悩める偶像-2-

とりあえず、テリーとオハラの二人をその場から退くようにソニアは命じた。それから、出発を少し遅らせることを部隊長達−誰か一人に告げれば、全員に伝わるので−に伝えるようにとも。
当事者3人とソニア、ランスロットのみがその場に残った。
さあ、どうしようかと、少し3人から離れたところでソニアは肩をすくめてランスロットを見上げた。
手をあげたのは、ノーマン一人だ。
しかし、騒ぎそのものを引き起こしたのは、スレイターとルーヴァンの二人なのだから、それ相応の罰を課す必要があった。
ランスロットは「軍議ものだ」と言っていたが、どうにもソニアはそういう気になれない。
「手厳しいことを言ったから、それで許してやることにしないか」
とソニアが言えば、ランスロットは苦々しい表情だ。彼女が言う「手厳しいこと」とは、当事者二人が「まだこの軍での自分の立場を築いていない」とソニアが断定をしたということだ。その言葉は予想外のものだったらしく、ルーヴァンは見てわかるほどにしょげかえっていたり、スレイターは「わかってます、でも!」と激し続けていた。そこへソニアは「わかっているならそれなりのことを考えろ」とぴしゃりと言い放ったのだ。
「じゃあ、ノーマンの処分はどうするんだ」
「そんなの、簡単だ。スレイターとルーヴァンに殴らせればいい」
「・・・ノーマン一人が、二倍の痛みを負うのか」
「なんだ、もう。ランスロットは大人なのに単純だな」
「なに」
「スレイターとルーヴァンが本気でノーマンを殴ると思ってるのか」
確かに、とランスロットは恥じ入った。それは確かにソニアが正しいと思う。
実際スレイターとルーヴァンが騒ぎを起こしたことは事実で、手を出したノーマンは悪いけれど、手を「出された」彼らはノーマンに対してそこまでは憤っていない。むしろ、殴られた後も、スレイターはルーヴァンを、ルーヴァンはスレイターをああだこうだと非難していたのだから、そうそうノーマンを本気で殴るとは思えなかった。
「まるで、傭兵の流儀だな」
それは別段馬鹿にした言葉ではなかった。ランスロットが素直に思ったことを口にしただけだし、多分それは正しいのだろうと彼自身も思っていた。ソニアは軽く頷いて
「流儀って、やり方、のことだろ?だったら、そうだ。まあ、色んな約束事もやり方もあるから、どこでもそうだというわけじゃないけど」
「ああ、そうだろうな。そなたがいたという一団では、そういうやり方だったのだな?」
「うん。だって、絶対すっきりしないじゃないか、殴られっぱなしだと。そんなに本気じゃなくても、一応「殴る機会」をもらって「殴り返した」ってことがあるだけで、かなりわだかまりって軽減するんだよな・・・ま、ほら、ルーヴァンはアレだろ、騎士とかいうものだから、もしかしてそういうタイプじゃないかもしれないけど」
「うむ。そうだな・・・しかし、トリスタン皇子がいない時に軍議にかけられることは、ルーヴァンにとっても屈辱だろうから、それくらいがいいのやもしらん」
「そういうこといちいち考えないといけない・・・んだよなぁ」
ソニアが渋い顔をランスロットに見せると同時に、離れたところで待っていたノーマンが声を荒げた。
「おい、早くしろよ!どーすんだよ。ぐだぐだ言ってないで、さっさとしやがれ!」
「あー、もー、なんでノーマンが偉そうなんだ!もうちょっと反省しろ!」
「反省したからってすぐに言葉使いなんて直らねーよ!」
「言葉使いじゃないぞ、反省するのは・・・」
ふう、とソニアはため息をついた。
それにしても、ソニアも先ほど言ったとおり、ノーマンが激した理由はなかなか正当なものだ。いままで自分の感情のみであれこれ問題を起こしていたノーマンだが(まあ、確かに今回も自分の感情といえばそうなのだが・・・)まったくもって「普通の」感覚での怒りのようにソニア達には思える。
だからこそ、ソニアはあまりノーマンを怒りたくないんだということをランスロットはわかっている。
ソニアはちらりとランスロットを見た。それへ、ランスロットは小さく頷き
