副作用


なにやら、歩幅が狭くなって、歩調が遅れている。
そんなローザの様子に最初に気付いたのはセシルだ。
地下渓谷に降りたばかりの時は、そんな調子ではなかったはずだ、と彼は思いめぐらして声をかける。
「ううん、大丈夫よ。ごめんなさい。ちょっと考え事しながら歩いてたから」
「そう?いつ魔物に襲われるかわからない。ぼんやりしては危ないよ」
「わかっているわ。ごめんなさい」
なんとか笑顔でセシルに取り繕って、ローザは「いつも通り」の動きをしようと懸命に努めた。リディアも心配をして「本当になんでもないの?」と聞くが、ローザはかたくなに「大丈夫よ」と繰り返すだけだ。
それから半刻。
エッジはそっとローザに近寄って囁いた。
「あのよ・・・これ、飲んでみ?ちっとは、楽になると思う」
そういって何かをローザの手にエッジはねじ込む。
手を開いて見ると、それは小さく折られた紙包みだ。何かの薬ではないか、とローザはすぐに理解をする。
「なあに?」
「うちの国でよ、くのいち・・・女の忍者が、時々使う薬」
その言葉を聞いて、ローザは頬を紅潮させた。
多分、エッジはわかっている。ということは、もしかしたら、セシルも、カインも、わかっているのかもしれない。
彼女の歩幅が狭まっているのは、腰の痛みのせいだ。ありがたいことに、腹部はそう痛みはしていないが、腰が張って仕方がなく、時々みんなが見ていないところで腰を一人で叩いている。それをエッジは気付いたのだろうか。
「あー・・・あの二人は、気付いてねーだろ。ただ調子が悪いのかなー、くらいにさ。ローザ、そんなに辛いのか?毎月」
「・・・そういうわけじゃないわ。今日が特別。これ、飲んだらどうなるの?」
「ちっと、軽くなるらしいぜ?俺はもちろん飲んだことがないからわからないけどさ。バロンっちゃあ、女兵士とかいないんだろ?そもそも女性兵士がいる国ってのが限られているからなぁ・・・うちは、平気で女も使うから、そういう薬が必要らしくてよ」
ローザは素直に「ありがとう」と呟いた。
月には連れて行かない。君達は残ってくれ。
そう言われても、それを受け入れられなかったのは自分達の方だし、無理矢理ついてきたのも自分達の勝手だ。
そんな直後であれば、やはり言いたくない、とローザは思っていたのだろう。
ほら、やっぱり女の人は、なんて言葉を、もしもセシルに言われたら。
そうしたら、きっと自分は泣いてしまう。
その思いをエッジが気付いているかどうかは別として、少なくとも彼はローザが今何に苦しんでいるかは理解してくれている。
ローザはすぐさま、前を行くセシルとカインに気付かれないように小さな紙包みを開け、何かの木の実をすりつぶしたように見えるものを一気に飲み込んだ。
 
 
「エッジ、さっきはありがとう」
月の地下渓谷の浅い部分で、彼らは休憩をすることになり、セシルとエッジがテントを張っている間にエッジは見張りをしていた。
結界に守られているからと言って、テントをその中に張って完全に安全地帯に入るまではいくらか時間がかかるからだ。
「あー、おー、どうだ?」
「おかげさまで、痛みが止まったの。まあ、腰はちょっと張ってるんだけど」
恥ずかしそうにローザはそういって、茶が入ったカップをエッジに渡す。
「俺が揉んでやってもいいんだが、セシルにぶっ殺されるからなー・・・あ、いや、カインにもか・・・」
もごもごと小さく口の中で呟き、エッジは渡された茶を飲んだ。
「テントで、リディアにでも揉んでもらえば?」
「ええ。お願いするつもり」
「リディアは大丈夫なのか?その、そういうのの、痛いとか、重い、とか」
エッジの何気ないその質問に、ローザは眉を軽くしかめた。
