ベッド

モクジ
 帝国に叛旗を翻した反乱軍リーダーであるソニアは、長い赤毛を後ろで一つに結わえた、小柄できびきびと動く、なんだか小動物を彷彿させる少女だ。正直な話、威厳も何もなく、入軍希望者に第一印象を聞けば「小さい」が軒並み8割を超えるほどだった。
 反乱軍の立ち上げに一役買ったゼノビアの騎士であるランスロットは、そんな彼女の粗雑さにここ最近は頭を抱えていた。
 聞くところによると、彼女は幼い頃から傭兵生活を送っていたらしく、相当野営にも慣れているらしい。
 若くして傭兵数名を率いて行動をしていたことも多いようで、確かに外見から想像が出来ないほどに彼女は人を使い慣れている。それどころか、空の見方、星の見方、地図の見方、移動の時間の見積もりなど、行軍に欠かせない能力が既に備わっており、そういう意味では非常に優秀だ。立ち上がったばかりの人数が少ない反乱軍は、何にせよ人手不足。リーダーになる存在が、それらのことを全て備えてくれるとなれば、心強い。
実際、彼女のそれらの能力は、ずっと年上であるランスロット達に遅れをまったくとらず、余程優秀な師がいたのだろうと思われるほど。
 が、軍議やら戦場やらでの勇ましい素振りはどこへやら、彼女は一度「おやすみ」と言って、「その日のお勤め」が終わった途端にそこいらの孤児でももう少しマシだ、という状態になってしまうのが玉に傷と言ったところ。
「ソニア!また!」
「あ?」
「あ、じゃない。女の子なんだから、ちょっとは……」
「眠くなっちゃって……」
 今日のソニアは廊下で寝る、ということをしでかした。
 通りがかったランスロットは、壁にもたれて剣を抱きかかえた状態で眠っているソニアを見て、咄嗟に怒声をあげてしまう。
 確かに今日は、旧ゼノビア魔獣軍団所属であった有翼人カノープスを仲間にするため、あっち行きこっち行きで体力的に消耗が激しい一日ではあった。けれど、だからといって部屋に戻れないほどではないはずだ。あとほんの少し。ほんの少しだけ頑張るだけで、気持ちのよいベッドが部屋で待っているというのに、何故なのか。
 ランスロットだって、立場上うるさいことをあまり言いたくはない。自分は年上であっても、反乱軍の一員というだけで、ソニアよりも立場は下だ。だから、言いたくはないが、こう何度も予測不可能な事態が続けば、怒声をあげてしまっても許されたいと思う。
「さあ、立ちなさい」
 ランスロットは廊下に座りこんでいたソニアを、半ば強引に引き起こした。
 いかにも不満そうな表情で、腕をひかれながらソニアは言う。
「なんで、ランスロットはあたしがすることをみんなダメダメ言うんだ?ここで寝ていても、特に迷惑はかからないだろう?」
 眠そうに目をこする若いリーダーを見ながら、いくらなんでも成長期は終わっているだろう、と苦々しい気持ちになるランスロット。
「あれしろこれしろばかりで困る。あたしの今までの仲間は、そこらで寝ても怒らなかったのに」
「……それが異常だと思うが」
「ああ、そう。士気にかかわるから、リーダーらしく、ってね。ちゃんとやってるじゃないか。あたしは。寝るところぐらい自由にさせてくれてもいいだろう」
「本気でここで寝ようと思ったのか!?通路で。人が通るところで!」
「……部屋で寝るの、嫌いなんだもん」
 そうあっさりと言い放たれては、ランスロットは呆れて物も言えなくなる。


 ソニアは立ち上がると、腕を掴んでいたランスロットの手を軽く放った。そして、まだ説教は終わってないと言い出しそうなランスロトを放って、さっさと歩き出した。
 彼女は決して彼に謝りはしなかったが、とりあえず「ランスロットに怒られたら、言うことを聞いた方がよさそうだ」ということは理解しているのだろう。
「ソニア!」
背後から声が聞こえたが、それは無視してソニアは部屋へ向かう。いうことを聞かせるだけでは物足りないのだろうが、あれ以上の説教は勘弁だ。
「おっと」
と、その時、今日仲間になったばかりのカノープスが角を曲がってきて、二人はぶつかりそうになった。
 ほら見ろ。気配に気付かないほど眠くて仕方ないのに、起こしやがって……何もかも、ご機嫌斜めはランスロットへと責任転嫁をしてしまう。
「あ、ごめん、鳥か」
 ソニアは眠そうな足取りでふらふらと動いて、壁に手をついてからカノープスを見上げた。
「……人のことを鳥って言うな!」
「鳥って言われるの嫌いなの?あたしは、飛んでる鳥達は好きだけどなぁ」
 その言葉は既に寝言のように、まったく腹から出た声ではない。
 そのままソニアはふらふらと歩いて、必死に自分があてがわれた部屋へと向かうのだった。


