城壁

モクジ

2

 案外とソニアが剣士気質だということがわかったのはつい最近だった。
 確かに明け方毎日毎日ソニアは早朝訓練をしているくらいだから剣に対して熱心だとは思っていた。
 けれど、そこまで貪欲に剣を合わせる相手を求めている、ということをランスロットばかりではなくウォーレン知ることはなく、時折何もないときにランスロットに駄々をこねて剣の相手をねだるくらいなのだと思っていた。
 が、実の所それはランスロットばかりではなく、他の人間にも同じらしく、ちょっとでも強くなったメンバーがいるとすぐにソニアはやってきて打ち合いを始める。どうもそれが、反乱軍のため、ではなくてソニア個人の好き嫌いでやっていることだと気付いたのはランスロットが最初だった。
「だからといって……」
 敵将と直接剣を合わせたい、というのはやりすぎだ。
 確かにデボネア将軍といえばすぐれた剣の使い手で、なんでもソニックブレイドという技を修得しているという噂だ。
ふう、とランスロットはため息をついた。眉間に最近皺を寄せる癖がついたことを自分でも気付いている。
「いかんな、これでは」
 もともと自分は愛想がいいほうではない。
 朴念仁といわれたり堅物といわれることの方がなれているけれど、かといって必要以上に難しい顔をすることはない。
 ばさ、とカノープスの羽音が頭上からした。
 ランスロットは見上げて目を細めると、ソニアを左腕で軽く抱きかかえているカノープスが見えた。
 彼ら有翼人種は翼を動かすために背中にも優れた筋肉がついているけれど、腕や足も強靭に出来ている。
 カノープス達は一気に3,4人の人間の重さであれば運べるほどの強い翼をもっているから、ソニア一人くらいでは首根っこを摘むだけだって運べるに違いない。あまりにもソニアが小さく見えたので、ランスロットは笑いをこらえた。ここで笑っていてはいけない、と気を引き締める。
「待たせたな。リーダーの癇癪もおさまったぜ」
「そうか。」
「癇癪って言うな!」
 ソニアはカノープスに噛み付きそうな勢いで叫ぶ。
「おらよ」
 乱暴にソニアを下におろすカノープス。
 ソニアはばつが悪そうに、いつもの彼女にしてはおどおどした態度でランスロットをみた。
 どれだけ頭が冷えたのやら、と思ってランスロットは黙ってソニアが口を開くまで待つことにした。
「……すまない、さっきのはあたしが一方的に悪かった。許してもらえるだろうか」
「……わかったのならばよい。反省して、次に同じ馬鹿なことを言わないと約束してくれるか」
「……言わない、とは約束出来ないけれど……努力はする」
「十分だ。……スチーブに頼んで陽動部隊をミュルニークから出してもらう手はずは整えた。グリフォンをメインに編成してくるからきっとそうほどなくここまでつくことだろう」
「そうか。ありがとう」
 とりあえず簡単に仲直りはしたな、とカノープスは二人の様子を見てから
「またゼノビア方向から部隊が出て来たぜ。今度はこっちにむかっている。二つだ。」
「何?」
 ソニアはランスロットをみて
「ここで二部隊を潰して、それから出発しよう。日が暮れてからだと地理に弱い方が圧倒的に不利になる。見えないのはお互い様だからな。特に飛行部隊同士だと厳しいからな……」
「確かに。それでは、準備をするよう皆を呼んでこよう」
 そういうとランスロットは他のメンバーが水を飲みにいった方向へ歩き出した。
 その背中をみながらカノープスはにやにや
「やけにあっさりと仲直りしたじぇねえか」
「……ランスロットは、あたしがあんまり色んな事をすぐに出来ないと知っているから」
「ふーん。仲良しだな」
「誰が?」
「お前とランスロット」
「……あたしはカノープスの方があたしと仲良しだと思っていたけれど。違うのか」
「……お前、恥かしいこというなあ。子供だな」
 そういわれてソニアはちょっと傷ついた顔をした。
「子供かもしれない。……でも、それは駄目なんだ。きっと」
