未来へ

 

明日、月へ行く。

ゼムスを、倒しに行く。

長かった戦いが、終わる時が来る。

そしたら・・・・・・そしたら?


(眠れないよぉ・・・・・・)
ころん、とリディアはベッドの中で何度目かの寝返りを打った。
今夜はみんな、ゆっくり休むように、とセシルは言った。だから、ちゃんと寝なくてはいけないのに、目が冴えて眠れない。
そっと目を開けて隣の様子をうかがうと、ローザはすやすやとよく眠っているようだった。その姿に余計にあせってしまう。
緊張しているのだろうか?
確かに、していないといったら嘘になる。・・・・・・けれど。
(ううん・・・・・・なんだろう、緊張っていうより・・・・・・)
胸の中がどくんどくんいっている。なにか。なにか考えなくてはならないことがあるような気がする。
小さくため息をついて、ついにリディアは眠ることを諦めた。ローザを起こさないようにそっと起き上がり、ベッドから降りて窓辺に立つ。
そして、小さく感嘆の声を上げた。
「わぁ・・・・・・」
窓の外は、満月だった。
ここはミシディア。ミシディアの住民の朝は早い。夜更かしする者もいるが、大抵それは自分の研究に根を詰め過ぎてのことだ。だからここは夜の騒々しさとは無縁のところ。目立つ明かりもないので、月も星もよく見える。
しばらくリディアは魅入られたように満月を見つめ、立ち尽くしていた。しかし数秒後、我にかえったように瞬きすると、そろそろと行動を開始する。
ここにいたって眠れそうにない。外に出て、しばらく夜風に当たったら、眠りたくなるかもしれない・・・・・・
そっと扉を開け、廊下の様子をうかがう。人気がなく、シンとしている。
そして、リディアは宿を抜け出した。

