誓いの言葉-1-


彼は、体が疲労していない夜が嫌いだった。
何度も何度も未来に対する多くの可能性へと思いを馳せ、そのどれもが正解に思えずに重苦しい気持ちを胸に増やすだけだと知っている。
ランスロットは珍しく頭がすっきりとしない朝を迎えた。
今日はマラノに向けての進軍が始まる日だというのに・・・。
なんとなく疲れを感じながら彼は置きぬけに小さく溜息をついた。
ほんのわずかだが寝過ごした。わずか、というのは朝の鍛練をみながしている時刻に食い込んだ、というだけで、実際は鍛練を行っていない兵士達は未だに寝ている時間なのだが。
部屋には小さな窓から、まだ夜の闇を完全に打ち消せない、ぼんやりとした朝日が差し込む。この辺りは気候が悪くは無いが、土壌自体がよくないせいで作物が育ちにくい区域らしい。それが過去の地殻変動とやらによるものだとウォーレンが言っていたが、その意味はよくランスロットにはよく理解は出来ない。ともあれ、土壌がよければこの場所にあった村はもう少し栄えていたのではないかと思える。
この寂れた廃村は、名も無い場所だ。
そこに息吹を吹き込んだ、反乱軍による反乱軍だけの場所。今はみな慣れてしまい、まるで昔からそこで集団生活を送っているようにすら思える。
が、実のところは食糧調達はかなり離れたところから行わなければいけなかったし、シャングリラの移動のことがなければ一刻も早くここを撤退したいと思うべき場所でもあった。それでもそこに慣れてしまった今は、目覚めたときのこの薄汚れた部屋の風景すら安堵感をもたらす。
(目覚めが悪かったのは、ここにきてほんの一日だけだったのにな・・・)
原因はわかっている。
昨晩、最近心を煩わせていることが眠るときに一層強く彼の心に陰を落としたからだ。
固いベッドの上で彼は上半身だけおこし、うなだれるように頭を下に向けた。手のひらで顔を多い、親指と人差し指で軽くこめかみを抑える。
(ソニア・・・)
朝からあの小さなリーダーのことを思い出す自分を恥ずかしいとか女々しいとかは思わない。彼女を思うことは反乱軍の一員として当然のことだと思えることだから。
一昨日、彼女に残酷なことを告げたのは自分だし、それは彼らにとって必要なことだった。
彼はゼノビアの騎士だったし、彼女はゼノビアとは無縁の「ただの」反乱軍リーダーだ。たとえ選ばれた勇者であろうと、彼女の心の中にはゼノビアに対する忠誠やら恩義やら義理というものはこれっぽっちもない。
彼らはまみえないものだ。いつかそれが明らかになることはわかっていた。
そして、その時がくれば自分は、ゼノビアの騎士としての自らを貫くのだろうとも予め想像はしていたことだった。
が、日に日にトリスタン皇子の存在を実感出来る情報が自分達のもとに届けられ、そうであればそうであるほど、今後のあの少女の立場を考えずにはいられない。
自分は騎士であるから、その道に背くことをするつもりは無い。
彼の心も体も常に騎士道というものに縫い付けられ、そしてそうであることが自分のすべてであると信じていた。そしてこれからもそうであり続けることを願っている。
が、自らが騎士道を重んじることによって傷つくものや失うものがあることを知らない年齢ではない。
若かった頃は、それをわからなかったことがあったし、その誤りを正してくれたのは今は亡き妻であった。
彼女ならば。
騎士道を重んじるランスロットを理解しながらも、でも自分は騎士ではないから、と譲れない場所を明確につきつけてくれた彼女が、今ここにいたならば彼を責めるとも無い口調でそっと助言をするに違いない。
あの女の子にはあなたが必要だわ。
けれど彼女はここにはいないから、ランスロットにそのことを告げる人間はいない。
あの少女に手を差し伸べたいけれど、自分では力が足りない。その自らへの叱責はいつしかソニアが自分に対して求めているものが何かということを見失う要因になってしまった。それに気付く余裕が今の彼には無い。
ただ。
彼女とトリスタンがぶつかり合うという最悪の状態にならないようにしなければ。
