悩める偶像-4-

おい、ガストン。
誰かの声が耳に入ってきていたが、その言葉の意味にガストンが気付くまで、結構な時間がかかった。
「おい、ガストン」
呼ばれている。
俺は寝ていたのか。
その思いが突然彼を乱暴に揺さぶり、この上なく心臓に悪い目覚めとなってしまった。
「ハッ!!!ハイッ!!」
いつもの彼からは想像もつかないような、少しうわずった大きな声を出して、ガストンはびくりと体を起こす。
「大丈夫かー。安心しろ、敵襲とかじゃないから」
「はっ・・・」
目の前にはソニアがしゃがんでいる。そして、その少し後ろにはランスロットの姿が。
ガストンはしばし自分の状況をよく理解できず、そっと近くにいるケルベロス達を見やり、それから、自分が体をもたれかけていた岩を見て、遠くの灯りを確認、さらには空を見て、夜であることを再確認・・・といった風に、忘れ去っていた情報を視覚から吸収した。
起き掛けに上を向いたせいで、一瞬くらりと眩暈がしたが、どこまでも広がる星空の美しさに気付けるくらいは、ガストンは正気に戻っていた。
「俺、眠っていたんですか」
「そーだぞ。あはは。あたしに用事があって来たはずだろ。あたしが待たせている間に、ガストンが勝手に寝ちゃったんだぞ」
「申し訳、ありませんっ!」
「謝るほどのことじゃあ、ない」
ソニアはそう言って、にっ、と笑顔を見せた。
しまった、今日はソニア殿に甘えっぱなしだ・・・ガストンは気付いて苦笑を見せる。
彼のその表情の意味をソニアは正確に捉えることは出来ていないが、お互いに何の問題もない。
再度ガストンは空を見上げて、時間がかなり動いていることに気付いて動揺をした。
「もしかして、そろそろ天幕に戻らなくては、みなが心配するのでは?」
「ガストンは、天幕でも出来る話をしに来たのか?」
「・・・はい。急いだ方がいいと思ってここまで来たのですが。時間が経っているならば、お戻りになったほうが」
「そうだな。ランスロット、戻るか」
「ああ」
ガストンの言葉を受けて、ソニアは立ち上がった。ガストンもそれに続いて立ち上がり、服の汚れを大きな手ではらう。
「歩きながらでもいい話なら、歩きながらでも聞くぞ」
「あ、ええ、大丈夫です」
カンテラを持ったランスロットは、無言で先頭に立って歩き出した。その後ろをソニアとガストンは肩を並べてついていく。何故ランスロットがここにいるのかガストンはわからなかったが、聞くほどのこともない、とそのことについては口を閉ざした。
彼が言わなければいけないことはそんなことではないのだ。
歩きながら、意を決したようにガストンはソニアに向かって話し出した。
「あのですね。ソニア殿。今日は、ソニア殿に甘えてしまいましたが」
「そーか?」
「そーです。その、甘えついでに、もうひとつ」
「なんだ」
「明日、ソニア殿のお時間を少々いただけないでしょうか」
「うん?アンタリアに着く前にか?」
「出来るだけ、早い方がよいですね」
そのやり取りをランスロットは背中で聞いていたが、決して割って入ろうとはしない。
彼にしてはやや遅い足取り−真剣な話であればあるほど、歩きながらならば速度は遅くなるとわかっているからだ−で先導するだけだ。多少彼ら2人の足元が疎かになっても大丈夫な速度で。
「で、あたしは何すればいいんだ」
「虎の威を借るなんとやらといいまして」
ソニアはぷは、と笑って、ガストンを見上げた。
「あたしは虎か」
あっさりとした返答にガストンもついつい笑ってしまう。彼の返答もまた、あっさりとしたものだった。
「はい」
「で?」
「魔獣を操るのに、習得が遅い兵士達の状態を、見ていただきたいのです」
ようやく兵士が野営のために寄せ集まっている場所に辿り着いた。ソニアに何か用事があるのか、スルストが近寄ってきたけれど、それへは軽くソニアは手をあげるだけだ。たったそれだけでスルストは理解したようで、さっさと背を向けて行ってしまう。
「ソニア殿、ガストン。一緒に食事をしながら話してはどうだ。どうせどちらも食べていないのだし。ガストンの分はオーロラにもっていかせよう。それまで天幕で話をしていてくれ」
