誓いの言葉-4-

「一体どうしたんだ!」
ランスロットは路地から上を見上げて、向かい側の屋根に登っているキャスパーに叫んだ。
彼が発見したコカトリスはふらふらと妙な動きを見せて町から外れた方角に飛んでいく。が、そう思ったのもつかの間、ぐんぐんと高度をさげていく。傍目から見てもその高度の下げ方は普通ではなく見えた。あれは、きちんとした乗り手が乗っていないか、あるいはコカトリスが負傷をしているか・・・。ランスロット達の表情が強張る。
「わかりませんっ、わかりませんが、あれはソニア殿が乗っているはずのコカトリスです!」
「間違いねえな」
外の剣幕に驚いて、中でアイーシャと共にいた、トリスタン皇子の従者らしき人物が2人扉を開けて細い道に出てきた。
「一体何の騒ぎですか」
ランスロットはそれへなんとか冷静を装って答えることが出来た。
心中はもちろん穏やかではないに決まっている。
「我らのリーダーのコカトリスが西の方角に飛んでいくのが見えたのですが、何か事情があってか、制御が出来ない状態らしいのです・・・カノープス!わたしを連れて行ってくれ!」
「おうよ!」
「キャスパー!みなに待機するように伝達を頼む。それから、いざということがあるやもしれん。オリビアを連れてカノープスの後を追ってきてくれ」
それは、怪我人がいる可能性がある、ということだ。
アイーシャは今人質扱いになっているから動くわけにはいかない。それを考慮しての人選だろう。
「は、はいっ!」
ランスロットの言葉を聞くやいなや、キャスパーは屋根から飛び立ち、ヘンドリクセン達がばらばらと手持ち無沙汰に動いている路地に向かって行った。
「お騒がせして申し訳ございません」
そう言って家屋から出てきた従者達に一礼をすると、ランスロットはカノープスの腕に掴まる。
カノープスは従者達が見ている目の前で大きく翼を2、3度はばたかせてから、わずかに地を蹴って空へと舞い上がった。

トリスタンは町外れを一人歩いていた。
彼自らこの町の情報屋に会ってきた帰りだ。
立場が難しい彼は、表向きには通常そういったことを従者達にすべて任せているけれど、それでは彼にとって欲しい情報が得られないときもある。だから、そういうときはこうやって、まあ従者を引き連れているのは仕方がないけれど、自分で足を運ぶことがある。その用事が終わってから、少しだけ気分転換をして帰るから、と先に無理矢理従者を返したのだ。
トリスタンの身を思って、いつでも従者達がいるのはありがたい、というか、その気持ちだけは嬉しい。
けれど、彼とて人間だから、家の外でだって一人になりたいこともある。
それに、あまりいつも複数人で必ず動いている、なんていう人間は町の人々からも胡散臭く思われてしまうだろうし。だから、今日は一人でふらりと散歩をして帰るつもりだった。きっと戻る頃には、マラノに先に行かせた部下たちからの報告があるのではなかろうか、なんて思いながら。
町に続く細い街道は小さな森の入口あたりで二つに分かれている。そこまで歩いていったら折り返して帰る。
それが、この町に5日前に来たトリスタンが、2日目くらいに決めた気分転換ルートだ。
町外れとはいえ街道があるから人の行き来はわずかにある。だから誰が歩いていてもおかしくない。けれど、うとましいほどの人通りはない、という、身を潜める彼にすればありがたい道だった。そんな道を見つけるところを見ると、案外とこの皇子は良い嗅覚を持っているらしい。
「ん?」
と、突然空を何かが通って、日なたを歩いていたはずの彼と日光の間を遮った。
深くフードを被っているせいか、と一瞬思ったけれど、その耳には何かのはばたきの音が聞こえる。
はっ、と頭上を見ると、ふらふらとコカトリスが飛んでいる。
「・・・なんだ?」
彼もまた、コカトリスの操縦はあまり得意ではない。
危険とされることを彼の従者は基本的には彼にやらせないようにしていた。
それでも剣だけは護身の術として覚えさせてもらったが、空を飛ぶことはあまりなかった。そもそも、空を飛べばおのずと目立ってしまうから、地域地域への移動はその足か、ケルベロスに乗って運搬されることがほとんどだった。
