再会-3-

「ほんとに、レイモンドはどうかしてるな」
とある建物の一室で茶を飲んでいるソニアのそのつぶやきは、素直にそのままの意味でうけとられては困る、一種の褒め言葉だ。
「どうして、初めてやってきた土地で、そうあっさりと陣地となる場所を確保出来るんだ」
「だよなー」
気安く返事をするのは、その部屋の角の辺りで仮眠をとっていたカノープスだ。なんだ、起きたのか、という表情をソニアは見せたが、あまり多くの反応はせず、肩をすくめた。
ソニアの前にある小さなテーブルには地図が広がっており、ビクターがそれをおおまかに書き写している。ある程度は前もってスルストが出来る範囲で教えてくれていたが、実際現地に辿りついたらかなりの差分があったようで、地図を作り直す必要に迫られた。
そう悠長に書き写すわけにもいかないから、二人のやりとりなぞビクターの耳には届いていないようだ。
「まあ、スルスト様に一緒にいってもらったっていうのが大きいのはわかるが・・・ほんと、さっきまで雲の上だか下だかを飛んでいたのに、不思議なもんだ」
運が良いのか悪いのかはよくわからなかったけれど、ギルバルド達が最初にシャングリラにたどり着いた場所は、女神フェルアーナがいるとされるシャングリラ城から、相当に遠い場所だった。
最も近い場所にあったエリシリアという名の都市に本拠地を置くため、ひとまず斥候役としてソニアが重宝しているレイモンドが、スルスト、キャスパーと共に向かった。
シャングリラへと向かってきた有翼人部隊もすべて勢ぞろいして、とりたてて何もない草原でレイモンド達の帰りを待っていたのだが、予想以上の速さで三人は戻ってきた。
天空の三騎士の一人であるスルストが同行したのが予想以上に良い方向へ転んだらしく、エリシリアの住民達は早急に反乱軍を受け入れるよう表明を出してくれたらしい。
最初は罠かとレイモンドもいぶかしんだらしいが、スルストいわく「天空の三騎士が下界の者達にあやつられたという噂、反乱軍がそれを助けたらしいという噂は、どちらも届いていましたからね」というわけで、それなりに反乱軍の知名度がこの空中都市にもあったとのことだ。
都市に作られているいくつかの区画ごとの代表が集ったり、何かと住民達の催しごとがあるたびに使われる建物を、反乱軍はしばしの間借りることになった。ベッドなどはないが、何かがあった際の避難場所にも指定されているらしく、いくらかの毛布や、床が多少ささくれてはいるものの、ごろ寝が出来るほどの広い部屋もある。平屋ではあるが、様様な用途に使っているようで部屋数もかなり多い。
反乱軍がこの空に浮いているシャングリラ――今、帝国軍が拠点としている城の名そのものがシャングリラ城なので、わかりにくい話だが――に辿りついたことは、とっくに帝国軍も知っているはずだ。それでなくとも空での交戦をしたのだし。
「どの都市にも帝国軍がそれなりに派遣されているだろうから、まあ、この都市を拠点にしたことはとっくに知られているだろうな」
それはそれとして、こちらはエリシリアの住民から、帝国軍がどこに本拠地を置いているのか、どういった戦力がそこにはいるのか、など、一部不確定でありながらも相当に有益な情報を手に入れることが出来た。
それに、シャングリラ城から遠い場所を拠点としたことで、帝国軍もやみくもには攻めてこないだろうという推測も立っている。
ここまで反乱軍が飛行系の魔獣や有翼人を戦力にいれてやってきたことは相手もわかっているはずだ。
そうであればシャングリラ城に向かうルートが一定しないことは、帝国軍も予測しているだろう。
歩兵と違って空を行く者たちは、道なき道を進むわけなのだし。
それなりに歩兵が多いとわかれば帝国軍側も迎え討つために計画を練られるに違いないが、空の行き来となると勝手が違う。
本拠地であるシャングリラ城からあまり離れないところで防衛線を張りたいに決まっている。
「まあ、こっちは情報を集めながら北上していけるだろうから、無闇に攻め込まないでくれるとありがたいんだけど」
「お互いに、あんまり本拠地から離れたくないっていうのはあるだろーな」
めずらしくまともなことをカノープスが言うと、ちょうどそのタイミングでビクターが顔を起こした。
「おおよそ、終わりました」
「ああ、ご苦労様。お茶新しくいれてこようか?」
「あ・・・はい。いいですか?」
「うん。カノープスは?」
「俺はいーや」
「わかった」
