誓いの言葉-2-


ランスロットはぐるりと砦の周囲を歩いていた。どうも癖なのか、どんなに見張りがいるとはいえ、彼はとっぷりと夜が暮れた状態から眠るまでの間に一度や二度は自分が寝泊りする場所の周りを確認せずにはいられない。
心配症、というものとそれが違うことはわかっていたけれど、あまり度が過ぎると見張り番への不信と思われてしまう。彼はそこまでわかっていながらも、散歩がてら歩いていた。ソニアに見つかれば「ランスロットばっかりずるい」と拗ねられてしまうのだろうけれど。
砦の外壁にびっちりと這っている蔦植物が、月明かりに照らされて妙にてらてらと光っているように見える。
それがどうにも不快に思えてランスロットはめずらしく、口元を歪めた。蔦はあまり好きではない。何かに絡み取られるような、そんなイメージを彼に与える。
と、そのとき、月あかりの中、彼は大きくはばたくシルエットを見つけた。
「・・・カノープスか」
見間違うはずがない、いつも彼が頼りにしているその姿。そして、そのシルエットを見ればカノープスが1人なのか誰かと一緒なのかはすぐにわかる。
こんな時間に共に行動をする人間は、たったひとりだろう。
ランスロットは小さく溜息をついた。
そうだな。今は、カノープスに任せた方が上手くいくに決まっている・・・。
ここ数日、残酷なことをソニアにいってしまった後、彼女は彼女なりにランスロットに気をつかわせまいとしているのかいたって平常心を装っている。それはとてもありがたいことだし良いことだ。
しかし、引かれてしまった線を感じない彼女でなければ、それによって彼女がまた引いてしまった自分達の間の線を感じ取れないほどは彼とて鈍くはない。
「ランスロットさん」
トリエステの周囲に見張りに立っているのはヘンドリクセン隊だ。
その中のパラディン、ビクターがランスロットを見つけて声をかけ、走り寄ってきた。
「どうした、ビクター。何かあったのか」
「何か、というか・・・その、ランスロットさんももうお気づきかもしれませんが、カノープスさんが」
「ああ、飛んでいたな」
「ソニア様をつれて、どこかへ」
「・・・そのようだ」
あまり怒っていないその口調を聞いてビクターは「あれ?」と肩透かしをくらったように目を丸くした。
この任務に忠実は聖騎士は、ランスロットに報告した方がいいかどうか悩みながらやってきたことだろう。
その不思議そうな表情に気付いてランスロットは苦笑を見せた。
「たまには良いだろう。初めての土地ですぐに勝手なことをされるのはほとほと困るが・・・。最近ソニア殿は羽根を伸ばすわけにもいかなかっただろうしな」
ともっともらしい言い訳をするけれど、ビクターは「あれ・・・でも・・・?」となんとなく納得はしていないようだ。
おおかた、先日ソニアがケルベロスに乗っかって勝手に山に登っていたことをビクターは誰かから聞いたのだろう。
「はあ・・・ランスロットさんがそれでよいとおっしゃるならば」
「報告ありがとう」
「いいえ、当然のことですから」
「しかし、ソニア殿のことを考えて・・・報告しない、という手もあったのにな?」
「・・・ランスロットさん」
ビクターは更に驚いた表情をランスロットに向けた。
その視線に気付いて、は、と慌ててランスロットは自嘲気味に笑った。
「ああ、違う。君の、職務に対する意識を疑っているわけではない。ただ単に・・・みな、ソニア殿のことを好きだからな。わたしに怒られる姿を見るのは嫌なのだろうし、と思っただけだ。ふふ、愚痴になってしまったかな」
「いいえ」
確かに自分は、ランスロットに言うとまたソニアが怒られるのではないか、とは思っていた。
それに心当たりがあったビクターの方が今度はわずかに頬を紅潮させて
「まったく思わなかった、わけではありません・・・。申し訳ありません」
と頭を下げた。
「はは、いい。誰もがそう思うだろうからな。わたしは頭が固い大人なのだろうな、君達から見れば」
