今の彼にとっては精一杯の力で、シルヴィアに哀しい言葉を返した。
「・・・あなたは・・・生きてください」
「・・・神父さま?」
告げられた言葉は、思いもよらないものだった。
シルヴィアはゆっくりと顔を彼から離し、穏やかな男の瞳を覗き込む。
「あなたが生きていてくれれば、わたしは、この世界に未練を残していられますから」
「何言ってるの、神父さま。死ぬ人みたいなこと言わないで」
「死ねれば、もっと楽なのでしょうけれど、そういうわけにもいかないので。わたしは、生きなければいけない。だから、こんなわたしにあなたが何かをしてくださるのならば・・・生きて、いつでもあなたが、この世界にいることを、知らせてください」
何を言っているの。
あたし、ここにいるのに。
そう言おうとして、シルヴィアは押し黙った。
(見えているの?神父さま、もしかして。この先あたし達がどうなるのか。それとも)
シルヴィアの心に不安が広がり始めた時、クロードはシルヴィアの体を抱きしめた。
彼からの抱擁は、今まで数えるほどしか与えられなかった。それが今、ここにある。
シルヴィアは、そのことを素直に喜んだ。しかし、次の瞬間、胸の奥に軽く痛みを感じながら瞳を閉じた。
彼の胸元に体を更に摺り寄せ、せりあがってきた涙を堪えようと唇を噛み締める。
何を意味する抱擁なのか、あまりに曖昧なそれですら、彼女にとってはずっとずっと待ち焦がれていたものだ。
たとえ、彼からのその抱擁が、真実を告げずに曖昧なままにするためのものでも。
それでも、かまわない。
そうシルヴィアは思いながら、ようやく出会えた愛しい男の体を感じる。
初めて体を重ねた時と同じくらい、何もかもを忘れそうなほどに酔いそうだった。


がたがたと、閂が動く音が室内に響いた。
それから、扉が開く音。
「お帰りなさい、ブリギッド」
扉を開けて中に入ってきたブリギッドは、誰かが起きていたことに驚いたように目を丸くした。
それも、最も起きていないと想像していた人物からの声だったから、尚のことだ。
クロードは出入り口のある部屋の隅で、背の低い椅子に座っていた。
明るいところから窓のない室内に入ってきたブリギッドは――とはいえ、部屋の中には壁の隙間から光が差し込んでいるのだが――クロードの姿を確認するのに、いささか目をこらさなければいけなかった。
ようやく目が慣れたようで、一拍置いてからブリギッドは返事をする。
「・・・神父様、おはよう。よく、眠れたかい」
「ええ。本当に・・・よく、眠れました。自分でもびっくりするほど、深く眠りました」
「そうかい。ちょうど出る時にシルヴィアが寝たから、彼女ももう三刻以上眠ってるはずだよね。デューも起きる頃だと思ったんだけど・・・ああ、こりゃ、起きないようね」
ブリギッドは隣の寝室から聞こえてくるデューのいびきを聞いて、くすりと笑った。
「食事はしたかい?」
「シルヴィアが起きるまで、待ちます。もともと、牢にいた時は、本当に食事も少量だったので、そう腹も減らないのですよ」
「・・・そう」
ブリギッドは肩にかついできた袋をどさりと床に置いて、厨房らしき部屋に向かった。
ちゃぷん、と水音がかすかにクロードの耳に届く。
「おっと、デュー、水を貯めて置いてくれたのかしら。神父様、水があるから、髪洗ったり体を拭いたり出来るの。シルヴィアが起きたら、やってもらったら?」
「いえ、自分でそれは・・・」
そう答えてから、クロードは言葉を切り
「そう、そうですね。シルヴィアにお願いしたほうが良いですね」
「そうよ。あの子、喜ぶと思うよ」
そう言ってブリギッドは厨房から戻ってくる。そして、まるでそこで初めてクロードの顔を見たように、ブリギッドは表情を緩めた。
「ほんと、顔色いいんじゃない?よかった」
「そうですか。ええ、本当に・・・深く眠れたので」
「それは結構ね」
「髪も、シルヴィアに洗ってもらいましょう。わたしは、誰かの髪を洗ったことがないのですが、わたしでも女性の髪を洗う手伝いは出来るでしょうか?」
「出来るわよ。そう、大層なことじゃないもの」
「そうですか」
そう答えて、クロードは微笑をブリギッドに見せた。
ブリギッドもまた、それへ微笑を返して、「よっこいしょ」と声をあげて大きな袋を持ち上げ、再び厨房に向かう。
手伝う、と言わないクロードのことを彼女は決して責めず、淡々と作業をこなしているようだ。
がさがさと袋を開ける音を聞きながら、クロードは呟いた。
「わたしでも、彼女にしてあげられることがあるのですね」
そっと、自分の手を見ると、まるで向こう側が透けてしまいそうな薄っぺらな手のひらがそこにある。
その手で触れた、その腕に抱いた彼女の体を思い起こして、クロードは瞳を閉じた。
壁の板と板の間から薄暗い室内に差し込む光。
それが、彼の瞼を通過して、光を無理矢理届ける。
「この光は、まるであなたのようですね、シルヴィア。けれど」
静かに目を開けた彼の表情は穏やかで、何事にも動じないような空気すら漂わせていた。
「時として光は、目を背けたいものすら、見せ付けてしまう。それでも、わたしは」
悪夢の中で、あなたのぬくもりを欲してしまった。
声にならないまま、唇でそう形作り、クロードは立ち上がった。
苦しむ夢の中に差し込んだ一条の光が、彼にもたらしたもの。
それが一体何なのか、シルヴィアは知ることなく、今はただ静かに眠り続けるのだった。


Fin

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