再会-5-

(おかしいな。とりあえず、ここまでは物理的な罠がない)
ソニアはそう思いながら、皆と共にシャングリラ城の奥へと進んでいった。
(しかも、我々を阻む部隊がまったく配置されていない)
それは、ランスロット達もまた感じていることだろう。
とりたてて罠がない。それが、罠なのではないか。あるいは、そう思わせていることが罠なのか。
そんなことは、とっくにわかっている。少なくともなんらかの企みがガレスにはあって、ソニア達をシャングリラ城の奥へといざなっているのだ。それだけは間違いはない。
だから慎重に、と思うが、どうやら慎重に進もうが急いで行こうが、あまり変わりはないようだった。
「ねえ。このまま、行くつもり?」
と、最初に口に出したのは、やはりラウニィーだ。
「だよな?」
と同意をするのは、カノープス。
「確かに、この城にもともといた人間がいない、というのはアリだが、ここまで無防備に誘われるとね」
ソニアはとりあえずそうは答えたが、足を止めようとはしない。
「でも、レイモンド達に退路を守ってもらっての勝負だから、そうのんびりしていてもしょうがない。言っただろう。短期決戦するしかないって。もちろん、ガレスもこっちがそう来ることを狙っているのはわかってる。でも、だからといって、打つ手があるならとっくに打っている」
そのソニアの言葉に、サラディンは頷いた。この老人は戦のエキスパートでもないはずなのに、こういう場面では相当に肝が据わっている、とソニアは思う。
ランスロットが何も口を挟まないのは、彼もまたソニアの意見を支持しているからだろう。
一同は通路の角を曲がった。
すると、予想以上に広い通路に出て、然程の距離もなく行き止まりがあった。その行き止まりには、普通の扉。さすがに、そこで一度ソニアは制止の合図をした。
それからソニアは手にしていた聖剣ブリュンヒルドを、腰につけた鞘に戻した。カチャ、という小さな音が皆の耳にも聞こえる。
その音に反応して、ランスロットは兜の下でわずかに顔をしかめた。
確かにランスロットやサラディン達がいれば、ソニアが剣を振るって突破する機会は減る。しかし、とはいえ、敵を確認してから剣を抜くのは、ソニアらしくないとも思えた。
何か、ソニアは考えがあるのだろうか?
「あそこだ。ブリュンヒルドが、何かを伝えようとしている」
「何、そんなこと、わかるの?」
「・・・ああ。最初は信じなかったけど、最近は、よくわかる。これは、天界と我々の地上とを繋ぐ・・・カオスゲートを開くための鍵だ。だけど、それだけでは聖剣とは呼ばれないだろう?アンタンジルでは、ガルフがこれを欲しがった。それほどの力がある。あたしは、その力を発揮させられるように扱えているか自信はないが・・・最近は、こいつが教えてくれるものを、敏感に感じられるようになった」
ソニアはそう言うと、ブリュンヒルドの柄に手をかけ少しだけ引き抜いて見せた。が、ラウニィーがそれを見ても、特に何の違いがわかるわけでもない。それは、今の持ち主であるソニアにしかわからないものなのだろう。
「良い持ち主になったものだな」
と褒めるのは、サラディンだ。
「フェンリル様に怒られないように、ふさわしい、とはいかなくとも、失望されない程度にはなりたいものだから」
僅かにソニアは頬を赤らめて、素直にそう言った。
それから、こんな話を悠長にしている場合ではない、と気を取り直して
「ブリュンヒルドが、妙に震えている。サラディンに先に行ってもらおうと思ったけど・・・どうも、気がかりだ」
「だが、そなたが先に行くというのも」
そんなことは、普通の軍隊では考えられない。
罠があるのではないかと思われる場所に、みすみす軍の最高指導者が最初に足を踏み入れるなど。
が、この軍は今まで何度もそういった場面はあったし、今はソニアもタロットカードをすぐに使う心積もりもある。
