騎士の驕り-1-

ソニア達が地上に戻ってきて本来あるべき姿に反乱軍が戻ると、トリスタンの手配が完璧だったこともあり、彼らは一路アラムートの城砦へと向かった。
ソニアを中心とした上層部と呼ばれるメンバーは、歩みを進めつつも連日の打ち合わせと手配に明け暮れて落ち着くことはなかったが、兵士達はようやくのソニアの帰還に安堵し、いくらか緊張が緩和したようだった。
普段は心の緩みは許されないものであるが、今は状況が違う。
地上部隊は自然災害に見舞われいくらか被害を受け、挙句にそれから立て直しが終わっていない状況で日々を共にした者達に離軍されては、誰もがどこか気を張り詰めてギスギスしていても仕方がない。
起きたことは仕方がない、とおおらかに捉えられる者や、何もかも自分には関係がないと思う者は良いが、反乱軍に思い入れがあったり、ソニアに傾倒する者、トリスタンに傾倒する者達に、気にするなと言ってもそれは無理だ。
ソニアの帰還と彼女が採った処置は、人々の気持ちを平静に戻すにそれなりに効果があり、良い意味で緊張が緩和したというわけだ。
ヘンドリクセンに頼んでトリスタンには前もって言っていたのだが「軍を脱走したものを今回は処罰しない。今後も処罰する予定はないが、己がこの軍でどれほどの責任を担っているかを自覚して判断せよ」という内容を、ソニアは再度兵士達に通達した。
それは、『表向きは処罰しないが、無責任なことをした場合はそれなりに覚悟しろよ』という意味を含んでいる。
「まあ、その意味が通じるような相手は、多分軍を離れないけどね」
とはソニアの言であり、それにはウォーレンも深く頷く。
通じても尚離れるようであれば、それは軍に残っていても後々惨事を引き起こす可能性がある者だ、という極端な理屈をソニアは口にした。
責任放棄をするものが、どの程度の責任は放棄して、どの程度の責任は放棄しないのか、そんなものは個人でなければ測れない。どういう形にせよ放棄してしまうなら、引き止めても大事な時に同じように責任放棄をすることもあろう、という見方だが、誰もがソニアのようにあっさりとは考えられない。
大胆だな、とトリスタンは呆れたように言い、ラウニィーも「そんな簡単なこと言って、人が足りなくなっても知らないわよ」と軽くソニアに釘をさしたものだが、当のソニアはけろりとしていた。
彼女のその豪胆さ、かつ、地上で災害にあった人々への声掛けといった行き届いた配慮のどちらもを知る兵士は、みな『自分はあのように無責任に軍を離れまい』と誓っていたものだが、それは口に出されないことなので、トリスタン達が気にするのも無理はないことだろう。立場が違えば、感じ方も違うのだし。
「ノーマン、元気かー?」
ソニアは軍の移動中に、ケルベロスに乗ってしんがりから緩やかに前へと進みつつ、人々に顔見せをしていた。
空は曇り空だが雨が降る兆しはなく、平地の移動が相当楽な日だ。それゆえに気が緩みすぎがちな兵士達のもとへ、朝から彼女は訪れては、ほぼ一人ずつ声をかけ続けていた。
人々に「何をやってるんだ」と聞かれれば、「トリスタン皇子が仕切ってくれるから、たまにはみんなの顔見ようと思って」と明るく答える。
彼女のその言葉はあまり意味がないように聞こえるが、実のところは違う。
ソニアがいても、今後もトリスタン皇子にいくらか引率などは任せる、ということを人々にそれとなく知らせ、彼女のトリスタンへの信頼を明確にするものだ。
また、大きくなってしまった反乱軍には彼女が知らない兵士が増えた。兵士が入軍したときには一応書類に目を通すものだが、それだけでは当人達と接触は出来ない。
それが、どうにもソニアの気質と合わないことは周知の事実。
とはいえ、信頼関係を築く前に新兵とあまり近づけても、という考え方もあり、そのせいで今回の離脱事件では、彼女がよく知らない兵士が案外といた。ソニアにとっては、それがなんだかすっきりしなくて、結果、こういう相当に乱暴な方法で一通りの兵士の顔を見ようと始まったわけだ。
それに付き添いで呼ばれたのはカノープスで、彼は貧乏くじといわざるを得ない。
