他愛ない苛立ち
※SFC版で時が止まってるので、ED後のエジリディは公式と違います。ご了承ください。

冬が終わったら、結婚しよう。
エッジとリディアがそう決めたのは、秋に入った頃の話しだ。
だから、それまでエブラーナに慣れるためにひとつきほど滞在しないか、とエッジが話を持ちかけたところ、リヴァイアサンと相談をしたリディアは冬に入る頃にエブラーナを訪れた。
彼が冬にそんな話を持ちかけたのは、冬の年明けは執務の手をしばらく休むことが出来るからだ。
年越し前にリディアがエブラーナに来てくれれば、少し彼女が慣れた頃――たまにくるだけでは、さすがに毎回緊張をしてくるのだろうから――エッジも手が空いて、彼にとっては願っても無い休日になると思えた。
二人が出会ったあの旅を終え、エッジがエブラーナ復興に日々を費やしてから、最早一年以上経っている。
一年の間、幻界に住まいを持つリディアは何度かエブラーナに足を運び、長い時は10日間ほど滞在をすることもあった。
そのおかげで、彼らが結婚を決めるよりもずっとずっと前からエブラーナの民たちは、リディアはエッジのもとに嫁ぐだろうと信じきっていたから、正直なところ「今更」という気持ちがあるのは否めない。
けれども、当のリディアはというと、やはりエブラーナで暮らす不安は拭いきれない。
それなりにエブラーナに慣れているものの、そこに「住む」意識が今まで無かった彼女が、「これからここでずっと暮らすんだ」と覚悟を決めて、今までにないほど長く滞在をしている。
復興が進んだといっても、それなりにエッジはまだ忙しい。
この一年、もうちょっと、もうちょっと、と戴冠式を行わずに来たため、彼はまだ王子という呼び名に甘んじている。
それでも、リディアが嫁ぐ話が相当に具体的になってきた今、彼もまた腹を括って「そろそろ若様、っつー呼び名も捨てることになるかな」なんて思いつつ、日々の執務をこなしていた。
今回リディアがやってきてからの5日間ほど、彼はそこそこ忙しくて、半日も彼女のために時間を割くことが出来なかった。
あまりに申し訳なく思ってせめて食事は一緒にとり、夜は共にいるようにした。
ようやく仕事が落ち着いてからの数日は、エブラーナのあちらこちらにリディアを連れて行った。
エブラーナは基本的には気温が高めの国なのだが、真冬は海流と風の影響で予想を上回るほど寒くなる。
既に島のあちらこちらには白い雪が降り積もっており、以前リディアと行った場所に連れて行けば、そこは冬の趣を彼女に見せてくれる。
「わたし、雪が積もってるをこうやってしみじみ見るの、大人になってからは初めてかも」
そう言ってリディアははしゃいでいたが、もっと冬が深まれば更に雪は積もり、場所によっては驚くほどの積雪となって生活に支障をきたす。
エブラーナは島国だが、点在している険しい山のおかげで地域によって相当に気候が違う。
リディアは雪による被害などを知らないで育ったのだろうが、エッジは違う。
だからといって、「はしゃぐようなもんじゃねーんだよ」とぴしゃりと怒る必要もないわけで、これから少しずつ彼女に色々なことを伝えないといけないな、とエッジは思うばかりだ。
その日、エッジは午後の執務を早々に切り上げて、リディアと一緒に城下町の甘味屋に足を運んだ。
復興に取り組んでから一年たっても、未だ城下町の一部はまだまだ簡易な建物で凌ぐしかなく、そういった建物で暮らしている人々にとって、この冬を越すことは容易ではない。
一時的に城の部屋をいくつか開放をしたこともあったけれど、それでは日々の彼らの営みのリズムを崩してしまうし、復興後のエブラーナ城は以前よりこじんまりとしていて、客人用の部屋いくつか以外、あまり空き部屋も多くない。
結局、建て増しをしているうちに冬が来てしまうことは明白だったため、城を避難場所にすることを諦めた。人々が寒さをどうにかやりすごすため、それぞれの住居に少しでも補強を、と冬前にエッジが指示をして防寒用の布を部屋の中に貼ったりすることを国庫で負担した。
そういった人々が現在どうやって暮らしているか、それはもちろん報告が来る。
