White Traces -1-


2020/12/31までの期間限定公開◆
2015年のオウガバトルサーガオンリーイベントで発行したフォーゲル×女オピ(魔法系)の話。
ハングドマンEDからの捏造。二人はまだくっついていません。心が広い人向け。

モドル
 最近の反乱軍は、弱い者をねじ伏せるような戦をする。
 気がつけば、そのような噂と共に民から畏怖の目で見られていた。やはりそうなってしまったかと嘆いたところで、その噂を消すつもりなど、反乱軍リーダーであるエルシリアにはない。いや、消せるなら消したい。けれど、いくら消したところでそれは再び湧いてくる、事実に基づいた噂なのだから抗っても無理な話。
 ハイランド領土に入ってからは軍の増員も難しく、慣れぬ寒冷地での進軍に人々は相当疲労も積り、精彩を欠きだした。それを打破するため、リーダーである彼女は先陣を切って戦い続けた。士気を高めることは他に難しかったし、彼女が案外寒さに強かったからだ。
 そもそもハイランド領に入れば、反乱軍に好意的ではない人々が増えることはわかっていた。だからこそ、行いには注意をしなければいけないとも。口で言うのは簡単だ。言うだけでどうにかなるならいくらでも言う。元来面倒くさがりなエルシリアだって言う。どうにかなるなら。
 だが、事態はそれではどうにもならない。だから、彼女は口をつぐんだ。言ってもどうにもならないなら、黙る。反乱軍の面々にどんなに心情を吐露したところで、それは民衆の評価には繋がらないのだから。
 結果、よくないことと思いつつも、いつの間にかエルシリアの部隊の強さは頭ひとつふたつ飛びぬけ、帝国軍からも一部の民衆からも「暗黒魔法を使う魔女」「ハイランドもゼテギネア大陸全土をも屠ることが出来る魔女」などと恐れられるようになった。
 彼女は一般的に「魔女」と呼ばれる者が使う魔法は使えなかったが、残念なことに神聖魔法や自然に属した魔法も使えない。彼女が使う魔法が禍々しい悪霊を呼び出すものであることと、人並みより少し整った造作のせいで――人は不思議なことに、魔女という言葉からは年老いた魔女か若くて美しい魔女を連想するものだ――そう呼ばれるようになったのは歓迎出来かねるが頷ける。

 勿論、民衆からの評価を気にしてそれを大層嘆く者が反乱軍の中でも現れたが、だからといって一度たりとエルシリアは後悔の言葉を口にはしなかった。
 仕方がないではないか。もう戻れない場所まで来てしまって、そして、彼女は多くの犠牲は望まなかったのだから。力があるものがねじ伏せる。それは、過去に帝国軍がやってきたことだ。帝国軍はその言葉通り「ねじ伏せる」ためにそれを行ってきたが、反乱軍はそうではない。そうでもしなければ、もともと数が少ない反乱軍は不利になり、地の利すらない自分達が敵国中枢まで来て立ち往生しかねなかったからだ。被害を最小限に、迅速に事を済ませるためには、他に手段がなかった。勿論、帝国軍側に、彼女の思う「反乱軍の本意はそうではない」という言い訳が通じないことも、彼女は十分わかっていた。
 天空の三騎士は言わずともすべてをよく理解をしており、時に先頭に立って戦った。彼らが姿を現すことで反乱軍の「正しさ」は証明され、僅かでも一時的であっても民衆の気持ちは傾く。彼らは決して必要以上の殺戮はしなかったし、それらの配慮でエルシリアは相当救われた。
 クリューヌ神殿でルバロン将軍と戦い、ゼノビアの騎士の亡霊と出会って聖杯を受け取った後、エルシリアはゼノビアのトリスタン皇子を反乱軍から離脱させた。
 その頃には魔術師ラシュディが邪神を蘇らせようとしているという話は信憑性を増していたし、そのこと自体にゼノビアは関係がないと言えば関係ない。乗りかかった船ということでエルシリア達はそれを防ぎに行くことになったが、トリスタンを巻き込むのは危険だと判断をした。
 トリスタンを軍から遠ざけたのは、勿論彼の身の安全を優先してのことと、それが確保出来る環境がゼノビアに整ったから……というのは建前だ。物事はそんなに安直に出来てはいない。
 今後のゼノビア復興を考えれば、力でねじ伏せるやり方をする反乱軍にこれ以上彼がいない方が良い。火の粉がかからぬところへ隔離するのが彼のため、未来のゼノビアの民のため。ルバロンが倒されて更に混乱に陥る帝国領の民衆が反乱軍をどう見るだろうかと考えれば、もっと早くてもよかったのだ、とウォーレンは深い溜息をついた。そして、少なくとも  エルシリアはその考えに賛同をした。
 それらはすべて、ゼノビアの未来を鑑みてのことだったし、受け入れたトリスタンも、提案したウォーレンもランスロットも、彼女が十分にそれを理解していたとわかっているはずだった。
 それでも、すべてが終わって反乱軍の面々がゼノビアに戻った後。彼らが刃をエルシリアに向けざるを得なかったのは。
 一部の民衆からはエルシリアは畏怖を抱かれ支持されぬものの、一部の民衆からは妄信的に支持されていたからだ。



