再会-4-

翌日、モンテローザに行ったカノープス達はソニアと合流を果たした。ちょうど良い場所に街道から少し離れた雑草ばかりが生い茂る草原があり、合流にはまったく手間取ることがなかった。
この先は、そこまで一緒に移動をしてきたオハラ隊やヘンドリクセン隊と別れ、シャングリラ中央部にある小島を目指すこととなる。
「どうだった、妹さんは。カノープス」
「おう、まあ、なんだ、普通だった」
「なんだそりゃ」
もう少し説明しろ、と呆れ顔のソニア。
オハラ達は地上を移動するため、カノープス達が到着した時点ですぐに出発している。
移動前に報告を、という意味でそう聞いたのに、まったくカノープスの返事は事を成していない。
「第一、なんでここがわかったんだ?不思議だったんだけど」
「ユーリアが言うには、今、歌いながらあちこちドサ廻りみたいなことしながら、各地の様子を見て歩いてるんだってよ。そんで、たまたまこの辺りにいて・・・どこぞで、なんか、気が狂ってるような占い師のババアがさ、このシャングリラのことを叫んでたんだってよ」
「へえ」
「誰も信じなかったみたいだけど、どうしても気にかかったらしくて、一度肉眼で見えるところまで飛んできたらしい」
そこは、確かに先日ランスロットが言ったように、ここまで飛んでこられるなぞ、どう考えても強靭な肉体を持ち合わせているカノープスの血筋だ。
それをもう一度言えば、カノープスは今度は怒らず「見た目は細いけどあいつ、あれだけの声であれだけの歌を歌うんだから、相当体は出来てるんだぜ」とさらっと言う。
ユーリアは優れた歌い手だ。有翼人と天使はまったく違う存在ではあるが、背の翼とその美しい歌声で、「天使の歌声」と言われることも多々あるという。大陸全土にはまだ知れ渡っていないが、一部の旧ゼノビア領では、彼女はそれなりに知名度はあるらしい。l
「で、様子を伺っていたら、遠くで魔獣達がシャングリラに上がっていくところを見たってんで、俺たちが向かってるのがわかったらしい。で、一度地上に戻って、これを届けてくれたんだ」
そう言ってカノープスは、小瓶をソニアに差し出した。
「なんだこれ」
「体の源っていう薬らしい。あんまり体力がないヤツに飲ませるといいらしい。打たれ弱いやつにやったらいいんじゃないか?魔法使いとか。俺には無用なもんだから、お前が考えて誰かにやれよ」
「へえー。便利なものがあるんだな」
「どっかでは売ってるみたいだけど、それなりに珍しいらしいな。20000Gothもするらしーぜ」
「ええっ、そんなのもらって、本当にいいの!?キュアポーション50個分じゃないか!」
「あいつが持っててもしかたがないものだ。おおかた、誰かにもらったんだろう。あいつがあれ以上体力バカになっても意味はない。反乱軍で使わせてもらおうぜ」
そういってカノープスは笑みを浮かべた。
折角持ってきてくれたものを遠慮することも申し訳ないし、ランスロットがそれを止めなかったのだろうから、ありがたくもらっておいた方が良いのだとソニアも理解する。
「わかった、ありがとう。で、彼女の容態は?」
「大したことはない。動けるようになったらエリシリアに行くように言っといた」
ぽそりと告げたカノープスの顔を、ソニアはまじまじを見た。
地上に戻れ、というのではなく、エリシリアに行けと勧めた彼の真意を知りたかったからだ。
「一人で帰るより、俺たちと帰ったほうが安全だろ。どこで帝国軍の兵士がいるかわからないしよ」
「・・・へー」
ソニアは気のない返事をしてから、ちらっとランスロットを見た。ランスロットは兜を外しており、ソニアのその視線に苦笑を返す。
「ソニア殿。そろそろ我々も移動した方がよいと思うのだが」
「・・・だね。よっし、カノープス、頼んだぞ。行こう」
「おう」
後ろで静かに控えていたテスとオリビアも軽く返事をして、カノープスの傍に集まる。