進軍は一定ペースで行われるので、そのペースに合わせながら一言二言言葉を交わし、けれど、どんどん前に進んでいくのは、途方もない労力だ。
最初は彼も「一体何時間かかると思ってるんだ!!」と怒っていたのだが、なんだかんだでこの軍で一番ソニアに弱いのはカノープスだ。
それを知っていて頼んでいるのだから、ソニアもまったく人が悪い。
「元気じゃなきゃ歩いてねーよ」
「そりゃそうなんだけど。相変わらず減らず口だなー」
「大体なんだよ。後ろのテリーさんとかさぁ、オーロラさんにゃ、大した声もかけないのに、なんで俺には声をかけんだよ。俺は新兵でもねぇから、別に今更話すことも挨拶もいらねぇだろ」
「ノーマンは馬鹿だなぁ」
「はぁ!?」
「ノーマンが問題児だからだろ」
「っ!!」
「嘘嘘。いや、あたしがいない間に怪我をしたんだから、気になるのは当たり前だろう。なんでそんなにつっかかるんだ」
ノーマンの周囲にいる、入軍してあまり日にちが経っていない者や、ノーマンの後から入軍して、彼にとって後輩となっているブラックナイト候補の青年は、二人のやりとりをはらはらしながら聞いている。
以前、ノーマンの部隊長であるガストンが見立てたとおり、ノーマンは年寄りと自分より立場の弱い者に対してはなんだかんだと面倒見が良い。口が悪くて短気で荒っぽいことは差し引いて、最初は誤解をうけたとしても、今は彼を慕う者もいくらかはいるようだ。
それを影ながらガストンは評価をしているのだが、ソニアやその他、立場が上の者にはこの様子。どうにもそれはノーマンの性分なので仕方がないのだろうが、残念極まりない。
「こんなとこノコノコ歩いてないで、さっさと先頭に戻れよ。鬱陶しい。皇子サマにまかせっきりにしてんじゃねぇよ」
「ご挨拶だなぁ、あぁ、ノーマンはトリスタン皇子に指揮をとられるのが好きじゃないのか?」
「なっ……!!」
ノーマンは声を大きく上げ、周囲も図星をさされたように表情を強張らせる。
「おいおい、ソニア」
と、保護者役のカノープスは呆れたように言うが、ソニアは面倒くさそうに頭をぼりぼりとかいた。
「別にいいじゃないか。人の好き嫌いがあるのは仕方がない。それにノーマンは別にあたしのことも大して好きじゃないんだし」
「誰もんなこと言ってねぇよ!」
「ん?」
「……っ!むっか、つく!!」
「そんだけ元気があれば大丈夫だな。とりあえず、トリスタン皇子だって、好き嫌いはともかく、頑張ってるって評価はしてやってくれよ。上に立つ人間ってのは、粗探しされやすいもんなんだから」
そう言ったソニアは笑っていない。ノーマンは少しの間ソニアを見下ろして押し黙った。それから、吐き捨てるように言葉を返す。
「リーダーもな」
「あたしと皇子じゃ、人の期待値が違うだろ。みんな最初にあたしのこと見たら、こんなちっちゃい女に何が出来るんだ、とか、見た目だけで低い評価から始まるんだもん。でも皇子は、ゼノビア皇子ってだけで、なんの根拠もない高い評価からだから苦労してるんだと思うよ。でも、剣の腕とかは、ノーマンと戦ってもノーマンの方がヤバイんじゃないかなぁ」
「本当か」
「うん。ただ護られていただけのお坊ちゃんじゃないよ。じゃーな」
ソニアはそういうと、ノーマンの前に歩いていた中堅どころの兵士にさっさと声をかけた。
最近朝の鍛錬に顔を出すようになった兵士に、前より自分は鍛錬に参加出来ないことが増えたが後輩の様子などを見てやってくれ、などと話をしている。
それへ興味がないのか、カノープスはノーマンにこそこそと話しかけた。
「お前、実はソニアのこと、嫌いじゃないんだな」
「なっに、言って……」
「まっ、お前がソニアと喧嘩してるのは見てる分は楽しいから、いくらでもやって欲しいけどな」
「見世物じゃねーんだぞ!」
「お前本当に馬鹿だな。喧嘩ってのは、見世物だろ」
にやにやとカノープスがそう言ってノーマンを苛立たせている間に、ソニアはケルベロスに乗って更に前に進んでしまっている。
カノープスを呼ぶソニアの声が響き、にやにや笑ったままカノープスは早足でその場を離れていった。
 
