抱きしめたいと(3)

少年の母親に軽く肩を抱かれながら、エッジごめんなさい、やっぱり泣いちゃった、と無理矢理笑うリディアにエッジは言葉を返すことがすぐには出来なくて。
「リディア。セシル達が、心配する。帰ろう」
ようやくそう切り出せたのは、少年がボールの練習を終えてエッジ達の方に戻ってくる気配を察知したからだった。
少年はリディアが泣いている様子に気付いて「なに、どうしたの」と声をあげたけれど、母親がすぐさま遅くなったことを詫びるとそちらに一瞬気を取られた。
そして子供心にその不自然な話のそらし方を感じたのか、それ以上リディアが泣いていることについて何も言わなかった。
案外勘がいい子なのか、それとももともと感受性が強い子なのかわからないけれど、思ったよりも少年が実は頭がいい子なのではないかとエッジは感じる。
「旅を続けるなら、気をつけていくんだよ」
「ありがとう、おばさま」
「あんたも、うちの子と遊んでくれてありがとね、ほら、ニックお礼いいなさい」
「うるさいなあ」
「ニック」
無理矢理頭を押さえつけられる少年。エッジは幼い頃の自分に、目の前の少年と同じことがあったな、と思い当たってにやにやと笑ってしまう。
「ありがとうございました!」
「どういたしまして。お前、そんなに筋は悪くねえよ。お前が思ってるほどみんな、簡単になんでもやってるんじゃなくて、結構も練習してるはずだ。お前ももうちょっとだ」
「わかった」
「それじゃあな。リディア、もういいだろ」
「うん・・・それじゃあね」
とリディアは少年に小さく手をふり、母親に軽く頭を下げた。それを合図に母親は少年の手をひいて帰っていく。
太陽が沈んでいくあたりの空は温かな橙色に染められていて、そこから少し離れた空はどちらかというと桜色に近いように見える。まだわずかに残っている空色とその桜色が交わる不思議な場所に浮かんでいる雲は、雲自体は既に灰色っぽいのにかかわらず、残った太陽の光の恩恵をうけて桜色に縁取りをされている。
きっと、いつも当たり前のように少年も母親も見ているその光景。けれどエッジもリディアもここ最近そんな当たり前の景色を見る事もそれを見て綺麗だと思う事も忘れていたように思える。
その下で帰路につく母子。それはその町でも毎日のように繰り返されるあまりにも日常的すぎる場面だけれど、改めてこうやって見るとエッジにはなんだかとてもせつなくて、そして温かいと思えてしまう。
まだ少年の手は小さくて、母親の手の中にすっぽりと収まってしまう。いつの日かきっとそれは逆転してしまうことだろう。
そういえば。
大人になってからおふくろの手なんざ、握らなかったな、とエッジは自分の大きな手のひらを見た。
いつから自分の手が母親の手より大きくなったのかは定かではない。
それからちらりと、まだ二人を見送っているリディアを見る。
きっとリディアも、もう母親と同じくらいの手の大きさになったことだろう。
けれども彼女の記憶の中の母親の手はきっといつまでも大きいだろうし、そのイメージはきっとこの先変わることがないに違いない。
ああ、おふくろ、こんなに小さかったっけ、と思ったことがあったな、とエッジは苦笑した。そのとき、ほんの少しだけ自分が大人になったことと、自分に無償の愛情を注いでくれている母親に対して、自分は同じように愛せていないような気がしてなんだか不思議な居心地の悪さを感じたものだ。
けれど、きっとリディアはそんな気持ちになったことはないのだろう。なぜなら、「大人」である母親と同じ「大人」に自分がなって母親と並ぶことはこの先一生ないのだし。
ともかく。
エッジは自分の手を見ながら、なんだか奇妙な気分になってふと考え込んでしまった。
大人になれば、母親が自分に無償の愛情を注いでくれていることを頭でも理解出来るようになる。嫌な言い方をすればまったく逆の気持ちも湧き上がってきて、無償の愛情なんてものは実はあてにならなくて、もしかしたら本当のところは自分を愛していないかもしれない、と大人だからこそ考えてしまうことだってあるだろう。
けれど、それは子供が子供らしい思い込みで「お母さんはわたしのこと嫌いなんだ」と思うこととはまったく違う。
