追憶-2-

夕食の席を離れて、エッジは洞窟の片隅で壁にもたれかかって声をかけた。
「ハヤタ。いるんだろ」
「はっ」
エッジは指を軽くちょいちょいと動かした。
それは、「姿を見せなくてもいい」という合図だ。彼のその仕草をもちろん忍者たちは見逃すことなく忠実に実行してくれる。
「明日、朝飯の後、一緒に今日の森んとこ行ってくれ。それと、近くにさ、アーシャを呼んどいてくれるか」
「そちらは、サナク殿の許可が必要ですが」
「お前らの主は誰だ」
「はっ、出すぎたことを言いました。申し訳ございません」
「・・・つっても、無理言ってんのはわかってんだ。頼むわ」
「はっ」
姿を現さないままの忍者とエッジは会話を終えた。
きっと爺やが聞いていれば、相当こってり絞られてしまうことだろう。
エッジはごそごそといつも身につけている道具袋に手を入れ、底をまさぐった。
エブラーナにいた頃は持ち歩いてすぐにでも使えるようにしていたものでも、セシル達との戦いではまったく必要がないものがある。それらをその袋にまとめているのだ。
「鳴らせるかな、これ」
小さな半円形の薄い金属板を手にとって、エッジはそれを口に含んだ。


思い出すのは、遠い日のこと。
(俺も、そういや、似たことがあったんだよな)
久しぶりの故郷とはいえど、それまで自分が寝泊りしていた場所とはまったく違う。
とはいえ、エッジを含めた忍者たちは、眠る場所を特には選ばないように訓練されているため、寝付かれないことはあまりない。
それでも、なんとなく眠りに入れないのは、昼間のリディアのことで、少しばかり自分の過去を思い出したからかもしれない、とエッジは毛布に包まって自重気味に笑った。
生まれて初めて、エブラーナ以外の大陸に連れて行かれた時。
その当時は飛空艇などはなかったため、船による長い航海でようやく他国の地を踏むことが出来た。
島国であるエブラーナが外敵に備えるためには、多少なりと外の世界を知らなければいけない、という父王の命によって、幼いエッジは護衛忍者たちと、忍術の修行をつけてくれていた師匠と呼んでいた、忍者の中でも位が高い者達と旅に出た。
今と違って、魔物が人間を襲うことがそう多くもなかった頃の話だ。
(知らない国の、知らないガキだったな)
リディアとは違う。
友達を助けたわけでもないし、そもそも仲良くなりたかったわけでもなかった。
助けたのは子供。
子供を襲っていたのは、人間。
強者と弱者が明らかで、そして、誰が悪いことをしたのかも明らかな状況だった。
子供の食い扶持を、盗賊が横取りしようとしていた。だから、助けた。
(けど、やっぱ、恐がられっちまったんだよなあ)
正確に言えば、恐がられたのはエッジではない。
エッジの一声で、突然姿を現して、盗賊達を倒した忍者だ。
礼も言わずに、子供は青ざめて、わああ、と大声をあげて逃げて行った。

――なんだ、あのガキ、人に礼も言わねぇで。この国の子供は礼儀ってもんを知らないのか――

――恐れながら、若さま。我々が突然現れたので、気味悪がられたのではないかと――

――はあ?――

――この国は、忍者がいない国。我らのように気配を姿を消す者なぞ、そうそうおりませんでしょうし――

――だからって・・・――

その先を続けようとしたエッジに、首をゆっくり振って見せたのは、その当時幼馴染とも言えるほどに一緒に忍者修行をしていた、同じくらいの年齢の忍者だ。同じくらいの年齢でも、彼らは相当に大人びており、エッジの扱いも既に心得ていた。
あの子供は悪くない。ただ、「未知のもの」を受け入れる度量がなかっただけだ。
それを理解するにはまだエッジは幼く、唇を前に突き出して「けっ!」と吐き捨てるだけだった。
「まあ、リディアほどのことじゃあ、ねえけどな」
エッジはぼそりと呟いて、自分が声を発していたことに驚いた。
「ったくよ・・・あいつといると、いつも」
いつもいつも。
忘れたことを思い出したり、揺れないはずの心が揺れたり。
それを誘発しているリディア自身は、いつももっと心が揺れているに違いない。
エッジは毛布からがばっと飛び起きて、枕もとの小さなランタンに火をつけた。
そして、夕食後に何度か練習した「それ」を再び道具袋から出す。
「やっべ。明日しくじらねーように、もうちょい練習しとこ・・・何年ぶりだよ、こんな練習」
金属板を口に含み、舌を少しすぼめて、舌の上に半円を縦に乗せるように動かす。
(何年ぶりだ。誰かのために、わざわざ努力なんつーもんをするのは)
それは悪くない、とエッジは思う。
多分、次に同じ事を思う時も、リディアのために何かをする時なんじゃないかと思う。
いや、そうであって欲しいものだ、と、彼は無意識で願った。


