わたしはだんだん醜くなる-7-


シレジアは未だ雪の残る時期であったが、イザークとイード砂漠に近づけば、まるでそんなことが嘘のような春の情景が広がっている。
それがまた、シグルド軍と呼ばれる彼らにとっては、どこか苦々しく思えてしまう。
イザークの海側から入ってくる風と、国境のあちらこちらの山間で吹きだまる風、他にも無数の要因から、気候ががらりと変わる頃合いに、彼らはリューベック城を攻めることとなった。
つい先日までは、足がかじかむ雪原を走り回っていた足は、春の息吹きを感じる緑がちらほらと見える地面――とはいえ、荒れ地の多い場所でもあったが――を踏みしめる。
特にアイラにとっては、昔から見慣れたイザークの空に、また一歩近づいたのだと実感が出来るほどに、空の高さや色が記憶のものと合致するようになってきた。
それを嬉しいと思う反面、まだその場に戻ることが出来ないアイラにとっては、背徳感にも苛まされる。
イザークの空の色に近いけれど、決してまだイザークではないこの場所。
ここが自分にとっての岐路になるのだ、とアイラが覚悟を決めたその日。
またも、たたみかけるようにシグルドに不幸が訪れたのだ。
 
ザクソン城からリューベック城に攻め入ろうと、シグルドはその決行を仲間に伝え、ザクソン城は朝からざわめきたっていた。
出陣の準備を仲間達がしている中、まずはシレジアの天馬騎士が斥候役としてザクソンを出た。
ラーナ王妃の厚情により、未だシグルド達と行動を共にしているその天馬騎士数名は、リューベック城を制圧した後、セリスとオイフェをイザークに逃亡させる手伝いをする予定になっていた。
それについてはシグルドが内々に考えていたことであり、まだオイフェ本人にもはっきりと伝えてはいない。とはいえ、何かしらの尽力がなければ、シグルドもそれを決断することは出来なかったわけで、そういう意味ではどこまでも彼はラーナ王妃に頭があがらないだろう。
話は逸れたが、斥候に出て一刻もしないうちに、その天馬騎士が慌ててザクソン城に舞い戻って来たのだ。
そして、リューベック城方面から、馬が一騎追われている様子だ、との報告がなされた。
追手の数も多いため、それを助けることはその天馬騎士には出来なかった。その判断は正しい。そもそも、そんなことは彼女の役目ではないのだし。
報告を受けて、出陣準備が整っていたシグルド達は、状況のわからぬまま騎馬隊のみでその場へと向った。
そこで彼が出会ったのは。
折れた聖剣ティルフィングを守りながら、ひたすらに異国の地を馬で駆け抜け、多勢に無勢で満身創痍となった実父バイロン卿だったのだ。
 
