笑顔-3-

ヴォークを起こしたデュオンは、普段と変わらぬようにヴォークに接し、食事をしよう、と声をかけた。「何かエリアに言ったのか」・・・彼はそう直接聞くほど彼は子供ではなかったし、あっさりとそのことを処理できるほど薄情でもなかった。心の中で何かしらもぞもぞと感じるものは多少あったけれど、それは不快なものではない。
四人そろって食事を始めると、エリアは「おじいさんのところに戻っているから、出かける時に声をかけてね」と言って難破船に帰っていった。
女は、自分達男のことをよくわかってないくせに、よくわかっている。
少年達というものは、幼い頃から男女の差異を意識して育つものだ。女の遊びなんか一つもおもしろいと思えないし、女の話だってつまらない。男達が大事に思っていることや熱を上げていることを女はすぐ馬鹿にするし、これっぽっちもわかりゃしない・・・と、彼は思っていたし、おそらく他の3人も似たり寄ったりに違いない。
それでもなんだろう。
エリアは「知った風で」と表現した。確かに多少鼻につくような感覚はあったけれど、それは、彼女が言っていること、言おうとしていることが、嫌なほど核心にせまっているからだ。
(不思議だな。俺達は、俺達が一番お互いのことを知ってると思っていたのに)
女は、男同士で隠しておきたいこととか、お互いをわかっているからこそ見せない部分をちゃんと見抜いているように感じる。
食事をしながらデュオンはそんなことを考えていた。
「どうした、デュオン、食べるの遅いな」
ふと気付いてラウドが声をかけてくる。
「あ、いや、うん、なんでもない」
「なんだ?エリアのことでも考えていたのか?」
軽くからかい気味にラウドは笑った。そんなんじゃないよ、とデュオンは返すけれど、ヒースまでもが
「嘘だな。絶対。エリアのこと考えていたんだろ。可愛いもんなぁ?」
と意地悪げに言い出した。
「ヒースが女の子を可愛いなんて言うの、珍しいね」
ヴォークが本当に驚いたように素直な感想を述べる。この年下のぼんやりした少年は、時々無邪気に的確なダメージを与えてくれるようだ。ヒースは苦い顔を見せた。
「なんだよ、デュオンのことからかおうとしてるのに、そこで俺の揚げ足とるのかー?ヴォーク?」
「わっ、だってだってー」
ヒースがヴォークに対して強気の発言をするのはいつものことだ。助け舟をだすほどのことでもない。デュオンは小さく笑ってラウドに
「俺の食事が遅いのが、エリアのこと考えていたからだと思うんだったら、ラウドの食事が遅いときは、サラ姫のこと考えているんだろーって突っ込んでいいわけ?」
なんてことを言った。サラ姫とはサスーンの姫で、なかなか活発で明るい少女だ。どうもラウドに対して恋心を抱いているようで、ラウド自身もまんざらでもないことを3人は知っているのだ。
とはいえ、彼らの年齢ではそういったことを言われた時になかなかさらりとかわすことが出来ない。ラウドもまた苦い表情を見せて
「・・・うわー、やな話になった!恥っずかしい!」
「だろ?」
「ナシ。今のナシ。僕の負けだ」
そうラウドが言う様子がおかしくて、それを見て3人は声を出して笑い合った。

「エリア、歩くの、これでも速いかな?」
水の洞窟の中を探り探り歩きながら、相変わらずエリアを守るようにデュオンはしんがりをつとめていた。彼らは一応それなりにエリアが歩く速度に気を使ってはいるものの、それでも少しばかりエリアの歩調が遅れてきたようだ。疲れのせいだろうか?洞窟特有のひんやりとした空気で体が冷えて、足がうまく動かないのだろうか?
