強がり

「試練の山」と昔呼ばれていた山は、今はミシディアの民からは「伝説の山」と呼ばれるようになっていた。
もともと何故「試練の山」と呼ばれるか、についても異論が様様飛び交っていたし、現バロン国王セシル・ハーヴィが山の頂上で「試練」の洗礼を受けた後、正確には10年前「ゼムス戦役」と呼ばれるようになった戦を終えて魔物が静かに生活をするようになってから、特にこの山は静かなものだった。その当時、その山の頂上では、己と向き合うことが出来ると言われており、その話を信じた好奇心溢れる魔道士や武人がほんの時折登ったりしていたものだが、戦役後、誰が登っても何も起こらず、そして、山そのものは岩場が多く生き物や草木の生息もまばらで何の利用方法も考えられなかったため、人の足は余計に遠のいた。
戦役の後でセシル王の仲間であったカイン・ハイウッドがその山に登り一人で生活をはじめたのも、今や誰もその山を上る必要もなく、人っ子一人来ない場所と化すことを見越してのものだったのだろう。
10年もの年月、彼はこの場に留まっていたわけではなかった。
その歳月の間、ほんの数回だけバロンに行き、そして、ほんの数回はあちらこちらを回っていた。
彼はどんな軍隊に所属することも断わっていたし、用心棒として雇い手が現れても無駄な殺生はまったく行わなかった。
魔物に襲われることが少なくはなったけれど、平和になったらなったで人災が発生するものだ。
時折あちらこちらの国をふらっと流れるたびに、彼は何かしらの働き口を見つけることができた。そのおおよそが、商人達のキャラバンの護衛といったもので、徒党を組んでいる傭兵団などへの信頼もそれほどない、平和ゆえの物騒な世の中、一匹狼でありながらもそこいらの傭兵数人分に匹敵する彼の腕前は高く買われた。
旅に一度出れば職に困らず食うに困らず。
そしてふらりと試練の山、いいや、伝説の山に戻ってきては、頂上近いところの岩と岩の間にある洞で彼は日々を過ごしているだけだった。
「また、こんなところにいらっしゃいましたの」
彼は日課であるトレーニングを終えて、息を整えているところだった。
ごつごつとした岩の密集地で足場があまりない場所で、彼は自慢の脚力とバランス感覚で飛び回る訓練を欠かさなかった。
その姿を見れば誰もが、彼はどこかの軍の人間なのか、彼は切れ者の傭兵なのか、と思うだろう。
が、やってきた少女はそんなことは思わない。
そのどちらでもないことなんか知っていたからだ。
「・・・こんなところとは、ご挨拶だな。子供が一人で来るようなところじゃないだろう、どうして最近は一人で来るんだ」
長い金髪を後ろに束ね、うっすらとかいた汗を軽くぬぐってカインは返事をした。
振り返ると、一目でそれとわかる魔道士のローブを身にまとった一人の少女が小さなバスケットを手にして立っていた。
少し暗い茶色の髪を後頭部に高く結わえて、背中まで編んでおり、ローブの襟元についたフードが白い首にまとわりついて、髪をあげていることと相まって細い首筋が強調される。また、大きな瞳の上に切りそろえた前髪も、その瞳の大きさを際立たせていた。幼い頃から変わらない利発そうなその視線をカインは「こまっしゃくれた」と以前は思っていたが、ここ数年はそうは感じなくなった。彼女の背伸びがようやく年齢に追いついてきたのだろうか。そう思いつつも彼はいつでもポロムを子供扱いする。
「子供じゃありませんわ」
「子供だ」
素っ気無く答えてカインは歩き出す。その後ろを彼女はちょこちょことついていった。
少し歩いたところに、川から汲んで来た水をためておく桶がある。
近くにおいた、ちょっとふちが欠けて口をつけるのに少しばかり危ないグラスでその水をすくって、カインは一気に飲み干した。
「もう14歳ですもの」
「子供だ」
「大人ですわ。だから、明日、パロムはバロンに行ってしまいますもの。おかげで今晩は長老の家に泊まって、早朝出発ですって」
「またセシルの所に遊びにか」