それが、今彼が考えなければいけないすべての物事を集約した問題だ。
だから考える。けれども答えはでない。
可能性だけの物事を考えることはあまり楽しいことではないし、埒があくことがない。それでも常に最悪の状態を考えなければいけないことを彼はよく知っている。
だからこそ気が重くなる。そして、頭からそれが離れない。
そう。ソニアのことが。

マラノにむけての進軍が始まったものの、じわりじわりとゼノビアに近づいているシャングリラ対策もあって本陣を動かさずにソニアが先頭にたって数部隊のみを移動している。
ギルバルドを中心とした残留組はシャングリラに乗り込むために飛行できる大型の魔獣達の育成を迅速に行う必要と、それらを乗りこなす人員を増員する必要があるために忙しい。
サラディンの言葉では、シャングリラの高度が下がったときが勝負で、短期決戦になるだろう、ということだ。なんらかのことが起きて、ソニア達がマラノに向かっている間にシャングリラに動きがあったときは、ギルバルドとサラディン、アッシュそれからフェンリルが本陣を指揮することになる。
マラノの都で行われるアプローズ男爵の婚礼の日程が情報として入ってきただけではなく、それにあわせてどうやらゼノビアの皇子、フィクス・トリシュトラム・ゼノビアが陰で動きをみせていることも明確になった。
ソニア達は一刻も早くトリスタンと接触をして、アプローズ男爵を親の仇とし、また、国への謀反に対する裁きを行おうとしているであろう彼を止めなければいけない。ウォーレンやランスロットからすれば、正統なるゼノビアの血筋をもつトリスタンの身に何かがあれば一大事、というわけだ。
正直な話ソニアやラウニィーからすれば「どーでもいいんだけど」と言いたくて仕方がない話ではあった。
トリスタン皇子にアプローズを討つための力があるならば、その力はそんなところでくすぶらせるようなものではないし、彼が私怨ではなく一国の皇族としてそれを行うのならば違う方法がある。
彼女達からすれば今のトリスタン皇子にそんな力があるとも思えなかったし、現在の大陸の状況を知った上でアプローズを討つ、なんて思っているならばただの阿呆に思える。本来ならば放置しておきたいくらいだ。
けれども、ウォーレンやランスロットが目指している新生セノビアを実現するためにはトリスタン皇子という存在が必要だと思われたし、何よりも「やったらやりっぱなし」の反乱軍だと思われないようにするためには、打倒帝国後の大陸を考える、そして人々から支持される人物が必要だということは否めない。
ソニアは自分が「やったらやりっぱなし」で逃げようという思惑があったものだから、トリスタンが後々のことを全てやってくれるならありがたいとは思っている。とはいえ究極の答えは「どーでもいいんだけど」に収まるのだが。
ラウニィーは先だっての話し合いの場からずっと「一体何考えてるのよ、その皇子様は!」と憤慨を続けている。そんな彼女を見ながらアッシュは仕方がなさそうに「意地だけではない怒りが持続するのは若い証拠だ」とソニアに軽くぼやいたものだけれど。
マラノ行きのソニアの部隊は、なかなかに不思議な顔ぶれだった。ソニア、スルスト、ラウニィー、コカトリスのイリューネだ。
機動力が自分には必要だ、と申し出たソニアのために、案外とコカトリスの扱いがうまいスルストと、最近スルストのことを好いているイリューネ(雌なのか、とカノープスが茶化すとギルバルドは険しい表情をするのだが)は、ラウニィーを救い出しにカストロ峡谷に行ったときからの仲だ。
ランスロット隊にはカノープス、テス、オリビア、そしてラウニィーの代わりにバルタンのスチーブが加わった。
今回ソニアの笑いが止まらない目玉部隊というのがガストン隊だ。
ガストンが部隊長を務めているその部隊は、通常はガストン、ノーマン、そのときの魔獣の調子に応じて空を飛ぶ者を選択して、更に他部隊とのバランスを見てプリーストのライラを入れるか、エンタンチャーをいれるか、と常に人の入れ替わりが激しい部隊であった。