子供の頃のその思いは、とても衝撃的で悲しくて、つらくて不安で、どうしていいかわからない気持ちにさせるものだ。
自分が生きている世界の中心に位置しているのは大概が母親だ。
その中心である母親が自分を好きではないなんて。
そう思った子供は、たとえそれがまったく馬鹿馬鹿しいどうってことがない話から出てきた気持ちでも、自分の存在のあやうさや生きている世界の崩壊(なんていう言葉がわかるわけもないけれど)すら感じることがあるはずだ。
大人になれば「人間は感情の生物だから、まあ、何かあって親が自分のことを好きじゃなくてもそれは「あり」だよな」なんて逆に頭で騙すことが出来るけれど。
エッジはリディアを見た。
自分達が帰っていく方向と逆の方向に歩いていく彼らの背中をみつめながらリディアはまだちょっと残っている涙をふいている。
たくさん、子供の頃に遣り残したことがこの少女にはあるのだろう。
それを埋めることは出来ないけれど、そうであることを覚えておいてあげなければ。
改めてエッジはそう思うのだ。
だというのにセシルへの幼い恋愛に落ちてしまった彼女を、ほんのわずかに憎んでしまう。
だって、どうして幻界で力をつけてこようと思ったんだ、と聞くと、困ったように彼女は言うのだ。
セシルの役に立ちたかったから
残酷な言葉だけれど、他に言い訳がないことをエッジは知っている。
例え本当の親ではなくとも、その幼い時にやはり人間界で成長させてやりたかった。
今思ったってどうしようもないことだし、それは幻獣達のリディアへの愛情を否定するようなことだから、口には絶対に出さないけれどそれでもこんなときはほんの少し。
ほんの少しだけうらめしいな、とエッジは苦笑するのだった。
そんな気持ちはきっとリディアにはわからないだろう。本当にこの少女が愛しいと思う。そしてだから、ちょっとだけ憎らしい。
そう、本当にちょっとだけ。きっとそれはリディアに許してもらえるくらいの小さな妬みなのだろう。
逆に、それくらいは許してもらってもいいだろうと思うのだけれど。

まるで子供の兄妹のようにエッジはリディアの手をひっぱって、夕日が沈みきりそうなトロイアの街を歩いていた。
手を繋いで歩くのは、別に恋人同士の証ではない。
あの少年を母親が連れて帰るのを見送って、そうっとエッジのマントの裾を掴んで「帰ろう」と言ったリディアの手を、無理矢理エッジが掴んだまま離さなかったのだ。
「エッジ、街灯が全部ついているね」
「だな」
「どの家にも灯りがつく時間になっちゃう」
トロイアの街を出る寸前で、もう消えてしまいそうな夕焼けをみて、それからその色から夜の色に変わろうとしている町並みを見ようとリディアはちょっと立ち止まった。街路の端っこで通行人の邪魔にならないようなところでそっと辺りを見回す。
なんとなく名残惜しい、というよりは、もう帰らないといけないなんて、というまるで遊んでいる子供達のような気持ちがあるのかもしれないな、とエッジは思う。彼もほんの少し、帰りたくない、もう少しこうやってリディアといられたらと、らしくないと知りながらも思っていたのだし。
それでも自分達には待っていてくれる人がいる。それに明日には月に行くための準備をしてフースーヤ達の後を追わなければいけない。当分またこの星には戻ってこれなくなるだろう。あの泣けそうな夕焼けや、これから深まってくる夜のとばりを見る事も当分はなく、ただゼロムスを倒すために彼らはどれくらいで終わるかわからない探索に出ることになるのだ。
だからこそ尚のこと、今日二人に休暇を満喫してくるといい、とセシル達はこころよく送り出してくれた。少し心が弱くなっているリディアのことを思って。
エッジがリディアのことをとても好きなことを彼らは知っているし、リディアはそうとは言わないけれど本当はとてもエッジを信頼していることだって知っている。だから、自分はちょっとみんなとは違うのだ、と思いこんで葛藤をしているリディアの面倒をエッジに委ねているのだろう。
未だにリディアはセシルに対するほのかな恋心を失ってはいないけれど、もしも彼女の身に何かがあれば、きっと彼女はセシルではなくてエッジを呼ぶのだろう。どんなに彼女がセシルを思っていても、どんなに自分のエッジに対する気持ちに気付かなくても。