が、リディアと出かけたいと思っていたエッジは、爺からの許可を得るためにそれの視察を口実にした。もちろん、リディアはそんなことを知らないし、いつもエッジの側にいるはずの護衛忍者だって、決してリディアの前に姿を現さない。
「おいしいねぇ。ね、エッジ、これなあに?この丸いの」
「豆だよ、豆」
「豆。甘くして食べるのね。こんなの、初めて」
甘味屋では、やれ、若様がリディア様といらしただのなんだので、近所の人々までが集まってきて、大変な騒ぎだった。
最後にはエッジが正直に「たまには、二人でデートさせてくれよ」と言ったのをきっかけに、さあっと人波がひく。それがどれくらい他国では考えられないことなのか、リディアは知らないだろう。
エブラーナは国の人口が今は相当少ないし、ほとんどの者が城付きの忍者として一度は働くから、こうやってエッジを物珍しく見に来るものはそう多くない。
それは、きっとリディアにとっても幸せなことなのだろうとエッジは思う。
(こーれが、バロンなんざに嫁ぐとかなっちまったら、そら、大変だぜ)
一生かかっても、国民の顔をすべて覚えることなんてきっと出来ない。
簡単に城下町に足を運ぶことも出来ないだろう。
王妃になったローザは、城下町に残した母親に会いに行くこともなかなか大変なのだと言っていた。
けれど、母に会いたいからといって、母親を城に呼ぶというのはおかしいのだ。
(ま・・・ローザが先に結婚してくれたおかげで、見習う先輩がいるってのはリディアにとってもいいことだろうさ)
もちろん、それによってありがたいとエッジ自身も思っているのだが。
「お帰りの際は、早めにお申し付けくださいね」
と、店主が店の奥から声をかける。
甘く煮た豆をもぐもぐと口の中にいれているリディアは、ちらりと見て頷くのが精一杯だ。
エッジは小さく笑いながら「あいよ」と答えた。
人々が立ち去った店内は、エッジとリディア以外に誰も客がいない状態だ。
貸切にしたいとは思っていたわけではないエッジは、これは店主に申し訳ないことをしたな、なんて内心詫びをいれていた。
「あんまり、ゆっくりもしてられない?」
ようやく豆を飲み込んだリディアは、茶で口の中の甘さを流してからエッジに聞く。
「あ?いんや。でも、ま、あれだ。ここでゆっくり喋ってるなら、城で喋ってるのとあんまり変わんねぇだろ。外、出歩くほうが気分転換にもなるしさ・・・」
「そっか。わたし、食べ終わったよ」
そう言ってリディアは空になった皿をエッジに見せた。
綺麗にたいらげたもんだ、とエッジはまた小さく笑って、奥にいる店主にこちらから声をかけた。
「そろっと、行くかな」
「ああ、じゃあ、最後に」
そう言うと店主は、厨房からからんからんと音をたてながら、棒の先に暖炉で温めるための金属製の容器をぶらさげて歩いてきた。
「失礼いたしますよ。あちらで温めてきておりますが、十分熱いものを飲む方がおいしいですからね」
そう言うと、リディアとエッジの横で燃えている暖炉の火の上に、その棒をつっかえ棒のように横たえ、容器全体を火にかけた。
リディアはそれをじっと見て
「容器に、火の色が映って綺麗」
と、ぽつりと呟いた。
「だな」
それへ、エッジはさらりと答えると、店主に問い掛ける。
「俺たち二人分にしては多いんじゃねぇか?」
「若様達がお帰りになったら、きっとどやどやと近所の者がやってきて、やれどうだこうだとわたしに話を聞くでしょうからね。その時に振舞いますよ。寒い中、外で待ってる阿呆もいると思いますから」
「はっ、余計なことしゃべるなよな」
「はい、はい、もちろんですよ」
温和な店主はそう言って、しばらく暖炉の火を――正確には、火にかけた容器を――みつめていた。
エッジもリディアの先ほどの言葉を思い出して、容器を見つめる。
火を見ると、目が熱くなる。
いや、それだけではない。
(なーんだ。俺。まだ、ルビカンテの野郎のこと、思い出すなんてな)
ふっと記憶の底に置き去っていた人物が、脳裏に浮かんできた。
同じように火を見つめるリディアは、何を考えているんだろう?
