悩める偶像-1-

魔獣を操るビーストマスターであるガストンは、体力も気力もかなりの消耗をしていた。
彼はまだ何の問題もないほど十分若い。戦そのものは得意ではないけれども基礎体力作りは日々欠かさずに続けており、最前線の兵士に引け目をとらないと自負していた。
また、比較的穏やかな気質であったから、ストレスなんていう形のない目に見えない曖昧なものに感情を左右されることも少ない・・・はずだった。
以前までなら彼を悩ませていたことは、自分が面倒を見ている部隊員、ブラックナイトのノーマンのことだった。
しかし、めずらしく今のガストンは、言葉通り「それどころじゃない」状態に陥っており、他人の心配をしている場合ではなくなっていた。
マラノの都を解放して帝国に対する防衛線をはった反乱軍であったが、ソニア率いる一部の勢力はアンタンジルで力を蓄えていたガルフ討伐をするためにマラノから相当な距離離れた地域に赴いた。
そこに至るまでのいくつかの情報から、永久凍土付近に天使ミザール−とはいえ本来は天使長であるべき存在なのだが−が天使を率いてラシュディのいいなりになっているということが判明していた。
アンタンジルでガルフ討伐を終えたのは、ちょうどマラノでの地固めもウォーレンの手腕によって見通しがたった頃合だった。そういうわけで、分断された反乱軍双方は、なかなかいいタイミングで合流のために動き出した。
彼らの目標は永久凍土。
天使ミザールを、妹ユーシスの力でどうにか反乱軍に迎え入れ、ラシュディの本当の思惑を知ることが出来れば。
そうすれば、今まだゆるやかに天空を動いているシャングリラを止めることだって出来るかもしれないし、それ以外にも、今まで不明瞭だったラシュディの動きの謎が解け、多くの進展が見られるに違いない。そのためには一刻も早く移動を行う必要があることは明白だ。
とはいえ。
ウォーレン達と迅速に合流をしたいのが本音であったとしても、ソニア率いるアンタンジルに赴いていた部隊は長旅に疲れてもいた。アンタンジルの山越え、アンデッド達との戦。体も心もくたくただ、と誰が言っても責められはしないことだろう。
そんな中、ソニアはガストン含む魔獣使いたちに「お願い」をしてきた。

「アンタリアで空飛ぶ魔獣をどうにかして調達するから、数人に乗りこなしを覚えさせてくれ。魔獣の数はまだ決まっていないけど、使う魔獣のうち半分は商人が乗るから、残りの半数、要するに行きの分だけさ」

魔獣を貸し付ける商人がいることはガストンも知っていた。
二体一対になっているため偶数の貸し出ししかしていないけれど、その代わり、目的地に到着すれば、その魔獣を連れ帰ってくれることも料金に含まれる。とはいえ、二体に対して1人しか付き添いはいないため、行きは誰かがもう一体を操る必要があるのだ。
現在の反乱軍には魔獣使いが少ない。しかも、軍としての移動であるから、魔獣にのせる荷もそれなりの量になってしまい、ご機嫌を損ねやすいこともガストンはわかっていた。そうであれば、よりいっそう専用の操り手が欲しいところなのだ。
といっても、それは、誰でもいいというわけではない。
「ラウニィーがいなくてよかった」
というソニアの表情はまことに真剣なものだったし、魔獣使いの難しさを知る者は誰一人も笑わない。
ラウニィーといえば、コカトリスを操りそこねてひどい着地をしたことで有名だったし、マラノの都へ行くようにソニアに命じられたとき「コカトリスの乗り方教えてもらいたいからガストンさんが一緒だといーなー」なんて能天気な発言があったことは、ソニアの記憶にも新しい。
魔獣を操るには多少の素質が必要だ。
当たり前のように空を飛ぶ魔獣を乗り回している、天空に住んでいるスルストやフェンリルはともかく、他の兵士はずぶの素人といっても差し支えがない。