デュオンはエリアに声をかけた。
「あ、ええ、大丈夫・・・」
その問いに、相変わらずエリアは小さく笑みを見せながら答える。が、その返事に含まれるひっかかりをデュオンが気づかないわけがない。大丈夫ではないのだろう、とすぐにわかってしまう、あまりに説得力がない言葉だ。
そのやりとりに気づいて前を歩いていたラウド達も足を止める。
「・・・歩き方が、おかしい」
笑っている場合じゃないだろう、なんて思いながら、デュオンは少しばかりぶっきらぼうに言った。
そうだ、なんとなく足をひきずっているように、見える。
「その・・・ちょっとだけ、靴擦れしちゃって・・・休憩するときに、布を挟もうと思っていたの」
観念して、エリアは笑顔のままそう言った。とはいえ、それは無理矢理作った表情だ。誰が見たってそうだとわかるほど、彼女の声音とその笑顔は結びつかないものだ。
あー、と間抜けな声をあげてデュオンはラウド達に手を振り、声をかけた。
「みんな、ちょっとだけ待っててくれ。悪い」
「じゃ、あそこの角まで先にいって、魔物がいないか僕たちだけで確認してくるよ」
「ああ、わかった。無理すんなよ」
「そっちもね、気をつけて」
三人はデュオンとエリアを置いて、視界に入った曲がり角に向かっていった。気を利かせてくれているのだということをデュオンは気づく。もちろん、その「気を利かす」の一部にはちょっと下世話な思惑があるのだろうけれど、まあいいや、勝手に思わせておけ、と彼は気にしないように努めた。
「・・・エリア、靴、脱いで」
「あ、大丈夫・・・自分で、出来るわ」
エリアは冷たい土の上に腰をおろし、靴を脱いだ。尻にひんやりとした感触が伝わるが、それを気にしている場合ではない。デュオンは辺りに魔物がいないかどうか見張るため、立ったままでエリアの動きを見ている。
ゆっくりと靴を脱ぐと、エリアの白くてすらりとした素足が姿を見せた。女性らしい形の、美しい足だ。その年頃の少女が持つ血色がよい桜色の爪は、どれもみな形が整っている。
デュオンは素直に「可愛い足だな」と心の中で呟く。自分の足は、なんだか親指がやたらと大きくて、爪もやたらと面積が広い。自分の足は不恰好だと彼は思っていた。けれど、エリアの足の指はどれも小ぶりで、そう年齢差がないというのに、性別が違うということはこれほどの差異を作るものなのか、と驚かされるほどだ。
右足の踵部分はそこだけ赤く腫れていて、このままでは皮が剥けてしまうのではないかと思えるほどだ。
「傷になっているんだったら、ヴォーグにケアルを」
「傷にはなってないの。擦れてるだけなの。だから、当て布しておけば。それに、これくらいでケアルを唱えてもらっていたら、大事なときにヴォーグの魔法力が尽きちゃうかもしれないしね」
そう言ってエリアは持ち歩いていた小さな布袋から、小さな桃色の手拭布を出した。が、それを踵に当てて靴を履こうとすると、布に厚みがあるためどうもうまくいかない。四つ折りにして挟んでいたが、靴を上手くはけない。二つ折りにすると靴から布が多くはみ出して、なんだかうまくいかない。
「不器用だな。いいから、ちょっと俺に貸してみて」
「デュオン?」
魔物のことは気になったが、ついにデュオンは我慢しきれずに、エリアの前に座り込んであぐらをかき、身につけていた小手を外した。
エリアの手からその手拭布をとり、それから、もう片方の手を差し出した。それは、足を出せ、という意味だ。
戸惑いながら、少しばかり不安そうな表情でエリアはデュオンを見る。
同じくらいの年齢の男性に素足を触れられることを考えれば、どうしても積極的にはなれない。それでなくとも、それくらいの年齢の男性と話す機会が、水の神殿では限られていることだったのだし。
「エリア?」
「あ、ごめん、なさい・・・ぼんやりしちゃって」