「おい、あんまり深い意味はねーんだぞ」
「わかってる。わかってるけど……きっと、カノープスがいうことは正しいんだ」
 そういうとソニアは髪の毛を結わえていた紐をほどいた。先ほど木の上にいたせいで、あちこちの枝が突き刺さって髪の毛の束をひっかかっていた。綺麗に縛ってあった束が、あちこち小分けになってぴょんぴょんと毛先が飛び出ている。
 その紐は以前ランスロットが剣を腰に結わえるために使っていたもののうちの一本だ。
 もともとは剣飾りとして装飾具用に結われていたものだから、案外と綺麗な紐だ。
 それをもらうまでは薄汚い、どこで手に入れたのかも覚えていないような紐を使っていて、そして気がついたらほどけてしまってなくなってしまった。
「これは、ほどけないようにしないとな。人からもらったものなんだから」
 独り言のようにつぶやいて、ソニアは器用な手付きで髪を縛るのだった。


 ギルバルドがグリフォンを率いてやってきてくれた頃、ソニアの部隊はビーストテイマーとワイアームで編成された部隊と戦っていた。
 一足先にやってきていたホークマンの部隊をランスロットが潰している間に、まだ距離がある、と見えていたその部隊がソニアを襲った。
 ワイアームの移動力は侮れない。
 人々があまり恐れないように、とソニアは既に都市を出て、近くの草原での遭遇をあえて選んだ。
 草原とはいえ、もともとはそこも町が続いていたところらしく、ちらほらと人が生活していた残骸のようなものがそこここにある。
もしかしたら、ここで生活している人間もまだいるのかもしれないな、とソニアは辺りを見回して舌打ちした。誰もいないことを祈るばかりだ。
「オーロラ、ビクターに!」
「はいっ!」
 前衛を守っているビクターが、前衛でも後衛でも威力が衰えないビーストテイマーとワイアームの猛攻にあっていた。
 前衛にはカノープスとソニアもいるのだが、あえてビクターを集中攻撃をしようとしているのだろう。
 クレリックであるオーロラのヒーリングをうけても、猛攻にビクターが耐えられるとは思えない。ソニアは剣を翻して、前衛のビーストテイマーの前に躍り出た。
「それ以上やらせるか!」
「お、おい。無茶するな!」
「黙ってろ!」
 ソニアはヘンドリクセンが魔法の唱和をしていることを視界で確認して、ビーストテイマーに切り付けた。今必要なことは、敵全員を消耗させることではなく、ビクターの負担を軽くするために一人でも確実に戦闘不能にさせることだ。
「ヘンドリクセン、こいつだ!」
 叫んでビーストテイマーの鞭をよけざまに脇腹を切り付けるソニア。
 相手だって素人ではないから、致命傷を与えることがうまく出来ない。それでもソニアの腕だからこそ、深く切りつけることが出来たのだろう。
 ヘンドリクセンの詠唱が終わって、今ソニアが切り付けたビーストテイマーにファイアーボールが直撃した。
 通常は後衛を狙うことに重きをおくウィザードだが、ソニアと一緒にいつもいればそれくらいの判断は各人で出来る。
 しかも、ビーストテイマー相手にきちんと耐性が弱い魔法属性を選んでいるあたりが、信用がおける。
「一旦下がるぞ!」
 前衛のビーストテイマーが炎に焼かれて倒れるさまをみて、後衛のリーダー格のビーストテイマーの命令と共にワイアームは残り二人のビーストテイマーを乗せて高く飛びあがった。
「ふうー。ちょっとだけビクターの回復をするのに町に戻ろう」
 ソニアはけろっとしてそう言った。
「お前ね、ランスロットがいたら、怒られるよ」
「何が?」
「前に出過ぎだ。あんなビーストテイマーに接近して……後衛からの打撃範囲に完全に入っちまってたぞ」
 カノープスは怒るでもなく苦笑いをして言った。
「申し訳ございません、私が……」
「いや、ビクターは悪くないよ。……どっちにしても、前衛にいる以上は敵の後衛からの攻撃はいつだってうける覚悟なわけで。それに、鞭使いだったら懐に入った方がいいはずだ」