また、魔獣使いになったとしても、その人物の性質によって向いている魔獣と向いていない魔獣がわかれることだってある。そして、ソニアも知っているが、残念ながらラウニィーは、どうも空を飛ぶ魔獣とは相性があまりよろしくない。本人は「教えてもらえば乗りこなせるわ!」と思っていることだろうが、ガストンもソニアの意見に賛成だ。ラウニィー1人で乗りこなすことが出来ても、荷を乗せ、多くの人間を乗せ、という状態ではきっと手に余ることになるだろう。
ガストンが「師」と仰いでいるギルバルドはマラノに駐在していたし、事実上今の「ソニア軍」には自分以上の魔獣使いはいない。
ガストンの試練はそもそもそこから始まっていた。
彼は、魔獣使いに昇格したばかりの兵士数人に、あれこれと教えながらアンタンジルに向かったのだ。それだけでも一苦労だというのに、アンタンジルでの異様な雰囲気で魔獣達は機嫌を損ねていたし、彼自身も慣れぬアンデッドとの戦闘に気を使い、正直陰では誰よりも疲労していたに違いない。
そういうわけで、アンタリアに移動しながらも、選ばれた数名に空を飛ぶ魔獣の操り方を教える毎日で、ガストンはくたくただった。
だというのに、こんな時に限って。
またも、問題児であるノーマンが、問題を引き起こしたことを小耳に挟んだ。
ノーマンは軍の兵士2人を殴ったという。
しかも片方は、トリスタン皇子と共に参軍したルーヴァンだというから相手が悪い。
ガストンとノーマンはそう年齢差はないが、本当はノーマンの方が年が上だ。それでも、ノーマンはガストンにだけは「部隊長」と、彼にしてはめずらしく固い呼び名を貫いていたし、本音らしい言葉も漏らすこともある。
俺がノーマンに話を聞きに行ってやりたいのは山々だが・・・。
残念ながら、今、彼の目の前には、「よろしくお願いしまーす」とか、「グリフォンを操れるんだ。嬉しいなあ」と屈託なく無邪気な幾人の兵士達や、「自分が出来るのだろうか・・・」とがちがちの兵士達が並んでいる。
ガストンは、深い深いため息を−−つく性分なら、まだ愚痴もうまく言えようが、口をへの字に曲げて「まったくノーマンめ」と気持ちの矛先を変えようとする。
ソニアの頼みに対しては、彼は愚痴を言いたくない。
だから、申し訳ないけれど、ここではノーマンを呪わせてもらおう。
うん、そうしよう。
いじましい−とまで本人は思っていないが−努力が報われる日が来ることを願いつつ、ガストンは彼がわずかな素質を見出した兵士達に「よろしく」と挨拶をした。

それは、ほんの半刻の休憩時間に入った直後の話だった。
斥候役のレイモンドとキャスパーが−最近この2人を組ませるとなかなか迅速にことが運ぶことをソニアは知っていた−街道から少し離れた林の入口辺りに休憩地となる場所を確保して、皆を誘導始めたばかりの頃に、兵士2人の間で軽い口論というか諍いがあったことをランスロットは知っていた。
しかし、その2人が休憩時間にまでも口論を再開するほどの大きな話とは、ランスロットのみならず周囲の人間も思っていなかっただろう。
どうやら、ことの起こりは、トリスタン皇子が今現在ソニア軍から離れている、その理由から始まったようだ。
アンタンジルの山越えを行い、アンタリアで魔獣を調達して合流することを決定した後、早速ソニアは数人の兵士を先にアンタリア入りをさせた。
それにはトリスタンが同行していたのだが、ソニアは何も彼に雑用を頼んだわけではない。
魔獣調達には金が必要だ。今の状態でそれを行うのは、圧倒的に資金が足りないのだ。
とはいえ、ゼノビア王族だからといってトリスタンに富があるかといえばあるはずもなし・・・そもそもソニアはそう考えていたのだが、そこはそれ。幼い頃にゼノビア宮を追われた不遇の皇子を思う乳母の力はすごいものだ。
「これくらいで、なんとかなるだろう」
と軽くトリスタンが差し出したものは、彼が幼少の頃から見につけていたという、薄汚れた守り袋の中身だ。
いくつかの小さな石から、トリスタンは深みがある青色の石をサラディンに渡した。