しかし、そうもいっていられないため、エリアは覚悟を決め、おずおずと右足をデュオンの方へと伸ばした。デュオンはエリアの足首を掴んだ。その手は大きくて温かく、足首を掴んでいるのに手のひらで踵全体を覆われてしまう。そして、デュオンの体温を、その手のひらの面積分すべてから彼女に伝える。
どくん、とエリアの鼓動は高鳴った。
異性に、足をつかまれるなんて。
なんて、はしたなくて、いたたまれなくて、それから。
(いやだ、わたし、どきどきする。デュオンに、気づかれませんように・・・)
早くなる鼓動を抑えよう抑えようとして、エリアは平静を保つため
「お願いします」
とわざと言葉に出して言ってみた。
「うん」
デュオンは自分のあぐらの上に彼女の足をのせると、手際よく布を折りたたみ、足の下にその布を静かに差し込んだ。
エリアは体を前のめりにしてそれを見ている。
よくよく見ると、デュオンが折りたたんだ布はちょうど踵の部分だけ二つ折りにしてあり、残りの余った部分で足を包もうとしているようだ。これならば足裏全体と靴の底で布を固定できるし、布の端と端を足首に回して結べる。まるで足首に可愛らしい桃色のリボンを結んだように、デュオンは真正面にその結び目を作っていた。
その様子を一通り見終えると、ようやくエリアも少しばかり余裕が出来たようで、何の変わりもない声音で話始めることが出来た。
「上手ね、デュオン」
「昔っから、よく、遠出すると誰かしら足に怪我してね。村の長老に色々教えてもらったんだ。どうかな、これで固定できた?靴、ゆっくり履いて」
デュオンはそっとエリアの足から手を離す。踵を擦らないようにゆっくりと、布に包まれた足を靴に差し入れた。
「立ってみるね」
それから、エリアは立って、とんとん、と爪先を立ててからその場で足踏みをした。痛まない。ちょうどいい具合に踵は覆われているし、他の部分も布がごろごろとしない厚みで不快感は少ない。ほっと一息エリアはついた。
エリアのその様子をみながらデュオンも立ち上がる。
「大分楽になったわ」
「うん。よかった」
「ありがとう、デュオン」
そう言ってエリアは深深と頭を下げた。
「いいよ、そんなの。いいから・・・調子、悪ければすぐ言ってくれよ。エリアは、迷惑かけたくないって思っているんだろうけど、言われないのはさ・・・信頼されてないのかなって気になるから」
「あ・・・ごめんなさい」
「それに、エリアだって俺に言っただろ。笑わなくていいって。だから、エリアも」
デュオンはそういいながらも、先に歩いていった仲間達がどうしているだろうかと曲がり角のほうに目を向けた。確かに仲間のことは気になっていたが、けれど、それはエリアと視線を合わせながらその言葉を告げたくなかったからだ。
もしかしたら、エリアは傷ついた顔をするかもしれない。
もしそうなら、見たくない。
それはデュオンの身勝手だ。
しかし、その思いは残念ながら当たっていた。確かにデュオンが思ったとおり、彼の言葉を聞いたエリアは眉をひそめて複雑な表情を浮かべていたのだ。
それは、デュオンが単純に思った「傷ついた顔」とは少しばかり異なるものだ。
−−ああ、確かにそうだわ。デュオンの言うとおりなんだわ・・・。
彼の言葉を深く納得し、そして浅はかだった自分自身にがっかりする、落胆という名の感情。それがエリアの顔には浮かんでいた。
心配をかけたくなかった。だから、笑顔を見せた。大丈夫と言った。
それらは、自分本位の行動だと思う。少なくとも彼らに対して、余計な気遣いをしてしまい、誠実ではなかったのだということにエリアは気づいてしまったのだ。
「・・・ほんとね。わたし、笑っちゃったのね」
「そうだよ」
「信頼、してる。ちゃんとしてるから。頼りにしてるの。わたしの言葉は、信じてもらえる?」
エリアはデュオンを見上げた。
そのまっすぐな視線にどきりとして、デュオンは何度か瞬きをした。
