重なる思惑-2-

早速、シャングリラに来ている部隊長達をシャングリラ城で比較的広い、円卓がある部屋に呼び、臨時の軍議――というより、報告のみと言った方が正しいかもしれない――が行われた。
もちろん、地上部隊の状況をヘンドリクセンから説明をしてもらうための会だ。
案の定、ソニアとヘンドリクセンからことの次第を聞いて、みなの間には多少なりと動揺が走った。
とはいえ、多くの情報が入っているわけではないから、次のヘンドリクセンの報告時までそう深刻に考えすぎないように、とソニアは一言添える。
解散後も部隊長達はお互いにあれこれ自分が感じたことを口にして、誰かとそれについて話し合おうとしていた。
それは、人であれば当然のことだ。
ソニアはさすがにそれを禁じたり「気にするなって言っただろ!」とねじ伏せることもなく、なるようになるだろうと放置をしていた。それは正しい処置だろう。
部隊長達が部屋から退出する様子を立って見守っていたランスロットは、座ったまま動かないソニアに声をかけた。
「ソニア殿。各都市からの援助金内訳をノルンから受け取った。後で目を通していただけるか」
「わかった。ああ、後でいいから、デボネアを呼んでもらえるかな」
「・・・それは、わたしが立ち会った方がいいのかな」
「ん?いや、別にデボネアと二人で・・・えー・・・っと」
気にせずソニアはそう言ったが、自分のその言葉が相当に無責任なことと気づいて、一度口を閉ざした。
「違うな。悪かった。いや、ランスロットじゃなくても、誰でもいいよ。ランスロットが信頼出来る誰かをつけてくれれば」
「わかった」
ランスロットのそのお伺いは、「デボネア将軍と二人きりというのは今の時点では、いささか問題がある。さりとて、自分もやることがあるので、自分が立ち会う必要があるならば手が空く時に時間を合わせてもらえると助かる」という意味を含んでいる。
一方のソニアの方は、誰が立ち会うなどとは毛頭考えてもいなかったので、ランスロットの言葉の意味を把握するのにいささか時間がかかった。
だが、そういうわけにはいかないのだ。
デボネアは帝国軍将軍であり、ここ数日は反乱軍に少しでも慣れるために、ほとんどソニアが関与しない場所で働いている。
だからといって、デボネアとソニアが二人きりになることに関して、まったくの無防備にするわけにはいかない。
いや、正しくは、ソニアのような立場の人間が「誰かと二人きり」になれる、この軍の状態がそもそも異常なのだ。
それに、ランスロットからすれば、ソニアはデボネアを簡単に信用しすぎているとも思うし、きっとそれは他の反乱軍の兵士からもそう思われているに違いない。
いくらなんでもそんな状況で、二人きりで話をするようなことを許すわけにはいかないのだ。
「・・・トリスタン皇子は、大変だな。いつも誰か付き人をつけて」
ソニアのその呟きは、ランスロットを疎ましく思う意味ではない。
それをもちろんランスロットもわかっている。
「ソニア殿も、そうは言っていられなくなるかもしれんぞ、そろそろ」
「だなぁ。今までみたいに、天幕に一人でこもる、とかもあんまり出来なくなるかもな」
それは今ですらトリスタンにはほとんど許されていないことだ。時々彼は一人でふらふらと歩いていることもあるが、それだって『いつぐらいには戻ってくるから』とタイムリミットを自らに課して、どうにか許可してもらっているわずかな自由時間だ。
朝の鍛練の時間や、そのような自由時間はともかく、食事は間違いなく必ず誰かが付き添っているし、彼が率いる部隊には必ず一人はゼノビア騎士を配属しなければいけないという面倒が付きまとう。
ランスロットは、あっけなく認めたソニアのその言葉を意外に思った。
「また、駄々をこねるかと思ったのに」
小さく微笑んでそう言えば、ソニアは珍しく真顔で彼を見上げた。
「それは、軍のあるべき姿だから、という意味じゃない。トリスタン皇子を守るためだ」
ソニアのその答えに、ランスロットは言葉を詰まらせた。
どういう意味だ、と口にしようとして、それを口にすることは己の愚かさを露呈することではないかと、彼は踏みとどまった。
彼女からの視線を受けたままで、彼はゆっくりと気を取り直して、その言葉の意味を考えた。
「・・・裏を返せば、皇子がいらっしゃらなければ、このまま気ままに出来るのに、ということか」
