再会-6-

「またしても・・・またしても、俺が負けるのかっ・・・」
ランスロットのカラドボルグの一撃を受けて、ガレスはぐらりと揺れながら言葉を搾り出した。
ストレングスのカードの恩恵を受けていたランスロットの攻撃は、ガレスのその黒い鎧を介しても、致命傷を与えることが出来たのだ。
もちろんそれは、カラドボルグという剣がブリュンヒルドと同じく、聖なる力の加護を受けたものだったおかげでもある。暗黒の力の領分に足を踏み入れたガレスには、相当に堪えたことだろう。
ガレスは、鎧の僅かな隙間から赤い血をしたたらせ、がくりと膝をついた。ランスロットは片腕を水平にあげ、仲間たちに「まだ近寄るな」という合図を送る。もちろん、その意味がわからぬ者なぞここにはいない。
がしゃり、と鎧の音がする。
「しかし・・・安心するのは・・・まだ・・・早いぞ」
ソニア達が見守る中、ガレスはついに音を立ててぐしゃりとうつ伏せで床に倒れた。そして、もがき苦しみながらも最後の呪いの言葉を放つ。
「必ず・・・必ず、貴様らを倒してやる・・・」
床に広がっていく血の海。
びくり、びくりと何度も痙攣を繰り返し、ガレスはついに言葉を発しなくなった。
彼のその様子はあっけない敗北とも言えたけれど、その口から漏れる言葉はきっとただの恨み言ではないだろう、とソニアは思う。
たとえ、ここでこのガレスの体をどれほど切り刻んでも、どこかに再び「ガレス」という存在があり、そしてそれは再び反乱軍の前に姿を現すのではないか。そんな予感がよぎる。
ソニアは、死に行くガレスを遠目で見ていた。
そして、その姿から視線をはずすことなく、最も出入り口に近い位置にいるオリビアに命じた。
「オリビア、サラディンを呼んで来てくれ!」
「は、はい!」


ほどなく、サラディンは部下達と共に室内に入ってきて、反乱軍の勝利を確認した。
サラディンを除いた部隊員はソニアの命令を受け、シャングリラ城外にいるレイモンド隊のもとへと勝利を告げに出て行く。
「兜を、とってくれぬか」
嫌そうな表情を見せながら、カノープスはサラディンに言われた通り、床に倒れているガレスの兜を取り払った。
中から出てきた人物は、瞳を見開いたまま絶命していた。その人相を確認して、サラディンは深く溜息をつく。
「これは、ただの器だ.。いや、正しくは、多分この鎧が器の役目で、中身は鎧を動かすための媒体のようなものだろう」
「うつわ?ばいたい?」
ソニアは眉根を寄せる。
「ガレスの命は、器を捨てて、どこかへ逃げたのだろうな」
「サラディン、わかるように話してくれ」
「多分、この人物は、ガレスではない。もしもガレスに似ているしたら、『ガレスに近づけて作られた』擬似生命体だろう。ラウニィーは、ガレス王子の素顔などは知らなかったな?」
そのサラディンの語りかけにラウニィーは申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんなさい。知らない」
当然ラウニィーの返事はわかっていたことだ。サラディンは小さく頷いて言葉を続けた。
「もし知っていれば、多分、ここに倒れているこの人物はガレスではないと、きっとそなたは言うだろう。ソニア、我が兄弟子アルビレオが転生を繰り返すという、愚かしいことを行っていたことは覚えているな?」
「うん」
「それと、形は違うが、似たことが行われている。ガレスは肉体と魂を分離させ、この鎧をその魂の器にしておる」
「器・・・でも、中に人が」
「うむ。魂は鎧に宿るが、それだけでは動けぬ。魂が宿っても鎧という物体には動くための機能がない」
ソニアの表情がますます険しくなる。
話がわからない、とは口にせず、彼女はわからないなりに我慢をしてサラディンの言葉を聞こうとしている。
だが、サラディンもまた「難しすぎるか」と気付いており、一旦そこで話を切った。
「が、そのように魂をどんどん器に移すことも、いずれ限界がこよう。人はどんな形でも、永遠に生きることは出来ぬのだ・・・さて、シャングリラの落下を止めなければいけないだろうな」
具体的にどこで何をどうすれば良いか、ということはあまりわかっていなかったが、その場にいた皆は、奥に続く部屋があるように見えているカーテンへ視線を向けた。
と、丁度その時、出入り口から城の外で退路を確保していたレイモンドが突然現れた。
「ソニア様、このシャングリラ城に投獄されていた男性を一人発見いたしました」
一同は驚いてそちらを振り返る。レイモンドが勝手に持ち場を離れることは珍しい。
よほど教会付近のノルン隊が頑張ったのか、城に戻ってくる帝国軍もほとんどいなかったと見える。
