騎士の驕り-4-

タロスは人形とはいえ、命が宿るもの。
ジェミニ兄弟のジェミニアタックとかいうやたらと強力な攻撃から仲間を守ったタロスは、その一撃を受けきることが出来なかった。
回復役も担っていたのはビクターであったが、その強烈な一打にはヒーリングを使う暇もなかったのだ。
結果、オハラの部隊はタロスを教会で蘇生するために、一旦城前から退かざるを得なくなり、空かさずジェミニ兄弟に戦いを挑んだのはスルストの部隊。
ジェミニ兄弟は既に消耗をしており―オハラの魔法によるところが大きい―、特に前衛を務めている兄のカストルは回復する間もなくそれを向かい討つこととなった。
そして、スルスト達は効率よくカストルに集中攻撃を浴びせかけ、ソニアや他の部隊の力を借りることなく、あっさりとカストルを倒したのだった。
 
 
「いつの間にあんなものを用意しておいたの」
呆れ顔のラウニィーに、ソニアは肩をすくめて見せた。
「ウォーレンに声をかけたら、半刻で持ってきてくれたよ。どこからどう調達したのかは、あたしにはわからないけど」
ラウニィーが言う『あんなもの』は、ポルックスの動きを封じるための手枷足枷のことを指している。
カストルとポルックスは、ジャイアントと人間のハーフであるから、その体つきは通常の人間サイズより大分大きい。
手足を縄で縛るというのも当たり前の手段ではあったけれど、彼らの腕力がどの程度かもわからない。
何かのために一応、とソニアがウォーレンに相談をしたところ、あっけなくウォーレンはどこからか彼らにぴったりのサイズの手枷と足枷を用意してくれたのだ。
それは大きさのみならず、強度の点でも間違いのないもので、聞けば『ジャイアントの、少し大きな子供用』と驚くべき答えが返ってきた。
ソニアが眉根を潜めて『子供にこんなもの使うのか』と聞けば、ウォーレンは『我々も、罪を犯した子供を牢にいれることや暴れぬように枷をつける時があるだろうに。それと同じ』と答える。
が、多分それは口先だけのことではないかとソニアは思っている。
本当はどこかで子供のジャイアントが売買されてるのではないか、とちらりと思ったが、あえてそのことは追求しなかった。
ソニア自身、ジャイアントについてまったく知識がないのだし、追求したとしてウォーレンが直接その枷を使用する立場にあるわけでもないからだ。
経緯がわからなくとも、この世界にはジャイアント用の手枷足枷があり、それの子供用はハーフであるジェミニ兄弟に使うに調度良い具合であることには間違いがない。
城門前の戦いの後、スルストは意識を失ったカストルに剣を向けた状態で、ポルックスに投降を促した。
ポルックスは初めこそ『兄者をどうするつもりだ!』だの『脅そうというのか!』だとか『我らが命を惜しむと思っておるのか!』と叫んでいたが、弱っていくカストルの様子を見て、ついにはその場にどっかり座り込んだ。
「煮るなり焼くなり好きにしろ!我等は負けたのだ!」
「別に、煮たくも焼きたくもありまセーン。とりあえず、一時的に捕らえさせていただきマスネ?」
「後で処刑をするつもりか。我らを晒し者にするつもりなのか!」
「ラウニィーサン、こっちの人を回復してあげてください」
「キュアリーフしかないけれど」
「それで十分デスヨ。元気になられても困りマース。ゾックサン、拘束を」
「はい」
スルストの指示に従って、ラウニィーはカストルにキュアリーフを使った。回復薬としては物足りないものだが、今のカストルの命を繋ぎ止めるには問題がない。元気になり過ぎても困るというのが、反乱軍側の言い分に違いない。
ゾックは彼には珍しく一瞬躊躇の表情を見せたが、ポルックスに近づいてソニアから預かってきた手枷と足枷をはめる。
ラウニィーがキュアリーフを使ったことで、弱弱しかったカストルの呼吸が落ち着き、血色も戻ってきた。
傷を塞ぐほどの威力はそのアイテムにはないけれど、明らかな変化にポルックスも気付いたようで、自由を奪われながらも彼は身を乗り出す。
「兄者を助けてくれるつもりなのか」