「いい、そなたの思うように。それが、良いだろう」
と返事をした。
「うん。ありがとう」
軽く礼を言って、ソニアは3人に近づいた。
土の上に神妙な表情で座り込んでいるルーヴァン−さきほどのソニアの言葉が殊更堪えているのは彼なのだ−と、ルーヴァンを見ようともしないスレイター、それから、ふてくされた顔でこちらをにらみつづけているノーマン。まったく、生まれも育ちも何もかも違う人間達のいさかいというものは難しい。
「ルーヴァンは、トリスタン皇子が軍に合流したら、今起こったいさかいのことを漏らさず皇子に自分から報告すること。そこで皇子がルーヴァンに対してなんらかの咎を言い渡すことだろう」
それへはスレイターが突然いきりたって言葉を挟んだ。
「おかしいじゃないですか、ソニア様!何故、ソニア様が罰しないのですか!だから、この男はこの軍のことを・・・」
「スレイター、いいんだ」
ソニアはスレイターを軽く睨みながら答えた。
「ルーヴァンが自分で言っていることは、そういうことだ。この軍はあたしの軍だけれど、ルーヴァンにとっては「トリスタン皇子傘下」の軍なんだろう?ルーヴァンがそう思っている以上、あたしからなんの罰を与えたって堪えやしないよ。だったら、いっそトリスタン皇子に罰してもらった方がルーヴァンにはわかりやすい。それに」
ソニアはルーヴァンを見た。
「少なくとも、ルーヴァン自身よりも、トリスタン皇子の方が、この軍と皇子、うーん、皇子っていうか、ゼノビアかな。それの関係をよく理解してると思うから、それなりの処罰を下してくれるさ。あたしが罰しないことが、ルーヴァンへの罰だと思ってもらってもいい」
可哀想に、ルーヴァンは、ソニアが何を言っているのかさっぱり理解ができていないようだ。
スレイターはいささか納得がいかないような表情だったけれど、とりあえずソニアが、自分とルーヴァンとをまったく違う立場で物事を見ているということを理解してくれているのだと知り、そこで黙る。
「スレイターは、明日から毎朝の鍛錬を10日間かかさないこと。朝が苦手なのは、聞いている。だからこその罰だ。目撃者のオハラがちょうど毎朝早朝からの鍛錬をしているから、スレイターの出欠をオハラに管理してもらうから、そのつもりで」
「・・・は、はい・・・」
「夜番の日は仕方がないけれど、それ以外は間違いなく朝起きること。あたしも出来る限りは起きているから、朝から会えるな?」
「は、はい!」
「んで、ノーマン」
「おう」
「二人に、殴られてもいいだろう?」
「・・・俺あ、そういう罰の方がわかりやすくていい」
「だろう」
ソニアは苦笑をした。ノーマンは挑戦的な目で二人を見る。
「威嚇するな、ノーマン。ここで殴られて、それで清算だ。この二人に対して恨みには思うなよ」
「思わねぇよ。二度と、あんな阿呆な言い合いしないんならな」
ノーマンにそう言われるとは、ほんと、阿呆な言い合いだったんだろうな・・・ソニアは素直にそう思ったけれど、口には出さなかった。
これ以上事を荒立てる必要はない・・・。
移動中の揉め事は厄介だ。野営中の揉め事は、お互い顔をそむけて天幕にそれぞれ入ってしまえば構わないが、移動中は余程遠い位置にいない限りには相手が視野に入ってしまうし、疲労によってお互いのいらいらもつのりやすい。
しかし、それ以前にノーマンのその言い草がスレイターの気に触る。
「ノーマンさん、前から思っていましたけれど、ソニア様に対してそういう言葉使いは」
「うっせーな。この女がいいっつってんだからいいだろーが」
それへはソニアがきっぱりと、横槍を入れた。
「あたしは、いいなんて言ってないぞ。直るものならもうちょっとは直してもらいたいぐらいだ」
「え、そーだったのか」
驚いたようにノーマンは素直にそんな言葉を出す。本当にわかっていなかったのか、とソニアは眉をしかめた。
「確かにノーマンが思ってるように、あたしは気にしないけれど。でも、今スレイターが口に出したように、それをよく思わない人間だっている。ノーマン、もう、お前一人の問題じゃないんだ。わかってるだろ。これ以上余計なことを言わせるな」