 
「あーー、疲れたなぁー」
午後、太陽が真上に来ている頃、人の手がまったく入っていない草原でいっときの休憩をとることになった。
ソニアは無防備に草原に寝転がった。ケルベロスはソニアからの合図を受けて、自分の役目が終わったとばかりに仲間達の元へと歩いていく。
反乱軍にはソニアお気に入りのコカトリス、ソニアお気に入りのケルベロスが二体いて、いくらか気位が高いケルベロスで他の者に簡単に背中を預けないのだが、ソニア相手はもういつものこと、とばかりに慣れている。とはいえ、それはソニアが操っているわけではなく、ギルバルドからの命令を受けての行動なのはもちろんのことだ。
「お前のきまぐれのせいで、休憩後も完全に同じ順番で歩けとか、みんな面倒くさがってっぞ!」
「えー、いつもだって、大体誰がどの辺で、っていうのは一日の間にそうそう変わらなかったんだから、それがちょっとだけ細かくなった程度じゃないか……カノープス、水」
「おっまえ。いつか毒いれてやる」
「やめとけ。あたしがそんないたずらで死んだら、カノープス泣いちゃうだろ」
「バッ……」
みな、各自が持っている水筒の栓をとって、口に水を含む。大体がゼノビア近くで栽培されている植物の実で作られたものだが、中には茎が木の様に硬くなる植物を使っているものを愛用している者もいる。
ソニアは面倒くさがって寝転がったまま、隣で座っているカノープスの腰にある水筒に手を伸ばした。
ウォーレンが見ていたら、反乱軍リーダーともあろう者が他人の水に口をつけるなど危険なことを、と怒るだろう。