エブラーナの朝は早い。
あの戦いの時に、多くの忍者達を失ったエブラーナは、自国を守るために残った忍者の強化をようやく始めたばかりだ。
若い忍者達の訓練は早朝から行われる。
昨日エッジの周囲にいた護衛忍者たちは、他の任務についていたため戦火を運良く免れた者や、足の速さをかわれて伝令役になったため生き残れた者がほとんどだ。
それ以外の、役目らしい役目についていない若い忍者たちは、まだまだ実力が足りず、気を殺して姿を消すことすらままならない。
そんな若者達の訓練が終わる頃にエッジ達はようやく起きて、洞窟の一室で石のテーブルを使って朝食を取る。
「エブラーナの穀物は、独特でおいしいわね」
「だろ?このパンの粉、香ばしいだろう」
「うん。癖があるんだけど、それがいいね」
セシルとローザに褒められて、エッジはもとより、爺も満足そうな顔で朝食の場にいる。
正直なところ、朝食ぐらい気楽にさせろ、とエッジは言いたいのだが、なんといってもこの国の王子の朝食なのだから、それは仕様がないことなのだろう。
「リディア、うまいか?」
「うん。昨日の夜もらったスープもおいしかったけど、今朝のこのスープもおいしいね。初めて飲む味だけど、体がぽかぽかしてきて、わたし、これ好きよ」
カインもそれに頷く。
そうかそうか、といいながら、エッジは朝からがつがつとかなり大量にたいらげる。
「珍しいね、エッジがそんなに食べるなんて。僕より食べたっけ?」
いつも彼は腹八分目以下にしているというのに、やはり故郷の食べ物は違うのだろう。セシルが目を丸くして、エッジが食べていく様子を見ている。
「はーっ、ごちそうさまっと!」
ちょうど、エッジの半量も食べていないほどのリディアも食事を終えたようで、最後に水を飲んでいるところだった。
「悪いけどよ、ちとリディアと出かけてくっから。なーに、半刻程度だし、こっからそう離れてないからさ。別行動許してくれや」
「ちょっと行ってくるね〜」
「あら」
エッジとリディアがそんな風に言うことも珍しい、とローザは驚きの声をあげる。
「爺、忍者たち連れてくから、心配しないでくれ。ハヤタとサナクには昨晩もう伝えてあるから」
「まったく、久しぶりに帰ったと思えば、また自由気ままな・・・」
と、爺の小言が始まったのに顔をしかめて、エッジはリディアをせかしてその場をさっさと離れようとする。
きっと、ゆっくり食事をしているセシルやローザに、そのまま爺はあれこれとエッジの愚痴をこぼすに違いない。
食べたばかりで動きが緩慢なリディアの手をとって、エッジは歩幅を彼女に合わせながら先に立って歩き出した。


