異国の冬

モドル


※こちらは2015/12/31にツイッターにて「リプもらったカプ語りします」タグでリプいただいたカプを、なんだか語らないで一本話を書いてしまう企画に勝手に変更し、必死に数を消化しているうちの一本です。ので、いつもの作品よりも荒くて短いラフ画みたいな状態ですが、折角なのでこちらにアップさせていただきました。菜月さんリプありがとうございます。



 カタカタ、と小さく音を立てる窓枠。その端から僅かに入ってくる冷気を出来るだけ遮断するように、アイラは二重のカーテンがしっかりと端まで閉まっていることを確認した。ベッドでは、シャナンが寝息を立てている。頑張って年越しまで起きていると言ってはいたが、普段からそんな時間まで起きていることが出来ない彼には、土台無理な話だったのだ。
雪が深く、夜になれば体の芯まで冷えきるこの国の年越しは、イザークともグランベルとも違う。
 シレジアでは、年を越す前に一年の感謝を捧げて夕餉を済ませ、暖炉の前で家族で集まる。そして、その年にあったことで一番嬉しかったことを思い出すのが慣習だという。
それから、子供がいる家庭では、みな冷えないうちにベッドに入って眠りのうちに年を越す。そして、翌朝目覚めとともに新年を迎えてから「新年の儀」を執り行う場所へとみなで行くのだ。
 また、子供がいない家庭では、年越しまで家族みんなで起きていて、年を越すと同時に「新年の儀」を執り行う場所へと夜中でも集まる。正しくは、教会や、王族や貴族が足を運ぶ施設のどこか、だ。要するに、家族単位で動くため、年越しまで起きていられない者がいるならば眠りの中で年を越せ、ということになっている。
 旧年にあった悲しいことを空に還すという儀式がここシレジアでは「新年の儀」として行われている。それらは祭りのような騒ぎが沸き起こる行為ではないため、シレジアの年越しは比較的静かなものだ。
 それと比べて、イザークやグランベルといった、冬という季節があってそれなりに寒いけれど、雪はちらほらしか降らない……という場所で育った者達は、年越しは一大イベントだ。
 シャナンは年齢的に起きたまま年を越したことはないけれど、イザークの城下町で人々が楽しげに寒い中、熱くした酒を飲み交わしたり、年越しの瞬間にみなが拍手をして国歌を歌うという話などを誰かから聞いていたに違いない。そして、ノイッシュの話ではオイフェは一度だけ年越しをシアルフィの城下町でシグルドと過ごし、大層楽しいひとときを過ごしたことがあるという。
 だから、二人ともこのシレジアではどんな年越しが行われるのかとわくわくしていたのだ。早く眠れと言われても眠れず。そして、年を越せるほどは起きていられず。
 規則正しい寝息を聞きながら、アイラはそっと部屋を出た。