「レイモンド?」
「あまり体も汚れていませんから、最近投獄されたようですが・・・どうやら、帝国軍に痛めつけられていたようです。見張り兵を問いただしたところ・・・帝国軍の元将軍とのことで・・・」
「・・・元将軍・・・?」
ぴくりとソニアの眉が動き、ランスロットを顔を見合わせる。
「動かせるか。それとも、こちらから行くか」
「多く傷を負っているようです。出来れば、来ていただいて様子を見てからの方がよいかと」
「わかった。シャングリラの落下はすぐ起こるもんじゃない。とりあえずその男から話を聞こう。サラディン、悪いがカノープスとラウニィーと一緒にそのガレスの死体を見張っていてくれないか。何があるかわからないから。ランスロット、オリビア、ついてきてくれ」


レイモンドに案内されて、一同は交戦した場所から相当に離れた場所にあった、地下への階段を降りていった。
地下といってもまったくじめついた感じもなく、違和感すら感じない美しい通路が続いている。
その奥に、牢獄とは思えないほどの小奇麗な作りの、それでも間違いなく牢獄があった。
二人の帝国兵が見張りになっていたようで、レイモンドによって昏倒状態になっている。
「その男性です」
「・・・これは・・・!」
一つの牢獄の中にぐったりしている男性を見て、ソニアは瞳を大きく見開いた。
見れば、体のあちこちに鞭やその他刃物で浅く傷つけられた痕が多数ついている。そして、その体は鎖に拘束されていた。まだ青年と呼べる年齢か。その精悍な顔立ちを見た途端、何か記憶にひっかかりを感じてソニアは眉を寄せた。
見た顔だ。
どこかで。
最初に記憶を探り当てたのはランスロットだった。
「・・・デボネア将軍ではないか」
「・・・やっぱり?鎖を、といてやって、外に出してくれ」
ソニアの命令に従って、レイモンドは牢獄に入っていき、ほとんど意識がないような男性を拘束している鎖の根元にしゃがみこんだ。
鍵らしいものは見つからなかったのだろうが、錠前破りもレイモンドはお手の物だ。
がちゃりと小さな音をたてて、男性を拘束している鎖が固定された棒から離れた。そして、男性の体は床にどさりと落ちる。まだ彼は後ろ手でもうひとつ鎖に錠がかけてあったが、そちらにもレイモンドが手を伸ばす。
床に降ろされた彼はその衝撃で気付いたようで、ゆっくりと瞳を開けた。
「誰だ・・・そこにいるのは・・・ガレスは・・・」
喉が渇いているのか、彼はかすれ声をぽつぽつと搾り出すだけだ。意識もまだ朦朧としているようで、まるでうわごとのようにも聞こえる。
その男性は、以前ゼノビア奪還の折にソニアと勝負をした、帝国のクァス・デボネア将軍だ。
その当時「反乱軍と戦う前にやらねばならぬことができた」と言って、敗北と同時に退却をし、帝国軍内部の怪しい動きを察知してその真実を確かめようとした人物だ。
ソニアは膝を床について、デボネアの体に触れながら声をかける。体に触れるのは、それ以上危害を与えないことを表すためだ。
「デボネア、大丈夫か。ひどい怪我だ」
その声に、ぴくりと彼は反応した。ゆっくりであったが、やがて彼の焦点はソニアに合い、その瞳は驚きに見開かれた。
「ソニアか・・・そうか、ガレスを倒したのか」
「うん」
「エンドラ殿下を説得しようとしたのだが、逆に裏切り者とののしられ、捕えられてしまったよ。 どうやら、君達のほうが正しかったようだな・・・」
デボネアはそう言って、苦笑いを弱弱しく見せた。
「その怪我はどうしたんだ。ガレスにやられたのか。傷は全部新しいように見える。それに、捕らえられたといっても何故ここに」
「ああ。俺を利用するためにここに連れてきたものの、あてが外れたようでね・・・君達は大丈夫だったかい?ラシュディのように、強力なチャームの魔法を・・・」
話を続けるデボネアの逆側にオリビアもまた膝を折り、治癒呪文の詠唱を始めた。
「ああ、それにかかりそうになったが、ブリュンヒルドが守ってくれた」
「そうか・・・どうやらあれに、なにやら制約があるようで・・・このシャングリラでは、どういうわけかはわからないが、一度しか出来ないんだと言っていたよ・・・」
「一度だけ・・・うん?あてが外れて、なんでデボネアを傷つけたんだ」
「本当は、君たちと、そして、俺を手駒にする予定だったんだ・・・ああ、大分楽になったよ、ありがとう」
デボネアはオリビアのヒーリングを受けて、少なくとも体の表面の傷はいくらか綺麗に塞がったように見えた。ようやく彼は体を起こそうとし、それから自分の体がまだ拘束されていることに気付く。
「鎖が、邪魔だな・・・」