人間四人をうまく配置して抱えて飛ぶ事は、熟練したバルタンでも相当に難しいと言われる。それをこともなげにいつもやってのけるカノープスへの人望は厚い。とはいえ、飛ぶ前に無駄に彼の心を乱すようなことをするのは、正直よろしくない。
ランスロットがソニアの勘繰りを止めて出発を勧めたのは、そういう意味だ。ソニアはついついカノープスには気安くあれこれ言ってしまうが、どこにいたって危険地帯と思えるこの地で、それ以上カノープスを苛立たせることは避けた方が良いのだろう。
とはいえ、後々また話を蒸し返すだろうことは、きっとカノープス本人も覚悟しているのだが。


シャングリラ中央の湖にぽっかり浮かぶ小島の北側には、ぽつりと教会が一つ合った。それは、スルストが前もってソニアに教えていた情報通りだ。
その教会から少し離れたところにノルン隊を中心とした数部隊が、簡易に野営準備を行っていた。
ここで夜を越すかどうかはわからなかったが、ソニアの昨日の口ぶりからは帝国兵の進軍をここで食い止めろということだったのだから、これ以上の移動をしないのでは、という予測をしたのだろう。
「ソニア様!」
「お疲れ様です!」
野営の様子を見つけてカノープスがゆっくりと降り立つ。それを見つけた兵士達は口々に声をかけてくる。
その島は、小さな森がぽつぽつある以外は、平坦な草原ばかりの閑散とした場所だった。
本当は教会の北側で帝国軍を迎え撃ちたかったのだが、よく見ると教会はかなり水際に建っているようで、それがかなわない。
仕方なく教会の裏手に場所を作って、北側に見張りを置くという形にするしかなかった、とノルンは説明をした。
「既に帝国兵との交戦は三回」
「三回。どんな感じだ」
疲れを癒すために、と兵士が持ってきた水を受け取りながら、ソニアはノルンの話を促す。
「参りましたわ。ニンジャマスターが率いるファントムの部隊は、ファントムをわたしが一掃できるから良かったのですが。レイブン四体にエンチャンターという編成と、デーモンとスローンズの複合部隊には少してこずりました」
「うわあ」
ソニアは間抜けな声をあげ、それから唇を水で湿らせた。
「それは参っちゃうな・・・それに、あんまりスローンズを倒したくないんだよなぁ」
「ところが、スローンズ三体を前衛に出してきて、盾のように使われてしまって」
顔を歪ませるソニア。ノルンも穏やかに報告をしているけれども、相当に心が痛んでいるようだ。
スローンズなど天使達は彼らの意思で帝国軍に加担しているのではなく、ミザールとの契約が発端になっている、という共通認識が反乱軍にあるということを、既に帝国軍は知っている。ミザールの死によってその契約がどうなったのかはよくわからなくとも、ラシュディは手近にいる天使をまた騙すか強力なチャームの魔法などで再度契約を結ぶことが出来ることが明らかだ。
「やはり、空を飛ぶ部隊が多いようなので、この場所を通過されることは当然かと」
「レイモンド隊を除いて、ここの守備は三部隊にしたが・・・もう少し、ここに人員を配置した方がいいな。ガレス戦を意識して動かしたが・・・オハラ隊に北西の守りを任せて、ヘンドリクセン隊をこっちに呼んだほうがいいか」
ソニアはちらりとランスロットを見る。
ランスロットは難しい表情で、考え込んだ。
地上ではないから、使える部隊が限られている。
「・・・北西は、都市が密集しているからな。折角オハラ達が都市を解放しながら北上してくれているのに、北西の守りを薄くしてしまうと、元も子もない」
「とはいえ、今の話だと・・・」
と、丁度その時、見張り兵の声が彼らの耳に入った。
「北東の方角に、敵部隊発見!!ワイバーン二体の姿が見えます!」
「・・・うーん。ワイバーン二体かー。これもまた腹一杯だなー」
と呟くソニア。前衛にワイバーン二体を置かれてしまっては、後衛を崩すことも出来ないし、ワイバーンの体力はそれなりにある上に守りもそれなりだ。ワイバーンを操る人物がどういった兵種なのかにもよるが、今までのノルンの話を総合して聞くと、この小島に必要なのは、全体攻撃魔法を持つ人物と言えよう。