それに、本当にここにいるのがガレスならば、初対面であるサラディンよりも、ソニアやランスロット、カノープスといった面々の方が、もしかすれば吉と出ることがあるやもしれない。
「扉は、開け放して入る。サラディン達は、魔法の余波が届かない位置で待機していてくれ」
「では、退路の確保も含めて、この最後の角で待機していよう」
「角は守って欲しい反面、どちらの方向からにも攻撃を受けやすい。十分気をつけてくれ」
「うむ」
「ラウニィー」
「はい」
ソニアの声音が完全に「命令をする者」のものになっていることに敏感に感づき、ラウニィーはいつもとは違う真面目な返事をした。
「室内に入って、もしもガレスやその他、敵対する相手らしきものがいたら」
「はい」
「挨拶なしで、サンダーフレアをうってくれ」
「・・・騎士道に反するわね」
「相手に向かって、じゃなくていい。部屋の真中でもいい」
「どうして」
「ただの牽制だ。何があるかわからないところへ飛び込んでいくんだから、こっちも、多少は普通じゃないことをしないと」
「わかった」
ラウニィーは真剣な表情で頷いた。
「オリビア」
「はい」
「室内に入ったら、いつもよりも後ろに下がっているように。サラディンが後ろを守ってくれるから、後ろから不意打ちをされることはない。この短い通路の間に、何かが隠されていない限りは。あれだ。アルビレオの時みたいに、突然ここの床から何かが出てきたらしょーがないけど、それも、サラディンがどうにかしてくれる」
「以前、ハイネさんから聞きました」
オリビアは可愛らしい顔をしかめて、嫌そうに答えた。
「床から、何か・・・泥人形のようなものが出てきて、その、手が伸びてきたと」
「うん。あんなものが仕込まれていても大丈夫だから、オリビアは出来るだけ最初から後ろにいるように。ただ、何かの仕掛で開け放している扉が閉まるようになってたりしてると、それに巻き込まれて危ないから、室内には必ず入っていてくれ」
「は、はい」
ソニアは一通り一人一人に指示を出した。それは、中に共に入る仲間はもちろんのこと、サラディンが連れている兵士皆にも。
心は急いているが、だからこそ、それぞれに言葉をかけ、ソニアが考えている範囲のことを伝え、出来る限り無駄のないように対応させようとしているのだ。
ソニアのそういうやり方は、人数がこじんまりとしている集団で動いた時の指揮に向いている。それは、軍が大きくなる前から共にいるランスロットにも、また、カノープスにもよくわかっていることだ。ある意味、こういった時のソニアの方が、彼らにとっては「らしい」のかもしれない。
全員に指示を出し終えると、ソニアは一言「いくぞ」と声をかけた。
そして、今度はカノープスではなく、ランスロットが扉を開けて先に入る仕草を見せた。それは、彼だけが甲冑を全身に纏っているからだ。
オリビアは、彼に何かがあったら、と想定して、すぐにでも治癒呪文を唱えられるように集中を始めている。
「行け!」
ソニアの小さな、けれども鋭い声を合図に、ランスロットは扉を開いた。


シャングリラ城の奥にあったその部屋は、今までどの城で戦った時にもあったような広間と趣きが違った。
それまで多くの城主は、まるでその城の主であるという地位を守るかのように、謁見のための広間で待ち受けていたものだった。もちろん、それは身の守りを固めるため、ドラゴンやゴーレムといった、大型で防御力の高い兵士を置くためでもある。その他、罠を仕掛けるため、あるいは、アルビレオのように魔方陣を作るため、など理由はさまざまだが、城内に入られてしまっては、守る方だってせせこましい場所で戦うことは嬉しくないに違いない。通路での待ち伏せや、なんらかのからくりを使う場合は別として。
そして、大体が少し階段があるような高台――玉座が置いてるような――があったり、舞踏会でもやるのか、と思えるだだっ広い場所だったりで、どこにいっても変わり映えがあまりない。