「これはこれは。目の肥えた商人なら飛びつくものをお持ちだ」
ソニアにはまったくその価値がわからない。
宝石ってゆーもんなのか、とサラディンに問えば、聡明な妖術士は軽く「いや」と否定をする。
「宝石ならば、みつかれば奪われやすいが、この石は違う。魔術の研究をしている人間ならば欲しがる希少なものだ。とはいえ、これだけでは役に立たぬしな。ソニアのもつタロットカードは、この石を砕いた顔料を用いて描かれているはずだ」
「え!?」
そんなものを手放していいのか?といいたげなソニアに、サラディンは軽く
「我らが持っていたとしても、何の役にも立たぬ。よかろう」
とあっさりと先読みをして答える。
「でもなぁ。ゼノビアの、宝なのでしょう、皇子」
「宝っていうほどのものじゃないけどね。宝物庫は全て荒らされているだろうし、ゼノビアは今、貧しい。もし、この戦が終わっても、復興をするためには金がいる。正直な話をするとね。だから、全てを渡すわけにはいかないけれど。この石二つ。それが、僕がこの軍に対して出せる、ゼノビア国民からの援助だ」
「二つも」
「全部でいくつあるかは内緒だ。もちろん、他言無用と念押ししなくともわかっているだろうけど」
「・・・難しいなあー」
ソニアは、頭を抱えた。
トリスタンの申し出はありがたい。ありがたいけれど、そういうわけにはいかない理由がある。
「他言しなくとも、間違いなくバレるし。突然金が降って湧くことなんてない。それに、魔獣そんなに雇えるなら、賃金あげろーって言われるだろーしなー」
その物言いにカノープスは吹きだした。
賃金あげろー・・・か。安っぽい言葉だ。それをそのまま何の揶揄もなくゼノビア皇子に言う素直さに、ランスロットも苦笑いを見せている。
「これ以上借り作りたくないしなー」
「おや、それは僕に?」
「他に誰がいますか」
「ああ、アンタンジルの件ね」
くく、とトリスタンは笑った。案外とこの皇子は良く笑うな、とソニアは思う。そして、大抵自分が笑われている気がする、という被害妄想すら抱くほどだ。
「僕のほうこそ、借りを作っているのに。まだわからないのかな」
「うーん、なんか、貸してますか?」
憮然とした表情で返事をするソニア。
「この軍が決起しなければ、僕はここにいないだろうし、既に死んでいるかもしれないのにね。自覚がないものだね」
トリスタンはランスロットに向かってそう言って、肩をすくめた。
「皇子、そのような、不吉なことは」
と固い言葉で返すランスロットを、「なーにが不吉だ、事実だろ」とカノープスが軽く小突く。
まあ、そんなわけでトリスタンが持つ石を、当初は誰かに預けてアンタリアへ・・・と思っていたが、そうすると余計に「どこからそんな金が出たか」という憶測が飛び交って、余計によろしくないとソニア達は判断した。
そこで、アンタンジルでも行った「もし、僕がゼノビアを復興したら」という、例のお約束を盾にするかと話し合った。アンタンジルでイノンゴの民と交渉をするときに使った手だ。
「もし、ゼノビアを復興したら、そのときはその商人を取り立ててやるぞ、とか?」
カノープスがそう言うと、サラディンは困惑の表情を浮かべた。
「そういうわけにはな。あまりそういうことばかり言えば、トリスタン皇子の立場が・・・」
「だよねぇー」
そう答えたのはソニアだ。カノープスが嫌そうに顔を歪めながらも提案をする。
「んじゃ、あれだ、スルストのヤローとかがなんか金目のものを出したことにしたら」
「それはそれで、また天空の三騎士かーって言われて。うーむ」
ソニアはそう言って唸った。唸って、首を右に傾げて、次に左に傾げてカノープスの二の腕に頭突きをして、もう一度まっすぐ頭を起こして。
「まあ、いいか。それしかあたし達には打つ手がないんだ。それは、兵士達の文句がどーのとか言ってる場合じゃない」
正直、トリスタンが参軍してからは何かと軍の中がざわついている。