「そんなことはありません。ソニア様が自由すぎるだけです」
「・・・そうか」
しまった、慰められたのかな、とランスロットは軽く肩をすくめた。ビクターは小さく笑いながら、話を続けた。それはランスロットにとっては思いも寄らない話の続きだ。
「それに、ソニア様はランスロットさんに怒られるのは、多分、嫌いじゃあないですよ」
ビクターのその言葉にランスロットは無表情で強張った。
そして。
「そうか」
と同じ言葉を繰り返すのだった。

カノープスはソニアをつれて夜の空を飛んでいた。
マラノは城壁に囲まれた都市だから、そこを行き来する人々は空を飛ぶ魔獣やカノープスのような有翼人と提携して暮らしている。特に貿易都市として物流が盛んであるから、ワイバーンなども多くみかける。空を飛んで攻め入るしかないけれど、空を飛べば同じように空を飛ぶ者にみつかりがちだ。商人なんてもんは金がすべてと思っているから、反乱軍を発見すれば金目当てでアプローズに報告をするに違いない。それはソニア達もかなり懸念していることだった。だから、彼らは明日からは商人風の姿で移動をすることにしている。
が、ここトリエステはマラノからかなり離れた場所だったから、夜の散歩をカノープスがしたところでそれを発見して反乱軍だ、と思う者もいないだろう。
「お前、少し太ったんじゃねえの」
「ああ、そりゃそうだ。動いていないからなあ」
「以前より少し・・・んー、まあ、なんだ、ちったあ女っぽくなったんじゃないか」
「だから、太っただけだって」
脇に抱えるソニアの重さにカノープスは誰よりも敏感だ。
天空で右腕を傷つけたソニアはそれからの運動量が格段に落ちていた。
今でこそなんだかんだで前線に戻ることが出来たけれど、全身を動かすといったことがなくなったし、朝の鍛練も未だに参加出来ない。
その間に彼女の体は当然のように成長をしていた。
とはいえ、伸び盛り、育ち盛りといった年齢は既に越えている。その彼女に体はただただ女性としての体のラインを作るようになんとなく全体が丸みを帯びてきたように見える。
もともと手足どころか体全体が細くてきゃしゃなソニアは、いつ見ても「少女」と呼ばれるほどに貧相だった。それが心持違うようにカノープスには感じられる。
「体が少しばかり重い。でも、右腕が動くようになってきたから、早く元に戻れるようにしないと。フェンリル様からご指導を受けたから、ちょっとそれをきっちりしようと思って」
「指導って?」
「えーと、急に腕ももとのように動かないだろ。だから、さ、ちょっとずつ馴らしていくための運動を教えてもらった。マラノ攻略が終われば、その後からでもすぐ始めようと思う」
そんなことを話している間に、カノープスは虫の音がするちょっとした草原に下りた。
なんてことはない場所で、多分そこいらの村人がたまに羽根を伸ばすような(もちろんこの羽根とは、カノープスの羽根ではないが)ところだと思える。
夜露に濡れた草の上に、ソニアは無防備にごろりと横になった。
「ありがとう、カノープス!んー、星が綺麗だなあ」
「そうか?月が出てるからあまり星は見えないだろ」
カノープスはそんな彼女の隣に「よいせっと」と声を出しながら座った。濡れた草が彼の体に張り付く。彼は羽根を濡らすことは嫌いだったけれど、この程度の水滴が体に触れることは別に嫌いではない。
空はカノープスが言うように、あまり星は多くない。
が、多分ソニアは、少ししかみえない、光も強くない星でも「綺麗」に見える、ということなのだろう。
それに思い当たって、彼はこの少女のそういうところは結構気に入っているんだよな、とカノープスはわずかに口元だけで笑いを見せた。が、そんな彼など見ずに、ソニアは話をまだ続けているようだった。
「・・・ま、マラノ攻略が終わった後どーなってようが、あたしは自分の身は自分で守りたいから、右腕が今まで通り動けないのは困るんだ」