しかし、扉を開けてランスロットを先頭にして入ったその部屋は、何か異質さを皆に感じさせた。
それは、不快ではない。
敢えて言えば「空気が違う」という言葉にしか出来ないが、明らかにその部屋は「違う」部屋だった。
広間、とまではいかない大きさの室内はつるりとした大理石に似た石の床が広がり、床に近い部分の壁には横並びの青い紋様の細工が埋め込まれている。
室内の最も奥には、そこから更に小部屋に繋がるような場所があり、その前に滑らかな布のカーテンが何重にもなっていた。
が、彼らが感じている「違う」という空気は、その部屋の作りだとかそんな物理的なものではない。
その部屋の奥に立っている黒い甲冑の人物と、彼を守るように喉を鳴らしているサラマンダー二体の存在を、一同は確認した。そして、皆それを見て、「なんと不似合いな」と眉を寄せる。
その「不似合い」は、ガレスらしき人物とサラマンダー、という組み合わせがおかしいのではない。
この部屋と、ガレスらしき人物が、あまりに不似合いなのだ。
誰もがその理由をはっきりとはわからなかったけれど、自分達が感じている「異質さ」がその正体なのだということだけは気付いていた。
それらの「何だ、この不似合いさは。何がこの部屋に」という思いを脳裏に浮かべている仲間を尻目に、ラウニィーだけは自分の役割を果たすために、サンダーフレアの詠唱を素早く行った。それは、速さを重視したため、いつもの完全詠唱ではない。
ぴしゃあっと雷撃が部屋の中央に落ち、室内が僅かに揺れた気がした。
が、室内には他に何もいないようで、何かが動く気配はない。そのことに気付いて、ソニアとランスロットはお互い目配せをした。
どうやら、城内で戦うにしてはあまり広くないこの場所では、他の兵士が隠れている場所もないようだ。その、カーテンらしきものの裏にある、小部屋以外には。
雷撃に反応をして、サラマンダーは体を伸ばし、ソニア達に向かってこようとしたが、それを黒い甲冑の人物は止める。
「・・・これはこれは、聖騎士殿。ここでお会いするとは意外ですな」
それは、明らかにラウニィーに向けての言葉だ。
「あなたが不死身のバケモノだという噂は、どうやら本当のようね。いつまでも、声もお若いこと」
ラウニィーは目を細めた。造作が美しいゆえに、その表情はあまりにも苦々しい。
彼女のその態度で、その黒甲冑の人物がガレスであることは明白だ。
「反乱軍リーダー自ら、ここまでやって来てくれるとは。まさか、本当に来るとは」
ガレスは含みのある声音でそう言ってソニアに向き直った。
「二度目だ。きっと、お前は来ると思っていた」
ランスロットは息を呑んだ。
そのガレスの言葉が癇に触らないわけがない。
(目当ては、ソニア殿か)
それはもちろん、ランスロットのみならず。
カノープスはソニアを庇うように動こうとしたが、ソニアは皆に聞こえるぎりぎりの小声で
「いい。そのまま」
とぴしゃりと命令をする。
「あたしを、待っていたか」
「そうだ」
「もう一度、剣を交えるためか。それとも・・・お前も、悪魔ガルフと同じように、ブリュンヒルドを手にいれたいのか」
「反乱軍を倒せば、ブリュンヒルドは副産物で手に入る。それは別に第一の目的ではない」
そう言って、ガレスは笑った。兜の下でその声は篭る。
「まずはお前達相手に試したいことがあってな」
「試したい?あたしでか?」
「ラシュディが、天空の三騎士に、何をしたか、覚えているか?」
不吉なガレスの言葉に、ランスロットは反応した。いつでも、戦うためではなく、ソニアを庇うために飛び出す準備が彼には整っていた。そして、ソニアの体もまた、ガレスの言葉に反応してぴくりと震えた。
次の瞬間ガレスは何か一言を呟いたように、ソニア達には見えた。それは、魔法にしては、詠唱が短い。
「!」
それは、「何かが来る」と誰もが警戒した直後のことだった。
