重なる思惑-3-

ソニアは、かいつまんで今の反乱軍の状況をデボネアに説明をした。
それへカノープスが横槍を入れて
「そこまでのこと、こいつに話ちまっていいのかよ。もし、こいつが本当は間諜だったらどうする気だ」
「別にいいんじゃないか?どうせ地上部隊と合流して数日も経てば、おおよその状況は感じ取ると思うし。間諜だとしたら、ノルンのこと考えろ、って後でぶっとばすぐらいだよ。それに、間諜にするには、デボネアは立場が目立ち過ぎるから向いてないね」
「そりゃそうか」
それに関してはデボネア自身は口を挟める立場ではないので、静かに二人のやり取りを聞いているだけだ。
ここで「自分は違う」と言い出すことも、「わたしが間諜だったら、あんな怪我までして大層な念の入れようだな」と笑い話にすることも、どちらも相手の反感を買うことがあると彼はわかっているのだろう。
ソニアが水を飲んでグラスを床に置くと、デボネアは穏やかに聞いた。
「それで、わたしは何か役に立つことが出来るのだろうか」
「うん」
そのデボネアの言葉には、ソニアは好感をもったようだ。
「ひとつは、まあ、噂話やデボネアに、あるいは、ラウニィーとかノルンのような、帝国から投降した形になってる人々に対する謗りの言葉を、鵜呑みにしないで欲しいということ」
「・・・ああ」
「元帝国兵というだけで、確かに当りは強いと思う。でも、噂をたてる者がみな、それゆえの噂を立てているわけではない」
「・・・それは、わたしを利用しよう、という人間がいるということだろうか。反乱軍の内部をかき回すために」
「多分正確には、デボネアの立場だけをね。別に、デボネアをどう動かそうとか、そういった意図はないと思うんだ」
「ふむ」
デボネアは口を引き結び、ソニアから説明をされた反乱軍の現状を反芻しているようだ。
その様子を伺うと、ソニアは「今はこちらから話さないほうがよさそうだ」と判断して、静かに彼からの言葉を待った。
話をするようになってほんの数日の間柄であるが、ソニアは彼にとっていくつか知ったことがある。それは、彼女自身が気付いたことではなく、彼から「実は自分は」と話の途中で打ち明けられたことだ。
彼は、ある程度の会話量で、一度それまでの内容を反芻して、頭の中で整理し直すことが多い。それは彼の癖というよりも、「そうしよう」と彼が心がけていることなのだという。
話を聞きながらあれこれ考えることがそう苦手ではないほど、彼は頭を使うことに慣れている。
しかし、己の中で「本当に今自分が考えていることでよいのか」を出来る限り早く気付くため、一定の量話が進んだ時に、ざっとおさらいをするのだと言う。
もちろん、それをするにはタイミングを見計らうことが必要であるが。
そして、多分今こそ彼が「おさらい」をやっている時なのではないか、とソニアは思いついたのだ。
考えてみれば、新しい環境に身をおいた彼には、与えられるありとあらゆることは新しい情報であるし、監禁されていた間の地上の動きについても、まったく彼は知ることが出来なかったのだから、話すほうに比べれば余程疲れるし、わけもわからなくなるに違いない。
「逆に言うと」
「?ああ?」
ぽつり、と突然デボネアは言葉を発した。
「セノビア勢とソニアが正しく手を組むことが怖い、ということの裏返しでもあるわけだな」
「・・・ああ、そういう考え方もあるね。買い被りかもしれないが」
「いや。帝国としては、反乱軍の動きとゼノビア残党の動きは似て非なるもので、同時に目を光らせることは到底不可能だ。だから、本当は敵として様子を伺う相手が一箇所に絞れることはありがたいはず。が、そこだけありがたくなろうと、そのおかげで戦力が増えても困るというものだ」
「なるほど。そういう風には考えなかった」
ソニアは感心したようにそう言った。彼女の視界に入っているカノープスはというと「ふーん」程度にしか話を聞いていない。が、彼はそれでよいのだとソニアは思っていた。
「デボネアに話を聞いてよかった。そういうことも、頭においとくよ」
「役に立つかは、わからないが」
苦笑を見せるデボネア。
「どちらにせよ、風当たりが強いのはわかっているし、実戦で力を見せ付けるだけでも簡単にはいかないとは、わかっている」