さらりといったその言葉にカノープスは「おやおや」という表情を作って、ソニアの頭にぬっと手を伸ばした。
「わあ!」
わしわし、と彼女の頭を乱暴になでて
「なーにを後ろ向きなことを言ってるんだよ」
「だ、だ、だだって。こら、やめろー!」
「お前らしくない」
そのカノープスの言葉でソニアは、頭を撫でまわしているカノープスの手首を左手でがっちりと掴み、それでもはがそうと力は加えずにただただ彼の手を握るだけで動きを止めた。
「・・・あたしらしくない、か。わかってるよ」
「だろ」
「それを言ったら、反乱軍に、皇子を加えるなんて、それこそ・・・らしくないだろ」
「・・・ウォーレンのじーさんやらランスロット的には間違ったことじゃないけどな」
「わかってたけど、やっぱりあたしは、そのための軍を作ることは出来なくて期待はずれだったのかもね」
「ばーか、んなわけねえだろ。何を今ごろそんなこと言ってんだって。無理無理。無理だって」
そう言ってカノープスは笑った。
「そのための軍、なんて意味ねえよ。どーいう形であれ、帝国に叛旗を翻して、それを貫ける集団が必要だったんだ。たとえ、もうちょっとでもお前がゼノビアよりの人間だったら、とか、皇子に反乱軍を任せるためのお膳立てをもっとしてくれたら、とか人々が思っても、それは今だからいえる、後付けのことだろ。最初はそんなもんは誰も望んでいやしなかったんだし」
「でも、ゼノビアで、あの乳母に会った時から、いつか来る時だって知ってた。でも、あたしにはそんなものは出来やしない」
そしてその結果。
いつ、道を違えるのか、という危惧を抱きつづけることになってしまった。
そしてどれだけ強がっても、その不安に時折押しつぶされそうになる。
少し前までは、聖剣に選ばれた特別な自分、天空の三騎士に認められた特別な自分、に対して怯えたいたのに、今はこの先の自分と反乱軍、そしてゼノビア復興組の将来に対して憂えている。どうしたってソニアの悩みの種はつきない。
「そんで?なんで今お前、そんな憂鬱そうなわけ?」
「憂鬱そうに見える?」
「ああ」
カノープスはそっとソニアから手を離した。
彼女は少しだけカノープスを睨みながら
「別に」
と不平そうに呟いた。やれやれ、とカノープスはカノープスは口を尖らせて首を横にかしげる。
それから少しだけ考えた後、彼は恐ろしい言葉をソニアに向けて発した。
「お前、ランスロットが欲しいのか」
「・・・なんだ、それ」
カノープスのその言葉にびくりと反応して、ソニアは驚きととまどいが混じった顔で彼を見上げる。カノープスは不満そうな表情をむけて、もう一度言った。
「ランスロット達が、欲しいんじゃねえの。なくしそうだから」
「・・・どーゆー意味だ」
「ランスロットやウォーレンのじいさんがさ、ゼノビアを選ぶのが嫌なんだろ」
ランスロット単体についての言葉じゃない、ということに気付いてソニアはそっと内緒で胸をなでおろした。
「選ぶも何も、彼等は最初からゼノビアの人間だ」
「俺は別にさあ、今の暮らし気に入ってるし、トリスタン皇子なんて知らない人間に今後のこの大陸を治めて欲しいと思ってるわけじゃあない。でも、正直、会いたくねーよ・・・。こんな旅の途中で、反乱軍がおかしくなっちまうのは嫌だし、ウォーレンのじーさんのことも、ランスロットのことも、嫌いになりたくねーもん」
カノープスはそういうと髪をかきあげた。
思いもよらないカノープスの言葉にソニアはびっくりして上半身を起こす。
「カノープスは、トリスタン皇子と会いたくないのか」
「ないね。いっそのこと死んでいてくれたほうがいい・・・。でも、生きているようだし、誰もこの先のこの大陸をまとめることが出来なければ、そりゃまたそこで戦が起こるんだろ。だからみんな喜んでいるんだよ。ゼノビアの王族の血が欲しいわけじゃあない。みんな人身御供が欲しいだけなのさ」
「・・・」