まるで風がガレスから放たれたように。
いや、それはただのイメージであって、本当は風にように何かがそよぐわけでも、体がそれを感じるわけでもない。
ただ、目に見えない、何をもそよがすことのないもの。そして、それは敢えて言えば突風のように彼らを襲ったのだ。
ランスロット、カノープス、ラウニィー。そして、オリビア。
彼らは一瞬にして体を丸め、「何か」から耐えようと守りの体勢を取った。アッシドクラウドやファイアウォールのような魔法に身を晒したわけではない。けれど、目に見えない何かが、間違いなく彼らの身に降りかかって。

――ラシュディが、天空の三騎士に、何をしたか――

ランスロット達が忘れるはずがない。
スルストもフェンリルも、魔道師ラシュディになんらかの術をかけられ、まるで長期的なチャームの魔法にかかったかのように操られていたのだ。それを解くために、どれほどソニアが力を尽くして、危ない橋を渡ったことか。今でも、もう一つの天空都市であるシグルドにいる、三騎士最後の男フォーゲルは操られていると言う。
で、あれば、ガレスが彼らのほのめかした事は、わかる。
その時にラシュディが使ったなんらかの術を使って、反乱軍を動かすため、ソニアを操ろうというのだろう。
さすがに、誰もそんなことまでは頭が回らなかった。相手がラシュディだと思えばきっと気にもしただろうが、まさかガレスまでもがそういう術を行使するとは。
前方から押し寄せてくる「何か」に逆らうためには、まるで身を丸くする以外に方法がないように、皆は動けなくなった。
もし、こんな状態でサラマンダーから攻撃を受ければたまったものではない。しかし、それは何か制約があるのか、ガレスはサラマンダー達に何も命令をしなかった。それが、不幸中の幸いなのかはわからないが・・・。
ラウニィーは「畜生・・・!」と声を絞り出した。
気が遠くなる、とラウニィーは思う。だが、その「遠くなる」は、不思議なことに意識がなくなって倒れる時や、眠りにつくときのの「遠くなる」とは違うと感覚的に彼女は悟った。
何故なら、ふっと途切れそうになった時でも、自分の体は力が抜けないからだ。
立っているのに、身を守ろうとしているのに、意識だけ遠くなる。それは、一体どういうことなのだろうか?
ふとそう考えたけれど、それを冷静にそれ以上判断することが出来ないほど、彼女の意識は混濁してきた。ちらりと「きっと、みんなも・・・」と思ったが、その次の瞬間には「みんな?みんなって誰?」という疑問が浮き上がるほど、思考が乱れる。
彼らが見えない「何か」と戦っていたその時、その「何か」を放ったはずのガレスが声をあげた。
「何!?」
明らかに動揺の声。
なんと、それと同時に、ランスロット達は自分達を襲った「何か」から解放され、体の緊張を解くことが出来た。
「な、んだ、軽くなったぞ?」
軽くなったというよりは、普通に戻った、ということが正解なのだが、カノープスはそう言ってソニアを見た。
と、ソニアは。
室内に入るまでは腰の鞘に収めていたブリュンヒルドを、誰もが気付かないうちに引き抜いており、両手でそれを持ち、体の前に押し出すように天井に切っ先を向けて仁王立ちになっていた。
それはまるで、聖職者が十字架を持ってして邪悪な気を払うかのような、そんな様子を彷彿させる。
「ブリュンヒルドの力か・・・!」
ガレスは叫ぶ。
「どうやらブリュンヒルドは、お前が何か仕込んでいたのを感じていたみたいだぞ。この部屋近くになればなるほど、うずうずしていたようだからな」
「うずうず、だと!?」
ソニアはランスロットやラウニィーを軽く振り返って、にっと笑った。
「変なときに抜くと発光するから、警戒されると思ってしまっておいた。ランスロット、不思議に思ってただろ?」
「なんと・・・」