「ああ、わかった。悪いな、ランスロット」
「なんの」
「申し訳ありません」
「そんなに礼を言われるほどのことではないよ。では」
ランスロットはソニアの天幕に着く前に2人の側を離れる。
周囲は食事を終えた兵士達で、見張り番でもなく、かといって早朝番でもないため、今すぐに眠らなくてもよい者達が集まって、武器や防具の手入れをしていた。兵士達の天幕には、早朝番の兵士が既に眠りについており、出来るだけそれを邪魔しないための配慮だ。
敵襲が少なそうな夜だからといって、酒を呑んで騒いだりするものは誰一人いない。
彼らが酒を飲んで眠れるのは、もっともっと東の地域、帝国本拠地から遠く離れた場所、かつ、既に反乱軍が解放した地域でなければあり得ない。
特に野営であれば、なおのこと。
ランスロットはその兵士達の間をすり抜けて、オーロラを呼びに行った。
ソニアは彼から、既に用がないカンテラを受け取り、天幕に近付いた。と、天幕近くでソニアを待っていたらしき人影が見える。
「あ、ビクター」
それは、先ほどもガストンと入れ替わりで天幕に入っていったビクターだ。
今度はまた違うものを手にして、天幕前で彼は座り込んでいた。ソニアを見て慌てて立ち上がると、彼は小さく微笑んで返事をした。
「お帰りなさい。あ、ガストンも一緒だったのか」
「すみません。また、その、俺のせいで」
「うん?いやいや、違う違う。俺もさ、今来たばかりで。悪いな、逆に気にさせてしまってさ」
「なんの話だ?中に入ってくれ、ビクター」
ソニアは男2人をぞろぞろを従えて天幕にするりと入り、カンテラを土の上に無造作に置いた。奥にはソニアのために取り分けてあった食事が置いてある。
慣れているようにビクターはなんの許しも請わず、木箱の上に腰をおろした。その様子を見て「そうか、そういれば、ビクターさんはかなりソニア殿とは長いしな・・・」なんてガストンは心の中で呟いた。
そんなガストン自身は土の上であぐらをかいていて、ソニアは土の上にしいた布の上で、膝を抱えるように座り込む。
「これ。手に入れてきましたよ」
「あ、ありがとう。複写してくれたのか」
「はい」
それだけではガストンにはよくわからなかったが、ビクターがソニアに渡したのは地図だった。
「それで問題がなければ、同じものをお作りしますけど」
「うん。確認しておく。カンダハルに着く前に確認出来れば、向こうで書き直しして間に合うだろう?」
「ですね」
「助かる。ビクターは、アレだ。剣は繊細じゃないけど、地図書きは繊細だからな」
「けなしてから褒めないでくださいよ!」
あはは、とソニアは声をあげて笑う。
黙ってそれを見ているガストンに、ソニアは地図を手渡した。
「魔獣さ、うまく操れないやつらが出てくるかもしれないから、人数分っていうか、借りる魔獣分の地図をビクターに用意してもらってるんだ。はぐれたときにどうにかなるように」
その言葉にガストンは驚き、まじまじと地図を見た。
ソニアが言うように、ビクターが書いた(というより、写したのだが)地図はなかなか細かく、地形だけではなく注意書きまで丁寧な文字で入っているものだ。
いくつかの印が入っているが、それは多分、飛び立つ前に印の説明をするのだろう。
迂闊に印の意味を地図に書き入れては、いざ帝国軍の手にこの地図が回ったときに厄介だし。
「あたしも、ノーテンキに、ガストンに任せとけばなんでも大丈夫〜なんて思ってるわけじゃあない。だから、今日みたいにはっきり言ってもらえたほうが、本当に助かるんだ」
「・・・はい」
ビクターはそのやりとりの意味がわからなかったけれど、とりあえず自分が作った地図を褒められたことでなかなか上機嫌ではあった。
「・・・やっぱり、ソニア殿は、すごいですね・・・」
少しばかりへこたれた様子でガストンはぼそりと呟いた。
「だーかーらー」
ソニアはそう言ってから、はた、と気付いたように黙った。
その様子にビクターとガストンは両者とも「どうしたんだ?」と、驚きの視線を送る。
ちょうど、その時、天幕の外から女性の声がした。ビクターは予想外の人物の声に驚く。それは、オーロラのものだ。