「そりゃそうだよ」
ソニアは少しばかり拗ねたように答えた。
この軍において「特別」扱いされているものが、リーダーであるソニアではなくてトリスタン皇子のみ、という状況にすることは、人々の神経を逆撫でる場合もある。
始めのうちはソニアも「トリスタン皇子はなんつっても皇子なんだし」と人々を説き伏せていたが、彼だけを特別扱いして野営ではなく屋根のある建物で寝泊りさせることは、さすがに問題となった。
仕方がないので「じゃあ、その時はあたしも建物に泊まるよ」とソニアは言ったが、それは彼女からすればとんでもない譲歩だ。
彼女は出来うる限り仲間と離れたくなかったし、特別扱いをされたくもなかったからだ。
どれほどトリスタンが「他の兵士と同じように扱ってくれ」と言っても、それは叶わない。
そして、彼が自由を欲しても、いつも彼の周囲には護衛役がいる。
それだけならば、「トリスタンは大変だ」で済む話だが、「ソニア様は護衛をつけていないのに、皇子だけ特別だなんて」と矛先が時には変わることは事実だ。
ほんのわずかの、つついても仕方のない僅かな部分を、何かを否定したい人間達はいつでも目を光らせてほころびがないのかを見張っている。
だから、ソニアは「トリスタン皇子だけが特別ではないぞ」と黙らせるために、今後自分に護衛をつけることも、視野にはいれてるというのだ。
「申し訳ない、とは言えないが・・・本来、ソニア殿がそんなことを考えなくてもいい状態を、我々ゼノビアの者が整えてやらねばならぬはずなのにな」
「無理だろ。現実的にどう考えても、そんな動きを見せたら余計反発を食らう」
ソニアは、立っているランスロットに軽く椅子を指差した。
座れ、という単純な指示だが、普段彼女がそうやって仕草だけで人に動きを指図することは少ない。
軍議その他大勢がいる時で手をあげて制止したり、戦の最中に合図をすることがあっても、二人きりの空間で言葉もなしに人を動かそうとする人間ではない。
これは、なにやら嫌な予感がする、とランスロットは軽く唇を噛んだ。
ソニアは、彼を別に引き止めなかった。彼がここに残ったのは伝えることがあったからで、彼の意思だ。
だが、もしかしたら尻尾を踏んでしまったのかもしれない、とわずかに彼は緊張をしつつ椅子に座った。
「今回はしょうがない。こういう形で軍の中で諍いが起きて、反発する者達が離脱すること、そのものはきっと悪いことじゃない。離脱する者達は決して毒ではないけれど、それでも今の状態でこの軍にいれば、いずれは毒に成りうる。そうなる前にアクションを起してくれたのはある意味ありがたいし、それはあたしが仕掛けようと思っても、うまくはいかないことなんだ。」
「・・・!」
「それより、我慢して我慢して我慢して軍にとどまって、内なる敵になられる方が厄介だ。ランスロットは経験がないか。身内に裏切られたことが」
「・・・ある。逃亡中に、帝国に売られたことがあった」
「あたしもある。ずっと気付かなかったけれど、マラノで、そうだったのだとわかった」
「・・・ああ・・・」
「売られるのがあたしだとか、ランスロットだとか、個人の話ならいい。それが、軍全体の話になれば、笑っていられない」
「もちろんだ」
「売りそうなやつは、どんどんここから出て行ってもらわないと困るし、残るみんなには、出来るだけ神経を逆撫でることないように配慮しなくちゃいけない。そういうことは、本当はあたしが考えるべきことじゃなかった。それこそ、ウォーレンやランスロットがやるべきことだったはずなんだ」
「・・・ああ」
「あたしはあたしなりに努力した。きっと、トリスタン皇子も努力をしていると思う。ウォーレンもランスロットも、皇子が仲間になる前からそれらは絶対懸念していて、出来るだけ穏便に済ませたいと思っていたはずだ。だけど、もう取り返しがつかないところまで来たんだな」
「ソニア」
「皇子の力では、離脱した30人を引き留められなかっただろうし、もしもあたしがいて引き留めても、それは禍根となるだけだ」
難しい言葉を覚えたものだ、とランスロットはそんなことを思いつつ、ソニアの話に耳を傾けていた。
