勘違いデート-後日談-

「お帰りなさいませ、リディア様」
呑気な2人がエブラーナ城に戻ると、グレースがリディアの部屋にすぐさま顔を出した。
「ただいまー」
くつろぐために部屋着をどうぞ、と他の女中が服を持ってきたが、グレースに気付くと衣類をグレースに手渡して退出していく。
「リディア様、こちらを」
「はーい。着替えたら一休みしてもいい?」
「もちろんです。今日は何もご予定はありませんし」
ほとんどいつも予定らしい予定はないのだが。
リディアはお気に入りの緑色の服を脱いで、エブラーナに多い、前身ごろを胸元で重ね合わせてリボンを脇で結ぶ部屋着に着替えた。
それは楽な服装でありながら、あまりだらけたようには見えない、それなりに上質な糸で編み上げられたものだ。
「エドワード様とご一緒だったのですか」
「うん。なんで知ってるの?」
「爺や様からお聞きいたしました」
「?」
リディアはグレースの言葉の意味がまったくわからなかった。

話は遡るが、リディアを小日向亭に送ったグレースは、そのまままっすぐエブラーナ城に戻ってきた。
彼女はいつもいつもリディアについているわけではなく、もともと女中頭としての仕事も山ほど城内であるのだ。
それでも彼女は自分が行ったことを報告することを怠らない。
グレースは城内に戻ってからまずは爺に「無事リディア様を送り届けました」と報告に行こうとした。
・・・が、あの口うるさいご老人の部屋からは、エッジがいないときにはあまり聞かれない・・・逆を言えば、エドワード王子にお小言を叫ぶようないつもの調子で・・・わめきちらす声が通路に漏れていた。
「何故若様の護衛をせず戻ったんじゃ!」
何が起こったかはわからないが、今、何が起こっているのかはわかる。
どこにエドワード王子が行ったのかは知らないが、きっと城外に行ったのだろう。
そして、途中で護衛が帰された。
それはとてもあの王子らしいことだとグレースは思う。
(爺や様、そんなことを大声で言うなんて、まったく、困ったお人だわ)
部屋の中には多分護衛忍者達がいるのだろう。
グレースはそこに行くべきかどうするべきかわずかに悩んだ。
と、爺やの声はさらに続く。
「そなた達が小日向亭にいると知っていたからこそ、リディア様をグレースに任せたというのに!」
あら。
爺があっさりと、リディアの小日向亭行きを許可したのが何故なのかは、グレースも不審に思っていた。
なるほど、エドワード王子も今日小日向亭に行っていたのか。だから、護衛を多くつける必要はないと思ってグレースに頼んだのだろう。
それにしても、だったら小日向亭まではグレースではなく、他の護衛忍者に頼めばよかったものを・・・と思ったけれど、それは多分爺なりの気遣いだ。
爺は爺で、リディアを何もかもエブラーナ王族と同じ扱いを受けさせたくないと思っている。良い意味でも悪い意味でも。
彼女を守らなければいけない義務は本当は爺にもエブラーナの忍者達にも厳密にはないし、エブラーナ流を押し通しては、人間界にすら不慣れなリディアは息苦しくてたまらないに決まっている。
頑固者は頑固者でも、思っている以上にあの老人はリディアのことを気遣っているのだ。
が、それが裏目に出た。
だって、リディアが小日向亭についた頃には、エッジの護衛忍者達はエッジに一喝(というほど大袈裟ではないが)されて帰ってしまっていたのだし。
(あーあ、それじゃあ、逆にわたしも怒られてしまうかしらねぇ。小日向亭に入るところまでお付き合いして、エドワード様を確認していれば、護衛忍者がいないことに気付けたはずですものね)
が、小日向亭手前でグレースは帰ってしまったのだし。
誰も彼もちょっとちょっとの気遣いの足りなさや、逆に爺の配慮などのわずかなことの重なりで、今日のエッジとリディアの2人きりのデートが成立したというわけだ。
(たまに爺や様がそういう勘違いをしてくださると、リディア様やエドワード様も気が楽なんでしょうけどね)
グレースは、少しばかり困惑の表情を浮かべ、もう少しだけ様子を見ようとした。
それにしても扉の外の人の気配に気付かないほど、爺やは怒っているし、中にいるはずの護衛忍者達も困り果てているのだと思うと、それはそれでよろしくない。
昔のエブラーナはもっとピリピリしていたものだが・・・。
それは良いことでもあり、悪いことでもあるのだろう。グレースとしては複雑な心境だ。
誰一人2人を守る人間がいない、という史上最悪の事態を招いてしまった爺の親心(?)に、グレースは1人きりでも苦笑を抑えきれなかった。