「ああ、ガストン、食事がきたようだぞ」
「あっ、そうか。はい・・・ありがとうございます」
ソニアに促されてガストンは立ち上がると、天幕の入口を塞いでいる布を引き上げる。
そこには、ガストンの食事と2人分の飲み物を木のトレーに乗せてもっているオーロラの姿があった。それを受け取って、ガストンはソニアの前にトレーをがちゃ、と置いた。
「どういたしまして。お2人共、ちゃんと残さず召し上がってくださいね」
「うん、ありがとう」
天幕の中に恋人であるビクターがいることを、ちらりと確認したようだったが、それについては何も言わずにオーロラは一礼して去っていった。
何故か、ビクターは「ふー」と息を深く吐く。
「どうした、ビクター」
「いえ・・・今ね、ちょっと喧嘩してまして」
「珍しいな。どうした」
ソニアはにやにやと笑いながら、奥から自分の分の食事を引っ張り出し、トレーの上にあるパンに手をつけた。ガストンもそれにならって、野菜スープの器を手に取る。
薄汚れたトレーの上には、薄いけれど形がいびつな器に入った野菜スープと、焼いて時間がたった固いパンが2つ、果物が1つ。これが今日の夕食だ。
「笑い事じゃないですよ・・・オーロラ、怒ると怖いんですから」
「知ってるから、笑っちゃうんじゃないか」
「意地悪ですねぇ。もう。いや、もう、あれは俺が悪い。絶対悪い。本当に悪い。地に頭つけなきゃいけないくらい悪い!」
そのビクターの言葉の勢いに、ついつい笑ったガストンはむせてしまう。
ソニアも同じく笑い声をあげて、ビクターの言葉の続きをうきうきと(?)待った。
「何した」
「ノーマンのせいですよ、もう」
「ええー?またノーマンですか!?」
ガストンは驚いて、スープの器をトレーの上に置き直して口をへの字に曲げてみせた。ソニアは、ほう、という顔つきになって、まるで自分は関係ないという風にビクターの話を聞いていた。が、それへビクターがぴしゃりと
「あと、ソニア様のせいですよ」
と、予想外のことを言うものだから、ソニアもまたトレーの上にパンを置くことになる。
「え、あたしもか」
「ソニア様が、オハラに、ノーマンになんか言えとかどーのとか吹き込んだんでしょう?」
「うん?・・・ああ。言った言った。言ったぞ」
「オハラが、テリーと話していましてね。ノーマンにうまく言えないって、ちょっとへこんでいたんですよ」
「あーーー」
「んで、そこに通りがかった俺としては、アドバイスしてあげたかったんですよ。オハラがあんまりしょげてるのも気の毒だったし。で、オハラはちょっとはオーロラを見習った方がいいぞって」
「「ブハッ!!」」
ガストンとソニアは同時に噴出した。
もう、その後の話まで見えてしまったのだ。
「俺なんか、あれもこれもそれもオーロラから注意されて、しょげかえっている暇もないんだぞ、って・・・冗談ですよ!?冗談で言ってるんですよ!?ほら、俺、尻にしかれているってみんなが思っているし、オーロラも別にそれでイヤじゃないっていうか、彼女が本当は俺のこと立ててくれてることだって、みーんな知ってるでしょう!?」
そうビクターが言うと、ガストンは苦笑を見せて
「ビクターさん、ソレ、すっごいノロケ」
「うるさいな。知ってるよ」
ビクターは頬を少しばかり紅潮させて、唇を尖らせてすかさず答えた。
「あとはご想像の通り。まったく、オーロラはどこに目や耳がついているやら。気付いたら、俺の後ろに立っていたというわけです」
そのビクターの言葉にソニアはますます笑ってしまう。それは先ほどランスロットが言っていたことそのままではないか。
「じゃあ、あれだ。ビクター、頭こすりつけに行ってこい。これはあたしが見ておくから」
「・・・えーー・・・」
自分で「地に頭つけなきゃいけないくらい悪い」といっておきながら、あっさり「行ってこい」と言われてしまうと、それはそれで嫌なものだ。ビクターは眉をひそめて、あからさまに嫌そうな顔をソニアに向けた。
「夜は、人が素直になるものだ。だから、仲直りの気持ちが強ければ、夜の方がいい。オーロラだって、本当はそんなに怒っていないってわかってるんだろうから」
