人が集う者

モクジ
「まいったな。神聖系の武器がなければどうにもならない」
 戦の手を休めることも出来ぬまま、辟易した様子でランスロットが溜息をつく。
 次から次へと出てくる悪霊達を相手にするのは正直なところ、もううんざりだ。
 ランスロットの部隊にはクレリックがいたからいいものの、その他の部隊ではまだクレリックが派遣されていない部隊もある。神聖魔法ないしはそれに準じた力を持つ武器以外で、悪霊達を葬ることは出来ない。いいところ、一時撤退をさせるぐらいで、またすぐに戻ってきてしまう。
「ソニア殿の部隊は、大丈夫でしょうか」
 クレリックのハイネが心配そうに言った。確かにそうだ。ソニアの部隊は今、カノープス・ソニア・ウィザードのヘンドリクセン・ファイターのビクターという中途半端な4人部隊だ。もうひとりこの前までいたのはハイネで、ソニアの意向で彼女はランスロット隊に異動してきたところ。
 ランスロット達はなんとか悪霊達を退け、ソニアの部隊と合流するはずのロードニアの町に辿り着いた。
 悪霊除けの札が貼ってある町の入口には、自軍の仲間らしい姿が見える。目を凝らせば、それがヴァルキリーのアイーダ率いる部隊であることが確認出来た。
「ランスロット殿!」
「ああ、アイーダ。どうした。ソニア殿と酒に合流したのでは」
「あのっ、ソニア殿が……」
「うん?」
「ポグロムの森の奥へ、どんどんはいっていきましたっ」
「何!?あそこは危ないから、駄目だと……」
 またか。ランスロットは眉根を寄せた。また、突然の勝手をあのリーダーはやらかしたのか。
(この癖さえなければ、リーダーとしてはまずまずだ、と言えるのに……)
 アイーダは言いづらそうに言葉を続けた。
「ウォーレン殿とランスロット殿に作戦はそのまま続行するように、と。小一時間で戻ると……」
「小一時間か。それならば、大丈夫か。何かしら動きがあって我らが先を行ったとしても、カノープスがいるなら追いつける程度か」
 そうランスロットは言ったが、正直なところそれは自分を納得させるための言葉だった。


「あたしは、お前達のようには、ならない」
 ランスロットが頭を抱えている頃、悪霊達が根城にしているポグロムの森で、ソニアは姿のない相手に声を発していた。
「お前達が期待しているようなものにもならない。帝国を討ち滅ぼすのはお前達のためでもない」
「おい。ソニア、ヤバイぜ。悪霊達が集まってきている」
 カノープスが言う通り、周囲の木々はざわめき、それでなくとも見通しのよくない森の木と木の隙間を埋めるように黒い影がゆらゆらとあちらこちらに揺れ始めた。ぞっとして、他の隊員も声をあげる。
「ソニア殿っ」
 剣を握り直し、ソニアは更に声高に吠えた。
「それに悲嘆にくれてさ迷うならば、それでいい。昇天したければ、来い!!」
 その声を合図にしたように、彼らを囲む影が一斉にその輪を狭めるように動き出した。


 小一時間待った。ランスロットが苛立ってきたのをハイネがはらはらと見ている。
 ソニア隊に1度でもいれば、大体わかる。ソニアが勝手に何かをしでかして、それでランスロットは尻拭いをするために待っているのだ。
 その間にも敵兵はやってきて、アイーダとウォーレンの部隊と共に足止めをずっと繰り返していた。もうそろそろか、と思ったその時
「あっ、カノープスさんがっ!」
 ファイターの1人が叫んだ。
「……来たか」
 空を見上げ、ファイターが指し示した方向を観る。確かに、カノープスらしき影は飛んでいるが、どうもソレ以外に何かが側を飛んでいる。有翼人かと思ったが、どう見ても翼らしいシルエットは見えないし、動きがおかしい、とランスロットは眉を潜める。
「……うわっ、悪霊だ!」
「ゴーストだ!」
 その影の正体に気付いた者達は、口々に叫び、一体ソニアが何をやらかしたのかと驚愕の声をあげた。
(ああ……確かにあれは……ゴーストだな……) 
 ランスロットは泣きたい気持ちにかられた。小一時間放っておいて、やっと姿を見せたと思ったら何を考えてゴーストを連れているのだろう?