もちろん、それはカノープスを信頼していない、ということではない。
「ソニア殿!休む前に!」
「あー、来た来た」
ソニアはカノープスを見上げて、苦笑いを浮かべた。
彼女を呼んでいるのはランスロットだ。
「レイモンドを中心として、野営地を整えてくれていると報告があった。それから、ライの海方面の話を、ノーマが持ってきたようだ」
「そうか」
レイモンドはワイアームとコカトリスを率いたガストンと、まだ経験がいくらか足りないビーストテイマー、その他野営地を確保するための部隊に指示を出し、ソニア達より先行して進んでいるのだ。
レイモンド自身は指導力に優れているわけでもないが、荷運びのために借り出されているガストンは部隊長としてもそこそこの働きを見せているし、不思議とレイモンドからも信頼されているので、野営地確保にはこの組み合わせが最近は多い。その間、ノーマンがなんらかのいさかいを起こしそうになることもしばしばあるのだが、これまでは一応難を逃れているし、さすがにノーマンも今はその喧嘩っ早さを自制しなければいけないとわかっている。
ことがうまく運んでいるという報告は普段はソニアに直接入ってくるが、行軍中どの位置にいるのかわからない彼女を、遠距離を飛んできた伝令役に探せというのは酷だろう。手っ取り早くトリスタンのところに先に報告が行ったことも当然と言える。
「話が終わればいくらか休むことが出来るから、もう少しだけ付き合ってくれないだろうか」
ランスロットは申し訳なさそうにいうが、実際は彼がそのような態度をとる必要はない。
ただ、彼はソニアの我侭からのことでも、行軍中に一人ずつ話かけるという行為が相当に疲れると知っているのだ。
「すごい譲歩だなぁ、その言い方。はは、行って来る」
カノープスに笑いかけながらソニアは起き上がって、ランスロットの後ろについて歩いていく。
草原に腰を下ろしながら、カノープスはソニアの後姿を見つめ、僅かに首を傾げた。
「……?」
感じた違和感の原因は、わかっている。
懐かしい、と彼は感じたのだ。
カノープスが反乱軍に身を投じて、そう長い時間を待たずとも、ソニアが「普通の軍のトップ」らしい人間ではないと彼は理解をした。
ランスロットやウォーレンから口うるさくあれをやれこれをやれ、と言われ、それを嫌っていたソニアを、カノープスは覚えている。
(あの頃、みたいだったんだ。さっきのソニアが)
彼を見上げて、ランスロットを煙たがるような苦笑まじりの笑み。
それが、懐かしいと思えた。
懐かしく思うということは、最近はそういう風を見せないということだ。
ソニアは相当に反乱軍リーダーとしての心がけに従い、なかなか「それらしい」体裁を整えられるようになったし、ランスロットに関しては特に、今は「トリスタンが仲間になったから、ありがたいはありがたいのだろうが、苦労もあるんだろう」なんてことを言うほどに、彼を擁護するような見方をしている。
だから、なんとなく違和感を感じたのだ。
(ま、いいか。誰だって、休みたくて横になったときに呼ばれりゃ、いい思いはしないもんな)
カノープスは自分が感じた、よくわからないその違和感について、それ以上は深く考えずに大きくのびをした。
実際、彼も十分に疲れていて、今日はもうソニアに付き合いたくないくらいだったのだ。これ以上、あの我侭娘のことを考えることもない、と彼が思ったとしても、なんの不思議もないだろう。
 