ビクターはしばらくソニアの顔を見ていた。
それから、小さく笑みを見せて腰を浮かせる。
「ご助言、感謝します。嫌になるほど、正しいことをおっしゃる」
「嫌になったか」
「あはは、冗談ですよ。それでは、地図の確認宜しくお願いいたします。失礼します」
「うん」
ビクターは一礼をして、天幕から出て行った。
ソニアは再びパンを手にとってちぎりながら笑う。
「仲直りするまでなんか、10秒もかからないんだ、きっとあの2人は」
「そうですかねぇ」
「オーロラは、ビクターの顔見てすぐわかるからさ。反省してるかどーかって。だから、行けばすぐだよ」
きっとカノープスがこの言葉を聞いていれば「なんだ、お前も言うようになったな」なんていってソニアをからかうことだろう。
夜は人が素直になるものだ。
そのソニアの言葉を噛み締めながら、ガストンは、ちょっとだけ弱音を吐きたくなった自分を、許してやろうと思うのだった。


翌日の行軍途中の休憩時、ソニアはガストンに依頼された通りに、魔獣の乗りこなしをガストンに指導されている兵士達の様子を見に足を運んだ。
行軍の途中途中でそれをやるものだから、休むべきときに休めていない彼らも疲労はたまっているだろうとソニアにはわかっていた。が、それでも尻を叩かなければいけないのだと自分に言い聞かせる。
「調子はどうだ」
いささか呑気すぎる歩調と口調で、鬱蒼とした草原をソニアは歩いてくる。カノープスも一緒だ。
広がる雑草の中、ガストンからの命令を待つかのように空を飛ぶ魔獣2体がうずくまっていた。その周囲に選ばれた兵士達が、ある者は立ち、ある者は座り込み、ガストンの指導を受けている。
「あっ、ソ、ニア様!」
ソニアが近付く姿を見つけ、兵士達はみな姿勢を正して立ち上がった。
カノープスはその様子を見て「おーお、もういっぱしの軍隊と変わりがなぇな」と小声でソニアに囁く。
ソニアは面白くなさそうに「そういう軍にしたかったわけじゃないんだけどな」と答えた。
あえて2人共口には出さないが、人数が多くなったこの反乱軍は、始まりの頃に比べるといささか居心地が悪い。けれど、大規模な軍でなければ出来ないことが山ほど彼らの前には立ちはだかっているのだから、今更それに対してどうこういったところで始まらないのだ。
「ああ、いい、休める人間は休んでいろ。座っていたからといって咎めるような、そういう余計な規律があるわけじゃない」
そう言ってソニアは軽く肩をすくめた。
「おーい、ガストン、落ちこぼれはどいつだ」
その物言いにカノープスは噴出した。
「おっまえなあ、落ちこぼれって。そのまんまじゃないか」
「だってそうなんだろ。ガストンは決してそういうことは言わないが、別にこんなこと、やんわり言おうがはっきり言おうが大差がない。魔獣を操るのが間に合うか間に合わないかのどっちかだけなんだし」
ソニアのその言葉を聞いて、数名の兵士がばつの悪そうな表情を見せている。
わっかりやすー、とカノープスは口の中でもごもごと呟いた。
「ガストン、誰が、いまひとつなんだ」
「こちらの3人です」
「うん。何が出来ない」
「空中での方角制御が」
「ああ、それならまだ見込みがあるだろう」
「そうですね。素人では空を飛んでいることすら出来ない場合が多いですから」
行きたい方向へいけないのは、制御の仕方が悪いだけだ。
が、飛んでいられないとなったら問題は違う。それは、魔獣にとって明らかに「不快な」乗り手だということだ。
空を飛ぶ魔獣達は、基本的に空を飛ぶことが嫌いではない。なのに陸に向かうとは、それは「救いようがない乗り手」と言われているようなものだ。が、今「おちこぼれ」の彼らはそうではないのだから、どうにかなるのでは、とガストンもソニアも思っていた。
「よっし、じゃ、一人ずつだ。あたしについてこい。サポート役はいらない。一人で、だぞ」
「はっ!?」
「ガストン、借りるな。他の兵士は解散して休ませてて構わないぞ」
「ちょっ・・・」
「カノープス、援護よろしくな」
「まったくよ・・・いくらなんでも人使い荒過ぎるっての。飛ぶ速度も高度も違うんだから、無理だぜ」