「リディアは1人で放っとくと、この前みたいなことすっからなー。護衛は確かにいるんだけどな」
とエッジは肩をすくめて言った。もちろん「この前みたいな」は小日向亭に1人でふらふらいってアルバイトの申し込みをした、という話だ。
エブラーナ城に帰ってきて、夕食前のほんのひととき、エッジは執務室に戻って椅子にどっかり座っていた。執務机の前には、1人の黒装束の男性が立っている。
「どういった場合でも護衛はつけるべきかと思われます」
仕方がなくエッジの相手を勤めているのは、ハヤタの上司であるサナクである。
年のころは30代後半、特徴といった特徴がなく、しいて言えば細身という程度の、人に溶け込みやすい容姿を持つ。
本来護衛忍者である彼らが、わざわざエッジのような護衛「される側」と長話をすることはない。
それでも今回の件ではサナクも若手忍者達を叱り付ける必要もあったため、当事者であるエッジと話し合っているところだ。
「まあ、正直今回はお前達の連絡の行き違いで、俺のほーはありがてぇ、ってなもんだったけどよ」
「・・・」
爺が聞けば「なんということを!」やら「感心しませぬな」といった言葉が返ってくるだろうが、サナクはあくまでも護衛忍者であるわきまえとして、感情的な答えを返さない。
「本当は、俺が返したやつらがあそこでさっさと帰っちゃいけないんだよな?素直っちゃー素直だけど、色々徹底してねーな。勘違いさせねーように、お前からちょいと言っていてくれや」
「はい」
「いくら俺の勅命でも」
「はい。面目ありませぬ」
そういってサナクは深く頭を下げた。彼は忍者の頭領というわけではないが、それでも護衛忍者達を率いるトップの人間であることには変わりがない。
「帰ったふりして一人残るとかさ、連絡をつけるまで待たせるとか、状況に合わせなきゃいけないんだろう?・・・ま、そのおかげで俺も羽根伸ばしたんだけどさ」
「はい。わたしの教育が行き届かず、面目ございません」
「・・・いーって。サナクのせいじゃないだろ、ほんとは」
「いえ」
「そりゃまあ、子分の失敗は上司の責任だかんな、わかるけどよ」
そういってエッジはだん、と執務机の上に足をのせた。態度が悪いことこの上ない。しかし、サナクはそれについては顔色ひとつ変えずに冷静に見ている。
「俺は、いーんだ。別に。生まれた時から王子様だしよ、誰か忍者がいるのは慣れているし」
だったら何故今日に限って追い払ったのか、とサナクは聞きたいところだったが、そこは堪えた。エッジの言葉がまだ続いていたからだ。
「だけど、今日ついてきた奴らが、まあなんだ、色々ヘタクソで、イライラしちまったんだ。俺も器が小さいもんだな」
その理由はわかっている。
先のエブラーナ王・王妃を失った戦争で、多くの忍者達が命を落とした。
サナクも本来は、護衛忍者を統べるほどの肩書きを持っていなかった。けれども、彼の上司である数人の忍者は、若い忍者達と共に命を落としてしまった。
だから、残っている忍者達は、戦闘能力がまだまだ足りなかったり、護衛につくための術が足りなかったりと、現在エブラーナは慢性的な人手不足、いや、忍者不足で悩んでいるのだ。
だから、こんなことが起きたのだ。
「わかっていても、目えつぶってやることが出来なかった。なんだかやけに鬱陶しく感じちまってよ」
それは、エッジが後から自分で気付いた、言い訳ともいえない言い訳だ。
「俺は王子失格だよなぁ〜」
彼のそんな呟きにサナクは答えるわけにはいかない。
と、その時執務室の扉をノックする音が聞こえた。
「誰だよ」
「エッジ、わたし」
「リディアか」
退出しましょうか、とサナクがエッジに視線を送ると、エッジは首を軽く振った。出て行かなくても良い、という素振りだ。
「どした。入れよ」
「失礼しまーす」
きい、と音をたててリディアは扉を開けた。彼女が直接エッジの執務室に来ることは珍しい。
リディアの自己申告にあったとおり、エッジがこの国のこと、つまりは王子としての執務をしている時の話は難しく、そしていつもの(とはリディアの勝手な言い分だが)エッジには見えないために、あまり執務室には直接こない。
彼女が来る時は「今すぐこれをやりたいけどエッジに聞いてからがいいかな」と判断した時くらいだ。
「あっ、お客さん?」
リディアはサナクを見たことがない。
初めて対面した二人−サナクは一方的にリディアを知っているが−はぎこちなく視線を合わせた。
「邪魔だった?だったら、やめとくよ」
「いんや。どした?」
リディアはぱたん、と扉を閉めて、エッジの近くに寄っていいか測りかねるように、その場から動かずに話しだした。
「あのねぇ・・・グレースが、爺やさんに怒られてるみたいなの・・・」
「・・・あー・・・」
それにはサナクがわずかに口元を歪めた。
「なにが悪かったのかなぁ。グレースって、いつもわたしが聞くとね、お城の仕事のことだから、わたしには関係ないからって答えてくれないの。でも、きっと、今日のはわたしのせいだと思うの」
「なんで爺に怒られてるってわかったんだ?」
「グレースに用があって呼んだんだけどいなくって・・・爺やさんのところに行ってるって他の女中さんがね、教えてくれて、えっと、それで、爺やさんの部屋に近付いたらね、なんか、エッジに怒ってる時みたいな声がちょっぴりして・・・」
まったく、爺は、どうしてもう少しうまくやってくれないんだ。
