赦し

カインが、いなくなった。
最後のクリスタルを手に入れて、ちょっとほっとした矢先のことだった。
封印の洞窟の中に、あの、忘れもしないゴルベーザの声が響いて……
引き止めるわたしたちを振り切るように、カインは行ってしまったのだ。
エッジは怒ってた。とっても。
でもわたしや、セシルたちの中にあったのは、怒りよりも、むしろ……悲しみ、だったと思う。
そして、多分正しいのはエッジの方なんだろう。

ドワーフさんたちに報告に行く。次の目的地がミシディアに決まって、またシドのおじちゃんが飛空艇を改造してくれた。
エッジはお手伝いをしながらも、しょっちゅうサボってわたしにちょっかいをかけにきて、シドのおじちゃんに怒られていた。
シドのおじちゃんが元気だと、セシルもローザも笑顔になる。
……でもやっぱり、いつもより口数が少ないみたいだった。

そしてわたしは、いつかと同じ、お城のバルコニーの片隅で、いつかと同じように膝を抱えて座っていた。ぼんやりと、だいぶ見慣れてきた景色を眺める。
あの時のわたしは、一人になりたくてここにいた。
今日のわたしは……一人に、なりたかったのかな。
それとも。
「またこんなとこにいたのか、リディア」
それとも、エッジが来るのを待っていたのかな。
こんな風に。
あの時みたいにエッジも戸惑ったりしない。むしろ、わたしがいることをわかってて、ここに来たみたいだった。
あの時みたいに「隣り、いいか?」なんて聞いたりもしない。当たり前のようにわたしの隣りに座り込む。
しばらく、二人ともなにも言わなかった。……あの時みたいに。
まるでいつまでもこの沈黙が続くような気がしてきた頃、突然、気持ちを切り替えるように、さっぱりとした陽気な口調で、エッジが話し出した。
「明日はミシディアか。だんだん大事になってきやがりやったな。まさか伝説なんて話になるとはなぁ」
「そうだね。魔導船……だったっけ? 本当にあるのかな? どんな船なんだろうね……」
明日からのことを明るく話すエッジ。それに相槌を打ちながら、わたしの心の中にあったのは、本当に話したかったのは、実は全然別のことで。だけど、自分から口に出すのはためらわれるようなことだった。
でも多分、わたしからその話題を口にしなければ、きっとエッジは話そうとしないだろう。
そっと呼吸を整える。少し、緊張していた。
「……ねぇ、エッジ」
できるだけなんでもないような調子で言ったつもりだったけど、ひょっとしたら少し声がうわずってしまったかもしれない。
「ん?」
エッジはわたしの緊張に、気づいているのかいないのか、いつもとまったく変わらないように見える顔をわたしに向けてくる。
「あの、ね……もし、もしもカインが帰ってきたら……どうする?」
エッジは、即答した。
「ぶん殴る」
「あは」
シンプルな、そしてあんまりな答えに思わず笑ってしまった。エッジはいつもまっすぐで、だからこそわたしの目に「正しい」と映るんだろうな、と思う。
あっさりと答えを返したエッジは、今度はまるでわたしの瞳の奥を見透かそうとするかのように、わたしの顔を覗き込んできた。
「そういうお前は? どうするつもりだ?」
わたしはエッジのようにきっぱりとした答えを返せない。エッジの視線から逃れるように、足下に目線を落とす。
「わたし? わたしは……うん……多分『おかえりなさい』って……言うかな……」
わたしの返事に、エッジは大きな、わざとらしいため息をついた。
「お前な……でも多分、セシルやローザも似たようなもんなんだろうな……ったく、お前らは揃いも揃ってなんでそんなに甘いんだ」
だってカインはゴルベーザの術にかかっただけだもの!……と、7歳の時のわたしなら言えたんだろう。
でも、今のわたしは。
「うん、そうだね……本当は、わかってるんだ。正しいのは、エッジの方だって。カインだって……もし戻ってきても、きっと黙って赦されることなんて望まないだろう、って」
悪いことをしたら、お仕置きをされる。それは、小さい頃から当たり前だったこと。
お仕置きなんて、もちろん嫌いだった。でもそれは、赦されるために必要なステップだった。
きっとお仕置きなしに赦されたら、胸の奥に小さい棘は刺さったままになる。
だからこそ、どんなにお仕置きが怖くても、悪いことをしたら、お母さんに黙ったままでいることはできなかったんだ。
エッジの方に顔を向けると、わたしの答えが意外だったんだろう、驚いたように目を見開いて、わたしを見ていた。
「お前……そこまでわかってんなら、なんだって……」
「……わたしは、ね」
膝が震えないように両手で押さえる。どうか声が震えませんように。
「わたしは……カインのことを思って、カインを赦すわけじゃ、ないんだ」
「……え?」
怪訝そうにエッジがまばたきする。言えなくなってしまわないように、一息にわたしは言った。
「わたしがカインを赦すのは、誰のためでもない、わたしのためなの」
エッジは、わたしのことが、嫌いになるかな?