そんな間柄である自分達がここでこうやって手をつないでいることがとても心許なく、そしてとても嬉しくエッジには思える。
なかなか進まない関係でも、いい。
自分との関係を進めるのはリディアがもう少しだけ、本当にもう少し子供の頃に遣り残していたことを知ってからでいいと思う。
そちらの方が、今しか出来ないことのような気がした。そんなことを考えてしまう自分がとてつもなく恥かしくてエッジは立ち止まっているリディアに小さく苦笑しながら声をかけた。
「家ってわけにはいかねえけどさ。俺達も一緒に帰ろうぜ。灯りがついているかどうかは見えないけど、きっと暖かいシチューでも作って待っていてくれるに違いねえからさ。母親はいねえけど、さ」
「うん。そうだね・・・エッジ、もう一回お礼いわせて」
「うん?」
「今日はありがとう。なんか・・・すごく嬉しかった。これ、大事にするね」
それから、そうっとエッジからもらった髪飾りにもう片方の手で触れながら
「あのね、髪飾りは、お父さんがお母さんに贈ったものだったんだって」
そんなことを突然言った。
「そうか」
「だから、わたしも、エッジから髪飾りが欲しくて。ブレスレットでもよかったんだけど・・・髪飾りが、いいな、って。お母さん
がお父さんからもらったものと同じなのが嬉しいなあ・・・って」
「えっ」
それは。
そういう意味だと思ってもいいのだろうか?とエッジが少し意外そうな表情を見せると、案の定リディアは
「家族からもらったものを身につけていると、家族と繋がっている気持ちになれるんだ、ってお母さんは言ってたの。もうお父さんは村を出て行ってしまっていなかったけれど、それでも」
「そっか」
なんだ、そう言うことか、ぬか喜びさせやがって、とエッジは苦笑する。
泣きはらした目は赤くて、鼻もなかなか赤味が引かない。リディアはまだ恥ずかしそうにあまり顔をあげてくれない。
「アスラ達とは、何もなくたって繋がっているから。わたしが呼べばみんな来てくれるし。だから・・・アスラからもらったものは大事にとっておけば、いいかなあって」
「・・・で、俺が買ってやったやつをつけるのか」
「うん。今は、みんなが、わたしの家族みたいなものだし」
ぎゅ、とエッジは掴む手に力をいれる。するとリディアの手もわずかに力をこめてエッジの手を握り締めてきた。
そのぎこちない反応が愛しくて仕方がない。
「お母さんからもらったものは、もうないんだけどね」
母親の形見などなかった。子供の頃はあまり考えずに懸命にセシルの後をついていき、買ってもらった服を着ていただけで、既にミストの村から出た当時に身につけていたものなんて、なにひとつない。
だから母親を自分を繋ぐものはないけれど。
「お母さん、って不思議だね」
「何が?」
「人が人を憎むのって、特別なことじゃないってエッジもカインも教えてくれたけど。だけど、お母さんは子供を憎まないんでしょう?なんだか不思議だね」
「そうだな」
エッジはリディアに小さく笑いかけた。
ほんの少し、「人を憎む」ということについて言葉にしたリディアだけれど、その声音は昨日に比べて暗くない。
それがとてもありがたかった。
「それと同じように、誰のことも憎まなくてすめば、いいのにね」
「理想だな。それが出来てれば戦争なんてもんは、ないぜ。この世にいる誰に対しても自分の子供と同じように思え、なんてなあ、ムリだし、そしたら」
「そしたら?」
「ん?誰にも惚れなくなっちまうしな。世の中、簡単にはいかねえのさ」
「うーん、でも、憎まなくてもいいと思うんだけどな」
「人間ってのは、もってなくていいものをもってる動物だからな。バカな動物だろ。あのガキんちょみたいに、自分が足が遅いから母ちゃんは自分を嫌いなんだ、なんて面倒なことを考えたりさ、難しく解釈したりさ」
でも、だから愛しいんだろう、とそんな言葉を口に出来るほど恥のない人間じゃねえんだよ、俺は、と心の中だけで思うとエッジは
肩をすくめた。
「・・・この戦いが終わったら、一回幻界に行くか」
「なんで?」
「お前のさ、ちっちゃかった頃に着ていた服とか・・・全部本当にないのか、聞いてこようぜ。その、召喚してるときはそういう会話とかしないことになってんだろ?だったら行くしかないもんな」
「きっと、ないと思うけど・・・」