エッジはリディアの横顔に視線を向けた。
彼女は静かに、唇を引き結んで火を見ている。
(そーいや、こいつ、昔、火を怖がってたことがあるんだって言ってたな・・・セシルとカインが、ミストで下手やらかした話とか・・・今は、全然怖がってないけど・・・)
思い出してるのかな。
エッジが少しばかり不安になって「おい」と声をかけようとした時、ちょうど店主が動いた。
小さな金属製のカップを二人の前に置くと
「もう、いい頃でしょう」
そういって、慎重に器を暖炉から取り出した。
小さな注ぎ口がついているその容器に、取り外しが出来る取っ手をつけて――そのおかげで火傷をせずに容器が持てる――店主はゆったりとした動作で中身をカップに注いだ。
カップから立ち上がる湯気と、甘たるい匂い。
リディアは鼻を軽くならして
「お茶、なのに、すごい甘い匂いがする」
「香りは甘いけど、味はそう甘くもないですよ。お好みで蜂蜜をいれてもおいしいです」
リディアがどうしようか悩んでいる間にも、エッジは近くに置かれた蜂蜜のポットをさっさと手にとって、ひとすくいをカップに入れた。
伺うように見ている彼女の様子を見て
「好みだからな。一口、飲んでみればいい」
「うん・・・あ、つ、そー・・・」
「このあっついのを飲むとさ、かーっとくるぜ。体がすごくあったまる」
「その前に・・・うわあ、やっぱり熱すぎるなあ」
「あ。そか。お前ら、茶ぁぬるいの飲んでたもんな」
「ぬるくもないよー」
エッジが言った「お前ら」とは、リディアのみではなく、セシルやローザ、旅を共にした仲間のことを指す。
思い出せば、いつもローザは茶を淹れる温度を気遣っていた。
「熱すぎれば、これをどうぞ」
店主が気を利かせて、爪の先ほどの大きさの黄色い塊が入った瓶を持ってきた。
「なんですか、これ」
「蜂蜜を固めて冷やしたものです。これをいれて溶かせば、温度も結構さがりますよ」
「えー、でも、氷いれても、すぐ溶けちゃうようなものじゃ・・・」
「いーんだよ、いれろよ。これ、氷より冷えてっから」
そう言うと、エッジはリディアに断りもなく、店主が持ってきたその粒をリディアのカップに放りこんだ。
みるみるうちにそれは溶けて形を変え、もともとの甘い香りに更に蜜の香りを加える。
リディアはそれを見て、不満そうな声をあげた。
「やだもう!一口飲んで見てから、って言ったのエッジなのに!」
「いーよ。寒くなくなったら、冷たいやつ飲むようになるから、その時味見ればいい」
そんな他愛もないやりとりの後、リディアは茶におそるおそる口をつけてみた。
エブラーナの食べ物の多くはリディアにとって「とてもおいしい」というわけではないが、口にまったく合わないというわけでもない。
実際、今までエブラーナ城で振舞われた食べ物で、リディアが食べられないものはなかった。
それでも、初めての食べ物で初めての食べ方であれば、身構えるのも当然だ。
リディアは一口飲んで
「わー!体、すご、あったかくなる。お腹まで、かーっとなるね」
「だろ?」
「だから、エッジの顔、今赤いのね」
「バーカ。お前も赤くなってきてるんだからな」
そうエッジが言えば、リディアは楽しそうにくすくすと笑った。
元来熱い茶が好きなエッジは、ぐいっとそれを飲み干すと、店主におかわりを要求する。
快く店主がカップに茶を注いでいる間、ふとリディアを見るエッジ。
「・・・」
リディアは茶が入ったままのカップを両手で包むように持ちながら、その視線を暖炉の炎へと向けていた。
ほんの数秒前まで笑っていたのが嘘のように感じるほど、静かな表情。
それは、普段の彼女からはあまり見られない物憂げなもので、エッジは声をかけることを躊躇した。
(なんだよ、リディアのやつ・・・たまーに、見るんだよな、この顔。たまーに。どんな時だったっけか)
どこかぼんやりとしているようにも見えるが、見ているものがものだけに、エッジには気がかりだ。
(それとも、やっぱ、炎とか見ると、いろいろ思い出すクチか?)