ノルンの指示で、共にここまで移動してきた一部隊が出撃準備をした。それは、レイモンドが率いる部隊で、これからソニア達と共に北上をする予定になっている部隊だった。それへ、ソニアは「絶対死ぬなよ!危なくなったらあたしが出るから、撤退は恥じるな!」と声をかける。それはこの島に配属された部隊みなに言えることで、一部隊で来ているわけではないのだから、深追いをするのもされるのも避けなければいけないのだ。
「レイモンドがいれば、全体魔法が使えるから相手を崩しやすいが・・・レイモンドは我々とここを離れるからなぁ・・・」
そう呟きながら、ソニアはちらりと近くに立っていたテスを見た。すると、テスは
「わたしがここに残りますか」
「うん・・・といっても、うちの部隊にレイモンド入れてもなぁ。何か合った時の心強い斥候役だけど、戦力としては・・・魔法なら、テスの方が強力だ。ここはそれで助かるだろうが、あたし達は助からない」
「俺がいいアイディア出してやろーか」
珍しくカノープスが提案を申し出る。長い飛行での疲れを一杯の水で癒し、元気になったようだ。それへ苦々しそうに顔を向けて、ソニアは嫌そうに言った。
「・・・いやーな予感がするけど、どうぞ」
「ラウニィーに怒られながら、スルストん部隊をこっちに呼び寄せる。で、ガレス戦はじーさん(サラディン)とオハラと俺たちで頑張る」
「うわーーーそれは嫌だー!絶対ラウニィー怒るー!」
「それが嫌なら」
「うん」
「すごい勢いで北上して、すごい勢いでガレスをやっつけてくる」
「出来るか、そんなこと!」
他者から聞いたそのやりとりは、まるで笑い事のように聞こえる。が、当の本人達は結構真面目だ。実際、カノープスの最初の提案もそれなりで悪くない。ソニアも多少の予測はしていたからこそ「いやーな」と言っていたのだろうし。
ランスロット達はそのことにはもちろん気付いていた。ノルンが何か意見をしようとしたが、先に声をあげたのは、なんと、テスだった。
「ソニア様、それでは、わたしがラウニィーさんと替わりましょうか」
一同の視線がテスに注がれる。それは、ある一点を除いてはかなり良い案だと思えた。
そして、その一点をすぐさまランスロットがソニアに告げる。
「ラウニィー殿に、調子を崩されないようにしないといけないな」
「うーーーー、あんまり、得意じゃないんだよなぁ!」
ソニアは心底嫌そうに声をあげた。それは、別にラウニィーを嫌っているという意味ではないのだが、かなり誤解を招く台詞だ。
「毒を持って毒を制すというではないか。そういうことだろう?この言葉は知っているかな?」
と、苦笑をしながらランスロットが辛辣なことを珍しく言った。
「知ってるよ!で、あたしの方が制される毒なんだろ?もー。まあ、いつかは来ると覚悟していたけど、正直ラウニィーのあの類稀な戦闘力は助かるんだよね、こういうヤバイ相手の時に。でも、立場にクセがあるからな、ここにラウニィーとノルンを一緒にしているよりは、テスにお願いしたほうがいいんだろう。それに、テスの力量も、みんなよくわかっていて信頼もされているからな」
それは暗に、ここにはゼノビア出身の兵士を含んだ部隊を二部隊配置しており、ラウニィーが来ると問題があるかもしれない、ということを言っている。
ソニアは、出撃をしたレイモンド隊以外の、ノルンと共にここまで来たニ部隊の部隊長を呼ぶようにノルンに指示をした。
「すまないな、テス」
「いいえ。わたしの立場で、お役に立てるなら」
テスは、小さく微笑んだ。
彼女はいつも寡黙で、ひたすらにソニアの役に立ちたいと思っている。
以前、大きな怪我をして以来、またテスの鍛錬が己に厳しいものになっていっていることをソニアは知っていた。
カノープスも実は体感でわかっており「痩せたように見えたのに、重くなってんのな、あいつ。前よりまた筋肉つけたんだろうな」とソニアに囁いていたほどだ。
