記憶の歌


 魔導船の回復ポッドには、タイマー機能がついている。
 通常、回復ポッドはその中に入る個体―人間のことだ―の疲労に合わせて、勝手にどれくらい休めば良いのかを感知し、適切な時間その内部で睡眠環境を作り出す。が、時々「何時にアレをしなきゃ」だとか「あともうちょっとで今日やりたいことが終わるから仮眠で」とか、中に入る人間が睡眠時間を予め設定をすることがある。
 タイマー機能で眠りを覚ます時は、脳に目覚めを促す何かが送られるようで、快適とはいえないが、刺激を受けて目覚める。
「うう・・・なんか、眠い・・・」
 しゅん、とポッドの入口が開き、リディアは上半身を起こした。体が強張っている気がする。
 月に来てからここのところ、緊張しっぱなしで調子があまりよくない。
 月面にきらきらと光を放つ、いかにも人為的に建築されたような美しい館があり、そこに近付こうとしているのだが、魔導船の着陸ポイントがなかなか探せない。しょうがないので歩いて探索したものの、月面に現れる魔物達が強くて、思いのほか探索が進まないのだ。
「・・・なんだ・・・何・・・3時に起きるって時間合わせたのに・・・」
 少しばかり早い時間に―といっても、それは、あくまでも彼らの目安になる生活時間に合わせているだけであり、月面での時間とはあまり関係が無い―起きたリディアは周囲を見回した。
 しん、と静まり返った魔導船内部。リディアは、この静けさにはまだ慣れていない。
 そもそも、魔導船に乗って月にきて、この場で寝泊りするのもこれでようやく三回目、という状態だ。
 慣れないだけではない。外の音がすべて聞こえなくなるほどの厚い装甲のせいで生まれる、この静けさ。うるさい場所は得意ではなかったが、必要以上に静かな場所も、リディアは得意ではない。
 普通に宿に泊まったり、どこかの家に泊まれば、風の音や夜の鳥、虫の音などが聞こえるのが当たり前だ。しかし、ここは月だからそんなものはないし、魔導船の中は常に静まり返っている。
(静か過ぎて、なんか、怖い)
 リディアは、他の回復ポッドを見た。セシルも、ローザも、まだ眠っているようだ。
「なんで・・・?あれ?」
 エッジは、起きている。
 気がつけば、なんとなく自然に「誰がどこのポッド」という定位置が決まっていて、ぐるりと見渡しただけで誰がどうなっているのかを判断出来るようになってしまった。
 リディアはポッドから出て、室内用のサンダルを穿いた。床と擦れる音が、妙に響くような気がする。
 彼女やローザは大抵は膝付近までのブーツを履いているので、ポッドで休むときは脱いでいる。リディアは気にしなかったが、ローザは気になったようで、魔導船の中をくまなく探索して、簡素な人数分のサンダルを見つけたのだ。それらは、すべて男性用らしくリディアにもローザにも大きかったが、ローザは満足した様子だった。
 そう広いわけでもない魔導船の中をぺたぺたと歩いた。
 でぶチョコボがいつもと変わらず寝ている姿をちらりと覗き、その呼吸音を耳にして、なんだか安心をする。
 それから、操縦席―リディアはほとんど近付かないのだが―の辺りを見て、エッジの姿が見えないことに気付いてリディアは戸惑った。
 と、そのとき。
「フフフーーン。タリララーン」
 突然、妙な鼻歌と共に、魔導船の入口が開いた。
「わっ!」
 それに驚いてリディアは声をあげる。
「うわっ!」
 また、それに驚いてもう一人の声があがった。エッジだ。
「な、なんだ、お前、何起きてる・・・」
 魔導船の外から呑気に鼻歌交じりで帰って来たらしく、エッジは彼にしてはかなり驚いた表情で、言葉もどもった。