が、成長した彼は、彼の周囲の者達自体があまり空を飛ぶ魔獣を操った経験がなかっただけらしい、ということだったと知ったのだけれど。
普通に考えれば、何かよからぬ事態が起きて彼が自力で逃亡することになる可能性だってこの先あるはずだ。
それなのに逃亡手段が限られるということは、彼の生命をおびやかす率が単純にあがることに決まっている。
25年間逃げ続けてきた彼らは、あれもこれもと皇子に詰め込むような余力はなかったのだろう。
が、そんな彼でも一目でわかる。つい先ほどふらふらと飛んでいたのに、今は。
あれは、着陸間近の態勢だ。
けれどもそのコカトリスのスピードは普段見慣れた「人を乗せている」スピードではない。多分、野生のコカトリスであればこのような速度で降りてくるのだろうが、逆に野生であれば町に近いこんなところにくるはずもなかった。
そのコカトリスはふらふらとした後でぐるり、と向きを変えて、トリスタンが歩いている道の左側に広がる草原に向かって空から突進してきた。
「・・・うわ!」
コカトリスの翼が巻き起こす突風はグリフォンの突風ほど凄まじくはないけれど、それでも至近距離であれば風にあおられてしまう。
「きゃああ!!」
女性の声がする、と、風をうけながらトリスタンは気付いた。
あのよたよたして、そしてそのあと急速に地面に近づいてくるコカトリスに女性が乗っている。
突っ込んでくるコカトリスの上で何かが光った。
それは女性の装飾具か何かだろうか?
「きゃああああーーーーーっ!!!」
トリスタンの目の前でコカトリスは草原に着陸した。
イリューネがものすごいストレスが蓄積した状態で「もー、信じられない、この人間振り落とす!」くらいの剣幕であることをラウニィーも、街道を歩いている人間もわかるはずはない。
が、そんなイリューネの手綱を握っていたラウニィーは、荒っぽい、本当に野生のコカトリス状態になってしまったような着陸に耐えらなかった。着地の衝撃で手綱から手が離れて吹っ飛ばされてしまった。
人の体が宙に浮いて、そして草むらにどさっと鈍い音をたてて落ちるのを見て、トリスタンは舌打ちをした。従者がいれば、そんなはしたない、と怒られるに違いないが、そもそも王宮暮らしなぞ彼の人生ではほんのわずかなものだ。そういった、庶民が見せる下品と呼ばれる癖がついてしまっていても仕方がないことだ。
「コカトリスの気がたっていないといいが・・・」
元来野生の魔獣は仲間になったとしても調教期間が必要だ。
頭が悪くない魔獣達は、自分の意志で考えて行動をしたがる。それを人間の言うことを聞かせようというのだから大変に決まっているし、調教が済んでいない魔獣なんかはビーストテイマー、ビーストマスターでなければ扱えない。
誰が見ても、野生のコカトリスを身分不相応に女性が乗っていたらしい、とわかる状況だ。
当然この場合ある意味本当に身分不相応であり、ウィンザルフ家のご令嬢が単身でコカトリスに乗っている、という状況自体がおかしいのだが・・・。
「大丈夫か!?」
街道に行きかう人々は、どうしたことかと見ているだけで、コカトリスに近寄りはしない。
野生のコカトリスに下手に近寄って、コカトリスの攻撃手段であるペトロブレスを食らってしまえば石になってしまう。
トリスタンは草原に駆け出して、コカトリスの背から振り落とされた人物に近寄っていった。
「!」
長い金髪をおしげもなく土や草の上にひろげて倒れている女性のもとにたどり着いた彼は、一瞬息を呑んだ。
まだしっかりと見てはいないけれど、ほんの一目でわかる「美形」だ。
商人風の服を着ているけれど、あんなコカトリスの乗りっぷりではここいら辺の商人だとは思えない。
髪は結い上げていたようで、頭の上で止めていたらしい紐をからめた、それを固定する銀製の髪留め(光っていたのはこれなのだろう)が遠くに飛んでしまっていた。
「頭は打っていないかな」
あまり動かしてはいけないだろう。
息をしていること、脈がわずかに早いけれども規則正しいことを確認して、それからトリスタンは彼女の体のどこも打撲をしていないかを確認した。
「ご婦人に失礼だが」
誰も聞いていないけれども彼はそう言い訳をしつつ、彼女の腕に触れた。