 ぶつかりそうになったカノープスは知らないことだが、ソニアは今日はほとんど寝ていないも同然であり、ランスロットだって「早く眠らせてやりたい」とは思っていたのだ。
 思っていたけれど、だからといってそれは廊下で寝ても良い、ということではない。 
「……なんだ、あれは」
「カノープス、ソニアは寝ぼけているからあまり言うことを本気にしないほうがいい」
 その時、ソニアの後ろから仕方なく距離を置いて、保護者のようについてきたランスロットがカノープスに声をかける。
「……そーみたいだな。あれは本当に同一人物なのか?」
「うん?」
 カノープスは眉根を寄せてランスロットに尋ねた。
「今日、ここまであの女と一緒に移動してきただろう。お前も一緒だったじゃないか」
「そうだったな」
「途中で帝国軍の部隊と遭遇した時、あの女の指示は的確で迅速で、よくもこの若さで、と思ったものだ。それに、俺を仲間に引き入れるためにやってきたときも、なんていうのか……毅然とした、っていうのかな?そういう印象だったんだが、あれは……」
「あれは……?」
「ただの、ぼんやりしている、少し何かが足りない子供だ」
 そのカノープスの言葉に、ランスロットは深い溜め息をつく。何故なら、彼もまた同じように感じていたからだ。