ソニアはそう言ってノーマンを見下ろした。ノーマンも目をそらさずにソニアを見る。
一瞬思い違いをしそうになった、とノーマンは頭を横に振った。お前一人の問題ではない、とはどういうことだ。そう言いそうになった。トリスタン皇子の手前のことか、とも思いついた。けれど、それは間違いだ。
決してソニアはそんな、彼にとってよくわからない地位や肩書きの人間を嘘でも敬えなんて言いやしない。
こういう言い方を彼女がするのは、決まってオハラのことだ。
「・・・おーよ、ちっとは、考えとく。ていうか、覚えておく」
「そうしてくれ」
ノーマンが理解してくれたのかどうかはよくソニアにはわかっていない。
が、ノーマン本人がよく言うほど、彼は愚かな男ではない。いや、生きるためにありとあらゆることをしようと決意して、ゼノビアのあのスラム街で生きていた彼は、むしろある意味では余程ルーヴァンより賢い。ソニアはそれを嗅ぎ付けているし、ランスロットもわかっている。まあ、ランスロットからすれば「ノーマンとソニア殿は、ある意味似ているな・・・」と苦笑いせずにはいられない部分なのだが。
「ソニア殿、そろそろ」
ランスロットが静かにタイムリミットを告げる。
うん、と頷いて、喧嘩両成敗とばかりに、ソニアはスレイターとルーヴァンに合図を送った。立て。ノーマンを一発ずつ殴れ。そういう意味だ。
「・・・ソニア様、え・・・と・・・その、もう、その、ノーマンさんのことは、いいんです」
スレイターが最初にそう言った。半分は本音だし、半分はノーマンを恐れてのことだとソニアにはわかる。
「駄目だ。これは、スレイターとルーヴァンへの罰のひとつなんだから」
それへはランスロットが顔をしかめて
「・・・なかなか、酷なことを」
と呟いた。
仁王立ちになってノーマンは「おら、いつでもいーぜ」とぶっきらぼうに言った。それによって更にスレイターとルーヴァンは萎縮する。
この軍きってのブラックナイトを正面から殴る勇気を振り絞ることは、なかなか彼らには難しい。
確かに、これは酷な裁きと言えよう。

喧嘩の成敗後、順調に移動を行い、明日にはアンタリア地方で最も南西に位置するカンダハルに到着出来る見通しがたった。
カンダハルで半日も休んだ後、貿易都市クエッタに向い、そこで魔獣達を調達することになっていた。
クエッタはそれなりにソニア達に対して友好的ではあるが、このアンタリア地方はぬけめのない商人なども多いから、いささか注意は必要だとソニアはトリスタン達に重々言い聞かせていた。まあ、トリスタンと共に先行している部隊にいる人間は信頼がおける兵士ばかりだったので、その辺りも上手くやってくれているだろうとソニアは信じていたけれど。
「今日の野営が終われば、明日はゆっくり普通の町で休めるぞ」
そうソニアが言えばみなの士気があがり、野営の天幕を張るのも心持ち手早さが違うように見えた。
美しい茜色に空が変化していく様子を見ながら、彼らが天幕を張り出した頃、ガストンがソニアのもとにやってきた。
ソニアは真っ先に張ってもらった小ぶりな天幕−仰々しい大きいものは悪目立ちして嫌だといつも主張するのだ−で地図とにらめっこしているところだった。
「ソニア様、ガストンです。もしお時間があれば報告させていただきたいのですが」
「あー、ガストン。いいぞ、入れ」
「では、失礼いたします」
疲れた声をしているな・・・ソニアはそれに気づいていた。
天幕の入り口にたらしていた布を軽くはらうようにあげて、ガストンは中に入ってきた。
疲れは気疲れではなくて、体にも出ているようだな。ガストンの動きを見てソニアは一目でそれを感じる。
足取りがいつもより重い。
上半身は、少しばかり首が前に出る、疲れた時に自然にとってしまう情けない形をしていた。
当然ガストンは生粋の戦士でも騎士でもなかったから、「いつでも姿勢を正せ」なんていう教育は、新兵だった最初のうちにしかうけていない。