柔らかい。けれども、鍛えてある腕だ。若い女性のわりには二の腕が引き締まっているように思える。
大方軽い脳震盪でも起こしたのだろう。どこも怪我をしている様子はない。
「・・・む?」
と、そのとき、トリスタンは彼女が服の下に軽い皮の胸当てをしていることを確認した。
「・・・」
(戦うのか。こんな美しい女性が)
眉根を寄せて、倒れている女性−もちろんラウニィーだが−をまじまじと見る。
案外と良い身なりの商人に見えるから、この身なり相応の金があれば護衛兵なんかもつけられるだろうに、自分で戦う女性なのか、と意外に思いながら彼女の顔をみつめた。
長いまつげは女性らしくふさふさとしている。綺麗な形で弓形を描いている眉毛も、何故だか一目で「整っている」と思わせる要因の一つだと彼には理解出来る。
が、今はその美しさを確認したいわけでもないし、賛辞を送りたいわけでもない。
頭を動かさずに、声をかける。
「おい、しっかりしろ。大丈夫か」
「ん・・・」
薄く開かれた、少し下唇が厚い口元からかすかに声が出た。
そのとき、彼の視界の隅に、誰かがこちらに向かって飛んできている姿が見えた。それがこの女性とコカトリスを探してまっすぐ飛んできていることは明らかだ。
ただ、この女性の仲間なのか敵なのかはわからない。それでも、彼はあまりここで事を荒立てるわけにはいかない。
「ちっ」
もう一度トリスタンは舌打ちをすると、その女性を横たえたままでその場を離れ、街道に戻ろうとした。街道から様子を伺おうと思ったのは悪い選択ではないだろう。
最後にちらり、とわずかに振り返り、その美しい女性の姿を目に焼き付けた。

「おい、ラウニィー!」
「う・・・うーーーん」
ランスロットがイリューネを大人しくさせている間にカノープスはラウニィーの体を軽く揺らして声をかけた。
「ラ・ウ・ニィィーー」
「ううーん、いてててっ・・・。腰が痛いわっ・・・」
「おし、気付いたか」
「あら、あたし・・・」
目を開けて、体を起こして、ラウニィーはきょとん、と周囲を見渡した。
それから状況を把握するのに少しばかり時間が必要だったようだが、立ち上がってぽんぽん、と草を払いながら彼女は叫んだ。
「もーっ!帰ったら、ギルバルドに特訓してもらわなきゃあ!コカトリスロデオになっちゃったわ!」
遠くからキャスパーがオリビアを連れて飛んでくる姿が見える。ラウニィーは現金にもそれを目ざとく見つけて手を振っている。天真爛漫なのにもほどがある、ソニアの方が少しはしょげるもんだ、とカノープスはがっくりと肩を落とした。
「一体何がどーなってんだか説明しろ!こら!お前がコカトリスに乗れないのはよーくわかった。なんで一人なんだよ」
「ああ、そうそう、そこなのよ!」
キャスパー達が丁度降りてきたときに、ラウニィーはくるっとカノープスを振り返る。
ランスロットも足早に近づいてきたときだった。
「ソニア(もはや呼び捨てだ)とスルスト様が新婚さんになったのよ!」
「「はあ?」」
バルタン2人組はそれぞれ眉根を寄せて心底嫌そうな表情と、何がどーなってるんだ、と驚きの表情とを作った。もちろん、カノープスは前者だが。
ランスロットもまた、非常にカノープスに近い、難しい表情を見せて、概要を聞く前に小さく溜息すらついた。

マラノの都に潜入したソニアはスルストと共に宿探しを始めていた。
とりあえず婚礼の儀は明日の午後からだから、さっさと宿をとり、情報屋と連絡をとらなければいけない。
朝早く出てきたから、今はようやく昼前だ。
「あーあ、たらい回しでもう嫌になっちゃったなあ。ねえ、スルスト様、野宿じゃダメ?」
アプローズ男爵の婚礼の儀を見たい、という人間で賑わうマラノでは、宿屋も大繁盛だ。
あっちの宿屋にいけば「満員だから、3つ向こうの宿屋にいくといい」と言われ、そこにいけば「2つ曲がった路地をはいったところの宿屋に行けばいい」と言われ・・・と彼女たちはもう4軒も訪ねているのだ。
「何を言ってるのデス!かよわい女性を野宿させるなんて、そんなこと出来るわけありまセーン!」
「何を今更」
「そ・れ・に。ワタシ達は新婚サンなんですから、野宿なんてしてたら怪しまれマース」
「し、しんこんさんっ!」
ソニアはその言葉に反応し、苦々しそうに口元を歪めた。