 
外は、少し風が吹いていた。かすかな風が耳元でリディアの髪を揺らしていく。軽い足音を立てて、どこへ行くでもなくリディアは歩く。髪飾りを外した髪を、無意識のうちになでつけながら、ぼんやりと満月を見つめる。
満月は白く光っていた。自分は明日、あそこに行くのだ。
フースーヤとゴルベーザを追って。ゼムスを倒すのだ。そうすれば、長かったこの戦いが終わる。
そしたら・・・・・・そしたら?
足が、止まった。髪をなでていた手も止まる。大きく目を見開いて、満月から視線を外し、足元に目を落とした。
そしたら・・・・・・あたしは、どうするんだろう?
ずっと、戦っていた。七つの時から。セシルとカインがミストに来た、あの日から。
リヴァイアサンに飲み込まれ、連れて行かれた幻界で過ごした、10年間。あの時間だって、強くなってここへ戻ってくるためのものだった。
ずっと、戦ってきた。それは自分で決めたこと、自分が選んだ道だったけれど、リディアにとってその道を選ぶのは当然のことで、他の道はないに等しかった。
けれど、戦いはもう、終わる。終わらせる。
そうしたら、その後。あたしは、どうするんだろう?
力が抜けたようにリディアはその場に座り込んだ。
ずっと、戦ってきた。目の前にあることで精一杯で、未来のことに目を向けてなどいられなかった。この星に平和を取り戻す。そのことは思い描いていたけれど、具体的に「自分の」未来を思い描くことなど考えてもみなかったのだ。
ずっと仲間と一緒にいることが当たり前だと思っていた・・・・・・
けれどそれは、共に戦うために集った仲間。一緒にいることが当たり前だと思っていたけれど、戦いが終われば別れが来る。そんなことに、今になって気づいた。
セシルはバロンへ帰る。ローザはいつもその側にいるだろう。カインはどうするのか分からない。けれど、自分の道を行くのだろう。
そして・・・・・・エッジは。エブラーナの民が帰りを待ちわびている。
でも・・・・・・あたしは?
自分はもう、七つの少女ではない。ミストには帰れない。
幻界に帰れば、みんな歓迎してくれるだろう。けれどそれは、人間の仲間たちと別の時間を歩むことを意味する。あたしにそれが選べるだろうか?
もちろん、バロンであれ、ミシディアであれ・・・・・・エブラーナであれ。リディアがそこで暮らすことを望めば、みんななにかと取り計らってくれるだろう。けれど、それも何か違う気がする。
あたしは。与えられた場所じゃなくて、あたしがあるべき場所にありたい。
みんなの優しさに甘えるのじゃなく。あたしの存在が必要とされるところに。
けれど・・・・・・それはどこなんだろう?
あたしの進むべき未来はどこにあるんだろう?
月明かりの下、一人でそんなことを考えていると、心の中が冷たくなる。リディアはひざを抱えて小さくなって、ぎゅっと目を瞑った。
あたし、この戦いがまだ終わらないでほしいと思ってる。
まだみんなと一緒にいたいと思ってる。
それはなんてわがままで、自分勝手な思いなんだろう。
心の中がなんだか寒い。
独りぼっちのような気がする。
あたし・・・・・・どうしたらいいんだろう?
・・・・・・そんなことを考えていると、不意にばさりと上着がかぶせられて、リディアは文字通り飛び上がった。
「きゃあ!」
「イチイチ反応がオーバーなやつだよな」
かぶせられた上着の出口が見つからず、じたばたしていると、苦笑交じりの声が降ってきて。思わず手が止まる。
「エッジ・・・・・・?」
「そ。お子様は寝る時間だぜ?」
そんな軽口を叩きながらエッジはしゃがみこんで上着からリディアを救出してやった。やっとのことで顔を出したリディアはきょとんとエッジを見つめる。
「どうしたの・・・・・・?」
「ん? 目が覚めたらお子様が風邪ひきそうにしてたんでな」
にやりと笑ってリディアの髪をくしゃりとなで、エッジも隣に座り込む。
「・・・・・・そうなんだ。ありがとう」
いつになく素直なリディアの反応にエッジは片眉を上げた。
「どういたしまして。・・・・・・どした? ヘコんでんな」
どうしてこんなにイチイチエッジは鋭いのか。後ろめたそうな顔をして、リディアはエッジを上目遣いに見つめる。
「なんでもないもん・・・・・・」
「い〜や。その顔は絶対また考えなくてもいいようなこと考えてた顔だな」
「考えなくてもいいようなことじゃないもん!」
「じゃあなんだよ」
ぐっ、とリディアは言葉に詰まった。恨めしそうな顔でエッジを睨む。
「エッジ・・・・・・ずるい」
「ば〜か、こ〜ゆ〜のはな、オトナだって言うの。ほらほら、お子様は観念して素直に話してみろって」
「う〜・・・・・・」
不服そうにリディアはうなった。そんな姿もかわいくて、エッジはますますにやにやしてしまう。
「・・・・・・これからのこと、考えてたの」
地面に目を落とし、渋々リディアは白状した。エッジは表情を改め、リディアの言葉に耳を傾ける。
「これからのこと? 明日のことか?」
「・・・・・・ううん。もっと、先のこと。この戦いが終わってからのこと」
エッジが痛いくらい真剣に、自分を見つめているのを感じて、リディアはますます小さくなりながら言葉をつづる。目はあわせられない。地面に向けたままだ。
「あたし、今の毎日が当たり前になってたから。この戦いが終わってから、どうしようとかと思って・・・・・・」
「・・・・・・で? 決まったのかよ」
エッジの声がかすれていた。なぜかその声に痛みのような響きを感じてリディアは思わず顔を上げる。エッジの瞳とぶつかった。