「無理でもやってくれ」
「・・・はいはい」
カノープスは肩をすくめた。
ソニアはガストンが返事する暇も与えず、草の上でうずくまっている魔獣に近寄ると「出かけるぞ。よろしく頼む」と声をかけて、その背に乗った。その手馴れている様子に一同は驚きの表情を浮かべた。
(本当はソニアだってそんなに得意じゃねーくせにな)
ガストンに促されて、まずは一人の兵士がもう一体の魔獣にぎこちなく乗った。
ソニアを乗せた魔獣が、ぐい、と体を起こしてから翼を広げる。ばさ、ばさ、とその羽ばたきであたりは砂煙が立ちあがった。
それを先導するかのように、先にカノープスが力強く空へ飛び上がる。
強引なやり方だ、とガストンは苦笑した。
ただ、それは自分がやっても効果がないのだと彼は知っている。
ソニアが突然ぽっと前触れもなしにやってきて、「落ちこぼれ」などとはっきり口に出し、そして先に立って促してくれる。
それら全てのことが揃ってやっと、効果がある「かも」と思える手段だ。
どこかに帝国兵がいる可能性も、とか、そんなことをいちいち口に出して伝えることも無意味だろう。
だって、絶対ソニアは、それくらいのことはわかっていて「事前に確認をして」、この無謀とも思えることをしているのだろうから。
確かに虎の威を借ることはしたかったが、ここまでやられるとは思っていなかった。ガストンは息を深く吐いた。
「あーーーあーーー」
解散、と言われても、ことを見守りたいらしく残っていた兵士が、ソニアが飛び立ったあとに、もたもたとあとを追って出発した兵士の姿を見ながら声をあげた。
無様という言葉がこんなに似合う様子もあまり見ることが出来ないだろう。
魔獣はソニアとカノープスの後を追うように飛び立っ・・・たつもりで、低空飛行であさっての方向へと飛んで行く。
無闇な低空飛行は、高度で生き生きと飛ぶ魔獣達のストレスになる。
ああだこうだとやっているうちに、あっという間にソニアの姿は消えてしまうし、誰も助ける者はいないし、これではスパルタどころではない。
ソニアはさっさと姿を消したけれど、カノープスは呆れたように、よたよたしている魔獣近くを飛んでいる。
一応落下しないようにとだけ気をつけてくれているのだろうが、声をかけたり手を貸したりは一切なしだ。
残っていた「落ちこぼれ」の2人の兵士は血相を変えて
「ガストンさんっ、魔獣、他に、残ってないですか!?」
その言葉にわずかな苛立ちをガストンは感じたけれど、すんでのところで抑えて答えた。
「三人が戻ってくる前に、もうちょっと練習するかい?」
「はっ、はい!」
そういう自主性を、もっと早く出して欲しかったものだ。
そう言いたいけれど、そんな嫌味1つを言う暇があれば、残り2人をどうにかした方が余程前向きだ。
残りの兵士もその場を離れずにずっと空を見上げるが、ソニアは、決して戻ってこない。
兵士を乗せた魔獣が追いつくまでは、反乱軍の進軍を止めてでも待つつもりなのだろう。
その、あまりの潔いやり口に、呆れる者もいたけれど、ぞっとした者もいる。
自分一人の能力が足りないがゆえに、全体の足をひっぱることは恐ろしい。それも、ソニア直々のお出ましで。

よたよたと飛んでいった一人の兵士は、少しずつではあるがソニアが消えた方角へと向かって行った。
半刻過ぎても彼らは戻ってこない。
と、わずかに離れたところで休憩をとっていた本陣が、騒がしい。
どう見てもそれは移動を再開する動きだ。それにガストンが気付いた時、ちょうどノーマンが伝令役−あまりにも似合わないが−のように走ってきた。
「部隊長!先に移動始めるんだってよ!」
「何!?」
「なんだっけか、ここに三人?うまく乗れないヤツと、部隊長と、リーダー残して、全員カンダハルに向けて出発するんだと」
「なんだって!?」
「最後に、魔獣に乗って追いつこうってな魂胆らしいぜ」
なんてことだ、やられた。
ガストンは頭を抱えた。
しかも、よりによって反乱軍リーダーであるソニアが行軍を離れてフラフラと飛び回り特訓に付き合い、挙句の果てには乗りこなしを覚えない限り、今日の宿には辿り着けないことになるときた。