森の入り口には、既に子供達が集まっていた。
子供は子供で朝から役割があり、みな水をバケツに一杯ずつ川から運んだ後だと言う。
動いてから朝食を食べ、分担で任された午前中の仕事前に、約束の場所に来たというわけだ。
「若さまー!おはようございます!」
「おはようございます、若さま!」
口々にエッジとリディアに朝の挨拶をする。
それへリディアもきちんと挨拶を返した。
森の入り口にいると、他の大人達にみつかるかもしれない、と、エッジはみなを森の奥に連れて行く。
奥といっても、鬱蒼とした森ではないため、木漏れ日は明るく彼らを照らしている。緑に囲まれた朝の空気はどこまでも気持ちが良いとリディアには思えた。
「おっし、昨日いた全員いるな?」
「いるよー」
「はーい!」
子供達は朝から元気が良い。
それに負けないようにと、エッジは苦笑いしながら声を張り上げた。
「よーーーし、じゃあな、約束だ。今日は、召喚士ってのが、どういうものか教えてやるぜ」
「しょーかんし」
「しょーかんし」
自分が説明しなくてはいけないのか、とリディアは不安そうな表情を見せたが、それへはエッジが軽く手で「まあまあ」と制して、話を続ける。
「召喚士ってのは、戦いの時にな、力を貸してくれる誰かを呼ぶことができるんだ」
「力を貸してくれる誰か?」
「見てのとおり、こいつはか弱い女の子でな、忍者の修行もしたこたねぇし、鍛えてるわけでもない。そのかわり、魔法力ってのがすげえいっぱいあるのさ」
子供達の視線がリディアに向けられる。それに気付いて、リディアは少し照れくさそうに小さく笑って見せた。
「魔法もいくらか唱えられる。優秀なんだぜー?でも、魔法より、もっと召喚の力の方がでっかいんだ」
「しょーかんの力」
「どうやって呼ぶの?誰が来るの?」
「まあまあ、待て待て。実はな」
エッジは人差し指を唇の前に立てて、「しー」と子供達を静かにさせる。
それにはリディアも驚いて、ついつい息を潜めてエッジの小声に耳をすませた。
「俺も、ちっとは、その召喚ってのができるんだ。これは、内緒だぜ?」
「えええーー!?」
「若さまも?聞いたことないや!」
「やってみて、やってみて!」
「よーし。じゃあなあ。召喚ってのは呪文を唱えるんだぜ?」
リディアは目をぱちぱちと数回瞬きさせ、何かを言おうと口を半開きにした。
一体エッジが何をしようというのか、まったくリディアには想像することも出来ない。
「エッジ、大丈夫なの?」
「まっかせとけって!お前ら、静かにしてろよー」
子供達はまるで瞬きを忘れたように、エッジが何をするのか集中して見ている。
エッジはもごもごと何かを唱えるように口を動かす。
リディアの目から見れば、明らかに様子がおかしい。彼が忍術を使う時だってそんなにもごもごと長く、仰々しい詠唱は行わないと彼女は知っているからだ。
「来い!」
エッジはそう叫んで、片手を上に伸ばした。
と、その瞬間、まるで空から現れたように、一人の黒装束の忍者が飛び降りてエッジの前に膝をつく。
「わああ!」
「すごい!」
数人の子供はそれに驚いて声をあげたが、一人の少女はつまらなそうに唇を尖らせている。
「若さま、わたし知ってるんだから!お城の忍者の偉い人達は、姿消したり現れたり出来るんでしょ!?呼んだんじゃなくて、ずっといたんじゃないのー?」
「ぐっ・・・」
(こんの、こまっしゃくれたガキが!)
少女の、あからさまに正しい追及に、エッジは一瞬言葉を詰まらせた。
しかし、ここで種明かしをしてしまうわけにはいかないため、エッジは手を横に振った。
「違う違う、それとは違うぜ!それに、俺が呼べるのは忍者だけじゃあないんだぜ?」
「ええっ!?」
それには、子供達ばかりではなくリディアも驚きで声をあげる。
「今度は、もっとびっくりするぜー?見てろよ?」
エッジはそう言って、仰々しく空中に何かの印を描くように、胸の前で両手を動かす。
子供達はそれに集中して、何の意味があるのかとその手の動きを見ていた。
リディアは、ぴくり、と体を動かす。
一瞬、何かが耳の奥に響いた気がした。けれど、それは音のように感じられず、まるで鼓膜だけに風が吹いたような、そんな不思議な感覚を受ける。
と、その数秒後。エッジはまた声をあげた。
「来い!」
ざっざっざっ、と森の入り口から音が聞こえる。それは、何かの足音だ。
一同は驚いてそちらを見る。
「わああ!」
「犬だ!」
かなり体長が大きな黒い犬が、森の中を走ってエッジのもとにたどり着く。
子供達は驚いて道を開けるように散り散りにエッジの傍から離れた。
「すげえ、若さま、どうやって犬を呼んだの!?」
「森の外からやってきたよ?しょうかんって、すげぇー!」