しかし、それでも彼はあまり人に疲れを見せることはなかったし、戦い向けでなくともそれなりについている筋肉で正しく姿勢を維持している、歪みのない、見ていていつも気持ちが良い姿勢の男だった。
しかし。
「ガストン、坐れ」
「は、いえ、その」
「いいから。そこ坐って。なんか飲むか?」
ソニアが指差したのは、小さな木箱だ。木箱に腰をかけろ、という意味だとガストンが気づくのに少しばかり時間がかかった。なぜなら、この天幕の主であるソニア本人は土の上に敷いた布の上にぺったりと坐っていたのだから。
「失礼します・・・いや、飲み物は、いいです。そんな・・・」
「いや、違う。あたしが、甘いもん飲みたいんだ。ガストンも一緒にどうだ?」
「はあ・・・ソニア殿がお飲みになるのでしたら、はい」
そのぼんやりとした返事を聞いて、ソニアはついつい吹きだしてしまった。
「ちょっと、待ってろ。今持ってきてもらうから」
「はい」
ソニアは天幕からちょこちょこと出て行った。ガストンはその間も静かに天幕の中で木箱にどっかり腰を下ろしていた。
ふぅ、と無意識にひとつため息をつく。
外では兵士達がまだまだ自分達の寝床を確保するために天幕を張ったり、女性兵士は夕食の準備を始めたりとでざわざわと騒がしい。それでも、こうやって隔たれた空間でほんのひと時休めることはありがたい、とガストンは思う。
(ソニア殿も、たまにこうやって遮られたところにいないと、憂鬱にもなるんだろうな)
それは間違いではない。
ソニアでなくとも、ガストンでなくとも、軍として朝から晩までの共同生活を毎日毎日続けていれば、そして、それになんとなく疲れていれば、こうやって天幕の中に自分だけがいる、という時間がとてもありがたい。
夜番のときは、みながまだ夕食をとっている時間でもさきに仮眠をとっているときがあり、運がよければそのときだけは天幕の中に自分一人、という状況になることもある。
その時間は、ガストンにとってはありがたい時間だった。
また、魔獣達にえさをやっているときも、彼にとっては似たような、ありがたい時間だと思えた。
(正直、疲れたな)
ガストンは上半身を前にゆっくり折り、瞳を閉じた。ソニアが前にいれば決してやりはしないことだ。
(誰も彼も、まあ、才能がないというわけではないけれど・・・俺の、指導力が低いんだろうなぁ。ギルバルドさんのようには、まだまだなれやしない・・・)
彼の胸中は、敗北感に似た気持ちに満たされていた。
行軍そのものも、確かに疲れた。今までまったく魔獣と関わりがなかった兵士達に乗りこなしを指導することも、疲れた。それらの疲れを言い訳にして、ノーマンが問題を起こしたことについて彼はまったくふれないまま今日という日を終わろうとしていた。そこまで割り切って、これ以上疲れるようなことは抱えないように・・・と彼は自分で相当に抑制していたのだ。
にも関わらず、彼は今、その敗北感に苛まされ、抗うことが出来ず、ぐったりとしていた。
この軍に加わってからこんなに気持ちが落ち込むことがあっただろうか。
最初の頃は、何度も何度もくじけそうになったけれど、その頃の気持ちとは違う。
要求され、それに応えること。
ある程度の自分の能力を見据えて、上手くソニアは彼を使いこなしてくれていた。
それが、今は。
もう一つだけ上の段階に彼を引き上げようとしているのか、それとも偶然「そうするしかなかったから」なのか、今までのガストンの力量ではわずかに手に余ることを彼に命じてきた。
ガストン自身もそれに応えたいし、それが出来る自分になりたいと具体的に思い描けている。
だからこそ、そうできない自分に苛立ち、自分の師ともいえるギルバルドの姿を脳裏に浮かべ、更に苛立つ。
どれだけ、時間が経っただろう。
こんな風に物思いにふけるのは、久しぶりだ、とガストンは思う。
そういえば、そんな余裕すらなかったのだと気付き、隔離したこの空間の心地よさに安堵の息をほっと漏らした。
少なくともこの場に1人でいれば、どうもいまひとつ出来がよろしくない、あの兵士達の顔を思い出さなくても済むことがありがたい。