 ゼノビアでは祝いの宴が開かれていた。ゼノビア宮で一番広い広間と二番目に広い広間、城の庭園を見渡せる野外の広場の両方――反乱軍の中には城内に入れない魔獣もいるからだ――の三箇所に分かれて、夕方から真夜中までそれは続けられる。
 といっても、トリスタンは金を湯水のように使う人物ではなかったし、そもそもの国庫が十分にあるわけではない。国をあげての宴といっても振る舞われた食事は相当庶民的なもので、質より量、質が欲しいと望む者は自分達で提供するがいいという方針だ。
 そこで、二十五年前なんとか帝国の手を免れた辺境の貴族や、自分だけはと保身を図ってゼノビア宮近辺から逃げ出した貴族、運良く他国への視察に行って難を逃れ、今回ようやく国に戻ってきた貴族等は、我先にとゼノビア宮に豪華な食材を提供した。
 彼らとて財産をそう多く持っていたわけではないが、今多少無理をしてでも、新生ゼノビアでの己の地位を少しでもあげようという魂胆がある。とっくに有能だと思われる臣下はウォーレンから声をかけられていたため、実のところそれは無駄骨なのだが、それが「彼ら」に判明するまではまだ時間があった。一夜限りの贅沢、とばかりに、ゼノビア近辺の集落もあちこちで祭りが行われていた。エルシリアがトロイの木馬で壁を壊さずにいたため、ゼノビア宮をぐるりと囲む外壁は健在だったが、その外でスラムと化していた地域は大分衛生的になり、人々は若干の日銭を稼げるようにと変化をしていた。
 それらのほとんどは、ゼノビア宮の復興手伝いの日雇いや月雇いではあったし、住む場所が未だに野営のものも多かったけれど、それでも生活水準が上がったことに間違いがない。デボネアが派違されていた時期、それなりにゼノビア宮は人が暮らすには困らない状況だったが、国の中央として政治を行うには更に環境整備が必要だ。そこに雇用が発生するのは当然のこと。
 ほとんどの手はずはウォーレンが整えていたのだが、誰もがそれらを「トリスタン皇子のおかげ」と思っていたし、少しばかり利口な者は「反乱軍が皇子を早くゼノビアに戻してくれたおかげだ」と理解していた。が、たとえそれを人々に言った所で、とりたててそれは実感が伴わないため、共感されることは決してなかったのだが。
 そんなこんなで、ゼノビアは宴らしい宴を開くことが出来た。それは、トリスタンにとっては大事なことだ。いや、宴そのものの成功や評価、人々へのねぎらいについては二の次で。
 いくつかの場所に分けて行うほどの規模の宴にしなければ、エルシリアを暗殺出来ないだろうと考えていたからだ。
 エルシリアは全てにおいて疑り深く、個室で眠りに着くときも罠を張る。その辺は魔導を嗜むものとして何かしら陣でも描くのかと思ったら、普通に物理的な罠で、一体どこでそれを覚えてきたのかとみなが驚くしろものだ。そのせいで、寝ている彼女を慌てて起こそうとしたランスロットは過去に二度ほど死に損ねたほど。ゼノビア宮の個室を案内しても、きっと同じことになるだろう。だから、彼女の部屋に忍び込んで悪さをすることは難しいと思えた。
 毒殺という手も考えられた。が、それはウォーレンが即座に反対をした。毒というものは、医者の次に魔女等が得意とするものだ。エルシリアは暗黒魔法の使い手であって決して魔女ではなかったが、魔女デネブと仲が良かったし、以前「毒には強い」と彼女が一度だけ言葉にしたことをウォーレンは覚えていたからだ。
 遠くからの投擲ではどうかとも考えた。反乱軍で最も弓矢に長けていたアマゾネスは完全に彼女の崇拝者だったし、そもそもゼノビア宮で外から弓で狙える場所があるならば、もともと王が住む場所としては候補にあがるはずもない。万が一狙われる場所があるとしたら、それは、犯人が捕まるのも早そうな場所しか思いつかない。だから、宴の途中で。
 彼女の姿がなくても「外の広場に行ってるのでは」「もうひとつの広間にいるのでは」「部屋に戻ったのだろうか」と、所在をひとところに絞らせないような形で開かれた宴。その恩恵を受けるのは、彼女の命を奪おうとする者達だった。