これといって驚いた様子もなくカインはそう聞く。今まで何度かパロムとポロムはセシル達に会いにバロンを訪問したことがある。また今回もそれを同じだろう、と彼は思ったのだ。
「いいえ」
「じゃあ、なんだ」
「留学、といえばいいのでしょうか。でも、パロムが教える側ですから、それとは違いますわね」
「パロムが教える」
少しだけその話題に興味を引かれたようで、カインはその場で座り込んだ。それにならってポロムも近くの岩に腰をかけようとした。大丈夫だと思って腰をおとしたものの、思ったよりもごつごつしていたため、顔をしかめて平らな岩を選び直してようやく落ち着く。
「デビルロードは封鎖してしまいましたし、簡単に行き来は出来なくなりましたわ」
「ああ、そうだったな」
セシルの父クルーヤが作ったといわれている、バロンとミシディアを結んだ「デビルロード」と呼ばれる空間転移装置は完全封鎖をされて、各国から集められた数人の見張りが年代わりで見張っている。
それは、魔法に長けた国ミシディアと軍事大国バロンだけがよりいっそう濃いつながりを持って各国の脅威になってしまうことを防ぐ−というよりも、懸念させない−ためだった。
「長くなるんですって」
「いつもみたいにポロムも行くんだろう?違うのか?」
「私は行く意味がありませんわ。バロンにはローザ王妃という、白魔法使いのスペシャリストがいらっしゃいますもの」
「ローザは王妃の公務で忙しいのだろう」
「白魔道士育成に力を注ぐことも、王妃の仕事の一環になっていらっしゃいますもの。それに、あの方だからこそ、ホーリーなど、人に危害を加える可能性がある魔法の流出を抑えて・・・ええ、あれだけの魔法で実際に戦い抜いた方ですから、説得力もおありでしょうし。人を助けるための白魔法を提唱して、ミシディアとの条約にいくつか項目を追加したりと、王妃として以上のこともなさっていますわよ。白魔法に関したこと以外では、完全にセシル王を立てていらして、その姿勢も見事ですわ」
「そうか」
カインは肩をすくめて、軽く返事をした。
なんて饒舌な14歳だ。
「それで、なんでお前はここに来た」
「これを届けに」
「なんだ」
ポロムはバスケットから一枚の封書を取り出した。
「セシル王からの手紙ですわ」
「・・・」
カインはそれをうけとると、何も言わずに封を切って静かに読み出した。
時折、少し長めの前髪をかきあげて、決して同じ行を読むことなく注意深く彼は目で文字を追う。
年に何度かこの地から離れるカインではあったが、彼はバロンに戻ることなくなんだかんだでこの山に住みついてしまった。セシルは何度も彼をバロンに引き戻そうとしたが、カインはがんとしてそれに折れることがなかった。
そんなカインにセシルは「あの山にいるときだけは、パロムやポロムを介して君に連絡をとっても良いと許可してくれ」と申し出た。それをカインは了承した。
それ以降、ほんのときたま−確かに用件があるときも、ただの近況報告の場合もあるが−セシルはカインに手紙を書いてパロムやポロムに届けるように依頼をする。
大抵は二人でやってきていたものだが、ここ1年で二、三回、ポロムが一人でやってくるようになった。カインもそれはおかしいな、とは思っていたけれど、どうやらバロンに行くための準備に忙しかったらしい。
「読んだ」
何が書いてあったのか、などという子供じみた質問は最初から彼女はしなかった。
だから、カインも何も言わない。
「ご苦労だったな。特に返事を渡すほどのことでもない」
「そうですか」
「もう、帰れ」
あっさりとしたその言葉に、ポロムは眉根を潜めた。
確かに手紙を読めば、もうポロムに用事がないのだろうと思うが、それにしたってまったく、この竜騎士は人のことをなんだと思っているのだろう。少しムキになってポロムは口を尖らせた。
いつもいつもカインは「来るな」「帰れ」とポロムに言う。どうして来るたびに彼がそんな風に自分を怒るのかがポロムには合点がいかない。そもそもこの辺りはカインが住み着く前からポロムは知っている場所であるし、彼から指図をされる覚えはないというのに。