「・・・ふーーー」
もう一度息を吐き出すと、ちょうどソニアが天幕に戻ってきた。彼女は、小さな木のトレーに縁の欠けた器を二つ並べ、それを片手で軽く持っていた。そのトレイを土の上に置いて、器のひとつをガストンに差し出した。
「お待たせ。はい。羊乳と蜜があったからな。飲むといい」
「ありがとうございます」
ガストンがそれを受け取ると、ソニアは布の上で胡座をかいて、もう一つの器を手にして口をつけた。
ガストンも、恐縮しながら器に口をつける。
温めた羊乳はくせのある匂いを放っていたけれど、蜜の甘みで飲みやすくなっている。一口飲み込むと、液体がのどを通って腹に落ちていく、その通り道を温めていく。胃のあたりでそのぬくもりが染み渡ってゆき、ガストンはついついほっと息をついてしまう。
甘味を感じた舌から体全体が、なにやら緩んだ気がする。
「んで、なんだ?ガストンからあたしのところに来るなんて、珍しい」
「あ、はい。依頼されていた件なのですが」
「うん」
「正直なところ、全員の足並みをそろえるのが、難しくて」
「そういうものだろうな」
「どうしても、3名ほど、明日明後日までに仕上がる見込みがなくて」
「・・・そうかあ」
ソニアはそう言うと、うーん、と難しい表情を見せた。ガストンは黙ってうつむくだけだ。
ソニアを困らせるとわかってはいたけれど。
それでも、今の時点で報告するしか彼に残された手段はなかったのだ。報告の先伸ばしは誰の立場をも苦しくするし、可能なことも不可能に変えてしまうことが多いとガストンは知っている。
望まない沈黙の時間は、必要以上の長く感じるものだ、とガストンは思った。
ソニアは「でも、なんとかします」というガストンの言葉が欲しいのだろうし、ガストンもまた「じゃあ、しょうがない」というソニアの言葉が欲しいのだ。
やがて、先に口を開いたのは、やはりソニアだった。
「ガストンは、よく、やってくれている」
「・・・あ、りがとう、ございます」
「だから、今回もどーにかしてくれると、正直、祈ってた」
それは、ガストンにとって、痛い言葉だ。
謝罪の言葉ひとつもガストンの口からは発せられない。どうしてよいのか、大の男である彼は途方にくれているのだ。
「だけど、出来ないものは、出来ない。たとえ、あたしが反乱軍リーダーだろうが、タロットカードを使えようが、天使が仲間にいようが、三騎士が仲間にいようが、そもそもこれはガストンと、ガストンに選ばれた兵士だけが出来ることなんだ。あたしには、どーしようもない」
そういってソニアは再び器に口をつけ、ぐい、と液体を口に含んだ。
ガストンは黙ったままだ。
「ガストン。あと、何日必要だ。そいつらをどーにか出来るには」
「・・・少なくとも、更に二日以上は」
「天候にもよるだろうから、まあ、三日としよう」
「は」
「3人。3人ということは、2体一組で借りるんだから、魔獣6体分。片方には商人が乗るだろう」
「はい」
「てことは、遅れて出発するとしても」
ソニアは計算をした。
商人が操る魔獣には兵士2人が乗り込む。兵士が操る魔獣には、その人間を含めて3人が乗り込む。
15人。
また、それとは別に、彼らを統率する魔獣使い−ガストンか、他のビーストテイマーか−を残さなければいけないから、更に5人。
「20人か・・・」
ソニアはしばらく黙り込んで、目を閉じて何かを考えている風だった。ガストンはもちろん声をかけるわけにもいかず、次のソニアの言葉を待つだけだ。
「出来が悪いやつらは、ガストンに面倒みてもらわないといけないから、ガストンが後から来るグループになるか・・・」
「はあ・・・」
ソニアは、とんとん、とこめかみ部分を拳で軽く叩いて、左、右、と首をかしげた。
「うん。わかった。とりあえずガストンは、引き続き彼らの指導を明日まで続けてくれ。なんとかするのは、あたしの役目だ」
「ソニア殿」
「なんだもう、何情けない顔してんだ」
ありがとうございます、と言えばいいのか。
申し訳ありません、と言えばいいのか。