「さすがに、そういうことは本人の口から聞くべきだと思うけど。わたしだって、わたしがいないところで誰かに言われてたら気分はよくないわ」
「あー、だな。悪い。でも、あれだぜ。興味本位で聞いたわけじゃないからな?」
エブラーナは女性忍者がいるから、そういうことを云々・・・とローザに説明をするエッジ。
しばらく話を聞いてから感心したようローザが
「そうよね・・・エブラーナは、女性も武器を持って戦うんですものね。ファブールも女性兵はいたし、トロイアにもいたけれど、それとは少し違うみたいよね、ニンジャだと」
「他の国の兵士より、多分忍者の訓練は厳しいぜー?でもまあ、女だから頼める仕事ってのも結構あるしな。男女混合で動く短所もあるけどな」
「今日のわたしみたいに、とか?」
「うん、それは多少はな。あと、やっぱ女は感情的になりやすいかな・・・あー、誤解するなよ。それがすべて欠点だとは思ってないんだ。むしろ、感情的になれなさすぎる男の方が問題って場合もあるしよ」
「ふうん。エッジは、それなりにやっぱり人の上に立つ人間なのね?」
「俺のことなんだと思ってんの」
そう言ってエッジが口を歪めると、ローザはくすくすと笑った。
「他に何か短所はあるかしら?自分の身に置き換えて考えてみたいのよ」
「致命的なのが一個あるんだけどよ・・・あー、でも、ローザの場合、もうそれはナイっていうか」
「どういうこと?」
「よく言う話なんだけど。命がかかった任務の時にさ、男女がいると・・・恋愛関係になっちまいやすいんだよなー。一応、ご法度にはなってるんだぜ?任務中に支障が出るといけないからな。その上それのほとんどが、任務終わったら『あれ?勘違いだったのかな?』みたいに冷めちまうの。あれは一種の病気なのかもしれない」
「ご法度・・・やっちゃいけない、ってことよね?」
「おう。恋愛中ってよ、やっぱ・・・なんていうか自制利かなくなったりして、周りに迷惑かけちまったり、いろんなことの優先順位もバカになっちまうことがあるだろ?だから、困るんだよ」
「あら」
「でも、ほら、ローザはそれ以前に、あれだろ。今一緒に行動しててホレた、とかじゃなくて、もともとセシルが好きだろ。だからそれは仕方ないとして・・・」
「エッジは?」
「え?」
「エッジは、今、それなの?」
ローザのその言葉の意味がわからず、エッジはぽかんと彼女の顔を見た。
それから「今」とか「それ」の意味を考え、自分が何を言ったのかを思い出し、反芻した後に声を荒げる。
「そっ・・・・そういうわけじゃねーよ!俺のは・・・あくまでも忍者同士の話でな・・・」
失言だった、とエッジは焦る。
ローザの問いかけは『エッジがリディアに対して抱いている恋愛感情は、エッジ言うところの一種の病気みたいなものなの?』というものだ。
エッジが更に自己弁護をしようとした時、ちょうどテントの方から「出来たぞー!」というカインの声が聞こえてくる。
慌てふためくエッジの様子を見てローザは再び笑って
「冗談よ。そんなのは、見ていればわかるわ。当人じゃなくて第三者が保証してるんだから、安心して。あなた、きっと他の出会い方しても、リディアのことを好きになっちゃうんじゃないかと思うわよ?わたしだって、そういう恋をしているもの」
そう言い残すと、あっさりとエッジの前から去っていってしまった。
「女は、魔物だねぇ」
ローザの背を見つめつつそう呟き、エッジは彼らしくもなく小さくため息を吐き出した。
 
 
(俺が、リディアのことを好きな理由か)
エッジはテントの中に横たわって毛布にくるまり、ぐるぐると考える。
そういうことに思い煩うのは自分らしくない。けれど、どうにもその思考を止めることが出来ずに困っている。