彼がそう呟くのと、レイモンドの手元で再び錠がはずれる音がするのはほぼ同時だった。
「手駒ってどういうことだ?デボネアは、何か利用されるためにここに連れてこられたってわけか」
「察しが良いな。反乱軍リーダーは。そうだ。この天空都市を落下させるという計画はわかっていたんだろう?シャングリラが一定の高さまで落ちた時点で、ガレスはここを脱出する予定だった。そうでなければ、自らの身が危ないからな」
「だな」
「でも、地上に近づけば近づいただけ、反乱軍もシャングリラ奪還をしやすくなる。ガレスにしてみれば、一番良いシナリオは、反乱軍がこのシャングリラもろとも地上に落ちるってことだ」
「一掃出来るし、シャングリラ落下首謀者は反乱軍だってことに出来るからね」
「本当に、察しが良い。人は見た目ではないな・・・と、失礼、気分を害したなら、謝る」
そういってデボネアは軽く手をあげようとした。そして、肩の後ろの傷の痛みに顔をしかめる。
「いい。今更。反乱軍リーダーらしく見えないのは、ずっと言われてる」
「悪かった。まあ、そういうわけで、反乱軍がギリギリでここに辿り着いた場合、ガレスはここを離れているから、もしかすると計画は失敗するかもしれない。とはいえ、兵士だけを置いていっても、それはかなりに不確実だ。そこで」
「ああ、デボネアに魔法をかけて、天空の三騎士みたいに操って、番をさせようって魂胆だな」
「ご名答だ。どうしてそんなに鋭いのかな、このお嬢さんは」
そう言いながらデボネアは苦笑をした。
「まあ、おおよその話はわかった。あたしがここに攻め込んだ時点で、ガレスはあたしを手駒にしたかったんだろう?あの変な術を使って・・・あたしくらいでも多少は利用価値がありそうだしな。かといって、ここで反乱軍が敗れてもまだ地上には別部隊が残っている。最後まで気は抜けないから、さらにデボネアに術をかけて番をさせたかったってわけだ。違うか?」
「まあ、そういうことらしい。しかし、ここは曲がりなりにも女神フェルアーナの恩恵を受ける場所。ガレスが魔術士ラシュディから与えてもらったらしいその怪しげな術には、どうやら何らかの制約がかかるようでね」
「それで、一回きりの術であれば、あたしを手駒にする方を選んだってわけか。あてが外れて、そりゃあ残念だったんだろうなぁ」
ソニアはいささかひとごとのように呑気に言った。
「オリビア、引き続きデボネアの傷の手当てを。とりあえず、残りの話は後でしよう。デボネア、シャングリラの進路を変更出来る場所とか方法を知らないか?」
「方法は知らないけれど、ガレスが『奥の小部屋の番をさせようと・・・』ってことを言っていたから・・・」
そのデボネアの言葉に、一同は反応した。
やはり、あの部屋の奥。
カーテンがかかっている、明らかに繋がった隣室の存在を示す場所。
「ランスロット、戻ろう。オリビア、デボネアの治療を続けてくれ。動ける状態になったら、レイモンドと一緒に城外で待機だ」
「はい。わかりました」
「デボネア、今、我々のもとにはラウニィーがいる」
「・・・ラウニィー・・・ラウニィー・ウィンザルフか!」
「ああ。他にも、帝国縁の人間が反乱軍に身を投じている。体が動くようになったら、彼女達に会ってみるといい」
そう言い残すとソニアはランスロットと共に牢獄を出た。


元の部屋に戻ると、どうやらガレスの死体はそのままで特に問題がないようだった。
ソニアはカノープスに声をかけ、一度先に教会に戻り、デボネア将軍がこのシャングリラにいたということを伝えるよう頼んだ。
それから、ランスロットを先頭に、ソニア、サラディン、そしてラウニィーという順番で、カーテンの奥に隠されていた小部屋へと入って行く。
その部屋は、10人も入ればいっぱいになりそうな空間だ。
部屋の中央に鎮座しているものは、12個の透明な球体がはめ込まれた石版のようなものだった。
ランスロットの腰付近までの台座の上にそれは乗っており、中心に透明な細長い棒が立っている。棒の長さはわずか、ソニアの中指ほどの長さだ。
そして、どういう原理になっているのかはその場の誰もわからないけれど、その棒の先から一筋の細い光が石版の一点を指し示していた。
「これが、シャングリラの移動を示す光だろうな」
サラディンは興味深そうに眺めると、そう呟いた。
「サラディン殿、仕組みはわかるだろうか?」
「少なくとも、ガレスなり誰かなりがこの棒からの光を動かして、高度を下げたというわけだが・・・ここは、女神フェルアーナの城と考えられている。フェルアーナに許されぬ者が、フェルアーナが居するこの都市の進路を決められるわけが・・・」
「キャターズアイの力かな」