「出来た人物なら、嬉しいとは思っているけど、駄目な人間でもランスロットはトリスタン皇子に忠誠を誓うだろうし、ウォーレンのじーさんだっていくらでもうまく仕立て上げるだろうさ。お前があのじーさん達によって、リーダーに仕立て上げられたようにさ」
「そうだ。きっと同じだ。トリスタン皇子は、あたしと」
ソニアはそう呟いて、カノープスにぐしゃぐしゃにされた髪をめずらしく整えようと、ひとつに束ねている紐をするりと左手でほどいた。彼女はここ数週間で随分と左手が器用になり、髪をまとめることもできるようになった。
そして束ねている紐は、以前ランスロットから貰ったものだ。
ばさり、とあまり美しいとはいえない赤毛の髪を前にもってきて手櫛で梳く。
その仕草を見つめながらカノープスはもう一度言った。
「同じ上に相手はゼノビアの皇子だ。反乱軍にいれば、確実にランスロットはそいつのものになる」
今度は完全にランスロット1人に絞った話になっていることにソニアは気付いて、落ち着いた声で反論をした。
「ランスロットはものじゃない」
「騎士ってのはモノだろ。何かに忠誠を誓うなんざ、生きてるモンがすることじゃない。誓うなら自分自身に忠誠を誓うほうがよほどいいってもんだ」
「・・・なんでカノープスはそんなにランスロットのことにこだわるんだ」
「こだわってるのは、お前だろ。だから、俺は言いたくもないこんなこと言ってるんだ」
ずばりとカノープスに言われてソニアは髪をまとめる手を止めた。
「そっか」
「そーだよ」
「それはすまない」
「どーいたしまして。そんな風に思ってねーくせに」
「ははは」
そう笑ってソニアは星をみつめた。カノープスも仕方がない、とばかりに空を見上げる。
カノープスはどこまでわかっているんだろう。ソニアはそれから少しばかり瞳を閉じた。
自分がランスロットを慕っているその感情が、どれくらいのものだとカノープスが思っているのか、勇気を出して聞いてみたいとも思ったけれど、それは無謀な行為だとソニアは思う。藪をつついて蛇を出すようなものだ。
ばさ、と髪を束ねないままでソニアはまた草の上に横たわった。
「カノープス」
「ん?」
「星が綺麗だぞー」
「わーってる、わーってる」
そういいながらもカノープスは夜空を見ないで、ソニアの髪をじっと見る。
「おい、触っていいか、髪」
「なんだ、いつも断わりナシで触るくせに!」
「そーなんだけど」
「いいよ。別に。減るもんじゃないし」
「抜けるかもしれないけどよ」
どうでもいい相槌を打ちながらカノープスはソニアの髪に手を触れた。
いつも彼女は自分の髪を嫌っている。ごわごわしている、とかまとまりがわるい、とか色が嫌、とか。マーメイド達の髪を綺麗綺麗と無邪気に言いながら照れくさそうに触れたり、ノルンの髪をうらやましがったりとそういうところは多分女の子特有の部分なんだろう。コンプレックスに持っていることをカノープスは知っている。
でも、ソニアは自分の髪をまとめて紐で縛るときはとても愛しそうに大事そうな表情を見せることを彼は知っている。
そのときだけ、ああ、女の子なんだなあ、といつも彼は思うのだ。
もちろん、その髪を縛る紐をくれたのがランスロットだなんて彼は知らないけれど。
そしてこの少女を色々な意味でなぐさめたり元気づける術も、今の彼にはないけれど。
さらさらと、彼のものとは違う赤い髪がカノープスの手からこぼれおちた。

「少し遅すぎるぞ」
カノープスは複数人の兵士とごろ寝をするだけの部屋の前ででくわしたランスロットにそう言われて肩をすくめた。
ソニアを抱えて飛ぶところをランスロットに直接見られていることを実はカノープスは知っていた。
つい先ほどソニアが今日寝泊りする部屋(もちろん彼女は常に個室を与えられたいるが)に送っていったとき、そこにランスロットの姿がないことを「おや」と思ったものだ。
そう。今日の彼は確信犯だ。
いっそのことランスロットがソニアを待ち伏せして怒ればいい、とすら少し思っていた。