  
「神様なんてものは、この世には、きっといない。いたとしても、それは俺たちが思っているモノとは違うんだろうさ」
バイロン卿が乗っていた馬をザクソン城まで誘導してきたベオウルフは、エントランスで出くわしたアイラにそう言った。
それは、きっと真実なのだろう、とアイラも思う。
「大将は、悲しんでる暇はねぇだろうな。リューベック城側は追手が戻らないってことで、完全な戦闘態勢に入ったし、こっちは籠城出来るほどの地力がないから攻めるしかない」
「ああ。それを承知で、半刻後には出撃すると」
ザクソン城にバイロン卿をどうにか運び込んだものの、誰の目から見てもそれは既に手遅れで、城で待っていたオイフェとアーダンは、バイロン卿の最後に立ち会うことは出来なかった。
シアルフィの騎士達は悲しみに暮れていたし、シグルドの落胆たるや、誰もが正視出来ぬ有様だ。
けれど、バイロン卿がシグルドに託した聖剣ティルフィングを修理しなければ、と、彼は自分の立場を知りながらも我ままを言い、1人で城下町へと足を運んだ。
本来ならば、別れを惜しんだり葬儀のことをあれこれ手配する立場であろうが、今はそんなことをしている暇はない。そして、彼には『ティルフィングを修理する』というわかりやすい『しなければならないこと』が今は必要なのだ。
それに、神器を持つランゴバルトと戦う前に、こちらも神器を入手したならば、それを使わない手はない。バイロン卿は、シグルド達がザクソン城にいることを知っていた。きっと、シグルドがランゴバルトと対峙する前にティルフィングを、と思い、危険を冒したのだろうし。
「おい、レックスを知らないか」
二階からエントランスに続く階段の上から、ジャムカの声が響く。
「あー?見てねぇな」
「もうそろそろ、時間だ。シグルド公子はまだ戻らないが、出撃時刻になったら出るぞ」
「ああ、そうか。レックスに、代理頼んだんだっけか。アゼルとでもいるんじゃないか」
「アゼルは」
階段の踊り場の柵をつかみながら、ジャムカはそこで言葉を切って複雑な表情を見せた。
「あっ、あー……んー、そりゃそうだな」
言葉をにごしたベオウルフを、怪訝そうに見上げるアイラ。
「ベオウルフ?」
「……ティルテュんとこでも、いるんだろう。わかっていても、当事者の口から真実を聞くほど辛いことってのはない」
「ああ、そうか」
ブラギの塔での神託を元に、ランゴバルトとレプトールの二名が影の首謀者であることを彼らは知ることとなった。しかし、今は。
ランゴバルトがクルト皇子を殺害した。レプトールが裏で操っているのだ、と。
命の灯火が消える寸前の、バイロン卿という当事者の口からなされたその激白。
それが、今まで彼らが『わかっている』と思っていたことが、実はまだ生ぬるかったことを彼らにつきつけたのだ。
「悲しみとか、辛さとか、まあ、楽しいや嬉しいも、好きも嫌いもなんだってそうだが」
ベオウルフはうんざりしたような表情で呟く。
「誰が一番つらいのかとか、誰が一番かわいそうなのかとか、そんなもんは測ることが出来ない。しかし、こういう時はいっそのこと測って、ほら、あいつよりお前は楽だろ、って蹴飛ばせたら面倒がないんだがなぁ。みんな揃ってシケた面したまま戦場に出るのは御免だ」
「仕方あるまい。起きてしまったことはやり直せないし、人間であれば心が揺れる」
「戦の時にそれを自分や周りに許すようじゃ、生き残れねぇよ。そういうことってのは、色んなところで足をひっぱるものだ。一見、関係がないことでも。戦ってのは、人の生死が関わってくるものだからこそ、平時の時よりも平静でいなきゃいけない。どんなことが身の上に降りかかっていてもな。自分の仲間が目の前で死んでも動揺してる暇なんざない。それを、既に死んだ人間のことや既に起きてしまったことで心が動いてるようじゃ、どんどん悪いツキが回ってくるようになるんだ、不思議とな」
アイラはベオウルフを見た。
「なんだなんだ、睨むなよ。不謹慎で失礼しました」
「睨んでいない」
ベオウルフの言葉で、自分の目つきが厳しかったのか、とアイラは恥じる。
ジャムカがレックスを探しに再び階段を昇って行く後姿を見て、アイラも階段の手すりに手をかける。
 
――ほら、あいつよりお前は楽だろ、って蹴飛ばせたら――
 
ベオウルフの言う通り。
自分達が思うような神とやらはここにはいなくて。
少なくとも、残酷な真実をクロードにだけ告げてくれるブラギ神はいるのかもしれないが、それも、彼らが思い描く神の存在の一部であり、全部ではない。
(ベオウルフは、面倒がない、と言ったが、そんなことをされてしまったら、たまったものではない)
誰かと自分の恋心を比較されて。
ほら、お前の方が傷ついていないのだから、そう思い煩うこと何てないだろう、と言われたら、自分はどうしたら良いのだろうか。
(でも)
もしかしたら。
自分とディアドラが立っていて。そこに、感情を測る何者かが現れたとしたら。
(そんなことは、ご免だ)
ディアドラの方がシグルドを愛している、と言われたら、自分はどうなるのだろうか。
そして逆に。
自分の方がシグルドを愛しているなんて言われたとして。
(それは、喜ばしいことなのか……いや、違う)
それは、絶望だ。
アイラは唇を噛みしめた。
たとえディアドラよりも自分がシグルドを心から愛していても。
愛というものの深さを質量で表わすことが出来て、器から零れ落ちても尚溢れるほど愛しているとしても。
それは、シグルドがアイラに手を差し出す理由にはならない。
必要なのは、ディアドラとアイラのどちらがシグルドを愛しているのかを測る秤ではないのだ。
必要な秤はシグルドの中に仕舞われていて、アイラ達は見ることが出来ない。
それに、彼は決してその秤に、ディアドラとアイラを乗せることなぞしない。
乗せなくたって、シグルドも、ディアドラも、そしてアイラも、その天秤が傾くだろう方向を知っているのだ。
 
