30003番リクエスト for へっぽこ様

2 of a kind


1

 公邸に散り始めた花を眺めながら、アゼルはゆっくりとした動作でティーカップを持ち上げた。

 カップの中に入っている紅茶は、アールグレイ。

 アゼルがそれほど好きな銘柄ではないのだが、アイーダ将軍直々の土産物である。

 無碍に受け取りを断ることもできず、さりとて誰かにあげるわけにもいかない。

 結局、アゼルは一人のんびりと、この土産物の処理にとりかかっていた。

「綺麗ですね」

「……そうだな」

 部屋には、アゼルの兄・アルヴィスも休息のために訪れていた。

 こちらの方は紅茶自体が我慢できないのか、アルコール度数の低いワインを手にしている。

「兄上も、紅茶を飲まれてはいかがです」

「いらん」

 本日何度目かの台詞を交換し合って、アゼルは小さくため息をついた。

「はぁ……僕一人では、紅茶が片付かないんですけど」

「知るか。アイーダの奴め、少し無理難題を言い付けただけでこの仕返しだ。まったく、うるさい女だ」

 そう言って、アルヴィスは不機嫌さを隠しもしないでワインを口に運んだ。

 アルヴィスの好む琥珀色の液体が、なまめかしいほどに滑らかな線を描いて吸い込まれていく。

 アゼルはもう一度だけため息をつくと、視線を窓の向こうへと戻した。

「アイーダさんも怒りますよ。あのような場所で、行為に及ぶなんて」

 アゼルの言葉に、アルヴィスは苦虫を噛み潰したような表情を見せ、グラスを置いた。

 テーブルクロスごしに鳴った低めの衝撃音が、アゼルの口許を歪ませる。

「……レックスと付き合うのは禁止だ。お前の言葉遣いが悪くなる」

 刺のある声でそう言った兄へ、アゼルは小さく肩をすくめた。

 一陣の風がアゼルの髪をなびかせたのをきっかけに、アゼルは立ち上がって窓を閉めた。

 アルヴィスも部屋の置時計に視線をやると、ワインの栓を締めた。

「僕だって、もう立派な青年ですよ。それくらいのことは言います」

「……悪かったとは思っているんだ。だが、アイーダの奴は短絡過ぎる」

 部屋を出ようとしているアゼルを追いかけるように、アルヴィスが言い訳しながら席を立った。

 その言い訳には何も言わずに、アゼルが先に立って部屋の扉を開く。

 兄弟二人で部屋を出て、アゼルは小さく笑った。

「誰だって、花畑でそういうことをされては、怒るに決まってますよ」

 アゼルの言葉に、アルヴィスが返事に詰まった。

 ここぞとばかりに、アゼルは次々と一般論を並べ始める。

「いくら恋人と言っても、女性の気持ちも汲んであげないと。それに、部下だと反抗もできませんしね」

「わかっている」

「他人の目と言うものもありますし。どこで聞かれているかもわかりませんし」

「……反省している」

「僕だったら、絶対に外でなんてしませんけどね」

 執務室の前で、アゼルの足が止まる。

 一瞬遅れて足を止めたアルヴィスが、気配を感じて一歩だけ後退する。

 一歩だけでおさまったのは、アゼルがアルヴィスの服の袖をつかんでいたせいだった。

「逃げてどうするんですか」

「いや、そうなのだが……アゼル、先に部屋に入れ」

 逆にアゼルの腕をつかみ返したアルヴィスの言葉に、アゼルは満面の笑顔を見せた。

「申し訳ありません。今宵はシグルド卿主催の夜会に呼ばれておりまして」

「時間はまだあるだろう」

「それが、途中でレックスを拾って行かないといけないんですよ。何でも、今日はまだ宿舎にいるとかで」

「頼む。五分でいいんだ」

「ギリギリなんです。それに、この格好で夜会には行けませんし」

 そう答えながら、アゼルは自分の腕の先に炎をともした。

 熱さに緩んだアルヴィスの腕を振り払い、アゼルは深々と一礼し、大きな声で別れの挨拶を述べた。

「それでは兄上、これで失礼致しますッ」

「声が大きいッ」

 アルヴィスの危惧が現実となり、執務室の扉が開かれた。

 中から顔をのぞかせたアイーダの表情には、冷たい微笑が浮かんでいた。

 思わず後ずさる兄の背中を押し返して、アゼルはにこやかにアイーダに手を振った。

「兄上も反省しているそうですので、仕返しは今日限りに」

「ありがとうございます、アゼル様」

「おい、私は承知していないぞ」

 何とか脱出を図ろうとしたアルヴィスは、アイーダの背後に見えた人物に絶句する。

 アイーダの背後にいるのは、聖人として名高い、エッダの司祭。

 急用でないことは、かすかに見えた出装からも見て取れる。

 アルヴィスの考えていた以上に、アイーダの怒りはひどいものらしい。

 更には、城内にもアイーダの味方をする人間が弟以外にもいる事がわかる。

 さすがのアルヴィスも、観念したかのように両肩を落とした。

「アゼル様、お気をつけて」

「ありがとう。兄上、行ってまいります」

「あぁ……」

 見送るアルヴィスの声に、当然の如く、覇気はなかった。

 

 