と言うソニアに、ランスロットは軽く首をかしげるように問い返す。
「シャングリラが移動しているという話は、ラシュディのもとにキャターズアイが渡った後のことだったかな?」
「その辺りは・・・本当の移動がいつから始まったかは、誰もわからないもんね。なあ、ブリュンヒルド。ここでもなんとかして・・・は、くれないか」
剣を持ってかざしてみるものの、何も起こるわけもない。ラウニィーが眉を寄せながら、石版に触れたり棒に触れてみるが何も起こらない。
「ここにくればどうにかなるって思ったのが間違いだったのかしら」
「そんなことはないだろう。だったら、進路設定だけしたまま、ガレスは撤退すればよかったんだもの」
ソニアも困ったようにその石版に手を伸ばし、埋まっている石のひとつに触れた。
と、その瞬間、中央の透明な棒から放たれていた光が、石に触れたソニアの甲へと移動をする。
「あれ?」
「ソニア殿」
慌ててソニアが手を引くと、その光はソニアが触れていた石を指し示したままだ。
「ソニア、もう一度触れてみるがよい」
「う、うん」
サラディンに促されて、ソニアは違う石に手をかざしてみた。すると、次はその石に向けて光が動いていく。
「ランスロット、やってみて」
ラウニィーに促されて、次はランスロットが試してみる。が、先ほどラウニィーが触った時に何も起こらなかったように、やはり何一つ動きはしない。
「な、んであたしが」
「ソニア。そなたが勇者として認められた印を、持っているだろう」
「・・・えーと。ティンクルスター。持ってる」
ソニアはそう言うと、バルモア遺跡で石化したサラディンを救うために「光のベル」を手に入れた時のように、無造作にポケットに手をいれた。ランスロットもそのソニアの雑な扱いにとうとう慣れてしまったようで、何も言わずに見守っている。が、今回はサラディンが呆れる番のようだ。
「そんなところに」
「落ちないよ。ちゃんとこのポケット、中でもボタンがあるんだもん」
「そういうことを言っているのではない」
まるで子供が宝物を見せるように、「はい」とソニアはそれを取り出した。サラディンはそれを受け取って、ソニアにもう一度「やってみるといい」と勧めた。
渋々ソニアが石に手をかざすと、今度はうんともすんとも言わない。その様子にラウニィーは目を丸くする。
「何!それを持っているか持っていないかで判断されるの?じゃあ、それを持っていれば誰でも・・・」
「いや、そういうものではない。たとえこの老いぼれが持っていても・・・そら、この通り、動きはしない。このティンクルスターとソニアという人物が揃ってこそ、動かすことが出来るのだろう。それは、選ばれた者としての符号だ。同じものを準備することはラシュディでも出来るはずがあるまい。もっと、力でねじ伏せるようなやり方をきっと持っていたのに違いない」
そのサラディンの言葉を受けて、ランスロットは難しい表情を見せる。
「ブリュンヒルドもなしでカオスゲートを開いているのか、それともカオスゲートなしで天空都市に来ることが出来て・・・そして、あの異常なチャームの魔法のようなものも唱え、ソニア殿しか動かすことが出来ないこの進路方向ですら動かす力・・・ぴんとはこないが、相当な大きな力を持っているということはよくわかる」
一同は言葉を失って、僅かな沈黙の時間を過ごすことになった。やがて、ソニアが口を開く。
「デボネアに聞くこともたくさんあるな。ここには、どうやって移動してきたのか。残っている帝国兵に投降を呼びかけて、このシャングリラ到達までの、帝国側の手順なども吐いてもらわなけりゃならない」
「それから、女神フェルアーナはやはりここにはいないようだったが・・・それについても知っている者をみつけたいものだな」
そのサラディンの呟きに、ランスロットは重々しく同意の声をあげた。
「各都市を回ってきたオハラ達からも、何か情報をもらえるかもしれないしな。エルシリアに戻るまでも、あれこれやることは多そうだ。ああ、ひとまず、デボネアをノルンと引き合わせてやろう」
そう言いながらソニアは伸びをした。
ラウニィーはその様子を見て「ほんと、いつもどこか呑気なのよね」なんてことを感じたようだが、ランスロットはそうではない。
ソニアが今後の行動についてを口にしながら伸びをする時は、まあ、確かに体がほぐれていない時もあるが、このように体を動かした後であると・・・
(うんざりしているのだろうな。ここでも、選ばれた者として判断され、ウォーレンが譲らなかったように、やはりソニア殿がここにこなければどうしようもなかったというわけだし)