「まあ、重ねて言うのも申し訳ないんだけどね、みんながみんな、デボネア達のことを好意的には思ってないよ。そりゃね」
「ああ、それは当然のことかと」
「でも、それ言ったら、みんなに好意的に思われてる人間なんて、どこにもいるわけないし。ただ、それを口に出されやすい立場だってだけだからね。凹むけど」
そのソニアの言い草に、デボネアは小さく笑い声を漏らした。
「わたしは比較的他人からの評価を気にしない人間だから、大丈夫だとは思う。それを気にしていては、帝国内の地位も保つことは出来なかっただろう。ラウニィー殿を見れば、わかるとは思うが」
「・・・あーれーはー」
ソニアは苦々しい表情になって、少しばかり潰れたような声を出した。それを聞いてカノープスは笑っている。
「ラウニィーは気にしてるよ。気にして、憤慨して、やる気になるタイプだもん。ラウニィーが凹むのは、多分、見返してやろうと思っているのに、なかなかそれに手が届かない時とかじゃないかなぁ。可哀そうだけれど、ラウニィーは少しぐらい叩かれている方が、早く自分の居場所を作れるんだろうね」
「へえ、お前、そんなこと考えてるのかよ」
「いや、今思いついただけなんだけど。よくみんなはあたしとラウニィーが似ているっていうけど、全然違うと思うんだよね」
「それはそうだろ。あんなのが二人もいて、しかも片方がリーダーだったらこの軍は大変だ」
このカノープスの言い草も大層ひどいものだ。
が、それへデボネアは非難の言葉を口にせず、驚いた表情をソニアに向けた。
「ラウニィー殿は、この軍ではうまくやっているのだね」
そんなデボネアのとぼけた問いかけに、カノープスは声を荒げる。
「今の会話のどこを聞けば、そうなるんだ!」
「いや、だって・・・」
「うん。うまくやってるんだと思うよ。帝国出身としてそれは陰であれこれ言われてはいるけれど、ここでは女だから、とか、ラウニィーのお父上の影もない。ただ、己の力を発揮すれば、彼女は居場所を作れる。たったそれだけのことで良いのだもの。多分、ここは彼女にとってはとても良い軍だと思う」
ソニアの言葉に今度はカノープスが驚いた表情を見せた。
「お前、案外ラウニィーから話聞いてんの?」
「うん。ラウニィーは頭が良くて、自分の気持ちや過去起こったことやら、なんでも端的に伝えてくれるからわかりやすくて速くてありがたい。それに大体がそれが本題じゃないときに、納得できる形で口にするんだ。そういうのって、珍しいかな、女の人には」
「へー、あいつ、そういう話もぽろっとするんだ」
「すごくいつも簡単だよ。会話の最後にさらっとさ、帝国じゃ普通だったから、とか、誰もお父様の名前を出さないから面倒がない、とか、あっさり言って笑うんだけど、それは本当はさ、あっさり言えることじゃないんだと思うんだよね・・・笑って言えるようになるまで、実はすごく傷ついてたりしたんだろうなって思う」
ふっと自然とそんな話をしたソニアを、デボネアはじっと見つめている。
その視線に気付かないのか、ソニアはもう一言
「ラウニィーのそういうところは、多分損なところなんだと思う。なんていうのかなぁ。親の七光りっていうの?そういうのを意識しながらだとさ、意地もはっちゃうし、自分の力だけでどうにかしなきゃ、って強く思いすぎるもんじゃないかと思っちゃって」
「まぁ、あながち間違ってはいねーだろうな」
「だから、ラウニィーにとって信頼できる人間がこの軍で出来ると、いいと思う」
そう真剣な表情で呟くソニアに、カノープスは少し肩を竦め、けれども小さく口端は笑みを浮かべて言葉を返した。
「もう出来てるんじゃねーの」
「そうかな」
「少なくとも、あいつはアッシュになついているし、呆れるぐらいガストンにもコカトリスの乗り方教えろ教えろとしつこいし、お前にも本音をぶつけてくるし。まあ、本音をぶつけんのはもともとの性分だろーけど、お前が言うようにきっと、ラウニィーはこの軍にいて正解なんだろうし、そのことを本人もきっと感謝してると思うぜ」
その彼の言い草を聞いて、ソニアの方が今度はくすりと笑って
「なんだ。カノープスの方が、ラウニィーのことをよく知っているみたいだな」
なんてことを言う。