本当は共に戦いに赴いて、力を貸してもらいたい。そして、役立っていると実感させてやることがテスにとって一番良いことだとソニアは知っている。けれど、こういう状況ではいたしかたがない。
「ソニア様、のろしの用意をします?」
オリビアが気を利かせてソニアに伺いを立てた。それは、遠くに離れているスルスト達に連絡をとるため、中間地にいるはずの部隊への連絡用ののろしのことだ。
「天気が良いし、どうせここに我々がいることはもう帝国軍には知られているのだしな。早ければ早いほどよかろう?」
「そうだね。スルスト様がここにくることは、特に異議はないだろうし。折角ラウニィーには、スルスト様の剣技に慣れてくれっていっといたけど・・・サラディンにあちらの部隊を任せることになるが、しょーがない。テスは、スルスト様の剣技は間近で見たことあったっけ?」
「いえ、実は、ないのですが・・・」
ソニアの途中までの言葉で、のろしを上げることに異議がないことを知ったランスロットは、オリビアと共にのろしをあげる準備を始めた。
「それも、テスの経験値になると思う。アイーダとテスは、全体魔法を使う兵の中ではかなり打たれ強くていつも助かっている。そこが、ラウニィーよりも秀でている部分だ。だから、スルスト様の剣圧の傍でも、テスの力は発揮出来ると信じているぞ」
「はい。良い勉強をさせていただきます」
そう言ってテスは頭を下げた。
それへソニアは苦笑をして
「頭を下げるのは、あたしの方だ。久しぶりにテスと一緒に、一戦ぐらい敵と戦いたかったな。ランスロットに言えば、不謹慎だと言われると思うけど」
と、確かに不謹慎なことを口に出した。それへ、テスはくすりと笑って答える。
「では、ここで一戦ぐらい、防衛していきますか?」
「それも悪くないな。スルスト様が合流するまでに時間がある。腕ならし程度で一度くらい出るか」
そんなソニアの予測は外れ、残念ながらスルスト達の合流は驚くほど早く行われた。スルスト隊到着の報告を受けた時にソニアとテスは目配せしあって、お互いの心の中でそっとそれを残念がった。もちろん、誰も二人の気持ちを知る者はいない。
また、それとほぼ同時に、北西の地上部隊がいくらかの苦戦を強いられているという報告が入ってくる。
陸路にはタイタンやらティアマットやらが主力となっている部隊が動き回っているようで、ヘンドリクセン達に任せてオハラ隊が離脱してシャングリラに攻め入るのも、かなり不安がある様子だ。そもそも、未だオハラ隊とヘンドリクセン隊は目標としていた都市、インターラーケンにすら到達していないのだ。
いつでも出発出来る準備をして、教会傍の野営地でソニアを中心とした数名は腰を下ろして話し合っていた。
既に日は落ちようとしており、一晩をここで過ごすことに腹を括った。ノルン達が運んできたいくばくかの食糧と、教会からありがたく頂戴した差し入れで夕食も用意している。
「都市の解放をしながらだったしな。それは予想していた」
「そうだな」
ソニアが言えば、ランスロットもあっさりと相槌を打つ。
陸路にそこまで鈍重で固い部隊を多く派遣するとは読みが外れたが、その分、スルスト達が辿った北東の迂回路はまったくといっていいほど派遣部隊がいなかったという話だ。
オハラ達がインターラーケンに到着しても、相当に疲労は重なっているだろう。この小島にスルストを配置する以上、ガレス戦はいつも以上に覚悟が要ると誰もが不安に思い始めていた。シャングリラ城に到達する前に体力を消耗しないように、と、そこはスルストに一肌脱いでもらうことにした。
今の状況ではオハラ隊が休まず進んだとして、インターラーケンに到達するのは、夜半過ぎ。疲労をしている上に、暗黒の力を持つガレス相手に夜戦うのは、分が悪い。夜明けに進軍を再開するにしても、オハラ隊の力はあまり望めない。とりあえず、それなりに休憩を取りながら進んでもらうことにして、実際にはインターラーケンは翌日到着と考えて良いだろう。
そこで、オハラ隊がいないことによってソニア達の疲労が余計に重ならないように、この教会から北上をする際、スルストは防衛ではなく援護という形で共に北上をすることに決定した。