「髪、あそこの生花とか飾れないかしら? きらきらしたものより、花の方が好きなの」
 その日、宴用のドレスに身を包んだエルシリアが女中に唯一物言いを出したのが、髪型のことだ。
「では、ヘッドドレスの両脇に花を添えましょう」
「大きくない小さい花がいいの。大輪一本二本より、小さなものが。その白い花なんか素敵じゃない?」
 そう言ってエルシリアは、ドレッサーの横に置かれた花瓶を指さす。かすみ草に似た白と薄いピンクの花が、大きな百合に添えられている。
「勇者様も女性なのですねぇ」と女中達は笑い合って、エルシリアの頼みを受け入れた。宴にはほとんどの者が「いつも通り」の衣服で参加をするはずだったのだが、トリスタンはエルシリアやラウニィー、ノルン、といった反乱軍の女性で「それなりの地位」にいたであろう人物に、豪奢ではないが簡素すぎない程度のドレスを用意した。
 それも、彼らのエルシリア暗殺を少しでもスムーズにするための準備の一つだ。
 エルシリアが「いつもの格好」でいると、目で追わなくとも皆彼女を視界の端ですら認識してしまう。だから、普段と違う服装で。そして、普段と違う服装の女性兵が何人もいる状況ならば、彼女が悪目立ちをすることもないだろうと考えたのだ。
 彼女の髪は光の加減では桃色寄りに見える不思議な赤毛で、暗い色の服を着ると広間の照明ではやたらと目立つ。だから、あえて彼女には明るい桜色のドレスを選び、頭にはヘッドドレスをつけて、髪色の露出を抑えて目立ち過ぎないように。
 一方、勘が鋭いラウニィーはその金髪が引き立つような色のドレスを与え、エルシリア暗殺を気取られないように、彼女の動きがよく見えるようにと、そんなことにまで気を回した。
 トリスタンが呆れてウォーレンに「そんなことまで考えるものなのかい」と聞けば「そんなことまで考えるものなのです」とそのままの言葉を、くそ真面目な顔で返されたのだが、正直ランスロットも「はあ、そういうものですかね……」と彼らしくもない口調で呟かざるを得なかった。
 だが、兎にも角にもエルシリアは与えられたドレスを素直に着て――本当は「やあだ、面倒くさい」と駄々をこねられると思っていたのだが――与えられたヘッドドレスを頭につけ、カツカツと音は鳴らないけれど走りにくそうな靴に足を素直に入れて宴に望んだ。
 そして、宴もたけなわという頃、人々が「あれ? エルシリアは?」と、彼女が案外と近くにいるのに彼女を探せない様子を見て、トリスタンとランスロットは軽く目配せをしたのだった。
 すべてが終わったらウォーレンに「ああいうのも大切なんだな」と告げて、彼の労力を認めようと二人は思ったに違いない。