 
ベオウルフの予感が的中したのか、それからのシグルド軍の内情はなかなかに重苦しい状態が続いた。
クロード神父からもたらされていたブラギ神の言葉で真相を薄々はわかっていたものの、それらがひとつ、またひとつと彼らの前にさらけ出されていく。
レックスの父親とティルテュの父親に、自分の父親を陥れられたシグルド。
己の父親の罪ゆえに、シグルドその他仲間達に対して負い目を抱くレックスとティルテュ。
バイロン卿の死後、レックスはランゴバルト討伐に自ら指揮をとり――ティルフィングのため、シグルドの出撃が遅れたからなのだが――、仲間からの最大限の尽力の結果、どうにか自軍の被害を最小限に抑えて、ことを成した。
が、ランゴバルトを倒したところで失った人々や時間を取り戻せるわけがないし、人の心のわだかまりが消えるはずもない。
その上、そんなレックスの様子を見たティルテュは、近い未来の己への不安を抱き、生気に欠けた。
彼らに対して常にシグルドは良識ある振る舞いをしていたものの、父親の死への動揺は当然に大きく、彼もまたいつもよりは大分冴えない表情を見せていた。いつも明るく振舞うムードメーカーのシルヴィアですら『打つ手がない』としょげてしまうほどだ。
が、彼らには立ち止まっている暇はなかった。いや、立ち止まってはいけない、という焦燥感が人々を支配していたのかもしれない。
ベオウルフが言うように、どんどん悪いツキとやらが回ってくるような、そんな兆しを誰もが薄々感じ取っていたのだろう。
一刻も早くそれから抜け出したいという漠然とした思いが彼らを先へと、グランベルへと焦らせた。
リューベック城にいたグランベル兵を全て討伐、あるいは投降したものを解放した彼らは、休む間もなく次の動きを開始した。
イード砂漠を南下するための準備はザクソン城で概ね行ってきたので問題はないが、ランゴバルトを倒したことで、近くのイザーク領地を統治しているというダナンがどう動くかがわからない。そこで、彼らはリューベック城に長居をしない方向で話を決めていたのだ。
しかし、ザクソンには未だバイロン卿の遺体が収容されていたため、当初の予定がいささか狂った。
バイロン卿の遺体をこのままザクソン城に安置してもらうわけにもいかず、運んで行くわけにも行かず。
悲しい決断であったが、遺体は異国の地で葬られることとなり、シグルドはティルフィング以外に形見になりそうなものをバイロンが身に付けていたものからみつけ、それだけをシアルフィに持ち帰ろうと決めた。
目の前にあるひとつひとつの事象を飲み下すことすら、今のシグルドにとっては難しい。
そんな彼に、もうひとつの別離を控えていることをアイラは知っていた。
リューベック城を攻める前に、そっとレックスが彼女に教えてくれたこと。それは。
シグルドの息子セリスと、オイフェとシャナンをイザークに避難させようというシグルドの考え。
それを実行するならば、このタイミングだ。
そして、同時にそれはアイラにとても選択の時であり、別離の時なのだ。
 