これは、さっさと店を出たほうがよさそうだ。
そう判断して、エッジは入れてもらったばかりの茶を一気に飲んだ。と、彼は腹部を手え抑えて突然声をあげた。
「・・・かあああーーーっ!」
わざとではなく、あまりの熱さについついそんな声が出てしまったのだろう。おかげでリディアも驚いて、物思いから引き戻されてしまったに違いない。
「ど、うしたの、エッジ」
「あっちぃ!味わってる余裕なかった。腹。腹まで一気に熱いのが流れてきた!」
「ほら。やっぱり、エッジだって熱いんじゃない」
そう言って笑うリディアに、先ほどの静かな物思いの表情はない。
熱湯が注がれたように熱くなってる胃をさすりながら、エッジは内心ほっとして立ち上がった。
「あー、熱かった。それじゃあ、そろそろ、行くわ」
「お気をつけて」
店主はエッジの外套をもってエッジの後ろに立った。もう一人奥にいた店員が出てきて、そちらはリディアの外套を手にしていた。
そのおかげでエッジとリディアはするりと外套に袖を通せる。
「この店は、年越しどーすんだ。去年みたいに休みなしで開くのか?それとも、以前みたいに」
「ようやくお城も復興して、今年は里帰りをする者たちも多いようです。もう、知り合い数人は既に帰省しておりますよ。なので、二日ほど閉めようかと思っています」
その店主の話を聞いて、リディアは何かをいいたげにエッジを見た。そこでリディアが話に割り込まないのは、エッジの問い掛けが世間話としてではなく、王子としてのものだと感じ取ったからだろう。
が、エッジは彼女の様子から、何か聞きたいことがあるのだと察して問いかけた。
「何。どうした」
「えっと・・・さとがえりって?」
そのリディアの問いに、店主もエッジも、一瞬驚いたように目を見開いた。
が、店主はともかくとしてエッジの方は、リディアがその言葉を知らない理由を予測することが出来る。
(そういや、ミストの村っつーのは召喚士の村で、人を寄せ付けないようにしてたんだっけか)
そういう村に、出稼ぎだとか里帰りだとか、結婚で外の国に行く人間がいたり、そういった当たり前のことが存在しないのも、確かに想像に易い。
先ほどの茶のせいで、頬を紅潮させながらエッジを見上げるリディアは、なんだかとても小さな子供のように彼には見えた。
ミストの村にも、幻界にも、きっと里帰りという概念はないのだろう。
「エブラーナはさ、城から離れたところの集落からも、忍者の修行をするために、城まであがってくる人間が結構多くてな」
「・・・?・・・うん」
「ま、俺たちが掌握してない・・・知らない部族の村や町もちらほらあって、そういうところからはもちろんこないけど・・・で、城仕えしてる忍者も、城下町に住んでいる人間の一部も、年越し前から休暇をとって、生まれた町に一度挨拶に行くのだ。それが、里帰りだ」
「え・・・あ、そうか。エブラーナって、この島全体なんだってエッジ言ってたね」
それは正確に言えば違うのだが、そういう説明でもしなければリディアは「エブラーナ城がある場所」がエブラーナだと思ってしまう。
ミストの村があったその場所を「ミスト」と呼んだように。
村、町などと、国の単位を、あまり彼女ははっきりと把握していないのだ。
「そ。だから、子供の頃に城勤めしたくてやってくるやつらもたくさんいる。一気にそういうやつら全員が里帰りすると困るから、一応予定組んでもらって、同じ方角にいるやつら同士で帰る日程合わせたりとかさ」
色々してるんだ、と言って、エッジは話を終えた。
リディアの生まれ育ちが自分達と違うということを、久しぶりに浮き彫りにするような話題だったな、とエッジは思う。
当のリディアの方は「へえ、そうなの」と相槌をうつものの、いまひとつよくわかっていないようだ。けれども、きっとこれから理解する日が来るのだろう。それも、ほど遠くなく。
そうエッジは考えながら、店主に金を払って店を出た。


茶のおかげで体はほかほかと温かいものの、顔に触れる外気の冷たさを変えるほどの力は無い。
エッジもリディアも、外に出てすぐに身震いをした。
去年、初めてリディアを冬のエブラーナに招いた時、彼女がエブラーナの冬の寒さにもっと驚くかな、とエッジは思っていた。