普段、彼が寝付けないということはほとんどない。
どうも眠れないな、という時には、呼吸法と自己暗示によって睡眠へ自分を誘導出来るからだ。忍者達は、その訓練を誰もが受けている。
しかし、それすらどうにも今日は難しい。
気付くと時間ばかりが過ぎている気がするのだが、その合間には間違いなく一度ことりと眠りには入っている。
そんな切れ切れの睡眠になる翌日は、案外と一日なんとか体がもつものだということも、彼は知っていた。
(まとめてきちんと眠れないなら、しょーがねぇ)
いっそのこと、早めに起きて火の番を交代するか。
そう彼が決めて毛布からするりと抜け出したのは、交代まで後半刻ほど、という時刻だった。
テントを出ると、外には火を囲んでセシルとリディアが談笑をしている。
結界の中であろうと、ここは地下。何か予期せぬことが起きては困る、と二人ずつ見張ることになっているからだ。
あと半刻くらいでエッジとカインの番になる予定だったので、リディアが不思議そうに声をかけてくる。
「エッジ?まだ交代の時間じゃないよ?」
「あー、ちっと、目が早く醒めちまったな」
「大丈夫かい?」
「ああ。もしもだったら、先に休んでいいぜ、どっちか・・・っていうか、リディアか」
セシルとリディアの二人がいるなら、リディアを先に休ませるのは当然、とばかりにエッジがそう言うと、リディアは
「んーん。この前もね、わたしとセシルの当番の時、カインが早めに起きてきて先に代わってくれたの。だから、今日はセシルが先に休んでくれたら嬉しいな」
そう言われても、とセシルは戸惑いの表情を見せたが、あまりリディアに「申し訳ない」と思わせるのも可哀想か、と折れる。
「じゃあ、お言葉に甘えて。カインが起きるまでよろしく。おやすみ」
「うん。おやすみなさい、セシル」
「よく寝ろよー」
セシルがその場を立ち去ると、小さく燃え続ける火の前にエッジとリディアは二人きりになった。
「あ、エッジ、お茶とか、飲む?」
洞窟内では持ち歩く飲み水は貴重だ。
普段ならば夜の番だからといって悠長に茶を飲めないことも多いのだが、今晩は違う。
深部まで想像以上に距離があるのでは、とわかったため、一度補給に戻ることが決まっている。戻ることが決まった以上は、重い水を長く持ち歩かずに消費してしまった方が良いのだ。
「せっかくだから、もらうかな」
ローザほど慣れた手つきではなくとも、リディアも最近はそれなりに茶を一人で淹れられるようになった。
ぎこちないながらも手順通りに動くその姿を見て、エッジは「かわいーな、ほんと」と心の中で呟いた。
恋に落ちたのはいつか。
自覚が訪れた瞬間は覚えているか。
そう考えれば、あまり明確に思いだせない。
(ただ、初対面の時・・・情けなく倒れてた俺が目ぇ開けた時、あいつの顔が飛び込んできたのは、覚えている)
その時、思ったことがひとつある。
自分が倒れていて、リディアはそれを上から覗きこんでいただけだ。
けれども、一瞬その状況がわからなくて。
(見上げたら、なんか空から落ちてきたよーに見えた)
そこで一目惚れをしたのかどうかは、今となってはよくわからない。
じわりじわりと気になりだして、いつからか自覚が伴った、ということのような気もする。
「はは・・・なんだ、空から、とか、無理矢理詩的にして・・・恋愛ボケか・・・」
「んー?何か言った?」
「独り言ってやつだ」
「エッジも独り言なんて言うのね!」
「そりゃ言うこともあるだろ」
「そっか。はい、お茶」
「お、サンキュ」
リディアからカップを受け取って一口。
その間に彼女は自分の分もカップに注ぎ、口をつけずに後片付けを先にしていた。
エブラーナにはいない、珍しい髪色。