 ソニアは悪びれないで言った。やれやれ、という表情を一旦カノープスは見せたがちょっと声を潜めて意地悪く言った。
「やめとこう。また泣かれると困るしな」
「カノープス相手に泣くものか」
「じゃあ、なんでランスロット相手だと泣くんだよ」
「……さあ……?」
ソニアは首をひねった。それをみてカノープスは肩をすくめ、さっさと行こうぜ、と声をかけて早々に仲間をみな抱きかかえるのだった。


 ギルバルドの陽動にかなりの数の部隊がひっかかってくれた。
 うまくミュルニーク方向へ陽動された部隊は、レイモンドとウォーレンの部隊が潰してくれるだろう。
 ランスロットの部隊は、ソニアの部隊に先行してゼノビアの砦に攻撃を仕掛けた。
 案の定陸上部隊がやはり用意されていたらしく、ホークマンのスチーブの働きのおかげで空から砦に侵入してデボネア将軍と対峙することが思いのほか容易に出来た。
 デボネアは既に戦闘準備をして、比較的砦の入り口近くにいた。その様子、たたずまいから、彼が今までの帝国軍リーダーとは比べ物がならないほど格上の人間だということがわかる。くすんだ長い金髪が精悍な顔立ちによく似合う。不敵な表情は、今までの戦で正しく前線で戦っていた自信なのだということはランスロットには感じ取ることが出来る。
「貴公がデボネア将軍か」
「よくここまで来たな。その勇気を褒めてやろう。」
 明らかに今までの敵とは違うオーラを感じて、ランスロットの面が引き締まる。もちろん、兜で表情は見えないが、その空気はランスロットの部隊全員は何も言わずともわかっていた。
「では、かかってこい!」
 大きな生物の影。
 それは、前衛を陣取っているレッドドラゴンだ。デボネア将軍は後衛から指示を出す。
(まずいな。やはりソニア殿と話していたとおりだ)
 ドラゴン達は固い。
 ランスロットとホークマンのスチーブ、それからナイトのトトに加えて、後衛からヴァルキリーのテスのライトニングが攻撃源だ。
 それの全てを注ぎ込んでやっとドラゴン一匹がどうにかなるか、というぐらいではないかとランスロットは想像する。
 どちらにしても、一気に片をつけることは無理そうだ。
(悔しいが、結局ソニア殿のやりたいようになってしまうようだな)
 一回撤退すれば、ドラゴンを倒しても次には補充されているに決まっている。
 それならば、あと一発でドラゴンを倒せる、という状態にして、それ以上の攻撃は加えないで撤退して、すぐに後続のソニアに譲るのがよいように思える。ランスロットは指示を出した。
「こちら側のドラゴンを集中攻撃をする!殺すなよ!テスはデボネア将軍にライトニングをうって、魔法耐性の様子を見るんだ!ヘンドリクセンに伝えられることもあろう!」
「了解しました!」
「はい!」


「うざったい!」
 ソニアは叫んでバルタンが率いる部隊の相手をしていた。
 カノープスと同じ人種相手はいささか気がひけるけれど、当のカノープスが自分から同じ種族をぶっ叩いているからありだな、とソニアは最後の一撃をホークマンに食らわせた。
「ちょっと時間を食ったけれど、どうだろう?ランスロットは……」
「やってるやってる。すぐ入れ替われるように速攻で近くによるぞ」
 カノープスの迅速な行動で、そう時間差もなくランスロット隊の戦闘に近づけた。今の状態で近寄ると、混戦で何が起こるかわからない。慎重にソニア達は様子を伺う。
「あれが、デボネア将軍……」
 ソニアはデボネアをみている。ランスロット達はソニアの思惑通りレッドドラゴンを中心に倒そうとしてくれている。が、そろそろ撤退したほうが良さそうな消耗具合だということは遠目でもわかった。
 と、そのときデボネア将軍が不思議な剣の構えをとる。ソニアはびくりと反応をして、叫んだ。
「ランス、来るぞ!?」
 突然のことだったので、普段呼び慣れない名で叫んでしまった。
「うおっ!?」
 次の瞬間、レッドドラゴンとレッドドラゴンの間を擦り抜けて、デボネア将軍の剣先から地面を光りが走ってランスロットめがけて飛んで来た!