エッジはそう思ったが、そこがあの元気な老人の片手落ちの愛嬌でもあることを彼は知っている。
あの爺は陰でなんでもかんでもこそこそやるようなタイプではないから、褒める時は大声で褒め、叱る時は大声で叱り、まったくこれは年をとって子供に戻ったのではないか、というような態度をとる。
が、それでもエブラーナの知識人であることは変わりが無いし、裏表があまりないことが、人々に苦手意識を多少与えても愛されている点だ。
そして、そういう人間だからエッジともそれなりにうまくやっているのだ。
これがバロンなどにいる官僚と呼ばれるタイプの人間だったら、エッジは息苦しくて「お前に国を丸ごとくれてやらぁ!」とでもいって逃げてしまうに違いないのだし。
「で、なんで俺のとこくるんだよ」
「だから、その、グレースは絶対私に言ってくれないし、でもきっとわたしが悪かったんだと思うから、そのぉ」
もごもごとリディアは口篭もった。
「お前は別に心配しなくていいって。確かにグレースは怒られているかもしれないけど、それはお前のせいじゃなくて・・・」
護衛忍者を無理に返した俺のせいだ。
そう言おうとしたところ、サナクが自分から頭を下げた。
「サナクと申します。王妃候補殿にご心配をおかけして、まことに申し訳ございません。此度のことは王妃候補殿の責任ではなく、わたしの責任でございます。のちほど、わたしからグレースのもとへ謝罪に行きますので、お気になさらずに」
「えっ、えっ、えっ、何、どういうことですか?」
突然そんなことを言われても。
リディアは驚いて、彼女にしては珍しく眉根を寄せて、首を前に突き出すようにサナクに聞き返し、それからエッジを見た。
エッジは行儀悪かった足を下ろして、椅子から立ち上がる。
「だーから、要するに、な」
どうリディアに説明すればいいんだろう。
エッジは四苦八苦、慣れないことに頭を悩ませつつ−リディアの扱いは慣れているが、あちらこちらをうまく丸め込みながらリディアを扱う、ということはエブラーナに来てからの彼の課題なのだ−えい!と突拍子がないことを言い出した。
「爺は、小日向亭のムースを食べたかったんだとよ」
「えっ、えっ?」
「だからグレースに買って来いっていったんだけど、グレースがうっかりしちまったから、怒ってるんだ」
「えー・・・と」
「だからよ」
「う、うん」
「明日、おま、もう一度いってさ、爺に買って来て、お持ち帰りしてやってくれ」
「そ、それはいいんだけど・・・それと、この人と、なんの関係が?」
リディアは予想外のエッジの言葉に珍しくぽかんとした表情を見せる。が、意外に鋭いことを聞いてきた。
エッジは笑いを堪えながら、更にいい加減なことを付け加える。
「本当は他の忍者に頼んだのに、そいつらも買い忘れちまってな。それでグレースに頼んだのにグレースも忘れたってわけだ。最初に忍者達が買ってくりゃー、そういうこともなかった、ってわけさ」
「・・・ふーーーん。なんか、変なの」
納得いかない表情でリディアはサナクとエッジを交互に見た。あくまでもサナクは無表情なので、少しリディアは警戒をしているようだ。エッジは少しばかりわざとらしく声を大きくして話を終わらせようとする。
「とにかくさ、お前、明日小日向亭に行ってくれ。な?」
「うん、わかった」
リディアにとってはそのこと自体はまったく嫌ではないし。それに、今日は慌しくエッジに連れられて小日向亭を後にしてしまったから、一人でのんびりいける方がありがたいという気持ちもあるだろう。
「俺から爺に言っておくからよ。金は後で渡すから」
「わかった。えっと、じゃー、爺やさんの分と・・・グレースの分も買って来てあげていい?」
「おう」
「あと、うーんと、さなく、さん、の分も?」
恐る恐るリディアはサナクを見る。
「いえ、わたしは・・・」
「おう。サナクの分もな」
それを聞いてサナクは慌てて声をあげる。
「王子!」
しかし、エッジはそれを気にもとめずに、リディアに確認の声をかけた。
「な?」
「うん、わかった。じゃあ、そろそろグレースも爺やさんのところから戻るだろうから、わたし、行くね」
「あいよ」
「お夕ご飯は一緒に食べられるんだよね?」
「おう」
「じゃあまた後で」
そう言うとリディアはぺこりとサナクに頭を下げて退出した。その様子は、頭を下げる挨拶を覚えて、初めて人に向けてやった子供のようで、エッジの笑いを誘う。
それを見送ってから、エッジはサナクに真面目な顔で向き直った。
「あんな調子だけど、結構敏感だから、あんまりごそごそ忍者を多くつけたくないんだよな。大変だとは思うけどよ、あんま、ヘタクソなやつはつけないでくれよ。ああ、もちろんハヤタは完璧に合格だけどな」
「はっ・・・」
「お前、甘いモン大丈夫だったよな?」
「いえ、あまり得意では」
「忍者が好き嫌いいっちゃいけねーぞ」
その理不尽な言い草に、さすがにサナクも、若い王子に対して棘のある物言いにもなった。
実のところサナクは、エッジが幼い頃に忍者の訓練をした期間に、かなりエッジの面倒を見ていた「お兄さん役」といえなくもない間柄なのだ。
「は、しかし・・・ムースを食べるのも、任務のうちなのですか」
「違うぞ、サナク」
エッジは口端を軽く上げて、にやついた笑みをサナクに向けた。
「ムースを食べて、リディアに感想を言うところまでが任務だ」