「帰りませんわよ」
「は?」
ポロムはあっさりと言い放った。
「セシル王から私宛にもお手紙をいただきましたの。カインさんに、どんな内容のお手紙を出したのかは存じ上げませんけれど、カインさんを連れてミシディアに戻って、身支度をさせて欲しいって」
「・・・その件は、お断りだ」
「それから、その後のことはカインさんの指示に従えと・・・」
「俺は今のところこの山を降りる気はないし、ポロムに指示するようなことは何もない」
無下にそう言われても、ポロムは顔色ひとつ変えない。
「どうしても?」
「どうしてもだ」
「・・・」
ポロムは立ち上がって、ずかずかとカインに近づいた。
「なんだ、お説教か」
「そんな野暮なこと、しませんわ」
「・・・野暮」
その言葉の使い方にカインは苦笑をした。
しかし、ポロムは少しだけ唇を尖らせて、いたって真面目な表情でカインを見つめる。
「カインさん、見ていただきたいんですけれど」
「なんだ」
ポロムはカインの目の前に、自分の手を差し出した。
「私の手」
「・・・?それがなんだ?」
「私、手だけは小さい頃から大きかったんですの」
確かにそうだな、とカインは思う。今彼の目の前に出された手は、白くて、すうっとまっすぐに伸びた美しい形の指が揃っている。子供の手とは思えない。
誰に聞いたかわからないが−これがリディアならばローザなのだろうが−楕円形の爪はうっすらとした赤色に染められている。ませたことを、と思ったが、そういえばローザもこれくらいの年齢で、花びらで爪を染めることを覚えていたかもしれない、と思い出す。
「中指の、爪の付け根に、変な色が混ざっていますでしょう?」
「ん?」
カインは目を細めて見る。
「どこだ?」
「ほら、ここ」
「わからない」
「光の加減がありますわね。もっと近付いて見ないとわかりませんかしら」
「ちょっと、失礼」
そう言ってカインはポロムの手をそっと掴んだ。
「・・・!?」
その瞬間、ポロムは「してやったり」と、カインの手をぎゅっと握る。
「えっ・・・」
しまった、と思った時は遅かった。戸惑って反射的に手をひっこめようとしたカインの手を、14歳の少女とは思えない力でポロムは握り締め、彼女ご自慢の短縮詠唱を唱えて呪文を完成させた。それは、空間を歪めて距離を超える転移魔法だ。
「テレポ!」
「ずっ・・・・」
ずるいぞ、ポロム!!!
カインの声は発されることが出来ないまま、白魔法で作られた、時空の歪みに二人は吸い込まれていった。

「・・・女は恐い・・・」
ポロムの手を握られたまま、どうにもしようがなくカインは転移魔法で共にミシディア近くの森に降ろされた。
「何かおっしゃいましたか?カインさん」
「ポロムは狡猾だと言ったんだ!!」
「だって、ただ手を握ってください、じゃカインさんすぐお気づきになるでしょ」
それは間違いではない。
カインは「もういいだろう」と忌々しそうにその手を離そうとしたが、ポロムは彼の手を離そうとしなかった。
「ポロム」
「いいでしょう。指くらい」
「よくない」
「これくらい、サービスしてくださったって、いいじゃないですか」
「離すんだ」
強い力でカインはポロムの手を振り解いた。
「サービスも何もあるものか。俺をどうしようっていうんだ。セシルがなんと言ってきたって?」
カインはまくしたてるようにポロムを問いただす。
が、いつも聡明な彼女は彼の質問には答えずに、じっとカインを見上げていた。
「なんだ」
「・・・いいえ、なんでも」
ぷい、と背を向けてポロムは歩き出す。カインは肩をすくめて
「俺は帰るぞ」
「こんな森の中で私一人を放っておく気ですの?」
その返事にはあまり遠くないところで見える人影を指差しながら、冷静にカインは対処をした。
「ここに来たのはお前の勝手だろう。それに、あそこにはもう、薬草を取りに来ているミシディアの道具屋がいるじゃないか。ならば、俺が送るまでもない。まったく、どうせならミシディアに直接運べばよかっただろうに。俺はいくぞ」