「反乱軍は、土地を帝国の支配から解放しているところデース。それは、その土地を治めていた領主達を殺す、ということと同義ではないのデスヨ?もちろん中には、最後まで抵抗する者もいますし、許されないことをしている者もそれなりにはいますから、殺す場合もありマスネ。あなた方の処遇は、あなた方と相談したいとうちのリーダーが言い出して。困った人デス」
本気で困っているわけではないが、スルストはわざとらしく大きな手振りで両手の平を上に向けてみせた。
ポルックスは何を勘違いしたか、顔を真っ赤にして吼える。
「うぬう、卑怯なり、反乱軍!しかし、どんなに懇願されても、奥義を教えるわけにはいかぬ!」
「は?」
眉間に皺を寄せ、美しい顔を曇らせるラウニィー。ゾックもまた、ポルックスの言葉の意味を理解しきれず、ぴくりと眉を動かす。
「奥義って、何の話よ」
「金を積まれようが、地位を与えられようが、我らのジェミニアタックはお前達には教えぬぞ!確かに、我らの華麗な技のその威力たるやすさまじく、お前達に評価されることは当然のこと。しかし、ジェミニアタックは、あくまでもわれ等の修行の賜物であり、おいそれと習得させるわけには、いや、そもそもお前達が習得できるようなものではない。鍛え抜かれたわれ等の体躯であるからこそ繰り出せる技であり……」
ポルックスの熱弁はまだまだ続いたが、それをまともに取り合うものは一人としていない。
ゾックは伝令代わりにその場から離れたし、スルストはまったく興味がなさそうに鼻歌を歌っている。
そしてラウニィーはといえば
「スペシャル馬鹿だわ……帝国の玄関と呼ばれるアラムートを守ってるのが、こんなスペシャル馬鹿だったなんて、失望よ……」
と呟き、深い溜息をついたのだった。
 
 
「わあ、大きい!」
端的な感想を率直に口にするのは、もちろんソニア。
ゾックから報告を受けたソニアは、トリスタンとランスロットと、そして護衛役としてアイーシャ隊を伴ってやってきた。
もちろん、それとは別に、アラムート砦内の探索と残兵処理の部隊があり、そちらは城門前に拘束されてるポルックスをどかして、とっくに砦内にどかどかと入っている。投降を促したり捕らえるため、そちらにほとんどの兵が流れ、アッシュを中心としてアイーダ隊やヘンドリクセン隊が慎重に事を運んでいるに違いない。
そてにしても、のこのことソニアとトリスタンの二人が共に本陣を離れて完全に安全を確保されたわけではない地に足を運ぶことは稀、と言えよう。
実のところ、必ずソニアが来なければいけないわけでもなかったし、ソニアが来るならばトリスタンは来る必要もない状況なのだが、結局誰もかれも『ジャイアントと人間のハーフ』の姿を見たがっているというわけだ。
「あれ、スルスト様、そっちの倒れてる方は?」
「ええ、人質代わりにネ。というのも、ちょーーーっと手元が狂って、思いのほか死んじゃいそうでしたのでネー!HAHAHA!」
「あ、回復できる人間がいないのか。アイーシャ、回復してやってくれ」
「はい」
「回復しちゃうの?」
ラウニィーが不安そうに問いかける。
ソニアは『んー』と軽く首をかしげてから
「倒された挙句に命を救った相手に、もう一度掴みかかってくるような人物なのかな?」
と誰へともなく言うと、手足の自由を奪われているポルックスがすぐさま反応して大声をあげた。
「うむ、確かにわれ等の負けは負け。兄者はわきまえのある人物であるぞ!たとえ不本意であろうとも、命を救ってくれた相手には感謝をするに決まっておろう!」
「アイーシャ」
「はい」
ソニアからもう一度名を呼ばれ、アイーシャはカストルの傍に膝をついた。
回復魔法を行使している間に、ソニアは城門前で枷をはめられ座り込んでいるポルックスに近寄った。
ランスロットはトリスタンに『これ以上は』と軽く制止の合図を送ってから、慌ててソニアを追う。
むしろ、回復後にすぐに暴れられては困るため、カストルの周囲にはスルスト、ゾック、ラウニィーが一時も目を離さずに控えている。
「反乱軍リーダーのソニアだ。今日から、アラムート砦は反乱軍が常駐し、帝国側とこちらの旧ゼノビア領地との行き来を管理させてもらう」
「ぬぬぬ……そのようなことを言われても、敗者であるわれらにはどうすることも出来ぬ……何故生かしておくのだ?小さきリーダーよ」
「そっちに比べればみんな小さいだろう!」
ポルックスの言い草に、ソニアは唇を軽く尖らせた。