声と同じように、エッジの表情も痛そうだった。苦しそうな、顔をしていた。なんだか不安になって、リディアはエッジの顔に手を伸ばしていた。
「どうしたの、エッジ? 苦しいの?」
その言葉にエッジははっとしたようだった。「なんでもねぇよ」あわててそっぽを向き、「・・・・・・へっ」と自嘲気味な声を漏らす。差し伸べられたリディアの手はエッジの顔に触れることはなく、リディアはそろそろと手を引っ込めて胸のところで小さくこぶしを作った。
二人の間に、しばし奇妙な時間が流れる。
「・・・・・・まだ。どうしたらいいのか、分からないの」
沈黙をやぶったのは、リディアだった。ささやくように言う。いつも強気の発言を繰り出すリディアの、それが今の本音だった。
わからない。進むべき道が。あたしの、あるべき場所が。
うつむくリディアの頭に、ぽん、とエッジの手が乗った。大きな手が、いつもくしゃくしゃとリディアの頭をかき回す手が、今は優しくリディアをなでる。
「お前は、さ。今まで、ずっと『なにか』のために生きてきたんだからさ、今度は自分のために生きてみろよ」
エッジの言葉にリディアは顔を上げた。大きな目をいっそう見開いてエッジを見つめる。
「自分のため・・・・・・?」
「そ。ずっと自分のことを後回しにしてきたんだからよ。たまには自分のやりたいこと、やってみろよ」
リディアは自分の身体を見下ろした。胸に手を当てて、つぶやく。
「あたしの、やりたいこと・・・・・・」
「なにがしたい?」
いつもは決して見せないような柔らかい表情で、エッジはリディアの瞳を覗き込んだ。
戦いが終わって。
平和な世界になって。
みんな、あるべきところに帰っていく。
そしたら・・・・・・そしたら?
あたしは、なにがしたい?
「どうしたらいいんだろう」じゃなくて、どうしたい?
「ほんとはね・・・・・・」
「うん?」
言いよどむリディアを促すように、エッジは髪をなでる手を止めない。
「ほんとは、ずっとみんなと一緒にいたいんだけど。でも、それは無理だから」
「うん」
「どの道を選んでも、きっとあたしは少し寂しいと思うの」
そう言ってうつむくリディアは本当に寂しそうで。エッジは思わず抱き寄せていた。抱き締めて、髪をなでる。いつもなら一応抵抗するそぶりを見せるリディアも今はおとなしかった。
「そーだな。けど、それは悪いことじゃないぜ? 別れがあるからこそ再会もあるんだしな」
「うん・・・・・・」
「いーんだよ、わがままになれって」
「そんなこと言われても・・・・・・わがまま言うの、下手なのかもしれない」
そんなことを言いながら、実はリディアはまったく別のことを考えていた。
戦いが終わったら、みんなとの別れが来る。
そうしたらあたしは、この腕も失うのか。
リディアを抱き締めて、髪をなでるエッジの腕。
あたたかくて、それだけで安心できるような気がするのに。
けれど、それもこの戦いが終わるまで。
それは、とても切ないことのような気がした。
「エッジは・・・・・・エブラーナに帰るんだもんね・・・・・・」
その声がとても寂しそうだったから、思わずエッジはリディアの身体を離し、両腕をつかんで顔を覗き込む。
「リディア?」
「みんな、帰るところ、決まってるんだもんね。カインはどうするのか分からないけど・・・・・・けど、きっと自分の道が見えてるんだろうね」
その言葉に、思わずエッジは口走っていた。
「エブラーナに来いよ」
それは先刻飲み込んだ言葉だ。「どうしようかと思って」そうリディアが言った時、言いかけて押しとどめた言葉だ。そう言うよりも先に、「リディアがしたいことをすればいい」ということを伝える必要があると思ったから。
リディアは弱々しく首を横に振る。
「行けないよ」
「なんでだよ」
「行って、なにをするの」
「そりゃあ・・・・・・」
男が女に「一緒に来い」と言ったら、それはそういう意味なのだけれど、やっぱりリディアには通じていない。
言うべきか、言わざるべきか。柄にもなくエッジは口ごもる。
すると、なにを思ったか、リディアは笑った。
「ありがとう、エッジ。優しいんだね」
そっとエッジの手を腕から引き抜いて、立ち上がる。
「でも、あたし、みんなの優しさに甘えたくないの。あるべき場所にありたいの。あたしが必要なところにいて、あたしのできることを全うしたいの。多分・・・・・・これがあたしのわがままなんじゃないかなぁ・・・・・・」
それがなんなのか、まだわからないんだけどね。そう付け足して、リディアは苦笑した。
「・・・・・・だあああっ! もうっ!」
突然エッジがそんなことを叫び、頭をかきむしるからリディアは目を丸くする。
「エッジ?」
「リディア」
問いかけるようなリディアの声など聞こえていなかったように、エッジは突然立ち上がってリディアの腕をもう一度つかんだ。その気迫に気圧されるようにリディアは思わずあとずさろうとしたが、エッジの手がそれを許さない。
「なっ・・・・・・なに?」
「言い直す。エブラーナに来てくれよ」
月明かりで見えるエッジの瞳は怖いくらい真剣で、リディアはなんだか見ていられないような気がしたけれど、なぜかそらせなかった。
「・・・・・・だから。甘えるのはいやだもん」
「違う! 俺は、来てほしいって言ってんだよ。頼んでんの」
「なんで?」
ここまで言われてもまだ分からないらしい。きょとんとしている。
「・・・・・・っ・・・・・・だから! 俺が! お前に! 側にいてほしいんだよ!!」
ああついに言ってしまった、とエッジは天を仰いだ。
お月様。お星様。よりにもよって決戦前夜のこんな時に俺は告白してしまいました。
 