少女から女性へと変化している、「過程」の体つき。
可愛らしい声、仕草。
その、何もかも成熟していない様が、なぜか無性に「リディアらしい」と思える。
(かといって、もそっと大人になっちまったらなっちまったで、なんも問題なく好きだしなぁ)
それから、もし彼女が召喚士でなかったら。
もし、一緒に戦うことが出来なかったら。
髪色が黒かったら。出会いがエブラーナだったら。
ミシディアの町娘だったら。
更に飛躍して、もしもドワーフだったら。
(ドワーフだったら、っつーのはちょっと想像もつかねーけど)
けれど、他は想像がつく。
どんな形の出会いでも、今ほど親密になれば、絶対に自分はリディアに何度でも恋に落ちてしまう。
命をかけて戦う仲から始まる、追い詰められた者同士の連帯感からの発展ではない。
困難を乗り越えた間柄に芽生える恋愛とも違う。
だから、自分の「これ」は、ローザに言った、ローザに言われた「それ」とは違う。
(と、誰もが思ってるんだろーな・・・あー、絶対絶対爺に怒られる。反対されるのは目に見えている。ご法度を王子自ら破って、と思われるに違いないんだ)
自分のことだけ棚上げるつもりはエッジにはない。どんな言い訳をしようと人から見れば、自分が陥っているこの恋愛も「ご法度」とされている行為となんら変わりがないことを彼は自覚している。
それでも。
この戦いが終わった後、もし離れ離れになったら。いや、一緒にいるとしても。
醒めてしまうようには、まったく思えないのだ。
「・・・っちちち!」
「エッジ、大丈夫!?」
ぼんやりと考えながらカップに口をつけようとして、茶をこぼしてしまう。
気づいたリディアが慌てて、ポットを拭いていた布巾でエッジの服を拭こうと手を伸ばした。
「あー、いい、いい、自分で出来る。ありがとな」
そう言ってリディアから布巾を受け取って、エッジは自分の胸元や腹部に飛び散った茶をごしごしとふき取る。
「ぼんやりしてたの?」
「してた」
「何かあったの?」
「いや、そんな大したことじゃねーよ。ちっと、エブラーナのことをな」
考えていたんだ、とは言葉にしなかった。
確かにエブラーナのことがいくらかは関係しているけれど、実際はリディアのことだ。
さすがに、それは言えない、とエッジは苦笑をする。
「エッジは、王子様だもんね。一応」
「一応、は余計だろ」
「だって、絵本で見たことがある王子様っぽくないんだもん」
「それは文化の差ってやつだろ。エブラーナの絵本に出てくる王子様なんか、もう、俺そっくりよ?」
「本当〜?」
疑いの眼差しをエッジに向けるリディア。確かに、それは嘘だ。
「王子様らしくなくたって、エッジはエッジだもんね」
「何、それ褒めてるの、けなしてんの」
「別に、褒めてないしけなしてないわよ」
くすくすと笑って、リディアは自分のカップに注いだ茶を飲んだ。
エッジは、火に小さくなりかけた火に手をかざし、自分の手の甲を見つめながら聞いた。
「お前、俺のこと、好き?」
「えっ?」
「好きか嫌いだったら、どっち?」
「えー・・・嫌いじゃないから、じゃ、好き・・・?」
リディアのその「好き」に、恋愛感情があるかないか、エッジはそれを問い質そうとはしなかった。
それをしては、彼女は答えに窮するだろうと思えるからだ。
「こうやって、一緒に戦うんじゃなくてよ、そこらの町で会っただけだったら、俺のこと好きになってた?」
リディアは大きな瞳を何度か瞬かせてから、今度は瞬きもせずしばらくエッジを見る。そして、次はカップの中の液体を見つめ、その後瞳を閉じる。
それらの動きから、戸惑い、困惑、けれども、その中で真剣に考えてくれていることが伺える。
ようやく、ため息まじりにリディアは口を開いた。