 
(公子には、何もわたしから声をかけられることなぞない。わたしは、ただ待つだけだ)
慣れぬリューベック城の外で、アイラは辺りを散策していた。
あちらへ向かえばイザーク、あちらへ向かえばザクソン。そして、あちらに向かえばイード砂漠。
その程度の方角は、彼女でも理解出来る。
(そして、猶予はもう残されていないことも、知っている)
ザクソンに安置してきたバイロン卿の遺体と、シグルドやシアルフィの騎士達は最後の対面をするために今はリューベック城を離れている。が、そうほどなくして彼らは戻ってくるに違いない。
その間、ホリン、ベオウルフ、レックスの三人は、現在のイザーク国境付近の情報をもとに、天馬騎士と共に子供達のイザーク入りについて話し合っているようだ。セリス達のイザーク避難は未だ人々に公にはされていなかったが、そっとレックスが昨日アイラに教えてくれたのだ。
残念ながらアイラはイザークの王族であっても、国境付近の地理や情勢に詳しくない。
以前、一度だけ来たことがあるというベオウルフ、何故かこの近辺に詳しいホリン、そして、今イザークに駐留しているダナンのひととなりに詳しいレックスの三人が相談するのは、なかなかに現実的だ。特にレックスは、ランゴバルドと倒した後でもあって、むしろ何か自分にやるべきことがあった方が気分が楽になるというのが本音だろう。
(たとえば、わたしがシグルド公子についていくとしたら。それを人に納得してもらうための言葉が、未だにみつからない。それはそうだ。レックスが言うように、わたしがシャナン達と共にイザークに行くことを選ぶほうが、どう考えても現実的。今の状況で、シグルド公子と共にグランベルに向かうのは、余程の大きな目的がなければ……いや、目的はあるのだ。最初から。けれど)
今、自分がグランベルへ共に行きたいと思う感情は、シグルドへの恋情以外の何物でもない。
それを知っているからこそ、迂闊なことを口に出したくないのだ。
イザークの汚名返上、イザークの名誉のため、と言って、もしも人々が納得したら。
確かにそれは間違いではない。けれども、それはアイラにとっては既に『シグルドと共にいたいが故の言い訳』に過ぎない。
始まりは、間違いなくそれを目標としていたのに。それがどうだ、今となっては。
(こんな女が、公子のおめがねにかなうはずもない。当然だ)
自虐の笑みで口端を歪め、背の低い木の幹に軽くもたれかかる。
(植物ですら、イザークのものに近づいてきた)
決断の時が迫っているのは、ザクソン城にいるときからわかっていた。
が、こうやって土地に生きる自然までもが、それをアイラに知らしめるかのように彼女の視界を埋め尽くす。
シレジアの冬の空気ほどの冴え渡った空気は、イザークの寒い時期でも感じたことがない、と思っていた。
それらはつい先日のことのはずなのに、今は遠いことに感じてしまう。
もうすぐ、帰るべき場所に辿り着くことが出来るという現実を、アイラを囲む様々なもの達が彼女につきつけ思い悩ませた。
木々や空や風、それら何もかもがみな。
シャナンを守りながら一度は捨てる形で追われ出たイザークがそこにあるのだ、と。
(わたしは……)
イザーク王族であるからこそ、自分は剣をふるい、流星剣という奥義も会得している。それは、シグルドの力になるだろうし、そうであって欲しいとも思う。
けれど、一方では、シグルドについていくことは、そのイザークへの背徳だ。
それに。
シャナンと離れるなんて、考えたこともなかった。
自分がいない場所で、シャナンに何かがあったら。
幾度となく考え続けたことは、何一つ彼女の心に変化をもたらさず、ただただ何度も繰り返し同じことをあてどもなく思うだけ。
決断しなければいけないことは、たったひとつ。
そして、その決断のために考えなければいけないことは、あまりにも多く、それらは矛盾を孕んでいて『自分にとっての正しい答え』を導くにはもつれ絡まっている。
その『自分』とは、誰なのだろう。自分にとって正しいというのは、誰にとって正しいのか。そして、正しいとは、どうあるべきことなのだろうか。
何度も繰り返して考えるうちに、アイラはいつも最後に『わたしが二人いれば』と、あるはずもないことを考えてため息をついて思考を止める。
が、それは、自分が二人いればシグルドのもとへいく自分、シャナンとイザークへ行く自分、と分かれることが出来るから、という理由ではない。
もしも、二人いて。
その二人が、どちらも片方を選んだとしたら。
その時は、自分に何の言い訳もせずにそれを貫けるのではないか、と思うからだ。
シグルドを選べば、イザークへの背徳を認め、この先の人生それを償う人生を送るだろうと思う。
そして、シャナンを選べば、レックス言うところの『イカれた恋愛』から目を背けた自分に後悔をしながら、次の恋愛とやらに巡り合うまで日々を過ごすだけだと思う。それが、生きている間に出会うものかどうかはわからないが。
どちらの覚悟も、たった一人の自分がするには重過ぎる。
「あ」
アイラは木にもたれかかっていた背中を離した。
遠くから、蹄の音が聞こえる。
何体かはわからないが、そう多くはない。
聞こえてくる方角を確定して、アイラはそれがシグルド達だと推測した。
今アイラがいる森を馬達が通り抜けられる道があることを、既に彼女は知っていた。きっと彼らはその道を通るはずだ。
アイラは静かに走り出す。
風を切りながら木々の間を抜け、馬が走りやすいその道へと向かう。細い枝に髪が絡まぬように気を使いながらも、その速度は決して衰えない。
蹄の音が聞こえてから先回りをするのは、相当に難しいことだからだ。
「はっ、はっ……はっ……」
息が切れるほど全力で走り、彼女にしては珍しく汗だくになった頃。蹄の音が大きく響き、すぐそこまで馬がやってきていることを知らせた。
目標の道から少し離れた木々の間から音がする方向を見ていると、案の定、馬を操る見慣れた姿が近づく姿が見えた。
(……やっぱり、公子達だ)
シアルフィの騎士達を連れて――もともと馬を操るのがうまくないアーダンがいるため、アイラが先回り出来る速度だったのだろう――ザクソン城から戻ってきたシグルドは、アレクの次に馬を走らせていた。
彼らからは見えないだろう茂みに隠れて、アイラは馬が通過する様子をみつめる。
いつからだろう。
蹄の音が聞こえると、それがシグルドではないかと緊張をして。
そうでないとわかれば失望したり、安心したり。
(エバンス城で朝から剣の訓練をしていた時に……公子が、仕事で朝帰りをしてきた、あの日から)
 
遠くに、来てしまったのだ。
 
そう思った瞬間、アイラの両眼から涙が溢れ出た。
「駄目だ……最近の、わたしはっ……」
何故こんなにすぐに泣いてしまうのだろう、と思いつつ、アイラはそれを止めることは出来なかった。むしろ、どうにもならない涙が後から後から溢れてくる。
 
――君の剣は、美しいな――

――どんなものでも、極めたものが持つ美しさというものがある。君の剣が持つ美しさは、それに近いと思える――
 
あの日、アイラの剣を褒めたシグルドに対して、アイラは彼の評価を不当なものではないかと勘違いをした。
自らの勘違いに気付いてシグルドに頭を下げたアイラに、シグルドは『頭を下げるのはやめてくれ』といいながら、彼女の腕にそっと触れた。
その感触は、覚えてはいない。
けれど、今思い出せば、彼が自分にあの時そっと触れたことは覚えていて、それを覚えていること自体、なんらかの意識があったということだ。
なんという。
なんという未熟な思いから始まった恋情なのだろうか。
それから、自分とシグルドは何を話した?
 