ソニアには気が休まる時間がないのだろうか、とランスロットは溜息をひとつついた。それは、誰にも見咎められることもなかったが、息を吐き出した本人こそが「おっと」と口元を抑えた。


ソニア達はサラディンとレイモンドの部隊に残処理を任せ、デボネアを連れて教会に戻った。一同は一晩再び教会近くの野営地で越すことになった。
教会から少し離れた場所でソニア達を待っていたノルンは、先にシャングリラ城から出たカノープスから既に話を聞いている。
しかし、心の準備が出来ていても、デボネアの姿を見た瞬間ノルンはその場に立ち尽くした。
話を聞き、本人を目の前にしても、未だ信じられずといった様子だ。
「クアス・・・クアスなの?本当に、生きていたのね・・・?」
「ああ、ノルン・・・心配させてしまったようだね。道中、話は聞いた。ソニアに、救われたそうだね」
「クアス・・・!わたし、あなたが、死んでしまったと聞いて・・・ああ、そんなことを言っている場合じゃあ。もっと、よく、顔を見せて」
皆が見守る中、ノルンはデボネアに近づいて、そっと彼の頬に手を伸ばした。そして、デボネアも軽く膝を曲げて体を折り、上からノルンを覗き込むように身を縮めた。
彼の自然な動きと、穏やかな笑み。
デボネアの頬に両手を伸ばしたノルンは、自分を上から見下ろすデボネアの表情を見て、どうにも耐え切れなくなったようだ。黒目がちな両目に、ついに涙を潤ませた。
そして、優しいデボネアの言葉。
「ノルン。また会えて、嬉しいよ」
「わたし・・・わたしも・・・」
久しぶりに聴いた恋人の優しい声に心が震えたように、ノルンはそのまま彼の体に腕を回し、慈しむように静かに抱いた。
もちろんデボネアもそれを拒むわけがなく、そっとノルンの肩の手を回し、もう片手で彼女の髪にするりと指を差し入れた。
ノルンは髪を結っていたけれど、まっすぐな細い金髪はデボネアの指を優しく受け入れる。
デボネアは剥き出しだった上半身には既に、なんということもないシャツを一枚羽織っており、見た目には傷痕もわからない。彼の背でそのシャツをぎゅっとノルンは握り締めた。
恋人達のその様子を途中までみな見守っていたが、誰ともなくその場を静かに離れ、二人をしばらくそっとしておこうと野営の陣地へと向かった。
「あの時、ノルンを殺さなくてよかったよ、ほんとに」
ぽつりとソニアは呟いた。
珍しくそれへオリビアが
「同じように、ノルンさんも、あの時死ななくてよかった、と思ってるんでしょうね。なんかああいう恋人同士を見ると、うらやましくなってしまいますよぅ」
「うらやましい?」
「そうですよ。ビクターさんとオーロラさんとか。わたしも早く、大切に思えるような男性と恋に落ちたいなあ〜って」
オリビアは基本的に「ちょっと可愛くて男性の扱いもそこそこ知っている村娘」であり、普通に「好きな男性が反乱軍から離籍しろって言えばします」と言い切るような性格だ。もちろん、この軍のリーダーはソニアなので、そういう理由で離籍を申し出られても「そうか、じゃあしょうがないな」とけろりと許すだろうが。
ソニアは自分の意見は特に言わないまま、ラウニィーに話をふった。
「ラウニィーもうらやましいか?」
「わたし?わたしは・・・」
別に、とか、興味ない、とか。
そういったあっさりした答えを、ランスロットもカノープスも、そしてオリビアも思い描いていただろう。
が、彼女の口から出たのは、まったく誰も予想していなかった言葉だった。
「もう恋に落ちてるかもしれないわよ?」
「そうなのか!?」
「冗談よ」
女性陣のそんな会話を聞いていない振りをしながら、ランスロットは早足になって先に歩いていく。教会付近を守っていた部隊長達に召集をかけ、撤収してエルシリアに向かう部隊と、サラディン達の手伝いに向かう部隊にわけるためだ。
もちろん、それだけではなく、女性特有のそういった話題があまり得意ではないという理由もあるが、誰もそんなことは気にもしていない。
カノープスはランスロットほどそういう話題が苦手ではないので、呑気に彼女達に歩調を合わせている。正直言えば、短期間で教会とシャングリラ城の往復を強いられて、彼はもうくたくたでこれ以上は働く気も、体を動かす気もないのだ。
「この軍で戦闘兵になってる女共と付き合えるのは、余程の肝の据わった男じゃないと無理だろ。生き死に向かい合って生きてる女が、世の中じゃ一等強いと決まってんだ」
「そーいうもんか?」
「そういうもんだ。それじゃなくとも、子供を産む役目があるってだけで女は強いもんだしな」
「あら、でも女性を冷遇している国は多いと聞くわ。子供を産むことをまったく神聖視していない宗教もあると聞くけど。そういう環境では、そうは言えないんじゃない?」