「シャナン、よく寝てる?」
「ああ、深く寝入った」
「ははは、頑張った方だな」
 アイラがレックスの部屋に行くと、冷えた通路を行き来する彼女のために、レックスが温かい飲み物を用意してくれていた。
「これは何だ?」
「蜜湯。いくつかハーブが入っているから、ちょっと大人向けの。フュリーが作り方教えてくれてさ……マドラーで、かき混ぜながら飲まないと蜜が下に溜まる」
 暖炉からぱちぱちと火が爆ぜる音が耳に届く。暖炉の端に天板が取り付けてあって、そこに専用のポットが吊り下げられており直火には触れないようになっている。
 レックスは冬が近くなると、随分早くシレジアの暖炉の扱いに慣れ、以前シレジアに来たことがあると言うベオウルフから「お前器用だな、いいところの次男坊とは思えないぜ」と笑われたものだった。
 アイラはそんなレックスから暖炉の扱いを教わったが、野営はどうにかこうにか生きるために覚えたものの、日常生活に関することは元来得意ではないせいか、どうも今でも薪をくべる以外のことに手を出せずにいる。
(一度くらいは、わたしがレックスに、こうやって温かい飲み物を出してあげたいものだけれど)
 そうだ、年が新しくなったらフュリーに教えてもらおう。レックスに内緒で覚えたい。アイラはそう思いながら、暖炉前のソファに座って蜜湯とやらを口にする。
「……甘くて、でも少し辛い。美味しい」
「気に入ったか」
「ああ。イザークにも、似た飲み物がある」
「へえ」
「茶に、動物の乳と色んな香辛料と塩を入れるんだ。子供用には蜜も入れる」
「ふうん、それは美味そうだな」
「でも、グランベルとかアグストリアで飲んだ山羊乳や牛乳ではちょっと違うな。種が違うんだろう。イザークの草原を走る馬はもっと背が低いから、馬以外の動物もきっと同じではない」
「そういうもんだな。俺も、シレジアで飲む動物の乳はちょっと違うと思うし」
「ああ、ここのものも違うな」
 レックスはアイラの向かいに座って、温めた酒を一口飲んだ。
「シャナンはすっかり、グランベルやアグストリアの馬やシレジアの馬が普通だと思っているようだけれど」
「そりゃ仕方ない。子供は記憶の書き換わりが早いもんだ。早くイザークに戻って、イザークの馬にでも乗れるようになるといいな」
「……うん」
 部屋着ですっかりくつろいでいるレックスの姿をじっと見つめるアイラ。
 夕食後、セイレーン城でいつも皆が食事をしている広間では、がやがやと人々がなんとなく集まって年越しをしようとしていた。勿論、こうしてレックスとアイラのように、二人きりで年越しをしようとしている者をわざわざ止める無粋な人間はいないし、ジャムカとエーディンは夕食が終わると早々に退出をしてそれっきり姿を見せていない。
 クロードとシルヴィアはむしろ皆と年を越そうと広間にいるし、シグルドもその立場上仕方なく付き合っているに違いない。デューとブリギッドも人々の輪の中にいるように思える。
 きっと、レックスも本当はそうやってみなと年を越したかったのだろうとアイラは思う。だが、彼は自らアイラの手を引いて、人々に「シャナンも眠そうだし、じゃ、また年明けに」と広間から抜けだしてくれた。
 アイラは、みなといることが嫌いではない。けれど、積極的に賑やかな場にいたいわけでもない。シャナンがそれを望めばそうしたいと思うけれど。
 それに、イザークでは城下町がどれほど賑やかでも、王族である彼女は年越しは静かに部屋で過ごすか眠りのうちに終えて、新年早々に王宮に「ご挨拶」にやってくる貴族達の相手をしなければいけなかったのだ。だから、賑やかな年越しを体験したい気持ちもあるけれど、どうも一年を終える瞬間は静かに過ごす方が性に合うと思えた。
(そのことをレックスには話してなかったのに)
 一体どうして彼はわかっているんだろう。わたしのことを。
 アイラはもう一口蜜湯を飲んで、またちらりとレックスを見る。さすがにその視線が気になったようで、酒が入ったコップをテーブルに置きながら、レックスは怪訝そうな表情になる。
「なんだ?」
「いや……その……レックスは、いいのか。みなと年越しをしなくて……」
「あー……もしかして、余計なことしちまったのか?俺」
「えっ」
「みんなと年越ししたかったか?」
「そ、そういうわけじゃない。わたしはいいんだ。レックスと二人きりの方が」
 思いもよらずに、ただただ素直に出た言葉。それを聞いたレックスはぴくりと眉を潜めて、それから
「本当か」
と真剣な表情で、前のめりの体勢になってアイラをみつめた。
「本当だ」
「本当に、二人きりでよかったのか」
「ああ」
 はっきりとアイラが頷くと、大仰に両手をあげ、ソファに体を預けるレックス。
「……あーーーーー、よかった……」