「エ、エッジ・・・今、ふ、ふふふーんって・・・」
「うっさいなー!たまには鼻歌くらい、俺も歌うんだよ!」
「たりららーって」
「悪いか!」
 まさか、誰も起きていないだろうと思って、完全に無防備だったに違いない。エッジは「俺は歌はうまくねーんだよ!」と言い訳にもならない言い訳をして、飲料用の水を入れてあるボトルに手を伸ばした。
「あっ、わたしも咽喉乾いた」
「からかってごめんなさい、って三回言ったら飲ませてやる」
「何それー。もお。おとなげないわね!」
「えーえー、俺はおとなげない大人ですよー」
「もお。からかってごめんなさーーい。これでイイでしょう?」
「三回、って言ったけど、しゃーねえな。大目に見てやる」
 エッジはにやりと笑って、リディアが差し出すグラスに水を注いだ。なみなみと注がれた水は、一気に飲み干すには多いようだ。リディアは一口二口飲むと、小さな調理用テーブルの上にグラスを置いて、椅子に座った。
「ああーおいしい」
「お前、なんで起きてるの」
「エッジこそ」
「俺はいつも短眠なんだよ。お前、三時間くらいしか寝てないだろ」
「え」
 エッジの一言でリディアは眉を潜めた。
「・・・三時に起きる、って約束だったよね?」
「おう」
「今は?」
「一時」
「・・・わたし、タイマー・・・三時にセットしたんだけど」
「・・・バーカ、そりゃ、違うだろ。三時間後、ってセットしたんじゃねぇの?まだ操作慣れてないんだろ、お前」
「そ、そうかもしれない!」
 それなら全てが納得が行く。リディアは深いため息をついた。
「エッジは、何していたの?」
「うん?あー、ちっとな。月でも、俺の忍術ってなもんが使えるのか心配になっちまって、ちょこっと練習」
「エッジのにんじゅつ」
「アレだよ。魔法みたいなもん。そりゃ、俺達ここでこうやって息できて普通に動いてるから、あんまり俺達の星と違わないんだろーけどさ・・・ちょいっと気になって。あんまり使わないモンだから、逆にいざって時に使えなかったりするとまいっちまうし」
「ふうん、そっかぁ。わたしなんて、なーんにも考えないで魔法使ってたわ」
「はは。別にいいだろ。俺はほら、ここに来てから一度もやってないからよ・・・」
 そう言ってエッジも椅子に座って、リディアと向かい合う形になった。
 リディアは少しだけ緊張をしたように、もう一度グラスに手を伸ばして水を飲む。
 エッジが仲間になってからそれなりに慣れたけれど、二人きりでこうやって向かい合ってしみじみ話をするのは、初めてのことだ。
「でも、よかった。実は、一人で起きちゃって、なんか静か過ぎて淋しかったの」
「あー?お前、静かなの、苦手?」
「苦手っていうか・・・この魔導船の中って、全然音がなくて」
「あー、そうかもしんねぇなあ。俺は音がないってのは慣れてるっちゅーか・・・ここは、音がない上に、生活感みたいなのがないんだよな。料理するスペースがあったり、作業机があったり一応人間が乗る仕様にゃなってっけど」
 エッジが言っていることの半分くらい、リディアには理解できていない。ただ、音がないというリディアの気持ちに同意してくれたのだということだけは、わかった。
「また、これから寝ようかな」
「その方がいいぞ。不思議だよな。回復ポッドに入って寝るときは、周囲の寝息が聞こえないくらいなのに、寝るときは気にならないんだもんな、静かなのがよ」
 何気なくエッジはそう言う。リディアはそれに気づいて、眉をしかめた。
「なんか、そう言われると・・・今まで気にしてなかったのに、寝るの、怖くなっちゃう・・・」
「おいおい、別にどうってことねぇだろ?さっきまで入ってた場所なんだしよ・・・」
「う、うん」