でも、言わずにはいられない。
胸の奥の小さい棘が、痛い。
「前もここで、いろんな話をしたよね。だけどあの時、わたし、わざと言わなかったことがあるんだ」
一生懸命、なんでもないことを話すように、軽い口調に聞こえるように言ったつもりだったけれど、エッジの表情はますます怪訝そうになる。わたしの言葉を確かめるように、エッジはわたしの言葉を繰り返した。
「わざと、言わなかったこと?」
冷静に、冷静に。落ち着いた顔をして見えるように。そう自分に言い聞かせながら、わたしはうなずく。
「そう。例えば……いつ、どうやってわたしはセシルたちと出会ったのか、とか。
その時のわたしはいくつだったのか、とか。
幻界で、どれくらいの時間を過ごしたのか、とか。
お母さんのドラゴンに……直接手を下したのは誰なのか、とか」
わたしは立ち上がると、バルコニーの柵まで歩いていく。エッジのちょうど真正面のところで振り返って、柵にもたれてエッジを見つめた。
「ね、エッジ。この前、ミストで地震があったって話、したよね? エッジが『少し前』って言った地震。地震を起こしたのはわたしだったって話したよね? でも、それだけじゃないんだ」
怪訝そうな顔のまま、エッジは黙ってわたしを見つめている。ああ、こういう時、泣けばいいのか笑えばいいのかわからない。
「信じる? その時、わたしはまだ7歳だったの」
「……は?」
わたしがなにを言うと予想していたのかはわからないけど、とにかくわたしの言葉はエッジにとって、思いっきり想定外だったらしい。まあ無理もないけど。かくんとあごを落として、間の抜けた顔になった。
その顔がおかしくて、わたしは少し笑う。笑うと少し元気が出て、話を続けるようにわたしを後押しした。
「地震のあと、しばらくして幻界に行ったって話したでしょう? そこでしばらく修業したって。幻界はね、この世界とは時間の流れが違うんだ。わたしは幻界で10年くらい過ごして、それからこっちに戻ってきたけど、その時こっちではまだ1年もたってなかったの」
予想を超えた話に、エッジはぽかんとしてるみたいだったけど、構わずわたしは「だから」と話を続ける。
「だから、今わたしはこんなだけど、少し前のあの地震の時、確かにわたしは7歳だったの。……ね、エッジ、このことの意味がわかる?」
そこまで言って、わたしはそこに座り込んだ。エッジと目線の高さが同じになる。
「わたしのこの旅は、7歳の時に始まったんだ」
「ちょっ……おい、ちょっと待てよ」
そこでようやく、エッジは話に思考が追いついてきたようだった。慌てて口をはさんでくる。
「いくらなんでもそりゃ無理ってもんだろう。たった七つでこんな旅ができるわけ……」
「わたしは最初から一人じゃなかったもん。それに、地震のせいでミストにも戻れなかったし。……どっちみちお母さんもいない、焼けてしまったミストに、わたしの居場所はなかっただろうけど」
わたしの言葉に、エッジの表情はたちまち翳った。痛ましいとしか表現できない、何かを失った人の表情になる。
エッジはまっすぐで、優しい。……いつもは意地悪だけど。
「そか……そうだったよな。でも、お前を保護してくれるやつがいたのは不幸中の幸いだったな」
痛いような笑顔を浮かべて、そう言ってくれるエッジにはわからないように、小さく深呼吸した。
「……その人がね、セシルだったの」
この言葉の意味に、エッジは気づくかな? ……気づくよね。だってエッジは馬鹿じゃない。
ああ、やっぱり。エッジの顔から、すうっと笑顔が引いていく。
「……なんで」
声も、いつもよりずっと低い。
「何でそんなところにセシルが居合わせる? そんな偶然、そうそうないだろ」
偶然、って言えたら良かったのに。
「……その頃、バロンの王様に、四天王の一人、水のカイナッツォが化けてたの。カイナッツォに騙されて、お母さんを死なせて、ミストを焼いたバロンの騎士は」
喉が、カラカラ。