置いてけぼりになりがちなデボネアは口を挟まないで二人のやり取りを聞くばかりだ。
「この軍で、お前以外に俺と口喧嘩する奴はラウニィーぐらいだからな」
カノープスのその発言に、ソニアは目を丸くした。
そんなことは聞いていない、という非難の表情ではなく、心底彼の言葉に驚いた風だった。
「何、ラウニィーと喧嘩したのか」
「そう大したもんじゃない。その大したことでもない喧嘩をするってのは、むしろ気を許している証拠だろ。ゼノビアの連中より、よっぽどラウニィーの方が腹を割って話してくれてると俺は思うんだけどな」
そういうとカノープスは、改めてデボネアの存在を思い出したように「いっけね」と小さく口走った。
それへ、デボネアは特に気にしていないという風に軽く手を横に振ったが、それへカノープスは苦笑を返すしかない。
デボネアはカノープスが以前ゼノビア軍に所属していたということを知らない。もし、知っていても同じように軽く流せただろうか。
そのカノープスの思いをデボネアは気付くはずもないし、ソニアも特に気にはしていないようだ。
(知っていて同じ態度に出られたら、こいつは相当食わせ者だな)
どうやらカノープスは、ソニアよりはまだかなりデボネアに対して疑心暗鬼のようだ。いや、むしろ周囲がそうあってくれるからこそ、ソニアは安心して自分の思う通りに相手を信じることも出来るのかもしれない。



二日後、ヘンドリクセンは四部隊を伴って、地上にいるシャングリラの観測部隊のもとへと向かうことになった。
ソニアはすでにシャングリラでの待機に飽き飽きしていたけれど、シャングリラの移動を制御出来る唯一の人間が、この場から動くわけにはいかない。
彼女のように他にもシャングリラに飽きた者は多く――というより、ソニアがいるとしても軍全体を二分割している今の状況に落ち着かないのだろうが――到着当時の「これが空中都市か」という感慨も最早ないように思える。
実際、空中都市のほとんどは、「ただ空に浮いている」だけであり、地上の人々が空想で思い描くような、手放しの楽園とはほど遠く、いささか空の光景が違うだけで他に何の違いも感じられない。
しかも、彼らは観光客として来ているわけではないからこれといった楽しみもない。
ヘンドリクセンと共に地上の降りる部隊のうち、ヘンドリクセン隊と他2部隊はそのまま地上部隊と合流をして、再びシャングリラには戻っては来ない。
そう言われても、みな特に何も不満も出ないほど、かつてないほど人々はこの「待機」に退屈していたようだ。
ヘンドリクセンと共に地上に降りる兵士の中には、ラウニィーとノルンの姿もあった。デボネアとノルンの心中を察すればもう少し二人が一緒にいられるようにするのが情けというものかもしれないが、軍としてはあまりそれは望ましくない。それについてはソニアが考えるよりも先に、当人であるノルンから進言があったのだ。
「シャングリラから「恋人同士」が共に地上に戻るのは、あまり良い印象を与えないのではないでしょうか・・・」
自分達を「恋人同士」と客観的にはっきりと言い切るのは、惚気などではない。
ノルンは反乱軍に身を置いてから今日までの期間、己に対する評価や、帝国から投降した者への風当たりを身をもって知っている。
今でさえ彼女はアイーシャと並ぶ癒しの術の使い手として前線に出ているが、当初は「敵兵の傷を治すんじゃないか」などと陰で言われていたこともある。
きっと、恋人であるデボネアも同じような謗りを受けるだろうし、反乱軍であろうが帝国軍であろうが、人間であれば口さがない噂を立てる者がいると彼女は学んだ。
だから、敢えて自分とデボネアの距離を置くように、とソニアに進言したのだろう。
また、本来ならば、シャングリラに向かった時と同様に、地上に戻るまでソニアと行動を共にする予定だったカノープスが、今回は同行することになった。
それは、観測部隊からの結果を聞いた後に、迅速に行動を要することが発生するかもしれない、という危惧があることを示している。
機動力に関しては誰よりもカノープスは高かったし、運搬力で言っても大型の空飛ぶ魔獣に劣るものの、有翼人の中では群を抜いているからだ。