「多分、これ以上はウォーレンやランスロット達が何をしても逆効果だ。そして、帝国軍側からこちらについたノルンやラウニィーは・・・どれほどのそしりをうけても、彼女たちは何も問題を起していない。きっと、デボネアもそうなるだろうと思う。問題を起こしているのは、いつも、ゼノビア関係の人間だ。どうしてなのか、わかるか?」
「皇子という、血統に守られた存在がいて、自分たちの後ろ盾になるものだと信じているからだ」
「そうだ。彼らは、彼ら個人、たった一人、単身でこの軍にいることが叶わない、本当は心弱い人々だ。だから吠える。だが、たった一人で立てる者ならば、とっくの昔に反旗をひるがえして帝国に討たれていたんだろうさ」
「そうだな」
「この件を解決出来るのは、トリスタン皇子だけだ。でも、皇子が動くことによって、旧ゼノビアにゆかりのある人間が逆に離脱をすることも有り得る。だけど、あたしじゃ、駄目なんだろうな」
ランスロットは、次に発する言葉を失ってソニアを見つめるばかりだ。
彼は大人で、確かにあれこれと気が回るけれど、彼自身知っている通り、まつりごとに長けているわけではなかった。
が、そんな彼でもわかるのは、この目の前の小さな少女が、本当は口で言うほどまつりごとが苦手なわけではないということだ。
それは、ある意味では良いことに思える。しかし、今の彼女にとってはむしろ、それは余計なことで、様々な意味で彼女自身の首を絞めているに違いないのだ。
「まずいだろう。ゼノビア再建の意識が高い人間が増えてきて、そして一方では、打倒帝国でありつつも元帝国の人間が以前よりもずっと容易に受け入れられている。ラウニィーがトリスタン皇子のことで嫌がらせの噂をたてられているのも、あれはゼノビア再建派がやったことだろうが。でなければ、いちいちそんな噂を流す必要もない。今の反乱軍はおかしい。あたしが手を組んで反乱軍を作ったのは、ゼノビア騎士であるランスロットやウォーレンであって、天空の三騎士や元帝国軍人ではない。途中までは問題がなかったんだ。スルスト様達が加わったり、ノルンが加わっても。反乱軍という母体がこう、なんていうの。はっきりした、大きな塊があったから。その中の数人の問題だった。だけど、今は違う。反乱軍自体の存在がさ、こう、不安定で、いくつにも分割される勢いで・・・」
「それらは、すべてゼノビア人が悪いと言いたいのか」
「いや、たとえ表面上ではそうなっていても、本当に悪いのはそこじゃない」
「では、何が悪いのだ」
「・・・本当は、こっちが聞きたいぐらいなんだけどなぁ」
ソニアは、口を尖らせてランスロットにそう言うと、ぷいと視線をそらして椅子の背もたれにもたれかかった。
そのいささか行儀の悪い様子にランスロットは驚きもせず、いつものように辛抱強く声をかけるだけだ。
「悪かった。話を急いてしまって」
ランスロットの言い分ももっともだ。彼は本当は軍議が終わったら次に何をするのか、あれやこれや予定を立てていたのだし。
それを割り込みで、ここまで話を長々としているのは、確かに申し訳ないことで、彼が焦るのも仕方がない。
ソニアは、ランスロットの予定を確認しないで自分の勝手で引き止めたのだ、と思い出して、話を進めた。
「なんかおかしいんだよな」
「うん?」
「最近、問題を起こす発端が、いつもゼノビア側の人間だろう」
「それは、先ほどそなたが言ったように」
「ああ、うん、それは間違ってないんだけど。実際、ほら、元貴族の人だとか、騎士だった人とかが加わって、ゼノビアに縁のある人間が増えたってのも間違いないし・・・」
ソニアは、難しい表情を見せた。
「それにしても、毎回上手すぎるんだ」
「上手とは?」
「問題を起こすのが」
そういうと、今度は彼女はテーブルに突っ伏した。それは、時々彼女が考えることに疲れた時にとる行動だが、時には考えるためにその状態になることもある。
ランスロットは、彼女のその様子もじっと辛抱強く見つめるだけだ。
多分、彼女の話はまだ続いているだろうし、今まさに何かを考えているのだと、彼女の相当に慣れてしまった彼はわかっているのだろう。
「本当に、それは、ゼノビアの人間が問題を起こしてるのかな?と思ったのがきっかけなんだけど」
やがて、ソニアはことん、と頭を横にして、テーブルに片側の頬をつけたまま、体を倒したままでランスロットを見上げた。
「・・・そうではない誰かが、手を回してるということか」