エッジはやってきたその犬を撫でて、それから「戻れ!」と命令をして、来た入り口の方角を指した。犬はくるりと方向をそちらに変え、エッジに命じられたとおりに走って戻って行った。
「まあ、こんな風に、戦いのパートナーを呼ぶってわけよ」
子供達と一緒にリディアも素直にそれに驚いている。その様子を見てエッジは小さな苦笑を見せた。
「だけど、戦いの最中じゃ、来てくれるのを待ってる時間が惜しいだろ。このリディアが呪文を唱えりゃな、一瞬で仲間がやってくるんだぜ?しかも、俺みたいに人間とか犬じゃあない。他の世界で生きている、人よりずっとずっと強いやつらとか、傷を治してくれる力を持つやつらとか、色んな仲間がいるんだ。今日は特別だぜ?お前ら、見せてもらったら、ありがとうって言うんだぞ?」
そういいながら、子供達一人ずつの頭をエッジは手を伸ばして小突いていく。
子供達は嬉しそうにきゃあきゃあとはしゃぎながら、リディアへ期待の視線を向けた。
「エッジ」
「リディア、見せてやれ」
リディアは、こくりと頷いた。
どうやってエッジが犬を呼んだのかはわからないが、小手先の技であっても、本当の召喚を見せるためにはいい前振りになったとリディアも思う。
ここまで見せて、「もっと強いやつが一瞬で」とエッジが言ってくれたのだから大丈夫だろう。リディアはそう信じて、呪文の詠唱を始めた。
リディアの詠唱は、わざとだらだらと文句を並べていたエッジと比べて、相当に短い。本来は長い詠唱を必要とされるが、幼い頃から慣れ親しんだチョコボであれば尚のこと、驚くほどに短い詠唱で、あの幻獣は彼女に力を貸してくれる。
「リディアを契約の名とする。チョコボ、力を貸して!姿を見せて!」
最後に告げた「姿を見せて」の言葉は、普段の詠唱では言わないことをエッジは知っている。
それは、現れるチョコボに、召喚の用件は戦ではないということ、その場にいる誰に対しても危害を加えないことを頼んでいる言葉だ。
「わあああっ!!」
次の瞬間、どっと場が沸いた。と思うと、一人の少年が腰を抜かしてその場に座り込む。
リディア達の前に、チョコボが突然姿を現した。それにきっと驚いたのだろう。
「何これ!」
「でっかい鳥だ!」
リディアは、子供達が怯えぬようにと、現れたチョコボの首に腕を回して、危害を加えぬ生き物であることをアピールしてみせた。
「ありがとう、チョコボ、来てくれて!」
「クエッ」
その様子を見てエッジは苦笑をせずにはいられない。
(確かになぁ。こりゃ、デカイわな、子供からすりゃ)
召喚されたチョコボは幻獣であるが、幻獣ではない野生の普通のチョコボとほとんど変わりがない外見だ。
大人数人をまとめて背に乗せることが出来るチョコボは、子供の目から見ればとんでもなく大きな鳥で、恐ろしく思えるのも頷ける。
「リディア、そいつ、座らせられっか?」
「チョコボ、座ってくれる?」
いつもは戦ってはすぐに姿を消すチョコボは、リディアからそうお願いをされ、戸惑いながらも地面の上に足を折って座った。
なかなかにリディアに対して従順であることを見せられ、かつ、地面の上に座ればそう体長も気にならなくなるため、ようやく子供達は恐る恐るチョコボに近づいて来た。
「すっげえー、他にも呼べるの?」
「うん」
「おっきいくちばしなのね!」
「出てきた時、犬みたいに走ってこなかったよなあ?」
「お姉ちゃん、この鳥触ってみてもいい?」
「うん。あんまり長くはいられないから、ちょっとだけね」
子供達があまり恐がっていないことをリディアもわかって、安堵の表情を浮かべている。
チョコボがぶるぶるっと首を振ると、子供達は「わあ!」と叫んで少しまた距離を取るが、それでも恐る恐る手を伸ばす。
「この鳥が戦うの?」
「うん。チョコボの足は、すっごい強いのよ。大きな魔物だってふっとばされちゃう時があるんだから」
「すげー!」
しばらくすると、チョコボはリディアを見て、ぶるぶるっと身を震わせた。それは、もうこれ以上はこの場にいたくない、というチョコボの意思表示だ。
もちろんリディアはそれにすぐさま気付いて、声をかける。
「ありがとう。危ない時は、またよろしくね!」
「クエッ!」
チョコボがひと鳴きすると、驚いて子供達は傍から離れる。
と、そう思った次の瞬間、みなの目の前でチョコボは忽然と姿を消した。
「うわー!」
「消えた!」
「すごい!どうやったの!?」
子供達は興奮してリディアに話し掛け、またもリディアはそれへの回答に窮して、おどおどとするばかり。
実のところ、最初にエッジに呼び出された忍者もぱっと姿を消していたのだけれど、誰もそれを見咎める者はいなかったようだ。