 リディアは不安そうにエッジを見た。
 回復ポッドは、横たわった後にすぐ透明なシェルターで閉じられて、小さな個室のようになる。どうも、それを閉じなくてもベッドのように普通に眠れるらしいが、閉じて眠ると、回復が短時間で済むのだとセシルが発見した。
「開けて寝たらいいだろ。どうせ、俺起きてるし、安心だろ」
「・・・うん」
「それとも、子守り歌でもないと眠れないのか?お子様は」
 いつもならば、「また子ども扱いして!」とリディアはエッジに食いついてくる。ちょっとばかりからかいつつ、リディアの元気を出させようとエッジはそんなことを言ったのだが、予想外にも、リディアは一瞬黙ってしまった。
 どうしたんだ?といぶかしげなエッジに、リディアは静かに質問を投げかける。
「・・・昔、お母さんが歌ってくれてた。エッジも、エッジのお母さんが歌ってくれてたの?」
 それは、ふと疑問に思って口に出したことだけれど、リディアは言った直後に後悔をした。しまった、といいたげに、頬がぴくりとひきつる。
 エッジの母親は、ルゲイエによって姿を変えられてしまい、壮絶な最期を彼らの前で迎えてしまった。そのことをエッジが思い出してしまうのでは、と気付いたからだ。
 軽く息を呑むリディアの様子に、エッジはおおよその予想がついてしまったようだ。肩をすくめて、苦笑い見せた。
「気にすんな。お前だって、おふくろさんのこと思い出すのが、つらかったりするんだろ?でも、思い出すなっていっても、小さかった頃のおふくろとの思い出ってのは、きっと、いつまでも忘れねーもんなんだと思うからよ・・・さ、回復ポッドに入った入った。いい子にして寝ろよ」
「・・・ありがとう、エッジ」
 自分が犯した失態をエッジが許してくれて、しかも、自分のことまで気にしてくれたのだとリディアは気付いて、素直に礼を言った。
「バーカ。照れるだろ。そんな、可愛い顔で言われるとよ」
「えっ、え、かわいい?」
「それも、聞き返されると照れるだろうが。そういうことは、聞き直すようなもんじゃねぇんだよ」
「?」
 リディアは、これまたエッジが言うことがよくわからなかったけれど、グラスを洗ってから再び椅子に座り直した。
 たったそれだけの移動でも、自分が歩く音が妙に響くように思える。そして、立ち止まればいっそう、空間が静まり返るように感じた。
「眠れないなら、子守唄歌ってやろーか?」
「・・・子守歌って、小さい子に歌ってあげる歌でしょ」
「いんや。そうとも限らないけどな」
「違うの?」
「大人も、子供も、誰かの歌を聞きながら寝たくなる時があるんだよ」
「・・・エッジもそういう時あるの?」
「んー?そーだな、あるかもな」
 少し照れ臭そうにエッジは答えた。リディアは少しだけ考え込んだ様子で唇を引き結び、やがて、悲しげな表情でエッジを見た。
「不思議。いっぱい、お母さんが歌ってくれたのに、わたし、お母さんが歌ってくれた子守唄覚えてないの」
「・・・そか」
「なんだか、悲しいね。どんどん、お母さんのこと、忘れちゃうのかな、わたし。どうしてそんなに簡単に忘れちゃうんだろう」
「そういう風に出来てるんだよ、人間はさ」
 エッジはそう言って、グラスの水を口に含んだ。リディアはその様子を見て、エッジが一度にあまり多く水を飲んでいないことに気付いたが、それについては何も言わなかった。
「そうなの?」
「残念ながらな。でも、今お前、自分で口に出したからさ・・・歌は忘れても、おふくろさんが歌ってくれた、ってことは、きっと忘れないと思うぜ」
「どうして?」
「言葉にするとな。忘れそうになったことが、また、新しく手前の方にやってくるんだ」
「手前?」
 何の手前?