しかし、それは仕方がない。
座り込んでいるポルックスの頭は、立っているソニアの肩を越すぐらいの大きさだ。
もともと普通の人間よりも大きいとは言え、ソニアと比較するとより一層その大きさが際立つのも事実。
「アラムート城砦を守るジェミニ兄弟の強さは噂で聞いたけれど、この近辺の民衆はそれ以外の評価をあなた達に特に下していない様子。ここいらの統治は野放しのようだが、あなた方にそもそもそれを期待している者はいないのだろうな」
「何を言っているかよくわからん。我ら兄弟は、このアラムート砦を守り、ハイランドに攻め入る者を撃退するためにここにいるのだ」
ソニアの傍らにいたランスロットが、ぼそりと『まったく……』と小さく呟いた。
それは珍しいことであるが、呟かざるを得ないこともソニアはわかっている。
アラムート城砦のあたりは怪しい商人や盗賊が暗躍、というには表立ちすぎているな、と思えるほどに動きを見せており、きっとそれは北部のライの海付近を荒らしている海賊盗賊と関連もあるのだろう。
マラノの都のように商人が集まる大都市は、治安を維持しつつ裏であれこれと商人達が動き回るものだが、この付近は違う。治安もよくもないし、マラノのような華やかさがない。都市解放をして帝国軍を追い払おうとしている反乱軍にまで、応援をするでもなく怪しい道具の取引をあちらこちらと持ちかけてくる者達もいた。
このまま放置しておけば、いずれは無法地帯になり、年貢徴収を受ける市民達が苦しむ未来は容易に想像出来る。
ハイランドとゼノビアの境界をこのような状況にしておくことは、ハイランド側にメリットがあるとは思えないけれど、それが現実。
それは、今の帝国が、民の統治に関してあまり興味がないのでは、と思わせるに十分な状況だ。
ある意味、統治などに期待をされていないジェミニ兄弟がここに配されたのは、なかなか悪くない人選なのだろう。
「ラシュディって、知ってる?」
「お前達の質問に答える義務があると思うか」
「本当は、あなたのお兄さんとやらに剣を向けて、人質扱いしてもよかったんだけど。それをやらないこちらの気持ちも、多少汲んでもらえるとありがたい。質問は三つぐらいしかないし、あなた達にとってはどれも大した意味がないと思うけど」
「ラシュディは知っている。いつだったか、やってきた」
ポルックスの答えはあっさりとしていた。
その物言いから、ラシュディに対して彼が特に興味がないことも窺える。
「カオスゲートって、知ってる?」
「知らん。なんだそれは」
「ラシュディは、ここに長く滞在していたの?」
「来たと思ったら、兵を引き連れて三日ほどいなくなっていた。その後戻ってきてから、飛行部隊を大量にハイランドからこちらへ連れてきたが、その後のことは知らぬ」
「なるほど」
ソニアはランスロットと目配せをした。それから、くすりと笑って
「それにしても、ぺらぺら話すな」
と言うと、ポルックスはまた激昂し
「話せというから話したやったのに、その言い草はなんだ!」
と、くってかかる。
すると、彼をたしなめる声が辺りに響いた。
「何を言っておるのだ、弟よ!我らは負けたのだ!敗者は勝者の前では屈するのみ。わきまえよ!」
「兄者!兄者、なんと、お元気そうで何よりだ!」
アイーシャのヒーリングで回復をした、兄カストルがポルックスを叱咤。それを受けてポルックスが、言うに事欠いて『お元気そうで何より』と来たものだ。
それまで我慢していたトリスタンとアイーシャは吹き出すし、ラウニィーは言葉がもうみつからない、とばかりにうんざりとした表情を見せる。
「うむ。ここな美しき女性が救ってくださったのだ。弟よ、お前からも礼を言ってくれるか!」
「それはもちろん!」
カストルの気がついたことによって双子の会話が始まると、ようやくラウニィーが告げていた『阿呆になったスルスト様』という表現を皆が理解をする。
兄カストルは手枷足枷をつけていなかったけれど、抵抗のひとつも見せずにアイーシャに礼をひとしきり述べた。
それへ、一緒に礼を言いたいのに足枷のせいで動けぬ、とポルックスは文句をいいつつも、兄に続いてなんだかよくわからない礼の言葉をがなりたてる。
「礼儀正しいは正しいんだな」
そのソニアの呟きを耳にして、
