夢見がちな王子様


「ま、まさかこれは……!!」
「い、異国の風習で、このようなことがあるとは存じておりましたが……」
「いかん、若がお帰りになるまで、みな、触ってはいかんぞ」
「いや、しかし、貢物などは、若の手に渡る前に一度検分することが決まりとなっておりますがゆえ」
「だが、相手はリディア様ではないか」
「今まで、リディア様が若御一人に、とこのようなプレゼントを持ってきたことなぞなかったゆえに……」
その日、エブラーナの忍者達は混乱を極めていた。
彼らの主であるエドワード・ジェラルダインが、いくらか森や山を越えた遠い場所にある牧場に視察に行き不在の日。
ひょっこりと、国公認でエッジの思い人であるリディアが現れたのだ。
 
『手紙とか、用意してないんですけど、今日がどういう日なのか、エッジは知ってると思うから……これ、渡しておいていただけますか』
 
珍しく、エッジとの約束のない日にエブラーナを訪れたリディアは、城でいつもエッジの傍に控えている――といっても、姿がいつも見えているわけではないが――忍者に、花柄の布に包まれた小箱を渡したのだ。  
折しも、その日は他国の風習で「女性が思い人に甘いお菓子を渡す」と言われている日。
エブラーナがいくら島国といえど、そういった情報収集は常に欠かさない。
バロンやトロイアといった大きな国では、町中で菓子を売っている店に女性が賑わい、店によってはその日限定のものを売り出して商魂を見せるのが当然の日。
そんな日に、リディアがやってきて、エッジに渡してくれと小箱――それも、いかにも女性らしい、ピンク色のリボンまであしらわれた可愛らしいもの――を置いて行った。
エッジと爺が不在の日に限って起きた出来事に、エブラーナ忍者達はみな色めき立った。
1人の忍者が言うように、通常、エブラーナ王子であるエッジに献上品が届いた場合は、忍者達の検分の後でエッジの手に渡るが常。
仕方がない、と一応検分待ちであることを示す桐箱に置いたものの、では、本当にこれを検分して良いかと言うと誰もがしり込みをしている状態だ。
「ここは、やはり若にご一報を……」
「しかし、リディア様が待っているならともかく、物をいただきましたと伝令を出すのも少しばかり問題が……」
「今日はサナク様が夜番ゆえ誰が」
誰が。
みな、言葉を濁す。
誰が責任をとるのか、だ。
何故伝えなかったのかとエッジに怒られる者、あるいは、何故検分したのかと怒られる者。
どちらでも構わないが、それ以外にも、とにかく彼らがこの贈り物をどうしたとしても、何かしら責任をとってくれる人物がいないかと考えるのはおかしいことでもない。
残念ながら、エブラーナの忍者といえど、己の主とその思い人の進展となれば、つい浮き足になるのも仕方あるまい。
「そういえば、誰がこれを受け取ったと言ってたか」
1人の忍者が思い出したように云ったその時。
「各自、部署に戻れ。何をやっている。ここは検分待ちの物があるだけであり、他にどうこう頭をつきあわせて相談するような場所ではない」
城内では基本的にエッジ付きである忍者、ハヤタが姿を現した。
彼はまだ若く、青年であるが、人材不足の今のエブラーナではハヤタは案外と忍者の中でも上の位。
検分用の箱を囲んで賑わっていた忍者達が、あっという間に散り散りになる。
その中で唯一残っていたのは、ハヤタの同期といっても差支えない青年のトノイだ。
「きみが、これをリディア様から受け取ったんだったっけ?」
「トノイも部署に戻れ」
「もう、上がり時間。二晩徹夜だったから、いい加減今日は休むよ。人が足りなくてまいっちゃうねぇ〜。みんな、毎日大変なんだから、こういうおいしい話が降ってわいた時ぐらい、楽しませてやったらいいじゃない?ねぇ?」
にやにやと笑ってトノイは肩をすくめて見せた。
エブラーナの忍者らしからぬ軽薄な話し方をする友を見て、ハヤタは顔色ひとつ変えずに
「そもそも、あのように集まって、やいのやいのと騒ぐなど、忍者としてあるまじきことだ。若様と爺や殿がいないからといって、皆気を抜きすぎだ」
と優等生並の言葉を発した。
それをおもしろそうに喉を鳴らすように笑うトノイ。
「どうしてか、教えてあげようか?」
「……とりたてて理由があると?」
「みんな、若様のことが好きなのさ。なんてね」
そう言うと、トノイは口端を片側だけあげて、その場からふっと消えた。
ハヤタはそれを見て『そういうえば、逃げ脚と身を隠す術は、トノイには敵わなかったな』と、昔物語をふっと思いだして眉根を寄せる。
ちらりと目をやれば、そこにはリディアがエッジに持ってきた小箱が、ちょこんと桐の箱の中央に置いてった。
リディアから受け取ったのはハヤタだったが、そこまで運んだのは彼ではない。
あまりにもぴったりと箱の中央に置かれていることが、ハヤタの目には滑稽に映る。
多分、ハヤタに渡されてここまで持ってきた忍者も、これがあまりにも大切なものに思えて扱いかねて、そうっと箱にいれた結果が『ド真ん中に置く』だったのだろう。
(早く、若様が帰ってきてくださればよいのに)
ハヤタは部屋の外にいる見張り兵に「余計な者は入れるな」と告げて、自らも姿を消した。
 