2

「……と、まぁ、こんなことで遅くなっちゃったんだ」

 馬車の中で出かける前の一幕を語り聞かせ、アゼルは小さく手を合わせた。

 向かいに座って聞いていたレックスの方は、豪快に涙を浮かべて腹を抱えていた。

「あの、兄貴がねぇ。いやぁ、いいもん聞いたぜ」

「言っておくけど、極秘だからね。他人に話さないでよ」

 あまりの笑い具合に心配になったアゼルが釘を刺すと、レックスは涙目で何度も頷いて見せた。

 しかし、笑いの衝動がおさまる気配はない。

「まったく、笑いすぎだよ。レックス」

「悪い、悪い。でもよ、面白すぎてな」

「いくらなんでも、笑い過ぎ。頼むから、他言無用だよ」

「わかってるって。んなこと……お、着いたか」

 馬車が止まり、行者が馬車の扉を開ける。

 誰の手も借りずに馬車から降りた二人は、目の前にある建物の名前を確認する。

「ヴァルハーラ館。間違いねぇな」

 レックスが建物の名前を読みあげ、アゼルが招待状に書かれていた名前を確認する。

「間違いないよ」

 建物が夜会の行われる会場だとわかると、レックスはさっさと歩き始めた。

 門番に招待状を見せれば、後はノーチェックで通れるだろう。

 ランゴバルトの息子と若きヴェルトマー城主の弟は、社交界でもそれなりの面識を作っている。

「あ、帰りは馬車を呼んでもらうよ。先に戻ってて」

「わかりました」

 アゼルは御者にそう指示を与えると、やや小走りにレックスの後を追う。

 門へ続く階段の途中でレックスに追いついたアゼルは、ちらりと横目でレックスをのぞいた。

「……何だよ」

 視線に気付いたレックスが、怪訝そうに小声で尋ねる。

 アゼルは手に持っていた招待状を揺らめかせた。

「持って来てるだろうね」

「んなもん、いらねぇだろう。今日呼ばれてんのは、ほとんど仕官学校時代の仲間だぜ」

「主賓はエルトシャン卿だよ。チェックが厳しいかもしれない」

「気にすんなって。何だったら、本人に来てもらえばいいんだからよ」

 レックスの返事に、アゼルはため息をついた。

 レックスの方はそんなアゼルを笑うと、門番の方へ手を上げた。

 門番と思しき人物がレックスに気付くと、笑顔で二人に近付いてくる。

「やぁ、随分と遅いお着きだな」

「キュアン王子っ?」

 近付いて見れば、シグルドの親友として、また槍の名手として有名なレンスターの王子。

 動揺しているアゼルとは対照的に、レックスは手を上げたキュアンと軽くハイタッチを交わす。

「馬の具合が悪くってな」

「そうか。夜会はもう始まっている。エルトも既に中だよ」

「遅れてすまないって言っとくか。んで、王子は何をしているわけで?」

 口をパクパクさせているアゼルを無視して会話は進められている。

 気の毒に思った本来の門番も、王子や公子相手ではなかなか話を中断させることはできなかった。

「エスリンを乗せた馬車がまだ着いていない。シアルフィからだから、元々遅れるとは知らされていたんだがな」

「それで、待ってるんですか」

「彼女無しに踊る気もしないのでね」

「お熱いことで」

 そう言って、レックスはアゼルの首根っこを捕まえた。