このマラノ行きには際して、彼らの部隊に抜擢(?)されたのはウォーレンだ。
「あのじじい、俺は好きになれねーんだよ!」
と即座に反応を見せたノーマンであったが、その後、予想外の展開を見せてくれてソニアは始終にやにやしっぱなしだ。
あれだけ周囲と交わらずに多くのことをつっぱねていたノーマンが、年寄りには案外甘いということが露呈したのだ。
考えてみればスラムで育った彼の面倒を見てくれたのは、子供も孫も身内という身内を失った、そこいらへんに薄汚くうずくまっている年寄りだった。
ソニアはノーマンがしてくれた、そんな告白をうっすらと思い出す。
そうであれば、いい年齢になった彼が年寄りを邪険にすることが出来ないのもなんとなく頷けるものだ。もちろん彼は自分でそうとは思ってはいない様子だが。
その目玉部隊(誰にとっての目玉なんだ、という話もあるが)に対する危惧は当初かなりあった。
トリスタン皇子と面会するにあたって、ランスロットとウォーレンの二名はかかせないものだった。そして、ソニアは今回のトリスタン皇子探索については完全にその両部隊に動いてもらうつもりであった。
ということは、ソニアよりも早くノーマンやガストンがトリスタン皇子と面識をもつことになるわけだ。
「あの荒くれ者を連れて行くのは御免ですがのう」
とぼやくウォーレンに対してソニアは、
「今のゼノビアの実情を一番良く知っているのはノーマンだろう。ノーマンがスラムで生きて感じてきた絶望が、今のこの大陸の絶望だ。別にいいんじゃないか」
なんて風にあっさりとかわしたけれど、やはりウォーレンは苦い顔のまま。結局ランスロットが占いじじい(ソニア曰く)をなだめて部隊編成が決まったものだが・・・。
また、前回は新兵を率いていたヘンドリクセンは、今度の出陣ではそういうわけにはいかない。
彼の任務はオハラ隊のフォローだったけれど、それだけではない。今回は場合に応じてはランスロット、ウォーレン両名がいる部隊はトリスタン探索のみに追われ、マラノへの進攻に加わることが出来なくなる。そのときはヘンドリクセン隊も主要部隊として活躍してもらう必要がある、との判断から今回はメンバーをがらりと変えた。
既に他部隊長として活躍している、気心が知れた仲のビクター、それからアイーシャ、アッシュにかなり鍛え上げられてつい先日聖騎士への昇格の儀をうけた、ちょっとお調子者のトトと新兵の中でもかなり有望視されている、バルタンのキャスパーだ。カノープスに鍛え上げられたこのバルタンは温和でぼんやりした感をうけるけれどその力に間違いはない。
それからオハラ、テリー、ゾック、ニックの部隊。サムライマスターを中心としたノルン率いる部隊。
計6部隊、別働になった場合は4部隊でマラノの制圧を行わなければいけない。
しかも、このマラノは、城塞都市で城壁に囲まれた場所なのだ。

「ワタシは美しいお嬢さん達とご一緒出来て光栄デース!」
説明もいらないだろうが、スルストだ。
先にマラノ地方にむかって、拠点を確保していてくれたノルン隊とランスロット隊が待つトリエステへ、それぞれの部隊が移動している。ソニア隊はガストン隊と共に荷物の運搬も担って同じくらいの速度でトリエステへと向かっていた。
「それ、本陣出てからもう3,4回は聞いてるんだけど」
と呆れたように言うのはラウニィーだ。
くっくっく、とソニアが笑うと、悪びれもせずにスルストは
「何度も言いたくなるほど喜びが大きいというものですよ、ネ!?」
何が「ネ」なのかよくわからないが。
「しかも、婚礼を前に控えたお嬢さんとこうしてデートできるなんて、夢のようですヨ」
イリューネを操りながらスルストはぺらぺらと話を続ける。その左腕はソニアの腰に軽く回され、未だ右腕が全回復せずに体のバランスが不安定な彼女を支えるようにしているが、フェンリルいわく「下心ありにしか見えない」ものだ。もちろんソニアはそういった下心といったものと無縁の生活を送っていたため、ぴんとこない様子だけれど。(そして、そういう風情がまたスルストに「ウケ」るのだということを知らないから性質が悪い)