ソニアはそう言うと、自分のカップトビクターのカップを持って、開けっ放しの入り口から部屋の外に出て行った。彼女の長所の一つには、新しくあてがわれた場所でも、あまり戸惑いもなく動けるということがある。来たばかりのこの建物で、さっさとソニアは司令室的立場になる自分の部屋を決め、厨房があることを確認し、勝手に茶を飲んでいるのだ。
レイモンドのことを褒めたソニアではあったが、カノープスからすれば「お前は別意味ですぐ順応してすげぇな」というところだ。
「ビクターは、あんま、申し訳なさがらないんだよなぁ」
「え?」
何を言われているのかわからないようで、ビクターは間の抜けた声をあげてカノープスを見た。
「ソニアが茶ーいれてくる、とかいうと、みんな結構困るのにさ」
「ああ・・・最近はさすがにないですけど・・・以前は、それが当たり前だったこともあったので」
「あ、そっか、お前らツレになって長いんだもんな」
それにはどういう風に答えればいいのか、とビクターは曖昧に笑みを浮かべた。
なんだ、そのうすら笑い、とカノープスが言おうと口を開いた時、開けっ放しの扉をわざわざノックしてランスロットが現れた。
「うん?ソニア殿は?」
「今、茶ー淹れにいっちまったけど。会わなかったか?」
「ああ・・・厨房とは逆から来たからな」
「なんか動きがあったのか?」
「うむ・・・スルスト様とサラディン殿、ギルバルドに出てもらっていたのだが」
帝国軍と出来る限り遭遇しないように、空を飛ぶ魔獣で迂回ルートを使って付近の都市の様子を見てくるように、その三部隊に依頼をしていたのだが、どうやら各人戻ってきたようだ。
「嫌な知らせが」
「お前が言うからには、本当に嫌な知らせなんだろうな」
「シャングリラにいる帝国軍の指揮をしている人物について」
カノープスとビクターは唇を引き結んだ。
「黒い鎧を着た人物で、悪霊達を周囲に引き連れていたらしい」
ランスロットの言葉に、カノープスは目を細めて反論をした。
「・・・鎧の色なんて、どうとでも」
それは、ランスロットが何を言おうと思っているのか、その言葉からどの人物を連想したのかを十分に理解した発言だ。それをうけて、ビクターが眉を寄せながら呟く。
「しかし・・・黒い鎧といえば・・・黒騎士・・・」
「シャングリラを落とすという計画は、かなり大きい計画のはずだ。そこにガレスが直々に関与していてもおかしくはないだろう」
「あいつは、ヤベぇだろ。そりゃ、以前は一度勝ったは勝ったけど、それだって辛勝だったしよ・・・ソニアがくらった一撃、まだ、あいつ痕が残ってるんだよな」
「痕どころではない。相当に時間が経ってからみてもらったムスペルムの名医には、痛みがなくなっていようが、それでも一度切開して縫わなければいけないと言っていた」
「有り得んのか、そんなこと。だって、あいつの足は普通に動いてるじゃないか」
「人のものではない、何かが呪詛のように傷に残るのだと言っていた。だから、ムスペルムで大怪我をした時に、表面上完治していた傷が内側から開いたではないか」
「そんなことしやがるバケモノが相手か。うーん」
「しかしまあ、たとえ力を増して来たとしても、我々も当時よりは頼もしい戦力が増えているのだ。そこまで気に病む必要はない」
二人のやりとりを聞きながら、ビクターは小さく溜息をついた。
ランスロットもカノープスも特にそれを気に止めなかったが、ビクターのその溜息は「あの頃から随分と時が経ったものだなあ」という、感慨深い気持ちの表れだ。
室外からとっとっと、とソニアの足音が近づいてくるのが聞こえた。
「ランスロット、来てるんだろ?窓からギルバルド達がいるのが見えたから、報告まとめてきたんだと思って」
「ああ、それはなかなかの勘だ」
戻ってきたソニアはテーブルにとんとんとカップを置く。自分が先ほど使っていたものとビクターが使っていたもの。その他にランスロットのために淹れた茶が並んだ。
「実は、ソニア殿」
「うん」
ソニアは気軽に、すとん、と椅子に座り直す。立ったままでランスロットは再び同じことを口にした。
「シャングリラで指揮をとっている人物なんだが」
「うん。誰?知ってる人間?ラシュディか?」
「いや、そこまでの大物・・・なのかな、どうだろう。黒い鎧を身に纏った騎士らしい」
「・・・ふーむ。ガレスか。それはまあ、予想の範疇だなぁ」
存外のんびりとソニアはそう言って、その話を特に追求はしなかった。で、他の情報は?と軽くランスロットを促す。