「えぇー、それは・・・だって、一緒にいて、エッジがどんな人なのか少しずつわかってきて、それで好きになってきたみたいな・・・そういう感じだから・・・うん、会っただけ、じゃ難しいかもしれないけど、どんなとこで会っても、同じようにお話とか出来れば・・・好きだと思うけどなぁ・・・」
エッジの問いかけの「好き」が軽い調子に聞こえて――実際にはエッジの方は軽い気持ちではないのだが、そう聞こえるように努めて話をしている――リディアはそれに騙されるように、あっさりと「好き」と口に出す。
その言葉が、どれだけ彼にとって嬉しいことかなんて、まだ彼女はよくわかっていないのだ。
「だって、エッジはエッジだもの」
「・・・そっか」
とりたてて説得力のないその言葉。
けれども、リディアが自ら一所懸命考えて伝えようと選んだ言葉は、エッジにとっては期待以上の言葉だ。
(やっぱ、もしもこいつと離れ離れになるとしても)
目の前のこの少女への思いは、きっと変わらないのだろう、とエッジは再確認する。
自分の気持ちは、勘違いではない。
勘違いだったら、こんな風に、もうすぐ終わりが見えている旅に焦らなくても済むのに、と心の中で彼は呟いた。
「セシルも、ローザも・・・カインだって、そりゃ裏切られたりもしたけど、敵に利用されただけだし、わたし、みんなのこと好きよ。ヤンも、ギルバートのお兄ちゃんも、ルカも、それから・・・みんなと、違う風に出会っても、きっと誰のことも嫌いじゃないと思う・・・よっぽど、その、苛められたりしなければ」
最後の心もとない一言に、エッジは噴出した。
「何、お前、いじめられちゃうかも、なんて心配してんの」
「ま、万が一ってことも、あるじゃない?えーと・・・わたし、その、あんまり人の気持ちに敏感じゃないみたいだし」
「なんだ、自覚あんのか」
「ほら、エッジだって、そういうこと言って苛めるじゃない」
リディアはそういって、拗ねたような表情を見せた。それは、エッジと話している時によく見せる表情であり、セシル達と話しているときには決して見せないものだ。
エッジからの「苛め」に対する不平を漏らす時だけの、特別なもの。
きっと、こいつはわかっていないんだろうな・・・そんな風にエッジは思い、ある意味では自分だけが特別なのだ、と僅かな優越感に浸った。
それぐらいは許してもらってもいいではないか、と思う。
「バーカ。こんなん、苛めのうちに入んねぇよ」
くくくっ、とエッジは笑いを漏らし、茶を飲み干してカップをリディアに手渡した。
「誰も、どこでどうお前と会っても、お前のことを苛めたりしないだろ。ごっそさん」
「・・・うん・・・エッジは?エッジも、どこで、どんな風にみんなと会っても、嫌いじゃない?」
問いかけるリディアは、エッジの質問の本当の意味を理解しているはずもない。
それを知っているエッジは、笑顔で即答した。
「好きに決まってんだろ」
どこで、どう出会っても、お前のことを。
その想いを飲み込んで、エッジは立ち上がると「ちょっと、小便」と、デリカシーのない言葉を残して歩いていった。
リディアが「もう!いちいち言わないでよ!」と可愛らしく怒る声を背中越しに聞こえる。
たったあれだけの「好き」の言葉で幸せを感じてしまう自分は、十分に恋愛ボケしているのだろうかと歩きながら彼はふと思いついた。
(でも、こんなに相手の気持ちを『待とう』と思える恋愛は知らない)
だから、自分の心を信じられる。それだけは譲れない確信だ。
エッジは、自嘲の笑みを浮かべた。
 
 
 
あれから三年。
エッジはゼロムスとの戦いの後エブラーナに戻り、自国の復興に努めていた。