ラウニィーはスルストの後ろでイリューネにしがみついている。基本的に空の生き物に乗るときは、それらにつけられた装備品に足をひっかけたりしながら、体を少し前かがみにした状態でその魔獣の体につかまる。慣れればそういったものに頼らなくても乗ることが出来るのだが、ラウニィーはまだ少しだけ苦手らしく、イリューネが身につけている鞍に似たものの端に用意されているひっかけるための紐に足を入れて、スルストの後ろで空気抵抗を減らしてもらっていた。
しかし、一体スルストは何をいっているのか?と飛び上がらんばかりにラウニィーは頓狂な声をあげる。
「はあ!?」
「ネ?ウィンザルフ家のご令嬢がアプローズ男爵の花嫁になるとか」
それには、あっはっは、と大きい声でソニアは笑い出した。
「まったくだ。嫁入り前の娘がこんなところで何を油を売っているやら」
と意地悪そうに言うとラウニィーはふくれっつらを見せて
「誰のこと言ってるのかさっぱり、だわ!わたしは、結婚する相手は自分で決めます!」
「もちろんですヨ」
大げさにスルストはそう言って
「ユーのように美しい女性ならば、引く手数多。デモ、誰が射止めるんでしょうネ?ワタシなんてドーデスカ?」
とふざけたようにラウニィーにわずかに振り向く。
「そうね」
ラウニィーは金髪をなびかせながら、にっと笑ってスルストに言葉を返した。
「わたし、自分より弱い男は興味が無いわ」
「OH!それなら」
「でも、不実な男は嫌いなの。ごめんなさいね、スルスト様は対象外だわ」
「なんてひどいコトを!」
「ははは、スルスト様、ふられちゃいましたね」
「それは、ワタシが不実な男だと認めているんですか?ソニア!」
「違うんですか?あれ?不実って言葉、あたし間違っているのかな?」
スルストのそんな言葉に大真面目に返すソニア。今度はラウニィーがふき出した。

トリエステに全部隊がたどり着いたのはその日の夜だった。
帝国軍に見つからずにそこまでいけたのは幸運といえよう。
トリスタン皇子のことでついつい目先のことにとらわれてしまうけれど、彼らはこのマラノ地方を一日も早く解放をしたいと思っていた。アルビレオを倒してバルモア地方をドヌーブの民に返してあげたものの、ラシュディの片腕であるアルビレオを失って、帝国がどういう手段に出るかわからなかったし、帝国におけるバルモア地方の重要度が彼らには推測が出来なかったからだ。
アルビレオを派遣しなければいけないほど、バルモア地方は帝国側にとって重要な場所だったのか、それともそうでなかったのか。後者であればいいけれど、もしも前者ならば、帝国側は動きを見せるに違いない。
そのときに、このマラノを反乱軍が制圧をしていれば、かなり帝国の進軍を抑えることが出来る。それがソニア達の思惑だ。
別に反乱軍はアプローズを倒さなければ、という風にやっきになっているわけではない。逆にこのマラノは、そんな婚礼の話題で賑わうくらい、ある程度の治安が維持できている場所だ。戦に必要がなければ制圧は後回しでも本来は一向に構わない。
けれど、マラノはもともと三方を湖に囲まれているばかりではなく、その周りを山で囲まれた要塞都市だ。そのうえ、今は更に城壁に囲まれた要塞都市であったし、地もこの大陸の中央に位置しており、ドヌーブとホーライを結ぶ貿易拠点であることは、帝国支配下に置かれる前となんら変わりはない。となれば、出来ることならば双方共に抑えておきたいと思う地だ。
そんなところを治めているのがアプローズ男爵だということに実は誰もが不可解さを感じていたのだが・・・・。
「ラシュディから強い魔力を授かっているとの噂だ」
「・・・そーゆーことか」
合点がいった、とソニアは肩をすくめる。また魔力、か。
トリエステの砦で先にこの地方にはいっていたランスロットからの報告をうけながらソニアは溜息をついて、心底嫌そうな顔をみせた。
「簡単なものだな。魔力を授かる、だと。曖昧な言葉で全然わからないのに、無理矢理納得させられてしまう」