要するに、待ち受ける前に、やってくる部隊をどんどん蹴散らしてしまえ、ということだ。
そして、打ち漏らした敵兵は、この教会付近で防衛線を張っているノルン達が一掃すれば良い、というわけだ。
「結局、短期決戦にするしかなくなるんだよなあ」
「あら、それは別に悪いことじゃあないでしょ」
ラウニィーのその発言は前向きだが、ある意味無謀とも言える。が、彼女のそういった潔さはソニアの気に入った。
「そうだな」
「OH!ソニア、忘れてイマシタ!」
部隊編成を変えるために、テスと顔合わせをしていたスルストが大股で近づいてくる。
「これを、受け取ってくだサーイ!エルシリア近くの都市を解放した時に、町の代表からいただいたものデース!」
そう言ってスルストはソニアにカードを差し出した。
それは、ソニアだけが使うことが出来るタロットカードだ。
「ストレングスのカード。これは、助かる!」
彼女が受け取ったそのカードは、一時的に筋力をあげることが出来る不思議な魔力を秘めている。ソニアやランスロットのように物理攻撃をしかけることを主な戦闘方法にしている人間には、相当にありがたいカードだ。
「ガレス戦で、使うといいと思いマスヨ?噂では、ガレス王子は守備力の高いドラゴンなどを引き連れることが多いと聞きますからネー。打たれ強い固い相手に、少しでも痛手を負わせられるように」
「確かに、以前戦った時は、なんだっけ。ブラックドラゴンかな、連れていたな」
それならば本来は、やはりスルストに手伝ってもらいたいところだ。が、現状はそういうわけにもいかない。
「ノルン隊が仮眠から起きる時刻になったら、我々も寝よう。その後は四部隊で明け方まで交替で見張りと防衛を頼む。ここからシャングリラの距離を考えれば、夜だろうが相手はおかまいなしで向かって来ると思えるから、あんまり深くは眠れないだろうけど出来るだけ疲れの残らないようにね。今日は空が暗いから、見張り兵は相当注意が必要だ。徹底させないと。スルスト様が出てくれれば、それ以降もうちょっと負担が減るだろうから、残った部隊は昼間も仮眠出来るんじゃないかな。だから、朝まではちょっと頑張ってもらうしかないね」
そのソニアの言葉にランスロットを始めとした、その場にいる者はみな頷く。と、ソニアはラウニィーからの視線を感じたようで
「何?」
「ううん、あなたって、本当に・・・叩き上げって感じがするわ。言ってることは簡略化してるけど、普通に経験則からの言葉だものね。難しい言葉で言わない分、この軍にはうってつけのリーダーね。ね、わたしが言ってることわかります?」
ラウニィーはそう言って、周囲の面々を見た。ランスロットは穏やかに
「十二分に。騎士という職業ではない、この一般市民が集うこの軍では、ソニアの言葉はとても容易で伝わりやすい。きっと、それを思うのは、ラウニィー殿が組織だっている軍に所属していたからだと思われる」
「それは、要約するとね」
ラウニィーは笑みを漏らしながら、何かいたずらを考えている子供のようにソニアを見ながら言った。
「ソニアを大事にしなさいよ、ってことよ!」
「うーん、あたしには」
ラウニィーの言葉に、ソニアは眉根を寄せる。
「難しい言葉を知らないことを、何故か褒めてもらってるってことしかわからない」
ソニアらしいその言い草に一同はどっと笑った。ただ一人ラウニィーだけが「なんでわからないのよ!」と声を荒げた。


明け方、スルストを盾にする形で、ソニアとレイモンドの部隊が出撃をした。
オハラ達には引き続き、インターラーケンの解放を目標として移動をするように通達を出してある。
ソニアの読み通り、夜もシャングリラ城から向かってくる部隊は多く、夜であることを幸いと思ってかやってきたファントム部隊を、再度ノルンが一掃した。また、それにわずかに遅れて辿り着いたワイバーン部隊も、他の中堅部隊が迎え撃って教会から一時撤退させることが出来たようだ。