今までノルンやラウニィーといった帝国の人間の参軍を経てきているが、それの比ではないほど軍内ではああだこうだとうるさい。
それは、ノルンやラウニィーと違って、トリスタンが直接「ソニアに替わる者」になり得るからだと容易に理解出来るのだが、それでは、今トリスタンとソニアが入れ替わったらこの軍はどうなるか・・・そう考えれば、それはあくまで短慮な、愚かしい考えだということも誰にだってわかる。
とはいえ、人間なんてものは無責任に自分の想像や、人づてに聞いた噂を平気に口に出すものだ。
「悪魔と戦うより、こっちの方が面倒だ」
呆れたようにソニアはそう言って、彼女にはめずらしく軍議を放棄した。
いや、放棄したというのは正確ではない。
この話は、堂々巡りで時間だけを消費する、性質の悪いものだ。それをソニアは嗅ぎ付けて「まあ、いいか」で終わらせたわけだ。
ここでトリスタンを動かしては「ゼノビアの財宝を反乱軍のものとして使用する」ことに対して、トリスタンをよく思わないものはおもしろくないし、逆にトリスタンを支持する旧ゼノビア支持者もまた、おもしろくない話だ。
前者は「財政支援を受けることで、反乱軍をゼノビア軍としての手駒にする気か」という反発であるし、後者は「皇子が下手に出ているのをいいことに、反乱軍はゼノビアの財を自分のものとして使う気か」という反発だ。
まったく、どちらも現実的ではない、とソニアは思う反面、都度意見がわかれるほどにこの軍が大きくなった証拠でもあるなあとプラス面も一応は考えていた。とはいえ、上に立つものとしてはやり辛いことに変わりはないのだけれど。
そういうわけで、アンタリアにトリスタンを派遣し、その間に彼がいては何かと不満を漏らしにくい兵士達の話でも聞くか・・・そんな気持ちが既にソニアの中にはあった。にも関わらず、そんなソニアの気遣いも虚しく今回の諍いが勃発してしまったというわけだ。

ノーマンが手をあげた、という話をを耳にしたソニアは、「なんだなんだ、予想外の名前が出てきたな」と呑気に言い、側にいたカノープスですらそれには呆れ顔を返した。
「何お前呑気なの」
「いやあ、ゼノビアだのトリスタン皇子だの関連で起こる喧嘩は想像してたんだけどさ。ノーマンは、ちょっと予想外だったなー。あ、でもあれか。スラム関係の揉め事かな」
「手が出たっつーのは、穏やかじゃねぇなあ。どーする」
俺が行ってもしょうがないかな、という軽い伺いの表情でカノープスはソニアを見た。
その気遣いに気付いてソニアは軽く手をあげてひらひらと振った。
「あー、いい、いい。あたしが聞いてくるよ。悪いんだけど、その間にこれ、直しておいてくれるかな」
そう言ってソニアがカノープスに渡したのはソニアの革手袋だ。手首周りをきっちり締める金具が曲がっている。それを直している最中の話だったのだ。
「いいぜ、やっといてやるよ。正直、あの阿呆が起こした面倒になんざ、俺は付き合いたくないね」
「あはは。頼んだぞ」
草地で座って作業をしていたので、ソニアはよっこらしょ、と立ち上がり、手で尻を叩いて草をはらった。ちょうどいいタイミングで、休憩している兵士達の合間からランスロットがこちらにやってくる姿が見えた。
ランスロットの用事はわかっている。
彼もまたノーマンの話を小耳に挟んだのだろう。
「ソニア殿」
「話、聞いたか?・・・とと、風が強いな」
ソニアは髪をかきあげてしかめっ面を見せた。
風が吹くたびに、林の木々は揺れ、耳障りな音をたてる。休憩時間に風に吹かれると、気持ちが良い反面休みにくくもなる。砂煙がたつような場所でなくてよかった、と思いながら、ソニアはランスロットを手招いた。
兵士達から少しばかり離れたところで、ランスロットとソニアは小声で会話を始めた。
それを気にしてちらちらと見る兵士もいるが、この2人が話している姿は日常茶飯事で見ているため、気にも留めてないものの方が多い。
「・・・詳細は聞いていないが。なんにせよ、軍内での揉め事は、軍議ものだから話を聞かねばならないだろう」