「ラウニィーがさ、言ってたじゃないか。朝の鍛錬でトリスタン皇子と手合わせしただけで、あれこれ噂されたって」
「ああ」
「あれ、ランスロットも知らなかったよな」
「?・・・そうだが?あの時は、確かに忙しかったし、そんな噂を聞かなかったとしても不思議はないだろう」
「・・・今まで、ラウニィーとかノルンとかをさ、貶めるような噂をランスロットは聞いたことがあるか?」
そのソニアの言葉の意味を、一瞬ランスロットは理解が出来なかった。
聞いたことがあるに決まっている、と短絡的な答えを口にしそうになって、彼は一瞬踏みとどまった。
いや、確かに多少は聞いたことがあるが、それらのほとんどは「こんなことを言っている人がいるんですよ」と、それこそオーロラやアイーシャ、他にはガストンだったりビクターだったりと、噂をする人間ではなく「噂が流れているという報告」をもらっているだけのような気がする。
だから「知っている」気が彼はしていただけだ。
リアルタイムで誰かが「さっきもあのラウニィーっていう女聖騎士が」などと口走るところを目撃したことはない。
「ふむ・・・」
「まあ、普通に考えてもさ、ランスロットはそういう噂耳にしちゃうと、絶対怒るだろうってみんなわかってる。だから、ランスロットの耳にも届かないのかなーなんてちょっと思ったけど・・・違うかもよ」
「違うというのは」
「違う理由で意識して、ランスロットには、聞かれないようにしてるのかも」
「・・・それが、どういう意味なのかはわからない」
「・・・うーん・・・なんか、もうちょっと・・・こう・・・なんか、気づきそうなんだけどね、ずっともやもやして出てこないんだ」
そういって、ソニアはもう一度テーブルにうつぶせになった。
「ゼノビアに縁のある人間に、見られたら困るのかもしれないよね・・・その、いちいち噂して煙たててる人間とか」
「・・・?」
「トリスタン皇子をこう、持ち上げたいさ、ルーヴァンみたいな人々が悪意のある噂たてると、それはそれでありがちで、あんまりおかしくないんだよね。だけど、いっつも誰が発端なのかよくわかんない。むしろ、スレイターとルーヴァンが喧嘩してたときぐらいの話だと、わかりやすいんだけど」
「ああ・・・そういうことも、あったな」
「うー・・・だめだ。今すぐは思いつかない。でも、なんか答えがもう頭のどっかにはあるような気がするんだよな」
とんとん、とソニアはテーブルを指で叩いた。
「それを知ったところで、現状は簡単には変わらない。少なくとも、今回そんな騒ぎが起きたことで、軍内で立場が違う人間同士の不信が生まれているだろうし、な。しかし、なんていうか、ほんと、気持ち悪いんだ。以前からあった諍いは、こう、方向が2方向だったのがさ。帝国の人たちに対するいちゃもんみたいなのが加わりだして、それで形が変わったのかなーって思ってたんだけど、なんかそうじゃないみたい」
少なくとも今の反乱軍の状態にソニアはなんらかの違和感を感じているのだろう、とランスロットは判断した。
確かに彼としても、いささか腑に落ちないことはある。
トリスタン皇子が反乱軍に加わってから、各地で身を潜めていた旧ゼノビア縁のものや、もともと「トリスタン皇子が反旗を翻せば力になりたい」と思っていた人間が反乱軍に集うようになってきた。
けれど、実際にその中から軍に迎え入れる時に多少なりとふるいにかけるし、その後の素行もそれなりに気を配っているつもりだ。
なのに、最近「ゼノビアの人々」がソニアやら元帝国の人間やらに対して、よからぬ思いを抱いている風潮が強まっているのは、少しだけ「なぜそこまで」と思わないでもない。
(多分ウォーレンは、シャングリラがゼノビアに向かっているということで、ゼノビアで復興準備をしている人々とのやりとりで相当忙しいはずだ。シャングリラの観測部隊もヘンドリクセンに有る程度は任せていても、実質取り仕切っているのはウォーレンだったからな・・・)
だから、この件については取り立ててランスロットも、ウォーレンの動向を当てにはしていなかった。ランスロットもウォーレンも常に仕事が多すぎて、トリスタン個人に対するケアをすることが精一杯なため、他のゼノビア関連の人間すべての動きや意見を把握しているわけではない。