ソニアは自分がそれを決めたというのに、最後の最後まで「うーん、でもカノープスがいないとなー」とぶつぶつ言い続けていた。それは、彼女にとっては珍しいことだ。
「何、お前、俺がいないと寂しくて泣いちゃうのか?」
意地悪くそう言うカノープスに、ソニアは
「泣くのはいつもカノープスの方だろう」
と、けろりと言ってしまい、今から出立する、という部隊を集めた前で口喧嘩を披露することになった。(まあ、実際にはどっちもどっち五十歩百歩というところだが)
仲が良すぎるのも問題だ、とランスロットは二人をたしなめたが、そうやってカノープスとじゃれあうソニアの様子に彼が多少安心したのは内緒のことだ。
そんなこんなで、ヘンドリクセン率いる全五部隊は地上に向かって出発をした。
最初にシャングリラにやって来た時のように、彼らを迎撃しようとする帝国兵は既にもういない。
それに、観測部隊のもとへと既にヘンドリクセンは足を運んでおり、その往復も手馴れたものであったから、彼らも、送り出すソニア達も、その点については何も心配はしていなかった。
ヘンドリクセン率いる移動部隊は、シャングリラから直接観測部隊がいる場所に降りるわけではない。
観測部隊は地上とシャングリラとの角度や距離を測るため、一定の距離シャングリラが移動すれば前触れなしに彼らも移動を行う。
本隊やシャングリラへ向かった部隊などとあらかじめ「何日後に接触する」と約束を取り交わし、それぞれの部隊との接触場所に観測部隊の数名が待機しており、そこへ合流するという形にしているのだ。
そうでもしなければ、敵にでもわかってしまうほどに明確な合図でもしない限り、移動先を知らせることは難しい。
ヘンドリクセンは既に、シャングリラから地上に降りる時に周囲の地形を空から伺い、目測で着陸地点を指示出来るようになっていた。とはいえ、そう何度もシャングリラにこの先訪れることはないと思われるが。
それに、スルストから聞いた話では、ソニアが持っているブリュンヒルドの秘められた力で開く「カオスゲート」という空間転移のための見えざる門が、本来どこかからシャングリラに繋がっているのだと言う。
それさえ発見すれば、今回のように飛行部隊を大がかりに結成する必要はなくなるらしい。
それは、口で言うほど容易なことではないが、スルストいわく「シャングリラの進行方向を動かせる力を持つソニアが、シャングリラにつながるカオスゲートを発見できないはずありまセーン!」
ということだ。
彼のその言葉はまったく根拠がなく信憑性の低いものだが、ソニアは呆れた様子だったが「以前使われる道具というものは、使う者を待っているんだと聞いた。それで言えば、カオスゲートは使われる道具側だ。みつけてやらないと」と、「みつけたい」ではなく「みつけてあげよう」という不思議な言葉を返した。
話は逸れたが、カオスゲートを見つけられても見つけられなくとも、今の彼らは自力で地上とシャングリラの行き来をしなければいけないことは変わらない。
有翼人のほとんどは、カノープスのように魔獣と遜色なく空を飛べるほどの身体能力を持たない。
今まであまり意識をしていなかったけれど、今後は有翼人達の能力特化についても考えるべきかもしれない、とヘンドリクセンは強く思っていた。
時間をかけて地上に降りた彼らは、まずは観測部隊と合流した。
ありがたいことに、シャングリラの高度はまったく落ちている気配もなく、ソニアによる「疑心暗鬼な適当な制御」がなんとか正しく効力を発揮していると彼らは確信した。
ヘンドリクセンは観測部隊との会合を半刻で終わらせ、共に地上に来た人々の疲労がいくらか癒えた頃合いを見計らって再び移動を始めた。
本隊は遠方に陣をはっていたのだけれど、先日の竜巻のおかげ(と言ってよいのかはわからないが)で、かなり東側、つまるところ彼らのいる方角へと避難をしていた。
だからといって一日で観測部隊、本隊、と合流出来るほど近くもないため、彼らは翌日夕方を本隊合流の目安として移動を始める。
その間、カノープスとカノープスの護衛として腕の立つ者数名はシャングリラに戻り、ソニア達に観測結果を伝える役目がある。
彼らがシャングリラに戻る時間。その報告を受けてソニア達が撤退する時間。
それから自分が地上部隊に合流してから、あれこれと手を回す時間。