 リディアは怪訝そうに眉をしかめてエッジを見る。エッジは、えーと、どう言えばいいんだ・・・と、ああでもないこうでもない、と言葉を選んでいるようだ。
「記憶のさ、新しい方に一回持ってくるっていうか。ぼーっと自分で思い出すより、口に出す方がはっきり思い出されるもんだ」
「そうなの?」
「ああ」
「じゃあ、誰かに話せば、忘れないですむのかな」
「覚えていたいことと、忘れないことってのは、違うもんなんだよな。俺もさ、忘れたくないのに、忘れそうになっちまうことはいっぱいある」
「・・・そうなのね?なんか、寂しいね」
 肩を落としてリディアはぼそりと呟く。
 エッジからすれば、彼女はまだ充分に若く、今のうちからそんなことを憂えるものでもないと思えた。それでも、忘れたくないことが記憶から薄れてゆくことの寂しさは、年齢とか経験ではない、ということを彼は知っている。何故なら、彼もまた、人生においてはまだまだ若輩者で、それでも、寂しいと思うことがあると自分でわかっているからだ。
「思い出したときに、色々話せばいいぜ。俺にでも話せば?忘れたくないならさ。俺は、よく話すタチだと思われてっかもしれねぇが、これで、結構人の話も聞くんだぜ?」
「うふふ。うん。エッジ、よく話す人だと思ってた」
「みなさん、そーおっしゃいます」
 冗談めかしたそのエッジの言葉にリディアは笑い声をあげた。けれど、ふとエッジのことを考えて口を閉ざした。彼は確かによく話すけれど、それは心の中のとても浅い部分のことばかりで・・・。その思いの輪郭ははっきりしていないけれど、目の前にいるエッジの姿が、なぜかいつもの彼とは違うようにリディアには見える。
 明確な言葉にならないけれど、リディアは「違う、本当は、エッジって、そんなにおしゃべりじゃない」と思いついた。が、それを彼女は上手く表現をすることが出来ない。それを伝えたいというもどかしさの中で、リディアはまったく自分自身、思いも寄らないことを口に出した。
「ね、エッジ、子守唄歌って。わたし、お母さんが歌ってくれた歌を覚えてないから、エッジが眠れない時に、歌ってあげられない」
「・・・また、そーゆー可愛いこと言うんだなぁ、お前は」
 ははは、とエッジは愉快そうに笑い―また、リディアは何故笑われたのかよくわからないが―口端をにやりと引き上げて笑みを見せた。
「いーんだよ、俺が眠れない時があったって、きっとお前は寝てるんだろうからよ」
「そうかもしれないけど。ね、エッジ、歌、教えて」
「ええ?俺が?」
「うん。そしたら、エッジが眠れない時、わたしが歌えるようになるでしょ?ねぇ、エッジ、歌ってみせて。覚えるから」
 リディアにねだられて、エッジは仕方がないと小さくため息をついた。
「えー、んじゃ」
 それから、とん、とん、と机の淵を軽く叩いてゆっくりとしたリズムを取り、彼は、自分の国で聞いたことがある、エブラーナの子守唄を歌いだした。
 リディアは、机の上に肘をたてて、自分の頬を手のひらで包むように身を乗り出して聞いている。
「・・・エッジって、歌、上手なのね」
「そうか?」
「うん」
 そんなわずかな会話を途中で交わしてから、突然まぶたが重くなってきたように感じて、腕を机の上に曲げ、そこに顎を乗せてリディアは瞳を閉じた。
 耳に入ってくるのは、あまり大きくはないけれど、低く優しく響くエッジの歌声だ。普段、言葉遣いがあまり丁寧ではなく、口が悪いとみんなに言われているけれど、子守唄の歌詞をゆっくり歌っていれば、驚くほど彼の声は優しくて、本当は品がある。
(明日、ローザに教えよう。エッジの声って、本当は優しくて、安心するんだよ、って)
 それから。
 本当は、きっと、もっともっと色々考えていて・・・
 優しい人なのかも。
 自分では、はっきりした思考でそこまで考えたような気でいた。けれど、リディアはそのまま、彼の歌声に導かれるように夢の世界へといざなわれていってしまった。

「しょうがないお姫様だ。俺の美声にまいったか」
 冗談めかしてエッジは呟いて、リディアの軽い体をそっと抱き上げた。
 起きないように。そう願いながら回復ポッドまで運んでいく。
「俺らしくもねーなー」
 その呟きをリディアは聞くことは出来なかったし、聞いても、どういう意味なのかまったく理解出来ないだろうけれど。

 そっと、その華奢な体を横たえ、エッジはおやすみの挨拶をした。
 まだ、頬に触れることも出来ないその可愛らしい寝顔に、微笑みだけで。


Fin



モドル