明朝からの動きを決めるために部隊長を集めた。
もう月は空の頂点から西へと傾いている時間だ。
砦の一室は石で覆われたひんやりとした部屋で、まるで幽閉されているかのような陰気さがある。気分が滅入るな、と思ったソニアは部隊長だけではなくスルストまでいちいち呼んで来た。もちろん、スルストがいるというだけで場が明るくなるわけでもないから無意味ではあるけれど、これはこれで気休めというものだ。
石は冷たいから、床に座ったり壁にもたれたりしないで済むように、人数分の椅子をあちこちの部屋からそれぞれが持ってきた。誰が中心になって話すのかもよくわからないように雑然と思い思いの場所に座っている。けれど、ソニアはそういった状態が好ましいと思えていた。
「となると、一筋縄ではいかないということか。やはり婚礼の儀を狙うしかないだろうな・・・本当は嫌なんだ。人がたくさん集まるところは。紛れやすいけれど、人を巻き込みやすい。が、要塞とも言えるマラノに侵入しやすい日なんだろう?そうするとやっぱりその時にするしかないもんな」
ウォーレンは手段としてもうひとつ進言していた。(ソニア自身もその案は考えていなかったわけでもないが)
婚礼の儀までにトリスタン皇子とどうにか接触し、アプローズを討つ計画を止めさせる。そして、婚礼の儀を見にきていた人々がマラノから離れた頃合を見計らって、ゼノビアで使用しなかったマジックアイテム「トロイの木馬」でマラノの城壁を壊して攻め込む、といった多少時間がかかる方法だった。
が、これについては「トロイの木馬」使用をソニアが許可しないので初めから没案候補ではあったけれど。
「婚礼の儀・・・それが、罠かもしれませぬぞ」
「うん。そうともとれる。しかも、結婚相手は未だにラウニィーってことになっているんだろう?なんのプライドだか保身だか体裁だかはわからないけど、それがこっちへの挑発ではないと言い切れないしね」
「我らへの挑発ならば構わないが」
ランスロットは苦々しそうにそう言った。
ああ、とヘンドリクセンは小さく溜息をつく。
「そういう考え方もありますね」
「・・・トリスタン皇子に対する挑発か?」
ソニアがそう聞くと、ウォーレンが重々しく頷いた。
「それもあり得るじゃろうのう。アプローズめがどこまで知っているかわからぬが。帝国の大将軍の娘、一流貴族の令嬢とあの男が結婚をする、なんてことを聞けば、私怨がある者はいてもたってもいられなくなりますからの」
「どれもこれも、ただの可能性の話だけどな・・・どっちにしても、早めにトリスタン皇子を探さないといけないなあ。だって、トリスタン皇子がアプローズを討ちにのこのこやってきて、逆に捕われた、なんてなったらかなり厄介になるもん。難攻不落といわれるマラノだけに、人質なんてものが更に加わったら、もー、手のだしようがない」
さらりとそんな恐ろしい可能性を口に出したソニアに対して、ノルンは「まあ」と驚きをかくさず声に出した。
「確かにそうですけれど、そんな考えたくもありませんわ」
「考えたくない、と思うことを一番考えておかないといけないんだよ、ノルン」
その言葉に僅かにランスロットが反応したことに気付かず、ただただ「やはりこの法皇は戦向きではないな」とソニアは小さく微笑んだ。けれど、彼女のそういったところがとても好きだなあ、なんて思いながら。

部隊長達に指示を出して解散を言い渡したソニアは、ごそごそと自分の腰にいつもつけている皮袋に折りたたんだ地図をいれようとしていた。
「あ」
突然気がついたように、その袋の底でみつけたものを取り出し、出て行こうとしたランスロットを呼び止めた。
何か?と静かに彼は振り向いて、室内に残っていたソニアを見る。
「これ。ランスロット、持って行ってくれ」
「・・・これは」
「栄光の鍵、と呼ばれているんだろう?あたしはよく知らないけど、ウォーレンがそう教えてくれたから」
ソニアはランスロットに向けて、手の中に光らせていたそれをぞんざいに放り投げた。