 
ソニアとトリスタン、ウォーレンにランスロット、そして、数名の部隊長達が草原の一角で円になって話し合いを始めた。
知らぬ者が見れば、老若男女入り乱れてのピクニックとでも見える、いくらかのどかなその光景。
だが、彼らは物騒な話題を話していたし、日の高いうちに野営地へ辿り着かなければいけないため、その話し合いも呑気にしていられる場合ではなかった。
改めて、地図を広げて野営地の確認と、出発時から進んだ距離を測って、おおよその時刻の再確認。
空を見て天気について話し合い、若干歩く速度が遅れても十分に野営地には辿り着けると判断したが、そのことは他兵士達には知らされない。安心をして歩みを緩められることも困るからだ。
そして、最後に、マーメイドのノーマからの定例報告が来たことを、ウォーレンが伝える。
彼らがこれから攻め入ろうとしているアラムートの城砦の北には、ライの海、最後の楽園と呼ばれる場所がある。
帝国中枢に入り込むには、西のダルムード砂漠を越えるか、あるいはライの海を経るかのどちらかを選ぶことを迫られる。
砂漠は砂により人々の歩みも遅れるが、完全に陸を行くルートだ。街道などが当然ないため、自由な行路で進んでいくことが出来る上に待ち伏せなどをされにくいことは長所だが、渡るためにそれなりの装備を準備しなければいけないことと、砂嵐などの危険が伴う。
ライの海を経るには、まず陸路の途中途中を阻む山岳地域を抜け、海に続くあちらこちらの川を渡らなければいけないため、橋を使う場合は相当行路が限られてしまう。山岳地帯は待ち伏せをされやすい地形であること、反乱軍は水辺の戦闘をそう得意としないため、海沿い川沿いでも色々な意味で地の利がないことは明らかだ。
一長一短のこの二つのルートだが、反乱軍は砂漠を行くことを選んだ。
もともとそう考えてもいたのだが、仲間になったばかりのデボネアと、ラウニィーが口をそろえて「砂漠の方が進軍しやすいのではなく、ライの海に足を伸ばさないということが大事なのだ」と助言をしたことが、最終決断のひきがねとなったのだ。
ライの海からアラムートの城砦にかけては、海賊があちらこちらにいるという話も聞いていたが、問題はそこではない。
なんといっても、ライの海は『最後の楽園と呼ばれるほどの自然が溢れた美しい場所。
そこで戦をする、という行為は、たとえ町の解放をしても非難されやすいだろうという話だ。陸地の面積に対して教会の数も多いため、余計にその傾向があるらしい。
もっと完全に「ここで戦をしなければいけない」という理由がなければ、あまり足を踏み入れないほうが良いのでは、という意見が出ても仕方がないことだ。
実際、その話を聞いてウォーレンとトリスタンは『ゼノビア復興の時に遺恨を残すような戦い方はあまりしたくない』と同意見であり、ソニアはそれを尊重した。
「しかし、そこを治めているランドルス枢機卿という人物は、神の名の下で民衆から金を巻き上げているという話」
その情報を持ってきたのは、影ながら海や川が多い地域では反乱軍を支えてくれているマーメイドのシーマだ。
ランドルス枢機卿という人物のことを、デボネアもラウニィーも、そしてノルンも、よく思っていないということはあからさまだった。
しかし、だからといって反乱軍の目的は「悪いやつを退治する」というものではないため、それだけではライの海から帝国領に入ることへの確固たる理由付けにはならない。
反乱軍からすれば、ライの海付近には足を踏み入れず、帝国中枢部でガレス、エンドラ、ラシュディ達を打ち破って台頭することで、その枢機卿を退かせる、という形が一番面倒がないのだ。
「マーメイド、実は見たことがないんだよね」
と言うのはトリスタンだ。
それは確かにそうだろう。
マーメイドはどこにでも生息しているわけではないし、報告はマーメイド本人からの報告ではなく、あくまでも伝言としてやってくる。
ノーマは他の仲間と共に、反乱軍の移動に合わせて海を泳いでいるけれど、時には相当の内陸での戦いで、かなり長い間任務らしい任務がないときもある。
しかし、実はノーマからの報告は、つい内陸のことにしか目を向けない彼らにとって、思いもよらないことも多く、ウォーレンは特に情報源として重宝しているらしい。
海沿いの町は、都から遠ざかっている僻地が多い。
また、海や川に囲まれた土地は、その土地特有の風習やものの考え方が発達することが多い。
そういった各地の情報を得られることは、時に進軍の手助けにもなるのだ。
マーメイドははっきりとしたテリトリーは持っていない。
自分が住みやすい場所が、自分のテリトリーだ。
それで言えば、ノーマが移動をしている場所は、どこもかしこも、もともとの居住区であるカストラート海に比べれば過ごしにくいに決まっている。
それでも、共にいる仲間数名やオクトパスとで小規模ながら彼女達のコミュニティが確立している今ならば、それもそう大きな障害ではないだろう、とソニアは思っている。
だから、反乱軍としては別働隊として動いてもらうことにしているのだ。
「マーメイドは、すっごい綺麗ですよ。特にね、髪の色が」
ソニアはそういってから、ランスロットに「なっ」と同意を得ようと声をかけた。
が、ランスロットはほかの事を考えていたのか「ん?あ、ああ」と、中途半端な言葉を返す。
ウォーレンが
「今は離れた場所からのサポートに徹してくれていますが、この戦が終われば、きっとマーメイド達は皇子への謁見を申し出ることでしょうし、必ず会えることでしょうぞ」
と言う。
それは多分正しい、とソニアも頷いた。
「カストラート海に戻って、エリザベートに会いに行かないといけないんだよなー」
ぼそりと呟いて、手袋をはずすソニア。
はずした手袋の下から出てきた指には、少しばかりゆるい指輪がはめられていた。
「……!」
「ん?なんだ?ランスロット」
「それは……その指に、はめていたかな?」
「あー、うん、違うんだけど、ゆるくなったからこっちの指に」
「……そうか」
ソニアは、その指輪をじっと見て、少しだけ何かを考えているような素振りを見せた。が、そそくさともう一度手袋をはめ直しながら
「でも、アラムート城砦では、マーメイドよりも余程めずらしい種族がいるんだろう?」
とウォーレンに尋ねた。
「種族、ではないがの。噂では、アラムート城砦を護っているのはジャイアントと人間のハーフというから、珍しいは珍しいだろう」
「この軍にはジャイアントがいないから、なんか結構怖い巨人、っていう印象しかないんだけど」
ソニアがそう言うと、サラディンがたしなめるように、しかし、穏やかに説明をする。
「ジャイアント達は、そう気性が荒いわけではない。人間とのハーフは相当に珍しいと思うが、人間との間に愛情が生まれてもおかしくはないほど、本来は純朴で穏やかな種族だ。知能は決して高くはないが、意志の疎通には困らぬほどだからそう我々と大差はない」
「そうなんだ。ヘンドリクセンが雇えるんだよね?」
それへはランスロットが説明を返した。
基本的に反乱軍は入軍希望者を加入させる形をとっているが、必要とあれば時には傭兵などの斡旋所に赴くこともある。
斡旋所に赴いた時に、誰もがどんな兵種の兵士を雇えるわけではない。
雇われる側も、自分の特性を生かすことが出来る主を選びたいだろうから、それはそう不思議なことでもない。
「ウィザードとゴエティックが雇用可能ではあるが、この軍にはテリーが連れてきたタロスがいたからな。耐久力が高いから補充をしようかと思った頃に、スルスト様とフェンリル様がそれぞれドラゴンを連れてきてくれたので、結局雇わずじまいだったな」
「そうか。あんまりジャイアントのことをわからないで戦うのも不安だが、まあ、なんとかなるだろう」
ソニアはそういって笑うと、その場の面々をぐるりと見て、会の終了を言い渡した。
「では、予定通り、このままのペースで野営地に向かおう。出発の合図は空を見てウォーレンに任せた。ギルバルド、また一体借りるぞ」
「ああ、交代させてやってくれれば、問題ない。今日一日はソニアの言うことをおとなしく聞くだろう」
「申し訳ないな」
「本当にそう思っているのやら」
「なんだ、人聞きが悪いな、ギルバルド」
ソニアは笑って立ち上がると、尻についた雑草を軽く払って、すぐさま歩き出す。
今度はその背中をランスロットがじっと見ていたのだが、当然彼女はまったく気付かずに歩いて行ってしまった。
 
