誓いの言葉-5-

ソニアとスルストは情報屋が身を潜めている居酒屋、通称「ふくろう」にやってきた。看板の文字を読む限り、この店の本当の名前はご大層に「幸せな時間を売る美味しいものを作る場所」なんていう長い、店の名前とは思えないものだった。これは一体何のキャッチフレーズだ?とソニアが顔をしかめると、スルストは、こういう名前を付けるのは昔のマラノ風なんだ、と説明をしてくれた。
居酒屋だから昼間の時間は店自体は空いていない。
「本当にここでいいのかなあ?」
スルストは軽く首を捻る。
「ワタシが知る限り、この居酒屋に情報屋がいるなんてこと、聞いたことなかったですけどネー」
「・・・スルスト様、それ、いつの話です?」
「かれこれ二年前くらいデスネ」
何故天空の人間がそんなに下界に詳しいのだ、とソニアは眉根を寄せた。と、それを誤魔化すようにスルストは笑顔で急かす。ますますもって怪しいけれど、それを追求している暇もない。もちろんここにフェンリルがいれば「追求するほどの理由もないわね」と、ふふん、と鼻で笑うことだろうが。
「さあさあ、いってみまショー」
店は緑に塗られた妙な色の木の扉が入口になっていた。押し戸になっていて、とん、と押すと「きいいい」と蝶番が悲鳴をあげる。まあまあ広い店だが、外の光があまり入らずに陰気な感じがする。
「こんにちはあ・・・」
情けない声を出してみたものの、誰も答えてくれない。店はがらんと静まり返って、夕方までは店の人間もいない様子だ。無用心だな、とソニアが室内を見回していると、
「ソニア、裏口があちらにあるようデスヨ」
スルストがそういって彼女の腕をひっぱった。
「・・・シッ、人の声がしマース・・・」
2人はそうっと店と店の間の細い路地に入るか入るまいか、とわずかに様子を伺った。と、
「誰か、くる・・・」
ソニアは敏感に人の様子を察知して、スルストと共に慌てて店から離れ、通りの反対側の店と店の間に飛び込んで様子をうかがった。道行く人々は多かったし、なんといってもここマラノの町はあちこちで商人達が取引をしているから、こういう風に怪しげに細い路地に人がいても誰も気にしないほどだ。
やがてしばらくすると、マントに身を包んだ男2人組がふくろうと隣の店の間から出てくるのが見えた。
その男達は明らかにマラノ馴れしていない風で、路地から出てきてきょろきょろと辺りを見渡す。
「そんなことをしないほうが怪しまれないのにネ」
「そーみたいですね、この町は」
「誰もね、闇取引だとかそーいうことをここでは咎めないんデース。それをしちゃったら、こういった町は成立しないんデスカラ・・」
「スルスト様は詳しいんですね。マラノに」
「以前マーガレットという・・・いえいえ、なんでもありまセーン」
「お花?」
ソニアはそれが女性名であることについに気付かずに話をやり過ごしてしまう。どうも彼女は他のことに対する洞察力や推測力は高いけれど、こういった男女関係が絡んだ話になるとその能力が欠落してしまう様子だ。
と、そんな会話をしていると更に一人の男がふくろうの路地から出てきた。
こちらは馴れた様子で、とりたてて辺りの様子も伺わずに少し早足だけれど変わらぬ歩調で歩いていく。先ほどの2人とは別の方向に向かって、角を曲がっていった。
ソニアはそれを少し胡散臭く思ったけれど、とりあえず自分達がやることは決まっている。
「さてさて、じゃあ行ってみまショーカ?」
「はい」
ソニアは頷いて、スルストの後をちょこちょことついていった。
2人は路地の奥にあったふくろうの裏口をはいって、薄暗い階段を上って突き当たりまで進む。
その突き当たりの部屋のドアをノックして、返事がない室内へ合言葉を告げる。
それが正しかったようで「入りな」と陰気な男の声が中からした。
「失礼しまーす」
ランスロットに何度も怒られた甲斐があって、ソニアは人の室内に入るときに声をかける習性がついた。
中に入ると帽子を深く被った男が椅子に座ってこちらを見ている。見ているといっても男の目は帽子のつばに隠れているから、視線を感じてそう感じるだけだ。その室内はごちゃごちゃとわけのわからないものが積みあがっていて、ここで何をしているのか想像が出来ない有様になっていた。
「なんの情報が欲しいんだい」
男は暗い灰色の上着に薄いベージュのズボンをはき、スソを革のブーツに突っ込んでいる。
腰には細い剣をつけていて、護身は自分でやる、といいたげな風体だ。
「えーっと、あのお、最近噂になってると思うけど」
「うん」
「ゼノビアのトリスタン皇子がアプローズ男爵を討つって話」
「ああ」
「あれって、ホントなのかな?」
ソニアがそう言うと、男は傷だらけの手を差し出した。スルストは用意しておいた袋から金貨を二枚出す。
「足りねえな」
「ことの真偽だけならこれで十分のハズデース。それとも情報にも色つけてくれマスカ?」
「それこそコレ次第だろ」
「ハイハーイ。こんなで?」
スルストは更に二枚上乗せをして男の手に金貨を渡す。その男は金貨をじろじろと舐めまわすように見てから
「本物らしいな。いいさ、教えてやるよ」
「ありがとう」