「んじゃ、お先に。ほれ、行くぞ、アゼル」

「あ、うん。王子、また後で」

「キュアンでかまわんよ」

 その場に残ったキュアンの笑顔に見送られ、二人は夜会の会場へと足を踏み入れた。

 名目上は故郷へ帰るエルトシャンの送別会なのだが、主催はシグルドである。

 格式や身分などをまったく無視した客人の選考ゆえか、会場には明らかに夜会にそぐわない人物もいる。

 それでも、数人を除いては何のお構いもなしに夜会を続けていた。

「……まったく、シグルド公子は大物だな」

 さすがに最初の一歩を躊躇ったレックスが、そう感想を洩らした。

 その思いはアゼルにしても同じなのか、会場へ足は踏み入れずに視線を飛ばしていた。

「あ、だいぶ奥の方にいるみたいだね」

「仕方ねぇ。挨拶にいかねぇとはじまらねぇからなぁ」

 そう言って頭をかき、レックスは先に立って壁の方へ歩き始めた。

 無言でアゼルがそれに続き、二人は壁を這うようにして会場の奥へと進んでいく。

 途中で何人もの顔見知りと挨拶を済ませ、二人はようやくエルトシャンのところへと辿り着いた。

「よぉ、シグルド」

「シグルド公子、本日は夜会にお招きいただき、ありがとうございます」

 二人が声をかけると、それまで背中を向けていたシグルドが、くるりと二人の方を振り向いた。

「あぁ、レックスにアゼル。来てくれたのかい?」

 シグルドが合図をして、そばの給仕が二人へとグラスを運んでくる。

 アゼルとレックスがグラスを持つのを待って、シグルドは自身のグラスを軽く持ちあげた。

「我が友、エルトシャンに」

「乾杯」

 三人で軽くグラスを合わせ、レックスとアゼルは一口でグラスを開ける。

 シグルドの方は酒量もまわっているのか、グラスの半分ほどを残してグラスを下げた。

 その様子を見ていたエルトシャンが、笑いながらワインのボトルを掲げた。

「酒豪が来たな」

「遅くなって悪いな。アゼルが迎えに来るのが遅くってよ」

「すいません」

 そう言って頭を下げたアゼルのグラスに、エルトシャンはなみなみとワインを注いだ。

 アゼルが苦笑すると、エルトシャンは意味ありげに微笑んだ。

「乗り遅れたら、追いつけばいいさ」

「飲んだって、酔いませんよ」

 そう答えながら、アゼルはグラスの中身を飲み干す。

 レックスとシグルドはやれやれといった表情で、アゼルの飲みっぷりを眺めていた。

「ティルテュ公女が君を探していた」

「待たせておきます。今頃、怒りのピークですから」

 そう言って微笑んだアゼルの肩に手を置き、レックスが会話に割って入った。

「んじゃ、そろそろ楽しませてもらうわ」

「あぁ。そうしてくれ」

 シグルドの笑顔に見送られ、二人は主賓と主催者のそばを離れた。

 シグルドの好みからか、会場にはゆったりとした曲が流れている。

 簡単なワルツで曲に合わせて踊ることのできる、ごくごく簡単な楽曲である。

 極度に難しい楽曲を流すフリージや、一般大衆向け過ぎる音楽を鳴らすドズルの夜会ではない。

 ここには若者だけでなく、貴族だけでもない夜会が広げられていた。

 

 