仕事に戻る子供達を見送ってから、二人はまた前日のようにゆっくりと森を抜け出て歩いていた。
リディアはやり遂げたことでかなり気が楽になったようで、足取りも軽い。
「ね、エッジ、どうやってあの黒い犬呼んだの?」
「ああ、これさね」
そう言ってエッジは、ぷっと口の中から何かを吐き出した。
ポケットから布を取り出して、唾液で濡れている金属片を拭く。
「なあに、それ」
「犬笛さ。エブラーナの忍者が仕事で使う犬は・・・っていうか、犬っつう動物は、どうやら特殊な音が聞こえるんだ。こいつは、人間じゃ聞こえない音をさ、この部分の振動で出すんだぜ。ま、他の動物はどーかよくわかんねぇけどな」
「・・・??」
半円形の金属片の、丁度円の中心付近がくりぬいてある。そこを触ってエッジはリディアに説明するが、さすがにそれだけではリディアには通じない。
「さすがに、忍者呼ぶのは、知ってるガキもいたけど。犬も訓練してるなんざ、知ってる奴はいなかったようだな」
「ねえ、最初に出てきてくれた忍者さんは?」
「あれは、護衛忍者。あの子供が言ったように、姿消してついてきてくれたんだ」
「今も、いるの?」
「えー」
いないいない、と言おうとしたが、一瞬エッジは嘘をつくのが遅れてしまった。
「いるのね?」
しまった、嫌がられるかな、とエッジは曖昧に誤魔化すための薄ら笑いを浮かべた。
しかし、リディアは彼の予想とまったく違う行動を取る。
「えっと、どこにいるかわかんないけど・・・ありがとうございましたっ!」
頭を下げるリディア。
エッジはすっかりそれに驚く。もちろん、もっと驚いているのは、姿を消している護衛忍者、その人に決まっている。
主の許しなくては姿を見せることが出来ない彼は、動揺をどうにか隠して、エッジに悟られないように完全に気を消していた。
しかし、エッジもそこはさすがに、軽く指先を動かして「そのままでいろ」という合図を送る。
「ん、ちゃんと、お前のその礼、聞いてるぜ。安心しろ」
「ほんと?よかった。きっと、もう姿見せてもらえないんだろうし」
「ちなみに、お前の後ろだぜ」
「えっ、じゃ、こっちに・・・ありがとうございました!」
「ウソウソ。どっちかっつーと最初に頭下げた方にいたんだ」
「もおっ!エッジ、ひどい!」
リディアは頬を紅潮させて叫んだ。
「でも・・・ありがとう。わたしのこと・・・心配してくれたんでしょ」
「ん?まあな」
「手、繋いであげる。いっつもエッジが勝手にわたしの手引っ張るから、今日はわたしがエッジを引っ張ってあげる」
「はあ!?なんで、そういうことになるんだ?」
「・・・嫌?」
「・・・」
エッジは、つい、と自分の手をリディアに向かって突き出した。
「うふふっ。エッジ、ありがとう」
リディアはその手を握って、珍しく自分が先にと歩き出す。
リディアが三歩前に進むごとに、エッジは二歩進む。そんな歩調で二人の速度は丁度良い。
「あのね、エッジ」
「ん?」
「本当は、昨日の話には続きがあってね」
「・・・おう」
「わたし、お母さんにね。友達がいなくなっちゃうなら、こんな力、なければいいのにって言っちゃったの」
リディアは歩きながら、少しだけ上を向いて話す。
彼女がどんな表情をしているのか、エッジからは見えない。
ただわかるのは、リディアはエッジに気を回させないため、出来るだけ普段と変わりがないように話そうと努めているということだ。
(無茶しやがって)
エッジはそう思ったが、そこでリディアが隠そうとしている気持ちを暴くようなことは言わない。