ヘンドリクセンはあれこれと考えすぎて、日に何度か頭痛を感じる。
(そもそもわたしは人を動かしたりすることが苦手だというのに)
それでも、いつも勝手をさせてくれるソニアのことを思えば、時々は面倒なこともやらなければ恩は返せない、と彼は彼なりに思うのだった。


出発後おおよその予定通りの時間で、ヘンドリクセン達は竜巻から避難をしていた地上部隊と合流をすることが出来た。
途中で帝国軍に一度遭遇はしたものの、あちらとしても待ち伏せていたわけでもない偶然の出会いだったため、事なきを得た。
地上部隊は当然野営のため、いくつもの天幕を作っており、そのうちのひとつにトリスタンはいた。
竜巻による突然の避難だったので、さすがに「皇子はせめてどこかの建物に」と見つけることも出来なかったに違いない。トリスタン本人はともかく、彼の周囲にたむろするセノビア出身の騎士達は不満なのかもしれない、とヘンドリクセンは心の中で呟いた。
トリスタンがいる天幕は、いつもソニアが使っている天幕よりも少しばかり大きい。それは、ソニアと違って彼は常にそれなりの人数を自分の近くに置かなければいけないからであって、それそのものは彼の本意ではない。
人によってはそれすら「鼻持ちならない」とトリスタンへの悪意をつのらせる行為だと思えるが、彼の身分を考えればいたしかたがないことだろう。
ヘンドリクセンは観測部隊の結果報告と、それをソニアに伝え、ソニア達も今日明日には地上に降りてくるだろうという話をトリスタンやウォーレン達に伝えた。
「そうか。これでようやく分断されていた軍も、ひとつところに戻るわけだ。ありがたい」
明らかに安堵の息を漏らすトリスタン。
彼のその心情を慮れば、それも当然だろう。
トリスタンへの報告には、ヘンドリクセンだけではなくノルンも付き添っていた。それは、デボネアを反乱軍が受け入れたことに対して、ノルンからも一言トリスタンに感謝の言葉を述べる、という建前があってのことだ。
それへトリスタンは
「デボネア将軍という方が我らの力になってくださると先日報告で聞いている。ノルン殿においては、思い人と共に戦えることとなり、良い話かと。今後ともお二人で我々に力を貸していただけるならば、ありがたい」
「そのようなお言葉、ありがとうございます。わたくしの方こそ、ソニア様や皆様の懐の深さのおかげでこうやって再会できたこと、感謝してもしたりぬほどでございます」
そのやりとりは、いささか茶番めいている。
いくらか言葉を交わした後でヘンドリクセンはトリスタンに、先ほど一緒に合流した兵士達になにかしらの職務を与えてほしいと申し出た。
竜巻騒動で人手も足りないだろうし、昨晩は早めに野営に入って十分に眠ったのだということも伝えると、トリスタンは傍に控えていた2人の付き人達にそれぞれ命令をした。
「竜巻後の軍の状態も知らぬままだと思うから、状況を丁寧に説明をした上で仕事を割り振ってやってくれ」
「は。しかし・・・」
ちらりと一人の兵士はヘンドリクセンの方を見た。
それへはウォーレンが
「皇子のご命令に何か不満があるのかの?」
とちくりと釘をさす。
慌ててそれを否定すると、兵士達は一礼をして、トリスタンの天幕から出て行った。
しばらくの間、天幕はしんと静まって誰も言葉を発しない。
残っているのはトリスタンとウォーレン、そしてヘンドリクセンとノルンの四人だけだ。
「・・・ふー」
最初に息を吐きだしたのはトリスタンだ。
「ノルン殿、申し訳なかった。デボネア将軍を救ったのも、彼を受け入れたのもソニアだというのに、なにやら僕がそれらを全部仕切ったような印象の言葉を」
「いいえ、皇子の立場であれば、それも仕方ないかと」
「ああいう態度を取っている方が、人払いがしやすくなるものでね」
「心中お察しいたします」
静かにノルンは頭を下げた。ウォーレンは小さく笑って
「ご苦労なことで、まったく苦労しているようだ。ヘンドリクセンは」
と、弟子と呼んで良いほどの青年を茶化した。
「色々と、お見通しでしょうか」
「いや、見通してはおらぬ。が、我らにとっては、この時期そなたらが単独でこちらの部隊に合流するのには、ちと言い訳が弱かったと思えるのでな」
ウォーレンはヘンドリクセン相手には、相当に気安く話しかける。