「うわっ!」
 正面からそれはランスロットを直撃したように見えた。
「ランスロット殿!」
 慌ててクレリックのハイネがヒーリングの詠唱を始める。
「大丈夫、だ!」
 ランスロットは自分の体の前で腕を組んだような状態で後ろに吹っ飛んだ。
「な、なんだ、あれ!」
 カノープスはその様子を見て目を丸くした。ランスロットが組んだ腕は、甲冑に守られていたけれども明らかに剣で切りつけられたようなまっすぐな傷がついていた。
「ランス、下がれ!もうあたし達が行ける!」
そんな驚いた様子はまったく関係なしでソニアは叫んだ。その声にデボネアも反応する。
「貴公が反乱軍のリーダーか!」
「そうだ!覚えておけ!」
 ランスロットが合図をすると、速やかにランスロット隊は後退した。既にスチーブもトトもレッドドラゴンの攻撃をもろに正面からくらってしまっていて、テスとハイネに手伝ってもらいながらの撤退になっている。リーダーであるランスロットが最後に仲間を守りながら下がっていく。
 逆にソニアは先頭きって飛び込みざまにランスロットにキュアポーションを投げて叫んだ。
「ランスロット!あたしがデボネアを倒せなかったときは、スチーブ達にこれを使え!」
「感謝する!」
 ビクターが先制をとって、ランスロット達が集中攻撃をしていたレッドドラゴンに剣を振り下ろした。
「いいぞ!シナリオどおりだ!」
「お前のな」
 この期に及んでカノープスは呆れたような声でソニアにツッコミをいれた。
 結局ランスロットと言い争ったものの、ソニアの思うつぼになりそうになってきた。
 ヘンドリクセンはナイトメアの魔法詠唱にはいる。もちろん標的はデボネアだ。
 ランスロット隊のテスから、ライトニングは普通に効くけれど、多分ファイアーボールが有効だと思われる、ということを聞いた。けれど、ここでこうやっていざデボネアを前にすると、敵にあまりしたくないアライメントの高さを感じる。テスの言葉は間違っていないだろうが、ヘンドリクセンはあえてナイトメアを選択した。
 カノープスはソニアがうずうず様子を見ているのでしかたない、とばかりにレッドドラゴンにとどめをさした。その瞬間にソニアは飛び出した。
「ヘンドリクセン!詠唱前に、打ち合わせろ!」
「来るか、女!」
 デボネアは剣を握り返す。
 ソニアはもう一体のドラゴンなぞ目にもくれずにデボネアの前に飛び出した!