「その時のお母さんがどんな顔をしてたかは、覚えてないの。でも」
「ああ」
「その晩、お母さんが静かに泣いてるのを、わたし、見ちゃったんだあ・・・」
エッジは、ぎゅっとリディアの手を強く握った。リディアも、軽く力を入れる。
「なんでお母さんが泣いてるのかわからなくてね。でも、多分、わたしのせいなんだって思った。わたしが、友達を恐がらせたからなのかなーって思いながら、その晩はうまく眠れなかったなあ」
「・・・今は、どう思う?」
「わたし、まだ子供かもしれないけど、その頃よりは大人だと思うの」
それは、今ならば理解を出来る、という意味だろう。
エッジは、リディアの三歩に合わせて、どかどかと大股で三歩前に進んだ。
あっという間にリディアの背にぶつかりそうになるほど接近する。
少しひっぱる感じだった腕が緩み、リディアは驚いて後ろを向こうとぴくりと動いた。
「エッジ」
エッジはリディアの手を握ったまま、もう片方の腕で、後ろから彼女を軽く抱きしめた。
リディアは驚いて歩みを止めたが、怒るわけでもなく、振り向くわけでもなく、おとなしく立っている。
「わたし、あの時のことごめんなさいって、お母さんに言えなかった。わたしも、わたしのこと恐がったあの子みたいに、お母さんのこと傷つけちゃったのにね」
「バカ。大丈夫だろ。そんなの・・・子供は、いっぱい親に対して暴言を吐いて育つもんだ」
「うん」
「俺なんて、この年まで暴言吐き続けて・・・謝れなかったどころの騒ぎじゃねーよ」
「エッジ」
リディアは、そっとエッジの手を放した。そして、軽く抱きしめるエッジの腕をすり抜けて、エッジと向かい合わせに立つ。
「ごめんね。エッジにもお母さんのこと、思い出させちゃって」
「いいっていいって。バカ。何今更そういうこと改まって言うんだよ・・・今はどーだよ。そんな力、なけりゃよかったって思うのか?」
「そんなわけないでしょ。そんなの、幻獣達に失礼だよ!それに・・・この力で、この星のことも、みんなのことも・・・エッジのことも、守ってあげるんだから。チョコボのことを恐がらないでくれたあの子達のことも」
そう言ってリディアは笑顔を見せた。そして、もう一度エッジに礼を告げる。
「エッジ、ほんとに、ありがとうね。わたしのために、わざわざあんなに凄いことしてくれるなんて、びっくりした」
「バーカ」
改まったその言葉にエッジは苦笑いを向けた。そして、ぐいとリディアの手を握り締め、今度は自分が先に歩き出す。
大股で二歩。すると、後ろからさくさくさくっ、と三歩動いた、草を踏みしめる音がする。
「今度は、俺が手ぇ繋いでやる」
「ええー!」
「それから、今度は、俺が昔話してやるよ」
「ほんと?」
「ああ。実はよ、俺がさあ、まだまだこまっしゃくれたガキだった頃さ・・・」
そうなんだ。エッジもそういうことあったんだ。
きっとリディアはそう言って驚くだろうな、と思いながらエッジは話し出した。
気配を消してずっとその様子を伺っていたはずの護衛忍者は、主からの合図を待たずに、その場を離れ、彼らの先回りをしようと走り出す。
空気が揺れているのをエッジは感じて「お?」と眉を動かしたが、あえて護衛忍者を呼び止めようとはしなかった。
「どうしたの?エッジ?」
「あ?いや、なんでもねぇよ。
リディアの手を握る手に更に力をいれて、エッジは軽く彼女を引き寄せる。
(女に昔話をするのも、久しぶりだ)
それもまた悪くない、と彼は思った。


Fin

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