 
再び進軍を始めて『あいさつ回り』を開始したソニアだが、は、と突然問題に気づいた。
(しまったな。ゾックとも、話さなくちゃいけないか)
進軍時は、ある程度の人数ずつに分断をして距離をとっている。今、ソニアが声をかけている一群の前に進んでいる塊の後ろのほうには、ゾックがいるはずだ。
ゾックがソニアに想いを寄せていることを打ち明けられたのは、永久凍土。
その後、ソニアはシャングリラにすぐに赴いたため、それ以降の接点はなかった。
(いや、ヘンドリクセンが、ゾックにあれこれ話して聞いてくれていたし。いや、でもそれはみなの前で言うと、ゾックは多分嫌がる)
ソニアは知っている。
ゾックが本当は冷静な観察眼を持ち、他者が思っているよりもずっとずっと、人一倍情報量があることを。また、迂闊な推測だけでそれを口にしないことを。
そして、そうであることを、他者に知られたくないのだろうということ。
だから、あまり表だって「あれは助かった」だとか「頼りにしている」といった言葉を、一前でソニアが発さない方が良いのだ。
(まったく、考えていなかった)
と、ソニアが気に病みだした頃に出くわしたのは、デボネアだ。
シャングリラでデボネアを仲間にして以来、ソニアはあれやこれやと彼から聞きだそうと何度も話をしていたので、今更声をかけるほどのことはない。
しかし、地上で待っていた他の兵士達はそんなやりとりはほとんど知らないだろうし、シャングリラからソニアが戻ってきたら、何やら帝国の将軍を連れてきた……と、彼に対して不信を抱く者がいるのも自然なことだ。
それに、少しでも役立たばいいな、とソニアはデボネアに声をかけた。
「デボネア」
「ああ、お役目、なかなかに気疲れすることだろう。お疲れ様。ケルベロスも、カノープスも」
デボネアは、ソニアとの立場の距離感をどの程度にしてよいかと、今はまだ手探りで探っているところだ。
一度はまるで対等の立場のように向かい合って剣を合わせた相手。
反乱軍に下り、そのリーダーだからといって、完全な敬語を使うには彼も彼で抵抗があるに違いない。
ソニアは呑気なもので、周囲と違ってその辺のことにうるさくない。
彼としては「どう振舞ってよいやら」と相当に悩んでいるのだが、このリーダーは「デボネアが楽なように」と放りっぱなしでいささか困っている。
ノルンは完全にソニアを敬う口調で話しているが、ラウニィーはというと、何故反乱軍リーダーと完全に対等なんだ、と思えるように、いや、まるで友達なのでは、と勘違いするような口調で、デボネアにとってなんの参考にもならないのだ。
仕方なく、彼は敵対していた時と変わらぬ口調で話そうと思ったが、そもそも敵対していた間だって個人的に言葉を交わす機会はたかだか知れていた。
結果的に彼は今でも手探りであり、どちらかというと、まるで対等な将軍同士であるかのように話しかけることになってしまうのだ。
「デボネアも。体の調子は良さそうだな?」
「ああ。早い手当をしていただいて、本当に助かった。改めて礼を言おう。ありがとう」
「うん」
ソニアは余計な謙遜はせず、素直にそれは頷く。
「地上に戻ってきて、こうやって移動を始めて思ったのだが」
「ん?」
「この軍は、野営の手配が早いな」
「そうか?」
「うむ。朝、先に出たとしても、進軍の速度を確認して手配をするのは、手慣れた者でもなかなか苦労するだろうに、確保の報告が来る時刻が早すぎる」
ソニアは少し考え込んでから答える。
「大体こんな……規模が違うからじゃないか?帝国軍の遠征となれば、もっと人数がいたんだろうし。それに、これでも人数が増えた方だが、我々はシャロームから延々西に進んできたから、それのせいかも」
「ああ、そうかもしれない。もともとの帝国領を横断する以上の距離だろうし。それほどの長距離の遠征は、帝国ではそうそうないだろうから」
「だろうね。あ、でも、うちの斥候役は確かに優秀でね。それのせいもある。デボネアが褒めていたと、伝えておくよ」
「そうしてくれるかな。本当に驚いているのでね」
そのデボネアの受け答えに、隣で聞いていたカノープスは内心で『さすがだな』と呟いた。
トリスタンもそういうところがあるけれど、デボネアも『誰かを褒める』ことに抵抗がないのだろう。
もちろん、言わない方が良いこと、言わない方がいい相手というものもあるが、今のようにソニアが判断をしたことに対して、それを素直に受け入れるのは彼の長所だ。
「そういや、デボネアは部隊にはっきりとまだ所属してないんだから、進軍中どの位置にいてもいいのに。ノルンと一緒にいなくていいのか」
「ソニア」
デボネアは静かにソニアの名を呼んだだけで、彼がそれ以上の説明をする前に、カノープスがソニアの頭を小突く。