「もー別に検問した人間がいるわけじゃないんだからいーですよーっ。やだ、新婚さんなんて」
その嫌がる様にスルストは笑って
「やっぱり相手がワタシでは不服なんですネー、ソニアは」
なんてことを言う。それは当然彼流の意地悪なのだが、ソニアはくそ真面目に
「そ、そういう意味じゃあないですっ!不服とかどーとか、そのう・・・だって、結婚って器量がいい女の子しか出来ないものなんでしょう?」
「OH!なんて悲しいコトヲ!」
大仰にスルストは驚いてみせた。そして、かなりの身長差であるソニアの顔を覗き込むように上半身を折り曲げて顔を近づけた。びく、とソニアは体を一瞬後ろに引く。
(な、なんだか最近スルスト様は話をする距離が近くて困るんだよなあーーー・・・)
「いーデスカ?女性として生まれたからには・・・」
なんていうお説教(にソニアは聞こえてしまう)まで待っているのだから、ほとほとソニアは困ってしまっていた。
彼女はスルストのことは嫌いではなかったし、むしろ、腕っ節も申し分ない素晴らしい天空の騎士であるから、通常は「尊敬」という念がわからない彼女ではあったが幾ばくかそういった感情があることも否めない。けれど、これとそれとは話が違う。
ただ、こうやって2人でいると改めて彼が経験豊富な人間だということがソニアにも伝わる。
例えば、スルストはソニアの腕のことを知っていたから、人ごみの中でも彼女の右腕をうまくかばって歩いてくれている。もちろん、誰がいても多少気がつく人間ならばそうしてくれるだろうが、このスルストの
「それ」はスムーズで無理がない。
そのエスコートぶりはフェンリルがいれば「日ごろの悪行も多少は役に立つようね」と辛口な評価をしてくれることだろうに。
しかし反面カノープスがいれば「下心見え見えなんだよ!」と激しく突っ込みをいれてくれただろうが。
「でもまあ、安心してくだサーイ。もしも、万が一野宿になったとしても、ワタシがユーを一晩中お守りしますカラ。ネ?」
それは、今は十分睡眠をとってきて、眠りの周期にはあと2、3日たたなければはいらない彼が言うことだから嘘偽りがないことなのだろう。とはいえ、それが今は最重要事項というわけでもない。
「はあ・・・ありがとうございます」
そういいつつソニアはマラノの町を見渡してチェックを入れることに余念がない。スルストは内心、彼女のその様子を見て感心をしている。
ソニアはあまり頭を動かさずに視線だけで辺りを見回す。が、それが不自然に思えないのは頭を動かすときには眼球を多く動かさないからだ。頭も動かして視線も彷徨うと一層きょろきょろと見回している風に見える。そして、彼女は一度目をやった場所を後からもう一度見ることはほとんどない。それは、一回で自分が必要としている情報を得ている、という証拠だ。
もうひとつスルストが感心するのに、ソニアはいつも人と歩く時に、剣を引き抜けるだけの距離を軽くおいている。この人ごみではそれは無理なのだが、それを悟っている彼女は、今日は腰あたりに短剣を携帯していた。最初は一体何故そんなものを身につけるのだろうか、と不思議に思ったが、剣を引き抜くにはそれ相応の空間がいる。特に大剣をもつスルストはそれを理解していた。このごみごみしたマラノの町では、腰から背中から縦に剣を引き抜くのでもなかなかにおっくうだ。それを見越して普段は持たない武器を持ってきたのだろう。
「ソニアは、誰に剣を習ったのデスか?」
「突然、なんですか?」
「いいえー。ユーのことをもう少し知りたいと思っただけデース!・・・ご迷惑デスカ?ユーともっと色々お話をして仲良くなりたいデース!」
「別に迷惑じゃないけど・・・。そういうお話は、宿を決めるのと情報屋に会うのと、やるべきことをしてからにしましょう。スルスト様と仲良くなるのは嫌じゃないですが」
「OH!それは嬉しいデース!!確かに今はやるべきことがありますネ。ゴメンナサイ」
きっとここにラウニィーがいたら、微妙に2人の「仲良く」のニュアンスが違うような気がすることに気付くのだろうけれど。
「ソニア、逆に情報屋に先に会えば、宿の斡旋なんかもしてもらえるんじゃありまセンカー?」
「ああ、確かにそうかもしれませんね」