だが、どうもミストの村でも、寒い時期はかなり朝晩冷え込みもあったらしい。リディアは「こんなに寒いの、初めて」と言う割にはけろりとしていたものだ。
ただ、寒さへの耐性と雪への耐性は別だ。
彼女は雪道を歩くのがあまり上手ではない。それを知ったエッジは、歩きづらそうな道の時には念のためにと手を差し出す。
そして、去年と今年、たった二度の冬を共に過ごすだけでそれは彼らにとって当たり前のこととなっていた。
そういう、二人だけの「当たり前のこと」が増えていくことは、少しばかりくすぐったい気もするが、素直に嬉しい。
エッジはリディアよりは余程大人であったから――エッジって子供みたい、と彼女に言われる時もあるが――そういった自分の心の動きに時には気付き、尚のこと恥ずかしい気持ちにもなるのだが。
「今日も、雪が降っているのね」
さく、さく、と雪を踏みしめながら、リディアは空を見上げた。
ちらりちらりと降ってくるその雪の粒は小さく、そのまばらな降り方は、そう多くは積もらないだろうことを彼らに知らせている。
雪が降る様子を昨日今日と、リディアが部屋の中から見ていたことをエッジは気付いていた。
(めっずらしいのかな。幻界にいれば、天気なんざ、変わらないんだろうし・・・)
幻獣界にあまり詳しくないエッジはそんなことを思いつつ、いつも通り「ほれ」とリディアに手を差し出した。
「お前、降ってると、見上げる癖あるかんな。ちゃんと、たまには前見ろよ」
「ひっどーい。ちゃんと前を見ています!」
「見てねーよ」
「見てるもん!」
そう怒りながらもリディアはエッジの手に自分の手を重ね、小さく笑顔を見せた。
「寒くねーか」
「うん。大丈夫」
彼女が身につけている外套は、エブラーナの忍者ならば「動きにくい」と顔をしかめてしまうような、中に羽毛が入っているふかふかとした外套だ。けれど、体が細い彼女には厚さのある外套もよく似合っていたし、忍者の任務をこなす必要だってひとつもないのだから、エッジの目には大層可愛らしくその姿が映る。
二人は、道行く人々に時々声をかけられながらゆっくりと歩き、町外れの小さな丘に足を伸ばした。
そこで、冬ならではの光景を高い位置から見て、エッジはちょっとしたエブラーナの説明をリディアにした。
出来るだけ、おしつけがましくなく、うるさくなく、リディアにわかるように。
彼女には少しずつこの先、エブラーナのことを知ってもらわなければいけない。
エッジにはその想いがあるため、どこかにリディアと行けばついつい余計なことを教えようと話してしまう。
けれども、それがあまりに過ぎれば、彼らにとって僅かなデートですらリディアにとって「お勉強」になってしまうだろう。
それを知っているエッジは、出来る限り詰め込まないように、そして、彼女との時間を楽しめる範囲でと気を使っている。とはいえ、元来彼もそうそう人にあれこれ教えるタイプではないから、放っておいても途中からだいぶ説明なども大雑把になるのだが。
慣れない雪道を歩くのにリディアが疲れない程度に移動をして、彼らは夕方に近づいた頃エブラーナ城へ戻ろうと歩き出した。
あちらこちらと歩いている間に一度止んだと思っていた雪が、再び頭上からちらほらと降りてくる。
まだ太陽の姿は見えるけれど時刻は夕方に近かったし、空は少しばかりどんよりと重くなったように見えた。
城下町からエブラーナ城への並木道。手を繋いで、さくさくと靴底で雪を踏みしめて歩く二人。
歩いている最中はずっとあれこれと話をしていたけれど、リディアが返す言葉数が減っていることにエッジは気付いた。
(疲れてんのかな)
試しに、話しかけずに無言で歩いてみるか、とエッジは黙った。エッジ、どうしたの、とか彼女は聞くだろうか?そんな風に想像をしながら。エッジは、言葉もないままでリディアの手をひいて、少しだけ彼女の前を歩く。
「・・・?」
ふと。
無言で彼女の気配に集中すると、時々リディアの動きが遅くなり、繋いだ手に軽い抵抗を感じる。疲れて歩きづらくなっているのだろうか?ちらりと気付かれないように時々彼女を視界にいれて歩き続けるエッジ。
(なんだ、こいつ・・・)