正直なところ、ソニアとトリスタンの立場を正しく理解しているゼノビアの人間は、初めから彼らと共に参戦していた者たちだけといってよい。その後から反乱軍に身を投じた者に関しては、彼もなんともいえないし、彼にも仕事の優先順位というものがある。
たとえどれほどソニアを敬っていても、トリスタン皇子が参入したことで主旨を変えてしまった者もいるだろうし、それを黙っていられればわかることもない。
(しかし、こんなにもわかりやすく、トリスタン皇子派とソニア派、のように考えるようになったのは・・・)
話が本当におかしい。
何故ならば、当の本人たちは、何一つ争っていないのだ。
主張もまったくぶつからないし、お互いの立場をお互いにわきまえている。
それどころか、ランスロットの感覚では、トリスタンはソニアに対して好意的だし、ソニアもそれなりにトリスタンに対しては好意的に思える。
大の大人が、自分達がかつぎあげている人間を唯一の指導者として認めさせたくて、いがみあって喧嘩をしている。その行為は愚かしい。
(ああ、でも、確かに血気盛んな者はいるだろうし、旧ゼノビア貴族たちは己の保身のためトリスタン皇子が権力を握ることを望んでいるだろう。その上、この反乱軍は良い意味でも悪い意味でも様々な人間がいるから、こう、あまり考えが及ばないような人間に吹聴すれば・・・)
まだソニアは突っ伏したままだ。
ランスロットは、わずかな答えが見えたように、そっと呟く。
「・・・わたしは、動かしにくいから、選ばれないのかな?」
「んー・・・それは当然だろ」
「では、噂を流している人間は、選んでいるのかな?」
噂を流して、波風を立てようとする人間は、それを行ってくれそうな人間を選んで噂を流すのだろうか。
「・・・といっても、いっつも同じ人間がさ、おんなじように噂を同じ人へ流してたら、それはそれで不審がられるじゃない?多分さぁ、いるんだよ・・・上手にそれが出来る人間が」
「上手に・・・」
「最悪な話、ずっとずっと前から軍にいて、人間関係とかある程度把握してさ・・・この人に話すれば、誰と誰に話が流れる、ってわかってるようなやつが、時と場合に応じて、こそこそ話す相手を変えてるのかもね・・・」
まさか、とランスロットは言おうとして、喉を絞って声を止めた。
「あと、新兵の中でさ、ゼノビアに対してよく思ってない人とか元帝国の人間を悪く思ってる人とかさ・・・そういうのも、早めに嗅ぎつけられる人間とかも、疑わしいのかなーとか・・・可能性を考えればきりがない・・・」
もごもごと、顔をうつぶせにしたままでソニアはそう言って、それきり黙りこんだ。
ランスロットの方は、ソニアのように悠長にしていられない。
しかし、ここで薄情に退出の意を示すわけにいかないし、この話題そのものも重要なことだ。単純に「また後で」と言って良いとも思えない。
(こんな、まるで一国の継承権争いのようなことを考えないといけないとは、まったく厄介すぎる。しかも、それを考えているのがこの子だというのが)
ぴくりとも動かなくなったソニアの後頭部を見ながら、ランスロットは眼を細めた。
確かに、反乱軍の中からかく乱しようという意図が見えることならば、ソニアがこうやって考えざるを得ないことも事実だ。
けれど、それを考えている当人だって、誰かの矢面に――まあ、それはトリスタン皇子の扱いに不満を持つゼノビアの人間だが――普段から立たされているわけで、心中穏やかなはずがない。
「どうする。まだ、デボネア将軍を呼ばない方がいいかな。この話について、方向性が見えるまでもう少し考えてみるか?」
「・・・」
「ソニア殿?」
返事がない。
ランスロットは驚いて、テーブルに突っ伏しているソニアを覗きこんだ。
「・・・大丈夫か?」
声をかけても、彼女は動かない。ありがたいことに、規則正しい呼吸音は聞こえる。
そのことに、更にランスロットは驚いた。
「ソニア、本当に寝て」
いるのか。
ランスロットは小さくため息をついた。
昔。いや、昔と表現するのはおかしいけれども、出会って間もない頃。
まだ反乱軍としての形もままならぬ頃、あれこれと彼女に負担をかけて頭を悩ませ過ぎたため、癇癪を起され続けたことがあった、とランスロットは思いだした。
それが、今はどうだ。自分達は彼女に負担をかけ、頭を悩ませているけれど、彼女の癇癪は減る一方で、それが良いことだと彼は断言が出来ない。