 
さて、その晩戻ってきたエッジは、絶賛不機嫌中。
執務室の机の上に両足をどんと乗せて、椅子の背もたれに体を預けている。
理由は簡単だ。いつも視察にはついてこない爺と、今日は一日一緒だったからに決まっている。
その上、戻ってきて夜にもなって彼がここにいるのは、やらなければいけない仕事がいくつか増えており、それのどれにも至急であると記されていたからだ。
せめてすぐに休むことが出来たならば、彼もここまで不機嫌にならなかったに違いない。
それでも、主が留守の間に城で起きたことを報告しなければいけない。
ハヤタは手慣れたように報告を行ったが、リディアが持ってきた箱については、時系列には組み込まなかった。
いつもならば検分行きのものがあることは軽く流す程度の報告であったが、すべての報告を終えてから彼はそれを切りだした。
「本日、リディア様がいらっしゃいまして」
「……は?」
「若様にお届物をということでしたので、明日検分するものとして保管しております」
エッジは素早く腰を浮かせて扉の方へずかずかと歩き、それから、ぴたりと止まった。
「……受け取ったのは、誰だ?」
「わたしです。若、それから、爺……」
ハヤタは言葉を続けようとしたが、エッジの声がそれを遮るように響いた。
「持って来い!今すぐ!」
「……は」
エッジがそのように、部下からの報告を途中で止めることは珍しい。ハヤタは一瞬、もう一度何かを言おうとしたけれど、主の命令に素直に従い、姿を消す。
扉に向かっていたエッジは、しまった、取り乱した、とばかりに一人でバツの悪そうな表情で椅子に戻る。
わざわざ自分で取りに行く必要がないというのに、つい立ち上がって動いてしまった。そこまでするほどのことじゃあない、と彼は自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟いた。
気が急いた彼は、自分がハヤタの言葉を遮ってしまったことすら気づいていないようで、それを考えればどれほど彼が心を乱されたかがわかろうものだ。
「いかんいかん、俺様の威厳が」
と声に出して椅子に戻ると、ハヤタが戻ってきた。
普通の人間ならば驚くだろう速さだが、エッジにしてみれば『まあまあだな』という具合だ。
ハヤタが手にしている小箱を見て、エッジはぴくりと動いた。
ハヤタの手からすぐにでもひったくりたい衝動にかられたが、寸でのことで抑えた、という様子だろう。
「貸せ」
「はい」
「それから、出てけ」
「はっ」
簡潔に返事をするとハヤタは再び姿を消した。
やはり、忍者にしては珍しく何かまだ言いたげな表情を見せていたが、エッジはそれに気付かないほど箱に集中をしていた。
 