ガストンはそれすら量りかねて、ただソニアを見るだけだ。
言葉が痛い、とガストンは思う。

これはガストンと、ガストンに選ばれた兵士だけが出来ることなんだ。

その言葉に報いることが出来なかったことが、つらい。
ソニアは今までだって、彼女しか出来ないことを、命をかけてやり遂げてきた。ガストンは知らないわけではない。
だから、自分が期待をされたのに、それに報いることが出来ない今、落胆し、堪える。自らの力不足を痛切に感じる。
それでも、曖昧に「頑張ります、どうにかします」とは答えられない、と彼は思う。
ソニアはにやっと笑って
「ガストンの元気がないと、ノーマンを怒るのがあたしだけになってしまうぞ。しんどいだろうけど、あとちょっとだ。なんとかするから、本番まで集中してくれ」
「はい・・・あっ、そうだ、ノーマン・・・」
「うん。ちょっとは話聞いたのか?ガストンは。今回のは、ノーマンはそんなに悪くはない。ないけど、手をあげちゃったらそれだけで悪者になってしまうからなあ」
「そうですね」
「ノーマンは、いいやつだな、ガストン」
「ええ。そう思っています。誤解されやすいですけれど」
「うん」
ソニアは羊乳を飲み干して、トレーに器を置いた。
それを見てガストンは、自分がまだ羊乳を飲み残していることに気付いて、慌てて一息で飲んだ。
「悪いんだけど、これ、片付けてきてくれるか。食事を作ってる誰かに渡せば、洗ってくれるだろう」
「はい。わかりました」
「今日は、夜番か?」
「いえ。朝番です」
「なら、よく寝てくれ」
「はい」
話は終わりだ、とばかりにソニアは器を乗せたトレーをガストンに手渡す。
木箱から腰をあげてガストンは一礼をし、天幕から出て行った。
突然耳に入ってきたざわめき。
いくら遮られている空間でも、外の音がまったく聞こえなかったわけではない。それでも、思った以上の音の渦にガストンは驚いた。
(ああ、緊張していたから、なんだろうなあ)
気がつけば空は既に夜が押し寄せてきており、あちこちで灯りが焚かれている。
「お疲れ」
「えっ、あ」
とん、とガストンは誰かに肩を叩かれて、驚いて声をあげた。そこには、なにやらあれこれと荷物を抱えたビクターが立っている。
「ビクターさん」
「交代」
「え?」
それ以上特に何もいわずに、ビクターはガストンの脇をすりぬけて「ビクターです。失礼します」とソニアの天幕に入っていった。
その様子を見て、ガストンは違和感を感じた。
「・・・?」
とても当たり前のように、ソニアの様子をうかがわずに天幕に入っていくビクター。それはまるで、前もって行くことをソニアが知っていたような・・・
(もしかして、ビクターさんを、待たせていたんだろうか)
ガストンは苦い表情になり、深いため息をついた。
多分そうだ。だから、「交代」なのだ。
ああ、駄目だ、駄目だ、こんな風にあれこれ考えては。ソニア殿が、どうにかすると言ってくれたのだ。ならば、自分がうだうだ考える必要はない。ガストンは自分にそう言い利かせ、トレーの処理をしようとぐるりと見回した。
「あの、ガストンさん!」
少し離れたところにいた女性兵士がガストンを呼んだ。
彼女は彼を知っているようだったが、彼は彼女を知らない。ただ、新兵なのだな、ということだけはわかる。
年のころは、もしかするとソニアよりも若いかも知れない。最近「生活班」と呼ばれている、オーロラを筆頭にした、ありとあらゆる雑務に対応をする女性兵士達の名称があるのだが、それ用に入軍したのだろう。
彼女がいるのは、女性兵士が集まって夕食の炊き出しをしている一角だ。
ごつごつした岩に囲まれたところで、いくつもの大きな鍋を並べて湯を沸かそうとしている。彼女の担当は鍋3つ。少しだけ離れたところでは、他の女性兵士達が既に鍋を火にくべていたり、野菜を切っていて大忙しだ。
少しばかり湿り気のあるここいら辺の土の上では、枯れ枝や枯葉も湿気りやすくて火を起こしづらい。その女性兵士はうまく火を起こせないようで、ちょっとばかり息を切らして、頬を紅潮させていた。