その、まだお互いに慣れていない頃、確かこうやって彼女は無防備に眠りについたことが一度あった、と思いだす。
その時は、話し合いの途中に眠るとは、と苛立って、彼女を揺り起こした。


『何を考えているのだ。寝不足なのか。いや、しかしそれでも』
『ああ、ごめん・・・違うよ・・・。考えすぎるとさ、こう、頭の中がどんどんぐしゃぐしゃってなって、真っ暗になってさ・・・』
『真っ暗に?』
『意識が、こう、突然切れちゃう・・・使い慣れないから・・・』


そういって、彼女はまた瞳を閉じそうになり、更にランスロットは激しく彼女を揺さぶり、最後には強く怒ってしまった。
その後、結局彼女はその脳の疲労に耐え切れず、砦内の通路でうずくまって眠ってしまい、またランスロットはそれを口うるさくたしなめたものだ。
今ならばわかる。
このリーダーは聡明ではあるが、もともとは物を長く突き詰めて考えることに向いているわけではないのだ。
彼女の「それ」は、訓練の結果であり、それを簡単に人々は「ソニア様はすごい!」と言うけれど、今ならばそれが、誰よりも強く目標を持っている覚悟を決めた者の努力の成果なのだとわかる。
普段の彼女は眠っている時に近づけば、即座に目覚める。
が、時々どうしようもなく体が欲するのか、脳が休息を訴えるのか、ぴくりとも反応しなくなる場合もある。それがこれだ。
まるで、天空の三騎士の眠りの周期のようだな、とランスロットは苦笑いを浮かべて、彼女の椅子を軽く引いた。
こんな風に、まだ自分の前で無防備な姿を見せてくれるのか。
そう思うことが少し嬉しい反面、つらい。
今彼らがあれこれ話しあった、彼女の立場とゼノビアの立場、お互いの関係が何か動く時。
自分は、彼女の隣にはいなくなるのかもしれない。
それは、ずっと以前から懸念されていることだ。
(では、この子は、誰の前でこの姿を見せるのか)
ゆっくりと小さな体を抱き起して、ランスロットは静かに彼女を運んだ。
ここ最近、永久凍土でもこうやって彼女の体を運んだけれど、彼女が女性に近づいてきていること、けれど、その反面痩せてしまっていることにやっと気づいた。
その相反する状態が起こっているのは一体どうしてなのかは彼にはわからない。
ただ、何もかも彼女は「違う」のだろう、と思う。
(トリスタン皇子も『違う』お人ではあるが、それとは根本的に異なるのだな)
トリスタンが『違う』とされているのは、血筋そのものだ。
けれども、ソニアには先天的にも後天的にも、他の人々と何か隔てられてしまったものを持っている。本人がいくら拒もうと、それは間違いない事実だ。
だからといって、「ソニア様は違うから」と誰もがそう思ってしまっては、彼女は気づいた時に一人になってしまうだろうし、こうやって無防備に誰かの前で眠ることも一生なくなるのかもしれない。
それは、彼女にとっては多分不幸なことだろう。
(誰かに、ソニアの傍に)
いて欲しい。
ランスロットはそんなことを思いつつ、彼女を寝かせるために、彼女が寝泊まりしている部屋へと向かった。
腕の中の体は驚くほど軽く、けれど、彼女が大人に近づいている証か、それまでになかった脂肪でところどころは丸みを帯びてきている。
女性になることを拒みながら激務で痩せてしまったのに、前触れなく突然女性になりだしたようだ。
そう思ってしまうほど、今の彼女の体はランスロットにはアンバランスに見える。
(いや、違う。自分がずっと思っていた彼女ではなくなっていたことに、驚き過ぎたのだ・・・)
耳に思い出すのは、永久凍土でぶつけられたカノープスの言葉。
彼女がやせた事に気づいていなかったランスロットに、彼は珍しく怒声をあげたのだ。

『お前は気付いてなかったのかよ。何やってんだよ、お前!ギルバルドだって、気付いてんだぞ』

『それがいつからなのか、お前はわからないか?トリスタン皇子が加わってからだ』

『あいつ、案外繊細だしよ・・・』


ソニアの部屋に入って、その有様を見てランスロットは苦笑をした。
彼女が寝泊まりしている部屋は、隅っこに何もかも家財と言えそうなものが一式追いやられており、しかも、何やら床の上で本を読んでいた形跡がある。
決してソニアは、片づけが出来ない人間ではない。多少雑でも。