・・・・・・しかし。これでもリディアには分からなかったらしい。
「・・・・・・なんでぇぇ??」
間の抜けたリディアの声に、エッジは思い切り脱力した。これ以上なにを言えと言うのか。
「あ〜も〜わかったわかった!!」
ヤケになったようにエッジは夜空に咆えると、いきなりリディアにまくし立てた。
「だからな! お前は俺が今言ったことの意味も分からないくらいお子様だからな!目の届くところにいね〜と俺が不安なんだよ! だから俺の目の届くところにいて俺を安心させてろ!」
「なんか・・・・・・すっごく失礼なこと言われたような気がする〜っ・・・・・・」
すねたようにリディアはぷ〜っとふくれる。言うつもりのなかったことまでいろいろいろいろ言ってしまったエッジも同じような気持ちだったので、照れ隠しのように、膨らんだリディアの頬を指で突いてやった。
「うるせ。お前にも分かるよ〜に言うとあ〜なるんだよ」
「エッジ失礼〜」
「で? 返事は?」
はっきり言葉を返さないリディアに待ちきれなくなり、エッジは返事を急かす。するとリディアはにっこり笑った。エッジの心臓が否応もなく跳ね上がる。いい返事を期待していいのか!?
「それがエッジのわがままなんだよね?」
確認するようにリディアは問いかける。
戦いが終わったあと、エッジのしたいこと。エッジの、わがまま。
エッジは、あたしに来てほしいと言った。側に、いてほしいと言った。
だとしたら、そこが、あたしのあるべき場所なのかもしれない。あたしが、必要とされるところなのかもしれない。
今はまだ、自分になにができるのか、分からないけれど・・・・・・
「そーだな」
顔を赤くしてそう言って、照れたようにうなずくエッジをリディアは見つめた。
みんなとずっと、一緒にいたい。それはかなわない願いだけれど。
でも、この腕は、失わなくてもいいのかもしれない。
みんなとずっと、一緒にいたい。それはかなわない願いだけれど。
でも、ずっと一緒にいてくれる人もいるのかもしれない。
『ずっと一緒にいてくれる?』
そう聞いてみたかったけれど、なんだか恥ずかしくて言葉にはならなかった。そのかわり、いたずらっぽく、笑う。そして、少し偉そうに、言った。
「う〜ん・・・・・・考えといてあげるっ」
その言葉に「がくうっ」とエッジは脱力する。
「なんだよ! 返事はお預けかよ!」
「うん。だってまだ、戦いは終わってないもん。だからわがまま言っちゃだめ」
お説教するように、偉そうに。でも心なしか顔が赤いように見えるのは、エッジの気のせいなのだろうか?
「よーし! 言ったな!? さくさくっとカタつけてやろーじゃねぇか!」
「うん! 頼りにしてるからねっ」
「おうよ! ・・・・・・って・・・・・・え!?」
反射的に返事してからリディアの言葉を改めて反芻して、途端にエッジは真っ赤になった。思わず棒立ちになってしまう。
「頼りにしてるからね」
そんなことをリディアが言ったことがかつてあっただろうか?
そんなことを思い、エッジが呆然と立ち尽くしている間に、リディアは宿のほうへ駆けて行ってしまった。
(こりゃ・・・・・・脈アリかもな)
頭が冷えてくるにつれて頬が緩んでくる。にやにやとだらしなく頬を緩めながら、ようやくゆっくりとエッジは歩き始めた。


明日、月へ行く。

ゼムスを、倒しに行く。

長かった戦いを終わらせるため。そして、今より少し、わがままな未来を手にするために。

そしたら。

そしたら・・・・・・?






誕生日プレゼントありがとうございましたvvもう、蕾華さんの小説はとにかくラブくてめまいクラクラするラヴァーズっぷりです!いや、まだラヴァーズじゃないんだが、愛し合ってるハズだー!
誕生日プレゼントにいただいてしまいましたvv
んもう、このエッジのかっこ可愛さったらないです!!!(妄想)
いや、若様、あんたがリディアに「自分のために生きること」を一緒に教えてやってくれ!!
ううーん、ステキ!
エジリディフォーエバー!!←病・・・。

モドル