「一応、さ、一応。ま、本当は形がないものだったら、その、お前が召喚士であることがお前のおふくろさんの形見みたいなもんだと思えばいいんだとは思うけど。いや、お前がお前なら、それでいいのかな。おふくろさんがこの世に残してった物だもんな」
そう言ってエッジはパンが入っている袋を器用に小脇にはさんで、空いた手でリディアの髪を軽くなでた。
「わたしが、お母さんがこの世に残していったもの・・・」
「でもやっぱ、きちんと目で見えるものがあると・・・違うよな?だからさ、一応幻界言って聞いてみろよ」
リディアはエッジの手をきゅ、と握る。
どうして自分達がずっと手を繋いでいるのかリディアはまったくそれを疑問に思わなかった。そのことよりもエッジの言葉の方が彼女にとっては大切なことだったのだ。
「そう、だよね。わたしが召喚士であることが、ううん・・・わたしがわたしでいることがお母さんからの形見、なんだ。・・・バハムートも言ってた。わたしがお母さんからもらった生命のらせんには幻獣達との共存のための理が刻まれているんだって。目で見えないものでも・・・自分自身がそうなんだね」
「だろ。そんな、難しいことじゃあねえだろ」
「エッジ、ありがとう」
「どういたしまして。そんな何度も礼を言うとありがたみがなくなっちまうぞ」
「そっかなあ〜いつでも、本気でお礼言ってるのに〜」
そう言ってリディアは少しだけふくれっ面を見せた。それにエッジが小さく笑うと、リディアも嬉しそうに笑う。それから
「じゃ、帰ろう。付き合ってくれてありがとう!」
リディアは邪気のない笑顔のままで繋いでいた手を放して。
そしてまったく意識していないように思えるとても自然な仕草でエッジの右腕を自分の両腕で抱きかかえて擦り寄った。
「お、おい」
きっとそれはリディアの感謝の気持ちがそうさせた行動なのだろうけれど、エッジは自分の右腕をがっちりと抱きかかえるリディアがあまりにあどけない笑顔を見せるものだからどうにもたまったものではない。
「・・・いいのかよ、俺の右腕、恐かったんじゃねえのか?」(愛憎参照)
「恐くない。恐くないよ、その・・・なんか、安心するの、エッジの腕・・・」
腕だけかよ、と言おうと思ったけれどそれはまた止める。
本当にリディアはずるくてエッジはいつもやられっぱなしだ。
「昨日あんだけ怖がってたのにな。現金だなあお前。でも、その方がいいぜ。しょげかえってたり泣きそうな顔しているのはあんまり見たくねえよ。俺だけじゃなくてセシル達もそうだと思うしな」
「おとといのエッジは、恐かった。ぴりぴりしたの。わたしもね、以前は間違いなくルビカンテのこと憎かったし、許せないって思っていたの。だって、人としてあんまりにもひどいことをしているから」
「そうか」
「でも、エッジみたいに、人を憎いっていう気持ちがあんなに高ぶると、あそこまで・・・その、エッジ達はわかんないと思うけど・・・びりびりしてそれだけで痛くて苦しくなるなんて思ってやいなかったの。自分が思い描いてたものよりずっとずっと恐い感情なんだと感じて・・・すごく、どうにもならなくなっちゃって・・・今でもまだ、よくわからない。わたしもあんな風に人を憎んでしまうのかと思うとそれだけで恐いと思えるもの」
そんなことを話しながらもリディアの表情は決して暗くはない。
「でも、人の事を好きっていうことも・・・お母さんが子供のことを思う感情も、もしかしてわたしが思っているよりもずっとずっと深くて・・・ずうっと優しい感情で・・・そうなのかも、って思ったら、今のわたしじゃ、何がいいとか悪いとか、憎いと思わないで、とかそういうことの秤(はかり)はうまく持てないのかもしれないなあって。まだ、これから、こういう風に・・・気持ちが揺れることがたくさんあるんだと思うけれど、ちょっとづつ、ちょっとづつどうにかしていけたらいいな。だって、今日はもうエッジの腕は恐くないもの」
「・・・お前、難しく考え過ぎなんだよ」
あの母子を見ながらリディアが思いもよらないことを考えていたらしい、とわかってエッジはびっくりした。憎いという感情が昂ぶったエッジから受けた嫌な波動。それは彼女の中にあるそもそも少ない「嫌な感情に対する許容量」を遥かに超えていたのだろう。きっと誰でもそうなのだろうけれど「人を愛しいと思う気持ちに対する許容量」はそれよりも大きかったに違いない。