 翌早朝、ソニアがいない、と一人の兵士がランスロットのところに慌てて報告にやってきた。
 朝はいつも日が昇る頃には起きて、兵士達は鍛錬をしている。それはもともとは反乱軍が決起した時からソニアがやっていたことだ。
 リーダーである人間がやっているならば、と、この軍でその習慣が浸透するのはあっという間のことだった。
 眠い目をこすっていけば、朝から可愛らしいリーダーが顔に似合わず黙々と体作りや剣の練習をしている。
 一国の軍のように規則がないため、今の時点では基本的にほとんどのことは個人の自由に任せられている。しかし、剣をふるうもの達はそんなソニアを見ては寝とぼけていられるわけがないのだ。
 どちらにしても朝は女性陣が必ず朝食の配膳等をしてくれるわけだから、その準備の間ぐらいは男性陣もぼうっしているわけにもいかない。
「……で、どうして私のところに来るんだ」
「えっ。以前ウォーレン殿が、その……」
「なんだ」
「ランスロット殿は、ソニア殿を探す名人だと……」
 その答えに、ランスロットは朝っぱらから全身の力が抜けていくのを感じた。そんなことを言われても全然嬉しくもない。
 名人ではない。
 仕方がなく探すだけだ。いつも、いつも。
 もともと傭兵稼業だったソニアは、ひとところに留まって人を使うことがあまり得意ではない。
 彼女のような立場であれば、気になることがあった時には、ランスロットでも呼びつけて「あれを調べてくれ」だとか「持ってきてくれ」などと人を動かせば良いのだ。
 しかし、彼女はそうはいかない。
 すぐに腰をあげて、なんでも自分でやってしまう。
 それでは、軍の雑用などに関して、人が育たなくなってしまう。
 仕方がないな、と、未だ室内着のままでランスロットは部屋から出た。
 実際、彼は決してソニア探しの名人ではない。まったく違う、とまで言い切れる。ただ、普通の場所にいってもいない、ということがわかっているだけだ。
 あのリーダーは暗くて狭いところが好きだということ、あまり一人で隔離された場所が好きではない、とわかったのはつい最近だ。
 昨日帝国兵を蹴散らして解放したばかりのペシャワールで、カノープスと同じく旧ゼノビア魔獣軍団長だったギルバルドの取り計らいにより、戦を終えた彼らはゆっくり休ませてもらった。
 正直なところ、ランスロット自身もまだこの館の間取りはよくわかっていない。
 途方に暮れながらひとまず階段をおりていくと、ちょうどそこにギルバルドがいた。
「ランスロット卿」
「ああ、昨日は宿を提供していただき……」
「堅苦しいことは良い。こちらこそ、命を助けてもらった立場で、この程度のことは当然だ。それより、俺のヘルハウンド達が拾い物をしてきたんだが」
 その言葉にランスロットは首をかしげる。
 ヘルハウンドは魔獣であり、ギルバルドは魔獣使いでるから、そこは納得が出来る。が、拾い物とは何のことか。
「拾い物……?」
「小柄で、赤い髪の……」
「……!……どこにいる!」
 ギルバルドの口から馴染みのある単語を聞いた瞬間、さあーっとランスロットの顔色が青くなった。昨日仲間にしたばかりのカノープスやギルバルドに、こんな早々反乱軍リーダーの駄目っぷりをアピールされてはかなわない。それでなくとも、昨日ウォーレンは「なかなかリーダーらしく振る舞えたではないか」とソニアを褒めたばかりなのに、これだ。
 ランスロットはギルバルドに教えてもらい、ヘルハウンドが寝ている小屋(とはいえとても綺麗に作られているのだが)に慌てて足を運んだ。
 そして、そこには。
「……ソニア……」
 力が抜けた。
 その場でついにがっくりと膝をついて、ランスロットは朝から自分の気分が萎えていくのがわかった。
 ヘルハウンド達にまぎれてソニアは毛布に包まって寝ている。魔獣達は既に目が覚めておりおとなしくしているものの、妙な人間が自分達の住処にいることにいくらか気が立っているようだ。
 その辺の飼い犬飼い猫とヘルハウンドはわけが違う。魔獣は魔獣使いには従順だが、他の人間にもそうというわけではない。
 ギルバルドの呑気な口ぶりを信じれば、ここにいるヘルハウンド達は大丈夫なのだろうが、今後どんな魔獣相手にもこんなことをされてはどうなるか、とランスロットは眉を潜める。
「起きるんだっ、ソニア」
「ううー」
「何でこんなところにっ……」
「ああー、朝?おはよ、ランスロットー」
 もぞもぞと体を動かして答えるが、顔はまだあげていない。
 ヘルハウンド達は何が起きているのかといぶかしんで二人を見ている。
「なんで……折角ギルバルドが部屋を用意してくれたのにっ」
「……だって」
「何だ!」
「廊下で寝てたらランスロットが駄目だっていうから……」
「そうじゃないだろう。とにかく起きて……」
 毛布をはぎとるランスロット。
と、その下でうずくまっていたソニアは寝間着を着て剣を抱えていた。
 一応あのあと部屋に戻ったということはそれでわかる。が。
「そんな格好でのこのことここまで来たのか。もうみんな起きている。その格好で部屋まで戻るのか?」
「そういうことになるか」
「……恥を知りなさい。それに」
 ぐい、とランスロットはソニアの体を無理矢理起こした。
「人を話をするときは、同じ目線で起きあがって話すことを心がけて欲しい」
「……ランスロットは、嫌いだ。」
「……ソニア」
 ソニアはランスロットの手を払って立ち上がった。
「どこまで干渉すれば気が済む」
「干渉も何も、そなたの姿が見えなければ騒ぎにもなるだろう!」
「それをどうにかしてくれると思っていたのに」
「ソニア!」
「……あたしは、朝起きた瞬間から、ランスロット達の理想のリーダーでいなければいけないのか?そんな約束はしてない」
「そういう話をしてるんじゃない!」
「そういう話だ。今のがそれだろう。寝起きで意識がはっきりしてない時に、起き上がれとかなんだとか、それは目覚めてる人間の勝手ないいがかりだ。この子達の方がよっぽどわかってくれる。あたしをつぶさないように場所だって開けてくれたし、むやみに吠えたりしないし。放っておいてくれたし」
「……私を獣以下だと言うのか」
 ランスロットの言葉にわずかな怒気が含まれていることにソニアは気づいたが、お構いなしだった。
「やっぱりランスロットは嫌い。魔獣のことを馬鹿にしているのか、その言い草。一緒に戦ってくれる仲間なのに」
「そういう意味じゃあない」
「……嘘ばっかり。同じ目線で起きあがって話しなさい、だって。そんなこと、されたこともなかったのに急には出来ない。それに、ギルバルドが部屋を用意してくれたって、その居心地が良いか悪いかは、あてがわれた人間次第だろうが」
 ソニアは毛布をそのままにして、寝間着のままで小屋から出ようとした。
 薄い1枚布で出来ている頭からかぶって腰にサッシュをまいて止めるだけの服なのに、更にサッシュまでほどけている駄目っぷりだ。
 そんな姿で闊歩されては困る、とランスロットはまた口を出そうとした。
 そのときソニアは振り返って
「ランスロット。あたしたちは反乱軍だ。ゼノビア軍じゃあ、ない。王宮騎士の道理なんて、あたしには何の意味もない。覚えておけ」
「……」
 小屋の扉をあけてソニアが外に出ると、何人かの兵士が通りがかっていた。
「おはよう。天気がいい朝だな」
「ソ、ソニア殿!おはようございます!」
 膝も丸見えの丈のうえ、素足でソニアは館の方へ走っていった。ランスロットは困った顔をしてソニアが散らかしたままの毛布を回収して溜息をつく。
「やれやれだ……先が思いやられる……一体どういう育ちをしてきたんだ、あの子は」



