戦闘で、自分でもなかなかいいタイミングで幻獣を呼べた時とか。
みんなに言われなくても、出発する準備が出来ていた時。
エッジはちょっと笑いながら
「おー、よくやったよくやった」
とか
「お前にしては上出来じゃねぇか」
とか
そんなことを言って、わたしの頭をくしゃって触る。
以前はぽんぽん頭を軽く叩いていたんだけど、最近それが変わったことに気付いた。
それって、なんだろう?
みんなにはどうしてるんだろう?
そう思って、わたしなりにそっと観察してみたけど、どうやら他のみんなには、エッジはそんなことしないみたい。
考えてみれば、セシルやカインは兜をかぶっていることが多いから、それをぽんぽん叩くことはないんだと思うし、もちろん、くしゃってやることも出来るはずがない。
だったら、ローザにはどうしてるんだろう?
休憩をとる時にわたしがエッジのところにお茶を持っていくと、時々「サンキューな」ってやっぱり頭をくしゃってする時がある。
あれと同じ事を、ローザにすることってあるのかしら。
そう思って、昨日と今日、わたしは少しだけ疲れたふりをして、エッジのところにお茶を持っていかなかった。
そしたら。
「お、サンキューな」
ってローザに言って、でも、エッジはやっぱりローザの頭を触ったりはしないの。
どうしてエッジは、わたしの頭に、あの手を乗せるんだろう。


「ね、ローザ、わたしの髪も、ローザみたいに上で縛れるかなあ?」
「どうしたの、珍しいわね。リディアからそんなこと言ってくるなんて」
普段、髪型とかをあまり気にしないわたしが、自分からローザに「髪をいじって」と言うのは、少しだけ勇気が必要だった。
わたしも、ローザと同じように髪を上の方で結んだら。
そうしたら、エッジはくしゃってしなくなるのかもしれない。
まあ、その代わりにぽんぽんって叩くのかもしれないけど。
朝起きて、ローザに髪を結ってもらう。
いつもと違うことをすると、ちょっと緊張する。
最後にローザが「これでいい?」って聞いてくれた時、鏡の中のわたしはちょっぴり恥ずかしそうな顔をしていた。
見たことがない自分に、ちょっとだけ驚いて。
でも、また少しの勇気を出して、いつも通りに振るまおうって決めた。
「おはよう。あれ、どうしたんだい、リディア。そういう髪型も似合うね」
「セシル、おはよう。へ、変じゃない?」
「全然おかしくないよ?女性は髪型ひとつで変わるものだね」
セシルはそう言って笑いかけてくれた。
それから、カインは何も言わないで、いつも通りの朝の挨拶。それは、ちょっとだけ予想していたから、別にくじけたりしない。
そして。
「おはよーさん、と」
エッジが遅れて朝食の席に着く。
「なんだ?リディア。ローザとおそろいか?」
「えっ、あ、うん。ローザに結んでもらったの」
「へえ。いいんじゃね?たまにはそういうのも」
軽く、そう言って席に座るエッジ。
なんだか少しそのエッジの言葉を恥ずかしくも思い、それから、なんていうんだろう。
そうだ。
いたたまれない、っていう感情。
それが生まれて、心の中がすこーし。すこーしだけ痛んだ。