「女性の冷遇は」
カノープスは肩をすくめた。
「そういうことを声高に言う男ってのは、アレだ。負け犬の遠吠えみたいなもんだ。それがまかり通ってる国は、いつか女性の手でひっくりかえされるだろーさ」
「驚いた。カノープスでも、そういうこと考えるんだな」
「お前は本気で失礼だな。お前より俺がどれだけ長く生きてるのか知らないんだろ」
「知らない」
ソニアの即答に、オリビアとラウニィーはぷっと吹き出した。
「まあ、カノープスが言うことが本当なら、とりあえず、ビクターとノーマンの肝が据わってることはわかったぞ」
「うーん、ビクターは・・・まあ、な」
その曖昧なカノープスの答えにもオリビアは軽く声をあげて笑う。
「なんにせよ、この軍の女共に告白するような男は、よっぽどのもんだと思うぜ。ラウニィーみたいにお家柄だとかで、もともと環境が揃ってれば別だけどよ、全然そうじゃない女がほとんどだ。女だてらに武器をとって戦うことを選んだなんて、男より余程の事情があるんだろうし、覚悟もあるってもんだろう?生半可な気持ちじゃ、手ぇ出せるわけがない。余程の阿呆は知らないが」
そのカノープスの言葉は一理あるな、とソニアは思う。
特に、男性には女性よりも武勲を求める名誉欲もある。とても単純に「一旗あげてくる」といった気持ちで軍に入る人間も少なくはない。それに、男性が反乱軍に身を投じる場合は身内が「頑張れ」と送り出してくれることが多いが、女性はそうではない。生活班の兵士を志願するならば別だが、戦闘兵を志願する女性はむしろ、制止の声を振り切ったり、身内を既に失っていることがほとんどだ。
事実、彼女自身も壮絶ないきさつがあったし、テスやアイーダといった古株の戦闘兵がそうだということにソニアは行き当たる。
そんな世間話のような会話をしながら歩いて行くと、ランスロットが既に部隊長達を集めて部隊の振り分けをしているところに着いた。
ソニアが「お疲れ様」と軽く皆に言うと、その場の部隊長は口々に「ソニア様、お疲れ様です」「お待ちしておりました」など言葉を返す。
「ランスロット。部隊を分けてくれたか」
「うむ」
「サラディン隊とレイモンド隊は、インターラーケンでオハラ隊ヘンドリクセン隊に合流して一夜を明かす。彼らはシャングリラ城付近の残処理をした後、陸路を通って迂回しながらエルシリアへ戻る予定になっている。選ばれた部隊は東方面を迂回し、スルスト様の指示に従いながら残処理と情報収集を頼む。エルシリアで合流して休憩をはさみ、地上へ戻る。地上へ戻ったら、残処理を行った部隊は優先的に体を休めるように当番を二度休ませる予定だ。今日の夜番はノルン隊、深夜番はあたしの部隊が受け持つから、皆は明日に備えてゆっくり休むこと」
そのソニアの言葉に、部隊長は僅かに嬉しそうな表情で頷いた。
正直、この教会で見張りを続けて交戦をし、彼らだって疲れはピークに達している。
それをさらに鞭打って動けと言われれば不満も出ようものだ。
ソニアはうまく飴と鞭を使い分けるようになったものだ、と隣にいたランスロットは思う。
「それに、折角天空都市に来たんだ。ここにいる部隊はみな、エルシリアから直接この教会にきたっきりだろう。他の都市も残処理をしながら見て回ってくるといい」
「ソニア殿、観光じゃないんだぞ」
「まあまあ、いいじゃないか。どうせ・・・このままじゃ、こっちだってウォーレンの期待に応えられてないから、さ、情報はしっかり集めて来て貰わないといけないことは確かだろう?」
「ああ・・・それは確かに」
「では、解散!あー、カノープス、オリビア、ラウニィー。事後承諾で悪いが、今晩は深夜番で見張りにたつから、もう休んでいいぞー」
「ほんっと、事後承諾で人使い荒いやつだ」
そう言ってカノープスは休憩用の天幕に向かって行った。
それにならうように、ラウニィーも大きく伸びをひとつして「あの程度で疲れたとは言いたくないけど、眠いわ。なんかあったら起こしてくれる?」とソニアに言いながら、女性兵士に案内を頼む。
「ああ。あたしはまだ当分起きてる予定だから。ああ、そうだ、あれは。ヘンドリクセン隊の兵士は」
そのソニアの問いには、ランスロットがさらっと答える。
「当分安静らしいが、一命は取り留めたとのことだ。共にエルシリアに戻るが良いだろうな」
「そうか。ありがとう。ランスロットも・・・」
休んでいいぞ、と続けようとしたソニアは、ノルンとデボネアの二人が向かって来る姿を見つけて黙った。そのソニアの様子を見て、ランスロットも気付く。