しかし、彼女は片付けていない状態でも問題なく生活が出来るし、それが疎かになるほどやることも考えることも山積みだ。
服一枚をたたもうとしている間にも誰かが来て「話がある」と言うだろうし、コップひとつを洗いに行こうとしている時にも「斥候が戻ってきました!」と声がかかるだろうし、そのめまぐるしい一日をランスロットは知っていた。
日によっては、彼女がゆっくり出来るのは「もう寝る」と言ってから朝までの短時間と、誰かの報告を聞いている時ぐらいなのかもしれない。
慎重に彼女の体をベッドに下ろすと、ぴくりとそのまつげが動いた。
「あー・・・?」
「起こしたか」
「やっちゃった・・・」
「ああ」
目覚めた時の覚醒の早さ――この状況の判断――にランスロットは驚いた。が、当のソニアはまだ眠たいようで、ごろりと寝がえりをうちながらブーツを面倒くさそうに脱ぎ、床に落とす。
「一刻半」
「わかった。デボネア将軍は」
「あー、じゃ、デボネアに起こしにこさせていいや」
「・・・ソニア」
「どうせ、そのうちそうなるし・・・」
ランスロットの声が険しくなったことに気付いてか気付かないでか、そう言いながらソニアは再び眠りに戻っていく。それは、彼女にとっては滅多にない、本当に幸せな睡眠を貪れる時だ。
しかし、残されたランスロットの方は心中穏やかではない。
(どうせそうなるし?デボネア将軍が、どうなるというのだ)
彼はしばらくの間、深い眠りについてしまったソニアを見下ろしていた。
そういえば、ここ最近こうやって、彼女が眠っている姿ばかりを見ている気がする。
家族でも、こんなに異性の寝顔を見ることなぞないだろうな、と彼は口を半開きにしているソニアから目を離さない。
(誰かに彼女の傍にいて欲しい、と思うことは、自分はそこにはいられない、ということだ)
ずっと前からわかっていた。
トリスタン皇子派とソニア派の無意味な対立をなくしたいという気持ちも、反乱軍を思ってのことだけではない。
それが過熱すれば「その時」が足早に来てしまうのではないか、という懸念がいくらかはあったからだ。
しかし、その時に彼女の傍にいるのが、カノープスでもなくギルバルドでもなく、シャロームから共に闘ってきたビクター達でもなければ、誰だと言うのか。
(まさか、デボネア将軍にそこまでの信頼を置いているわけが。まだ、正しく知り合って数日だ。それに・・・ゾックのことは、どうなっているんだろう・・・)
駄目だ、と彼は息を軽く吐いた。
答えが出るはずのない悩みを一人で考えていても時間の無駄だし、問い詰めたければソニアが起きてからにすればいいのだ。
それに、彼にはまだまだやることがたくさんあって――そのほとんどが、本来ソニアがやるべきことだったりもするのだが――いつまでもここで時間をとっているわけにはいかないのだ。
「そなたと、離れたくはないものだ」
ランスロットは、珍しい独り言を漏らした。そして、己の声が己の耳に戻り、はっと目を見開く。
自分の心の奥底にある、時折首をもたげてくるその感情を、彼は気づかない振りを今までしてきた。そして、これからもそうしたいと思っている。
それは、彼にとっては何もかも具体的ではなく曖昧で、面と向かって追及することが難しく感じる何かだ。
だから。
(何を、感傷的になっているやら)
いつものように、彼は自らのその無意識の呟きを『なかったこと』として、部屋を出て行った。



「おーきーろー!」
きっちりと一刻半後、ソニアの部屋に不躾に入ってくる男性がいた。
カノープスだ。
「んー」
「ソニアー!起きろー!」
「んー」
「お前、返事だけしときゃイイ、とか思ってんじゃねーだろうな!」
「んー」
「デボネアも来ているぞ!」
そのカノープスの言葉を聞いて、ソニアはむくりと起き上がった。それから目をこすって、縛ったまま眠っていた髪を一度といて、結び直す。
ソニアの一連の動作を、カノープスはベッドの端に腰を下ろして見ていた。
「なんだよ、それ。俺じゃ起きなくて、デボネアなら起きるのかよ」
「カノープスは呼んでないけど、デボネアは呼んだし」
「一緒だろ!デボネアを呼んだから、俺が来てやったんじゃねーか」
「あ、そうか」
しれっとした表情でソニアは裸足のまま床の上に立ち、あちらこちらに放置したままだった書物をかき集めた。