「リディア、助かったぜ!」
「うん!」
わたしは、その日の戦いで、エッジを襲おうとした魔物にバイオの黒魔法を使って足止めしたの。
だから、エッジはまた軽くそういって褒めてくれた。
でも、エッジはわたしの頭に手を伸ばさない。
「エッジ、はい、お茶」
「お、サンキューな」
洞窟で休憩した時には、わたしはいつものように少し離れたところに腰を下ろしているエッジに、ローザが淹れてくれたお茶を持っていった。
でも、エッジはやっぱりわたしの頭に手を伸ばさない。
そっか。
髪をローザみたいに縛っていれば、エッジはわたしの頭をくしゃっとも撫でないし、ぽんぽんって叩くこともしないのね。
それは間違いないみたい。
だけど、欲しかった答えってそうじゃない気がする。
わたしはエッジの隣に座った。
休憩が出来るこの場所は「結界」って言って、魔物が絶対近寄らないんだって。だから、時間が短くても大分気持ちも落ち着くし、こうやってセシル達とちょっと離れた場所でも、安全にお話が出来る。
「何、お前の分はねぇの?飲まないの?」
「・・・あ、うん、飲むけど・・・」
上の空で返事をして、わたしは我慢が出来なくなって、ついにエッジに聞いてしまった。
「ねえ、エッジ?」
「ん?」
「たまに、エッジ、わたしの頭触るよね?」
「は?・・・えー、あ、ん、そ、だな。それがどうした?」
「髪、結んでるから、触らないの?」
エッジは少しだけ驚いた表情を見せて、それから、あっさりと返事をくれた。
「だな。だってよ、髪縛ってるのにあんま触ると、ほら、崩れるだろ?」
「くずれる?」
「髪型。悪いかと思ってよ」
「あ、そうだね」
「そうだね、って・・・なんだよ、お前、もしかして、俺が触るの気にして、その髪型にしたんじゃないだろうなー」
あからさま過ぎたのか、エッジはそう言いながらわたしの顔を覗き込む。
そうと言えばそうだし、そうじゃないと言えば・・・ううん、そうじゃない、なんてことはないから、わたしは仕方なく頷いた。
「エッジがなんで、わたしの髪、くしゃってするのかなーって思ったの。ローザにはしてなかったから、ローザみたいに髪を縛ればしなくなるのかなって思って」
そう言ったら。
普段あんまりエッジが見せない、なんだろう、なんて言ったらいいんだろう。
驚いた、とも違うし、真剣は真剣かもしれないけど、うんと。
何か言いたそうな顔になって、それから、苦笑いを見せる。それから、「うーむ」って唸って洞窟の天井を見上げたかと思ったら、わたしに向き直った。
「あのさ」
「う、うん」
「俺が普段ローザにしない理由と、今日のお前にしない理由は、別だぜ?」
わたしは、エッジが言うその言葉の意味がわからなくて・・・ううん、意味はわかるの。言葉そのものの意味は。
でも、エッジが並べて言った、その二つの「理由」っていうのは、よくわからない。
わからないけど、考えてみた。だって、エッジはすぐにその続きを言わないから。そして、考えて考えて、あんまり嬉しくない答えに辿り着いて。
持ってきたお茶をエッジは啜ってる。たまにこうやってわたしがぐるぐる考えていると、エッジは「こいつ、考えてる、考えてる」ってニヤニヤしながらわたしの様子を見るんだけど、今日のエッジはそれとはちょっと違うみたい。
思い切って、わたしは言ってみた。
「わたしが、子供だから?」
「・・・はぁ!?」
「あれ?違う?」
「あー・・・や、いや、ちっとはあるけどよ・・・なんていうのか、もっと根本的な話で」
「こんぽんてき」
エッジは、もう一口ごくりとお茶を飲んだ。そういえば、わたしもちょっと喉が渇いてきた。
「別にローザには、そうしたいと思わないからよ。お前がなんか俺にしてくれちゃったり、褒めてやらなきゃなーって思った時に、ただ単に、俺がお前のこと、触りたくなンの」
「え?」
えっと。
それは。
ローザの髪に触りたいとは思わないけど、わたしの髪に触りたいっていう、それだけのことだよね?
わたしは、返事に困ってエッジの顔をじっと見た。何か、ほかに続きの言葉がないのか、助けを求める。
そのわたしの視線の意味がわかったのかわかっていないのか、エッジはまた一口お茶を飲むだけだ。
「・・・えーーーっと・・・それじゃ、おかしくない?わたしのこと、褒めてくれるんでしょ?わたしのこと褒めるのに、わたしがやって欲しいことじゃなくて、エッジがやりたいことしてるってこと?」
うまく言葉にならないけど、思いついたことだけでも言わなくちゃっていう気になって、わたしはエッジにそう聞いてみた。
そしたら、今度はエッジが質問をする番になっちゃったみたい。
「何?お前、俺に頭触られんの、嫌だったのか?」
「・・・えーーーーー」
嫌?
そうじゃなくて。
ただわたしは、どうしてエッジはわたしの頭をくしゃってするのかなーって思っただけで。
髪をこうやって縛ってたらそれをしないんだってことはわかった。
それから、エッジが「そうしたいから」してるんだってことはわかった。
それで?
わたしは、それがわかったらどうしようとしたんだろう?
わたしは、あれが嫌だったのかなぁ。
また少しだけ、考える時間をエッジから貰った。
好きなの?嫌いなの?って考えたら、それは簡単な答えが見つかった。
「好き、みたい」
「なら、いいじゃん」
「・・・そ、かも」
好き、みたい。
それじゃ、あんまり曖昧すぎる。
エッジはそれでもいいって言ってるけど、今更のその問い掛けの答えがぼんやりしてるのが、どうにも気持ち悪い。
ローザには悪いなって思いながら、頭の上の方で縛っていた髪に手を回した。
我ながらぎこちないけど、結び目をほどいて、髪を下ろす。
目の前のエッジは「おい」って一言言ったっきりで、わたしが髪をおろすのを待っていたみたい。
結い上げていた髪が頬にはらはらと落ちてきて、少しくすぐったい。
それを両手で、なんていうんだろう。整える?ちょっとつまんでひっぱったり、上から撫でつけるように触っていたら。
あ。
「好きみたい?」
エッジのいつもの手が伸びてきて、くしゃって。
軽くわたしの髪をふんわりつまんで、その手はまた戻っていった。
なんだか、それはとっても「優しい」ものなんだって、今初めて思う。こんなの、嫌いなわけがない。ううん、それどころか・・・。
本当は「みたい」は余計なんだって気付いたけど、なんとなく照れ臭くて、そこは訂正しなかった。
「うん。好き、みたい」
そう言ってわたしが笑うと、エッジはにやっと笑って「そーか」って返事をする。
ああ、そっか。
エッジも、嬉しいんだ。
やっぱりどうしてエッジがわたしの髪に手を伸ばすのか、いまひとつわからない。
わからないけど、わたしもエッジも、笑顔になった。



Fin



モドル