そうして翌日の昼前、リディアは再びグレースと共に小日向亭に向かった。
既に城からの依頼が届いていたらしく、主人はムースを持ち帰り出来るように、薄い桜色の紙に包んで用意していてくれた。
「わあ!包み紙も可愛い!」
「家内がね、紙も自分で作るもんでしてね」
「紙を作るんですか?」
エブラーナの庶民の生活は、リディアが知らないことだらけだ。
昨日話が出来なかった分、というわけではないが、リディアは小日向亭の主人にエブラーナの話、エッジの幼い頃の話、などを聞いて、楽しいひと時を過ごすことが出来た。
「リディア様、もうそろそろお昼の時間です。城に戻りませんと」
「あっ、そうね、ちょっと長くい過ぎたかな」
グレースが声をかけなければいつまでも話をしていたに違いない。
慌ててリディアは立ち上がろうとしたが、ほんの少し前に淹れてもらった茶が残っていることに気付いた。
「待ってね、グレース、これ、いただいてから・・・」
ふうふう、と熱い茶を冷ましながらリディアは口をつける。
どうやらそれは熱く淹れる茶らしく、それまでリディアが飲んだことがある茶−旅をしているとき、ローザはいつもぬるめの適温でいれてくれていたので−とは勝手が違って、飲み干すのに時間がかかる。
(まあ、訓練所の忍者達が来るにはまだ早いから大丈夫かしら・・・・)
とグレースは時計を見て判断した。

・・・しかし、またもや忍者の訓練所から「早弁早飯!」と流れてきた若い忍者達に見つかり、大騒ぎになってしまうのだが、それはもう少し後のこと。
そして、今度はさすがにリディアも爺に呼び出されるのだが、リディアは最終兵器を持っていたため、お小言を回避できたという。

「これ、爺やさんにお土産」

結果、入れ知恵をしたとバレてエッジがいつも通り爺と対決することになるのだが・・・。

エブラーナは今日も平和だ。

Fin
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