追憶-1-

セシル達は最終決戦に臨むために月との往復を何度かしていたが、いよいよ次が最後の航海となる予測をたてた。
ちょうどそのタイミングで国の復興の進捗を報告されたエッジは、自分からはエブラーナに戻ろうとは言わなかったのだが、仲間達からの後押しに負けて、自国の様子を見に行くことになった。
洞窟暮らしをしていたエブラーナの民達は、エッジが不在の間にも、爺やの指揮のもと、国の復興を始めていた。
「若さまはこの世界のために戦っているのだから、若さまがいなくても!」
そうやって国民が一丸となって取り組んだ結果、まずは荒地の整備や瓦礫の回収が終わった。
みなが必死でやったことが少しずつ形になって見えてくる。そんな状況でエッジが一声かけにいけば、きっとエブラーナの民は本当に喜ぶだろう。
それは、エッジもわかっていたことだった。
けれど、最初彼はなかなか素直になれず、意地を張っていた。そんな彼の気分を変えたのは、それなりの納得出来る理由が出来たからだった。
「エッジ、どうせ、今日一日休んで明日月に行くつもりだし」
と言うセシルの言葉が余計な世話だとエッジには感じられ、いささか気に触った。しかし、それに続けたローザの言葉に、彼はぴくりと反応を見せる。
「あのね、あなたのために言ってるんじゃなくて、本当に一日休ませて欲しいの」
「あん?そんなに疲れてんのか?出来るだけ早く月に戻らねぇといけねぇだろ?」
「わかってるの。でも」
ローザは苦笑を見せて説明を続けた。
「月はこの星となんか空気が違いすぎて、魔法を使う人間は変に気をはっちゃうのよね・・・足はひっぱりたくないんだけど、ちょっと一息ついたほうが、向こうで実力出せるから」
それにセシルも頷き、リディアもまた「そういうことなのかな?なんとなくそう思っていたんだけど」と曖昧ながらも同意を見せた。
エッジはその意味を理解し、はっと気付いた。
「あ、もしかして、こっちに帰るたびにちょっくら休んでいくのって・・・」
「王子様はぼんやりしていて気付かなかったのか。ローザ達の負担を減らすためだ。実際、ローザとリディアの力が必要なのは、お前もわかっているだろう」
と、カインに言われてエッジは苦々しい表情を見せる。
「おめーにオウジサマ、とか言われたくねぇっつってんだろ!」
「ああ、それは悪かったな、王子様」
「お前、ほんとにムカツク!」
そういって軽く拳をカインに向けると、ひょいとカインは避ける。
その様子にセシルとローザは笑い、リディアは「やめなよ、もうー!」と声をあげた。
そんな肩の荷が下りた、束の間の休息に誰もが顔をほころばせた。それほどに月で過ごした時間は彼らにとって重苦しく、体にも心にも負担をかけていたのだとわかる。
なんにせよ、どちらにしても一日休むのだから、それは魔導船に縁のあるミシディアに限らなくても良い・・・という理由で、一同はエブラーナに向かうことにしたのだった。

エブラーナに着いてから、エッジはセシル達と別れて早速爺に連れられ、あちらこちらの様子をぐるりと見て回ることになった。
客人であるセシル達が体を休める程度の場所は確保出来た。彼らは彼らで気ままに束の間の休息を得ていることだろう・・・エッジはそう思い、比較的気楽に仲間たちを置いて出て行った。
洞窟から離れて城下町の様子を伺い、それから小さな森を抜けて、もう一つ別にあった集落の付近へと足を伸ばす。
「相当、頑張ってくれたじゃねぇか」
エッジの後ろに控えている護衛忍者4人は決して誰も口を開かない。ただ、爺のみがエッジと普通に会話をする権利を持つ。
「それもこれも、これ以上他国に侵攻するような輩がこの星からいなくなったおかげ。後は、若さま達にかかっておりますぞ」
「わーってるよ。お前達がこれだけのことをしてくれてんだ。ちゃーんと俺も俺が決めたことを、成し遂げてくるってんだ」