そのことにノルンは一瞬驚いた表情を浮かべたが、ヘンドリクセンの溜息が聞こえ、すぐにそちらに気を取られた。
「竜巻の被害で大変だろうから、合流出来るものは先に合流せよ、という言い訳は、確かにいまひとつですよね。普通に考えれば、もともと分断されている部隊を、これ以上分断して移動させるというのは、軍の方針としてあまりよろしくないし、ソニア様らしくもない。それでも、気づかぬ者は多いと思いますが」
「ああ、僕は気づかない方だったからね。第一、こちらは人手がいくらか減ってしまって、それを考えるとヘンドリクセンの申し出は案外と素直に受け入れられた」
肩をすくめるトリスタン。
「ウォーレンに言われなければ、そうか、ヘンドリクセンよく戻ってきてくれた、ありがとう、助かるよ、と両腕を広げたところだ」
そのトリスタンの物言いにヘンドリクセンは苦笑を見せる。
ヘンドリクセンからすれば、そのようにトリスタンに礼を言われる筋合いもなければ、冗談でも、まるで彼を忠義の部下のように扱われることはごめんだったからだ。
「で、本当の用件は、皇子とだけやりとりすればいいだけかな?この老いぼれがいない方が良いならば、席をはずすが」
そのウォーレンの言葉に馬鹿正直にヘンドリクセンは
「本題に関しては、きっと後ほどトリスタン皇子からお話が行くでしょうから、ウォーレン様はいらしてもいらっしゃらなくてもどちらでも良いのですが、ウォーレン様がここから出ていくと、トリスタン皇子を心配する兵士がいちいちこの天幕を気にかけ過ぎるので、ここにいらしてください」
と答えた。
あまりにもはっきりとした答えにトリスタンとノルンは眼を丸くし、ウォーレンは笑いだす。
「ヘンドリクセンは、人に対してそんな風に強く言うことがあるのだねぇ。初めて知ったよ」
「本当ですわ。正直、わたくし驚きました」
「そうですか?わたしはいつもこんな感じですが」
「少なくとも、このおいぼれにそういう口利きをするのは、この若造しか今はおりませぬ。ソニアとカノープスはまた別ではありますが」
ウォーレンはそう言って、もう一度楽しそうに笑った。
「とりあえず、ウォーレンはじゃあここに居てくれるかな。でも、後でちょっとだけは出て行ってほしいんだけど」
「皇子?」
トリスタンのその言葉に、ヘンドリクセンは逆に驚いて声をあげた。
ウォーレンの方はとくに驚いた風もなく「わかりました」と答える。
「皇子、それは・・・」
「僕だってね。たまには個人的に聞きたい話もあるんだ。特に、ノルン殿に」
「えっ?わたくし?」
「でもまあ、とりあえずは先にそちらの話を聞こうか」
そのトリスタンの話の振り方に、ヘンドリクセンはそっと(この皇子相手には、少し気をつけたほうが良いかもしれない)と心の中で呟いた。
それは悪い意味もあれば良い意味もある。
ヘンドリクセンはソニアから、トリスタンは少なくとも周囲に持ち上げられてそれを喜ぶ人間ではない、とは聞いていた。
それは多分正しい認識なのだと思う。
かといって、それが「ソニアの味方となる人物」と同義であるはずもないのだ。だから、警戒をせざるを得ない。
トリスタン皇子という存在そのものが、一方ではソニアという存在を脅かしていることは確かなのだし。
「先日、地上部隊から離れていった30名についてのこと、竜巻についてのこと、それらをソニア様にご報告させていただきました」
「うん」
「ソニア様の見解としては、ダルムード砂漠以西に行く前に起きた脱軍であったことは、むしろありがたいタイミングではないか、ということです」
そのヘンドリクセンの言葉にトリスタンはまた苦笑を見せて、ちらりとウォーレンを見た。それに対してウォーレンは微笑を見せ
「申したとおりでございましょう。彼女はとても聡い女子」
とだけトリスタンに言う。
「そのようだ」
「皇子が心配していたお咎めなど、何がありましょうか」
「わかっているつもりではあったが、ほら、ソニアにとってもいい機会ではないかと思って」
ヘンドリクセンとノルンに説明をするトリスタン。
「この軍は、僕の軍ではない。ソニアの軍だ。であれば、今回のように、反乱軍半分を任せられた僕の監督不行き届きであるからね。なんらかの処分をもらうことが出来れば、ソニアの軍であることを、なんというか・・・ゼノビア出身の兵士達に、再認識させることが出来るだろう?」