「軍議ものねぇ」
ソニアは眉を潜めた。
「なんか、さ。ノーマンは、今回は、そんなに、悪くない気がするんだ」
「何をいうかと思えば。そんな個人的な意見を先に言うとはめずらしいな」
「あたしが聞いたのは、ノーマンがさ、ルーヴァンとスレイターをぶっ飛ばしたってだけだ」
「それだけで」
「ルーヴァンは悪い人ではないけど、やっぱりトリスタン皇子に肩入れしすぎる。それも表立って。スレイターは・・・なんか、あたしのことを勘違いしているみたいだしな」
「わたしは、スレイターという兵のことをよく知らぬのだが」
「オーロラが教えてくれた」
ソニアは肩をすくめてランスロットを見上げ、嫌そうに唇を尖らせ、不平をもらす子供のように言う。
「ソニア信者とやらなんだってさ。この反乱軍に入ったのも、旧ゼノビア貴族がほとんどいないからっていう理由で入ったらしい」
その言葉に、ランスロットは深いため息をついた。
以前ならば彼女も意味を理解できなかったその言葉。
この長旅で、その言葉の意味はもはや十二分にソニアは理解していたし、だからといって何の感銘を受けるわけでもなかったはずだ。
間違いなく彼女はその言葉を嫌っている・・・それでも言ってしまうのは、その言葉があまりにもわかりやすい言葉だからだ。
「嫌なキーワードだろ。ゼノビア皇子の従者、いわゆるゼノビア派と、あくまでも皇子がいないことを前提に反乱軍に入ったソニア派。そこに、ゼノビアのスラムで育った、反ソニア派のノーマンだ」
「ソニア」
ランスロットは語調をかすかに荒げた。
名を呼び捨てにされることが大層久しぶりだったため、ソニアは一瞬面食らって、びくりと体を震わせる。驚いたようにランスロットを見るが、彼は自分がソニアを呼び捨てにしたことに気付いていないのか、そのまま言葉を続ける。
「やめなさい。ゼノビア派とか、ソニア派など。その派閥の存在を、そなたが自分で認めていることを人に知らせるのは、愚かなことだ。そんなものは個々の気持ちのことだけであって、表立つものではないし、我々は一つの、たった一つの反乱軍だ」
「バカ」
ソニアはむくれて、彼が言われなれていない言葉をぞんざいに放った。
「そんなことをあれやこれや言うことこそ、暗に認めているっていう現れだろ。軍を率いている以上、そういう目に見えないものがあることを念頭におかなきゃいけない。実際、トリスタン皇子が参軍したことで、余計な手間隙がかかってることをランスロットだって知っているだろう。もちろん、それ以上にプラスのことがあるからこちらは受け入れたわけだし。なのに、この先もいちいちそんなことを薄布に包んだようにもごもご言ってたら、進む話も進まない。あたしがランスロットと話をするときは、そんな煩わしいことは御免だ」
「しかし」
「第一、そんな風に、なんとか派、と断言出来る人間のことは、比較的簡単なんだ。そうだろ」
そのソニアの言葉で、ランスロットはぴくりと眉を動かした。それは、彼女の言葉がまったくもって真実であり、とはいえ、だからといってそんなに単純に考えてもいいことなのかという懸念を呼び起こしたからだ。
「みんながみんな、簡単に意思表示してくれれば話しはもっと早い。もっと早いか、永遠にまとまらないかのどっちかだ」
「そうだな」
「とりあえず、話を聞きに行く。ランスロットはどうする」
「ああ、そなたさえよければ一緒に」
「うん」
軽く頷いてソニアは歩き出した。ノーマン達当事者3人は、その場に居合わせたテリーを中心とした数人の兵士に抑えられ、本陣から少しばかり離れたところでおとなしくしているという。
ランスロットはソニアの斜め後ろから声をかけた。
「ソニア殿」
「なんだ」
きびきびとした動きで歩きつつ、ソニアは後ろを振り返った。
「・・・いや、なんでもない。忘れてくれ」
「?ああ」
ソニアの目には、わたしはどう映っているのだろう。