「え」
 先ほどの表情はなんだったのか、とアイラが言いたくなるほど、レックスは情けない表情を浮かべ、ソファに体をうずめながら軽く唇をとがらせる。
「だってよ……お前、なんかそわそわして落ち着かない感じだったから、あそこにいたくないのかなって連れだしちまったけど……お前がシャナン寝かしつけてる間にさ、もしかして俺相当身勝手なことしちまったかなって、こう、ぐるぐると」
「ぐるぐると」
「考えて」
「うん」
「蜜湯も、こう、ぐるぐるかき回し続けてた」
「は、ははっ!」
 想像してつい声を出して笑うアイラを見て、レックスもようやく口端を上げて笑みを見せた。
「……まだ、わからないことが多いよ。アイラのこと。だから、手探りなんだけど」
「……うん」
「いちいちお伺いたてられない性質(たち)で悪いな」
「何だ、そんなこと」
 アイラは立ち上がると、ソファに完全に体重をかけているレックスの膝の上に、そっと自分の片膝を乗せた。
「わたしも、あまりレックスにお伺いとやらをたてずに、勝手に思った通りのことばかりをやってしまって、よく後悔している」
「そうなのか?」
「ああ」
「それは知らなかった。俺はアイラが勝手に思った通りのことをしてても、ほとんど気にならないっていうか……その方が、お前らしくていい」
 レックスは両腕を伸ばしてアイラの体を抱きかかえようとする。バランスを崩さないようにとゆっくりと体を彼に預けるアイラ。
「こうやって、たまに突然積極的になるのもいい」
 そう言ってにやけるレックスを覗き込むアイラは、頬を紅潮させる。
「仕方ないだろう。嬉しかったんだ」
「何が?」
「わたしが何も言わなくても、レックスが気づいてくれたことと、いちいち伺いをたてなくなったことが」
「……たてなくなった」
「前は、そうじゃなかった。きっと、以前のレックスなら、わたしに、おい、ここで年越すのと部屋で越すのと、どっちがいい?ってわざわざ聞いていた」
「……そう、かもな」
「だから、嬉しい」
「そこは嬉しがることなのか? 俺が、思い上がっているってことじゃないのか」
 そう言いながらもレックスはアイラの靴を勝手に脱がせて、シレジア織と呼ばれる厚手のラグの上にそれを放る。
「そういうのも、嫌いじゃない」
 脱がされた足を軽く振って見せてから、アイラはレックスの腕の中で体を委ねた。ソファの上で、自分よりも随分体格が良いレックスに包まれ、お互いの体温が伝わることにどうにもならない嬉しさが、アイラの胸にこみ上げてくる。
「アイラ」
「うん」
「このままだと、ううんと、その」
「なんだ?」
「俺が尋常じゃない状態で年を越すことになってしまうんだけれど」
「……」
 尋常じゃない状態とはどういうことだ、とアイラは口にしようとしたが、寸でのことで彼がいわんとすることをなんとなく気付く。なるほど、男性の生理というものか、とやたらと生真面目に思いながらレックスの言葉を聞く。
「お前は俺のことを察してくれないのか。俺はお前のことを察してやりたいと日々思っているんだが」
「じゃあ、体を離しても?」
「それは駄目だ」
「では、尋常じゃなくても我慢してくれ」
「……ううーん……善処します」
 そんなことを言いながらも、レックスはアイラを強く抱きしめた。それでは逆効果ではないか、と思ってアイラはつい笑ってしまう。
「レックス」
「うん」
「お前はおもしろい男だな」
「アイラに言われるとなんとなく傷つくけど、まあ、ありがとうって言っておく……」
「ははは……あと、あともう一つ」
「なんだ」
 アイラは強く抱きしめるレックスの腕を軽く叩いてその手を緩めてもらい、少しだけ体を離してレックスを見上げた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「来年もよろしく」
「こちらこそ」
 そこまで言葉を交わすと、レックスは「もういいから少し抱きしめさせろ」とアイラを再び引き寄せる。横暴な言い草だと思ったけれど、それは彼の照れ隠しなのだとアイラはもう知っている。
 大きなレックスの手は、飽きることなく何度もアイラの髪を梳き続けた。アイラの耳に届く彼の鼓動は少しだけ速かったけれど、繰り返し髪を梳いているうちに落ち着いてきて、ゆるやかに規則正しく、力強い音を奏でる。
 ああ、こんなに幸せな年越しがこの世界にあるなんて。
 口に出せばきっと「大げさだな」と言われるだろう。それぐらいはわかっている。
 だから、とアイラは口をつぐんで、斧使いらしい大きな手の感触を静かに味わいながら、火の爆ぜる音と彼の鼓動にいつまでも聞き入った。





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