 
 「……ふん」
エッジは照れ隠しのように、一人の室内で鼻息と共に小さく声を出した。
ハヤタが迅速にいなくなるのはいつものことだが、その引き際に違和感を感じてエッジはふと思い巡らせる。
(もしかして、だから、気を使ってこの報告を後回しに)
意地の悪い焦らしでなければ、軽んじていたわけではないのだろう、と気づくエッジ。
付き合いが長いあの忍者は、忍者としてあるまじき行為に発展しない程度に、それなりに融通を利かせてくれる。
言うならば、検分に回すのは忍者として当然。
今日ではなく明日の分として扱ったのはハヤタの一存であり、エッジのため。
報告が最後になったのは、執務等に関係のない重要度の低いことだったからとも言い訳出来るがそれではない。
最後にご褒美をくれたわけでもなく、ただ単に、リディアからの贈り物をエッジが手にしたら、すぐにでも見たいだろうと。
それには報告を済ませている必要があると、多分ハヤタは考えたに違いない。
(なんか、褒美やっか、たまには。一等、こきつかってるしな)
エッジは、ことん、と先ほどまで足を乗せていた机上にリディアからのプレゼントを置いた。
彼の両手に乗るぐらいの小箱。
それを包んでいるのは、可愛らしい小花柄の布。
(バロンか。ローザのかあちゃんにでも聞いて、なんか作ったんだろう)
エッジがそう推測するには、当然それなりの理由がある。
彼の前に置かれた『それ』を包んでいる布。
最近バロンで流行っている、贈り物を布で包み、その端を結ぶ方法。
それは、もともとはエブラーナ独自の文化から生まれたものだ。
事実、エッジもいつでも懐にそれ用の布を持っており、突然ものを運ぶことになればそれに包んだり、時には救急用具の不足をカバーもしてくれる。
それを便利だとローザが目をつけて、エブラーナ特有の布ではなく、バロンで流行の布を使い出したのが発端だと聞いている。
そもそも、どれぐらいのサイズが携帯に便利、かつ使いやすいものなのかは、長年エブラーナで使い続けられ、研究を重ねられている。
今、彼の目の前にある小箱は、一番小さい布で包んでいるようだ。
(やばい、浮かれてる)
エッジは結び目をほどき、布を広げる。
包まれていたのは、贈り物用の長方形の木箱。
ふたを開けると、これまた薄い布に何かが包まれている。
中身が見えなくても、すでに甘ったるい匂いが薄布や木箱に移っていて、何をリディアが持ってきたのかはおおよそ予測が出来る。
「おっ、なかなかこれは……不恰好だな、おい」
薄布を開いてようやく中身を確認すると、エッジはそういって噴出した。
一目で、それが出来合いのものではないことがわかるほどいびつな形をした、おおよそ円形と思われるクッキー。
表面にひびが入っていたり入っていなかったり。
中には、二つくっついていたものを後で無理矢理折ったのがわかる跡が残っているものもある。
厚みが違うせいか、それぞれに焼き色も違う。
(つっても、それぐらいのほうが、手作りだってすぐわかっていいな)
「やっべぇ、嬉しい……」
エッジは机上に肘を突くと、折った肘の内側に頭を乗せ、瞳を閉じた。
甘い香りと机の木の匂いが混じり、なんだか鼻の奥がくすぐったい、と思う。
今日がなんの日なのか、エッジは知っている。
リディアが知っていることをエッジが知らないはずがない。
もしかしたら、ローザが入れ知恵をしたのかもしれないが、それはどうでも良いと思えた。
今日は、女性が自分が好いている男性に、菓子を贈る日だ。
それは、もともとはトロイアの菓子屋の戦略だとエッジは知っているし――厳密に言えば、それより前にルーツはあるのだが――今は菓子屋に頼らずこうやって女性は自分で作ることが多いこともわかっている。
リディアが素直にそれにのっかって、彼に届けてくれるとは、実はこれっぽっちも思っていなかったけれど。
(多分、俺からねだっても、くれないんだろうなぁ)
ひとつつまんで口に放り込む。
ほろりと崩れ落ちる、多少粉っぽさが気になる生地は、ほのかな甘さだ。
うん、これは間違いなく、ローザの母親が教えてくれたに違いない、とエッジは確信した。
ローザの母親は、菓子作りをするときに、砂糖を少なめに入れることを彼は知っている。
菓子は甘いほうがおいしいのに、とローザがぼやいていたけれど、あまり甘すぎる菓子を作っては、ローザはもしかしたら今のようなプロポーションを保っていなかったのかもな、なんて下世話なことを以前エッジは考えたものだ。
「ま、いいか」
ふと口走ったその言葉は『本当は会いたかったけれど、まあいいか』の意味だ。
昨日も今日も、そして明日も、彼はちょうど忙しい。
そんな時に会えれば、それはそれで嬉しいけれど、逆に彼女を萎縮させてしまうかもしれない。
会えばエッジは元気になるが、別れるのがつらい。
彼女の顔を見た後は、なにかぽっかりと心に穴が開いたように、仕事に身が入るように集中をするまでいくらか時間がかかる。
が、こんな風に彼女を感じられるのは、結構、いや、相当嬉しい、とエッジは思う。
「おっし、仕事片付けるか。会いに行く口実も出来たしな」
一仕事終えたら、まずはお礼の手紙を書いて。
ひとつき後には、男性からお返しをする日が待っていることを彼は知っている。
正当というには語弊があるが、もっともらしい理由でリディアのもとへ訪問できることは、公務に追われている彼にはありがたいのだ。
(そうだ、それから、ローザのかあちゃんにも礼をしとくか。ローザがバロン王妃になって忙しい分、リディアはローザに直接会いに行きづらいのを……あのかあちゃんが城下町にいるおかげで、地上に足を運ぶ理由の一つになってくれてるからな)
リディアが持ってきた箱を包んでいた布。
エッジはそれを見ながら、バロンの流行とは違うが、エブラーナのもともとの伝統的生地で作ったものを、ローザの母親に贈ろう、と思いついた。
旅の間に評価されることはなかったが、実のところエッジは女性に物を贈ることに関しては、なかなかのセンスだ。
とはいえ、相手がリディアではないからこそ、簡単に決められるのだろうが。
 