栄光の鍵、と呼ばれたそのアイテムは、トリスタン皇子の乳母であったバーニャという女性がソニアに託したものだ。
鈍い銀色の光を放つそれは手のひらに入るような大きさだった。お世辞にも美しい鍵とはいえなかったけれど、手にもつ柄に彫りこまれている細工はかなり精巧なもので、金がかかっていることが伺われる。
これが一体何の鍵なのかは彼らは知らなかったし、ソニアも聞こうとすらしなかった。
けれど、トリスタン皇子に対して身の証(ソニアは「なんだそれ」といった風情だが)を立てるには必要だと思われる。
「こら!そう雑に扱うものではない!」
ランスロットはそれをぱし、と受け取ると、渋い顔をしてソニアをいつものように叱り付けた。が、それへの返事はなく、ソニアは少し伏目がちにぼそりと言い放った。
「あたしは、トリスタン皇子に関することは手を出さないから」
「ソニア殿」
「あたしは、アプローズを倒してこのマラノ地方を解放することだけに専念する。何かあったときのために、と思ってイリューネには乗っているけれど・・・サラディンに見てもらったけど、「それ」は人を選ぶようなものじゃあない。だから、あたしがもっていなくとも、トリスタン皇子と巡り合うだろうランスロットが持っている方がいい」
「しかし、乳母殿はそなたにこれを」
「そしてあたしは、これをランスロットに託す。迷惑か?」
「迷惑ということではなくて・・・」
ランスロットがついに困ったな、という表情を浮かべたことをソニアは見逃さない。
ウォーレンと話し合いもしないで、こんなことを軽軽しくするこのリーダーに久しぶりに手を焼いている様子だ。
「だって、そうだろ。ウォーレンとランスロットにトリスタン皇子のことを任せるって、さっき決めたから」
「そうだが、これはそなたが反乱軍リーダーとして授かったものだろう」
ソニアは大げさに肩をすくめて見せた。
「違うよ。反乱軍リーダーとかなんとか、とかいう肩書きはどーでもいいんだ、あの乳母は」
ちょっとだけ投げやりなその物言いにランスロットは眉根を潜める。
「馬鹿な。ではなんだというんだ?」
「決まってる。なんだか帝国をどーにかしてくれて、しかもトリスタン皇子のためのお膳立てをしてゼノビア王朝を復活させてくれそうな人、っていう判断だけだ。それがまあ、反乱軍リーダーなら話が早いってだけだろうね」
「・・・とはいえ・・・」
「確かにある程度のお膳立てはしたけれど、あたしはあの乳母とやらが思うような人物ではないからな。それだったらよほどランスロットやウォーレンの方がこれをもつのに相応しい」
しかし、それはそなたが選ばれた勇者だから・・・
そう言おうとしてランスロットは言葉を飲み込んだ。
多分ソニアが言うことは正しい。反乱軍という肩書きとかそういったものは別段意味がなく、あの乳母にとって問題なのは、帝国を滅ぼしてくれるか、そしてその後、トリスタン皇子をもちあげてくれるか、というその二つだ。
ソニアは、前者は出来るけれど、後者はよくわからない、と言っているのだ。
「トリスタン皇子のひととなりを、ウォーレンとランスロットが確認してくれ。あたしとまみえない人物なのかどうか。そのためにそれが必要になるかもしれないから」
「・・・トリスタン皇子と接触できるなら、そなたに報告しなくても我らが勝手に会ってよい、ということか」
言葉にしたくない、と思いながらもランスロットは厳しい視線をソニアに向けて噛み締めるように言った。
さきほどまでの話では、ウォーレンとランスロットは、ソニアがとにかくトリスタンと接触できるように探索をする、ということを最優先事項とすることを約束したばかりだというのに。
一体この少女は何を考えているのだ?それを計りながらの会話は、ひさしぶりのような気がする。
そうだ。出会った頃はいつもこうやって、この若いリーダーが一体何を考えていて、どういう意図でみながひっくりかえるようなことをしでかすのかがわからずに、いちいち探りながら話をしていたものだ。
自分達は、ここまでの進軍で、まったくその仲すら進展しなかったというのだろうか?