――たとえ、シャナンと逃亡をしたことで、君がイザークの民から謗りをうけるとしても、それは正しかったことなのだと、いつか君が証明をすれば良いことだ――
 
――公子は、それに、力を貸してくれるだろうか――
 
――もちろんだ――
 
次から次へと思い出される、二人での会話。
人は死ぬときに、まるで走馬灯のように人生の思い出を見るというが、まるでそれが今のようだ。
しかし、今思い出すのはシグルドとのことばかり。
(まるで)
まるでそれは。
自分の人生が終わるのではなく。
彼に対する恋情に、終止符を打つための儀式のようではないか。
そんなことをふと思い、アイラの瞳からは涙が溢れ続けて止まらなくなり。
そして、彼との思い出を記憶の底から掘り起こし続けることも、彼女は止めることが出来なくなった。
涙で歪んだ視界に馬達が大きく映ったと思うと、それはあっという間に遠ざかっていってしまう。
(いけない。戻らないと。シャナンに剣の稽古をつける約束をしていたのに)
涙が止まらぬまま足を踏み出すと、まるでそれを合図にしたかのように口から嗚咽が漏れた。
「っ……ううっ……うっ……き、だ……」
好きだ。
押し殺すように僅かに口に出した思い。
それが、涙と共に消えてしまえばいいのにと、どこか冷静に思っている自分を感じながらも、彼女は歩き出す。
まだ、シグルドとの思い出をひとつひとつ思い浮かべながら。
 