「阿呆。同じ立場だって、オーロラとビクターは一緒に進軍しねーぞ」
「うーん、わかってるよ、わかってるんだけど」
「ソニア、気にしてくれてありがとう。が、大丈夫なんだ。この環境では、帝国にいたときよりもずっとノルンと近しい場所で日々生活を送ることが出来ている。これ以上、共にいる時間を増やす必要がないほどに」
「そうか」
「みな、そうだと思う。ここまでの長距離移動をしながら戦を続ければ、まるでひとつの村の中で暮らしているように、日々そこにその人々がいるのが当たり前になるのだろう。帝国では我らの立場は各々違い、そして大きな責任がお互いと離れた場所にあった。それを思えば、朝起きれば目の届く範囲に彼女がいて、夜眠りにつくまでに、ちょっと足を伸ばせば彼女の会えるなど、夢のようだ」
ソニアはそのデボネアの言葉を聞いて、一瞬目を見開き、言葉を失った。
まっすぐな彼女の視線を受けて、デボネアは少し身じろぎしたが、そこはさすがにソニアよりも長く生きているだけはある。軽く苦笑を見せて
「そのように、彼女が思ってくれているのかは、わからないけれどね」
と付け足した。
その言葉で、ソニアははっと我に返ったようにまばたきをして
「そっか。うん。そうだよね。アレだなぁー、確かにあたしも、一生カノープスに我侭言い続けられるわけじゃないしな」
「俺のことかよ!!」
あはは、と明るく笑って、ソニアはデボネアに「じゃあ、また」と告げて、彼の前を歩いていた中堅どころの兵士数名に声をかけた。それで、この一塊の声がけは終わる。
「よし、行くか」
デボネアを含む一群から抜け、更に前を歩く集団に向かってケルベロスに乗ってソニアは移動を始めた。
人の足であれば、早足で歩けばほどなくして追いつく距離。ケルベロスがゆうゆうと歩いても、追いつくのに時間はそうかからない。
その間、カノープスは人の悪そうな笑みを浮かべて、雑談をソニアに持ちかける。
「デボネアはああ言ってはいるけど」
「ん?」
「ノルンの方は、やきもきしてるだろうよ。デボネア、何気にいいツラしてるから、女共はこそこそ噂とかしてるぜー」
「いいツラ?ああ、顔か?」
「おう」
ソニアはどうもぴんとこないのか、眉根を寄せて何かを考えるような表情を見せて、それからケルベロスにまたがったまま軽く振り返った。
もちろん振り返っても、既にデボネアの顔がぼやける程度には距離が離れているのだが。
「あー。そういわれればそうかな?」
「うわ、反応薄いな、お前。まあ、お前が面食いじゃないことはしってっけど」
「あたしが?そういう話、カノープスにしたことがあったか?」
「ないからだ。お前、女は可愛いだの綺麗だの褒めちぎるくせに、男の顔のこととか、なーーんも言わないもんな」
「だって、男の顔がよくても、別にうらやましくないし」
「そこか!?」
カノープスはげらげらと笑い出した。が、当のソニアは実はそれどころではなく、目前に迫ってきているゾックの後姿を見て、動揺を隠すのが精一杯だ。
そうこうしているうちに、ついい、前の集団についに追いついてしまう。
「おーっす、ロディ、元気か?」
「なんでカノープスさんが先に声をかけるんですか!たまには、わたしもソニア様とお話したいと、待っていたのに!」
集団のしんがりにいたのは、有翼人のロディだ。
一時期は斥候役としてあちらこちらに派遣をされていたが、今はその職をキャスパーやスチーブに任せることも増え、人の顔をおぼえることが得意なことから、陣営内の伝達役として重宝されている。今日はその職も後輩に譲り、のんびりとアイーダ隊の傍で歩いている。が、一塊の集団のしんがりにいるということは、いつでも伝令に出るつもりの態勢であるということだ。
「お前、最近戦に出ないし遠距離飛ぶことが減ってるからって、トレーニングさぼってんなよ。知ってるんだからな」
「さぼってないですよ!人聞きの悪い!わたしだって自分が思うように飛べないのは嫌ですからね!」
有翼人は気ままな気質を持つと言われるが、ロディはその中ではかなり生真面目な方だ。それはソニアも知っている。
ソニアが話をしたい、と思っているよりも、どうやらカノープスの方がロディに絡みたくて仕方がないといった風だったので、ソニアはほっと胸をなでおろした。
カノープスがロディに絡んでいる間に、近くにいるゾックと話を終わらせてしまおうという魂胆だ。
楽しそうに戯れるカノープスを放って前を見ると、特徴的な銀髪が視界に入る。
(思い出したくない。今は、思い出しては、駄目だ)
そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、永久凍土で交わした会話がソニアの脳裏からよみがえる。
 