「確かにちょっとばかし遅くなった。ちょーっとだけ反省している。俺を待っていたのか」
それには静かにランスロットは答えた。言い訳がましくないその穏やかな声音は、多分嘘はついていない、とカノープスに思わせるには十分すぎるほど普通だった。
「いや、違う。今ウォーレンのところに地図を届けにいった帰りだ」
「そっちこそ、寝るのが遅いんじゃねーの」
「ああ、もっと早く眠るつもりだったが・・・」
と、思いついたようにカノープスは意地悪そうに笑って
「本当は地図云々なんかじゃなくて、ゼノビア復興について熱く語っていたんじゃねえの?」
なんてことをランスロットに言う。
そんな嫌なつつき方に対して別段ランスロットは表情を変えることもなく静かに
「わたしは今まで、ゼノビア復興についてそう熱く語っていたことがあったのかな」
と聞き返してきた。
おや、これはまためずらしい切替しだなあ、とカノープスは表情を緩めた。
砦の中はしん、と静まり返っていて外で鳴く夜の鳥の声が時折聞こえる。
この砦は取り立てて外敵から都市を守る手段の一角ではあったけれど、そもそもそういう機会が多くあると想定されていないから作りも杜撰で、あまり壁が厚くないのだ。
カノープスは部屋の扉から離れて声を潜めた。
「語らなくても、お前さんが忠実な騎士だってことと、ソニアに接している様子を見ればわかるよ」
「ソニア殿に接している様子・・・?」
「本当に生真面目にさ、ソニアをサポートしてるじゃねえか。それがゼノビアに向けられたら、と思えばわかるってもんだよ」
「それは買いかぶりすぎだ・・・」
「でも、冷めてないだろ。まだアッシュの旦那の方が冷めてる。同じゼノビアの騎士だけど、あのおっさんは戦が終わった後のゼノビアに期待をしているわけじゃない。過去のことを清算するために戦ってるよーなもんだ」
「カノープス」
ランスロットは小さく首を横にふった。
「熱いも冷たいもない。人が生きていくには指導者が必要だということを誰もがわかっているはずだ」
「そりゃそうだ」
そう言うとカノープスは「お手上げだ」というポーズをわざととってみせた。多分この聖騎士はそういう問答を自分としたくはないのだろう。
「次はもう少し早く帰ってきてくれ」
ランスロットはそう言うと、「おやすみ」といつもと変わらぬ声で挨拶をして背を向けた。
それだけをきっと言いたかったのだろうけれど、それなら明日でも構わないとも思うし、一体なんなんだろう、とカノープスは少しばかり首を捻る。やっぱり待ち伏せしてたんじゃねえか、と呟きながら、同僚達がごろごろと眠っている部屋の扉をそうっと音をたてないように開けた。
とりあえずカノープスにわかったことは、ランスロットはこの夜の散歩についてソニアを咎めないだろう、ということだった。

「なんだこりゃ!」
翌早朝ソニアはノルンから手渡された衣類を見て首を傾げた。
「ソニア様がおっしゃったのではないですか。マラノ付近は貿易が盛んだから・・・」
「商人の恰好が一番怪しまれないと」
ノルンの後を追って言うのはテスだ。
「ハイランドあたりの商人風ですね。この服は」
きゃいきゃいとオリビアとラウニィーは楽しそうに着替えている。
ラウニィーやテスといった多少鎧を身に着けている女性は、肩あてだけをはずして薄皮の胸あての上からチュニックのような衣類をかぶる。彼女達は髪をまとめて結い上げていた。
前述のとおり貿易の拠点になっているマラノでは多くの商人が空を飛ぶ魔獣にのって移動をしている。その際に髪を下ろしているのは風で面倒なことになるため誰もが結い上げたり後ろでひとつにまとめるのが主流だ。
とはいえ、商人達も様様な地域からやってくるのでその衣類は数限りない種類がある。
ラウニィーとテスはきりりとした商人風のいでたちになってお互いになんだか満足そうだ。特にラウニィーは金髪を高く結い上げて、ところどころに出ているおくれ毛が光にあたるときらきらと輝いて大層可愛らしい風体だ。