リディアは、やはり顔を上にあげ、降ってくる雪を見ながら歩いている。そして、その歩みは時々驚くほど遅くなり、エッジが引っ張る手からの刺激のおかげでなんとか進んでいるようにすら彼は感じる。
最初は、気のせいかと思った。ほんのそれぐらいだけ遅くなった歩み。
それから、次は時々、かくん、かくん、とエッジの指が絡んだリディアの手がひっかかるような感触。
緩やかにリディアの歩みは遅くなっている。
「おいおい」
「・・・あ、な、に?」
「・・・なに、じゃねーよ。大丈夫か、疲れてるのか」
「え?」
ついに我慢が出来なくなって立ち止まったエッジがそう言っても、当の本人はよくわかっていないようだ。
エッジの問いの意味が理解出来なかったようで、リディアはきょとんとしている。
「あっ、疲れてないよ。大丈夫。お城までもう少しだもん。これぐらいの距離、雪でも大丈夫よ」
「そか。ならいいけど」
そう言ってまた歩き出せば、リディアもようやく普通に歩いてついてくる。
それにしても、雪は静かなものだな、とエッジは思う。
雨は派手に音をたてるけれども、雪は気付かぬうちに降り始め、静かに静かに地上に層を作る。空から降ることは同じなのに。
当たり前のそんなことをしみじみと考え、なんとなく上を向くと
「っち!」
ちらちらと落ちてくる雪が目に入って、エッジは慌てて目を閉じ、手で抑えた。
当然のことだが、冷たい。その冷たさは知っていたはずだが、不意打ちに身震いすらしてしまう。
「うっわ、一気に寒くなった気がする」
「大丈夫?」
「ああ、お前、寒くないか?」
「ちょっと寒くなってきたね。でも、我慢出来ないほどじゃないよ」
「そうか。ちっと、急ごうぜ」
「うん」
先ほどのようにリディアの歩みは遅くなってはいない。エッジが僅かに早足になると、リディアもそれに問題なくついてこれるようだ。
単純に、上を見ながら歩いていたから、さっきはついつい立ち止まったり、ゆっくり歩きになったりしていたのだろうか?
(ま、体が冷えてしまえば、そんなことをしてる余裕もないってことだ。さっさと、城に戻って、暖炉の火にでもあたりてぇところだな)
凍える寒さの中降る雪。
暖炉で燃えさかる炎。
エブラーナの冬に当たり前にあるその二つ。それらは、どちらの様子を見たって誰もが「冬のもの」として認識するに違いない。
エッジにとっては小さい頃から触れてきたものだし、リディアだって別にそれらは初めてのものではない。
けれども。
何故、エッジに引っ張られながらも、彼女は空を見上げて、歩みを止めてしまうのか。
何故、エッジと一緒にいるのに、暖炉の炎を見つめてしまうのか。
それは本当に突然。
エッジは、何の前触れもなく、リディアがどうしてどことなくぼんやりしているのか、その理由を気付いた気がした。
「・・・あ、お前。わかった。まさか」
エッジは立ち止まり、リディアを振り返った。リディアもそれに驚いて、ぴたりと足を止める。
「え?なあに?」
「お前、もしかして、ホームシックとか、そういうやつか」
「ホームシックって?」
「その、なんだ、家っていうか・・・お前、何。暖炉見て、イフリートとか思い出してた、とか、バカなこと言うんじゃないだろうな」
普通だったら「バカなこと」なんて言い方をされれば、リディアは「失礼しちゃう!」と言うに違いない。
しかし、リディアは呆気に取られたようにエッジを見て、その質問にあっさりと否定を返す。
「・・・んーん。全然そんな風に思わなかった」
「・・・そ、か、なら、いんだ、けど」
的外れか、とエッジは少し困ったように肩をすくめた。そして、二人はちらちらと降る雪を挟んで、お互いを見る。
ようやくリディアはくすりと笑って
「だって、シヴァは雪っていうか、氷じゃない?そっかあ、雪見て、シヴァかあ。考えたことなかった」
「あ、そ、か」
「わたし、暖炉見てた?」
「見てた見てた」
「あのねえ。普段火見るのって、お料理とかするときだから、あんまりじいっと見ないでしょ」
「・・・あー」
「しみじみ見たら、綺麗だなーって思って。最近お城でゆっくりしてる時間が長いから、暖炉見るの、好きになったの」
たった、それだけかよ。
エッジは行き場の無い苛立ちを感じて、「あ、そ」と言って歩き出した。子供じみていると自分でわかっていても、抑えられない。