そういえば、これからのデボネア将軍の処遇は決まっていなかったな・・・と、ちらりとソニアの表情を伺ったが、ソニアはランスロットを気にせずに、二人に手招きをした。
先ほどの再会での思い切った自分の行動を恥じて、ノルンは少しばかり照れた表情を見せている。それをソニアは、なんだか可愛らしいと思う。
「ノルン、ノルンの部隊は今晩夜番で見張りに立ってくれ。深夜番にはあたし達の部隊が立つ。朝になったら、エルシリアに向かうから、そのつもりでいてくれ」
「はい」
「デボネアは、どうする?地上に降りる方法はあるのか?ガレスがここに来た方法とか、そこらへんの話も落ち着いたら聞きたいんだけど」
「一人で地上に戻る術はない。だから、というわけではないが」
「うん」
「むしのいい話だと思うだろうが、俺を仲間にしてくれないか」
「それは、反乱軍に所属するということでいいのか」
「・・・うう・・・ん。その方が君にとって良いならば、そう解釈してもらってもいいが・・・話を聞くところによると、ゼノビア皇子が既に反乱軍に所属しているというじゃないか。俺は、帝国の今の有り様をどうにかしなければいけないと思っているけれど、かといってゼノビア再建に力を尽くしたいというわけではない」
彼の言葉は誰もが予想していたことであり、ランスロットもとりたてて反応しない。
「民衆が、理不尽な目に合わない社会を取り戻さなければいけない。そして、君に恩を返すことを。もし、反乱軍に入ることで、ゼノビア再建への尽力を強いられるのであれば・・・いや、それがソニアの本意であれば、従っても良いが・・・その・・・」
「うん。うん、言いたいことはわかる。あたしは、今の帝国を打ち破ることしか考えていない。その後のことは、ここにいるランスロットやトリスタン皇子に委ねるつもりだ。もし、必要であれば反乱軍の指揮権を、いつか皇子にお譲りする場合も考えられる」
「ソニア殿」
「ソニア様」
ランスロットとノルンは目を丸くした。ノルンは寝耳に水、といった様子で、声が裏返っている。
もちろんランスロットの方は以前からそれに近い話し合いはもうけられていたし、可能性としてそういったことがゼロではないと知っていたはずだが、ここまではっきりソニアが他者に言葉にすることは初めてだと驚いているのだ。
「ただ、あたしは帝国を倒すまでに、ゼノビア再建という名目で軍全体を動かすことは禁じるつもりだ。既に、反乱軍以外にもいくらか手駒があるようで、それは裏でウォーレンが指揮をとっているんだろう?ランスロット」
「あ・・・ああ・・・」
「必要な時、反乱軍全体の動きに影響が出ない程度に兵士を動かす場合もあるだろうが・・・そういった時に、デボネアになんらかの行動を強制はしないだろう。軍全体が動かない以上、誰も、わざわざもと帝国の将軍を手駒に使おうとは思わないさ。それから、もう一つ。なんらかの事情であたしが反乱軍の指揮権を失った場合でも、デボネアやノルン、それからラウニィーとかね、帝国から入軍してくれた面々を、少しでもおろそかに扱ったら、あたしは黙っていない。で、多分それは、トリスタン皇子もわかってると思うよ。あの人、結構聡いもんね」
と、ソニアはランスロットに突如話をふった。不意を突かれて、ランスロットは一瞬言葉を失う。
「・・・あ、ああ、そうだな・・・皇子は頭のよい方だ。多分、ご理解していると思う。その・・・言い方は悪いが・・・ソニア殿を敵に回せば、どれだけの戦力の損失になるのかも」
「珍しいな、そういうことランスロットが言うのも」
「言わなければいけない状況にしておいて、何を言うかと思えば。なんにせよ、デボネア将軍の立場を考えれば・・・反乱軍の中には、様様な立場の者達がいることを、先に言っておくべきかもしれない」
「うん。デボネアには言っておいたほうがいいものね。天空の三騎士であるスルスト様とフェンリル様は、反乱軍と行動を共にしているけれど、所属していない」
「それは」
「あたしに、力を貸してくれているからだ。もちろん、それはあの方々が特殊な存在だからこそ認められている。正直、同じ形でデボネアを扱うことは残念ながら難しいだろうから・・・だから、先にこっちの状況と思惑を話した。あたしが守る、とかそういう約束は出来ないが、立場を逆手にとることも、立場のせいで無闇な圧迫を受けることもないようには、配慮するつもりだ」
デボネアはしばしの間ソニアを見下ろしていた。
ソニアはその視線を受けて、真剣な表情で彼を見ていた・・・が、突如、口端をにっと吊り上げて
「デボネアは強い。体の調子が直り次第、朝の鍛錬に付き合って、さっさと剣の相手になってくれ」
と楽しげな口調で煽る。