「そのお言葉、みな信じておりますぞ!」
空爆でぼろぼろになった城はもとより、焼き払われてしまった家屋。
生活水を汲んでいた井戸は塞がれ、人々は川と集落を往復するしかない。
そんな、悲しい戦の爪痕が少しずつ薄れていき、わずかではあるが以前の生活を取り戻しつつある。
エッジはその様子を一通り見て回って、最後に小高い丘からの景色を満喫し、いささかほっとしていた。
正直なところ、彼は彼で一国の主としてあれこれと命令をすることには未だ慣れておらず、もし彼がエブラーナにいたとしてって、復興のことはほぼ爺やに任せるしかない。
とはいえ、それはそれでエッジにしてみれば立つ瀬もないし、民衆に余計な不安を与えてしまうことだろう。
だから、こんな風に「仕方がなく若さまがご不在」な大義名分があって、その間に苦手分野を爺がフォローしてくれる今の状況はかなり彼にとっては助かっているわけだ。
「ありがとよ。爺、あとはちっと辺りを一人で見て回ってくるから、みんなのところに戻って、俺の連れに食べ物でも振舞ってやってくれや。ああ、別に贅沢なもんはいらねぇよ。エブラーナならではのもので、体にいいもんをさ」
「承知いたしましたぞ。若さま、くれぐれもお気をつけください」
爺はそう言うと、手にもっていた杖をぐるりと元気に一回転させた。
空爆の衝撃で腰を痛めた、といっていたが、最早それはすっかり癒えたようで持っていたその杖もただの飾りなのだろう、とエッジは内心苦笑いをする。
「護衛はつけたままで行くからさ」
それはエッジなりの気の使い方だ。
本当は一人になりたい気持ちは山々だが、ちょっとばかり彼もエブラーナの忍者達に気を使わないわけにはいかない。
「つっても、全員はいらねぇよ。ハヤタと、誰かあと一人でいいや。俺のことより、爺のことを手伝ってやってくんな」
「はっ」
ようやく一人の忍者が返事をして、爺とともに二人がその場を離れ、丘を下っていく。しばらくその様子をじーっと眺めていたけれど、彼らの姿が消えた頃合を見計らい、エッジは息を大きく吐き出した。
「・・・はー、楽になったぜ。爺が一緒にいると肩が凝ってしゃーねえや!」
そんな憎まれ口を叩くが、当然護衛忍者達はそれへ何も返事をしない。
彼が佇んでいるその丘はあまり高くはなく、足場はすべて草に覆われており、ところどころに木が生い茂っていた。
よいしょ、と腰をおろすと、エッジはごろりと雑草の上に横になった。
「ローザ達を休ませてやる、とはいったが、俺の方が休ませてもらってるようじゃねえか、これじゃあな・・・ちっとばかり休んでから、戻るか。お前らも、あんま気にしないで休めよ。護衛つっても、なんも起こりやしねえよ、こんなとこじゃ」
もちろん、だからといって護衛忍者がエッジのように腰をおろすわけもない。
しかし、自分達が気を張っていると近くにいるエッジにもそれが感じられるということを、さすがに彼らもわかっている。
普段は護衛といえど姿を見せず、気を漏らさないでいるのが忍者というものだ。しかし、こうやって姿を見せている時に完全に気を消すことはなかなかに難しい。
エッジはそれをわかっていて、「体勢は変えなくてもいいから、ちっとは気を緩めろ」という意味で言っているのだ。
その辺りはさすがに生まれながらの王族であり、忍者の扱い方をわかっている。
暫くの間、彼らは少しずつ形を取り戻しつつあるエブラーナ城下町を、丘から遠目で見下ろしていた。


さて、ひとときの休息の後、いまだに洞窟暮らしのエブラーナの民達のもとへエッジは向かった。
「ん?」
小さな森の出口近くで、人だかり――というほどのものではないが、人が集まる様子はエブラーナでは比較的珍しい――が出来ているのをエッジは見つけた。
「なんだありゃ」
そう言うと同時に護衛についていた忍者一人の姿が消える。