そろそろ王子という肩書きから王という肩書きになっても良い時期、と誰もが思えるようになったくらいエブラーナの復興は進み、他者から見てもエッジは王にふさわしいといわれるほど十分な働きをしている。
「他に、何か変わったことはないな?ハヤタの目から見て、さ」
「・・・報告がもうひとつ、残っておりまして」
「なんだ」
「諜報部隊に所属しているトウヤとクレハが、恋仲になったようです。まだ任務遂行中ですが、告白しあった様子です」
「・・・あー、トウヤは来月からバロン方面に派遣されるんだったな」
「はい」
「・・・」
エッジは唇を尖らせて、執務机の上にひじを付いて少し考え込んだ。
そんな彼に、傍に控えていた爺が口を挟む。
「若、私情を挟むのはよろしくないかと」
「そういうわけじゃねぇよ。別に、やつらが可哀想だからトウヤの仕事を変える、とかさ。そんなことは考えてないぜ」
余計なことを報告してしまったかな、と、彼らの前に膝をついている忍者、ハヤタは心中穏やかではない。
「ただ、ちょっと予想外だな、と思って。トウヤ、32歳だっけか」
「はい」
「クレハは21歳だよな」
「それくらいですね」
エッジが言いたいことは爺にもハヤタにもわかっていた。
彼らは男女混合で行動をしなければいけない部隊を作るときは、近い年齢の男女をあまり組み合わせない。
特に15歳程度から20代前半は、男女ともに簡単に恋愛に陥り易いからだ。
「ま、今のところは任務に支障は出してないんだろうし。トウヤがバロンから帰ってきてもまだ関係が続いてるようだったら、周りのやつらに話を聞いてみるさ。今はいい。言い方悪いが、どうなるかわからないし」
それは、恋仲になってしまった者達を同じ部隊にしても大丈夫かどうか、という話だ。
忍者と一言で言っても、各々の得意分野があり、誰も彼も万能で能力が平均化されているわけではない。
同じ部隊にいた、ということは、今後の任務でも同じ部隊になる可能性が高いということ。
となれば、この先もクレハが結婚をして身ごもりでもしない限り、恋人同士が同じ任務につくこともあるだろう。
忍者にとって私情は二の次であるが、そこはやはり人間。何がどうなるかわかったものではない。
それゆえ、付き合いだした者達がいれば、こうやって「上」に報告をすることになっているのだ。
ハヤタは黙ったままエッジの言葉を聞いている。が、いささか表情が堅い。
報告をしなければいけない反面、恋仲になった者達を心配する気持ちも忍者とてあるのだ。
本来、そのような感情を少しでも顔に出すことは忍者には許されないのだが、彼らの主はどちらかというと表情が豊かに顔に出るたちだから、それについて多くお怒りを買うことはない。が、ここには爺もいるので、彼は必死に己の心中を察されないようにと心を落ち着けようとしていた。
なんとなく重い空気の中爺が
「なかなか最近は多いと思っておりましたが、トウヤとは意外な」
と呟いた。
「先代の時代であれば、すぐさま片方を任務解除でしたぞ。その程度のペナルティは当然のこと」
そもそもはご法度と言われていたことですから、と爺は強い口調でエッジに言い、困ったようにその場で聞いているハヤタにまで「わかっておるな?」と念を押す始末だ。
それにエッジが言葉を返さずに小さくため息をつくと、爺は
「まあ、あれですな・・・若様が、忍者の恋物語について、あれこれ言える身分ではなくなったせいで・・・」
とエッジを見て顔をしかめた。最後まで爺の言葉を聞かずにエッジが反論をしようとした、ちょうどその時。
コンコン、と小さなノックが三人の耳に飛び込む。
「入っていいぞー」
部屋の外にいる人物が誰なのかも聞き返さず、エッジはそう言った。