さすがに、ソニアのその言葉に、デボネアは堪えられず「ふふっ」と小さく笑いを漏らした。
「貪欲な。でも、わかっていた。いつか、もう一度剣をあわせると。生きていれば、そういう時が来ると思っていたよ。それが味方としてであることに・・・今は、喜ばしいと思う」
「決まりだ。当面は風当たりが強いだろうけれど、そこらへんはノルンやラウニィーに見習ってくれ。デボネア、あたし達は今晩は夜半過ぎに起床をして明け方近くまで見張りをする当番になる。サラディンたちがきちんと残処理をしてくれていれば、そうそう帝国軍の残党に襲われることはないだろうが、念のために、な。今から休んで、それに付き合ってくれ。色々聞きたい話があるが、それはその時に」
「わかった」
「よろしく」
ソニアはそう言って、デボネアに手を差し出した。
その小さな手をデボネアはしっかりと握りながら、真剣な眼差しをソニアに向ける。
「ありがとう。この命果てるまで、君と共に・・・」
そのデボネアの言葉は、明らかに「反乱軍のためではなく、ソニアの力になるために」反乱軍に入るのだということを示している。ランスロットは当然それを咎めるようなことは言わないが、ソニアの方は少しばかり気を使ったか、ランスロットをちらりと見て
「・・・後悔させないように、頑張るしかないな、そんなこと言われたら」
なんてことを言う。
それを笑って茶化しても良いのだろうとランスロットはわかっていたが、あえて彼はそんなことをしなかった。
「そなたは、頑張っている。気負うことはない。いつも通りのそなたでいれば、自ずとデボネア将軍の期待に応えることも出来るだろう」
「・・・うん」
予想外のランスロットの言葉に驚いたか、ソニアは一瞬表情を強張らせ、それからデボネアに向き直る。
「あたしは、人使いが荒い。覚悟してくれ」
「それは、嬉しいことだ。最初は周囲の目もあって使いづらいかもしれないが、俺の方こそ後悔させないように頑張るよ」
そっとお互いが手を引きながら、ソニアとデボネアは微笑を交わした。
「ランスロット、悪いけど、デボネアを皆に紹介して、エルシリアに到着するまで面倒見てやってくれ。ノルン、どの天幕で休めばいい?案内してくれ。じゃあ、頼んだぞ、デボネアも」
「承知した」
「はい、ソニア様」
「ああ。ありがとう」
三者三様の返事が重なる。ソニアは歩き出して、いくつかの天幕が立っている方へと向かう。それをノルンは小走りで追いかける。
そんな二人の背中を見ながら、デボネアは苦笑をした。
「初めて剣を交えた時より、少し大人びたかな。あの反乱軍リーダーは」
「覚えておられるか」
「もちろん・・・ああ、敬語は必要ない。いかな俺が将軍という地位にいた人間とはいえ、それは最早意味のないこと。それに、貴殿よりもだいぶ年下だろうし。この軍における貴殿の立場がわからぬので、こちらもどう振舞って良いやら手探りなのだが」
「わたしはただの、ソニア殿の世話役のようなもの。旧ゼノビア騎士団所属のランスロット・ハミルトンと申す。ラウニィー殿すら、最近はわたしのことをそのまま『ランスロット』と呼んでおられることが多いので、そのように是非」
「不思議なものだ。多分反乱軍リーダーが年端もいかぬ少女ゆえに、そういった感覚がおかしくなるのかな。本来、年長者である貴殿に敬称をつけず、反乱軍リーダーですら呼び捨てとは考えにくいものだが、きっとそう呼ぶしかないんだろう。いや、ソニアのことは、呼び方を改めよう。貴殿と同じく・・・」
「彼女は、そういった立場がどうこうと言うことを面倒に思う性質があって。最初から敬称がついているならば良いが、貴殿のように対等な立場で呼び合った間柄を改めるのは、多分好ましくないだろう」
「そうか。では、反乱軍全体からの風当たりが強いままなのを覚悟で、ソニアと呼ばせてもらうことにしよう。そして、貴殿のことは、えっと、ランスロット、と。俺のことは、そのままデボネアと呼び捨ててもらって、問題はなにひとつない」
「了解した。よろしく」
「こちらこそ。ソニアのために、尽力させていただこう」
男二人はそう言い合って、僅かな笑みを見せた。
こうして、デボネアという頼もしい新しい仲間が出来、ようやく動きを止めることに成功したシャングリラに、夜が訪れようとしていた。
彼らは分断された地上部隊と交信をする術を持たないため、ウォーレン達にシャングリラ制圧の報告すら行うことが出来ない。
その間に、地上に残された仲間達におおごとが起きているとは、未だ誰も知らないままだった。


Fin

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