それ以外の情報を端的にランスロットから聞くと、ソニアは二口茶を飲んで、少し眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「とりあえず、このシャングリラにいる住民は、帝国軍が何をやろうとしているのかあんまり把握出来てないんだね?高度が落ちているとか、移動しているとか、そういうことって気付かないものなのかな」
「スルスト殿の話では、そういったことはなかなか体感出来ないし、雲の高さで量ろうにも都市の周囲に防衛のため作り出された雲が覆っているので、住民には判断しづらいのだと言う。それに、誰も地上を覗こうとか、自分達が地上のどの土地の上にいるかなぞ考えもしないらしい。そもそも、もとから多少は移動をしていたというし。ただ、帝国軍がシャングリラ城をのっとって、女神フェルアーナの力や、この都市が浮いている何かの大きな力を利用しようとしているんじゃないかとは思っているらしい」
「そんなもんだろうなぁ・・・カノープス、悪いんだけど」
「あん?」
「ラウニィーとノルンを呼んで来てくれないか」
それは、多分ガレスの話を受けてのことだろう、とその場の全員はすぐに気付いた。
「あいよ」
そう一声返事をすると、文句もなく、何故、の一言もなく、素直にカノープスはすぐさま部屋から出て行く。
「あ、椅子ももうちょっといるかな」
「自分が退出しますので、もう一脚か二脚もってまいりましょう」
ビクターはそう言って地図をソニアに渡すと、まだ熱い茶を飲み干そうと四苦八苦する。
その様子がおかしくてソニアとランスロットは、小さな声で笑った。


ソニアは、カノープスが呼んできたラウニィーとノルンに、ガレスのことを話した。
帝国軍から寝返った形であるラウニィーにもノルンにも、今まで多少は帝国のことをあれこれ聞いてはいた。だが、実際彼女達がガレスと対峙する可能性が出てきた今としては、それなりの心積もりを再確認する必要もあるし、戦うにおいて何かしらの情報が他にあれば聞き出しておきたいというのがソニアの意向だ。
ラウニィーはソニアの真正面に座って、身を乗り出すように話し出した。
「ガレス王子はそれなりの年齢のはずだけど、いつからか・・・20数年前から全然年をとってないような気がするって、お父様が言ってたのよね。わたしが生まれる前からの話よ」
「へえ」
「それに臣下が気付きだした頃からか、兜をとらなくなったっていう噂もあったわ。今となってはあの鎧の中身が人間なのかどうかも定かではないけど、以前は優しい王子だったって聞いてたわ」
「噂では、大陸のあちこちに出没していたらしいけど」
「そういう噂もあるわね。だって、アッシュが・・・その、亡きグラン王を討ったっていう汚名を背負わされたのだって、ガレス王子が姿を変えて・・・とかいう噂にもなっているんでしょ。わたしはお父様からしかガレス王子の情報って聞いてないから・・・それは、多分まだ歯車が狂ってない過去の話だから、今のガレス王子がどんな力を持っているかなんて、全然知らないわ」
「お父上はなんと?」
「もともと、魔法力が強い人で、魔法騎士になる素質があったらしいけど、姿のない魔法っていうものをあまり過信したくないって言っていたらしいわ。だから、王子でありながら自分の力を伸ばすために稽古をよくしていたんですって。今となっては、魔法への過信が云々ってのも想像もつかない話しだけどね」
「昨今では、ガレス王子が何か戦に出向いたりは」
とランスロットが聞くが、それへはラウンニィーもノルンも首を横に振る。
「っていうか、裏ではあったのかもしれないけど、公にはないわね。だから、ソコよ。大陸のあちこちに出没してるって噂。それらのどれも、別に帝国的には公な話じゃなくて噂だもの。その噂の中では・・・戦っていたって話もあるのかもしれないけどね」
そう言うと、ラウニィーは肩を竦めた。
ノルンは更にラウニィー以上にはガレスのことを知らない、と言う。
彼女もまた「以前はとても人格者で、人望も厚い方だったらしいのですが」と、過去の人づての話しか情報を持ち合わせていないようだ。
「ガレス王子と戦う可能性が出てきたけど・・・大丈夫か?特に、ラウニィー。ノルンはシャングリラ城より手前での防衛に力を貸してもらおうと思ってるから、多分ガレス王子とは・・・ああ、いや、可能性はゼロではないが・・・どうだろう?」
とのソニアの問いに、ラウニィーは心底驚いたように