「馬鹿にされては困る。我等は無念なる敗者であれど、紳士であるのだ!」
「たとえ剣を使わずとも、エンドラ様への忠誠を誓う騎士と同等と思われい!負けを喫したからにはそれを大人しく認め、命を助けられれば感謝をする、その当たり前のことが出来ずして、胸を張って帝国の将と呼べるだろうか!いや、呼べまい!」
ついにソニアも口をへの字に曲げて辟易の表情を見せた。
「HAHAHA!ソニア!一言いってくだされば、もう一度口も利けぬほどわたしのザンジバルに切り刻んでもらいますヨー!?」
と煽るのはスルストだ。
あまり気付いている者はいなかったが、ソニアとランスロットは薄々感ずいている。珍しくスルストが苛立っているのだ。
これ以上ことを長引かせると、本当にスルストが痺れを切らして本気を出して二人を殺してしまうに違いない。
それはそれでソニアには何の問題もないのだが、負けを認める敗者を殺すほど悪趣味でもない。それに、ラシュディに関する情報は、量らずともソニアが『そういう内容が欲しかった』と思うようなことだったので、いくらか情けも出ようもの。
「ここはさっさと退いてもらおう。どちらにせよ、帝国軍の残りの兵士達は各都市から追い出したし、投降させた分は既に反乱軍が捕らえ、今後の処遇を検討しているところだ」
とソニアが言えば、ランスロットは難しい表情を見せる。
「退いてもらう、というのは曖昧だ。どこへなりと行けばよいと?それでは、反乱軍兵士も納得しないだろう」
「あー、まあ、そうだな……どうするか……とりあえず、今日のところは、どこかに監禁させてもらうか」
「明確な処分を考えていなかったのは、珍しいな。皇子と既に話し合っていたのかと」
「うん、そのつもりだったんだけど、色々考えることが多すぎて忘れてた。まいったな」
ソニアはあっさりとそう言い放ったが、ランスロットは彼女の横顔をじっと見つめる。
彼の視線に気付いて、ソニアは小首をかしげる様にしてランスロットを見上げた。
しかし、ランスロットは彼女と目を合わせる前にジェミニ兄弟に視線を走らせ
「彼らの体格で入れる牢があるか、砦の中を調べさせよう。それまでは数名で見張っておかないといけないな」
と言うと、その場を離れた。それは、砦の中を調べる人員を確保してくる、という意味だろう。
ソニアは彼の後姿をちらりと見ると、眉根を潜めた。
「ランスロットだって、珍しい」
ソニアの許可、いや、同意の合槌一つも得ないまま、勝手に持ち場を離れるとは。
そっとこめかみ付近に手をやって、とんとん、と軽く小突くソニア。
彼女のその癖は最近は見なくなったものだが、その意味を理解している者はこの場には一人もいなかった。
ゾックでさえも。
 
 
アラムート砦陥落後、ソニアは近場の都市に移動していた他部隊を召集した。
帝国軍の残兵をアラムート砦から追い出し終わったものの、投降者の処遇を決め、本陣を砦に移すために物資を運ばなければいけない。
その日のうちには終わらぬほどの残処理が山積みであるし、ダルムート砂漠側からの帝国軍の動きを警戒する必要があり、気を抜くことが出来ないのが現状だ。
このアラムート砦を反乱軍の手中に収めたのであれば、出来る限り早く本拠地にいるウォーレン達を合流させることが望ましい。
普段、大きな地域を解放する時は、本拠地からの全軍移動はすぐにはせず、各都市の解放後の様子を窺いつつ時期を見極めることが常だ。
しかし、今回に限ってはその必要がないようにソニアは感じ、すぐさまウォーレンに連絡をとった。
双子は実質の治権者ではなかったため、アラムート砦が落とされようと周辺の都市の動きは変わらない。ただ、帝国兵が町から追い出されたかどうかの違いだ。
実際、帝国兵は各都市にいても、悪徳商人やらなにやらの動きを監視しているわけでもなく、甘い蜜を吸うわけでもなく、『この都市は帝国の管理下にある』と主張するために存在していただけのようなもの。
そういう意味では、ジェミニ兄弟が『アラムート砦の主』であっても、この地方を治める者として認識されていないことと、民衆が認知していた帝国兵の役割というものは、あまり大差がないように思える。
「逃げた?」
さて、ソニアのもとにジェミニ兄弟が枷を壊してアラムート砦から逃亡した、という報告が入ったのは翌朝のことだった。
