雨は彼を苛む


外は、雨が静かに降っていた。
城の前に集まっていた兵士達はランスロットの帰還にざわめき立ち、彼の言葉を待っていた。
ランスロットは、ゆっくりと兜を脱ぐと、ぐるりと兵士達を見回してから大きな声で告げた。
「女帝シエラを討ち取った!本陣にいるトリスタン皇子に伝令を。それから、数名でシエラの遺体を回収せよ。残りの者は、魔方陣にやられた遺体の回収を始めてくれ」
「はっ!」
「あまり望ましくないが、新生ゼノビア王国の首都としては、やはりこの地が相応しいと意見が一致している。そのためにも、出来る限り痕を残さぬように、迅速に処理を
してくれ」
「はい!」
兵士達は心得たように、それぞれの役割を果たすために雨の中走っていく。
ランスロットは、兵士数名に囲まれ、手枷をされた状態のデボネアを見つけた。
「……デボネア将軍」
「あなたは、最後まで僕をそう呼び続けたな。僕がいつまでも帝国の人間であると、そう思っていたのだろうね」
「いや、そういうことでは」
ランスロットは、デボネアの手枷を外すように兵士に命じた。それから、デボネアを見張っていた兵士達も、他の兵と同じ作業をするように、と、人払いをする。
雨に打たれながら、男二人はお互いを睨みつけた。
しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのは、デボネアの方だ。
「言っておくが、僕があなたに睨まれる筋合いはないと思うよ」
「何故、シエラ殿をあのような状態で放置したのだ。あなたは、帝国の二の舞になってしまうことがわかっていたのだろうに」
「それの何が?それを彼女は望んでいたのだし、あなた達は盗人と同じことをして、自分達の国を手に入れたのだから、もう済んだことだろう?」
「盗人と同じ?」
デボネアは、拘束されていた手首を軽くさすると、雨に濡れた前髪をかきあげた。
「そうだろう?どういう形で手に入れたかは置いておいて、シエラが汗水垂らして帝国から奪還したこの大陸を、あなた達は正義の名の下だかなんだか、大義名分を振りかざして彼女から奪った。それは、盗人と何の変わりがある?」
「我らを盗人呼ばわりするつもりか」
ランスロットはそう言ったが、声に力はない。反論をするわけでもなく、彼は小さく溜息をついた。
「シエラ殿が座っていた玉座の脇に」
「ああ」
「葡萄酒の瓶らしきものが、あった」
「そうだね」
「……中身は、酒ではなかった」
「ああ。もう、酒を飲んでみせる必要はなくなったからね。それでも、念のため、それらしく瓶の中身を移し変えておいたのさ」
ランスロットは眉根を寄せ、瞳を伏せた。その様子をデボネアは静かに見ている。
やがて、ランスロットは、ぽつりと呟いた。
「気付かない方が、おかしかった」
「……何を、と聞いても良いのかな」
「女帝シエラは、毎日朝から晩まで玉座で果実酒を飲み続けている、と。だから、まつりごとも酒に酔ったような気狂いになるのだ、と噂されていた」
「それで?」
「……彼女は、酒を好んで飲む人では、なかったな」
デボネアは、それには答えない。
けれども、彼の沈黙こそが、答えなのだとランスロットは気付く。
「帝国を討ち滅ぼした後の、祝いの席では随分飲んでいたと聞いて、いい気なものだ、と思った印象が強く残っていて騙された」
「あの晩は、大変だったんだ。頭が痛いだとか、吐き気がするとか。サラディンが仕方なく看病をしていたらしいよ」
「はは……そうか……」
ランスロットは力なく笑った。デボネアも、それにつられたようにわずかに口端をあげ、静かに目を伏せる。
穏やかな雨が地面を濡らし、男達を濡らす。
兵士達の作業の声、音が、遠くから聞こえる。
不意に、ランスロットの表情が歪んだ。
「わかっている。彼女が、我々では成しえなかったことを、我々の代わりにやってくれたことぐらい。それすら理解出来ずに、どうやって彼女の体に剣を振りおろせるか。君には、わたしを罵る権利がある。もしかしたら、この世界の誰にも」
「……ランスロット卿。僕は、あなたを罵らない。でも」
「……」
「僕があなたを罵らない分、きっと、あなたはこの先自分を苛み続けるのだろう。それが彼女の本意かはわからないけれど」
デボネアの表情は、穏やかだ。
次の言葉を待つことなく、デボネアはランスロットに背を向けて歩き出す。
これ以上ランスロットに話すことはない、という拒絶の背。それでも、ランスロットは声をかけた。
「待ってくれ。何故、彼女はああまでして……」
デボネアの足が止まる。
彼はランスロットの次の言葉を待つように、その場から動かない。
「……いや、いい。達者で。処遇はわたしに委ねられている。追いはしない」
「ランスロット卿」
振り返るデボネア。
静かに天から降ってくる雨は二人の男の間にも降り注ぎ、彼らの足もとを容赦なくぬかるみに変えていく。
「あなたに、神のご加護がありますように」
静かに交わす視線。
先にデボネアはそれを逸らし、再び背を向け歩きだした。
雨でどんよりとしたランスロットの視界の中で、デボネアの背はいつしか歪んで雨と景色と同化し、まるでそこにいるのが嘘だったかのように消えてしまう。
ちょうどその時、ランスロットの耳に兵士の声が飛び込んできた。
シエラの遺体を運ぶから、どいてくれ、と。
運命に翻弄された聖騎士は、がっくりと膝を落とす。
ぬかるみは、泥沼を彼に彷彿させた。
(一生はずすことの出来ぬ足枷がもうひとつ、この足についたのだろう)
神の加護は、彼女にこそ必要だったのに。
聖騎士は、雨の中いつまでもうなだれていた。


 



モドル