そんなことをランスロットは思いつき、つい聞きたい衝動に駆られて声をかけてしまった。
いけない。
今は、そんなことを聞く時ではない。
逆に、ソニアから「ランスロット自身はどうなんだ」と聞き返された時。
それに対する明確な答えを持っていない今の自分は、ソニアにそれを聞く資格なぞないのだ。
(わたしは、ゼノビアの騎士だ)
それは、何を意味するのか。
ソニアとて阿呆ではないからわかっているに違いない。そして、わかっているだろうに、投げつけられた端的な言葉の数々。
(ルーヴァンは、楽でいいものだな)
簡単に「トリスタン派」で片付けられるスタンスを持つルーヴァンが、むしろ羨ましくも思える。
もちろん、そうなりたいとランスロットが思っているわけではないことは明白だが。


「ノーマンが先に手を出したことは事実ですけれど。私もオハラも見ておりましたしね」
現場に居合わせたのは、テリーとオハラだ。これは非常に助かるな、とソニアもランスロットも心の中で安堵の息を吐いた。
オハラは、まあ、ノーマンとお付き合いとやらをしている「らしい」ので、第三者であって第三者として認められないかもしれないが、テリーは明らかに第三者だ。
ノーマンのことはそこそこ知っているし、しかも、新兵教育役の1人として、スレイターを指導したこともある。
ルーヴァンも、この穏やかなエンチャンターに対しては「何を考えているかはわからないが、なんでも丁寧に教えてくれる穏やかな人間」と判断していたようで、参軍してから言葉を交わす機会も多かったはずだ。
アンタンジルで負った痛手もかなり癒え、移動に支障がないほどに回復したテリーは、以前にも増して大分オハラとの距離が近付いたようで、兄と妹のように一緒にいる姿をよく見かける。
普通であればノーマンがそれをおもしろくないと思うだろう。しかし、不思議なことにノーマンは、テリーに関してはあまり気にする素振りを見せていなかった。
おやおや、とそれを最初に嗅ぎ付けたのはガストンだったが、ふとした会話からその理由が明らかになった。
ノーマンとテリーは同じ部隊になったこともなければ、新兵指導時にテリーがノーマンを受け持ったこともない。
けれど、ノーマンがオハラを意識してからというもの、実はなにかと静かにテリーがその恋路をバックアップしてくれていたことを、後からノーマンは気付いたのだ。
そんな人間が横からオハラを掻っ攫うとは思いたくない・・・いや、思わないわけでもなかったが、なんといってもテリーはあの通り、普段毒にも薬にもならないような、ぼうっとしているように見える人間だ。
スラムに居た頃は、あれもこれも疑心暗鬼になることで、自分の命を守っていたノーマンだったが、反乱軍に加入してからというもの、わずかずつではあったが人を信じることを覚えてきた。
それを彼も知っている。だからこそ、意地になって、テリーを信じよう信じようと言い聞かせているのだ。
もちろん、彼のそんな葛藤を知るのはガストン1人ではあったが・・・
「でも、誰が悪いか、と一言で言えと言われれば・・・ノーマンではないと思えます」
「どーゆーことだ」
草地の上に座っているルーヴァンとスレイターは「何を言う!」という剣幕で声を荒げた。
ルーヴァンの左頬とスレイターの右頬は赤く腫れている。それを見た瞬間「なんだ、ノーマン、両ききか?」とのっけから呑気なことをソニアが言ったものだから、またランスロットはそれをたしなめざるを得なくなってしまったものだが。
その横にふてくされているノーマンは黙ったままで、オハラが何を問い掛けても「今は放っとけ」と言うばかりだ。
「ノーマン。なんでこの2人殴った」
ソニアは、胡座を組んで座っているノーマンの前に立ち、ノーマンを見下ろした。
いつも「人と話すときは同じ高さで相手の目を見て話せ」とランスロットに言われたことを忠実に守ろうとしているソニアだが、こういうときばかりはそれを守るわけもない。
「苛々すんなぁ、まったくよお!」