繋いでいた手を離してエッジがさっさと行くものだから、リディアは不満を訴える。
「なあに。なんでむっとするの」
「じゃあ、なんでお前、上ばっか向いて歩いてたんだよ!」
「だって、不思議だったから」
「何が」
「すごく上から、降ってくるでしょ」
「は?」
「どこぐらいから、雪の形が、見えるのかなーって」
「上じゃなくても・・・城で、結構、雪が降ってるの見てたじゃねーか」
「え、それは・・・木が少しずつ白くなってたりするのって、綺麗だなあって」
エッジの苛立ちは、その呑気な一言で頂点に達した。
俺が馬鹿だった。
なんでもかんでも、こいつのことを心配しすぎて。
少しでもこいつの不安を無くしてやろうとか、少しでもこいつがエブラーナに慣れるのを手伝ってやろうとか。
そんなことばっかり考えて、本当に俺が馬鹿だったんだ。
ぐるぐると回る、自分への苛立ちとリディアへの苛立ち。
少しずつエッジは早足になって、城への道をずんずんと進んでいく。
と、その時
「ギャッ!」
ばしゃん。
まったくもって可愛らしくない声と妙な音が、背後で聞こえた。
「・・・リディア!?」
「ああああ、いったーーーーいい!!!」
「ちっ・・・なんだよ、もう!」
エッジが振り向けば、尻を抑えてリディアが雪の上にぺたんと座り込んでいる。
どう見てもそれは、滑って転んだとしか見えない。
「馬鹿。何転んでるんだ」
「だ、って・・・エッジがさっさと行っちゃうからじゃない!」
「お前が、俺のことイライラさせっから悪いんだろ!」
「なんでイライラするのよ、もう!」
「しゃーねーだろ・・・二人でいんのに・・・一人みたいな気分になっちまったからよ・・・」
負けた。
エッジは小さく溜息をついて、座り込んでいるリディアの腰を強引に掴み、ひょいと立たせた。
彼女の体は以前の少女らしい体つきより、少しだけ丸みを帯びている。知っていたけれど、それを再確認したことで、自分達が出会ってから経ってしまった時の長さをエッジはふと痛感した。
立ち上がったリディアは「ありがとう」と小さく呟いて、自分の体から手を離さないエッジを見上げる。
「・・・わたしだって、ずっと一人みたいに思えてたんだから」
「・・・そか」
「エブラーナに来ても、年が明けなきゃ、エッジ、暇にあんまりならないって言うし」
「・・・ああ」
「そしたら、ぼんやり暖炉見たり、ぼんやり外見てても、しょうがないじゃない」
「・・・悪い」
確かにそうだ。
エッジは、ふーと深く溜息をついて、リディアを抱きしめた。
リディアだから、という気遣いではなくて。
一人の女の子だから、という当たり前の気遣いがなければいけなかったのに。
リディアがエブラーナに来ることを緊張するように、エッジもまた、幻界での暮らしに慣れてしまった彼女を迎えることに、いくばくかの緊張があったことだって否めない。
だから、こんなどうということのない行き違いがあって、自分も苛立つのだ。
そんな彼の様子をどう感じ取ったのか、リディアはそっと彼から体を離して、真剣な表情で言葉を返す。
「でも、今日は楽しかったのよ。だから、怒らないで」
「あー、うん」
「雪道歩くのも、もうちょっと上手になるから」
「いーんだよ、それは」
そこじゃねぇんだよ、と思いつつも、そういう的外れな言葉もリディアらしいと許してしまう。それは、いつも通りのエッジの敗北だ。
エッジは、リディアの腰を抑えたままで、軽く口付けた。不意の口付けに驚きつつ、リディアはそれを受け入れた。
触れ合った唇は冷たいが、二人の口付けを阻むように小さな雪が二人の上唇の間に紛れ込んで、静かに消えるほどの温もりはある。
エッジがそっと唇を離すと、リディアは困ったような表情で彼を睨んだ。
「これで、帳消しな」
「・・・意味わかんないけど」
軽くむくれるリディアの手を、エッジは無理矢理掴んだ。
「城帰ったら、風呂入ろう、風呂」
「うん」
「一緒に」
「やだ!」
「さっさと帰ろうぜ」
リディアの反抗的な声には答えずに、エッジは少し早足で歩き出した。慌てて、それについていこうと歩き出すリディア。
照れ隠しでついつい早足になっていることを、エッジは自分でわかっているが、それをどうにも抑えられない。