ラウニィーは、自分の額に吹き出ている汗に気付いて拭った。そっと後ろにいるオリビアの様子を見ると、彼女は深呼吸をしていた。緊張、意識の混濁、何が自分達を襲ったのかはわからないが、体も心も元通りになるため、落ち着かせようとしているのだろう。
「忌々しい!」
ガレスは、兜の下で吠えた。それが合図になったのか、サラマンダーが攻撃態勢に入る。
(これ以上のからくりがない、と判断して良いのだろうな)
ソニアはブリュンヒルドを構えなおした。
「今回は、逃がさないぞ!ガレス!覚悟しろ!」
ソニアも負けずに声を荒げて吠えた。彼女が戦闘前に、そこまで相手に感情をぶつけるように叫ぶのは、相当に久しぶりなことだ。それをランスロットとカノープスは気付いて、僅かに苦笑をした。
ラウニィーが彼らの背後から、今度は完全詠唱のサンダーフレアを唱え、サラマンダーを足止めする。
その間に、ソニアは懐からタロットカードを一枚抜き出した。それは、スルストが手渡してくれたストレングスのカードだ。
「力を、貸してくれ!」
ソニアがカードを高く差し出すと、そのカードは赤い光に包まれたと思うと、ふっと姿を消した。それと同時に、ソニア達一人一人に向かって、そのカードが消えた場所から弧を描くように赤い光が放たれる。それは、タロットカードが与える力の恩恵が、一人一人の肉体に宿ったということだろう。
ストレングスのカードは、一時的に彼らの筋力をあげる。
余談ではあるが、ソニアはああは言っているが、ガレスの前衛にいるこのドラゴン達を倒すのはなかなか苦労がいる。ランスロットはともかく、カノープスはドラゴンのような装甲が固い相手への戦力としては、あまり期待を出来ないからだ。
彼はそれなりの力は持ってはいるけれど、基本的には空を飛ぶことに特化しているし、人々を抱えて空を飛ぶゆえにあまり大きな武器を身につけてもいられない。本当は槍を使ったりもするが・・・とカノープスは以前から言ってはいた。しかし、それだって、固い装甲を貫くほどの重量のあるものは持ち歩かせられない。いつ、どれだけのものを抱えて飛んでもらわなければいけないか、それがわからないからだ。
それは、ガレス戦が待ち受けているとわかっていたこの時点でも同じこと。むしろ、「ソニアに何かがあった時はカノープスが」と以前よりランスロット達に言われているように、ソニアと共にいるときは通常よりも彼は身軽で「最速で逃げられる状態」を保とうとしている。
それゆえ、戦になれば彼自身、戦うことに重きをおかれていない自分自身をはがゆく思うこともある。
軽い打撃であっても人々を救う場合が多々ある、と彼は経験上知ってもいるのだが。
戦闘体勢に入ったとほぼ同時に、ソニアが叫んだ。
「来るぞ!」
サラマンダーの後ろに守られた状態で、ガレスが指で何かの印を胸元で切る。
それは、魔法の発動を促す動き。
ガレスが放った魔法は、暗黒魔法であるイービルデッドだ。
「ぐっ・・・!」
イービルデッドは射程内に対象物がいれば、漏れなく全員に衝撃を与える暗黒魔法で、とりわけ、それはランスロットとオリビアには相当手痛いものだ。
彼らは神の加護を受けた治癒呪文の使い手であり、それゆえ、暗黒の力への耐性が他の仲間達よりも低い。
ランスロットはその衝撃のあまりの大きさに、滅多には出さない低い呻き声を発して動きを止めた。
しかし、それへ心配する視線を送っている暇はなく、ソニアはガレスの前で守りを固めているサラマンダーへと切り込んでいく。
ソニアはサラマンダーの足を狙って斬りつける。
目を潰してしまえば一気に戦闘能力は落ちるとわかっているが、上背の高いドラゴン相手にそれはなかなか叶わない。それを歯がゆく思いながらも、苛立たないようにと彼女は自分に何度も心の中で言い聞かせていた。
ソニアが斬りかかっているその間、オリビアは、イービルデッドで与えられた皆の痛みを緩和するように治癒呪文を唱えた。
いくら彼らが体を傷つけざるを得ない戦に赴いているとはいえ、痛みに慣れることなどあるはずがない。