「……セシルと、カインなんだ」
エッジの目が、見開かれる。
「……なんだよ、それっ!!」
怒鳴られた。
「セシルたちはね、なにも知らなかったの。ドラゴンを倒したらお母さんが死んでしまうことも、ボムの指輪を届けたら村が焼けてしまうことも」
「だからって、なあ!!」
怒っているエッジときちんと目を合わせて話をするのは怖かった。でも、エッジの怒りは、わたしのための怒りだ。エッジは今、わたしを思って怒ってくれている。それを思うと、怖いけど……それはなんだか、胸の奥が熱くなることだった。
でも今は、エッジの怒りを解かなくちゃいけない。
「それに、そのあと、バロンの追っ手から一生懸命守ってくれたの。王様と信じている人に、背いて」
怒りに震えるエッジに一生懸命説明する。エッジはしばらくぎらぎらした目をしていたけれど、そのあと一転してまた悲しい目になった。やりきれない、という言葉がわたしの胸に浮かぶ。
「お前……お前なあ……」
エッジはそれだけ言って、あとは言葉が見つからないというように首を横に振った。
「……あの時、セシルたちを赦したから、わたしの旅は始まったの」
カイポの村で。バロンの追っ手から守ってくれたセシルに、その時初めて名前を教えた。
それが、わたしの旅のはじまり。
「だから。これからも、なにがあっても、わたしはセシルたちを赦し続けるの。……でないと」
そこまで言って、とうとう耐え切れなくなって、わたしは顔を両手で覆った。
「嘘になっちゃう。7歳からの今までが、全部間違いだったことになっちゃう。あの時セシルたちを赦したから、今のわたしがここにいるの。それが全部間違いだったなんて、そんなの耐えられない」
この前のここでの会話の時、思った。
わたしの故郷、ミストの村。そこで過ごしたのはたったの7年で。
それ以上の時を、ミストではない場所で生きてきた。
それはそのまま、わたしの旅してきた時間だ。
「だからわたしは、カインを赦すの。誰のためでもない、わたし自身のために」
それをたとえカインが望まなくても。
……むしろ、苦しめるものになってしまったとしても。
わたし、ひどいかな。
わたし、ひどいよね。
エッジはこんなわたしを嫌いになるかな。
……わたし、どうしてこんなこと、エッジに話したんだろう。話して、しまったんだろう……
「……リディア」
静かに、エッジがわたしを呼んだ。
呼ばれたけど、わたしは顔を上げられなかった。
エッジの顔を確かめるのが怖かった。声の響きからは、何の感情も読み取れなくて。
エッジは今、どんな顔をしているんだろう。怒ってる? あきれてる? ……そんなやつだとは思わなかったって、思ってる?
「……リディア」
もう一度、さっきより少し強い口調で名前を呼ばれた。
「なに……?」
今度はかろうじて返事はできたけど、やっぱり顔は上げられない。声も、少し震えてしまう。
「っ!」
いきなり腕をつかまれて、悲鳴を上げそうになった。エッジが動いたような気配なんか、全然しなかったのに。やっぱり忍者だから? いや、そんなことより、無理やり顔を上げさせようとしてる? いや……!
思わず抵抗しようとしたら、そのまま強引に引き寄せられて、抱き締められた。
え……? どうして……?
予想外の展開に頭がついていかなくて、なんだかぼんやりしてしまう。涙まで止まってしまった。
いつかと同じように、でもあの時よりずっと強い力で抱き締められる。
あの時は、まるで壊れ物を扱うみたいだったのに。「抱き締めていーか?」なんて聞いたりもしたのに。
あの時とはまるで違う。有無を言わせず、強引で、ちょっと乱暴で……でも、全然嫌じゃなかった。
エッジの胸は、あの時と同じようにあったかい。安心する温度だ、と心のどこかがつぶやいた。
わたし、エッジに嫌われてない?
わたし、あんな醜いことを言ったのに。それでもエッジはわたしを嫌いにならないの? 軽蔑したり、しないの?