「何言ってるの?今更。今となってはあのガレス王子は、帝国の人々を苦しめる政治に加担している、立場を利用してよからぬことを企んでいる一人でしょう。たとえ発端がラシュディに騙された、とかそういうことでも・・・もう、それは何の言い訳にもならないわ。わたしが、アッシュとトリスタン皇子の無念も晴らしてやるわよ!」
と息巻いて答えた。ノルンもそれを後押しするように
「正直な話、わたしはエンドラ陛下を敬い、命を捧げておりました。けれど、陛下の異変以上にガレス王子の存在の奇妙さに触れることは、帝国の上層部では禁忌とされており、何時の間にかエンドラ陛下への忠誠には必ず、ガレス王子の存在に目をつぶることをも強要されているような状況でした。そうやって片目を閉じたように生きていた報いを、今わたくしはわたくしなりに受け、けじめをつける所存です」
と、彼女にしては力強く言い放った。
「うん。ありがとう。二人を疑うつもりではなかったんだけど、立場的には・・・一度、ガレス王子と交戦させた方が、後々周囲の目もさ・・・和らぐと思ってるんだよね」
「気遣ってくれてるのは、よくわかるわ。ノルンはともかくわたしは、仲間になって今日まで、もともとの帝国軍軍人とそうそう戦う機会もなかったから・・・まだ疑ってる人間は、この軍に山ほどいるだろうからね」
「うん。カストロ峡谷以降、どっちかっていうと帝国軍というより、ラシュディの傘下っていう感じの相手とばっかりだったからね。でも、無茶はさせるつもりはないから、心してくれ。ガレスは本当に、強い」
ソニアは、最後の言葉に力を込めた。
いつもならば軽くそれを跳ね除けたり受け流したりするラウニィーだが、ソニアの言葉に含まれたその「本気」を感じられるくらいは、彼女もそれなりに感じ取る力もあれば、人を見る目が備わっている。
「あなたがそういう言い方するってことは、ホンモノね」
「ああ、あれはホンモノだ。以前、我々が交戦した時は勝てたが、それはこっちの量が勝っていただけで、ガレスは最初から撤退の準備もしていたから本気で勝つ必要はガレス側にもそうなかったんだ。でも、今回はそうとは限らない」
「よかったじゃない。あなたがここに来て」
そのラウニィーの一言に、ソニアはぱちりと目を見開いた。
思いのほかラウニィーの声音は優しく、それもまた普段見せない一面を見せられたように感じて尚のことソニアは驚く。
「そ、だな」
「そうよ。あなたは別に女神フェルアーナに関心がないかもしれないけれど、あなたが駄々こねて来なかったんだとしたら・・・考えたくない事態になっていたかもしれないでしょ」
反乱軍の上層部では、ソニアがシャングリラに行くことは当然、といった空気はずっと流れていた。ソニアを除いては。
むしろソニア自身は永久凍土に行くことを彼女個人の願いとしては強く思っていたのだし。
しかし、ふたを開けてみればシャングリラにガレス王子がいる可能性があるという。
「確かに、そうだ」
もし、ウォーレンにわがままを言って、シャングリラに来なかったら。
それは、トリスタンが指揮をして、シャングリラに来ることになっていたに違いない。
トリスタンは確かに剣技も相当に優れた人物であるし、ゼノビア人達の結束も高まる存在だ。
しかし、ガレスと直接対決をすることも有りうるこのような状態で、慣れぬ地に慣れぬ指揮では何が起こるかわかったものではない。
「オハラの力を必要以上に借りたくはないんだけどな・・・あと、スルスト様と」
ソニアからその両名を挙げられて、ランスロットはふとアンタンジルのことを思い出した。
確か、悪魔であるガルフと対決した時に、魔界からあふれ出て来る悪霊達と戦い続けたのはオハラ隊だったし、それを手助けして救ったのはスルストだった。
「ガレスは悪霊共に囲まれているという噂だけを信じれば、ノルン達プリーストに頑張ってもらうことになるだろうけど、実際の兵力がわからないことにはなんともいえない。ただ、ガレスを倒すために念を入れるとしたら、やっぱりオハラとスルスト様は切り札として温存しておく方向にしないとな」
「しかし、悪霊達にはオハラの魔法が効くが、温存するとなると」
そう言ったランスロットへ、ソニアは苦笑いを見せる。
「まあ、アンタンジルほど悪霊は多くないだろうさ」
「確かに」
「ランスロット、悪いんだけど、カラドボルグ(神聖武器)を他部隊に預けてもらってもいいか。我々はオリビアの神聖魔法ががあればなんとかなるだろう。あ、ビクターには渡さなくていいぞ。最終的にはオハラの部隊にはいるんだし、ヒーリング唱えられるんだし。後の判断は任せる」