そのトリスタンの言葉に、ヘンドリクセンは眉根を寄せた。
彼の言葉が真意なのか、それとも、「ソニア派」にきっと分類されるであろう自分を試す言葉なのかを慎重に計ろうと、迂闊な返事しないように彼は曖昧な言葉を返した。
「再認識・・・とは・・・?」
「いいよ、ヘンドリクセン。君はもうわかっているのだろうし。ノルン殿の前で話すことが問題ならば、一緒に来ていないだろう?ウォーレンだって自覚はしている。ソニアが気付いていないわけもない。そして、僕は持ち上げられてしまって、どっちに転ぼうともゼノビアの皇子であることを捨てるわけにはいかないんだから、色々と面倒だね」
そう言うとトリスタンは小さなため息をついた。
「ランスロットが僕の傍にいてくれないとね。色々と、そう、色々とね。煩わしいことが増えてくる。彼はなんというか・・・ウォーレンと共にこの軍の立ち上げに携わった人物でありながら、とてもソニアに近しい。ああ、ウォーレンがソニアと仲良くないという意味ではないが」
「わかっておりますぞ」
「ランスロットがここにいてくれると、『どっちの』煩わしい言葉も、盾になってくれてね」
そのトリスタンの言葉に、ヘンドリクセンははっと瞳を大きく見開いた。
何故ならば、彼の言葉はあまりに正しかったからだ。
「アッシュがいてくれることも相当にありがたいのだけれど、彼を傍に置くことは彼の汚名や無念を晴らすことになる反面、彼を未だ信じない人々からの恰好の的になってしまうから、ちょっとこちらも気兼ねしてしまって。けれど、ランスロットにはそれがない。あえて言えば、昔のゼノビアをあまり良く知らない年齢であることぐらいだが、それはウォーレンが担うべき場所だしね。ああ、話が逸れてしまったな」
そのトリスタンの一連の言葉を聞いて、ヘンドリクセンは下唇を軽く噛み締めた。
(今は、気にするな・・・!)
彼は、自分がここで話さなければいけないこと、なさねばならぬことに集中をしなければいけない、と自分自身を叱責する。
(第一、わたしにそんな前振りをしたところで、皇子には何ひとついいことがあるわけではない・・・わたしは、いち兵士であって、何の決定権もないのだし)
ヘンドリクセンの思いは僅かに乱れた。が、それをすんでのところで彼は踏み止まって話を続ける。
「その話は置いておいて・・・ソニア殿からの伝言を先にお伝えいたします」
冷静を装いつつ彼はソニアからの言葉をトリスタンとウォーレンに伝えた。
それは、脱軍した者のリストを作っておくことと、その者達については追う必要はないということ。
但し、ソニアが戻ってから、全軍に対してなんらかの警告は出すということ。
引き続きトリスタンには地上軍の指揮を任せること、シャングリラの観測部隊のこれからの動向の指示、シャングリラへのカオスゲート発見のためウォーレンになんらかの対策を講じて欲しいとのこと、そのほか数えれば20を超えるほどの伝達をヘンドリクセンは間違いなく伝えた。
その途中までふんふん、と頷いていたトリスタンであったが、後半はいささか呆れたように
「よくも頭が回るものだ、ソニアは」
とついつい口にしてしまう。
それへはウォーレンが
「あの子はいささか、傭兵めいたところがあるようで」
「傭兵?」
「こうすれば大丈夫、というセオリーだけには縛られずに、保険に保険を重ねるものでして。きっと、これらのあれこれも、保険のひとつ。本当にヘンドリクセンがここに来た理由は、これらの伝達だけではありますまい。のう?ヘンドリクセン」
「・・・ウォーレン様には、まったく、まいります。とはいえ、ソニア様は、ウォーレン様にはバレるかもしれない、と先におっしゃっておられましたよ」
「さすが!」
ウォーレンはおもしろそうに笑って、立派なひげを何度かなでおろした。
「じゃあ、これらは本題でもなんでもないということかな?ヘンドリクセン」
「いえ、本題といいますか・・・まあ、もちろんこれらのことは間違いなくソニア様からの指示なので、ソニア様達との合流前には処理していただきたいかと」
「うん。わかったよ」
それで?本題は?