「……大丈夫」
耳元でエッジの声がした。
わたし、口に出したりしてないのに。まるでわたしの胸の奥の問い掛けが聞こえて、その返事をしたみたいだった。
抱き締められて触れ合った身体に、直接響いて、染み込んでいくようなエッジの声音。
今まで聞いたことがなかったような穏やかな声が「大丈夫」とわたしに言った。
「大丈夫だ。お前は悪くない。悪くねーよ……」
耳元に降ってくる声と共に、片方の手が、わたしの頭をなでる。
抱き締められて。
頭をなでられて。
低い、穏やかな声でそんなことを言われて。
どうしよう。
泣きたくなっちゃうくらい、嬉しい。
それと同時に、ひどく納得していた。
どうしてあんな話をエッジにしたのか。してしまったのか。
ああ……そうか。わたしは、赦されたかったんだ。
赦しを必要としていたのは、他の誰でもない、わたし自身だったんだ。
当事者のセシルには言えなかった。セシルの恋人のローザでも駄目だった。二人とも、こんなことを知ったら傷つくだろうし、特にセシルはわたしに対して余計に罪悪感を抱くに違いなかった。
それに、二人とも、理由は全然わたしと違うけど、同じように無条件でカインを赦そうとするだろうから。それを知っていたから、余計に言えなかった。
だからわたしは正しくカインを赦さないエッジにこんな話をしたんだろう。
だけど。
「でも……わたし、お仕置き、されてない……」
顔を覆っていたはずの両手は、いつの間にかエッジの服の胸元をしっかりと握り締めていた。顔を隠すようにエッジの胸にしがみついたまま、消え入りそうな声でわたしは言った。
「悪いことをしたら、お仕置きされて、そうやって償って、それから赦してもらわなきゃいけないのに。わたし、お仕置き、されてない……何も、償ってない……」
どうやって償ったらいいのか、見当もつかないけれど。
「……お前さ」
しばらく黙ってわたしの頭をなでていたエッジが静かに言った。
「お前さ、こんな話、したくなかっただろ」
エッジの言葉は完全に図星で。胸の奥がちくりと痛む。わたしは小さくうなずいた。
「……うん」
エッジの追及は終わらない。何を考えているのかわからない静かな声。
「本当は誰にも言いたくなかっただろ」
胸の奥に引っかかりそうになる声を、やっとのことで押し出して、わたしは返事をする。
「……うん」
それでも、エッジの言葉はまだ終わらなかった。
「俺に嫌われるかもしれない、って思っただろ」
胸が苦しくて、痛い。
「……うん」
うつむいたわたしの頭上で、エッジはふっと息を吐いた。そして、
「ばーか」
ぽかり。さっきまでわたしをなでていた手で軽く頭を叩かれた。
「なっ……なんでよ……」
わたし、すごく悩んだのに。今だってすごく苦しかったけど、きちんと返事したのに。そんなこと言うのはひどいと思う。
「ほら、そろそろ顔上げろ」
弱々しいわたしの反論を意に介さず、エッジはそんなことを言ってわたしの頭をぐいっと押した。わたしは無理やり上を向かされることになる。にやにやと意地悪そうな顔をしたエッジと目が合った。
「ほら、口がへの字になってるぞ」
人の悪い笑みを浮かべたまま、エッジはそんなことを言ってわたしのおでこにでこぴんする。痛いよ。
「痛い……」
わたしは恨めしい顔をしてエッジを見上げた。きっとまだ口はへの字になってる。
「お前があまりにも俺のことを信用してねーからだ。俺はそんなことでお前を嫌いになったりしねーよ。だから、お前が悪い」
にやにやと偉そうにエッジはそんなことを言って。わたしは怒ったらいいのか、喜んだらいいのか、わからなくなってしまった。さっきまで全然意識なんかしてなかったのに、抱き締められていることも急に恥ずかしくなってくる。
なんて返事したらいいのか、言葉が見つからなくて、わたしはうつむいてそっとエッジから離れようとした。けど、エッジは離してくれなかった。
「でもさ、お前、頑張ったよな」
思いがけないことを言われて、わたしは目を見開いた。
「……え?」
見上げると、エッジの顔から、さっきまでの意地悪そうな笑顔は消えていた。
「誰にも言いたくない、嫌われるかもしれない、って思ったんだろ? でも、お前ちゃんと話したよな。頑張ったな」
そう言って、エッジはまたぎゅっと力を込めて抱き締めてくれる。
ああ……これは、喜べばいいんだ。