「呼んだ?」
「はい。それ、わたし、片付けます」
「え、あ、いいのかい」
「はい。先ほど、ソニア様がこれを持っていかれた時に、片付けも仰せつかったので。はい」
「そうだったんだ。じゃあ、お願いしようかな」
「どうせ、火を起こしたら水汲みに行きますし」
そういって若い少女は、器の乗ったトレーをガストンから受け取った。
「じゃ、代わりに火を起こすよ。貸して」
そう言ってガストンは、火を起こすための板を彼女から半ば無理矢理もぎ取る。あの、とか、そんな、とか、おどおどと彼女は困惑の声をあげるけれど、それに構うのも面倒に思えた。
「ああ、紐に着火してるのか」
「はい。わたし、下手で。さっきも、ソニア様に笑われました」
「あっためてくれたのは、君だったの。ありがとう」
「いえ、それが」
慌てたように両手の平をガストンに向けて、彼女は手を振った。違う違う、という意味だろう。
「いつまでたっても、わたし、点火できなくて。最初はソニア様も、時間がかかるならかかっただけいい、なんて変なことをおっしゃってくださっていたんですけど」
ガストンは眉を寄せた。どういう意味だろう?
「最後は、そのう・・・結局・・・ソニア様が、火打ち石で、一発で火花出してくださって」
不覚にもガストンは、それを聞いてふきだした。
やる気まんまんで石を打ち合わせるソニアを想像したのだ。
きっとソニアは、木の棒と板に挟んだ紐への着火も出来るに違いない。けれど、火打ちの方が得意ということなのだろう。
「これ、全部火つけとくからさ。気にしないで、それを片付けてきてくれるかな」
「いいんですか?」
「うん。戻ってくるまで火の番しとくから」
彼女はガストンに頭を下げて、慌ててその場を離れた。
鍋の下にある枝や枯草が、酸素が入りこむようにうまく組まれているか。ガストンはそれを確認してから、着火作業を行った。
軍の人数が増えるまでは、ガストンも多少はこういった作業を経験しており、不得意ではない。
それに、こういう力技、単純作業をすることは、今の彼にとってはとてもありがたいことだった。
火をつけた後で、近くに積んである薪や細枝を火に近づけて乾かす。
ふと気付けば空は完全に日が落ちきって、あちらこちらに焚いた火がゆらゆらと揺れている。
「あ、そうか」
既に湯を沸かしているところから、種火をもらってくれば早かったのだ、とガストンはそこで初めて気付いた。
彼女も、自分の仕事に対してただただ必死で、それには頭が回らなかったのだろう。自分も新兵の時、そういうことがよくあったな・・・と疲れた笑みを浮かべ、ガストンは揺れる炎を見つめていた。
彼が着火した火は枯れ枝、枯草に燃え広がって、水を多く入れるとかなり重くなる大きさの鍋底を熱している。彼は軽くむせたけれど、この香りや煙は嫌いではない。
目にちらちらと映される炎の色。ああ、炎というものは、赤でもオレンジでもない色なのだなぁ・・・そんなことをぼんやり考えた後、彼は現実に引き戻されて、またもため息をひとつついた。
やるせない。
こんなことでめげていてはいけない。
女性兵士達が「芋の数があわないよ!」とか「皮むき終わったらこっちもお願い!」とか、慌しく動き回る中、ふとガストンは先ほどの、彼女の言葉を思い出していた。


最初はソニア様も、時間がかかるならかかっただけいい、なんて変なことをおっしゃってくださっていたんですけど。


しまった。
まさかとは思うけれど。
「そこまで、気を回されたのか、俺は」
ガストンはぼそりとそう呟いて、顔を歪めた。
情けない。
そうだと決まったわけではないけれど、でも、きっと、そうなんだろう。
そして、いくらなんでもそんなこと−時間がかかっただけいい、と彼女に言ったこと−をガストンに話されるとは思っても見なかったのだろう。
新兵だからこそたやすく口にしてしまった言葉なのだと思う。
と、そのとき
「部隊長、そんなとこで何してんスか」
彼の背後から、とても聞きなれた男の声がした。


←Previous  Next→

モドル