彼女の役目は、仲間達がその痛みを感じる時間を少しでも短くすることだ。
オリビアからの癒しの力が仲間たちを包む。その間も戦いは止まることがない。
ソニアに切りかかられたサラマンダーは、彼女の後退に合わせて突進をしてきて、ソニアではなくランスロットめがけて痛烈な打撃を繰り出した。イービルデッドのダメージから解放されたランスロットは、サラマンダーからの突撃を真正面から受けて踏ん張る。
そして、サラマンダーがそうしたように、彼もまたサラマンダーの後退にあわせて走りこみ、俊敏さでは秀でていないサラマンダーへ切りつけていった。
その時、そのサラマンダーの後ろに隠れるようにいたガレスが、彼の隣に控えていたもう一体のサラマンダーに何かを命令する声が聞こえた。
「ファイアーブレスが、来るぞ!」
サラマンダーに切り込んで戻ってきたソニアが叫んだ。
ぐぐっと体を一度そらせる、サラマンダー。
それは、炎の竜特有のファイアーブレスを吐き出す前兆だ。
「っ、耐えろ!」
攻撃のために前進していたランスロットは、盾で皆を守るように、前衛のサラマンダーが更に後退してもその場に留まった。ソニアもカノープスもその後ろで身を守るように備える。
後衛にいるラウニィーとオリビアは、前衛三人の後ろに隠れるように立ち位置を確認する。それは、後衛の役目でもあるからだ。
サラマンダーは逸らした体を前のめりにし、その口から激しい炎の息を吐き出した。
竜のブレスは、まるで海の波のように押し寄せるように、けれどもそれ以上の速度で相手を襲う。
しかし、いくら炎であろうとその威力はその竜自身の力によって相当に違うものだ。
炎でありながら、物を燃やす威力が違う。それは少しばかり不思議な話ではあったけれど、口から吐き出して広がる範囲が同じであろうと、速度が速かろうと、紙を一瞬で燃やす炎もあれば、紙の角をじんわりと黒くするしか出来ない炎もある。
そのサラマンダーの炎は、なかなかに悪くはなかった。
が、ガレスを守るため相当後退しているということと、完全に狙いがランスロットを捉えていたため、全身甲冑を纏ったランスロット相手ではその威力も発揮できないようだった。
「あっちぃ!!」
と、素直に叫ぶのはカノープスだ。それは、ランスロットの甲冑が帯びた、ファイアーブレスによる熱気のせいだ。
「駄目だ、ああいうのは、スルストの野郎の剣圧ででも押し返さないと!」
「無理言うな!」
ソニアもまた、ファイアーブレスの余波によって髪の一部を焦がした状態でカノープスに返事をする。
「サンダーフレア!」
ラウニィーがサンダーフレアの魔法を唱え、呪文行使のための直後の術者硬直――高位の魔法になればなるほど、術者は呪文を唱えた後に動きが止まるという制約が発動しやすい――を物ともせず、前に走ってきた。
「オズリックスピアの威力を見なさい!」
彼女の持つ槍は、冷気の力を纏った槍だ。
後衛から前に走りこむラウニィーの姿を確認したカノープスが、サラマンダーの注意を自分にひきつけ、彼女の進路を開いた。
「・・・ふっ・・・!!」
ラウニィーは、全身の力を使ってオズリックスピアをサラマンダーに突き刺した。
カノープスに向かって突撃途中だったサラマンダーは、不意を突かれたせいか、攻撃を避ける素振りも見せずにラウニィーの攻撃を受け、咆哮をあげた。
カノープスは翼をはばたかせて横に飛んでサラマンダーから離れると同時に、後衛にいるサラマンダーの様子に気づいて叫んだ。
「また、ファイアーブレスが来るぞ!」
彼のその言葉通り、もう一体のサラマンダーが再び炎の息を吐いた。今度の狙いは前進していたラウニィーだ。
ランスロットはそれに気付いて、彼女を守るように前に飛び出て盾を構えた。ソニアは彼の行動を視界にちらりと収め、その判断力が反乱軍でも1、2を争うほどのものだと思い、嬉しさすら感じる。
と、ランスロットがその時叫んだ。