カインはそう言って、ポロムが向かおうとした方向とは異なる、伝説の山の方角に歩き出した。
「本当にカインさんときたら・・・」
可愛らしい表情を歪めて呟く。ポロムはその場で立ち尽くして、少し、また少しと小さくなってゆくカインの背中をじっと見つめていた。
カインは振り向かない。
そう遠くへいかないうちに茂みに隠れるように、けれども決して方角は見失わずに−彼もまた長年この近辺にいるのだから、獣道であろうと方角は間違えない自信はあったに違いない−カインは先へ先へと進んだ。ポロムの視界を遮るようにがさがさと揺れていた茂みが、やがて誰が通ったことも隠すように静かになる。
「まったく、女心のわからない方ですわね」
サービスの意味がカインはわかっているのだろうか。
いいや、多分わかってはいない。
子供だと言われてどれだけポロムがいつも歯がゆい思いをしているかだって、どうして最近パロムはこないのかだって、きっと彼はわかってやしないのだ。ポロムもバロンに行くんだろう、と、動揺もなしにあっさり言われたことだって。
そして、ここで置いていかれていることで、どれだけポロムが傷ついているかだって。
「・・・仕方ありませんわね」
追って行こうとは思わなかった。セシルの手紙には「出来れば」と書いてあったし。
もしかしたら。
そんな期待をした自分が、どうにもならない阿呆だったのだとポロムは深く溜息をついた。
パロムは明日になればバロンに行ってしまう。
そのことでポロムがナイーブになっていることだって、きっとカインはわかってないに違いない。
そういう男だ、とポロムは勝手に決め付ける。
女の気持ちより余程竜の気持ちの方がわかるに違いない。
ポロムは気を取り直してミシディアに向かって歩き出した。
慣れた森だ。カインが思うように、確かにこの森を一人で抜けることなんて造作もないし、彼が言った通り、道具屋の主人が近くにいてなんの心配もない。
なのに、足が重いのは何故だろう。
(結構、ショックでしたのね、私ったら)
ふと、手にしていたバスケットを見て思い出す。
しまった。こんなことなら、渡しておけば。あるいは、声をかけて呼び止めておけばよかった。そう後悔したけれど、もう遅い。カインはポロムのことを狡猾だと言ったけれど、だったらなんでこんな子供のような忘れ物をしてしまうのだろう。やはり、自分は子供なのだろうか、とポロムは肩を落とした。
あんなに簡単に「帰っていいぞ」といわれたことにいらだって、はやまってしまったと思う。
(私、知っていますのよ。本当はカインさん、甘いお菓子好きなんだって)
バスケットに入った焼き菓子は、明日のお茶の時間にでも食べよう。
もう、パロムはバロンに行ってしまうから、一緒に食べてくれる人はいなくなってしまうけれど。

翌日の早朝、パロムは長老と共にミシディアを後にすることになった。
もともとパロムは理論派の魔道士ではなく、基本的には実践してみてなんぼ、という体感で覚えていくタイプの天才魔道士だ。今までは「人に教える」なんてことが彼に出来るとは誰も思っていなかったし、彼自身もそうだった。
それでも、実践だけでは足りないと彼がわかったのは、黒魔法習得の最後の最後、空から熱い隕石を落とす最大攻撃魔法メテオでかなりの時間てこずった経験があったからだ。
子供の頃からポロムと共に、メテオの小規模版であるプチメテオという魔法を二人で詠唱していた。それは二人の体感から生まれた、言うなれば特殊な魔法だ。ポロムの方は白魔道士の道をそのまま歩んだのだから、メテオなぞ習得する必要も興味もなくなっていた。が、パロムはといえばまがりなりにも黒魔法の申し子と言われた天才児であったから、メテオを習得できずにはいられないというわけだ。
が、体感で覚えてしまったプチメテオの原理が、本当は本当のメテオと違うことを知らずにいた彼は、誰よりも何よりもてこずった。ポロムがあっさりと、白魔法最大攻撃魔法であるホーリーを覚えた後も、パロムはいつまでもなかなかメテオを習得出来なかったのだ。