・・・いや。
ランスロットは口から漏れそうな溜息を飲み込んだ。
「それは、わたしに・・・反乱軍の一員ではなく、ゼノビアの騎士として動けといっているのか」
「そうとは言っていない。でも、そうとれるならそれでもいい。いちいち面倒を何もかも見るつもりは今回あたしにはないから、ランスロットとウォーレンに適当に計らって欲しい」
「そうか。さすがにバルモア遺跡の・・・光のベルの一件で、くたびれたことだろう」
「ああ、それもある。あたしでなきゃいけないことは、あたしがやる。そうでなくてよいことは、任せたい。ラウニィーを迎えにいってもらったときみたいに。でも、今回はトリスタン皇子だからな・・・。あたしに信じてついてきてくれたノルンの手前・・・簡単に、ゼノビアの残兵であるランスロット達に任せる、とはいいづらかった。あたしが言いたいことは、わかるか?」
「なんとなくは・・・。ラウニィー殿やノルン殿は、反乱軍を信じて、というよりも、そなたが率いる反乱軍だからこそ身を投じているわけだから。この大事なときに、むやみに事を荒立てないように、との配慮はありがたい。ありがたいが・・・」
「本当は」
ソニアはふう、と小さく溜息をついた。
「この前、みんなで話し合ったときにあたしはあたしが思うことを話したけど」
彼女が指している「話し合い」とは、マラノについての情報が入ったきたときに本陣で最初にした話し合いのことだとランスロットはすぐにわかった。
「ランスロットやウォーレンが求めるリーダーだったら、ほんとはもっと・・・」
そこまで言ってからソニアは「しまった」という表情を見せて肩を竦めて笑った。そして、ちょっとうつむいて何かを考えている素振りを見せる。
・・・なんだか、話をしている距離がこの前から遠い。
ランスロットは半ば無意識に数歩前に出てソニアに近づいた。
「いや、いい。泣き言は言わない。あたしはあたしだから」
「ソニア殿」
「あれがあたしの精一杯だし、あたしはいつだって優等生にはなれないからなあ」
さらりと落ちてきた前髪をかきあげる仕草。
「とにかく」
そして顔をあげたとき、ソニアはびく、と突然妙な反応をして一歩後退った。
「?どうした」
「な、なんでもないっ!」
「・・・?」
「と、ともかくだな、あたしはマラノを落とすだけで手一杯だ。婚礼の儀のために人が増えていて紛れることが出来るのはありがたいけど、人を巻き込むことは出来ない。ばらばらに出来れば楽なんだが」
そういいつつもソニアの声は上ずったままだった。

ランスロットとウォーレンが先にトリスタン皇子に会う。
それは、本来ソニアにとっては厄介なことのはずだ。
例えば2人がソニアに対してあまりよく思っていなかったら。
例えばトリスタンが、反乱軍を好ましく思っていなかったら。
前者についてはこれまでの信頼関係如何なのだろう。
反乱軍リーダー、という肩書きでの付き合いを見れば、ソニアは自分が優秀な方だと最近は理解出来るようになったし、そのフィールドであればランスロットにもウォーレンにも評価をされていると信じられる。が、今回の信頼関係はそれだけのことではない。
ソニアは、今までだって彼らがゼノビア復興のために裏で動いていることに対して何も言及しなかったし、暗黙の了解で放置していた。本当はそこで、もっと彼女がそれに対して積極的に働きかけていれば展開は違ったと思う。
更にソニアは先日、反乱軍を率いるのは、反乱軍に選ばれた、人々が選んだ人間が行えばいい、とまで皆に言ってしまった。であれば、未だに右腕が不自由な彼女に対してトリスタンが台頭しようとし、そしてランスロット達がそれに手を貸せば出来ないことでもないだろう。そういう可能性をあえて引き上げたのは、他ならぬソニア本人だ。
(あああーーー!)