情報屋はマラノの町にいくつもある居酒屋のひとつ、通称「ふくろう」(看板の上に木彫りのふくろうのオブジェが乗っかっているからだが)に住み込みでいるという話だった。信用出来るか出来ないかはとても微妙な線だが、とりあえずはマラノに先によこした斥候役はその情報屋を主な情報源としていたらしいし、情報の真偽の確認をしたところどれも正しかったとのことだ。これだけ貿易が盛んなところで裏で動いている情報屋だ。うまくいけばトリスタンの関する情報、アプローズに関する情報をひっぱり出せるに違いない。
「こういう町の情報屋は、注意が必要デース」
「どこでもそうでしょう?」
「比較的、こういった・・・そうデスネ、お金儲けをしようという人間が集まっている、貿易が盛んなところは厄介デス。こういう場所での情報はありとあらゆるものを求められマス。だから、それを集めるには広い人脈とかなりの才能、それから経験とそこそこの金が必要ネ。情報屋と取引する更に情報を集めてくる人間達もがめつく金を請求してくるでショーシ、集めた情報を欲しがる人間が必ず来るわけでもありまセーン!みんなが欲しがる情報なら、情報屋からそれを得た人間が口コミで広げてしまいますしネ。需要と供給、それによって動く金がどんなものかをはじき出すのがとても難しいのデスネ。小さい町なら酒場のバーテンが情報屋兼業でも全然問題ありまセーン。あちらこちらからそこに情報が勝手に集まりますからネ」
「・・・ああ、確かにそうだ。父さんも言ってた」
ソニアは思い当たることがあったらしく、軽く眉間に指先を当てて目を細めると、そうぼそりと独り言をつぶやいた。
「動かなくてもいい仕事と動かなきゃいけない仕事は、動かなくていいほうが効率がいいに決まっているんだって。動かなきゃいけないなら、それに見合った見返りが必要だから。大抵はそれを計算できるけど、情報屋に関しては天性の才能と経験値がないとその計算は難しい。戦術や戦略のプロなんかより余程能力に左右されるって言ってた」
「そうデース。あなたのお父さんは賢い方のようですネ」
「・・・うん、今思うとそうだったんだと思います」
その言葉が過去形だということにもちろんスルストは気付いていたけれど、それ以上は彼の方からは追及はしなかった。大方の予想はついていた。が、何よりもこの少女が「でも、死んでしまったんです」とは言わないその気持ちを大切にしてあげようと彼は彼なりに思う。
と、ソニアはふと思い出したように
「ムスペルムで」
「はい?」
「スルスト様はおっしゃいましたよね」
「何のことでショウカー?」
「あたしはどんなに辛くても・・・死んだ人たちを犬死にさせないため現実を受け入れてなきゃダメだって。力を手にいれるということは多かれ少なかれどこかで誰かが犠牲になっているって」
そういい終わると、ソニアはスルストの答えを聞かずに軽くうつむいた。人波にさらわれそうになる彼女を軽く庇いながらスルストはわざと陽気に返事をする。
「確かに言ったかもしれませんネー」
間違いなくそれは言った、とスルストは覚えているが、あえてそれくらいの曖昧な返事を返す。
「それと同じで・・・犠牲になった人から与えられたことを、ひとつも無駄なくあたしが使わなきゃ意味がないですね。あたしがそれを忘れちゃ、それも犬死と同じだ。知識も、死ぬんだな」
そう言いながらソニアは顔をあげてスルストを見た。
「あたしはあまり利口じゃないから、あんなに父さんが色々教えてくれたのに、たまになんで忘れてたんだろう、ってことがあるんです。スルスト様のおかげで思い出した。ありがとうございます」
「いえいえ、それはお礼を言われることじゃあ、ないですヨ・・・知識も死ぬ。いいことをおっしゃいマスネ」
ソニアはくす、と軽く首を傾げて笑ってから
「それも父さんに教わりました。それすら忘れているようじゃあ、あたしもよくよくの間抜けだ」
と言い放って少し足早に歩いた。

ラウニィーからことの概要を聞いてランスロットはまたまた難しい顔をした。
あまりそうやって顔に出したくないと思うのだが、いつもいつも、どうもソニア関連で彼の耳に入ってくることはあまり芳しくないことが多いと思うのは気のせいだろうか?