やりすぎだ。
やりすぎだけれども、それがソニアらしい、とガストンは本日数回目の深いため息をつく。
正規の軍隊だったら、絶対にありえない暴挙だ。
「なんか、あのちびっちゃいリーダーはよ」
「・・・うん」
「軍隊のお偉いさんにゃあ、見えないよなぁ。勇者様にも見えないし」
「なんてこというんだ」
「自分の体はってるときが、一番楽しそうに見えるな、俺には。じゃ、先行くぜ。あんたも苦労が絶えないな」
「そのうちの何割は誰のせいだと思ってるんだ!!」
ノーマンは悪びれることなく笑って背を向けて歩いていった。
それを見送ってからガストンは、その場に残っている他の兵士−落ちこぼれの二人を除いて−に、ランスロット達の指示に従って移動してくれ、と声をかける。
そうだな。
自分の体をはっているときが、一番楽しそうなのは、間違いはない。
どんな力をもっていようが、なんだろうが、彼女はいつでもその生身1つで解決をしようとする。
それを簡単に「勇者だから」だとか「リーダーだから」だとか、そういう言葉で片付けられるのはいささかガストンには理不尽に思える。
「もっと、俺たちがやるべきことがあるし、やらなきゃいけないことがあるんだ」
それを疎かにしている兵士が、この軍にはまだまだ多いのではないかと思う。
ソニアと同じ志で集まっている「はず」だけれど、同じほど体を張っているかと問われれば、黙るしかない。
自分も含めて。

「お前はっ、やりっ、すぎっ、なんだっ、よッ!!!!」
カノープスがぜいぜいいいながら草むらの上に大の字に寝転がっていた。全身あせだくになっていて、たたんだ翼に汗がついて湿るのが気分悪いらしく、時々横にごろりとなっては羽根を広げ、また大の字になっては少しして横になり、と忙しい。
既に日は傾き始め、ガストンを含めて「待っていた」兵士達もがぐったりとしている。
「一人っ、頭っ、半刻でっ、片付けろ!こっちの身にも・・・ぶはー!」
「好きで長く飛んでたわけじゃないぞ、あ、ははは、さすがにちょっと、疲れたな・・・ハハ・・・」
ソニアも大の字に寝転がり、けれど、少しばかり楽しそうに笑っていた。
やがて、むくりと起き上がって
「魔獣を休ませたら、全員でここを出発しよう。6人だから、3頭に2人ずつ乗ればいいだろう?カンダハルには夜になる前につくはずだ」
「カノープスさんは、操れるんですか?」
「何いってるんだ、ガストン」
ソニアはあっさりと答える。
「操るのは、落ちこぼれ三人衆だぞ」
「「「ええっ!?」」」
三人の声が重なった。
本当は、魔獣達こそがあげたかった声に違いないのだが。

かくして、ソニアの無謀な方法で、三人中二人はどうにか形になったけれど、結局一人の兵士は最後の最後まで、魔獣を上手く操ることが出来なかった。
それは仕方がないことだと思う。人には向き不向きがあり、ガストンが「彼なら出来るのでは」と思ったとしても、ガストンとて人を見分けなければいけないことなぞ未経験のことだ。それに間違いがあったとしても責められることではない。
ようやく操れるようになった二人は、一人の後ろにカノープスを、もう一人の後ろには、結局操れなかった一人を乗せて、地図を頼りにカンダハルに向かう。ようやく操れるようになった二人は、さすがにソニアを後ろに乗せられるほどの根性はなかったらしい。
ガストンが操る魔獣が先導し、彼の後ろにはソニアが地図で進路を確認しつつ、周囲を伺って様子を見ていた。
もうそろそろカンダハル、という頃には既に夜近くになっており、空がゆるゆると色を変え始め、地上の人々を家路を急がせる。いや、地上にいない人間も、温かいスープの待つ家に急いで帰りたくなるのだろうが。
空を飛んでいる時に色が変わるのは好きだ、とソニアはガストンに言う。どこか、その言葉には無邪気さを感じられて、ガストンは小さく笑った。
さすがにその時間になれば、魔獣達も乗り手に疲労を訴える。それを理解してあげられる乗り手はガストンしかいない。
とはいえ、それでももう少し彼らには飛んでもらわなければいけない。