 ゴーストはその名の通り、すでに死んだ人間だ。幽霊だ。忌み嫌われる対象であることは間違いなく、それゆえに町の入口には悪霊除けが施されているというのに、どういうことだとランスロットはこめかみにそっと手を添えた。
「待たせたな、ランスロット」
 カノープスにゆっくりと地に降ろされたソニアは、いつもの調子で話しかけてくる。
「……一体、何を」
「森の悪霊を、追い払ってきた。これであとカペラを倒せば、人々も安全に暮らせるはずだ。カペラは悪霊を操ってるけど、それはそもそもそういう意志を悪霊側でもっているからだし」
「追い払ったって……そんなことは、一言も会議のときに」
「状況が変わったんだ」
 そういってソニアは持っていた剣をみせた。それは、ランスロットには見覚えがないものだ。柄に美しい装飾が施されており、誰が持っていてもすぐに「値打ちがそれなりにあるもの」とわかる作りだが、一体どうしたというのか。
「これ。カラドボルグって言うんだって。聖なる剣だ」
「……どこで調達を」
「拾った」
 無邪気に笑うソニア。ランスロットはそこで笑っていいのかどうかわからずしかめっ面のままだ。
 気づけば、周囲の兵士たちはランスロットの後ろに固まっている。カノープスと共に降り立ったゴーストを警戒してのことだろう。
 ゆらゆら宙に浮いたままの黒い塊を見て、ランスロットは更に眉根を潜めた。そのゴーストは、先ほどまで彼らが戦っていた相手とは若干趣が違うように思えたからだ。
「こいつは、来ると言った。帝国軍を滅ぼすことを自分の手で行なってから昇天したいと。だから、連れてきた。いいやつだろう?一緒に何体か森の方から回り込もうとした敵軍を倒してきた……すっかりアライメントもカリスマもあがって、すぐにでも浄化されてしまいそうだ」
 なるほど、浄化寸前の悪霊だから、様子が違うのか、と納得をするランスロット。
「そ、それはいいのだが……民衆は、それをうけいれないだろう」
「みな、知っている。何故悪霊がさまよっているか……悪霊は悪霊なりの倫理とかがあるのだろう。それを、ほんの少しでいいから知って欲しいな。もう、ここに残っている悪霊達は人を襲わない。こいつのように。町人達に恐がることが無いことを伝えたい」
 そう言ってからソニアはゴーストに手をかけた。まるで、人間に対する扱いのようにあっさりとやってのけるが、それが相当「普通ではない」ことをランスロットをはじめとした兵士達は理解をしている。本来悪霊に触れることは「穢れる」こととされ、呪いを誘発するもとになると言われている。
 それを、事も無げにやってしまうのは、ソニアが豪胆だからなのか、モノ知らずなのか、それとも……。
「帝国軍を倒したら。あたしがお前を昇天させてやる。約束だ」
 なんといっていいかわからずランスロットは黙った。
 カノープスは呆れ顔で
「この女、頭がおかしいぜ。この剣で殺すーー!!って脅しながら暴れまわってたら、あっという間に悪霊どもが逃げちまった」
「なんで止めなかったんだ。カノープス」
「勘違いするな。俺は別にこいつのお守をしてるわけじゃあない。こいつはリーダーなんだから、従うのが筋だろ」
「屁理屈だ」
「……おもしろそうだったし」
 カノープスは肩をすくめる。ランスロットの語調は少しきつかった。
「状況が変わった、とはいえ、そなたがいない間に何かがあったら!そういう勝手はもう少し謹んで欲しい。その剣が手に入ったからといって、わたしを待っても良かっただろう」
「……実際、ランスロットがいただろう?ランスロットが予定通りここに着いてくれれば何も問題がないと思ったんだが」
「そうではなく!」
 ソニアは数秒黙りこんでランスロットを見て、それから厳しい声音で言い放った。
「あたしがいなければ、何も出来ない軍なら、いらない。あたしはただ、人々の目印になるべきものだ。そこに集った人間は、みなそれぞれの思いを持っていて、あたしを目印にしているってことに関しては一致していると信じている……けれど、そこから導くのはあたしの役目ではない。進むのは集ったすべての者の責任だし、導くのはランスロットやウォーレン達だろう」
「それはそなた1人の理屈だ」
 怒りを抑えて静かにランスロットは言った。
「よしんばそうだとしても、まだ我々には目印が必要だ……悔しいが、まだ我々は、路頭に迷う子供のようにそなたがいる場所を捜し求めている。そなたが思うほど、我々は強くない」