「そんな返事があるか。コラ」
「こいつ、あんたをすっげーなんてえの、尊敬みたいなもん?してて、しかもトリスタン皇子のこと嫌いなんだぜ」
ノーマンはスレイターを指差して言った。
「ふむ」
ソニアは真面目な顔で頷く。言われたスレイターは焦って、何か言い訳をしようと腰を浮かせたが、ランスロットがそれを手で制してその場に座らせる。
「で、こいつは、リーダー、あんたのことを妙に、その、へんちくりんな力がすごいとか何とか言ってて、でもって、トリスタン皇子のことが大好きなんだぜ」
「ふむふむ」
またもソニアは真面目な顔で頷き、ルーヴァンもまたスレイターのように言い訳をしようとした。それには「今しばし、お待ちを」と軽くランスロットが声をかける。
「だから殴った」
「なんだそりゃ!全然わからないぞ!」
そう言ってソニアはノーマンの頭をばしっと平手で叩いた。
予想外のことに、オハラは「きゃっ」と小さな声をあげて驚く。
「人にわかるように話せ!」
「いってて・・・こんのバカ力・・・・」
「だからって、なんでノーマンが2人を殴るんだ。なんで苛々しなきゃ駄目なんだ」
「・・・あのよう、俺、ムカツクんだよ」
「何が」
「こいつら、もう、全然、なんなの。自分の都合で夢見るのも大概にしろっつーんだよ。なんのために俺達が前線で戦ってるんと思ってんだよ。なんのためになあ、オハラとかテリーさんとかが、あんなひどい目にあって戻ってきたっつーんだ。あんな腹立つこと言い合ってりゃ、殴りたくもなるっての!」
ソニアはノーマンをじっと見つめた。なんだよ、とノーマンはソニアを睨みつける。
「・・・ノーマン、お前、すごいまともなこと言ってるみたいだけど、自覚あるのか?」
「あんたに言われたくねぇよ!」
「人のことを考えて憤って殴ったか。そーか。なんだ、ノーマン。いいところあるじゃないか」
「褒めてんのか!?それ!」
「で・・・一体何の言い争いが」
ノーマンに聞くべきことはひとまずここまで、とソニアは判断して、まずは年長者であるルーヴァンを振り返った。
ルーヴァンは右手をあげ、発言権を求める仕草をする。ランスロットは苦笑をして、ソニアを見る。
ソニアはふう、と一息ついて発言を許可した。
「どうぞ」
「ソニア殿もおわかりの通り、確かにその男が言う通り、わたしはソニア殿のお力には感服しております。天使のおめがねに叶い契約を結び、悪魔をも打ち倒すそのお力。2人とない素晴らしい力をお持ちです」
はいはい、と心の中でソニアは適当な合槌を打つ。
そういえば、ユーシスと契約を結んだとき、この男はやたらと興奮をしてソニアに語りかけてきた。そうだ。面倒なことだったからすぐに忘れてしまったが・・・。
「そのお力を、ゼノビア復興のために、トリスタン皇子のために存分に振るっていただけることを、どれほど光栄なことか。そうではありませぬか!?」
そう言ってルーヴァンはランスロットを見た。
「トリスタン皇子のため、と?」
冷静にランスロットは問い返す。
「そうではありませんか。トリスタン皇子からの援助をうけたということは、ゼノビア復興のため、皇子のためにこの軍が」
ソニアはまたも心の中で頭をかかえる。
このルーヴァンという男は、悪い人間ではないのだが、どうもちょっとばかり偏っている。
話せばわかる人間のはずなのに、一度思い込んでしまうとなかなかに意志を曲げることがない面倒なタイプだ。
でも、そうだから、今までトリスタンを守ってこられたのだろうな。
ソニアは最近、ルーヴァンを見てそう思う。
ルーヴァンとて、トリスタンがゼノビア宮から追われた頃はまだ幼く、王制の意味も、戦争の意味もわからなかったことだろう。年老いた、ゼノビアの過去の繁栄を知り、グラン王に忠誠を誓っていたものならいざ知らず、ゼノビア崩壊後に物心がついた人間が、多少の偏りなくして今日までトリスタン皇子に仕えた逃亡生活を送り続けられるとは到底思えない。