このことは彼のプライドをいたく傷つけ、それゆえにポロムに当たることもその頃は頻繁だった。ポロムもまたただの子供であったから、そんなパロムの感情に対して反感を持ち、二人はお互いに早過ぎる反抗期と早すぎる「相方離れ」を一時的に経験した。
ミシディアの人々は相当はらはらと二人の成り行きを見守っていた。
が、そこはそれ長老だけは年の功。
それもまたいつかは来る時とわかっていた長老は、のんびりと二人の行く末を見守っていた。
その顛末を越え、パロムはお互いの相方離れを上手く終え、以前にも増して長老を慕うようになり、諸々の経験のおかげでパロムは今回のバロン行きを承諾したというわけだ。それに、バロン行きはパロム一人ではなく、他に仲が良い青年も数人一緒だというから何も心配をすることはない。
さて、一方のポロムは、決してパロムから離れられなかったわけではなかったはずだったが、幼い頃からの優等生的な性格が災いしてか友達も少なく、社交的な面では一回り飛びぬけたパロムと違って少しながら出遅れ気味ではあった。
そもそも男女の性差というものは幼い頃からはっきりしており、少年というものは少女よりもさまざまな面で間が抜けており、大人への階段の登り始めが遅いものだ。
天才黒魔道士といわれながらも、パロムもまたその他大勢の子供達と同じように「生意気で」「こまっちゃくれて」「大人びて」いても、所詮子供は子供。いつもポロムに怒られっぱなしで、その勝手気ままな天真爛漫さで周囲を困らせ続けていた。そんな彼と共にいたためか、尚更にポロムは「自分がしっかりしなければ」「パロムは子供だから」と余計な背伸びをしなければいけなくなったわけだ。
5歳6歳の頃からそんな自我に芽生えてしまったポロムからすれば、自分の周囲にいる女の子達−ミシディアの人口はそうそう多くはないが、同年代から18歳くらいまでの幅でいえばそこそこはいる−の誰もが子供に見えてしまっていた。
一度そういう思いを体験した女の子というものは、何歳になってもバカ騒ぎが出来る少年とは完全に違う生き物となり、他の少女達との溝をなんとはなしに作ってしまうものだ。ポロムは賢い少女だったから、そういうことがよくないということすらよくよく理解していたが「理解している」ということと「出来る」ということはやはり違うものだ。かくしてポロムは、他の青年達と順応することが出来たパロムと異なり、甚だ不本意ではあるけれど、あまり他の少女達と交わることが得意ではない少女になってしまった。
彼女は決してお高くとまっているわけではなかった。その利発そうなはっきりとした顔立ちに、パロムと差異をつけたくて長く伸ばした髪が尚いっそう彼女の可愛らしさを引き立てて、少年達の気を引いていたことを他の少女達があまりよく思っていなかったことも、まったく彼女の感知することではなかった。
白魔法の才能をうらやましがられたときに、得意げになるような少女ではなかったが、逆にそうであればもっと事態は簡単だったのかもしれない。
決して引っ込みじあんでもないし、人と一緒にいることを嫌うわけでもなかったけれど、ポロムはなんとなく「扱いにくい」女の子としてミシディアの人々に思われていた。特に同年代からは。それは彼女の幼い頃からの背伸びと、それゆえに早すぎた自我の目覚めのせいだ。
そんなわけで、パロムがバロンに行くと決まってからは、ポロムは精一杯強がってはいたものの、どこかしらがっかりもしていたわけだし、パロムはパロムで、なんとはなしに気付いていた「ちょっと浮いている」ポロムをここひとつきずっと気遣ってはきた。一度は体験して、そしてパロムがあっさりと受け入れてしまった「相方離れ」が、実はポロムの方こそ完全に出来ていなかったということが、口には出さなかったけれど、お互いに嫌というほどに気付いてしまっていた。
それでも、自分達の人生の分岐点なのだろう。