ガストンの後ろに乗っているソニアはガストンの表情を見ることは出来ないけれど、彼女もまた魔獣の疲れはなんとなく察知をしている。きっと、ガストンはギルバルドと同じような顔をしているんだろうなぁ、なんてソニアは勝手に思っていた。
「ガストンも、ご苦労だったな」
突然ソニアがねぎらいの言葉をかけてきた。ガストンは頭を縦にふったが、その先にうまい言葉が出てこない。
いいえ、あなたこそ。いいえ、これくらい。当たり前のことです。
そのどの言葉も必要に思え、けれど、どれも正解ではない気がした。
「俺の苦労よりも、反乱軍リーダーの苦労の方が」
「ははは。あたしは、いい気分転換になったからいいんだ。ランスロットに後で怒られに行くから、凹むかもしれないが」
「えっ」
「他にやり方がなかったけれど、反乱軍リーダーとしては、今日みたいなことは失格だ」
「そんな」
「・・・ガストンは、あたしのところへ、虎の威を借りに来たけれど」
ソニアは照れ臭そうに眉をひそめながら笑った。もちろん、その顔をガストンは見ることは出来ない。
「本当は、「反乱軍リーダー」だとか「ティンクルスターを持つ勇者」だとかさ・・・天空の三騎士を従えているだの、ブリュンヒルドの使い手だろーとか・・・その威を誰よりも借りているのは、あたしだ。ただのあたしは、ああいうやり方しか出来ない、未だに傭兵癖が抜けない未熟者なのにな・・・ほんと、ほとほと自分にも呆れる。荒っぽいやり方しか出来ないんだもんな」
そんなことはない。
ソニアは、やはり自分にとっては、なくてはならない人間で、ソニアでなければついてきていないとガストンは思う。
虎の威を、とソニアは言っているけれど、それに惑わされているのは新兵や世間の目だ。
自分は見間違っていない、とガストンは強く思う。
たとえ、彼女が「勇者」と呼ばれる人間でなくとも、天空の三騎士が仲間にならなかろうと、彼女がいう「ただのあたし」はガストンにとっては充分過ぎるほどの大きな存在だ。
「そんなことは、ありません」
「うん?」
「俺がこんなことを言うのもなんですが・・・今日、あの二人が魔獣を操れるようになったのは、あなたの力と、彼ら二人の努力です」
「あたしの力ではなくて、あたしが借りている、虎の威の力だよ、ガストン」
「100歩譲ってそうであっても」
いささか熱のこもった声でガストンは言った。
もともと、大きな声で話さなければ相手に伝わらない空の上。それはソニアの気に触るものではない。
「勝手に虎の威を借りているのではなく、相手が無理矢理貸しているようなものでしょうし」
「・・・あはははっ!ガストンは、おもしろいことを言うな!」
ソニアは大声で笑った。
「もっと、それをうまく使って、みんなを騙しても問題ないですよ」
「ガストンはいやーなこと言うな」
「すみません」
「もう、騙す隙がないほど、みんなは勝手に騙されてくれている。だから、それが、重い」
ガストンは黙った。
昨晩ソニアは、夜は人が素直になるといったけれど、今はまだ夜の入口の何歩も手前だ。
「そして、それをガストンに言ってしまうくらいは、まだあたしは未熟だ。こんなことランスロットにばれたら、また怒られる」
「いいません。絶対、いいませんから」
「ギルバルドは、怒らない。もっと言えば良いと言ってくれる。それでも、みんなはあたしについてくるだろうから、言えば、本当の自分の味方がどれだけたくさんいるのか、あたしが気付くだろうという」
「それこそ、荒っぽい話ですね」
「でも、そんなことできるはずがない。虎の威を疎ましがっている反面、あたしは、それを捨てる勇気が無い。それをやっては反乱軍にとってプラスにはならないし。ううん、それより・・・ただ、恐いな」
ガストンはその言葉で、胸を射抜かれたかのような痛みを感じ、眉間にしわを寄せた。
「本当の、気持ちが通った仲間というものは、大人数はいないはずだとあたしは思っている」
「・・・」
「そうだと心を許した人間が、裏切ることもある。だから、本当は、人生の中でそんなに大勢会えるはずがないんだ」
「そんな・・・」