「何が、ゼノビア復興のため、この軍が動いている、だ!勝手なことばかり言うな!今までだってトリスタン皇子がいなくともやってきたんだし、それはこれからだって・・・」
スレイターが叫んだ。
ソニアは、手をあげて、もう一度スレイターを黙らせる。それから
「2人共、そんなことでもめるには、早すぎる。しかも、わかりやすすぎて、あたしの方が恥ずかしくなるぞ」
とあっさりと言い放った。
お互いの主張をそれ以上させず、「何の言い争いになったのか」を明確に口から出させないままで、ソニアは2人をじろりと睨んだ。
「ルーヴァンは、まだこの軍での自分の地位を確立していない。トリスタン皇子の従者として参軍してもらったが、今は一部隊員であり、まだこの軍のことで知らないことも多い。スレイターも、同様だ。どちらも、あたしから見れば、まだ入りたてで、この軍での自分の立場というものを、築いていない。少なくとも、あたしはそう思っている」
何を、とルーヴァンは反論しようとしたが、ソニアは言葉を続けてそれを遮った。
「その状態で、自分はこの軍をこう思っている、ああ思っている、と主張をして言い争いをしても、あたしからは・・・もうちょっと、周囲を見る余裕が出来て、この軍がどのようになんのために動いているかを理解してからにしろ、としか言えない」
「でも、ソニア様!この男は、あなたを利用しようと・・・」
「誰もそんなことを言ってはいない!」
スレイターの叫びを消すようにルーヴァンが叫んだ。そのルーヴァンの表情は、告げ口を恐れて取り繕う人間のそれではない。ただただ、スレイターが叫ぶことに激怒し、反論をしようとする真摯な表情だ。そのことに、ソニアもランスロットも、もちろんテリーも気付いている。
ルーヴァンになんらかのたくらみがあって「ゼノビアのためにソニアを利用しよう」とだけ思っているならば、もっと別の方法でスレイターを黙らせることだろう。それが出来ないほどの阿呆とは思えない。
「こりゃすごい」
ソニアは少し苦笑いを見せた。
「ノーマンにぶん殴られて怒っているかと思えば、そんなことよりまだ自分の主張をしたいらしい。大したもんだ」
ランスロットはついに苦笑しきれずに、はは、と小さく笑い声を発した。確かにソニアの言葉は間違っていない。まったく、こんなときにどこに目をつけているかと思えばそんなことか、とついつい笑みがこぼれてしまったようだ。
「そなたは、呑気すぎるな」
「なんだなんだ。もー!カノープスもランスロットも、2人してあたしを呑気もの扱いして。あたしはそんなに呑気か!?」
そう言ってソニアはテリーを見る。こんなところで矛先が向くとは・・・とテリーはいささか慌てたようだったが
「ソニア様は呑気というより、豪胆さを持ち合わせていらっしゃいますから。普通の人なら慌てることでも、平気そうに見えるだけなのかなぁと」
と、彼らしく答える。
それに対してソニアは
「ごーたんって、どういう意味だ」
と、よりによってノーマンを見た。「わっかんねえ」と素直にノーマンは答えるし、そのあまりの無知ぶりにルーヴァンとスレイターはぽかんと口を開けて「はあ?」という表情を見せている。
「ま、いいや。とりあえず、ランスロット、ルーヴァンとスレイターにヒーリングで治療してやってくれないか。面倒をかけて、申し訳ないけど。ノルン達を呼ぶほどのことでもないだろう」
「そうだな」
「オハラは、ノーマンに、あんまり簡単に手をあげないように言い聞かせてやっといてくれ」
今度は突然の矛先にオハラが驚く番だ。
「え、え、わたしが、ですか?」
「そうだ」
「そんな・・・」
「他に、ここに、ノーマンが言うことを聞く人間、誰がいるっていうんだ?」
そのあっけらからんとした物言いに、たまらずにテリーは笑ってしまう。しかし、笑える余裕があるのはどうやらテリー1人だけのようだった。


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