「で、デボネアは?」
「廊下に待たせてる。いくらなんでも、眠っているご婦人の部屋には入れないっつーから」
「何?なんの部屋だって?」
そのソニアの適当な聞き返し方にかちんときたカノープスは、乱暴に
「寝てる女の部屋に入るのは失礼だってよ!おい!デボネア、入っていいぞ!」
と叫んだ。
ソニアは「やれやれ」と言いたげに小さく息を吐いて、ぺたりと床に座った。第三者がこのやりとりを見ていれば、カノープスのほうこそ「やれやれ」なのだとわかるだろうが、ソニアはまったく気にしていない様子だ。
「失礼する」
そういって頭を下げてデボネアは部屋に入ってきた。
よっこらしょ、とカノープスもソニアから少し離れた場所に座り込んだ。
その様子を見て、デボネアは困ったように瞬きをする。
「・・・ソニアが呼んでいると聞いて」
「うん。色々と話しておきたいことがあって。まあ、適当に座ってくれ」
「ここに、テーブルと椅子があるようだが?」
「椅子二つしかないし」
話がいまひとつ見えない、とデボネアは困惑の表情を隠せない。
それを、カノープスはにやにやと見ながら
「室内でも、野営とあんまり変わらないからな。このお嬢さんは」
「・・・そういうことならば、その流儀に従うが」
「りゅーぎって何だ、カノープス」
「やり方ってことだ」
「ふーん」
呆れたように一瞬眉根を潜めてから、デボネアは床に腰を下ろした。
本当は、ソニアがベッドにでも腰掛ければ、ヘンドリクセンと話をしたときのように普通に話は出来るのだ。カノープスとデボネアに椅子を譲ればいいだけの話だ。
だが、カノープスも床に座りことが結構好きだし、どうせそのうちそんな様子をデボネアに見せることになるのだから、とソニアは自分が楽な状態を勝手に選んだというわけだ。
「体調はどうだ、デボネア」
「ああ、おかげさまで、傷も癒え、日常生活と呼べる範囲の動きには、支障はないようだ。感謝する」
そういってデボネアは深く頭を下げた。
「いや、こちらこそ。デボネアが力を貸してくれるならば、心強い」
そういってソニアは笑みを見せた。が、すぐに、けほけほと小さく咳き込む。
「どうした」
「寝てたから、喉が乾いたなぁ。ああ、水差しの水、全部飲んじゃったんだ。汲んでくる」
「俺が行くから、お前はデボネアと話してろよ」
「いいのか?ありがとう、カノープス」
カノープスは立ち上げると、サイドテーブルに置いてあった空のピッチャーを手にした。
出て行こうとする彼の背に
「あたしとデボネアが二人きりになってるって、知られないようにしろよ。ランスロットにバレたらカノープスが怒られる」
「へっ。あいつに怒られても痛くも痒くもねーよ。でもまあ、余計な噂つくんないために、気をつける」
そういってカノープスは出て行った。
彼のその言葉にソニアは驚いて
「へえ、カノープスもそんなこと考えてたんだ。人は見かけによらないなぁ」
なんて呑気なことを呟いた。それへデボネアは
「ランスロット卿でなくとも、普通は怒るだろう。軍の最高指導者が、元敵兵と二人きりになるなぞ、正気の沙汰とは思えない」
「元敵兵じゃない。味方だ。違うのか?」
そういってソニアが肩をすくめて見せると、デボネアはうっすらと笑みを浮かべた。
「変わった人間だな。君は」
「よく、ラウニィーにも言われる」
きっとそこにカノープスがいれば爆笑したのだろうが、ありがたいことにか残念なことに彼はいない。
ソニアは、カノープスが戻るまでは当たり障りのない会話をした方が良いのかな、と思ったようで、軍で困っていることはないか、ノルンと話など出来ているか、その他、彼女が彼をここに呼んだ本題とは関係がない質問をして、世間話を続けた。
普通の人間ならば焦れるだろうが、デボネアはソニアの気持ちを察しているのか、嫌な顔ひとつせずに、端的ではあるがそっけなくはない返事を続けた。
その会話の端々に、このクァス・デボネアという人物が無骨ではあるが気持ちの優しいまっすぐな人間だということが伺われる。
「待たせたな」
会話もそうは長く続かない、と思える頃に、カノープスがドアを開けた。
ようやく本題に入れる、と、ソニアもデボネアも、心の中で安堵した。



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