3

「おいおい、エーディンまでいるのかよ」

 ひとしきり腹ごしらえを済ませたレックスが、ダンスホールの方を眺めて、そう呟いた。

 アゼルがレックスの視線の先を探すと、遠目にも目を引く金髪の美女が慣れていないと一目でわかる男性をリードしていた。

「まぁ、シグルドの婚約者候補だからね」

「それにしたって、出る幕じゃねぇだろ」

「そうでもしないと、男女のバランスが取れないんでしょ。エルトシャンって、ほら、硬派だったし」

「それにしたって……」

 レックスが顔をしかめていると、会場の入り口の方から嬌声が上がった。

 何事かと二人が視線を飛ばすと、キュアンがエスリンを抱きながら入場して来たのだった。

 キュアンはもとより、エスリンの方も乗り気のようだ。

「あのバカップルが」

「まぁ、いいんじゃない? 僕としては、隣にいる女性の方が気になるけどね」

 アゼルの言葉に、レックスがもう一度入り口の方を見直す。

 確かに、アゼルの指摘どおり、見覚えのない女性がキュアンのそばに立っていた。

「見たことねぇな」

「でしょ」

 二人がそのままそちらの方を見守っていると、エルトシャンが赤い顔をしながら歩み寄っているのが見えた。

 会場の視線を気にしているためか、キュアンを先に追い払ったようだ。

 しかし、騒がしいキュアンとエスリンに視線を移さなかった者は、エルトシャンの稀に見る狼狽振りを目撃する。

「……あれ、ひょっとして」

「知らないの? 婚約者のグラーニェさんよ」

 突然聞こえてきた下からの声に、アゼルは小さく飛びあがった。

 恐る恐る視線を下げると、わざわざ二人の間に首を突っ込むようにして、ティルテュが首を突き出していた。

「な、何やってんのっ」

「何って、夜会に来たに決まってるじゃない」

「だから、それでどうしてそんな格好でっ」

「まぁ、細かいことは気にしない」

 体勢を起こしたティルテュに、アゼルはため息をつき、レックスは笑う。

「で、グラーニェってのは?」

「あぁ、エルトシャン王子の婚約者で、キュアン王子の従姉って聞いたわ」

「誰から?」

「エーディンから」

 ティルテュの出した名前に、レックスはさもありなんという表情で頷いた。

「さすがだな。情報が早い」

「まぁね。その辺は尊敬するわ」

 そう言うと、ティルテュはアゼルの腕を捕まえた。

「はい、教えてあげたお駄賃ね」

「ちょっと、そっちが勝手に……」

「遅刻した人に断る権利無し」

「レックスぅ」

 情けない声を出してレックスにしがみつこうとしたアゼルの手を、レックスはあっさりと振り払った。

「知らん」

「は、薄情者」

「ほらほら、いくわよ」

 引きずられるようにしてダンスホールへ歩いていくアゼルを見送って、レックスは壁にもたれかかった。

 公子として呼ばれた夜会ではない分、壁でのんびりしていても後で叱責されることもない。

 その意味では、レックスにとって久しぶりにのんびり過ごせる夜会だった。

「いい夜だな」

 壁にもたれて、給仕から受け取ったグラスを揺らす。

 炎のように紅いワインは、レックスのお気に入りだ。

 きつい酸味と渋い味が、レックスの好みに合っていた。

「……さて、と」

 今夜は壁の花を気取ろうとしていたレックスは、すぐ隣の壁に背を預けた女性にグラスを差し出された。

「どうぞ」

「あ、あぁ」

 差し出されたものを断るわけにもいかず、レックスはゆっくりとグラスを傾ける。

 その間に女性の顔を盗み見ようと試みるが、身長差のせいか、顔をのぞくことはできなかった。

「もらっといてアレなんだが、何者だ?」

「本日の、ティルテュ様の警護を仰せつかった者です」

「……お門違いだぜ。あの紅髪の方につけよ」

 そう言い返しながら、レックスは女性の腰に短剣が差してあるのを確認する。

 ティルテュ本人も優秀な魔道士だが、近接戦闘用の護衛と言ったところか。

 はたまた、娘に厳しいレプトールからの監視役か。

「アゼル様との仲は、邪魔するなとの命を受けております」

「レプトール卿が認めたのか? アゼルもえらい人に見初められたもんだな」

 レックスの言葉に、護衛の女性はくすりと笑った。

「御冗談を。卿がそのようなこと、お許しになる筈ないでしょう」

「それじゃ、誰の命令だ」

「公女様です」

 真面目くさった声でそう答えた女性は、それまでの緊張を解いた。