以前ソニアから受け取った剣カラドボルグは、悪霊、悪魔などが多く出没する地では、時にいつもと同じようにランスロットが、また、時には他の騎士に貸し出されることもある。
ランスロットはパラディンへの昇格の儀をとうの昔に行っているので、いざとなれば彼も神聖魔法を唱えられるのだが、基本的にソニアはそれを悪霊達に使わせる意志はない。悪霊達がいる部隊でも、普通の人間や魔獣が同伴している場合が多いから、悪霊達を倒す手段を持つ人間は一人で充分なのだ。
「承知した」
そのランスロットの返事が終わる前に、ラウニィーは更に身を乗り出して、真剣な表情でソニアに訴える。
「ソニア、お願い。わたしも前線に出たいの。出来ることであれば、ガレス王子と是非まみえたいの。もちろん、それはわたしの反乱軍での立場を確立したいから、とかそういうつもりじゃない。この目で、ガレス王子がどんな人物になり果ててしまったのかを確認したいのよ。身勝手な願いだとはわかっているわ。でも」
いつものラウニィーならもっと明るい口調で「ねっ、いいでしょ?」と冗談めかしてごり押しをするところだ。けれど、今日のラウニィーはいつも以上に真剣だ。それは、彼女の「本気」なのだろうとソニアばかりではなくランスロットも、カノープスでさえ感じ取っていた。
ソニアはしばらくラウニィーと見つめ合った。
ラウニィーはその視線を受けながら、「ソニアはわたしを見ているけれど、何かを考えてもいる」と、「見ているけれど実は見ていない」ソニアのことを敏感に感じ取る。
そのソニアの「見ていない」は、悪い意味ではない。
視線をそらしたり瞳を閉じるより先に、体はそのままで脳ではぐるぐると物事を深く考え出してしまっている、そんなときにソニアはそうなってしまう場合があるのだ。長く一緒にいるランスロットは経験上でそれをよくわかっていたが、ラウニィーは不思議な勘の良さでそれを察知している。
わずかな沈黙ののち、ふっ、と軽く息を吐き出して、ソニアは体から力を抜いて椅子の背にもたれた。
「ちょっとは、考えていたことなんだけどね。編成を変えようか」
「え?」
「ラウニィー、スルスト様と一緒に出てくれるか。悪霊はスルスト様と、ハイネが一掃してくれる。スルスト様には今のままコカトリスを預けるつもりだから、東方面の都市を解放しながら迂回してシャングリラ城付近で合流しよう。それまでに何度か交戦する可能性もある。スルスト様の剣技は知っているだろう?あれに飲まれないように慣れてくれ。移動中は他の部隊もひとつふたつつけるから、その面倒も頼んでいいか」
「わたしが?スルスト様じゃあなくって?」
「ああ。ラウニィーが。安心しろ。変にゼノビアに傾倒しすぎている兵士はつけないから」
そのソニアの言い草にランスロットは苦笑いをせずにはいられない。
そして、彼のその表情にラウニィーも気付いて
「だって、そうでしょ?天空の三騎士と、もと帝国軍聖騎士よ?ゼノビアよりの人達は、嫌悪するんじゃあなくて?」
とランスロットに向けて発言をする。ランスロットは苦笑いを見せたまま、彼にしては慌てて言葉を返す。
「いや、責める気があるわけではなく。ゼノビアに傾倒している人間でも、正しく人の評価をする者もいる。そのことだけは、忘れないでいただけると」
「あー、そうだね。ラウニィーはそこらへんが」
「何言ってるの。そんなことわかってるわ」
「ラウニィー様」
今度はノルンが苦笑を見せた。それに気付いて、ラウニィーは肩を竦める。そして、先ほどのソニアのように、今度は彼女が背もたれに体を預けた。
ある意味でこの会合は軍の上層会議にも相当するはずだが、そうとも思えない気軽さだ。しかし、ここにはそれを非難する人間は一人もいない。ラウニィーが「こう」であることが、非常に彼女らしく、けれど、彼女は彼女なりに場のわきまえをもって相応に振舞える人間だと知っているからだ。そうでなければ、腕っ節や家柄だけで帝国の聖騎士になれるはずなどないのだ。
「ごめんなさい。わかってるだけじゃ、駄目だっていうことも、それも、わかってるの」
「うん。それは、あたしも同じだ。よく、ウォーレンにもランスロットにも怒られてる」
ソニアはにやっと笑みを見せて、茶を飲んだ。壁にもたれていたカノープスもソニアのようににやにや笑って、めずらしくラウニィーに声をかける。
「わかってるだけじゃ駄目だってことを知らない阿呆どもより、余程利口だぜ、あんたは」
「あら、ありがとう。でも、他人との比較じゃあ、あんまり意味がないってことも知ってるのよ」