「……ならば、もう少し強くなれ。いや、強くあろうと思ってくれないと困る。導く炎はまだ持つけれど、あたしがいつでもみなが行きたい道にまっすぐすすむ保証はない。最終的な行き先が同じだとしたって。そのときに信じられる強さ、または、信じないであたしを置いてでも先にゆく強さを。目印は単なる目印だ。それ以上の何者でもない」
 ソニアはそういって苦笑した。想像以上にランスロットが噛みついてくるな、と思っているに違いない。
 ランスロットはソニアが言っていることが納得いかない。本当はソニアにはそんな責任逃れの言葉をいっては欲しくなかった。それでも、それは本来そうでなければいけない事実なのだろう。
 ランスロットが感じている怒りはソニアに対するものでもあり、かつ、不甲斐ない自分たちに対するものでもあるに違いない。
 ソニアはぐるりと面々を見渡してから
「アイーダ、すまなかったな。待たせた。みんなもあたしのわがままで待たせてすまない。どうしてもやらねばならないと思ったものだから。みんなの力を信じて、1人で先走った」
「いいえ」
「大丈夫です」
 アイーダ隊の兵士達は、ためらいながらも頷く。
「ウォーレンにも謝らないと。どこにいる?」
 それから、ソニアはハイネに聞いて、ウォーレン部隊の方へ歩いていった。その背をいくばくか見送ってから、ゆっくりとランスロットは嘆息した。その肩をカノープスが叩く。
「……そう目くじらたてるな。あの女は、無理だ。お前みたいに、軍がどうとか、ということよりももっと先に……あれは、自分が思った思いつきを我慢が出来ないんだ。いい意味じゃ、フットワークが軽い。悪い意味じゃ、周囲を振り回す。俺達は、あいつについていく、といった以上、無理矢理あいつに首輪をつけることは出来ないだろ」
「それでも、ちょっと考えればっ」
「あの女は、騎士でも武将でも、ないんだ。わかってるだろう。どれだけお前と違う「モノ」なのか」
「……ううむ」
 くくく、とカノープスは笑った。
「まっ、多分お前だけだぞ。そこまで苦しんでるのは。みんな、もっとあっさりしたもんだ」
 そう言われて周囲をみると、自分の部隊もアイーダの部隊も晴れ晴れとした顔をしている。
 既に彼ら「それにしても凄い」「さすがソニア様だ」と、、単身ポグロムの森に突入して、しかも小一時間で悪霊を追い払った、と帰ってきたソニアに対して尊敬のまなざしをむけていた。
「そういうことじゃあ、ないだろう。人の命を預かるってのは」
「俺もそう思う。でも、ここはゼノビア軍じゃあない。わかってるだろ」
「ソニアにも言われる」
 ランスロットは少し情けない顔をして
「わたしは、堅いのだろうか?」
「……ああ、堅いね。でも、そのままがいいんじゃないか?でなきゃあ、ソニアが暴走しちまう。ストッパーは1人2人必要さ」


「ランスロット」
「ソニア殿」
「まだ怒ってるのか」
「怒ってない」
「そうか」
 カペラを倒すのはソニアとヘンドリクセンの仕事だった。いざ対峙すれば、案外とあっさりと決着はつき、悪霊使いに引導を渡し終わった。その後残作業をウォーレンに任せている間、ゴヤスの砦前でソニアはランスロットの側に寄ってきた。ランスロット隊はみな休憩をもらって一休みしている。残作業が終わり次第本拠地マトグロッソに戻る予定になっており、まだまだ羽を伸ばすことは彼らには出来ない。
 あまり整備されていない砦前の石階段最下段の手すりにもたれていたランスロット。その耳は、ふとソニアの声を捉えた。彼女が来る方に自分から歩いていけば、城壁が崩れ落ちているところで二人は顔を合わせた。
「ランスロットはいつもあたしを怒る」
「……怒らせるようなことをするからだ」
「あたしは、そんなにいけないことをしているのか」
「いけないこと、ではない……のだと思う」
 懸命に背伸びをソニアはしていた。ランスロットと30センチ近くも上背の差がある。ソニアは、本当に小さい。
「何を、している」
「……前に、怒られたときに、人と話すときは同じ目線で、とランスロットは言った」
「……」
 ランスロットはまじまじとソニアを見る。
「ランスロットも、もう少し歩み寄れ!」
 そういってソニアはランスロットの肩にぶらさがるように両手をかけて、ぐい、と膝を折ることを強要した。
「……うーん、そうではなくて、それは……」
「何。もしかして、あたしはまたおかしいことをしているのか?」
 ランスロットはひょい、とソニアの体を抱き上げて、ちょうどランスロットの腰あたりの低い崩れかけた城壁に腰を下ろさせた。
 ソニアは抵抗もしないでただ不思議そうにランスロットを見ている。