前日の疲れはどこへやら、早朝から兵士達の訓練に混じって体を温めているソニアのもとへ、慌てて見張り兵がかけつけた。
牢の前では二人の兵士が見張っており、何かあっても一人は必ず伝令として異変を伝えられるようにしていた。
聞けば、見張りの交代時間寸前に水を所望され、少し緊張が緩んだ彼らはいつもならば入り口で人を呼んで水をもってきてもらうところ、人通りの少ない早朝だから、という理由で、一人だけを置いて水を汲みにいったらしい。
戻ってきたら、牢の鉄格子は曲げられ、手枷、足枷も壊された挙句、残された見張り兵士は気絶をしていたという。
しかし、巨体が砦の中をうろうろしていては、いくら明け方といえど発見されるはず。
「どこかに抜け道があるな。砦の見取り図を入手しなきゃ。出て行く分にはかまわないが、外から内部に入られるのは厄介だし」
「申し訳ございません、一人にさせたのは自分の落ち度で……」
それに関しては、それ以上ソニアは気にする風でもなく
「ジャイアントの子供用、はちょっと舐めすぎだったか」
と答えたので、どれほどの咎めを受けるかと、それはもう焦りに焦って報告に来た見張り兵は、逆に苦々しく口端を下げたものだ。
実際、あの二人の処遇は、一晩経ってもソニアには決めかねていたのが正直なところ。
釈放するにも殺すにも面倒に思えたし、帝国との取引には使えないだろうし、かといって仲間になる見込みもなければあんな二人の手綱を握れるとも思えない。
言い方は悪いが、勝手に逃げてくれた方がありがたいとすら思える。
なにせ、ソニアは二人のことにかまう暇はなく、今日はカオスゲート探しに大忙しなのだ。
双子の話では、ラシュディがアラムートに来て、数日砦から出かけたという。
その後に飛行部隊を連れてきたということは、どう考えても大当たりだ。
やはりこの近辺にカオスゲートがある。
近くの都市の噂では、アラムート砦の南側付近で飛行部隊が空に飛び立ったのを見た者がいるという話だ。
ダルムード砂漠越えの前に、ソニアはカオスゲートを発見して、天空の三騎士の最後の一人、フォーゲルを仲間にしたいと思っていた。
それには彼女なりの事情があるのだが、未だそれを誰に言うわけでもない。
勿論、彼女個人の思惑とはまた別に、もしここにカオスゲートがあれば先日ランスロットに話した『カオスゲートが帝国側にあれば、戻ってくるのが楽だ』という期待は裏切られる。
いや、一概に裏切られたと言ってよいことなのか、それは今の時点では何とも言えない。
ともかく、どちらにせよカオスゲートは探さなければいけないし、確実な位置がわかっていない場合はブリュンヒルドを持ったソニアが探すことが一番早い。
砦の南側、という情報はありがたいものの、遠くから人が見た方角と距離感は、あてにならない場合もある。
その当てにならない情報を元に、今日は一日カオスゲート探しをするのがソニアの役目。
トリスタンとランスロットに残処理を任せ、ウォーレンが到着する前には戻りたい、とソニアは考えていた。
カオスゲート探しの手伝いは、ガストンとカノープスだ。
護衛には、交戦した時の回復役としてノルンを選んだ。
ガストンが操るコカトリスと共に飛ぶ必要があるため、護衛部隊はもう一頭のコカトリスに乗っていく。
ノルンの他に、ルーヴァンとトトが選ばれた。
トトはアッシュ隊に所属していることが多いパラディンで、いささかお調子者めいたところもあるがルーヴァンとは上手くやっているようだ。
ルーヴァンをわざわざ護衛部隊に含めたのは、それなりの理由がある。
一つは、ソニアが間違いなくブリュンヒルドの力を引き出せる唯一の人物であることを、その目で確かめさせれば良い、とトリスタンに言われたから。
そして、もう一つは、コカトリスの扱いをルーヴァンが大分上達したからだ。
ルーヴァンはトリスタン、いや、旧ゼノビア王家を妄信していると言っても過言ではない若者ゆえ、ソニアをいくらか軽んじる傾向がある。
ソニア自身は戦闘における彼の能力を高く評価していたし、自分のことを軽んじられても『あー、はいはい』ぐらいにしか思っていないのだが、離脱問題のおかげで軍の人間関係がいくらかナイーブになっている。それをトリスタンが気にしてのことなのだろう、とソニアは彼の提案を受け入れた。