「ああっ、ランスロット様、ソニア様がっ!」
 ヴァルキリーのテスが叫ぶ。
 スチーブとトトの傷の様子をハイネと共に見ていたランスロットは顔を上げた。
「……無理だけはやめてくれ、ソニア……」
 ぼそっと誰にともなく、いや、ソニアに向けてなのだが……ランスロットは声に出してそういった。
が、しばらくその様子をみてから、目を細めて続ける。
「……素晴らしい剣だな……」
「デボネア将軍ですか?」
「それもそうだが……われらのリーダーも、だ。なんという剣を振るうのだろう。これまでの戦いで見たことがない剣だ。……あれは……戦人の剣ではなくて、一流の剣士の剣だ……」
「いくさびとではなくて?」
「……殺すことだけを目的にしているわけではないのだ。今の彼女は。……私が、怒っているのは、剣を合わせることではないのだぞ、ソニア」
 ランスロットの最後の言葉は、もうソニアのみに向けられている言葉だ。
「剣士として剣を振るっているような、そんな暇は我々には本当はないのだ。」
 けれど。
 それでも自分の目が、ソニアの剣に引き付けられることにランスロットは気付いていた。
 見たことがない。
 あんな小さな少女が、あんな大きい剣を振るって。
「デボネア将軍も、酔狂な。」
 ランスロットの目は、節穴ではない。


「やるな、女」
 ソニアの剣を剣でうけて弾き返してデボネアは言った。ソニアはその反動を受け身でうけて、体のバランスを崩さないで後ろにうまく体重を移行してデボネアから離れた。
「お前もな、デボネア……でも、遊びはここまでだ」
「そのようだ。……こちらも遊びは終わりにしよう!」
 デボネアはそう言って先ほどランスロットにむかって技を放ったときの構えになった。ソニアははっとなって叫びながらまた前に踏み出した。
「ヘンドリクセン!気をつけろ!」
「はっ?」
 突然名前を呼ばれてウィザードは妙な声をあげてびっくりした。そのソニアの声がどういう意味なのかはカノープスだけが正確に察知した。次の瞬間ソニアはデボネアが技を放つその軌道に飛び出そうとした。
「遅い!」
「ちいっ!」
 カノープスもまた、ヘンドリクセンを庇うように彼の前に飛び込んだ。
 ソニックブレイドと呼ばれるその技は、後衛にいた体力が少ないウィザード目掛けて発動された!
 そのモーションが終わるか終わらないかのうちに、飛び込んで来たソニアがデボネアの剣をめがけて自分の剣の柄をうちつける。
ガツっという柄が当たった音と共に中途半端なソニックブレイドが発動され、ソニアの剣とデボネアの剣が同時に手から離れて飛んだ。
 カノープスはヘンドリクセンの前で、ソニックブレイドをくらって横にふっ飛んだ。
「ナイトメア!」
 その瞬間を逃さないでカノープスに庇ってもらったヘンドリクセンが魔法を詠唱した!
「やったか!?」
 ソニアが後ろに飛び退った瞬間、デボネアはナイトメアのダメージを直にうけた。ヘンドリクセンの読みどおり、どうやら思いのほかナイトメアはデボネアにダメージを与えられたようだ。
「くっ!」
 自分の剣をなんとか拾ってデボネアは膝をついた。
 そこへソニアが近づこうとするのを手でデボネアは制する。
「この私が負けるとは……最近、エンドラ陛下はお人が変わられたようだ。確かに以前とは違う……私はエンドラ陛下のためならばこの命をいつ捨ててもかまわないと思っているが……エンドラ陛下ではない者のために死ぬのはごめんだ。どうやら反乱軍と戦う前にやらねばならぬことができたようだな……ひとまず、ここはいさぎよく負けを認め退却するとしよう。また会おう、諸君」
 デボネアの後ろからコカトリスが3体ほどやってきた。それらには何人か兵士が乗っている。
 ソニアがそれに気付いて近づこうとした途端、コカトリスの羽ばたきで巻き起こった風圧で反応が遅れた。デボネアはかなりのダメージをうけて倒れてもおかしくないはずなのに、強靭な体でコカトリスにのって叫んだ。