やがて、ほんの数秒の後に彼はエッジの斜め後ろに姿を現し
「若さま、お連れの少女が」
「は?少女?リディアのことか?」
エッジは歩きながら目を凝らした。確かに、リディアが人だかりの中心にいるようだ。
「つうか、なんでガキ共に囲まれてるんだ、あいつ」
「そちらも、確認してまいりますか」
「あ、いやいや、いいぜ。お前ら、姿消してろ」
「はっ」
返事と共に護衛忍者二人はその場から姿を消した。
「おーい、お前ら、何してんだあ?」
まるで今ようやく気付いたように、エッジは少し間延びした声で一同に声をかけながら歩いて行った。
中心にいたリディアは、エッジの出現に明らかにほっとした表情を見せている。
「エッジ!」
「あっ!若さま!」
「わあっ、やばいぞ、サボってるのがバレたあ!」
「若さまだあ!」
5、6人の子供達は口々に好きなことを言い放った。逃げようとした一人の首根っこをエッジは素早く掴む。
「え?何がサボりだって?」
「俺達、森で木の芽摘んで来いって言われてたんだけどっ・・・」
「サボってたのか?」
確かに見れば、子供達はみな手に小さな手かごを持っている。多分木の芽を摘めといわれたのは、爺が厨房の料理人に俺の命を伝えたからなのだろうな、とエッジは推測をした。
「サボってたっていうか、えっと、一応摘んではいたんだけど・・・」
子供達に囲まれていたリディアが一歩エッジに近づいてきた。
「リディアもどーしたんだよ」
「あのね、お散歩していたら、この子達と会って」
「一人でふらついてたのか。セシル達は」
「うん、一人で。この森、ミストの近くにあった森に似ていて、つい一人で来ちゃったの」
「そっか。で、なんだ。なんでおまえらリディアを囲んで」
いたんだ、と続ける前に、一人の少年が目を輝かせながらエッジに話す。
「若さま、この人、若さまと一緒に戦ってるんでしょう?」
「あ?ん、ああ。そうだな」
「でも、忍者じゃないんだよね?魔法使いともちょっと違うって言うから、どうやって戦ってるのかと思って。緑の髪の毛って珍しいし、特別な何かかと思って」
「そうそう。どうやって戦ってるのか、みんなで聞いてたのよね?」
少女もそれに同意をして、皆に返事を促す。子供達の元気のよい返事とは裏腹に、エッジの目にはリディアが困惑しているように映った。
「あー。確かに魔法使いってわけじゃあないなあ。召喚士のこと、説明してやったのか?リディア」
「召喚士って言っても、わかりづらいかと思って・・・それで困ってたら、エッジが来たの」
リディアがそう言うと、子供達はすぐに食いついてくる。
「しょーかんし。それって、どういうの?」
子供達に囲まれながら、エッジはちらりとリディアを見た。
リディアはおどおどと、戸惑いがちに説明をする。
「あのね・・・幻獣っていう・・・そういう、力を貸してくれる人たちが、あ、ううん、人じゃなくって、ええっと」
その様子を見て、ああ、そうか、とエッジは気付く。
いつも一緒にいるエッジやセシル達は、みなリディアよりも年上だ。
彼らがリディアに説明をすることがあっても、あまりリディアがみなに説明をする立場になることはない。
きっと、それは幻界とやらにいる間もそうだったんだろうな、とエッジは思った。
案の定、リディアの説明は要領を得ず、子供達は不満そうな顔だ。
「説明が難しいなら、呼んで見せてやりゃ一発じゃん」
そうエッジが言うと、リディアは彼を見上げた。
そっか、そうだよね。
そんな風にあっさりと彼女が返事をすると思っていたエッジは、彼を見上げるその視線にどきりと驚いた。
不安げな、困惑を隠せないその表情。
「な、なんだ・・・そういうために幻獣呼び出すのが嫌ってことか?」
「そうじゃ、そうじゃないんだけど・・・えっと・・・その、今日はちょっと、疲れてるから・・・あの・・・」