(と、見せかけての、諜報員みたいな役割だったりして。別に、こそこそ報告されるようなこともしないけど)
ちらりとそんなことを思ったけれど、あえてそれをどうこうしようとソニアは思わない。
自分は自分がやるべきことを行う、それだけだ。
少なくともカオスゲートを探すのは自分でなければ出来ないことだし―正確に言えば、位置さえほぼ間違いなく把握しており、強大な魔力があれば発見出来るらしいが―それが終わるまでは多くは考えまい、とソニアは自らに言い聞かせた。
「ノルン、この前はありがとう。助かった。今日はよろしく」
「どういたしまして。少しはお役に立てたならば嬉しいのですが。こちらこそよろしくお願いいたします」
「ちょっと、話し慣れてなさそうな二人を選んで申し訳ない。大丈夫かな?」
「大丈夫ですわ。トトさんは、よく声をかけてくださってますのよ」
「あー……」
曖昧な声をあげるソニア。
確かに、今まで戦でトトとノルンが組んだことはないけれど、そういえばトトは女の子の声をかけるのが好きだと聞いたことがあるなぁ、と思い当たったのだ。
「それに、ルーヴァンさんは……帝国出身のわたしやラウニィー様に良い気はしてないみたいですが、法皇という地位に対しては敬意を払ってくださるようですね。わたしは自分が法皇に相応しい者だとは到底思えないのですが……こんなことを申し上げる心の弱さゆえ。でも、ルーヴァンさんのように、その地位がなければ話も出来なかったかもしれない人がいる、と思えば、それはありがたいことなのかもしれません」
ノルンの言葉に対して、ソニアはうまい返事が出来ず、ううむ、と唸った。
彼女が言っている意味はわかる。きっと自分もそれに近い立場なのだろうと思うから。
けれど、ノルンは己の職務に忠実であったし、法皇になるかどうかはともかく、そういうものを目指していたのだろうとよくわかる。
だから、それでいいような気がするが、ソニアは違う。
なんともやるせない気持ちが顔に出たか、ノルンは困ったように
「ソニア様、何か、気に障る事を言ってしまったでしょうか?」
と尋ねてきた。
「いや、そういうわけじゃないんだ。なんか色々と、すぐ自分のことと比較してどうこう、って考えるようになっちゃって。比較はよくない、とよく母さんが言っていた。競争心を煽る分には悪くもないが、内側へとこもるものだからって」
そう言ってソニアは深呼吸をする。
「わたしのことと、何か比較を?」
「んー。あたしももっと、反乱軍リーダーとかいう地位のことを、おおらかに見られたらいいのになぁ。ノルンみたいに、歓迎すべきところを素直に受け入れられたら、いいね」
「ソニア様……」
「ごめん。出かける前から愚痴だよ」
そう言うと、ソニアは明るく笑い飛ばそうとした。が、それはうまく出来ず、むしろ申し訳なさそうな表情をノルンに向ける。
「ごめん。謝るべきところは、そこじゃない。ノルンの言葉を鵜呑みにして、法皇であることでノルンが色んな苦しみも味わっただろうことを、一瞬遠くへ投げやってしまった。何かしらの地位についたことがある人間は、その地位についた人間にしかわからない苦渋があることを、あたしはもう知ってるのに」
「……ソニア様、いいえ」
ノルンは慌てて、ソニアの両手を取った。
準備途中で、まだ手袋をしていないソニアの手は、華奢なノルンの手の中でも明らかに女性の手で、剣を振るうには指も細い。
それへ一瞬ノルンは眼を落したが、そのことには触れずにソニアの瞳をまっすぐ見詰めた。
「ソニア様は、反乱軍リーダーであることの恩恵や、その立場からの喜びをよくご存じのはずとお見受けいたします。そういうことを見失わない稀有な方だと思っておりますのよ。ですから、それを差し引いても苦しみが凌駕している時は、人のことを心配するよりはご自身のことを大事にしてくださいませ」
「りょう、りょう?が?」
「上回っている時、という意味ですわ」
ノルンはわずかに微笑みを見せる。
その時、ノルンの背後にいささか能天気な様子でトトが近づいてきた。