瞬きをすれば、エリアからのその美しくて、そして強い視線の濃度が薄まるような気がした・・・けれど、それは、「気がした」だけで、結局は何の効果も生み出すことは出来なかったのだけれど。
「・・・あー、ごめん、違う、俺」
デュオンは慌てて早口でそうまくし立てて、それから口をへの字に歪めて次の言葉を少しばかり考えた。
「忘れてくれ。なんだ、俺、信頼されてないのかなって・・・信頼なんて、するわけないよな、昨日今日でさ」
「え」
「だからその・・・違う、俺が勝手に」
勝手に、信頼された気になっていて、だから、僅かではあるが苛立った。
そんな自分の心の動きに気づいてデュオンは頬を紅潮させた。
わからなければよかったのに。全然、そんなこと考えなければよかったのに。
自分は、そんなに小さいことにこだわる男だったんだろうか。
墓穴を掘るとはこのことだ、とデュオンは唇を噛み締める。なんだか胸の辺りにもやもやとした何かがあって、どくん、どくんという鼓動の響きがそのもやもやに包まれているような、そんな妙な印象を受ける。
恥ずかしい。情けない。
(なんだよ、俺は、信頼されたいと思ってるのか)
彼らほどの年齢の少年たちが、同年代の少女達に「頼られたい」と思うことはまったく恥ずかしいことでもなんでもない。彼が言う「信頼」はその感情から派生するものだ。
けれど、デュオンは自分の中に浮かんだその感情に対して、そんな風に第三者的に見ることはできない。
ただただ、恥ずかしい。情けない。自分で勝手に思って、勝手にイライラして。男らしくない・・・。そんな気持ちに苛まされて、照れくささもあいまって、それ以上何も言えなくなってしまった。
エリアは、どうしてデュオンが急にそんな風に慌てて自虐的なことを言うのかがよくわからなかったらしく、少しばかり眉をひそめたまま軽く首をかしげていた。
とはいえ、何故彼がそんなことを言うのかがわからなくても、伝えたいと思うことはエリアにはあった。
「えっと、ね。デュオン。信頼、してるわ。本当よ。昨日とか今日とか、そんなの関係ないし、クリスタルの戦士だから・・・っていうだけじゃない。だって、あなた達はわたしを助けてくれて、こうして人々を助けるために危険を省みずに戦おうとしてくれているじゃない」
「・・・そっか」
他に何を言えばいいのかデュオンにはわからない。そんな曖昧な合槌だけで、「ありがとう」とも「ごめんな」とも何も言えず、エリアに視線を合わせることも出来ない。
自分達は、不器用だ。
デュオンは重々わかっていた。
男四人でウルで遊んでいた頃から、自分達はちっとも成長していない。
だって、こんなときに異性になんと声をかければいいのかわかりやしないし、どんな顔をしていいのかもわからない。ただただ、気まずい。その空気の中に自分がいることに、そろそろ耐えられなくなって「もういいよ」と投げ出してしまいそうになる。
と、その時。
エリアは意を決したように、少しばかり上ずった声で話を続けた。
「あのね、あの、でも、デュオン」
「うん」
「ごめん、なさい。わたしのこと、その・・・」
「え?」
「わたしのこと、嫌いになってもいいから、これだけ聞いて」
デュオンはその言葉に驚いてエリアの顔を見た。
エリアは胸元に両手を合わせて、ぎゅっと力を入れてデュオンを見つめている。その表情からは穏やかな笑みはもちろん消えており、寄せた眉のせいであの美しい瞳も細められていた。
ああ、何かを訴える人間の顔をしている。
デュオンは少ない経験からも、そう感じ取った。
ウルの村にいたときに、彼らを育ててくれた長老のもとに、様様な人間がやってきては何かを訴えて長老の意見を欲する。その人々の必死の形相と、エリアのその表情は似ているとデュオンは気づく。
わたしのこと、嫌いになってもいいから。
−−そんなわけない。
話の内容を聞く前に、エリアのその言葉をデュオンは否定しそうになって、喉元で自分の声を必死に抑えた。
そんな勢いのある否定をすることも、恥ずかしい。