 
「ただいまぁ〜!遅くなっちゃった」
「お帰りなさい、リディア」
地上から幻界に戻ったリディアは、大きな手提げ袋を持ってリヴァイアサンとアスラのもとに顔を出した。
「これ、二人に。初めて作ったから、上手に出来たかどうかわからないけど」
そう言いながら、手提げ袋の中から花柄の布に包まれた何かをリヴァイアサンとアスラそれぞれに手渡す。
「うむ?なんだ、これは」
「クッキー。ローザのお母さんに教えてもらって、いっぱい作ったの。みんなに配ってきたから、帰るのが遅くなっちゃった。ファブールにいったら、ヤンの奥さんにいっぱいお土産もらったのよ」
不思議そうに包みを開ける幻獣王とその妻の様子に、リディアは笑いを堪えた。
中身を見て、ほうほう、と鼻で匂いを嗅ぐリヴァイアサンの仕草は、人間というより竜というより、なんだか他の動物のようにも見える。
彼らは人間の形になっているがそもそも幻獣。
人間と同じ食べ物を好むわけではないのだが、リディアが作ってくれるというなら話は別、とばかりにリヴァイアサンは手を伸ばす。
「チョコボやシルフ達には渡す前に、なんか持ってる、ってかぎつけてきたのよ。みんな、食いしん坊なんだもの」
といいながら、リディアは嬉しそうだ。
アスラは目を細めて笑う。
リディアにしては珍しく大きな手提げ袋を手にしてきたな、とアスラは気にしていたのだが、その中にはみなへのプレゼントが入っていたのかと納得したようだ。
「トロイアの風習で、好きな人にお菓子を贈る日なんだって。昔は、女の子が告白する日だったらしいけど、最近はいつもお世話になっている人にお菓子をあげるのが普通なんだって」
もちろんそれには商業的な理由がある。
好きな異性に渡すより、世話になっている好きな人という特定多数に渡す風習にしたほうが、菓子屋はもうかるというわけだ。
だが、当然リディアはそんなことを考えることが出来るわけもなく、単純に『そういう日があると、普段ありがとうをいえない人にも言えて、素敵ね』と喜び、ローザと共にローザの母親を師事したというわけだ。
「なかなかうまい」
リヴァイアサンは端的に言って、もう一枚口に運ぶ。アスラも一枚を半分に割って、ゆっくりと食べている。
その様子が嬉しいようで、リディアは満面の笑みだ。
「エッジにもあげてきたんだけど、エッジいなかったの。喜んでくれると嬉しいな。セシルは甘いほうが好きみたいで、ジャム乗せて食べるって言ってた
「それもおいしそうですね。エドワード王子はいなかったのですか」
「うん。だから、預けて来た」
リヴァイアサンが『ざまあみろ』と言いたげに、片方の口元を歪めたのをアスラが視線ひとつでたしなめる。
以前からリヴァイアサンとエッジはリディアのこととなるとお互いを目の仇にするきらいがあるのだ。
が、当のリディアはそんなやりとりにまったく気付いていない。
「あと、エブラーナに行くといつもよくしてくれる、爺やさんにも。つまみ食いしようと思ってポケットにいれていった分は、荷物預かってくれたニンジャさんにあげちゃったから、わたしの分なくなっちゃった。また今度、ローザのおかあさんのところで、もっと上手に焼いてくるわ!」
「それは楽しみですね」
アスラは優しく微笑んだ。どれほど幻界で母親代わりになろうと、こればかりはアスラの出る幕ではない。
それをアスラがどう思っているのかは誰もわからないが、少なくとも、リディアにそうやって教えてくれる誰かがいる、ということをアスラは良く思っているのは間違いない。
リディアはアスラの笑顔に満面の笑みを返してから
「エッジにも、いつも色々助けてもらってるから……喜んでくれるといいな」
と可愛らしく呟いた。
翌日、エブラーナでもう一悶着があり、バロン方面の諜報員が呼び出される顛末やハヤタが怒られたりもするのだが、むろんそれをリディアは知る由もない。
 


 
Fin



モドル