まだ距離が離れているのに、ノルンさーん!今日はよろしくお願いしますね!』と声をかけてくる様子に、ソニアとノルンはくすりと笑ってしまう。トトの後ろには、ルーヴァンが少し遅れて歩いてくる姿が見えた。
ノルンはソニアの手を離すと振り返り、トトとルーヴァンを笑顔で迎えて頭を下げた。
「本日、部隊長を務めさせていただくことになりました。本来であれば、ルーヴァンさんにお願いするところだと存じております。今日はルーヴァンさんにコカトリスを任せることになりますので、不慮の事態があれば、若輩者でありますがわたくしが指示を出させていただきますね。よろしくお願いいたします。わたしは戦はからきしなので、何かあれば、トトさんを頼ることになります。力を貸してくださいませ」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします。ノルン殿」
三人の様子を見て、おやおや、とソニアは眼を丸くした。案外とノルンはそつがないではないかと驚いたからだ。
デボネアがこの様子を見れば、きっと内心苦笑をしたであろう。
ノルンのこのあたりの如才のなさは、法皇という立場に仕立て上げられたゆえにあれこれと巻き込まれていただろう、人間関係を経験してのこと。
若くしてあちらこちらの地を渡り歩いたアイーシャとはまた違う形で、ノルンはノルンの戦いをしてきたのだろうことが窺える。
たとえ、反乱軍の男どものほとんどが、そんなことを考えることもなく「己の立場をよく知った、優しいだけではなく理知的な女性だ」と評価するばかりだとしても。
「おーい、こっちも準備出来てんぞ!」
カノープスとガストンが、コカトリスの準備を整えて離れた場所から手を振って声をあげた。
「ありがとう!ノルン、トト、ルーヴァン、今日はよろしく」
ソニアもそう言って、ノルンを見習って2人に頭を下げた。
当然のように、三人もそれに対して頭を下げる。
「……普段、頭さげてましたっけか?」
とトトが不思議そうに問いかけると、ソニアは笑った。
「ノルンの真似。あんまり頭下げちゃダメだって、ウォーレン達に怒られてるんだけど、お使いの護衛みたいな仕事頼むんだ、たまには頭下げてもいいだろう」
「え、怒られちゃうんですか?」
「うん。頑張って偉そうにしてろって。偉そうにしないと、あたしじゃまったく偉そうに見えないから」
「偉そうに見えなくても、いいんじゃないですかね……っとっと……」
ルーヴァンの前でそんなことを口走ってもよかったのだろうか、とトトは慌ててちらりとルーヴァンを見る。
ソニアは軽く合図をして、カノープス達の方へと歩き出した。
その隣には、話がまだ終わってない、とばかりにトトが並び、後ろにノルンとルーヴァンが続く。
「ただ偉そうなだけじゃ、人は集まらない。でも、不特定多数の人間が集うところで上に立つには、はったりが必要なのさ。あたしには、トリスタン皇子のように、なんていうんだ?うーんと。帝王学っていうのか。そういうものを教育されたこともなければ、もともとの地位もない。体もちっちゃいし、こういう時に女は軽んじられることぐらいわかってる。それでも、あたしがやりだすしかなかったから、やるからには成功させる必要があって。それの一環だ」
「確かに」
「誰にも彼にも、剣でわからせることが出来るなら、いくらでも頑張るんだけど。それにしたって、あたしの剣は王宮騎士達が習う剣じゃないから、認められないし、やっぱり駄目か」
そう言って、はは、とソニアが笑うと、後ろからついてきたノルンが口を挟んだ。
「クァスが」
「うん?」
「ソニア様の剣は、生きるための剣だと」
「んっ?」
「何かを守るための剣でもなく、人を殺すための剣でもなく、自分自身が生きるための剣、自分を生かすための剣を使うのだと、言ってましたわ」
ノルンの言葉の意味がわからず、トトもルーヴァンも黙ったままだ。
もしかすると、ノルン本人もいまひとつ理解していないのかもしれない。
ソニアは「んー」と困惑の表情を見せてから
「デボネアは、難しいことを言うなあ。それだけ聞くと、大した利己的な剣、という意味に思えるよ。多分、違う意味なんだとうっすらわかるけどね」
と呑気に言うと、それ以上この話については触れようとしなかった。
 
 
ソニア達がカオスゲートを探すためにアラムート砦を出て半刻後、ジェミニ兄弟が砦奪還にやってきた。