「ソニア!」
「・・・!」
その声の意味を、ソニアもまた信じられない速度で判断し、ファイアーブレスの軌跡に巻き込まれないように走り出した。
まるで、サラマンダーのファイアーブレスを隠れ蓑にするように、ガレスが斧を構えたまま駆け出したのだ。
ファイアーブレスを受けるために盾を構えたランスロットの横側から斧を振るおうとしたのだろう。
サラマンダーの体の大きさで見失ったり、ファイアーブレスが誰に向けられるかに注意が行くため、いつものランスロットであればガレスの動きを見逃していただろう。また、実際ガレスは相当にその時を測っていたようで、ソニアからもカノープスから見ても、一瞬完全に死角になった――前衛のサラマンダーのせいで――その一瞬だった。
「ふざ、けんな!」
ソニアは叫びながら、ランスロットの背後から飛び出た。
それは丁度、サラマンダーのファイアーブレスが、ラウニィーを庇ったランスロットに襲い掛かるその瞬間。
「邪魔するか、小娘!」
自分の思惑が読まれた、と気付いたガレスが、飛び出てきたソニアを即座に攻撃対象にと修正を計る。
重い斧の一撃が、ソニアに向けて放たれた。
「ぐう!!」
ソニアはブリュンヒルドでそれを受けたが、あまりの攻撃の重さに耐えかねて、後ろへとふっとばされた。
それに追い討ちをかけるように、ガレスは勢いを落とさずに走りこむ。
「させるか!」
ランスロットに守ってもらったラウニィーは、ソニアとガレスの間にオズリックスピアを投げつけた。
ガレスがそれに一瞬足止めをされている間に、ソニアは体勢を立て直してブリュンヒルドを構えてガレスに向かっていく。
オリビアは、もしソニアがガレスから打撃を与えられたら、と、治癒呪文を唱える準備に入った。
室内に、ガキン、と固い音が響く。
斧と剣のぶつかり合い。
真っ向からの力ならば、ソニアが劣るに決まっている。
しかし、彼女を助けているのは、その手に持っているブリュンヒルドだ。
それは、ガレスの斧を受け止めた瞬間に白く発光しだし、ソニアの気迫をまるで光に変えたようにどんどんその輝きを強めていく。しかし、その光は目が痛くなるような、耐えられない光ではない。
「ぐおおおおお!!」
ガレスが唸る。
ソニアもまた小さな体でガレスの斧を受けながら、歯を食いしばっていた。
もともと、ブリュンヒルドはそうやって、敵の武器を受けるような剣ではない。それはソニアにだってわかっている。しかし、今の状況を覆すことが、ソニアにも最早出来ないのだ。
あまりに強いぶつかり合いは、どちらかが武器を引けば、相手がバランスを崩して倒れてしまうのではないかと一見思えるが、実はそうではない。
ぶつかり合った点に集中している二者の力の大きさが半端のないもののため、自分から引くことすら出来なくなっているのだ。
しかも、その激しさは、彼ら二人だけが感じ取っているわけではない。
ラウニィーはオズリックスピアを拾いたいと思ったが、その二人のぶつかり合いの邪魔になるような錯覚すら起こして動けない。
ランスロットもまた、ソニアに加勢しようと思ったが、自分が近づくことで二人の均衡がどのように崩れるか、突然恐ろしくなって動くことが出来ない。
それは、彼ら二人が優れた使い手であるからこそ起きる、金縛りのようなものだ。
皆には、ガレスの全身が、ぶる、と震えたように見えた。そして、ソニアの体も。
ソニアは瞬き一つせずに、ガレスを睨みつけている。甲冑のせいで周囲からはわからないが、多分ガレスもまた。
その二人の様子を立ち尽くしてみていたランスロットであったが、ようやく「加勢をしなければ」と自分を奮い立たせることが出来、床を蹴った。しかし、その視界の隅には未だ攻撃を止めないサラマンダーがおり、オリビアに狙いをつけていることが明らかだった。
それを防ぐのは、ランスロットの役目だ。
「バカ、ソニア!」
その時、カノープスが叫ぶ。