 
アイラは顔を洗ってから、シャナンに剣の稽古をつけるため、リューベック城の裏手に回った。
移動のたびに居住を変えていく彼らは、その城を制圧してからの残処理を行うと、すぐに訓練が出来る場所を確認する。
リューベック城に長居をする予定はなかったし、もともとランゴバルトはシグルド達を倒すためだけにこの城に滞在していたので、居住環境としてはあまり整っているとは言い難い。
近辺の集落から雇われた女中達が煮焚きと後片付けをするだけで、ベッドメイキングその他のことは兵士達が思い思いにやっていたのだろうとわかる有り様だ。
その辺りをレックスに言わせれば「砂漠を渡ってくるのに、身辺の世話をするような者を多人数連れてくるわけがないし、親父は自分さえよければいいってヤツだから、自分の部屋だけは兵士に世話してもらってたんじゃないかな」というところだ。
だが、アイラはそんな場所でも寝泊まりできるだけでありがたいことを、イザークから追われた日々の中で知っていた。むしろ、その程度の場所の方が居心地が良いとすら思う。
それを言えば、高貴な生まれなのに、と人々に笑われるだろうが。
そんなわけで、リューベック城のことには慣れずとも、稽古をつける場所は先に確保して、落ちあう約束は交わしていた。
約束の場所には既にシャナンがいて、稽古前には必ず行う呼吸の整えを行っている。
幼いながらもその姿が様になっているな、とアイラは口端を軽くあげて、微笑んだ。
「シャナン、待たせたな」
「ううん、そんなには」
呼吸の整えを終えたシャナンに声をかけると、彼は明るい笑顔をアイラに向けた。
その顔は、イザークにいた時よりも相当に大人びて、そして日に焼けてもいる。
シレジアにいる時は雪焼けもしていたので、余計にそう見えるのだろう。
「それでは、始めよう。昨日は、足腰の鍛練は忘れなかったか?」
「うん。新しい運動、昨日やったよ。終わった後の動きも加えた」
「ふふ。そうだろうな。シャナンはまだまだ背が伸びて体が大きくなるから、それに負担をかけないためにも、効率よく鍛えるためにも、終わった後の整理運動は大切だ」
アイラは、イザークで誰かに剣を教えたことも、体の作り方を教えたこともなかった。
ただ、自分が幼いころから教わったこと、自分が教わってなくとも兄マリクルが教わって鍛練していたこと、それらを思い出して、丁寧にひとつひとつをシャナンに伝えるだけだ。
2人でいるこの時間はいつも、アイラはイザークでの思い出と背中合わせになる。
剣の持ち方、振り方から果ては、剣を持ち替える時の所作のひとつひとつまで、自分を作り上げてきたのはイザークの人々であり、イザークの歴史だ。
それを実感せざるを得ないこの時間は、アイラにとって喜びであり、苦しみの時間だ。
もしかすると、この時間はシャナンという存在よりももっと、アイラにとってより強くイザークを感じさせるものかもしれない。
シグルドが戻ってきたことで召集されるかもしれない、と少しは思っていたが、ありがたいことにその日の稽古が終わるまでに彼らを呼びに来る者はなかった。
一通り稽古をつけて、アイラとシャナンは並んで地面に腰をおろした。
アイラは持ってきた水筒をシャナンに差し出し、シャナンはそれに口をつけて軽く喉を湿らせる。
「はー、この前から教えてもらった動きが増えて、なかなかうまく出来ないや」
「そうだろうな。でも、シャナンは筋がいい。昔わたしが苦手で、自分で何度やっても出来なくてアドバイスをもらっていた動きも、自分なりにもう飲み込んでいる。剣を覚えるセンスはシャナンの方が良いかもしれないな」
「そうなの?」
「ああ」
「よーし。僕、強くなるよ!」
シャナンはアイラを見ながらそう言うと、唇を引き結んだ。
その表情は間違いなく、兄マリクル王子の幼い頃と似ている、とアイラは思う。
「ねえ、アイラ」
「うん?」
「僕、オイフェに聞いたんだ」
「何を、だ?」
「シグルドは、オイフェにはまだ何も言っていないけど、セリスをイザークに逃がそうとしてるんじゃないかって」
「……!」
なるほど、オイフェの方から話がきたのか、とアイラはぴくりと眉を動かした。
「国境沿いのイザークの情報をシグルドが集めてるって聞いて、最初は僕らをイザークに返そうとしてるんじゃないかと思ったらしいけど、セリスのことなんじゃないかなぁって」
「そうか。公子からすれば、この先イード砂漠を赤子を連れて渡るのは厳しいだろうし、シレジアにいた時のように常に侍女が助けてくれるわけではない。その決断もありだろう」
「シレジアの国としての立場を考えるとシレジアには置いとけないけど、イザークで、っていう考え方は『アリ』だってオイフェが言ってた」
「ああ、そうだな……」
その辺りはさすが、幼い頃からシグルドの傍で育ったオイフェらしい洞察力推察力だろう。
アイラは、その話を聞いてシャナンはどう思ったのだろう、と、次の彼の言葉を待った。
もしかして、イザークに帰りたい、と云うだろうか。
そして、一緒に帰ろうよ、と誘うだろうか。
アイラの隣でシャナンは膝を抱えて座っており、何かを考えている表情だ。子供ながらにそこには、なにかしらの苦悩めいたものが伺える。
次に彼が口にしたことは、アイラにとってはまったくの予想外の言葉だった。
「そうやって、一度離れても、どこかでちゃんと繋がって、また会えるって信じてもいいんだよね?」
「シャナン」
「僕たちがぐるりと大陸を回ってまたイザークの近くに戻ってきたように、人と人も繋がってて、ディアドラともまた会えるって、そう信じるのは、ううん、信じたいのは、僕の逃げなのかな」
そう問いかけたシャナンの視線は、アイラに向かっていない。
膝を抱えたまま、彼は自分の爪先辺りに焦点をあてているように見える。
彼のその問いは本当の問いではなく、自問に近いものだとアイラは判断した。答えが欲しい問いをする時に、そうやって相手を見ないことはめずらしいからだ。
「……シャナンは、賢くて強い男の子だな」
逆に、わたしの方が。
アイラは自嘲の笑みをシャナンに見せぬようにと努めて振舞い、幼き頃の兄によく似た少年の横顔を見つめる。
こんな幼い子が、一度手放したものが戻ってこない現実に抗い、己に言い聞かせなければいけないなんて。
(わたしは、愚かな恋心で)
ディアドラを失ったことで深く傷ついたこの子を手放そうとしているのか。
そう思うことで、アイラの胸の奥はちりちりと痛みを訴える。
一人でシグルドのことを考えているときは、あまりにシグルドへの恋情が心を占めてしまうけれど、こうしてシャナンと共にいると、シャナンと離れて生きるなんて、まったく現実味を帯びない。
(心がどんなにシグルド公子を向いていても)
自分は、シャナンとの絆を自分の手で切り捨てることが出来ない。
決断の時が近づいていることを知りつつ、それを自分の口からは誰に伝えたくもない。自分自身にも。
(何故、いつまでも覚悟を決められないのかは、わかっている。どちらを選んでも、自分にとっては得る物よりも失う物が大きく感じるからだ)
それは、矛盾だ。
失う物の方が大きいと思うならば、そちらを選べば良いのだ。
けれども、それはそんな単純なものではない。
アイラはシャナンの真似をして、膝を抱えた。その様子に気付いたシャナンは『あはは』と声を出して笑って
「アイラも、子供みたいだね」
といった。
その声音は無邪気さよりも、まるで自分よりも年少の者への物言いに思えて、アイラはどきりとした。
幼いシャナンは、本当にアイラの兄に似た瞳を、アイラに向けていたのだ。
 