「女!名を聞いておこう!」
「ソニアだ!」
「久しぶりに楽しい時間だった。礼をいうぞ!」
「ソニア、追うのか?」
 カノープスが叫ぶ。
「追う必要はない!あたしたちが必要なのは、帝国を全滅させることではない!」


 ぱし。
 軽くランスロットがソニアの頬をうった。
「何故わたしが怒っているかわかるか」
「デボネアと戦ったから……」
「それはいい。必要だったのだから、そんなことは構わない」
「……遊びすぎた。遊び過ぎて、ヘンドリクセンを危険な目に合わせて、カノープスにまで迷惑をかけた」
「そうだ。それはそなたの傲慢だ」
「……ああ。やってしまった」
 ソニアは神妙な顔でうなだれた。ランスロットの部隊はランスロットに言われて砦の外でのろしをあげ、また、敗残兵の処理をするためにギルバルドと合流をする手はずをとりに行った。残っているのはソニアの部隊とランスロットだけだ。
 ヘンドリクセンがランスロットに言う。
「で、でも、実際わたしは大丈夫でしたし、カノープスさんだって衝撃をうけただけでケガひとつありませんでした。それは、ソニア殿がデボネア将軍の剣をふっとばしてくれたからで……」
「違う」
 そう言ったのはソニア本人だ。
「ヘンドリクセン。これは、あたしが悪いんだ。ランスロットが言う通りだ」
「ですが……」
「もっと早く、ヘンドリクセンに詠唱してもらえば、決着は早かったんだ。あれはヘンドリクセンだったからよかったけれど、多分、オーロラを狙われていたらオーロラはもう死んでいる」
 あっ、とヘンドリクセンとビクターは声をあげ、オーロラは息を呑んだ。
 たまたまヘンドリクセンにもっとも近い前衛がカノープスだった、というだけで間に合ったのだ。
 そして、デボネアからすればヘンドリクセンは対角線上でもっとも遠い配置だった。
 オーロラを標的にすれば、もっと近くで、もっと威力が高いソニックブレイドを発動できたかもしれないし、少なくともビクターが反応できなかったらカノープスでも庇えない位置にいた。しかも、オーロラの方がヘンドリクセンよりも耐久力も元々の生命力だって女性なのだから少ないのだ。
「ランスロットがくらったときは、あたしが叫んだのに反応して自分から衝撃を弱めるためにバックして、更に心臓と利き腕を守るために左腕を前にしてたんだろう。それは、ランスロットだから出来たことだし、それをしてまでもあれだけ吹っ飛んで鎧に深い傷までついている。……オーロラだったら、直撃じゃなくたってそもそも危ない。」
 と、ソニアは淡々と言った。ランスロットはふう、と息をつく。その様子を見てカノープスは仲間に言った。
「おい、リーダーはランスロットにこってりしぼられるようだから、俺達は外の様子を見て手伝おうぜ。それでいいだろ、ソニア」
「ああ。絞られたら、行くよ」
 心配そうにそれを見るオーロラの肩をぽんぽんと叩いてカノープスは3人を連れて出ていった。
 残されたランスロットはソニアをじっと見ている。ソニアもふう、と息をつく。
「ごめん。本当に悪かった。……でも……今までで、一番楽しかったんだ」
「何が」
「デボネアと打ち合っていたとき。……ランスロットが怒っているのは、多分、それなんだろう。あたしが、反乱軍のリーダーであって、反乱軍のリーダーでなくなってしまう瞬間が時折あるのが、ランスロットは許せないんだろう」
「……今日のそなたは聡いな。なのに、何故」
「止められなかった。自分で……楽しくてたまらなかった」
 そう言ったソニアは唇を噛み締めて、どうやら涙をこらえているようだった。はっとなってランスロットはソニアを覗き込む。
「見るな!」
「ソニア殿」
「……あんまり、いっぱい……こうでなければ、ああでなければ、ということが多すぎて、たまに混乱する。優先順位がおかしくなってしまう。あたしはあまり器用ではないから、いつでもそうでいろといわれるのは難しい。……ヘンドリクセン達はあたしのそういうところをちょっとわかってくれるように最近なったから、それで甘えが出てしまったんだ。あたしが、悪い。……あたしは、ヘタクソなんだ。いろいろなことが」