エリアはそんな彼の様子には気づかないように、どう伝えればいいのかと思い巡らせているようで、視線をさまよわせては切れ切れの言葉を必死につむぎだした。
「あのね、デュオンが思うように、みんなも思うから。信頼されてないのかなって。わたし、足が痛くなったり、調子が悪いときとか、素直に言うから。だから、デュオンも、痛かったら痛いって言えばいいし、みんなの代わりに見張りをするときはそうするって言葉にして伝えて。あのね、わたしね、わたし・・・」
エリアはそこでようやくまっすぐデュオンを見つめる。
「・・・うん」
「デュオン一人が背負っていたら、三人が傷つくと思うから」
デュオンもまた、その視線から逃げることが出来ずにしばらくエリアを見つめていた。二人の視線は真っ向からぶつかっていたけれど、それは火花を散らすような激しいものではない。
デュオンからの応えが欲しくて、まるですがるように待っているエリアの、不安で心許ない視線。
言いたいこと、聞きたいこと、あれもこれもありすぎて、どの言葉をエリアに答えとして告げればいいのか量りかねている視線。
こんな気持ちを味わったことはない、と二人は無意識に感じていた。確かにそれは彼らにとって「初めて」であり、そしてあまりにも苦くもあり甘くもある時間だったのだろう。
「おーい、どうしたー、まだかー」
その時、押しつぶされそうな、2人の間に漂う濃い空気を緩和するように、ヒースの声が遠くから聞こえた。
はっとそれに気づいて、デュオンはそちらに向かって手を大きく振って叫ぶ。3人は曲がり角の向こうの様子を確認し終えたらしく、ヴォーグにいたっては座りこんでこちらを見ている始末だ。
「大丈夫だ!今から、そっち行くから!!」
「気をつけろよー!」
そうヒースが返す声を聞きながら、デュオンはエリアを振り返った。
「・・・嫌いになんか、ならないよ。説教は嫌いだけど、エリアが言ってることは、多分、正しい」
「デュオン」
「でも、性分なんだ。すぐには、変えられない」
それへは、困り笑い、のような不思議な表情を見せて、エリアは肩を少しだけすくめた。
「わたしも、その性分ってヤツなの」
「・・・だよな?」
「うん。でも、ちょっとだけ、努力する」
「・・・わかった。俺も、努力してみる」
降参だ、とデュオンは思う。
1人で、どうしようもなく突っ走ってきた、ある意味では我を張ってきてしまった彼の短所をエリアは優しく見抜いている。
あれもこれもと自分が背負おうとしていることは、仲間への信頼が薄いという意味なのか。
そうではない。そうではないけれど、そう思われても仕方がない不器用なやり方しか自分には出来ないのだ。
その、自分のやり方を貫くことで3人がそれぞれ傷つくならば、エリアの言う「ちょっとの努力」をする必要があるんだろう、とデュオンは思った。
仲間の誰に言われてもきっと反発してしまっただろう。
自分は、自分が思っている以上にまだまだ子供なのだと彼は思う。
決まりきった自分達4人の当たり前の関係を、エリアの言葉は少しだけ動かしてくれた。それは、自分達ではなかなか動かせない部分なのだとデュオンは知っている。だって、それならば、今までの旅の間でもっともっと変わっていたんじゃないかと思えるし。
「行こう」
そっと手を差し伸べると、エリアは戸惑いながらデュオンの手のひらに自分の手を重ねた。
何故手を差し伸べたのか、デュオンは自分でもわからない。そして、何故エリアがそれに対して「どうしたの?」と問い掛けないのかも、彼にはわからない。ただ、自然に手が出ただけなのだ。
「デュオンの手、温かい」
「あ、ごめん、汗ばんでるかな」
「ううん」
自分から差し出したくせに、デュオンは重ねた手を握れずにいた。まるで、壊れ物を扱うかのような、戸惑いを含んだ手と手の感触。エリアは少しばかりの勇気を出して、自分からデュオンの手を軽く握った。