それでも量れないような無償の愛情を感じて、リディアはまた違う方向に心の振り子が揺れた様子だ。
「そうかなあ、でも、ほら・・・普段難しいこと、考えられないから」
リディアはちょっと照れくさそうに頬を赤らめて言い訳をした。それへはフォローもしないでエッジがすぐに笑う。
「ははは、それは違いねえな。なんでもセシル達に任せっきりだしな」
「なによう、エッジだってそうでしょっ!」
「俺はお前よか、ちっとは考えてるぜ?お前なんかすぐ「セシル達に任せるよー」とか言って考えもしねえだろ」
「そんなことないもん!」
そういってちょっとむきになるリディアの表情はいつものようにくるくると変わった。そうであることが彼女の気持ちの安定をエッジに感じ取らせる。
「考え過ぎて疲れただろ?今日はきっとよく眠れるぜ?」
するり、とリディアの腕の中から彼の右腕はすり抜け、エッジはトロイアの町を出ようと歩き出した。それへリディアはまたいつものようにちょこちょことついていく。
手を繋いでいるときは並んで歩けるけれど、手を離してしまうとまた彼女はエッジの背中を見ながら追いつこうとたまに小走りになりながら、になってしまう。
「エッジ、待ってよ」
「うん?」
振り向かずに歩いているままでエッジは返事をする。その意地悪に対してほんのちょっと不平そうな声でリディアは小さく訴える。
「・・・いっつも先にいっちゃうんだもん・・・」
「一緒に歩いて欲しいのか?」
彼の言葉に単純に「うん」と答えられるほどリディアは子供ではない。けれども、「一緒に歩いて欲しくないの?」と逆に仕掛けるほど大人でもない。
ただ仕方なく必死においついてエッジの服のすそをつかむ。
ぐい、とうしろにひっぱられてエッジは観念したように、それでも身体は前を向いたまま首だけ振り向いて笑った。
「・・・子供だなあ?」
「子供じゃないもん」
「大人なのかよ」
「・・・大人じゃないもん」
じゃあ自分はどっちなんだろう。
リディアはちょっと心許ない表情をエッジに見せて、何かを言おうとして口を少し開きかけた。
それから一度考えるように視線を宙にさまよわせてからくすりと笑って
「どっちでも、構わない。わたしが子供でも大人でも、お母さんの子だってことは変わりがないし、お母さんは・・・わたしを許してくれるんだって信じられるもの」
「そうか」
それは。
なんという強い言葉なのだろう。
お母さんはわたしを許してくれるんだって信じられる。
それは子供が母親に対して感じている何一つ理由のない絶対的な信頼を更に上回る言葉にすらエッジには思えた。
それを口に出せる彼女は、子供であって大人でもあるのだろう。
「俺のことは?」
「ええっ!?」
「俺のことは、信じてくれねえの?」
エッジの服のすそを掴んでいた手が困ったようにそれをそうっと離す。
まるでそれを合図にしたようにエッジはリディアを振り向いて、離れていった彼女の手を掴んだ。
「なんだか、今日は甘えるんだな、お姫様。甘えるばっかりで俺には甘えさせてくれねーんだから、まったく困ったもんだ」
エッジの言葉の意味をリディアは正確に把握出来ずに困ったようにじいっと彼を見る。
「エッジを甘えさせる・・・?どうやって?」
「・・・まあ、いいや、まだお前には早いな。ほら、いくぞ、今日は大サービスだからな」
そう言うとエッジはまた彼女の手をひっぱって歩き始めた。
立ち話をしていたために、既に空は夕陽のなごりを暗闇の中にすべて消し去って、朝日を待ちわびる長い長い時間にはいったことを彼らに告げていた。
「エッジ」
「なんだよ」
「あのっ・・・」
「んー?」
「ありがとう」
また言葉の安売りか、と一瞬エッジは思ったけれど、リディアの「ありがとう」はいつでも気持ちがこもっていることを彼はもう知っている。ただ、今の「ありがとう」が何に対する言葉なのかはよくわからない。
どうしてももう一度だけ今日一日の礼をいいたかったのか。
それとも単純に手を握って歩くことをさしているのか。
それとも。
いつだってリディアを本当に困らせるところまでは追求しないエッジのことを、彼女は薄々気付いているのだろうか?