「……しかたない。確かにそなたが抱えている重圧は並大抵なものではない。」
 ウォーレンの占いでは、完全なリーダーとしての素質を備えている、という話だったのに。
 ランスロットは最近それが実はあまりアテにならないのではないかと思うことが多々ある。
「もう二度とあんなことはしない。誓う。」
「誓えるのか」
「誓う」
そういうとソニアはランスロットを見上げた。今にもなきそうな瞳だったけれど、それは本当に真剣だ。
「ならば、信じよう。信じさせてくれ」
 本当は、それは意味がないことだ。
 自分はとても酷なことをしていることをランスロットは知っている。ソニアが自分を捨てて、他のリーダーを立てれば良い、といえば怒り、リーダーらしからぬことをすれば、二度としないと誓えと言い。ソニアの選択権は何もなく、彼らが求めるようなリーダーでいること。ただそれだけなのだ。
 ソニアはもちろんそれを知っている。知っていて尚、ランスロットの無理な難題にこたえようとしているのだ。
 それはどうしてなのか。
 答えはとても簡単で。人々の命や志を預かってしまったからだ。
 そして、そもそもその考え方自体はソニアの剣士気質があるからこそ誠実に履行されるわけで、そのことだってランスロットは知らないわけではない。
「ランスロット」
「ん?」
「……あたしの部隊にはいって、あたしの手綱をひいてくれ」
 ソニアはちょっとしょんぼりして言った。
「それが一番いいように思える。」
「……駄目だ。それは。……そなたが、そなたの意志でやることに意味があるのだ。……責任逃れのように聞こえるかもしれないが。」
「いいや、わかっている。……わかっているよ、ランスロット」
「そなたがリーダーとしての役割をになうためなら、いくらでも私は憎まれ役になっても構わない。そなたに嫌われることで、我々の軍がうまく機能するならばそれで構わないと思っている。けれど、私がそなたを操縦するようなことをしては、それはいけないんだ」
「……別に、憎まない。憎まないよ。……だから、ランスロットも言うな」
「何を」
「……あたしに、嫌われてもいい、なんてことを言うな。それは、とても不快だ」
 びっくりした表情でランスロットはソニアを見る。ソニアは取りたてて大きいことをいったわけでもない様子で、ふう、と小さくまた息をつく。
「……わかった。」
「わかったならいい。とても、それは……その……なんだろう?……悲しい、のかな」
 ソニアにしては歯切れの悪い物言いで、ランスロットはなんだかもう一声何かをかけたい衝動にかられた。
が、実際には何も言うことはなく、ソニアの顔をみつめるだけだ。
「……あ、ソニア殿。顔に返り血がついている。」
「ん?ああ、ホークマンのかな、ここに来る前に切った……どこだ?ここらか?」
「いや、その逆。そう、そのあたり……ああ、違う違う。」
「いいよ、そんなののひとつやふたつ。どうせこびりついているだろうし。あとで水浴びでもすればいい」
 ごしごし、とソニアは無造作に顔をこすった。
女の子が、返り血のひとつやふたつ、といっている様はランスロットにまた哀れみの気持ちを起こさせた。
「……ここについている」
 そっとランスロットはソニアの頬にふれた。ソニアがいうとおり、返り血は既に固まっていて、少しこすっただけでは色が残ってしまう様子だ。
「後できちんととるがいい」
「うん。ありがとう」
そっと触れた指を、ランスロットはゆっくり離した。
その時、カノープスの声が聞こえる。
「おい!ゼノビア城から逃げ延びた皇子の乳母を発見したってよ!ウォーレンのじいさんが、お前らを呼んでるぜ!」


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