リディアはもごもごと言いづらそうに、言葉を切れ切れに発する。
失望の色を見せる子供達の様子に気づいたように、リディアは一度エッジを見て、それからまた焦ったように言った。
緊張をしているのか、何故か声が裏返っている。エッジは一瞬笑いそうになったが、寸でのところで耐えた。
「あ、明日、明日、見せて、あげる!」
その言葉に子供達は
「本当?」
「明日って、明日のいつ?」
と質問をリディアに浴びせ掛けた。
リディアはそうそう人見知りが激しい方ではないはずなのに、それにまだ困ったような表情をするだけで、即答が出来ない。
「明日はそんなゆっくりもしてらんねぇぞ、リディア」
助け舟になるのかどうかはわからないまま、エッジはどうリディアに言った。
「じゃ、じゃあね、明日の朝・・・ご飯食べた後、もう一度ここに来るね」
「わかった。おねえちゃん、約束!」
「若さまも来るんでしょ?」
「おうよ」
来ないわけにいかねぇな。
そんなことを心の中で呟いて、エッジは子供達の頭を軽く小突いた。
「さっさと帰らないと、サボってることバレちまうぞ〜」
「はーい」
「じゃあね、若さま、お姉ちゃん」
屈託なく子供達は笑顔を見せ、二人に手をふった。
それへ、エッジも大きく手を振り返し、リディアも軽く手を振った。

子供達と別れた後、エッジとリディアはゆっくり歩いて森を抜け、洞窟へと向かっていった。
リディアから何か話があるんじゃないかと思ってエッジは暫く黙っていたが、彼の思惑は外れ、リディアは自分からは口を開かない。
もうそろそろ洞窟から出て仕事をしている人々に会う頃だ。エッジはついに痺れを切らして自分から話を振った。
「おい、なんで、さっきよ・・・困ってたんだ?お前」
「あの・・・えっと、誰を、呼べばいいのかなあって迷って」
それへは思いのほかしっかりとした答えが返ってくる。そうそうぼんやりしているわけでもなかったようだ、とエッジは話を続けた。
「はあ?そんなこと?そんなん、誰でもいいだろ?ちゃちゃっと誰か呼べば、それで・・・」
エッジより少しだけ後ろを歩いていたが、リディアはぴた、と立ち止まった。その気配を察して振り向くエッジ。すると
「そういうわけにはいかないの!」
リディアは顔を真っ赤にして、めずらしく大きな声を発した。
その剣幕に驚いてエッジは言葉を飲み込み、目を大きく見開く。
しかし、驚いたのはエッジだけではなかった。どうやらリディア自身、自分がそんな大きな声を出したことに驚いたようで、一瞬体を硬くして、それから、エッジをちらりと見て
「ご、めん。その、えっと」
慌てて謝ろうとして、けれどもそれもうまくいかない。
その彼女らしくない様を見て、エッジは小さく息を吐き出した。
「・・・リディア」
「・・・あ」
エッジの大きな手が伸び、リディアの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
それから、彼はリディアを覗き込むように上体を軽く落とし、目線を合わせる。
「まあ、落ち着けや。悪かったよ。困ってるみたいなお前のこと急かしてよ・・・俺も、幻獣のことなんざ、よくわかってねぇから、簡単に言っちまったけど・・・なんか、アレか?戦闘中でもない時に呼ぶとどーの、とか契約の問題か?」
「・・・違うの」
「ん?俺には言いにくいことか?」
「あの・・・」
「うん」
「昔、それで・・・恐がられて・・・オトモダチ・・・」
「え?」
次の瞬間、リディアの大きな瞳から、大粒の涙がぼろぼろと前触れもなく零れた。
もちろん、焦るのはエッジの方だ。
「ちょ・・・ちょっと待て、待て、なんだお前、何泣いてんの。また・・・俺がローザに怒られるだろ!」
「だってえええええーーーー」
エッジのそのひどい言い草はまったく気にしていないようで、リディアはぐいと目をこすって続けた。