留守を預かるトリスタンの依頼で、スルストとフェンリルが部隊長として交互に追い返すことにした。
砦のどこからか逃げたと思われていた双子だが、奪還には正面切ってから来るあたりが、阿呆なのか、一種の美学ゆえなのか。
「あんまりしつこいと、ザックリ殺しマスヨ〜。いいデスネ?」
半刻毎にやってきては追い払われ、またやってきたジェミニ兄弟。
その3度目にスルストが本気の視線でそう言い放って追い返すと、半刻後に双子は戻ってこなかった。
その間に砦の見取り図を手に入れたランスロットは、あの双子が逃げたと思われる隠し通路を発見し、兵士を連れて辿っていった。
石の壁に囲まれた暗い通路を進んで行くとほどなくしてそれは外に繋がり、砦の南側にある小さな湖のほとりに出る。
外に出る時に開けた石扉は、どうやら内側からしか開かないらしく、彼らがこの通路を使って戻ってこない理由がようやく理解出来た。
「砦周辺の堀の下を通ったようだな」
「そのようですね」
「この周辺を調べれば、あの双子が身を隠す場所があるやもしれんが……ともかく、砦に戻ろう」
ランスロットは兵士達を促して、ジェミニ兄弟のように今度は普通に地上からアラムート砦に向かった。
通路を調べるところまでは彼に課された任務であったが、外に出てからジェミニ兄弟がどこに拠点を置いているのか、それを調べるのは彼の役目ではない。
北上してアラムート砦の城門に辿り着くまでには、石塀が幾重にも重なっている。
だからこそ強固な砦、難攻不落とされていたはずだが、そこを守るのがあの兄弟ではまったく台無しだ。
それらの石塀に兵士を配置しておけばよかったものを、何故阿呆にも城門前で迎え撃とうと思ったのか。
その答えは、残念ながら『双子は阿呆だから』なのだろう。
と、城の東側から物資を運ぶ部隊がやってくる姿を見つけ、ランスロットはそちらに合流をすることにした。
「お勤めご苦労」
「ランスロット卿。何かこの辺りにあるのですか?」
荷物を括りつけたケルベロスを操るのは、ガストンの後輩にあたるビーストテイマーだ。
他に護衛兵士数名と、荷物を運ぶ兵士数名、空を行くバルタンの姿も見える。
「いや、何かがあるわけではないよ。皇子のいいつけでちょっとでかけていてな」
「そうですか」
言葉を濁すランスロット。
隠し通路のことを、どれくらいの兵士にまで話して良いのか、彼には判断がつかないのだ。
彼は、ケルベロスに運ばせている荷物の形状などを見て、その内容を判断した。
「食糧、ではないようだな」
「食糧は先ほどギルバルトさんがワイアーム達を使って運び入れました。わたしは、砂漠の行軍に必要なものを」
「ああ、日除けや……砂避けや靴などか」
「はい。とりあえず、ソニア様の言いつけどおり、5部隊分確保してきました」
「5部隊?」
「はい」
何もおかしくない、とばかりに素直に頷くビーストテイマー。
一方のランスロットは眉間を寄せた。その数字に心当たりがまったくないからだ。
5部隊だけ先に砂漠に入らせるような計画を、何か立てていただろうか、と彼が思い出そうとすると、ランスロットの表情から何か汲み取ったか、先にビーストテイマーが説明をする。
「全部隊が砂漠に入るかどうか、まだ決定していないとお伺いしましたが」
「ふむ……そういうことか」
ランスロットはそうもっともらしく頷くと、砦まで自分達も護衛しよう、と告げ、彼らの後ろに回ってしんがりを務めることにした。
会話をしたビーストテイマーは、彼の態度を特に何も不思議に思わず、護衛の礼を言うとそのまま砦へ進んでいく。
ランスロットは、最後尾から荷物の量をひとつひとつ目視で確認をする。
確かに、彼らが運んでいる荷は全部隊のための荷にしては少ない、と判断すると共に、やはり疑問が尽きない。
(しかし……5部隊?何もそれについては聞いていないが……戻ったら、トリスタン皇子に尋ねてみるか……)
なんだか、胸のあたりがもやもやする、とランスロットは口端を引き下げた。
嫌な予感、と言い切って良いものだろうか、と自問自答をしつつ砦へと戻るのであった。
 
 

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