それに驚いたようにデュオンはエリアを見て、けれども何も言わずにその手を握り返し、ゆっくりと歩き出した。


何もないところで時々握っているエリアの手に、がくん、と力が入ることにデュオンは気付いた。
足場があまりよくない洞窟を歩くには、少しばかり普段より力がいる。彼ら4人にとってはなんということもない道でも、普段水の神殿にこもりがちなエリアからすれば、若いとはいえ慣れがない分、相当な労力なのだろう。
これが、男同士なら「情けないなあ」と軽く笑い飛ばせるのに、それが出来ない。
掴んだ手から伝わる、少しだけ自分より低い体温と、その手の小ささ。
デュオンは、まるで小さな子供を歩かせるようにエリアの手を優しくひいた。と、エリアが照れくさそうに呟く。
「ありがとう」
それは、何に対するありがとうなのか。デュオンはよくわからなかったけれど、もごもごと「うん」と返事をした。
このまま手を繋いで3人のところにいけば、きっと3人は彼らを冷やかすだろう。すぐにではなくても、後からでも。
恋なんてものじゃない。ただ、優しくしてあげたいだけだ。
自分、あるいは誰かがそう思ってそのとおりに振舞うたびに、「好きなんだろ?」なんて冷やかす自分達男は、どうしようもなくまだ子供なのだ。
ふと、デュオンはそんなことを思った。
さっきだって、自分から手を差し出したのに、うまく彼女の手を握ることができなかった。
同じくらいの年齢なら、男より絶対女のほうが「ませて」いると思う。しかも、エリアは自分よりも年下だ。
それでも、なんだか自分のほうがぎこちなくて、エリアにやられっぱなしのような気がする。
きっと、エリアにそう言えば、困ったように笑うのだろうけれど。
ようやく3人に追いつくと、やはりヒースがにやにやと含みのある笑みを見せて声をかけてきた。
「おいおい、遅いぞ〜」
その声を合図に、するりとエリアの手がデュオンの手から逃げるように離れていく。
「悪いな。エリア、靴ずれしていたんだよ」
「あ、そうなの?大丈夫?ケアルかけてあげよっか?」
ヴォーグがそういうと
「ううん、大丈夫。デュオンがうまく布で覆ってくれたの」
エリアは笑顔を見せて答えた。と、突然唇を尖らせて表情を変えたかと思うと、デュオンに向かって
「今のは、別に無理して笑ってるんじゃないからね」
なんてことを言う。今まで見たことがない、拗ねたようなエリアの顔がおかしくて、デュオンはちょっとだけ声を出して笑ってしまう。
「別に毎度毎度そんなこと思わないってば。無理してないときは、わかるよ」
「そ、そうかな」
「そうだよ」
そんな二人のやりとりの意味がわからず、ラウドとヒースは顔を見合わせた。
ヴォーグだけが呑気に
「僕も昔よくデュオンに足を固定してもらったりしたよねぇ」
なんて昔のことを思い出して笑っている。それへデュオンが
「ヴォーグは底が破れた靴を平気で履くから、すぐ足をくじくんだよ」
と茶々を入れるように笑うと、予想外にもヴォーグは軽く怒ったように声をあらげた。
「違うよ!ヒースのおさがりもらうから、どうしてもすぐ破れちゃうんだよ」
「なんだよ、それ、せっかく人がタダであげてるのに、俺のせいだっていいたいわけ?」
ヒースがわざとヴォーグを睨みながらそう言うと、ラウドが脇からヒースを小突いてあっさり言う。
「やぶれそうになると、ヴォーグにあげてたんだろう?白状したらどうだい」
「わー!やっぱりー!」
「今ごろ気づいたのか、遅すぎ」
エリアも含めて、ヴォーグ以外の4人は笑い出した。笑っているときは、この場所が、魔物も出現する洞窟だということすら一瞬忘れてしまうほど楽しい。
デュオンはちらりとエリアの様子をうかがった。そして、彼女が本当に楽しそうに笑っている姿を見て、何故か「嬉しい」と思った。


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