「……いや。いい。その……多少おかしくとも、私が言った言葉を覚えていてくれるだけで、嬉しい」
 そういってちょっとだけ照れたように微笑した。
「笑った!」
 ソニアはそのランスロットを見て子供のように言う。
「な、何」
「ランスロットが笑うの、久しぶりに見た。その顔は好きだ。いつも笑っていればいいのに」
「……」
 誰のせいで笑えないと思ってるんだ!と心の中で少し毒づくランスロット。
が、あまり深く考えないで感覚だけで「好き」「嫌い」を口に素直に口に出すソニアの笑顔は眩しい。
 それに、決して軍議のときや戦闘にはいったときに、自分の好き嫌いの感情だけでは彼女が動かないことをランスロットは知っている。
 本当はこうやって簡単に言葉にするということは、ランスロットに対してかなりうちとけている証拠なのだが、当のランスロットはまだそれに気づいていないのだ。
 ソニアはぱたぱたと足をぶらつかせてランスロットを覗き込むように大きな瞳で見ていた。
「ん?」
「……いつも、笑っていたいのだが。誰かのせいでなかなかどうも」
「そうか。あたしのせいだと言いたいのだな。それは可哀相に」
 全然思ってもいないようなことをソニアは言う。人事のようだ、とランスロットが文句を言おうとすれば、ソニアはけろりと言葉を続けた。
「それに困っているなら、簡単だ。諦めるか、誰か新しいリーダーを探せば良い。そっちの方がランスロットの精神衛生上よさそうだな」
「また、そういうことを言う」
 どうしてこのリーダーはすぐにそういう不愉快なことを言うのだろう。
「ランスロット達が欲しいのは、目印になるものだけだろうから」
 そう言うとすとん、とソニアは壁から降りた。
「あたしの側で全然笑えなくなるくらいなら、違う目印を探したほうがいい。そっちの方が楽だろうし、成功しそうだし」
「……それは、私はもう用済みということか」
「違う。用済みなのは私だ。私にはランスロットが必要だけど」
「……私にも、あなたが必要だ」
「本当に?こんなにあたしはランスロットを怒らせているのに?」
 また30センチ近くの身長差になってソニアは下から見上げた。ランスロットは苦笑して
「必要だ。だから、今わたしはここにいるではないか」
 その言葉を聞いてソニアは満足そうに笑った。それから、腰につけていたカラドボルグに触れる。
「これ、ランスロットにあげようと思ってた」
「……何故わたしに」
「あたしがもっているより、ランスロットが持っているほうがよっぽど正しい気がしたから」
 それは理屈なんかじゃない、とソニアはもごもごいいながら腰から剣をはずす。
「もっといい剣が手に入れば、またランスロットにあげる。それよりもっといい剣があったら、そのときはまたランスロットにやろう」
「……どういう風の吹き回しだ」
「ランスロットのこと、好きになったから」
 一体なんの真似だ、といぶかしむランスロットにソニアはまた邪気がない笑顔をみせる。
「嫌いだったんだけど。うるさいから。でも、今日好きになったし、何よりランスロットが持っている方が似合う」
 そう言うとカラドボルクをランスロットの手に押しつけて、ソニアは背を向けて走っていこうとした。
「ソニア殿!」
「なんだ?」
 くる、と振り返ってランスロットを見るソニアはいつものソニアで、まったく変わりがない様だ。
「その……ありがたく頂戴する」
「ああ。うん、やはり似合うぞ」
 そう言って走っていくソニアの背中をみて、ランスロットは僅かに笑みをこぼした。
 好きになったからモノをあげる。まるで子供のような心理だ。
 やれやれ、とつぶやきながらもらった剣を抜いて、神聖な輝きをみつめる。ひとふりで10体の悪霊を消し去ることが出来る力があるというその聖剣は、剣身も非常に美しい作りをしており、ランスロットを唸らせた。
「……いや、もしかして、ソニアの方がずっと似合うかもしれんな……反乱軍リーダーが持つに、相応しい、と」
 そんなことをつぶやいて苦笑をした。
 そうだ、それではソニアの部隊にクレリックを加入することを勧めなければいけない。これから先にスケルトンやらゴーストやらが出てこないとも限らない。アマゾネス達のこれからの転職をどのように配分するのかはランスロットがソニアに頼まれている仕事だった。
「怒ることも必要だが……タイミングも難しいものだな」
 自嘲気味に笑って、カラドボルグを鞘に収めた。


Fin
モクジ

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