可愛らしいオリビアとノルンとオハラはプリーストだから鎧の有無にこだわらない恰好ができる。すそにむかって少しふうわりとふくらみ、きゅっと足首でしぼっているパンツに、すそや襟ぐりに豪奢な刺繍がしてある、生成色の腰で絞る上着を着た。軽くて動きやすくて、けれどもなかなかに儲かっている商人のお手伝い風だ。
「男のほうはどーなってんだ?」
「男性はどうしても鎧を着なければいけませんから、もう仕方ないですね。みなさんローブやマントを羽織っていらっしゃいます。もともと身軽な方々はやはり商人風の恰好になっていただきましたけれど・・・まあ、商人の護衛兵みたいな感じにしあがっていると思います・・・あっ、ソニア様!?」
もともと身軽な方々、というのはおおかたガストンやらウォーレンのことでも言っているのだろう。
ソニアはわくわくして部屋からするりと抜け出すと(背後からノルンが「早く着替えてください!」と怒っていたが)早速ウォーレンを探しにいってしまった。
ウォーレンがあてがわれている部屋に、彼の気配を感じてソニアは大喜びで「ウォーレン、いいか?入るぞー」と元気よく声をかけて扉を開けた。もう左手をそういう普通の日常で使うことはなんの抵抗もなくなっている。
ウォーレンは「おはようございます。用意は出来て・・・おらなんだか・・・」
とソニアの恰好が変わっていないことにすぐに気付いてそう言葉を濁した。
が、当のソニアはウォーレンを見て口を尖らせる。
そして、一言。
「・・・なんだー!いつもと変わらないじゃないか!」
「年寄りはこーゆー恰好と相場が決まっておりますからのう」
「誰が決めたんだ、そんなこと!」
「世間が決めたのですよ」
「もっと活動的な年寄りもいるぞ!」
「年寄り、とは不愉快な言い草」
「ウォーレンが先にいったんじゃないか」
ウォーレンは相も変わらず魔道士風のローブを着ているだけだ。つまんない、とソニアは口を尖らせた。何を期待していたのか、といえば、ウォーレンが動きやすい上下のパンツスタイルで、おおかた頭にローブをまいた姿でも想像していたに違いない。多くの男性兵がいる中であえてウォーレンの様子を見に来るあたり、どうもソニアの感覚はおかしいのではないかと思われる。
そしてたまたまとおりがかった古株エンチャンターのテリーに回収されてソニアは部屋に引き戻されてしまうのだが。
(「またそんな予想通りウォーレン様のところに」とか言っていたから、彼にとっては理解出来ることだったらしいが)

「あら、可愛いじゃない、ソニア殿」
くっくっく、とラウニィーは笑いながら言う。
ソニアの髪をまとめてやったオリビアも笑いをこらえながら
「なかなかお似合いですよ」
と言って手鏡を見せた。
「・・・変なの・・・」
その鏡を見てソニアは眉根を寄せる。
ソニアはいつもと変わらない恰好でローブだけを羽織る、と言い張ったのだけれど、彼女にローブはあまりにも似合わない。まだランスロットのマントにでもくるまってる方が幾分マシというものだ。
結局ノルンやオリビアと同じようにすそがすぼまっているパンツをはいて上着を被る。一応中には皮の薄い胸当てをしているけれど、こんなものは実戦闘であまり足しにならない。けれどももともと軽装が好きなソニアはこの恰好で動き回るのは多分嫌いではないだろう。
せっかくだから、と、いつも背中の真中くらいでしばっている長髪をもちあげて高い位置でオリビアが結んでくれた。腰に本来巻くはずのシルクの細いスカーフで髪の根元をぐるぐるまいて少し根元を高くもちあげるのが今風なのだ、とか言っているけれどソニアにはよくわからない。
そのとき、紳士的なノックの音がした。
「みなさーん、そろそろ準備が出来ましたか?」
キャスパーの声だ。おおかたランスロットあたりに「呼んで来てくれ」とでも言われたのだろう。
「キャスパーはどんな恰好なんだ?」