「だな」
「もう少し、わたしも努力するわ。最近、ちょっと苛立つことが多くてね。ゼノビア関係で」
そのラウニィーの言葉に、さすがにランスロットが誰よりも早く反応をする。
「それは初耳だ。何か気分を害することを?」
「どうやらわたし、トリスタン皇子にとりいってるらしいわよ」
「・・・そんな、噂が?」
「ソニアが調子悪くて永久凍土でうんうん唸ってた朝にちょっと二人で鍛錬してたら、出撃前にはそんな噂がもう広がってたのよ?馬鹿馬鹿しいわよね。ランスロットはどーせソニアのことばっかり気にしてたんだろうし、ソニアはどーせミザールのことばかり気にしてたんでしょうし・・・気付かないのも当然だから、気にしないでいいわ」
気にするも気にしないも、それは本当につい最近のことではないか。
ランスロットはソニアをちらりと見て、ソニアはランスロットを見た。それだけで、お互いが初耳だということを理解する。そして、次にソニアはカノープスを見たが、彼は手を左右に軽くふって「知らない」と意思表示をしていた。
最後にノルンを見ると、苦笑いをして僅かに首を傾げた。それは、ノルンは知っていた、という意味だ。同じ帝国出身のノルンの耳にまで入ってしまう噂は、余程大きく広がっていたのか、余程悪意溢れてわざとノルンの耳に届くように囁かれたかのどちらかに違いない。
それに、ラウニィーはシャングリラに来る人員として永久凍土のソニアの出撃後、先に永久凍土から移動を開始していたはずだし、トリスタンは出撃をしていた。となれば、それは確かに短期間で広がった噂なのだとわかる。
「二人で話してるところを見れば『とりいってる』っていわれて、二人で鍛錬していれば『事故とみせかけて皇子を・・・』とか言われるし。ほんっと、今回はソニアと一緒にここに来られてせいせいするわ。少なくともトリスタン皇子と一緒にいなければ、噂はたたないしね。ああ、でも誤解しないで。わたし、あの人のことは好きよ?好きだけど、あの人やあのおじーちゃんの傍にばっかりいたがるゼノビア人は今はやっぱり好きになれない。気持ちはわかるけど、いい大人ならそんな噂をそんな馬鹿げた勢いで流しゃしないわ。もちろん、そういう噂を流されたって、わたしは何も傷つかないわ。そんなの、帝国で聖騎士になる前からいくらでもやっかみの声は聞こえていたから。だけど・・・」
ラウニィーの憤りはまだ続くようだったが、ちょうどその時ばたばたと騒がしい音が外から聞こえた。
ランスロットはそれにいち早く気付き、ソニアの了承も得ずに窓を開けた。それも、面倒なやり取りを嫌うソニアに「躾られた」ことだが、それをそうだと知っている人間はあまりいない。
もしもトリスタンがこの場にいれば、ランスロットは「皇子、窓を開けてもよろしいでしょうか」と早口でも伺いをたてるだろう。まあ、これもまた「トリスタン派」が見れば「聖騎士ランスロットはリーダーであるソニアよりも、当然主であるトリスタン皇子の位が上だとようくわかっているようだ」とでも勘違いして言うのだろう。それはランスロットからすれば半分は当然であり、けれど、半分は不本意なことに違いない。
窓が開いたことに気付いた兵士が、慌てて窓辺に駆け寄ってきた。
「どうした」
「北西して潜伏していた部隊です!ただ今、戻りました!カノープスさんを探しているのですが!」
「はぁ?俺?」
思いもよらぬ名が呼ばれ、室内の面々はみな怪訝そうな表情でカノープスを見て、そして、兵士に視線を戻した。
「北西のモンテローザという都市付近に有翼人の女性が到達して」
「到達って、どういう意味だ」
とソニアが声を荒げると、兵士は自分の報告のわかりづらさに気付いたようで、びくりと反応した。
「あっ、あ、あの、我々と同じく地上から上がってきたらしく!帝国軍から攻撃を多少うけたようで、軽傷を負って・・・カノープスさんが、ここにいるかと、その女性が聞いていて・・・」
「・・・まさか!」
ランスロットとソニアは目配せをした。ラウニィーとノルンはきょとんとしているが、どうやら他の三人は心当たりがあるようだ、と雰囲気は感じ取っている。カノープスは慌てて兵士に問い掛けた。
「それは、俺に似てる美人だったか!」
それへ生真面目な兵士は、本気で答えた。
「えっと、カノープスさんに似てなくて美人でした!」
「俺に似てたかって聞いてんだよ!」
「いいえ、似ていません!」
「美人だったんだろ!?」
「はい、美人でした!」