 その空気を肌で感じたレックスが、給仕を呼び止める。

「ノンアルコール。ダサイのは持ってくるなよ」

 無言で頷いた給仕が立ち去るのを待って、レックスはダンスホールを向いたまま隣に話しかけた。

「一杯ぐらいは付き合えよ」

「光栄です。レックス公子」

「俺のことは?」

「紅い髪をした童顔の同級生を愛でる男色家と聞いております」

「……誰から聞いた?」

 途端に冷たい声に変わったレックスの威圧を受けても、女性は変わらない口調で言葉を返していた。

「情報元は、ばらすわけには参りませんので」

「それじゃ、間違った情報を訂正する手伝いをさせてもらおうか」

 給仕の運んできたグラスを受け取り、女性はようやく顔を上げた。

 レックスの見知った顔ではないが、フリージ特有の銀髪と、鋭い視線がレックスの眼鏡に適っていた。

「見事、男性パートを踊りきるってのはどうだ?」

「公子の方が攻めだと聞いております」

「……攻め?」

 女性の口から出た”攻め”という言葉に疑問を受けながら、レックスは笑顔を取り繕った。

「よくわからねぇが、踊るだけでは証明されそうもねぇな」

「よくおわかりで」

 露骨な訂正方法を思いついたレックスだが、さすがに自尊心が躊躇わせた。

 加えて、ティルテュの護衛だということが二の足を踏ませる。

「両刀ということも考えられますし」

「両刀?」

 再び、”両刀”という言葉に迷うレックス。

 女性は微笑みながら、意味のわかっていないレックスの表情を面白そうに眺めていた。

「リバということもありえますし」

「リバ?」

 ”攻め”に”両刀”に”リバ”。

 どれもレックスには意味不明の言葉だった。

 何かを指す隠語であることはわかるのだが、具体的なところまではわからない。

「ティルテュの奴も、妙な言葉を使う護衛を使ってるもんだな」

 訂正を諦め、レックスはドスッと背中を壁へ戻した。

 グラスを口許に運ぶ女性の口許には、小さな笑いが浮かんでいる。

 それきり、無言で時を流し、アゼルとティルテュの帰りを待つ。

 楽曲は、まだ終わりそうにはなかった。

「しかし、護衛ってことは、誰かに狙われているのか?」

「念のためではいけませんか?」

 レックスに話しかけられるのを待っているかのような素早いタイミングで、女性が答えた。

 レックスの方も沈黙よりはと思ったのか、何気ないふりで話を続ける。

「念のためにしては、数が少ないだろう。まさか、館の外で待機しているわけでもないだろうし」

「その通りです」

 楽曲がクライマックスに入ったのか、演奏に力が入っている。

 大音響が沈黙するのを待って、レックスは再び尋ねた。

「まさか、ティルテュのアリバイ作りってわけでもねぇだろ」

「さて、どうでしょうか」

 女性はそう答えると、壁を離れた。

 丁度、曲の小休止を皮切りに、アゼルとティルテュの二人が踊りを止めたところだった。

 アゼルとティルテュの二人が、軽く息を弾ませながら護衛の女性に出迎えられている。

 その様子を壁にもたれたままで見つめ、レックスはグラスをあおった。

 ノンアルコールのそれは、逆に吐きたくなるほど甘かった。

 口直しのワインを給仕に頼んだところで、アゼルがレックスの隣に並ぶ。

 ティルテュと護衛の女性は連れ立って会場を出ていくところだった。

「ダメだよ、ティルテュのところの護衛をナンパしようなんて」

「おしゃべりな女だな」

「いくらレックスでも、それだけは絶対に後悔するから」

 アゼルの言葉に引っ掛かりを覚えたレックスは、給仕が運んできたグラスをアゼルへと譲った。

「どういう意味だ?」

「レックスみたいに軽い気持ちじゃ、火傷するってことだよ」

 こともなげにそう言って、アゼルはグラスを開けた。

 まだそれほど遠くまでいっていなかった給仕にボトルを要求して、アゼルは壁に背を預けた。

「お前な、俺をどんな目で見てたんだよ」

「紅色の髪の少年を愛でる男色家」

「なっ」

 レックスが思わず振り向くと、アゼルの満面の笑顔が待ち伏せていた。

 何が面白いのか、アゼルはケタケタと笑っている。

「テメェ、後でシメるぞ」

「だってさ、ピッタリでしょ」

「アゼル、親友だから許してるけどな、次はないぞ」

 こめかみをひくつかせるようなレックスの表情に、アゼルは笑い声を止めた。

 それでも、普段から穏やかな頬は緩んだままだ。