 
その日の夕方、シャナンとアイラはシグルドに呼び出された。
アイラは『ついに来たか』と思ったけれど、きっとシャナンもまた『セリスのことかな』とわかっていたに違いない。
シグルドの部屋の前に二人が到着した時、室内から荒々しいオイフェの声が漏れていた。珍しくシグルドの声までもが聞こえる。
「嫌です!わたしは、最後までシグルド様のお傍にいます!」
はっきりと聞き取れたその言葉に、ドアノッカーに手を伸ばしかけていたアイラは躊躇してその手を留めた。
「オイフェ、勝手なことをと思うかもしれないが、わかって欲しい。わたしは、セリスを失いたくないのだ」
今は、入らない方が良いだろうか。
そう思ってアイラが止まっていると、シャナンが痺れを切らしたようにノックをせずに扉を開ける。
「シャナ……」
アイラは、そんな不躾なシャナンをしかりつけようとしたが、一瞬で息を呑んだ。
静かに開けられた扉の隙間には、立ち上がって相手を説き伏せようとしているシグルドとオイフェの姿。
そのシグルドの悲壮な表情を見た瞬間、彼女は声を出すことが出来なくなったのだ。
シグルド達はお互いの説得に必死で、アイラ達が扉を開けたことに気付いていないようだった。
「オイフェ、どうか頼む。セリスを守って欲しい。こんなことを頼めるのはお前しかいないのだ……」
その、悲しげなシグルドの表情。
どんなに辛いことがあっても、オイフェやシャナンといった、年少者に対して感情をむき出しにすることがなかったシグルドが、こんな表情をオイフェに見せるなんて。
アイラは、たったそれだけのことで泣いてしまいそうな自分に気付き、息を止めてぐっと堪える。
一方のオイフェもまた、若い彼がこんな表情を見せる決断を迫られるとは、とアイラを感じ入らせるような、見たことがない決死の表情を見せていた。
「……わかりました……セリス様は、命に代えてもお守りします。でも、お約束ください。この戦いが終われば、必ず迎えに来てくださると。そのお約束がなければ、わたしはここを去ってイザークへ行くわけにはまいりません」
「ああ。約束しよう。必ず迎えに行く」
シグルドのその言葉と同時に、オイフェの顔が歪んだ。
どうにかして泣くまい、と我慢している彼は、うめくように言葉を搾り出す。
「はい……そのお言葉を信じております……」
彼の心中を察すれば、当然のことだ。
アイラはオイフェの苦渋の選択を褒め称えてやらねば、と心から思った。
と、その時だった。
「待ってよ、セリスを守るのは僕の役目だ!ディアドラと約束したんだ!ディアドラがいいって言うまでは、オイフェなんかに渡さないぞ!」
勝手に扉を開けた無作法を謝るわけでもなく、シャナンはずかずかと室内に入って行き、シグルドに噛み付くように言った。
「シャナン……」
シグルドはシャナンを見て、それから扉の傍で立ったままのアイラへ視線を移した。どうしてよいかわからないアイラは、曖昧に頷いてみせる。
「シャナン、もういいんだ。お前はディアドラのことをまだ悔やんでいるようだが、もういい、気にするな」
「嫌だ!セリスは僕が守る!イザークの民はグランベルを憎んでいるから、オイフェ達が行っても守ってなんかくれないぞ!僕はイザークの王子だ。僕なら、セリスを守れる。ディアドラとの約束だもの。僕は、セリスをイザークの民から守る。だから、オイフェは、僕をグランベルの追っ手から守ってくれれば、お互いをお互いで守れるよ。僕もオイフェも、もう知ってるんだ。自分が守りたいものを守るのは、簡単なことじゃないって」
シグルドは、シャナンのその大人びた言葉を驚いて目を見開いた。アイラもまた、予想もしていなかったシャナンの主張に驚きを隠せない。
まだ幼い彼は、強い眼差しでシグルドの瞳を捉える。
「アイラはイザークからイード砂漠越えて、ずっとずっと守ってきてくれた。でも、僕はアイラのことを守れなかった。シグルドはアイラを助けてくれたでしょう。僕が弱くてアイラを守れない分をシグルドがそうやってくれたみたいに、僕はセリスを守るけど、僕一人じゃ足りないかもしれない。オイフェなら、そんな僕が足りないところを守ってくれる。ここにいるみんなは、そうやってここまで来たじゃないか!」
「シャナン……」
アイラは、強い意志が篭ったシャナンの言葉に感銘を受け、眉根を寄せた。
つい数刻前の稽古の後に、自分がシャナンに向けた言葉をアイラは再び心の中で繰り返す。
なんと、賢くて強い子なのだろうか、と。
胸が締め付けられる、ということはこういうことなのか、とそっと胸元を手で押さえ、シャナンを見つめた。
(本当は、そうではないんだ。シャナン。わたしはずっと、シャナンが傍にいてくれることで、わたし自身を守ることが出来たのだ。わたし一人では、こんな巡り会わせを引き寄せることもきっと出来なかっただろうし、己を一人で律してイザークの民のために汚名を晴らそうと思い続けることも難しかったに違いないのだ)
けれども。
それもまた、シャナンが言うように。
ここにいる人々はみな、そうやってここに来た。それは、シャナンの主張が正しいということの証だ。
「シグルド様」
オイフェは第三者の登場のおかげでようやく落ち着いたようで、幾分表情が緩和したようだ。
シャナンの決心に力づけられもしたのか、彼はいつもの自分を取り戻し、冷静にシグルドに提案をする。
「わたしも、シャナンがいてくれた方が心強いです。シグルド様は幼いシャナンを巻き込みたくないのでしょうが、彼はもう立派な戦士です。彼が言うように、イザークの人々の協力を得るためには、彼の力が必要です」
「そうか……」
シグルドは、泣き笑いのような表情を見せた。
「わがままを言うのが、わたしの方ですまない」
それは、いつもならば自分がオイフェのわがままを聞いている立場であること、保護者として共に生きてきた立場であることを思い返してのことだ。
傍にいるがゆえに、オイフェがどんどん大人に近づいていることに、シグルドは薄々しか気付いていなかったに違いない。
けれど、そこにいるオイフェは、共にシアルフィを離れた頃のオイフェではないのだ。
シグルドは、改めてシャナンにもセリスを託すことをはっきりと告げた。
「すまないな、シャナン。セリスを守ってやってくれ……」
「うん。任せておいて」
勇ましいシャナンのその言葉で、ようやくシグルドは口端に笑みを見せた。
それから彼は、気を取り直したようにアイラへと視線を移す。彼はわざわざ、自分がオイフェに何をどうしろと話したんだ、などと細かい説明をしない。すべてをアイラが把握しているのだろうと言いたげに、彼は本題をアイラに持ちかけたのだった。
「アイラ、それじゃあ申し訳ないが、オイフェとセリスはイザークへと避難させることにするよ。君も、シャナンと共に……」
そのシグルドの言葉に、ぎくりと体を強張らせるアイラ。それは、彼が何を考えているか瞬時に把握したからだ。
シャナンがセリスと共にイザークに行くということは、アイラも行くのだ、と彼は思い込んでいるに違いない。それは、当然といえば当然のこと。
(シャナンも、まさかここで、わたしがここに残ると……共に行かないと、言うなんて思っていないだろう)
ついに、ザクソン城でレックスから声をかけられて以来、ずっと思い悩み恐れていた決断の時が来たのだ。
アイラは唇を引き結んでシグルドをみつめる。
(この話の流れでは、我を通すわけにもいくまい……それに、やはりわたしは、シャナンと離れることは……)
シグルドは、そんなアイラの思惑など知らずに言葉を続けた。
「シャナンと共に、セリスを、オイフェを、守ってやってくれないだろうか?」
「……」
予想通りのその言葉が、アイラの鼓膜を震わせ、そしてまるで体の内側全体を振るわせるようだ。
どっ、どっ、どっ、どっ。
早くなる鼓動と、あがっていく体温を瞬時に感じ取って、アイラは息を深く吸い込んだ。
沈黙が続くことがよくないと知りつつも、ものの数秒間、彼女は何度も何度も脳内で、彼への返答を練習をする。
そうでもしなければうまく言葉が出ないような気がしたからだ。
 