と、トリスタンは言い出したくてうずうずしているようだ。
なるほど、ソニアとトリスタンは「仲良し」というわけではないけれど、思いのほか反発しあってもいないのはこういう性質のせいなのだな、とヘンドリクセンは初めて「彼がそれまで知らなかったトリスタン」に気付いた。
「バレたら、あっさりバラして良いとも言われていたので申し上げますね。端的に言えばソニア様は、帝国の間諜がこの軍にいる・・・ないしは、いた、と思っていらっしゃいます」
「・・・ふむ」
「が、その旨を公にすると、逆に相手の思う壺になりそうだという判断のため、あえて泳がせる方向でと
「・・・その帝国の間諜の役目は、情報を漏らすことではない・・・ということだろう?」
「ええ。そもそも、今まで帝国側になんらかの情報が漏れていたことはありません。どちらかというとそれらの役割は」
「わかってる。僕の周囲の派閥らしいものと、もともと反乱軍にいたソニアを崇拝する者達との物別れだろう」
「皇子」
「そんなのは、いくらなんでも僕だってわかる。担がれてる人間が、担いでいる人間の思惑に気付かないわけがない。問題なのは、担がれている人間の言葉を、担いでいる人間は正しく理解をしてくれないということと、お互いの行き先が実は異なっているということだ。だからといって厳しい処分をすれば、それこそこの軍にとってはそれなりの損失になってしまうし、出来ればうまくやっていきたいのだよ。僕は」
「それらについては、今後改善出来るのではないかとソニア様は考えていらっしゃいます。もうひとつ問題なのは、その間諜が今現在まだ軍にいるとして・・・役割を変化させて、情報を漏らすような、本来の役割に戻ったとしたら」
「うん」
「なかなかに、良いタインミングなのですよね。何故なら、我々のもとには、あからさまに帝国側から仲間になった人物が今いるので」
そのヘンドリクセンの言葉に、それまでじっと聞いているだけだったノルンが反応をした。
「クァス・・・!」
「なるほど。それは、ソニアがそうと?」
「はい」
「気味が悪いほど、冴えている。まあ、だからこそ、この軍は・・・今まで、24年間誰もなし得なかった、反旗を翻すことも、そして実際に帝国を討って進軍することも可能なのだね。やはり、ソニアなんだな」
「・・・?」
「彼女は、異常だ」
トリスタンが発した言葉に、ヘンドリクセンはぴくりと反応をした。
穏やかではないその単語が微笑と共に発せられたことが、余計に彼を疑心暗鬼にする。
「ああいう子だから、自分がおかしいってことを気付かないんだろうね。あの子は、何もかもおかしい」
「・・・皇子」
ウォーレンがたしなめるようにトリスタンに声をかけた。
「おかしいことは、異常なことは、とても可哀想なことだ。僕は彼女に比べればどうしようもないほど凡庸な男だ。何故、僕を持ち上げる者達がそれをわからないのか、僕には理解が出来ない。そして、ソニアを持ち上げる君達が、彼女の非凡さをいまひとつ理解してないことも、もどかしい。あり得ないだろう。剣技にも優れて、頭も切れる。時には戦術や戦略を学問として習得したことがあるのかと思うようなことを言い出すし、運も恐ろしく強い。それらのどれが彼女の才で、どれが後天的に与えられた恩恵なのかもわからぬまま、それらを使いこなしているのも恐ろしい話だ」
「トリスタン皇子」
「しかも、可愛らしい。僕に何が勝てるというのやら。僕はこの戦が終わるまで、彼女の地位を脅かす気はないし、この戦が終わったからと言って彼女を利用したり迫害したりする気も何一つない。人として彼女のことは好ましいと思っているし、それを差し引いて皇子という立場で見ても、どんな形にせよ彼女とは敵対したくないんだ。それを理解出来ない者がゼノビア生まれにはたくさんいてね・・・それはまあ、置いといて・・・だから、ある意味、僕は君達の手駒だと思っていただいて結構なんだよ、ヘンドリクセン」
そのトリスタンの言葉に、ヘンドリクセンは眉根を寄せた。
トリスタンの本心がどこにあるのかと彼は懸命に探ろうとしたが、今はそれが可能な時期ではないのだろう、とほどなくして彼は判断をした。
わかったことは、この皇子もまた、でくのぼうではないということ。
以前から思っていたそれが、もっともっと強く彼には感じられ、大きな懸念要素としてその胸の内にしまわれたのだった。




←Previous next→


モドル