「チョコボしかっ、呼べなくて、チョコボ呼んだらっ・・・それだけで、恐がられてっ・・・」
「はあ?」
「そしたら、もう、誰呼んだらいいの?シルフ?それとも、人間に近い感じがする、ラムウ?それともっ・・・」
「落ち着け、な?落ち着け、リディア」
エッジはリディアの背に手を回して、ぽんぽんと叩く。リディアは両手で顔を覆って、俯いたまま泣き続ける。
彼女が気付かないように、軽く反対の手で宙を払いのけるように動かす。
それは、姿を消したまま彼らを護衛してきた忍者たちを追い払う合図だ。
もちろん、それに対する応えは特にないが、エッジは一瞬空気が揺らいだ感触を受ける。それは、命を守ったことを主に知らせるようにわざと忍者たちが移動の気を残したものだが、リディアにはわかるはずもない。
なるほど、どうやらリディアが幼い頃になんだかあったようだ・・・エッジはそう思いながら、目の前で泣いているリディアを見続ける。
さすがにそれだけの言葉では曖昧なことしか今は理解出来ないが、きっとそれは泣き止めばリディアが説明してくれるのだろう、と彼は思った。
もちろん、おぼつかない、頼りない説明になるのだろうが。


ようやく泣き止んだリディアを連れて、エッジは洞窟からまた少しだけ離れた小さな草原に行った。
護衛忍者を追い払った上に戻らない、となればまた爺やがえらい剣幕で彼を叱るだろうが、それを気にするわけにもいかない。
草原に腰をおろして、雑草と雑草の間に飛び跳ねる小さな虫をリディアは手で捕まえた。そして、すぐに虫を放す。
「あのね・・・昔ね。ミストの村で、同じくらいの年のお友達がいてね・・・」
さすがに、言わずにやり過ごすわけにはいかない、とリディアも観念したようで、エッジに説明を始めた。
たどたどしいリディアの言葉を聞きながら、エッジは改めて彼女を見て考える。
セシルとカインとローザは知っている、子供の頃のリディア。
それをもちろんエッジは知らない。
幼い頃の記憶というものは、わずかな限られたことは鮮明に残り、残りのほとんどは薄れて忘れてしまうものだ。
けれど、彼女はもしかすると、時間の流れが違う幻界で育ったから、忘れ方も違うのかもしれないな・・・そんなことを思う余裕があるほどに、リディアの語りは緩やかだ。
「ちょっとミストから外れた森にお散歩に行った時にね・・・その・・・友達がね、魔物に襲われたの」
「へえ」
「それで、わたし、チョコボを呼んで助けたんだけど・・・あっ、その頃はね、チョコボしか呼べなかったしね」
「・・・うん」
「そしたら、その子に恐がられちゃって・・・気持ち悪いって言われて・・・」
気持ち悪い、とはかなりひどい言い草だな、とエッジは眉を寄せる。
子供というものは、無意識でなかなかに残酷なことを人に言うものだ。それだとはわかっているが、あまり感心はしない。
「なんでだよ。お前の村に住んでた子なんだろ?だったら、えっと、召喚士じゃねえの?」
「うん・・・ミストの村に、召喚が出来るのは、もうわたしとお母さんしかいなくてね。それに、普通に生活してれば、召喚することなんてほとんどないじゃない?」
「そらそうか」
リディアはぽつぽつ話しながら、雑草の間に生えていた小さな花を見つけて、その花びらを指でつまんだ。
もちろん、つまんだだけでそれを摘んだり毟ったりはしない。
「・・・その子のお母さんが、その子に説明したみたいだったんだけど、全然もう駄目で・・・口も聞いてくれなくなっちゃって」
ちょっとだけわかる、とエッジは思う。
魔物に襲われることも子供心には恐ろしいというのに、突然もう一体魔物――というとリディアは怒るだろうが――みたいなものが現れて戦い始める。
たとえ、チョコボがリディアの味方だってわかったって、子供からすればチョコボだって随分と背の高い鳥だ。苦手な子はそれだけでも泣いてしまうだろう。