まだ声に出すわけにいかず、ソニアは少しばかり苛々しながら砦の通路を歩いていた。
どうせならさっさとトリスタン皇子に会いたい。
ずうっと危惧していた、ランスロット達と道を分かつ可能性をもっとも拡張するだろうキーパーソン。
来るべきときのことを考えてうだうだ言うのは、右腕が動かなくなってからの癖だ。
そして、だからこそ、さっさとその「時」が来て、方向性さえ決まってしまえば幾分気持ちも楽になるのに。
わかっている。ランスロット達が求めていた本当のリーダーは、トリスタン皇子を快く迎え、そしてトリスタンからも快く受け入れられ、共にゼノビアの復興に力を尽くそう、と言い合える人間だ。
でも、自分はそうではない。トリスタンが反乱軍に入るなら入ればいい。入りたくないなら入らなければいい。
反乱軍を率いて帝国を倒すことに関してはやぶさかではないけれど、その先のことは、もう放置したい。そんな先の目標を設定して、この軍を率いるトップでい続けるような才覚はないと思えるし、あくまでもソニアの目標は打倒帝国ただひとつだ。
残念ながらそれは私怨で動いていることであるし、「もうあんな悲劇を繰り返さないように」よりよい大陸を作るために尽力、という柄でもない。だから、そういったことはウォーレン達が動きたいように動いて良いと思っていた。
せめてそういう考え方だと公言しないリーダーならば違うのだろうか、とも思う。
とはいえ。
トリスタンが反乱軍に入るなら入ればいい。入りたくないなら入らなければいい。
入らなかったら、ランスロット達はどうするのだろう。
自分で貫いたスタンスがもたらす、大きな落とし穴。
その落とし穴への恐怖心と戦うことで、今のソニアはかなりめげていた。
と、そんなことを考えていたそのとき
「よっ、なんか元気ねーなあ」 
砦で与えられた部屋に戻る途中で、反対側から歩いてきたカノープスに声をかけられた。ソニアは嬉しそうに顔をほころばせる。
最近あまりカノープスと一緒に仕事をすることが出来ない。それは正直、ソニアにとってはとても寂しいことだったし、兄のようにしたっていたこの有翼人にぽんぽんと物を言われるのが何より好きだった。
「カノープス!まだ寝なかったのか」
明るい声を出してカノープスにかけよる。彼はにやにやと笑って、自分から見れば随分と背が低いこのリーダーを見下ろした。
「そりゃこっちの台詞だ。・・・はやく右腕治せよ。お前がいないと、ぴりっとしないもんだ」
「・・・うん」
「なんだなんだ、ちょっとしょぼくれてるんじゃねえの?・・・トリスタン皇子のことか?」
ずばりとそう当てるとカノープスは小さく笑ってソニアの頭を軽く二回たたいてから、さらに顔を覗き込んだ。
「なー?ちょっと、夜の散歩いかないか?ばれたら俺が怒られればいーだけだし」
それに対してソニアは。
ここ数日間で一番いい笑顔を返して頷いた。


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モドル

さてさて始まりました、マラノ。今回の攻略は前回ほど面倒にはかかないつもりです〜。バルモア遺跡あたりは、かなり土地の位置関係などに気をつかって&時間の流れに気をつかっていたんですが、もう少し初心に戻ってさらりと書きたいとは思っています(汗)
どーなるんでしょうね、ランスロットとソニアは。