シャングリラに近づけば近づくほど、敵部隊の姿は当然多くなる。普通に考えれば多勢に無勢というところだが、スルストの強さはもちろんのこと、レイモンド率いる部隊はワイバーンの翼の付け根を打ち落とすのに長ける者がいるため、敵を即座に前線から撤退させることも出来る。
地上からシャングリラに向かうまでは、上昇中であることが多くてそれもうまく出来なかったらしいが、今は話が違う。その手腕を存分に発揮してもらえることはありがたい上に、そういう特技がある敵相手にどう戦えばよいのか勉強にもなる。
そんな頼もしい味方のおかげで、シャングリラ城近くの都市ヌーシャテルでサラディンと合流を果たすことも然程難しくはなかった。
ヌーシャテルから僅かに北上すると、シャングリラ城前の城下町に出る。出来るだけ城下町に戦火を広げないように、出来る限りは一気に攻め入りたいところだ。しかし、ソニア達の懸念は続く。
最初に指摘をしたのは、サラディンだ。
「にしても・・・それでも、派遣部隊は少ない気がする」
ヌーシャテルからシャングリラを目指して出発前、帝国兵をスルストに防いで貰いながらソニア達とサラディンは情報交換をしていた。彼の言葉にランスロットは即座に頷く。
「わたしもそう思っていたところだ。シャングリラを地上に落とすのは相当に大きな計画だと思うのだが、それにしては・・・もともとの軍勢が少ないと考えてよいのだろうか。それとも」
「各都市に向かって都市を我々から取り返すなら、まあこの程度の派遣部隊でもわからなくもないが、シャングリラ城の防衛と考えると・・・そろそろ、本気で全戦力を出して来てもいいはずなのにね。こんな、ちょっと疲れたかなー程度でシャングリラ城に着いていいものなのか」
ラウニィー言うところの「わかりやすい」言葉で、ソニアはそう呟いた。
「アンタンジルの時のガルフの罠に似たことがあるのかなって思ったんだけどね。だって、帝国側はカオスゲートを通ったわけでも、ここに直接あたし達みたいに飛んできたわけでもないだろう?もともともっと高度があったんだから・・・てことは、ラシュディの力か何かがで行き来出来る場所があって・・・まあ、シャングリラ城の中かもしれないけど・・・」
その話は既にソニアとランスロットの間では、出撃前から交わされていた内容だ。
サラディンも驚くことなく、その言葉に頷いた。
「しかし、それを言っては士気が下がる、と思っていたのだろう?」
「うん。こっちは人数もともと少ないのに、相手はどっかから沸いて出るんだったら・・・誰も、士気が上がらないだろう?だから、あえてその点は触れないで曖昧にしていたんだけどね。ありがたいことに、そういうことを予測したとしても、誰も追及してこなかったんだけどね」
「それは、ソニアへの信頼だろう。今までだって、予想がつかないことが多々起きている。それに対して誰もいちいち完全な説明を求めていないだろう?そして、ソニアも説明をせずともうまくやってきた。だから、誰も聞かぬのさ」
サラディンはそう言って、苦笑をふと見せた。その表情は、その信頼の危うさを感じてのものでもあり、ソニアの気苦労を感じてのことでもあるのだろう。
「本当は、先にサラディンにいってもらって、ガレスが固めるだろう守りを魔法で少しでも弱めて欲しいんだけど・・・あんまり、いい予感がしない。スルスト様にもらったストレングスのカードも重宝するだろうが、ハイエロファントとワールドのカードがあるから・・・」
「それは、どういうカードなの?」
「ハイエロファントは、眠らせるカード。ワールドは、魔法を無効にするんだ。とはいっても、今から考えてもしょうがないとわかってるんだけど・・・出来れば、ワールドのカードは取って置きたいんだけどね。ただ、いざとなればそれらを使って戦闘を一度はなんとか回避出来るだろうから・・・あたしが、様子見て来てもいいかな?」
「ソニア、それは」
それへはランスロットがすぐさま反応をした。