そのせいで時々、またかくんかくん、と手に抵抗を感じるのは、先ほどとは違う。
きっと、うまくリディアが雪道を歩いていないせいだろう。わかっていても、握っている手に力を入れていればなんとかなるだろうと、彼にしては相当強引に雪道を歩く。
案の定、必死に歩くリディアは一足一足雪にとられ、あっという間に息はあがって、ついに情けない声が出た。
「エッジぃぃっ」
「なんだ!」
「早い!早いよー」
「大丈夫大丈夫」
「だって、もう、疲れる〜」
「疲れたら、俺が脱がしてやるから」
「やだってば!!」
「城戻ったら、風呂場直行な」
「やーだー!」
本気で嫌がっているのか、リディアは思い切ったように雪道を走り、後ろからエッジにどん、とぶつかった。
「っ!!」
予想外の衝撃にそのまま靴底を滑らせて転ぶエッジと、ぶつかった勢いで自分も転ぶリディア。
不意打ちをくらったエッジよりも、リディアの方が余程大きい衝撃を食らったように倒れこむが、二人はお互いが転んだ様子を見ている余裕などなかった。
「おっまえ、何すんだよ!」
「だって、エッジが無茶言うんだもの!」
体を起こして雪道で双方座り込みながら、お互いの情けない姿を見つつ声を荒げた。
雪に接した部分から、じんわりと冷たさがこみ上げてくる。
と、その時、近くに立っている木から冬の鳥が飛び立って枝を揺らし、リディアの頭上に雪の塊を落とした。
彼女からすれば、それはもう「踏んだり蹴ったり」以外の何者でもないだろう。
「キャッ!!」
「・・・ぶはっ!」
「やーだー!もう!なあに、これ。上も下も冷たい」
「俺を突き飛ばした罰だ。まったくもう、おまえは」
エッジは立ち上がると、しゃがみこんだままのリディアに近づいた。笑いながら、今度は「よいしょ」と両腕でリディアを抱きかかえる。俗に言う「お姫様抱っこ」というやつだ。
「これ以上意地悪しちゃ、可哀想だしな」
「なになに?大丈夫よ、歩けるから降ろしてってば」
「しっかりつかまってろよ。ほら、腕、回して」
「え」
エッジは苦笑しながらリディアを抱きかかえ、仕方ない、とばかりに雪道を走り出した。
リディアと『散歩』と言ってはいたけれど、実際彼やエブラーナの忍者達は、雪道であろうと飛んだり走ったりすることにかけては幼少の頃から訓練を受けている。そのため、彼女に付き合ってゆっくり歩くことも実はエッジを苛立たせていたのだろう。
戦いが終わった後も、エブラーナ国の長として、エッジは鍛錬を欠かしていない。リディア一人を抱えて走るくらい、彼には初めから容易なことだったのだ。
人一人を抱えて雪道をそんな速度で走れることにリディアは驚き、ただただ呆然とするばかり。彼女らしい素直な感嘆の声が漏れる。
「エッジ、すごーい」
「だろ?」
リディアは、エッジの首に回す腕に軽く力を入れた。
その刺激が、今のエッジにとっては愛しくて仕方がない。
(やっぱ、なんでもかんでも相手のことがわかる、ってわけにゃーいかねぇな。ま、それがいいんだけど)
反面、自分が思っているよりもリディアが少し大人になっていて、彼のいない寂しさを口にしなかったことを思うと、それは迂闊だったと反省せずにはいられない。
雪の降る中、エッジの俊足によりみるみるうちにエブラーナ城が近づいていく。
その、最後の最後でリディアはまたエッジを苛立たせる一言を放った。
「エッジー!」
「なんだよ」
「あんまり、早くて、風っ、雪でっ、顔、寒いっ、痛いっ!」
エッジの腕の中でリディアは、ぐい、と彼の胸に顔を押し付けて、寒風から身を守ろうとする。
その様子もまた、なんとも可愛らしくも思えたが、エッジはわざと呆れたように言い放つ。
「・・・おまえはー・・・すぐ風呂に入れてやっから、黙ってろ!あとちょっとの辛抱だろ!」
「痛いー!!」
まったく、どれだけこいつはマイペースなんだ。
内心でエッジはそう悪態をついたけれど、そのマイペースに振り回されることがあまり嫌いではないと、自分でもわかっている。
(惚れた方の、負けだよなぁ)
そして、口でどうこう言っておきながら、一緒に風呂には入れないんだろうなあと、自分の不甲斐なさに溜息ひとつ、ついた。


Fin



モドル