「おはよう、ギルバルド。命を取り戻した朝は、どんな気分だ?」
「朝から聡いことを言う。」
 ちょっと心配そうに館の入り口で様子を伺っていたギルバルドをみつけてソニアは笑った。
「もしかして、ベッドがお気に召さなかったのかな、姫君は」
「うん。ごめん。最近ベッドでなんか寝たことなかったし、建物の奥の部屋っていうのは苦手だ。周囲で何が起きてるか、わかりづらくなるから」
 さらっとそんなことを言う。ぺたぺたと歩いてきたものだから足裏が真っ黒なことに気づいて、おちかかっていたサッシュを腰からとって、足裏をごしごしとこすった。
 ランスロット以上に年が離れているギルバルドに対しても、ソニアの口調は砕けている。それは、反乱軍リーダーという立場だけでなければ、ギルバルドの命を救ったからというわけでもなく、彼女いわく「近所のおじさん達にも、こんな風に話してたし」という理由からだ。
「仕方なく床で寝ようと思ったらあの部屋、木がささくれてて痛いんだ。今度部屋を探すときは石造りか、板が揃っている部屋にしてくれ。ベッドなんていいからさ。床に近いほうが、人の足音も聞こえるし」
 ふうん、とギルバルドは僅かに意外そうな顔になったが、敢えてそれに関しては何も言わない。彼は、一度は反乱軍と敵対したものの、カノープスに庇われ、反乱軍に投降をした立場だ。まだ、彼女のことも量りかねているのだろう。
「また、そういう難しいことを。誰がそんな基準で部屋を選ぶか。軍のお偉い立場であれば、優遇されることが当然と思う者もいるのに、それより面倒な。まったく、あの騎士も可哀相に」
「ランスロットのこと?あれは嫌い。うるさいんだもん」
 ちょっとだけふくれてみせるソニア。そんな表情を見せれば、彼女は年相応、いや、それよりもずっと年下の女の子に見える。
 ギルバルドは一瞬、自分が誰と会話をしているのかわからなくなって、眉間に皺を寄せた。
「この前まで、着替えないで寝てたら寝間着を着ろって怒ってたくせに、今日はこの格好で歩いてきたのがダメだっていう」
 ギルバルドはそれには答えられない。あながちランスロットが言っていることがわからなくもないからだ。
 ソニアはそんな彼の素振りを気にもせずに、大きな瞳でギルバルドをじいっと見あげて、それから口端を吊り上げて笑った。
「ギルバルドは好きだ。あんな状況であたしに命を預けるなんて馬鹿なことを平気でやるから。豪胆な男は好きだな」
「馬鹿なこと、と言われるのも良し悪しだな。仕方なかろう。そもそも、反乱軍とは敵対する気がなかったのだし」
 苦笑するギルバルド。ソニアはランスロットに追いつかれる前に、と部屋にむかった。と、突然思いついたように振り向いて
「そうだ、本当はあの鳥も好きだぞ!なんだかんだ、ギルバルドのことを心配してるくせに、いちいち拗ねたことを言うの可愛い」
「伝えておくよ」
「ダメ。これは内緒だ。」
 はははは、と声をたててソニアは笑う。
 ソニアの笑顔はこちらの元気が出る、とても明るくてほがらかなものだ、とギルバルドは思った。
 出自もいまひとつわかっていない、もともと何の後ろ盾もなく、それでいて勝手気ままなこのリーダーが不思議な人望を得ているのがわかる気がする。
(しかし、こんな小さな子に可愛いなんて言われてしまう、我が親友ときたら)
 そんなことを思いつつ、ギルバルドはヘルハウンドの小屋に向おうと向きを変えた。が、それとほぼ同時に背後で叫び声が聞こえた。
「ソニア殿!なんて格好で!」
 声の主はウォーレンだ。きっとウォーレンに捕まって、ソニアはこっぴどく怒られていることだろう。ギルバルドは、小さく「はは」と声をあげ、自分の口から笑い声が漏れたことに少し驚いてから歩き出した。


 後日、ヘルハウンドの小屋から寝間着で飛び出たソニアと、その後から毛布をもって追いかけていくランスロットを見た兵士たちは、みなランスロットがソニアを小屋に連れこんだと誤解が広まった。
 それを知ったランスロットは、またも深い深いため息をつくことになる。


 問題ばかりの彼らの旅は始まったばかりだ。


Fin
モクジ

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