その阿呆なやりとりにランスロットは軽く溜息をつきながらも、話をまとめようと「ユーリア殿ではないのか、カノープス」と、進展させた。
「正直、有翼人とはいえ、女性でありながらこの高度のシャングリラにやってこられるとは・・・間違いなく、カノープスの血縁だろう」
「なんだ、その決め付けは!」
「カノープスに似てない美人なら、多分ユーリアだね。会ったことある。軽傷つっても怪我してるのか。カノープス、モンテローザに行って来い。急がないと夕暮れ時になる。夜は悪霊の時間だから、夜を狙って帝国軍が動く可能性があるから、夜までにモンテローザについてそこで一夜過ごした方がいい」
「といってもな・・・軍全体の動きは」
「一緒に二部隊つける。明け方前までに帝国軍がこちらに進軍してこなければこちらから動くつもりだから、そのままモンテローザで待機していてくれ。どうせオハラ隊は徒歩だから、モンテローザ近くの街道を使って進軍することになる。途中合流して北西ルートで北上だ。詳しくは出る時また説明する」
「しかし、そうすると我々の部隊が」
「いい。悪いんだけどランスロット、テスとオリビアつれてカノープスに同行してくれ。あたしもオハラ隊と一緒に北西ルートをいって、合流次第中央の・・・スルスト様からの情報では、地図にはないけどこの中央の島に教会があるらしい。ここを拠点に、防衛線を張るつもりだ。合流後は防衛役の部隊と一緒に教会にいって、あとは東から行くスルスト様達、西から行くオハラ達と近くの都市で再度合流だ」
「わかった」
ランスロット一人がそれに頷いたが、他の面々はぽかんとソニアを見ているだけだ。その様子に気付いたソニアは 「ん?何?」 と軽く声をかける。
すると、ノルンがおずおずと 「あの、ソニア様、話が早くて少し・・・我々はまだ地形もおぼつかない状態で」 と伺いをかけるようにソニアを見た。
しばらくソニアは黙ってノルンを見て、ラウニィーを、カノープスを見た。窓の外にいる兵士も、ぽかんとした顔で様子を伺っている。
「あ、ああ、ああ、ああ、ごめん、今のは全部ランスロットに言ったんだ。ランスロットが賛同してくれるかどうか、確認のために」
「異議はない。どちらにせよ、もう少し交替しつつ休息は必要だし、たとえ帝国軍がこちらに向かっているとしても、必ずこちらからも出る必要があるわけではない」
「そこまで話が決まれば、ランスロットが出かける前に予定を通達しておきたいな」
「わかった」
ソニアのあまりにも早い決断に、カノープス本人は「おい・・・」とわずかに腰がひけてる様子だったが、ランスロットは頷くとすぐさま室内から出て行った。それは、今回シャングリラ城に攻め入るための部隊長の集合を促しにいったのだろう。
ようやく会話がひと段落した――とはいえ、成立していたのはソニアとランスロットだけだったが――ところで、ラウニィーが当然の質問を口にした。
「誰、ユーリアって」
「ああ、カノープスの妹さんだよ」
「美人なの!?」
ラウニィーは驚きの声をあげて、カノープスを見た。カノープスは少しばかり不機嫌そうに、けれど、どこか照れくさそうに頷く。
「ああ」
「カノープスに似てなくてよかったよな」
「ソニア様ったら」
シャングリラに着くまではぴりぴりしていた空気が軍内にあったが、空という不思議な場所にあるまったく知らない土地でも、彼らはあまり普段と変わらないようだ。


集会などで使うような部屋がある建物のため、久しぶりに広広とした空間で、窮屈な思いを少しもせずに部隊長達が集結した。それは、この都市の人々に心から感謝しなければいけないことであろう。
ランスロットのおかげで、反乱軍は迅速に通達が行き届き、ビクターの奮闘のおかげで必要な部隊に地図も行き渡った。
当初の予定とはいくらか違う部隊編成もあったが――ラウニィーなど――、おおよそは地上を離れる時に既に決まっていた編成で進軍をすることに決定した。シャングリラに向かう時には既に「シャングリラまではこの編成」「現地ではこの編成」と、どの兵士にも両方の編成が伝えられていた。もちろん、どちらも同じ兵士だっているのだが、周囲が違うということを確実に把握してもらうため、そういう兵士にも口頭で二度分伝えるようにしてあった。