パロムは自分の選択を間違っているとは思っていなかったし、ポロムもまた、それを止めない自分が正しいと思っていた。
だから、今日という日がとても良い天気に恵まれたことに、ポロムは感謝しながら見送りに出かけたのだった。

「そんじゃー、行ってくらあ!」
「忘れ物ないでしょうね!」
「大丈夫だってば。昨日めいっぱいポロムが確認してくれただろ」
「その後であんたが長老の家で何か忘れたら一緒じゃないの」
扱いにくい女の子ではあるけれど、この二人の掛け合いを見ることは、ミシディアの人々の楽しみでもあった。
驚くほどに雲がない快晴に恵まれ、パロムは大喜びだが長老は「少しぐらい曇っている方が旅立ちやすいものを」と、めずらしく不満げに漏らしていた。
パロムと同行する数人の青年達の親兄弟も見送りに着ており、それぞれ口々に旅立つ身内の心配をしている。
ミシディアの町を出る大きな門の付近には、わいわいがやがやと見送りの人々がたむろしており、いつもの朝と比べて随分早い時間から賑わっていた。乗っていくチョコボ達の方が静かなほどだ。
「みなさん、パロムをよろしくお願いします」
そういってポロムが人々に頭を下げると、パロムが真っ赤になって怒り出す。
少し前まではポロムの方が身長が高かったのだが、最近パロムはぎりぎり追い抜いてきたようだ。長い髪を結い上げるポロムと違ってパロムは短く切ってぼさぼさ頭だ。2年ほど前までは伸ばして首の後ろでくくっていたものだが、彼によると「長髪は最近流行らない」んだそうだ。
体格も既にポロムとの差異がみうけられ、もはやこの2人を間違う人間はいないと思われた。
「うるせーやい!ったく、ポロムはいつもいつも」
「だって、あんたみたいな粗忽者、何をしでかすかわからないじゃない」
粗忽物とは、これまためずらしい言い回しをするものだ。
やっぱりこの少女は変わり者だなと大人達は苦笑を隠せなかった。
「賑やかだな」
と、突然聞き慣れた−と言って良いのか悪いのか−声が低く響いた。
ぱあっと真っ先に反応してポロムは彼の姿を視界の隅にとらえて振り返った。それとほぼ同時にパロムが叫びながら彼に駆け寄る。
そこには、一目で竜騎士とわかる甲冑に身を包み槍を持ったカインが立っていた。
「うっわ、カインじゃねーか!なんだよなんだよ、やっぱ、おいらに最近会えなくて寂しくて見送りに来たのかい?」
「へらず口は相変わらずだな」
「で、餞別に、何を持ってきてくれたわけ?」
「餞別をやるほど長く行くわけじゃないだろう」
「ちぇ、バレてたのか。ま、最初の半年くらいは戻ってこないと思うけどさ」
「・・・」
カインは冑の下で眉を潜めた。が、その時間はとても短く、すぐさま彼は長老に近付いて、ここに現れた理由を告げた。
「バロン王からのご依頼があった。バロンまでの道中、しばし俺が護衛をしよう」
「えっ、マジマジ!?」
パロムは明るい声をあげた。しかし、それに反してポロムは怪訝そうな表情を見せる。
(セシルさんからのご依頼・・・私には、お声がかからなかったのに)
瞬時にそんなことを思ってポロムは軽い衝撃をうけた。
自分の白魔法の腕前は、セシルだってよく知っているに違いない。途中まで護衛を、とカインは言っているわけだから、途中から彼は一人で引き返してくるに違いない。
だったら、一人よりは二人の方がいいに決まっているし、カイン一人では何かがあった時に困るのではないかと思う。
(じゃあ、私も・・・)
そう言おうとしたけれど、そこはぐっと堪えて踏みとどまった。
あくまでもそれはポロム一人の考えだ。セシル王から正式に依頼もされていないし、長老だって何もポロムに言わなかった。ならば、自分の力は多分必要がないのだろう。
「・・・お気をつけて」
「ああ」
精一杯搾り出した言葉に、なんとも素っ気がない答えが返ってくる。
なんとなく仲間はずれにされたように思えて、ポロムは唇を尖らせた。


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