リディアはうまく説明しないけれど、きっと、突然現れて突然消えていって、もうそれだけでその子はどうしようもなく不気味に思えたんだろう・・・もちろん、それは、大人からすればそう冷静にわかるけれど、当時のリディアは。
「お母さんが言うには、その子の家はずーーっとずーーっと召喚士の血が薄くて、お父さんも、そのまたお父さんも、またまたそのお父さんも」
「ひいじいちゃんな」
あまり多くの言葉を知らないリディアに、教えてやる意味もこめてエッジは言った。その言葉は聞いたことがあったらしく、リディアは慌てて頷いた。
「そうそう、それ!そこぐらいから、誰も召喚も魔法も出来なくなったらしくて・・・だから、もうミストの村にいてもしょうがないっていってね・・・それからどれくらいしてからかなあ。出て行っちゃったの」
「仲直り出来なかったのか?」
「うん」
「なるほどねえー」
はあー、とエッジは息をついた。
「だから、お前・・・あの子達が怖がったらどうしようか、不安になったのか」
「うん。また、恐がらせたら可哀想だって思って・・・誰を呼べば、みんなが幻獣を受け入れてくれるのかなぁって」
リディアはそう言って俯いた。
その様子をエッジは目を細めて見る。
優しい子だ、と思う。
恐がらせたら可哀想。それは、子供達のことを思っての言葉だ。
(普通はそうは感じないんじゃね?)
また、自分が気味悪がられたらどうしよう。
そう思うのが普通なのだろうに、リディアは子供達の心配をしている。そして、呼ばれる幻獣を、子供達に受け入れてもらいたいと思っている。
その、少しだけズレている優しさが、時々エッジは苛立つ。苛立つけれど、どうしようもなくリディアの頭をなでたくもなる、と思う。
「・・・んーーーー」
「エッジ?」
「とりあえず・・・あんまり、難しく考えなくていいぜ。なんにせよ、あいつらきっと明日お前のこと楽しみにしてると思うしさあ」
「エッジは、誰を呼び出せばいいと思う?」
「んーーー・・・チョコボでいいんじゃね?最近のエブラーナのガキ共は結構小さい頃から魔物んこと見てるしな、チョコボくらいじゃ恐がらないと思うぜ」
「そうなの?」
「ああ」
「・・・」
リディアはまだ何かを言いたそうな表情を見せたが、思い直したように
「そう。エッジが、そう言ってくれるなら・・・そうしてみよっかな」
と引き下がった。
それから、ごろりと横になって雑草の中に埋もれる。
緑色の髪に緑色の服。
それがまるで大地に同化するようだ、とエッジは思う。
エッジはその隣で一緒に横たわった。
「・・・心配すんなって」
「うん」
「な、お日さんが、あの雲に隠れたら、みんなのところ戻ろうな」
「うん」
エッジは流れる雲の近くへと、緩やかに傾いていく夕方の太陽を指差す。
リディアは目を細めてそれを見てから、小さく微笑んだ。
「エッジは、元気出せ、とか言わないのね」
「あん?だって、そんなこと言ったらお前、元気出てないくせに元気出てるフリすんじゃん」
「そんなことないもん」
「そんなことあります」
「ないもん!」
「あるってば。知ってるんだから。お前が、お前なりにみんなに気ぃ使ってるの、知ってるんだからな」
そう言ってエッジはリディアの頭を撫でようと腕を伸ばす。しかし、思った場所にリディアの頭がなくて空振りをする。
その様子に気づいたリディアは、自分から頭をエッジの手のひらに押し当てるように体を伸ばした。
「おっ」
「・・・へへ」
「自分からねだってきやがって。ったく」
「いーの。たまには、撫でさせてあげる」
「なんだよ!もう調子よくなっていやがる!人が心配してやってんのに!」
そう言って、エッジは軽く上半身を起こして、リディアの頭を撫でた。


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