オハラ隊には相変わらずヘンドリクセンの部隊が同行することになっていたし、サラディンはガレスが得ている力が本当にラシュディ絡みなのかを確認してもらうために、空飛ぶ魔獣で東のオルテンという都市を経由して、ぐるりと迂回しつつ進軍してもらう。オルテンを経由した後は、シャングリラ城に最も近い都市まで都市らしい都市がない。とはいえ、空を飛ぶ魔獣に乗っていくのだし、スルスト(ラウニィー)が引き連れていく部隊の中にはそのサラディンの部隊も含まれているので、相当に色々な面で安全だ。
オハラ隊はシャングリラ城の西方面にあるのインターラーケンという都市まで、陸路でぐるりと都市の解放をしながら移動をする。その際、ソニアも途中まで同行して、モンテローザ付近でランスロット達を率いて別働として中央の島を目指す予定だ。
「そうすると、シャングリラからの最短ルートを帝国軍が空を飛んできたと仮定して・・・どの部隊も、遭遇しないではないか。それに・・・まだ呼ばれていない部隊が結構あるぞ?」
とギルバルドが声をあげると
「スルスト様の話だと、この真中の島に教会があるんだって。で、あたしの部隊とノルンの部隊、他二部隊を率いてこの教会に向かう。あたし達はそのまま北上するが、この教会付近で帝国の進軍を食い止めてくれるとありがたい。ここから先は、あたし達、サラディン、スルスト様、この三部隊で特攻をかける。連絡役としてレイモンドも来てもらう。ヘンドリクセン達はオハラ隊とインターラーケンまで来たら、そこで北西周りの帝国軍を防いでくれ。大丈夫だな?ヘンドリクセン」
「ええ、それは・・・まあ・・・北西周りの進軍をしてくる部隊はそう多くもないでしょうし、ここまで北上すれば問題ないでしょう」
「まだ呼ばれていない残りの部隊は、ここで待機する部隊と、あたしと北上して教会付近前線の防衛をする部隊とわける」
そう言うとソニアは、最近の戦であまり活躍する場のなかったゼノビア出身の兵士を含んだ部隊を二つ、北上部隊に当てた。それと、ノルン隊だ。ノルン隊は明らかに、悪霊達が南下してきた時にうってつけの防衛型の編成になっている。
この計画を各部隊に通達した後、定められた順番で交替に休憩をとること、明け方にはどういった形でも動きがあること、他質疑応答を軽く行ってからソニアは解散を伝えた。
ソニアから指示を出された各部隊長はいっせいにその場を離れ、部隊員に集合の声をかけた。出陣は用意が整い次第だ。カノープスのためにモンテローザに行くことになったソニアの部隊はとうの昔に用意が整っているため、今にも出発しそうな状態だ。
と、一人残された人物がソニアに声をかけてきた。
「ソニア、俺の部隊に指示が出されてないままなのだが?」
ギルバルドだ。
実はギルバルドは、質疑応答で手をあげたものの、ソニアに「ギルバルドは後で」と軽くあしらわれてしまったのだ。
大きな円卓が置いてある広い部屋に、ソニアとギルバルドは二人きり。ランスロットはカノープスと共にテスとオリビアに声をかけに向かったため、めずらしくソニアはまったく一人の状態だ。
「ギルはモンテローザに行かなくていいの?」
「は?」
「モンテローザだよ。恋人がわざわざ来てるのに、会いたくないってことはないだろう」
離れた場所に座っていたギルバルドは、声を荒げることもなく穏やかにソニアに言った。
「・・・ソニア、ユーリアとは、そういう仲ではない」
「違うの?」
「他人に説明をする気も、あまりない」
「そっか」
「だが、会いたくないというわけではない。それは、確かだ」
人がいなくなったその室内で、ギルバルドの声は思った以上に響いた。ソニアは、すぐには返事をせず、ゆっくり三呼吸を置いてから言葉を発する。
「ギルバルドはここに残ってくれ。東西にある近くの都市を含んでの防衛を、指揮してもらいたい」
「わかった」
「詳しいことは、また後だ。ギルバルドはそろそろ休憩をとってくれ」
「うむ。では、休ませて貰うぞ」
そう言ってギルバルドは椅子から立ち上がった。軽い目配せを退出の言葉代わりにして、ソニア一人を残して通路に出る。
「・・・ん?」
歩き出してからギルバルドは眉間に皺を寄せて立ち止まり、振り返る。
(俺がモンテローザに行くといったら、誰に指揮を任せるつもりだったのだろうか)
そこまで考えて、ようやく気付いた。モンテローザは「東西にある近くの都市」に間違いなく含まれているのだということを。
それを、粋な計らいというのか、迷惑というのかは人によることだろう。
少なくとも、多くのことを聞き出そうとはしないソニアのことを好ましいと、そう思いつつ彼は再び歩き出した。


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