混乱していたわたしの感情が、ようやく納得する。
だって、考えるまでもない。わたしはこんなにも嬉しいもの。
「だから……お前はもう、悩まなくていいんだ」
ちくり。かすかな余韻を残して、胸に刺さっていた小さな棘が、抜けたような気がした。
「話せなくて悩んで、話すために苦しんだだろ? それでお前のお仕置きはもう十分なんだよ。お前はもう、十分罰を受けた。だから……赦されて、いいんだ」
また、涙が出てきた。鼻水まで。
エッジの服を汚しちゃう。そう思ったけど、止まらなかった。
止まらないなら汚さないように離れなきゃ。そうも思ったけど、あったかいエッジの腕の中は心地良くて、動けなくて。
「エッジ……服、汚しちゃう……」
すすり泣きしながら訴えると、エッジの腕の力は逆にもっと強くなって。
「気にすんな。今までつらかったんだろ? 泣いてすっきりすんなら全部出しちまえ」
そう言われて、わたしは思い切り泣いた。

泣くのにも疲れて落ち着いてくる。エッジはずっと抱き締めて、頭をなでてくれていた。
エッジの胸に頭を預けて、わたしはぼんやりと初めてエッジに会った時のことを思い出す。
大人のくせに子どもみたい。そんな風にわたしは思ったんだった。
わたし、全然わかってなかったなあ。
今でも時々、騙されそうになるけど。
でもまさか、誰にも言えなかった秘密を、この人に言うことになるなんて。
そんな取り留めのないことをぼんやりと考えていると、
「……落ち着いたか?」
穏やかな声でエッジがそう言った。わたしはおとなしくうなずいて、今度こそ離れようとする。
けれどやっぱりエッジは離してくれなくて。
うう、わたしの涙と鼻水でエッジの服、びちゃびちゃで。ちょっと冷たいんだけどな。
でもそれはわたしのせいなので、文句を言うわけにもいかなくて、わたしはおとなしくまたエッジの胸に頭を預けた。
ぼんやりと考えるのは今度はカインのことだ。
カイン、帰ってくるよね。わたしの今までは、きっと間違いじゃないよね。
そんなことは、正しくカインを怒っているエッジには言えない。
でも、もうひとつ気になることがあって。わたしはそっとエッジを見上げた。
気配には人一倍敏感なエッジはやっぱり気づいて、わたしの瞳を覗きこむ。
「ん? どした?」
ためらいがちにわたしは言葉を探した。
「あのね……エッジ、わたしは赦されてもいい、って言ったよね……でも、カインが帰ってきた時、わたしが『おかえりなさい』って、言ったら……きっとカイン、苦しいよね……?」
わたしの言葉に、エッジは少し冷めた目になった。
「確かに、帰ってきた時、お前に無条件で赦されたら、やつは罪悪感に苦しむのかもしれない。でも、それはやつ自身の問題で、お前には関係ないことだ。それだけのことをやつはやったんだし、それこそがやつが受ける罰だ」
エッジ……わたしには優しいのに。カインには少し、冷たい気がする。
口には出さなかったけど、エッジには伝わったらしい。エッジの表情が少し和らぐ。
「でももし、そーだな……お前が俺に話したみてーに、やつがお前に何か話したい、って思った時は、聞いてやったらいい。……ま、やつがもし帰ってきたらの話だけどな」
後半の少し冷たい言葉は照れ隠しみたいに聞こえた。
「それでいいのかな?」
そんなことで……それだけでいいのかな?
わたしの言葉に、エッジは眉を上げて見せる。
「俺がお前にしたことだって、それだけだぜ?」
それだけ? ううん、そんなことない。
エッジはわたしを、受け止めてくれて、抱き締めてくれて、赦してくれて……嫌いにならないで、いてくれた。
こみ上げてくる感情は、でも、言葉にならなくて。わたしは大きく首を横に振るとぎゅっとエッジに抱きついた。
さっき、あんなに泣いたのに、また涙がこみ上げてきそうになる。
泣かないように強く強く目を瞑りながら、この場所が消えてしまわないようにしっかりとしがみついたまま、
いつか、カインが帰ってきますように。
いつか、カインにもこんな場所が見つかりますように。
そしていつか、カインの苦しみが終わりますように。
そんな風に、わたしは祈った。
……そしてどうか、わたしにとってのこの場所が、消えてしまいませんように。


Fin
(蕾華さんの作品です。ありがとうございます。)



モドル