ソニアは大喜びで扉を開ける。彼女にとってはどうも、自分の恰好がどう、とかいうことは何の興味もないらしく、感想はただひたすら「変なの」だけの様子だ。けれどもそれに反して人々がどういう状態になっているのかは興味津々らしい。
どうやらウォーレンを見た後は、有翼人がどういう恰好をしているのか気になっていたようだった。
「・・・なんだ!いつもと変わらないじゃないか!」
また先ほどと同じような言葉を発する羽目になったけれど。
おっとりして少し気弱にさえ思えるキャスパーは驚いた顔でおどおどと答える。
「え、え、え。あのお、僕とカノープスさんは、変わらないですよう・・・。僕達バルタンは、小荷物を運んだりするのに重宝がられていますから、あちこちにいるんです。だから、ここいらへんはどこで飛んでいてもそうそう怪しまれないですし」
「ちぇっ、つまんないの」
丁度そんなことを言っている間に、キャスパーの後ろからスルストが歩いてきて、めざとくソニアを見つけた。
彼はもともとえらく長身で、しかも肌が褐色のため嫌でも目立ってしまう。コカトリスに乗るといっても、本当の魔獣使い達はそうそう体は大きくない。何をしてもかなりの存在感だ。もう仕方がないので用心棒扱いということでいつもより軽装の鎧を身につけている。
そもそも彼が持つ大剣ザンジバルはとてもではないが普通の人間にはふるえないものだ。彼がそれをもっているだけでも威圧感があるのだから性質が悪い。それを考慮して「やっぱスルスト様は今回ははずすか」とソニアが言い始めたら彼は駄々をこねて「連れて行って欲しいデース!」なんて可愛らしいお願いをしたものだが。
「OH!ソニア、とてもキュートですネー!」
「あ、スルスト様おはよーございます」
「いつもそうやっていると素敵なのに。いや、でもたまに見られるからこその価値ですネー?」
「かち?」
ソニアが眉根を寄せる。なんだなんだ、とラウニィーとテスも部屋から出てきた。
「OH!みなさんビューテホー!」
スルストは大仰に両手を広げて叫ぶ。朝からテンションが高い男だ。
「おはようございます、スルスト様。いつもの鎧も素敵だけど、軽装の方がイカしますね」
とさらっと言うのはラウニィーだ。
「そう言ってもらえるのは感激デース!」
「ラウニィーさま・・・い、イカす・・・って」
ノルンはびっくりして言葉を濁す。
多分ハイランドのVIPでもあるウィンザルフ家のご令嬢には相応しくない言葉だったからだろう。
ラウニィーはくすりと笑って
「わたし、お高い言葉はあまり知らないわ。格好いい、とか、お似合い、とか相応しい、なんて言葉より、よっぽどイイと思わない?」
軽装の方がお似合いです、では確かになんとなくばつが悪い表現だ。
「今日も両手に花でわたしは幸せものですネ〜。ああ、天界も素晴らしいところですが、下界もやっぱりいいものデス。さ、男性陣はみな待ちくたびれていますヨ。早くみなさんをエスコートしたくて仕方がないことでショウ」
いちいち言うことは大げさだけれど、それでもなんとなくそう言われればいつもと違う服を着るのも悪くない、とみなは思うものだ。当然、ここにフェンリルがいたらもっと違う展開になっていたに違いないが。
少し恥ずかしがりながらオハラ達も出てきて、砦の前に出ようと移動し始めた。きっと彼女は「ノーマンさんは、どう思うかしら」なんていう女性らしいことを思っていただろうし、ノーマンはいつもと違う恰好のオハラを見てそれはそれでまた1人で舞い上がってしまうに違いないのだが。
なんにせよ、金がない反乱軍で、どういう形でも新しい服を着られるのは嬉しいことなのだろう。
もちろんそんなことにはあまり興味がなくて
「エスコートってどーゆー意味だ?」
とキャスパーに聞いて困らせている人間もいるけれど。

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モドル

ランスロットが色々考えている様子ですね。大変です。(笑)そしてソニアも相変わらず。