反乱軍リーダーであるソニアが、罠があるかもしれない敵陣にみすみす最初に乗り込むというのか。
さすがにそれは賛成しかねた。
「それでしたら、自分が」
と申し出たのは、ニンジャマスターのレイモンドだ。
しかし、レイモンドの部隊そのものの戦闘力はそう高いとは言えない。もともと彼の部隊は、斥候役・連絡役としての機能を果たすため、二手に分かれて連絡をとれるような人材の組み合わせで構成されているのだ。そう気軽に敵陣に行って来い、とはさしものソニアでも言うことは出来なかった。
「大丈夫、保身のためなら、手持ちのタロットカードをいくらでも使うつもりだ。第一、人数が少ないこの状態では、一部隊であろうと戦力が減らないようにしたい。今の時点でオハラ隊が目的通りに働いて貰えないんだもの。そしたら、逃げるための手数が一番多いのは、タロットカード使えるあたしだろう?」
ソニアのその言葉に反論出来るものはいない。サラディンは低く唸って
「いざとなれば、一度撤退して地上に戻ることまで考えなければいけぬぞ」
と念を押した。
とはいえ、地上に戻ったところで、この高度に飛んで来られる人員はもういないし、空を飛ぶ魔獣を操る者の数もそう多くはない。
それを知っていても言わずにはいられない、というのがサラディンの本音なのだろう。
そうこうしているうちに、オハラ・ヘンドリクセン達北西の陸路を回ってくる部隊からの連絡役がソニア達の元に辿り着いた。
その内容は、芳しくない報告だ。ヘンドリクセン隊の兵士の一人が重傷を負ったらしい。目的地のインターラーケン目前の戦闘でのことだったようだ。
その兵士を運んでヘンドリクセン達はオハラ隊と共にインターラーケンまで辿り着いたものの、負傷兵は既にヒーリングでの回復もままならないほど体力を消耗しているため、絶命も時間の問題とされているようだ。そこで、小島の教会で復活の儀式を行うため、急遽ヘンドリクセン隊はインターラーケンを離れるか、そのまま見殺しにするかの選択を迫られている。
戦である以上人死にが出ることは当たり前だが、そもそも本来ヘンドリクセンはその慎重な気質ゆえに部隊長としても無理なことは決してしない。それでもそのような被害が出るのであれば、陸路のオハラ隊が苦戦して北上出来なかった理由もわかろうものだ。
これで、ヘンドリクセン達が教会に向かうことになれば、完全にオハラ隊はインターラーケンから離れることは出来なくなった。
ソニアはスルストにインターラーケンに向かうよう頼み、ヘンドリクセン隊の兵士の回収と教会への運搬を依頼した。この状態で気力体力が持続し、度重なる移動に疲労を重ねないのはスルストぐらいのものだから、うってつけの人選であろう。
その際、同行するテスが負傷兵の代わりにヘンドリクセン隊に入ることになる。複数部隊に渡っての編成替えばかりでテスには申し訳ないと思いつつ、既に古株と言われてもおかしくない彼女だからこそ、ソニアとしても無理を頼める。
それに、ありがたいことに、もとが寡黙な彼女とヘンドリクセンはそりが合わなくもない。
今まで接点があまりなかったものの、テスにとっては正直、スルストよりは余程ヘンドリクセンの指示を受ける方が楽に違いない。
そういったこともあって、結果、やはりかなりの短期決戦にする覚悟が必要な状況に追い込まれてきた。
尚更にスルストとオハラの援護がないことが辛いが、そこで泣き言を言っても仕方がない。その上、罠があること承知の心持で攻め入るのだから、ソニア隊の緊張感は高まる。
ただ、ランスロットとして少しばかり安堵されるのは、ソニアが積極的にタロットカードを使うと発言したことだ。
今まであまり頼ろうとしなかった「よくわからない自分の力らしいもの」を、彼女が今は「道具」として素直に受け入れたのだということをその発言で知ることが出来る。それは、永久凍土でミザールと会話をしたことで、何かしらがソニアの中でふっきれたのかもしれない、とランスロットは想像せずにはいられない。