かいつまんで、それでも「こういう風に抱っこして」とか話のツボを押さえて多少おもしろおかしく彼女は報告をする。うちとければうちとけるほど、本当にこの女性は本当に帝国のVIPであるウィンザルフ家の令嬢なのか、とも思えるが。きっと彼女に聞けば「社交界はいろんな人間がいるしね」とさらりと答えることだろう。
「では、連絡の取りようがないということか・・・いや、きちんと情報屋に会えば、多少なり違うのだろうが」
「そっちはどうなの?トリスタン皇子の情報は?」
着地のときについた小さな傷をオリビアに治してもらいながら、草の上に座っていたラウニィーはランスロットを見上げて言った。
「ああ、皇子の従者とやらにお会いしたが・・・。やはり、ソニア殿を連れて来て欲しい、とのこと」
すっかりラウニィーとお互いに同等な口利きをすることに馴れたようにランスロットはさらりと答える。
「まいったな。そこまですごえ人出なのか」
カノープスは肩をすくめた。彼でも時には反乱軍の戦況に対してそういった素振りをみせることもある。
「ああ、しかしだからといって今からマラノにいるソニア殿をどうにか探して連れてくるというのも・・・はいるのにも時間がかかるのだろう?」
「んじゃ、簡単じゃない。とにかく事情を説明しちゃえば」
「まあ、確かにそのとおりだな。キャスパー、イリューネを待たせておける場所を探して、そこまで誘導してもらえるか」
「あっ、はい!」
空を飛ぶ魔獣を誘導する術を、同じく空を飛ぶ有翼人達はよく知っている。
逆に乗りこなすことはあまり得意としないが。以前カノープスも言っていたが、鳥が鳥に乗って飛ぶようなものらしく、気分が悪いようだ。キャスパーはそのおっとりした気性とは反対に、迅速に飛びあがった。
「カノープス、私達を先ほどの路地に連れ帰ってもらいたい」
「わーってるって。もういいか?オリビア」
「はい。すっかり傷はふさがりましたよ」
「わからず屋の従者だったら、わたしがガツンと言ってあげるわ!安心していいわよ!」
「そっちの方が不安だってーの」
とはカノープスだ。ランスロットは頷きはしなかったけれど、オリビアは「ほんと、そうですよね?」といいたげな視線をランスロットに送っていた。
が、次のカノープスの言葉を聞いてランスロットはめずらしくあからさまな不快さを表情に出す。
「でも、もっと不安なのはソニアの貞操だなあ。おら、さっさと行くぜ」
さらりと彼が言ってのけたその台詞は、正直品がいい内容ではなかったけれど、ラウニィーもオリビアも取りたててそれを咎めるようなものでもなかった。ジョークの一環だということを二人ともわかっている。(ノルンやアイーシャであれば口うるさくいっただろうが、残念ながら、というかありがたい、というか、オリビアはそういったことをここで咎めても意味がないとわかっている)
「カノープス」
「なんだ」
「そういう言い草はないだろう」
来た来た、とばかりにカノープスは肩をすくめてランスロットに呆れたように言う。
「なんだよ。そこまで目くじら立てる話でもないと思うけど。あのおっさんはどーもソニアのこと気に入ってるんだろ?そんなんムスペルムで会った日からわかってたことだし。それを考えたらないとはいい切れないじゃねーか」
「それにしては失礼だ」
「だってよ、ムスペルムで山ほど女に手えつけてたって話じゃないか?冗談めかしちゃいるけどよ、これでもちっとは本気でソニアの心配をしてるんだぞ」
「あのう、でもカノープスさん、やっぱりそれはいくらなんでもスルスト様に失礼ですよ。いくらなんだって反乱軍リーダーにそんな、こんな時期に・・・天空の三騎士ともあろう人が・・・。そうですよね」
とりあえず穏便に運ぼうと思ったのかオリビアは困ったようにカノープスにそう言うと、ランスロットにお伺いの目を向けた。