わかった、まかせてくれ
 
公子に、ご武運を
 
イザークの汚名を、わたしの代わりに晴らしてもらえることを願っている
 
どの言葉も上っ面で嘘くさい。そんな言葉を口にしなければならない、歯がゆい自分と彼の間柄にアイラは落胆する。
本当に言いたい言葉はそうではない。本当に言いたいことは。
アイラは、ぴくりと眉を動かした。
「……っ……」
今、自分が一番告げたいことは。
(公子と共に行く、という願いではない……)
「ああ……」
返事ともため息ともつかぬ声がアイラの唇から漏れる。
彼女は、気付いてしまったのだ。
己の心の奥底にある、今もっとも自分が吐き出したい感情を。
どっ、どっ、どっ、と高まる鼓動は、先ほどと意味合いが変わった。
決断の時を恐れおののいてそれは高まっているのではない。そのことをもう、アイラは知っている。
違うのだ。あれほどまでに悩み続けていた、シグルドについていきたいという言葉を今彼に投げかけたいのではないのだ。
アイラは自分の突然の衝動に焦り、畏怖を感じて唇を開こうと出来なかった。
(迸る……!外に、出てしまう。この、どうしようもない思いが……!)
 
公子。
あなたは。
 
わたしが、ここで、あなたの傍からいなくなっても、いいのですか。
わたしは、それに耐えられないのに、あなたはそれをしろと言うのですか。
 
(それは、まるで恨み言ではないか!静まれ、醜い自分よ…!!)
アイラの様子がおかしいことに気付いて、シグルドは心配をして彼女に声をかけようとした。
その雰囲気を感じ取ったアイラは、何かを言わなければ、と焦ってシグルドを見上げる。
ちょうどその時。
なんと、救いの言葉はシャナンの口から飛び出た。
「シグルド、アイラは、イザークには行かないよ」

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