ありがとう、の言葉と同時にまたリディアは小さな手に力をいれて、エッジの大きな手に必死でしがみつくように握り締めるのだ。
その僅かなかわいらしい力を感じて、エッジはリディアを離したくない、と心から思った。
手だけではなくて、抱きしめて、離さない、と。
そんなことを思ってしまう自分に、エッジはまた自嘲気味な笑いを浮かべた。
懸命に自分自身の成長のために泣いたり苦しんだり痛みを感じている、あまりにも心優しくてそして残酷な、今自分の手を握り返している小さな少女を、もう泣かせたくない。
「リディア、月が出てる」
「ほんとだ」
「綺麗なもんだな」
空にはぽっかりと半月が浮かんでいた。
見えない残り半分にも本当は月があることを彼らは知っている。
リディアの、まだおぼつかないつたない心の中にも、まだ彼女が知らない半分の混沌とした子供と大人の部分が潜んでいるに違いない。もちろんエッジにだってそれがどんな部分なのかはわかるはずもない。
けれど、また彼女が傷ついて揺れることがあったらまたこの街に来て、またこうやって手を繋いで歩いてやろう。
そんなことをエッジが柄にもなく考えていると
「エッジ」
「ん?」
「また、来ようね。今度はわたしが、エッジに何か買ってあげる。絶対」
「・・・・」
なんてタイミングだ。これじゃあ、まるでお見通し、といわれているようなものじゃないか?
エッジは困惑の表情を浮かべてリディアを見る。どうしてエッジが答えてくれないのかリディアは不安そうに、小さく首をかしげて彼を見上げていた。
「エッジ?」
「お前、どこまでわかってんだよ」
「何が・・・?」
「・・・あー、なんでもない、俺が阿呆なんだな」
「?・・・変なの。ね、また来ようね」
「ああ。また来ような」
苦笑を隠しきれずにエッジはそう言った。
もう一度見上げると。
深い藍色に見える空には、澄みきった空気のなかでただ月が、彼らに対してまるで出し惜しみをしているように半分だけ姿を現していた。その姿がまるで今のリディアのようにエッジには思えた。
半月の形はあまりに不安定で、なおかつ完成されているように見える。
そのあやうさに自分は「やられて」しまっているのだ、と思いながらもう一度。
またこの街にきて、そして手を繋いで。
また一歩だけ成長した彼女が、次の成長に対して不安におののくときはいつでも傍にいて抱きしめてやりたい、彼女が恐れなくなった自分の腕の中で安心させてやりたい。
今まで出会ったどんな女性にも思ったことがない、そんな自分の気持ちを再確認して、エッジは今度は彼からぎゅっと手に力を込めるのだった。


Fin

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モドル

はー、すっきり。今回ほとんどエッジサイドのことばっかりで(笑)完全に自分=エッジ状態で「うおー、リディアー!」と意気込んで書いてしまいました。タイトル通り、とにかくエッジがリディアを「抱きしめたい」と思っているだけのお話です。
その割に「手を握る」描写ばっかりだったのは、抱きしめられない気持ちの象徴です。
パン屋前で抱きしめただけじゃん!というお話ですが、そのー(笑)なんというか、「抱きしめたいと思った」と書いていないだけで、あたくし個人としては何ヶ所も「あたしがエッジなら絶対抱きしめてるよ!」という場所を魂込めて(??)書いたつもりです。あくまでも自分的に。
だからリディアをそんなに好きではない人は「全然タイトル通りじゃないよ」と思うでしょうし、あかねさんは(笑)きっとわかってくれて「リディアたん抱きしめたい!」と言ってくださると思っています。(笑:例に出してごめんなさい〜)変な話書いちゃったな(苦)エジリディ小説書く才能なさすぎ。
ってなわけで、次回は月にいって。
またダークストーリーが始まります。次回バハムート登場。(笑)なんかもう、バハムートがいないと物足りなくなってきてしまっているこんなあたくしはやっぱり病なのでしょうかね(笑)