「だけど、そうじゃないと信じたくて、あがいている自分がどこかにいて、その決着をつけるのが恐い」
ああ、そうだ。誰だってそうだ。
ガストンは、魔獣を操る手綱を持つ手に力を入れて、唇を噛み締めた。
そもそもソニアはいつだって正直だ。
今ガストンに話したことだって、「隠しておきたい」とか「人を選んで話したい」とか、彼女は口に出すはずが無い。たとえランスロットが「ソニア殿、そういうことは」と遮っても「なんで。別にいいだろう」とあっさりと言うのだろう。
だからこそ、彼女の口から出る「本当の言葉」が胸に響くのに違いない、とガストンは思った。
そして、その痛みを感じるから、自分はソニアのもとを離れようなんて微塵も思ったことがないのだ。
人は誰だって、自分を取り囲む人間が、自分を愛してくれると信じたい。
けれど、この、まだあどけなさが顔立ちに残る年齢の、不思議な力を持ったソニアは、その志しと力ゆえに人の何倍、何十倍、いや、何百倍の人間に取り囲まれて、彼女からすれば根拠が薄い信頼の上に立たされている。
そんな彼女が、更に虎の威を借りて、他の存在の力を借りて、更に人々を集め、信頼を勝ち取ろうとすることは、どこででも切る事が出来ない仕様がない繰り返しの輪の幅の広がりを助長し、裏切られた時の痛手を増すことなのだろう。
「ガストン」
「はい」
「疲れたな。今日は、いっぱい寝よう」
「はい」
「明日は、寝坊してもいいぞ。交渉はあたしの仕事だ。でも、明日は朝の鍛練は休もう。さすがに疲れた」
話はもう終わりだ。ソニアはそう言う意味を含んで、そう言ったっきり黙った。だから、ガストンもそれきり黙って、魔獣を操ることと、後続の二頭の様子をうかがうことだけに専念をした。
それからわずかの後、彼らの周囲は暗闇に覆われ始め、本格的な夜が姿を表し始めた。
そう気付いたガストンは、眼下にちらちらと左右に揺れる灯火を発見した。合図の明かりだ。目ざとく気付いてガストンは高度を下げた。
自分は、虎の威を脱ぎ去った彼女を裏切ることは多分出来ないと思う。
それを今はどう伝えても、ソニアはわかってくれないと思うし、伝える術もないと感じる。
戦いが終わったら、魔獣を借りて、今日のようにソニアとどこかに飛んで行こう、とガストンは思った。何の肩書きもない自分や、それからノーマン。ビクターやオーロラなど、何一つ権力も持たない、気安い人間を集めて。
その程度のことでしか伝えることは出来ないというもどかしさが、昨日までのガストンが持っていた苛々と摩り替わったように心を支配する。
未来に繋がるもどかしさは、悪くないものだ、とガストンは思う。
魔獣は、その羽ばたきで舞い上がった砂煙をものともせず、カンダハル郊外の草原へ降りた。ガストンの後輩であるビーストテイマーや他の兵士達がそこで待っていて、魔獣の寝床を作り、食料を用意して待っていてくれたようだった。
「お疲れ様、ガストン」
「お疲れ様でした」
草の上に飛び降りたガストンは、それに続いて降りたソニアに向かってなんとなく手を差し出した。ソニアは不思議そうな顔で一瞬彼を見たけれど
「今日から、きっと熟睡出来るぞ」
と笑ってその手を握った。
手袋をつけたもの同士でもわかる、予想以上の手の小ささ。それを感じて、ガストンの胸はまた少しだけ痛む。
が、ソニアは余韻も何もないようにあっさりと手を離して、すぐさま他の兵士から話を聞き始めた。今晩の宿泊地のこと、明日の予定、その他ランスロットからの伝言を頭に入れることに既に余念が無い。
ガストンもまた、後続の二頭の着陸を見守るため空を見上げ、後輩から受け取った灯りを左右に揺らして誘導をする。
ちょうど、月を背後にしてカノープスが魔獣から飛び立って、着陸のサポートをしてくれている姿が見えた。
そうだ、カノープスさんも一緒に、どこかに行こう。
この軍に入って初めて思い描いた、戦が終わった後の自分の予定がそれか。
周囲に見られないようにひそやかに苦笑をしつつ、それもまた、悪くない、とガストンは思った。



Fin


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モドル