威力があまり高くないため滅多に彼がその技を使うことはないが、有翼人バルタンが行使することできる、雷撃の力を借りたサンダーアローを彼は打ち放った。
それは、前進も後退も出来ない、完全五分の力でぶつかり合っていたガレスとソニアの均衡を無理矢理崩すように、ガレスに向かっていく。そして、ガレスの体にそれが命中した、と思った瞬間
「ぐあぁぁ!!」
「うあ!」
ガレスの体を襲ったはずのサンダーアローではあったが、軽い衝撃にも関わらず、ガレスは後ろへ吹っ飛んだ。そして、ソニアも。
まるでガレスの斧とソニアのブリュンヒルドの間に、反発しあう強い磁力が働いているかのように、二人はまっすぐお互いの後ろへと飛ばされる。ソニアの方が体重が軽い分、余計に吹き飛ばされたようだ。
丁度その時、ランスロットはオリビアを狙っていたサラマンダーからの打撃を受け、彼は横に薙ぎ払われるように吹っ飛ばされる。
「う、わ、手、しびれ・・・」
ソニアは床に腰をついた状態で、呟いた。まるで何かがはじけたような衝撃を与えられたせいか、ブリュンヒルドを握っていた両手がびりびりと痺れて仕方がない。
立ち上がりながら前方を見ると、ラウニィーがオズリックスピアで一体のサラマンダーの足の腱を貫いた瞬間が見える。そして、横に吹っ飛んだランスロットは素早く体勢を立て直し、既にガレスに向かって切りかかっていく。
(援護、するぞ!)
その思いは声に出さず、ソニアは痺れた手に可能な限りの力を入れた。
ガレスはソニアほどふっとばなかったものの、体を覆う甲冑の重さが堪えるのか、ゆっくりと立ち上がっているところだった。
そこに、ランスロットが近づいていることに、ガレスも気付いたようだ。
彼は一瞬、イービルデッドを行使しようか、それとも斧で迎え撃とうか躊躇したようで、即座には斧を構えなかった。
その判断の遅れを更に有利にするように、ソニアは相当離れた場所からランスロットへの援護を行った。
「・・・いけ!」
それは、先ほどカノープスが放ったサンダーアローのように。
自分も今まで何度か放ったことがある「足止め」や「牽制」だけの意味をもつ、特殊剣技ソニックブーム。
(いつだ。いつ、同じことを)
床を走っていくその衝撃波は、決してランスロットの邪魔をしない。
ソニアは、目を細めてそれを追いながら、こうやってソニックブームを打ったのは何時の頃か、と思い出そうとしていた。
そうだ、アンタンジルで、フェンリル様を助けようと。
いいや、違う。そういうことではなくて。
(あれは、バルモア遺跡か)
アルビレオがアッシドクラウドの詠唱を行おうとした時、傷ついたランスロットはゴーレムの下敷きになっていた。アッシドクラウドの発動で最も大きな衝撃を受けるのは、床に近い位置だ。そして、ランスロットも、ノーマンも、あの時は生死に関わる状態に近かった。
それを、防ごうとして無茶なソニックブームを撃った。
ソニアはそのことを思い出していた。
(今は、右腕が元通りに動く。そして、ランスロットを助けるために、ランスロットに怒られずにすむなんて、本当にありがたいことだ)
そんな、邪念と呼んでよいことまで考えながら、ソニアはソニックブームの行き先と、ガレスと、ランスロットをじっと見た。
「ぐっ!」
立ち上がったばかりのガレスは既に斧を構えていたけれど、足元から全身を駆け上がるソニックブームの衝撃に声をあげ、体勢を崩す。
そして、ランスロットはそこへ切りかかった。いつもの彼の一撃では、ガレスを倒すことは不可能に思える。しかし、今は違う。
ソニアが使ったタロットカードからの恩恵が、ランスロットの体にも変化をもたらしていた。
彼は、サラマンダーに吹っ飛ばされた時のダメージをまったく感じさせないほど、力強くカラドボルグを振るった。



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モドル