ラウニィーは「おやおや」と少し口元がにやけるのを抑えながら男2人のやり取りを聞いている。
「わたしが失礼だと言ったのは」
ランスロットはあくまでも穏やかに、平静さを保ちながら言った。
「ソニア殿に対してだ。いくら冗談だとはいえ、あの方はお前が思っているほどは子供ではない。ありえないことを言うな」
「バッカじゃねーの!そのセリフそのまんま、お前に返してやるっつーの!」
カノープスもまた彼にしてはめずらしく拗ねたような表情でランスロットに叫び、ラウニィーとオリビアを小脇にがしっと抱えた。
「お前、ちっとはそこで頭冷やしとけ!でくのぼう!キャスパーがそのうち拾いに来てくれるから!」
「あ、こら、待て、カノープス!」

「あーあ、やっちゃったわね、カノープス」
「うるせーな」
「なんであんなにムキになっちゃったんですか?」
「・・・腹立つんだよ、あいつは。なーにを根拠にソニアがスルストのこと好きじゃないって断言出来るんだ?んなのわかんねえだろ?しかも、あの年頃の女がなあ・・・」
「カノープス」
「反乱軍リーダーだから、こんな時期にそーゆーことを起こすわけがない、ってよお・・・確かにわかってるけどよ・・・なんであいつは心配にならないんだよ、なあ?しかも、子供じゃないってか!?子供じゃないから心配してるっつーの」
「だって、相手は天空の騎士様よ?」
と言ってからラウニィーは笑う。思った以上に過保護なカノープスの発言がおかしくてたまらない、という風情だ。けれどカノープスは案外と真剣な表情で前を向いたまま
「もとは人間だ。ソニアだって反乱軍リーダーだけど」
「・・・」
「年頃の女だろ。あいつはオハラやらオーロラやらが恋愛をしているところを見たって、ソニアがそういう風な状態になるなんて思ってもいやしねーんだろうよ。スルストのおっさんがどーの、とかそういうこと抜きに、あいつのそーゆー認識が俺は嫌いなんだ」
「それって」
オリビアはカノープスのはばたきの音に負けないように少し叫び気味で言った。
「ソニア様が恋愛をしたら、っていうことですか?」
「そーだよ!でもそんなことはほんのこれっぽっちの話だ」
それの意味がわからずにオリビアとラウニィーは黙った。
カノープスはそれ以上何も言わずに、先ほどまで彼等がいた路地に向かって飛んでいく。
「降りるぞ」
しばらくしてから黙っていたカノープスは二人に合図を送って、高度を下げた。
そのときに、不意にラウニィーは気付いたようにカノープスを見上げて声をかけた。
「そうね、これっぽっちの話ね」
「あん?」
「あなたはソニアを普通の女の子としてみてるのね。だから、無闇に彼女を特別視するランスロットに腹が立つんでしょ」
「・・・まあ、そーゆーこった」
つっても俺もソニアに救われた人間だから、多少は特別な人間だとは思っているがな、とカノープスは付け加えた。そこで話は終わったと思ったけれど、反対側に抱きかかえていたオリビアが順番とばかりに口を開く。
「カノープスさんは」
「ん?」
「ソニア様が好きなんですねえ〜」
「バッ・・・馬鹿言うな!」
オリビアがそんなことを呑気に言うものだからカノープスは慌てて反論をした。が、それはまったくなんの効果もない反論だ。挙げ句には、あはは、と笑いながらラウニィーが追い討ちをかける。
「馬鹿じゃないでしょ、好きなんでしょ?」
「好きじゃない!」
「なんでそんな説得力がない嘘つくのよ?好きなんでしょ」
「・・・畜生!」
どうも反乱軍の男性は立場が弱い人間が多いようである。


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モドル

ソニアがいたって通常業務モードなのに男二人(三人?いや、四人?)が色々不穏な感じですね。