ハヤタが「消えましょうか」と目だけでエッジに伺うと、エッジは軽く手を横に振った。それは「別に気にするな」という意味だ。
キイ、と小さな音がして、扉が開いた。
「お、お邪魔、しまーす・・・あっ、エッジ、お仕事・・・中?」
「いい、いい」
現れたのは、ここ数日エブラーナに滞在しているリディアだ。
あまりのタイミングのよさに、エッジは苦笑を見せる。その苦笑いの意味に気付いたハヤタは、どういう表情、どういう目配せをエッジに返してよいかわからず、爺に助けを求めるように見た。
「言っとくけどよ、俺は、どこでリディアと会おうと、一緒に戦わなくとも」
「えっ?なあに?」
「・・・なんでもねーよ!で、なんだ?何か用があったんだろ?」
「あのね、衣装を二つ用意してもらったんだけど、選べなくて。エッジに見てもらえたらと思って来たの」
「おっ、もう衣装できたのか。わかった、すぐ見に行く」
「うん。着替えて待ってるね。それじゃ、えっと・・・失礼しました」
リディアはぺこりと爺とハヤタに会釈をして、執務室から出て行った。
それを見送ってからエッジは
「気の迷いじゃなくて、こうやって成就したからって、確かに大きい顔はできねぇわな・・・」
と呟くが、その表情には何の申し訳なさも、反省の色もない。
むしろ、嬉しくて仕方がない様子で、口元がにやけている。それへ、爺がたしなめるような口調で言った。
「若、若が思いあがられてはいかんと思って内緒にしておいたことがひとつ」
「なんだよ、俺が思いあがる、とかって」
「忍者達に課せられていた法度を取り消す羽目になったのは、まったく、若の責任」
「・・・だーかーら、しょうがねーだろ。それに、リディアは忍者じゃねーし、別に俺は・・・あいつがそこらの町娘でも、イカれたに違いないの!・・・カーッ、恥ずかしいこと言わせるな!」
それを聞くハヤタは「若が勝手に言っただけなのに」と心中苦笑いだが、顔には出さない。爺は大仰にため息をついてみせて、わざと呆れたような声を出した。
「そのおかげで、今年のエブラーナの出生率がどれほどあがったことか」
「・・・へ?」
爺の言葉を聞いて、エッジはなにやら矛先がおかしいぞ、と気付いて、間抜けな声をあげる。
「この、復興中にくの一達がお産に入ったり、任務解除その他、人手不足はなかなか深刻・・・で、ありますが、調べたところ、5年前の出生率の8割ほどまでになっているとのことでして。それが、どれほどのことか、若はおわかりか?」
5年前。
それは、まだあの戦の前。
エブラーナが平和だった頃の話だ。
今、エブラーナに残っている人口は、当時の8割などにはまったく満たない。けれど、出生率があがっているということは。
エッジはぽかんとした顔を爺に向けた。
「子供が生まれれば、親というものは強くなるものと爺は思っておりますからの。大人にとっても、これからのエブラーナにとっても、それは幸い。若はともかくとして、リディア様には、なにかしらの賞を贈っても良いほど」
その、爺の古臭い「賞」という発想に、エッジは吹きだした。ついに、ハヤタも耐え切れずに、声を軽く漏らす。
「あっははは!爺、感謝しろよ?俺が嫁さん捕まえてきたことを」
「ほらみたことか!すぐに若はそうやって思いあがるから!」
エッジは「はいはい」と軽く爺をいなして、執務室の椅子から腰をあげた。そして、ハヤタと爺にひらひらと手を振りながら
「じゃあ、見習って俺も子作り頑張るわ。ま、とりあえずは婚礼衣装見てやらないとな」
と言って、執務室を出ていく。
通路を行きかう女中達からの挨拶に軽く応えながら、エッジは鼻歌交じりで歩いていく。
あんなやりとりがされていたことなぞ、まるっきり知るはずもない、未来の花嫁のもとへ。








モドル