ありがたくないその諸々の要因を抱えつつも、ソニア、レイモンド、サラディンが率いる三部隊は、ついに昼過ぎにはシャングリラ城に突入することが出来た。
途中からはシャングリラ城から出撃する部隊をやり過ごし――ノルン隊とオハラ隊の負担にはなるのだが――その後正面きって城内に侵入することとなった。
シャングリラ城は、この天空都市にあるせいなのか、まったく外敵に対して無防備な建築物だった。
城壁もなければ、城を囲む堀やら跳ね橋があるわけでもなく、城門らしきものは完全に解放された造りになっているほどだ。
それはまるで、誰一人とこの神聖な場所を汚す者はいないだろうという、人々に対する信頼を表現しているようにすら思える。
それほど、開放的かつ美しい建築物だった。
そして、今まで見たことがある城内の庭園とは比べ物にならない、美しい前庭。
空の上にあるというだけで、地上にいる人間であればどこかしら「楽園」のような場所を夢見たりもするだろう。
シャングリラ城の前庭はまさにその言葉の通りで、人間達が戦を行っているというのに、まるで何の危機も察知できない飼い馴らされた間抜けな動物のように、鳥達は前庭の木々でさえずっている。人の手が入っていることは一見でわかるのに、それでも尚そこは野生にこそある美しさすらも醸し出している、まったく不思議な場所だ。
さしものソニアでも「ここで戦うのは申し訳ないな」と呟いたくらいだ。
城内に待機部隊がどれほどいるかと思われていたが、残っていた部隊は6部隊ほど。
そのうち2部隊は、城の庭園にいるだけでは役に立てないワイバーンの部隊だったし、残りの4部隊はといえばファントムの部隊とレイブンの部隊。オリビアの神聖魔法にファントム達は消滅し、また、城内に入ってしまえばレイブン達の機動力はぐんと下がるので、サラディンの部隊がそれらを一掃した。
待機部隊の数が少ないことがやはり気がかりであったし、外へ出陣している部隊が退却して大量に戻ってくる場合も考えられるため、ソニアはレイモンド隊に退路の確保を命じて、一気に城内を駆け抜けた。
シャングリラ城内部のことも、スルストが多少知っていたようで、前もっての情報もある。
とはいえ、スルストが知っているシャングリラ城内の見取りは相当に浅い部分であり、さすがに女神フェルアーナが住んでいるとされている居住区と思われる場所のことはてんで情報がない。
また、一本の通路の突き当たりまでいったT字路となっている左右は、天空の三騎士といえど踏み入れることは適わないのだと言っていた。
後にわかったことではあるが、本来天空の三騎士といえど、このシャングリラ城に赴くことは本来ないそうで・・・この件に関しては、後々フェンリルからの強い追求をスルストは受けることとなる。
スルストに教わったその「踏み込めない領域」の狭間であるT字路にソニア達は辿り着いた。
「どっちに行く?」
ラウニィーが急かす調子でソニアに聞く。通路の両側はかなり遠くまで続いており、先にはまたT字路があるようだ。
「こっちだ」
ソニアからは迷いの言葉が出ない。彼女が示した方向へ、まずは慎重にカノープスが動き出した。
ソニアは、いつも持ち歩いている小石を通路の奥へと放った。カノープスの横を通り抜け、かつん、かつん、と何度か床にぶつかって、相当遠くまで転がっていく。
床の音は、一定だ。
壁に小石をいくつか放っても、音は変わりがない。
「進むぞ」
落ちた小石を拾ってはまた投げ、カノープスは進んだ。その後を一同はついていく。
「何故こちらだと思ったのですか?」
走りながらオリビアがソニアに問い掛けた。
「腰につけたブリュンヒルドが」
ソニアの言葉は短く、それ以上の理由を口にはしない。
ラウニィーは眉根を寄せたが、彼女もまたそれ以上追及しなかった。
これも、サラディンが言った「信頼」というものなのだろう。
そう思いながら、ソニアはありがた迷惑な気持ちになりながら、走るのだった。


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