もしも、あなたが反乱軍リーダーでなくなった時に。わたしで、何か力になれるならば、迷わず呼んでください
いつでも、あなたのために出来る限りの力を尽くします
 
反乱軍にいて。
自分が反乱軍リーダーではなくなった時のことを、誰かが考えてくれたことがあるのだと、それだけでも深く心に染み入ったのに。
彼のその言葉は、穏やかだったけれど、熱い告白だ。
 
『勘弁してくれ。ゾック
 
そんなに、あたしのことを想うな
 
『勘違いをしてしまうぞ。そういうことは、なんていうんだ・・・剣を捧げる主っていうのか。それに言うか、一人の女性に言うべきことだ
 
防衛線を張ったつもりだった。
気付いていないことを気づかないふりをしたくて、出来ればゾックにも、まだそれを口に出して欲しくなくて。
なのに、彼はソニアが無理矢理作ったあやうい壁を、あっさりと崩す一言を発してしまったのだ。
 
 
それが、あなたであっては、駄目なのですか
 
 
「ゾック」
思い切って声をかけるソニア。
それへ振り返ったゾックは、いつもと変わらず感情があまり出ない表情で
「ソニア様。今更ですが、お疲れ様です。戻ってきてくださって、安心しました」
と、そつのない言葉を返す。
「ああ。編成、変えたが、次の戦はオハラ隊から抜けたままで良いんだろう?」
「はい。オハラからの恩恵を失った状態での調子を見たいので」
「うん。わかった。その辺は、ゾックの思うように任せる。プリンセスの力を体感してるのは数人だけだから、あたしがどうこう言える立場ではないし。必要とあればヘンドリクセンに相談してくれて構わないから」
「はい。ありがとうございます」
ゾックは軽く頭を下げた。
何事もなかったように、ソニアはそれへ軽く挨拶を返し、会話を終える。
お互い社交辞令のようなものだとわかっている。心を乱したくなくて、穏便に済ませたくて選んだ話題に、穏便い済ませようとする返事を受けただけのこと。
が、ソニアの心中はまったくもって穏やかではなかった。
(デボネアのせいだ)
そう思うのは八つ当たりだ。
けれど、ソニアは他の兵士と話しつつも、近くにいるゾックをつい意識をしてしまっていたし、デボネアの言葉をちらりと思い出してもいた。
 
ここまでの長距離移動をしながら戦を続ければ、まるでひとつの村の中で暮らしているように、日々そこにその人々がいるのが当たり前になるのだろう―
 
そうだ。当たり前だと思っている。みんな。
いつか戦が終わるとはわかっていながら、その後、こうやって一緒にいる人々がどうなるのか、誰がその時自分の傍にいるのか、誰と生涯を分かつ別離をするのか、それは漠然としていて、何を考えてもみなぴんとこないだろう。
ふるさとがあるものは、ふるさとに帰ろう。その程度にしか思っていないに決まっている。
けれど。
その当たり前の生活の中で、ゾックは戦を終えた後のソニアのことを既に思ってもいて。
他の人間に言えば「気が早い」と言われることだろうが、ソニアにとってはそれはまったく早くないのだ。
だって、彼女はいつだって、自分が反乱軍リーダーでなくなるときがくると思っていたのだ。
彼女をリーダー足る者と仕立て上げている特別な力はもともと備わっていたものではない。それはある意味では付け焼刃で、いつ失うかもわからない力で、永久凍土でミザールと話すまで、ずっとそれへの不信や恐れを感じていたのだから。
そして、今はトリスタン皇子がここにいて、ソニアさえその気になればいつだって彼に反乱軍を委ねることが出来てしまうのだし。
だから。
 
 
忘れてください。わたしごときが口に出してはいけない言葉でした
 
 
そんな言葉を彼に言わせてしまったことを、ソニアは深く申し訳ないと思い、けれど、今はまだどうすれば良いのか、どうにも答えが出ないのだった。

 
 

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