 さて、そんな彼らの思惑が詰まったドレスを身につけたエルシリアは、宴が始まってからひっきりなしにそこら中の人間に挨拶をされて、一刻半ほどは飲み物以外ほとんど口に出来ていなかった。
「食べていないだろう」
 彼女にそう声をかけたのは、天空の三騎士の一人、竜牙のフォーゲルだ。
「あら、心配してくださったんですか?」
「フェンリルとスルストに言われてな」「なんだ。フォーゲル様が気付いてくださったんじゃないんですか」
 小さい方の広間で、フォーゲルは近くの椅子を引いた。参加人数が多いため基本は立食形式だが、椅子がないわけではない。フォーゲルは無言でとんとんと椅子の背を叩く。
 感情が伝わりにくい竜頭でそれをやられれば、苛立たせたのだと恐れる者もいるかもしれないが、エルシリアはどこ吹く風で「ありがとうございます」と微笑みながらその椅子に座った。
「少しは食べると良い」
「でも、すぐにまた誰かがわたしにおべっか使いにやって来ちゃうので」
 くすくす、とエルシリアが笑って見上げると、横に立っているフォーゲルはぶっきらぼうに応える。
「君におべっかを使いたいような臣下共なら、俺の竜頭にいくらか恐れを感じてくれるんじゃないかな」
「……確かに。じゃ、少しの間虫除けになってくださるっていうわけですね? うふふ、天空の三騎士をそんな役目にまで使っていいのかしら」
 そう言いつつ、近くのテーブルに並んでいる食べ物に手を伸ばすエルシリア。
「実は、お腹減ってるわけじゃないんですけどね」
「そうなのか」
「お酒飲まされちゃうから、それでお腹いっぱいになっちゃって。でも、さすがに少し食べながらじゃないとキツかったので、ありがたいです」
「言うほど酒臭い気はしない」
「この広間中、お酒の匂い充満してますもの」
「そうかもな……そう、顔にも出ていないように見えるが」
「わたし、お酒と毒には強くて」
 もぐもぐとサラダらしきものと焼いた肉を一欠片頬張って、ぺろりと口の端を舐めるエルシリア。その様子を他の人間が見ていたら、まさかこんな物騒な話をしているとは思われないだろう。
「笑えない冗談だ」
「フォーゲル様には笑って欲しいのに、いつもうまく笑わせられなくて残念」
「俺に笑って欲しいなんぞ言う人間は、君ぐらいだ」
「うふふ」
 ピッチャーからグラスに注いだ水をぐいと飲み、小さく笑うエルシリア。
「光栄ですね。唯一の人になるなんて」
「馬鹿者が」
「フォーゲル様はすぐわたしを怒る」
 かたん、とグラスを置くと、エルシリアは立ち上がった。
「でも、おかげで少し休めました。ありがとうございます」
「もう良いのか。その……」
「はい?」
「……あまり、無理するでないぞ」
 そう言いつつも、フォーゲルはエルシリアに目を合わせなかった。もともと竜頭である彼は、人間と目を合わせるのが若干難しい。それでも、彼がそのようにあからさまにエルシリア相手に顔を背けるのは珍しいこと。
「……大丈夫です。皇子がわたしのために、特別に休めるところを用意してくださってるという話で」
「む? そうなのか」
「内緒ですよ。絶対わたしは疲れるだろうから、って皇子が用意してくださった部屋があって。ゼノビア宮の見取り図にも書いてない場所なので、人に言わないで欲しいって念を押されてるんです」
 そのエルシリアの言葉に、フォーゲルは慎重に、更に声を潜めて問いかけた。
「じゃあ、なぜ俺に」
「フォーゲル様は、人なんですか?」
「……君という女は」
「ふふ、また怒らせてしまいましたね」
 エルシリアはそう言いながら可愛らしい微笑みをフォーゲルに見せた。どこか無邪気で、どこか妖艶。彼女をよく知らない者達は、彼女の微笑みをそう評する。けれど、フォーゲルは違うと思う。
 色んな物を隠すための彼女の笑みは、いつも彼の眼には悲しく映る。決して彼はそれに安易な同情はしないけれど、その面倒な「隠さなければいけないこと」は、彼女自身だけがもたらしているものではないことを知っている。そして、彼女以外の者たちのせいで、その悲しい笑みはこの先も続くのだろうか……とそれだけは憂えていた。
が、彼のそんな憂いを目の前の当人は気にしていないように、もう一度可愛らしく笑った。
「フォーゲル様、この花、可愛いでしょう? 飾ってあったのに無理を言ってあしらってもらったんです」
 エルシリアはヘッドドレスの横に添えられていた小花をほんの一枝抜き、フォーゲルに差し出す。
「では、ご機嫌よう」
 フォーゲルは困ったようにそれを受け取り、彼女がその場を去った後も、ただただその花を見つめるだけだった。



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