「ごめん。だってさ、いつも決まった相手と踊ってないから」

「それだけの相手がいねぇだけだ」

「かと言って、エーディン狙いってわけでもないし」

「あぁいう女は嫌いだ」

「だから、女官の間では有名だよ。青髪の男色家って」

「クソだな。女って奴は」

 心底嫌そうな表情を浮かべ、やってきたボトルの中身をグラスへと移す。

 一気にあおり、感情の赴くままに息を吐く。

「まったく、ろくなことを話やがらねぇ」

「それだけ、注目されてるってことでしょ」

「陰口みたいで、俺は嫌だね」

「わがままなんだから」

 レックスの手からボトルを取り返し、アゼルは自分のグラスを満たし、空のグラスにもワインを注いだ。

 レックスが怪訝そうに持ち主のいない二つのグラスを睨むと、アゼルはニッと笑った。

「ティルとあの人の分」

「……お前、酔ってるな」

「レックスも恋に酔ってみたら? なぁんて、ティルの受け売りだけど」

 楽しそうに笑うアゼルから身体を背けて、レックスは歩き始めた。

「あれ、どこ行くの?」

「トイレだよ、トイレ。気分が悪くなってきちまった」

「じゃあ、ティルのエスコートよろしくね」

 レックスが勢いよく振り返り、明らかに殺気の混じった視線を叩きつける。

「変な男に引っ掛けられないように」

「テメェの女だろ。自分で守れや」

「僕を守ってくれるんじゃないの?」

「テメェ、次はないって言った筈だなッ」

 レックスの怒気のこもった声に、アゼルはようやく小さく舌を出した。

 そして、緩んだ頬を引き締めるかのように、自分の頬を張った。

 肉のぶつかる低い音がして、アゼルの目許がもち上がる。

「ごめん。でも、本当にお願い。ここで待ってるから」

「……自分でやれよ」

「僕はエルトシャン王子に言わなきゃいけないこともあるんだ」

 そう言って、アゼルは小さく自分の懐を指した。

 アゼルの瞳が笑っていないことを確認して、レックスは背を向けてから、軽く右手を上げた。

「お前も大変だな」

「これでも、ヴェルトマーの国許を預かる身だからね」

「そばに必要か、アイツが」

「いなきゃ、この先までやりきる自信がないんだ」

「素面でそこまで言えりゃ、上等だな」

 レックスが会場を出て行くのを見送って、アゼルはもう一度頬を緩めた。

 元より、懐にはアルヴィスから預かった書面などはない。

 年に数回の、素面での嘘だった。

「はぁ……ついでに宿でも予約しておこうかな」

 そう呟いたアゼルは、給仕の一人を呼ぶためにグラスを空けた。

 新しい白ワインと一緒に、今夜の宿を確保するため。

 

 

<了>


後書き

 今回の作品は、題名に尽きます。
 「2 of a kind」こそ、この作品のテーマです。

 リクエストは、アゼル&レックスを選択させてもらいました。
 フィン&アルテナと言うのは、次回長編のネタを使ってしまいそうで怖かったんです。
 リクエストを長編にしてもかまわないのですが、さすがにそれだと一年近く待たせてしまいそうなので。
 それはキリ番リクエストの終結をも意味してしまいそうで、こちらを選択した次第です。

 

 いつもと違ったアゼルとレックスの役割、性格を出すのが一つの目的です。

 特にアゼルは作品数も多く書いているので、一つ違ったアゼルを書きたかったんです。
 根底は同じでも、微妙な差異点が見つけられるアゼル。
 これこそ「2 of a kind」と呼べるのではないでしょうか。

 レックスについては、アゼルとの立場を軸に考えています。
 振りまわされるレックスと言うのも、新鮮さがあるのではないかな、と。

 アイラやラケシスといった、聖戦中の恋人に振りまわされる作品はよく見かけます。
 特にアイラに振りまわされるレックスと言うのは、素敵な作品が多いですね。

 だからと言って、単純にそれを真似てしまっては面白くありません。
 聖戦以前に振りまわされる。そして、登場時に振りまわしていたアゼルに振りまわされる。
 こっちの方が面白いのではないかと思いました。

 

 ”攻め””リバ””両刀”は、本当に悪足掻きです。
 レックス×アゼルを期待なさった皆様は、ここから妄想を発展させてください。
 今回のリクエストは、あくまで”&”ですから!

 

 それでは、この辺で。
 初めての男性コンビリクエストに、実はかなり嬉しさを感じている小田原峻祐でした。

 再見!