「アレはアプローズ男爵が流した噂だ。ゼノビアの残党を洗い出すためにな」
「いまどきそんなことしてどーなるんだ」
男はまた手を伸ばす。
「しっかりしてるな」
さっきのプラス二枚は「ゼノビアの残党を洗い出すため」という情報分だったらしい。
スルストは袋からもう二枚取り出して男に見せて、とりあえず一枚を渡した。まんざらでもない様子で男はにやにや口元だけで笑いながらそれを受け取る。
「男爵は花嫁に逃げられたんだよ。ウィンザルフ家のお嬢さんにな。そのおかげで帝国のトップととりもつための縁が切れたからな。もうちっと男爵としては手柄を立ててエンドラ様に引き立てて欲しいんだろ。噂を流せばトリスタン皇子も動かないわけにいかないしな。それに既に俺のところに4,5人もゼノビアの残党がやってきたくらいだ」
「へえ。で、やっぱりトリスタン皇子の情報を聞きにくるってわけか」
それにはもう答えない。ソニアは肩を大げさに竦めて、苦笑を見せながらスルストに言う。
「あと三枚やりますか」
「OH!大盤振る舞いデスネー!」
スルストが袋の口をあけるとソニアは無造作にそこに左手を突っ込んだ。ちゃらちゃらと音をたてて中から金貨をつかみ出して、男の手に渡す。
「・・・ん?」
と、そのとき、ソニアは男の手をじっと見つめた。突然動きを止めたソニアに気付いて、スルストは心配そうに様子を伺う。「あ」とうめきに似た声を発してソニアは男をみつめた。が、男の方は相変わらず深く帽子を被っていて顔が見えない。
「・・・もしかして・・・ニールじゃ、ないか・・・?」
「え?」
「その手・・・中指と人差し指と薬指、ぴったり、同じ長さじゃないか・・・ニールじゃないか?」
「・・・お前」
男はぐい、と帽子を後ろにずらして、ソニアを見た。そうやって見ると男はおおよそ30歳前半程度で、身なりほど胡散臭い印象はしない普通の人間に見える。ぼさぼさの髪を帽子に突っ込んでいたらしく、栗毛がばらばらと帽子からはみ出して飛び出てきた。
まじまじとソニアを見て、それから目を見開いて男は叫んだ。
「・・・ソニアじゃねえか・・・!お前、生きてたのか!」
「やっぱり、ニールだ!なんだ!ニールこそ、生きていたのか!」
ソニアもまたそう叫んで男に突然抱きついた。突然の展開にスルストは困惑の表情を浮かべる。
「し、知り合いなんデスカー?」
「うん!知り合いなんですっ・・・生きてたんだあ・・・」
安堵の色を見せてソニアはそう溜息混じりに呟いた。
が。
その男−ニール−の顔色はざあっと変わり、椅子から立ち上がるとわずかに二人から離れた。そして。
「俺を殺しに来たのか・・・殺しに来たんだな・・・っ!?」
そう言うやいなや、彼は腰に差していた細剣を引き抜き、ソニア達にその切っ先を向けた。

トリスタンは隠れ家に戻って、不在中に起こったことの顛末を聞いて動揺した。
確かに反乱軍とコンタクトをとるのは彼の本意ではあったけれど、よもや自分の不在時にこういった形で実現するとは思いも寄らなかった、というのが本音である。
しかも、今ここで人質のようにじっと待っている女性、聖母と呼ばれ、巡礼の旅で各地を回っていた女性アイーシャのことは彼の耳にもはいっていた。その人物が彼を迎えるためにやってきたというのもにわかには信じられなかった。
お初にお目にかかります、と丁寧に頭を下げるアイーシャは、決してトリスタンに対して不必要な媚びを売ることをしなかったが、逆に己の身分をわざわざ声高に言うわけでもない。自らの役割を果たそうと誠実な対応でトリスタンの問いかけに応じていた。
「路地にふらふらしている人間は、反乱軍の者達だったのか」
「はい。が、主だった者は・・・」
アイーシャは言葉を濁した。
「うん?」
「先ほど、わたくし達のリーダーが乗ったコカトリスが突然現れまして・・・何か事故が起きた様で、みなそちらに行っているところです。殿下をお待たせいたしますこと、大変申し訳なく思うのですが、いましばらく、わたくし達のリーダーを連れて戻るまで、お待ち願いませんでしょうか」
「コカトリスが・・・?」
心当たりが有る話にトリスタンは反応した。
「・・・反乱軍リーダーは女性だ、と聞いてはいたが」
「はい、そうです。わたくし達のリーダーはソニアと申します」
「お若いそうだな」
「正確な年齢は存じませんが。わたくしとそう変わりがないとは思います」
トリスタンは決して言葉にはしなかったが、そうか、もしかして、あれが反乱軍リーダーか、と心の中で頷いた。
それからトリスタンはソニア達が栄光の鍵を手にいれるために、どういった経緯で乳母バーニャに会ったのかを聞いた。アイーシャは、残念ながら自分はその会見後に仲間になったため、詳細を知らない、と謝罪をし、けれどもソニアと共に会見を行ったゼノビアの騎士がトリスタンの従者達にそのときのことを詳しく説明したので、と伝えた。
その言葉をうけて、それまでトリスタンに「口を挟むな」と言われていた従者達から彼は更に説明をうけ、ひとまずアイーシャの言う「主だった者達」が戻ってくるのを待つことにした。
「で、反乱軍は僕を探し出して、どうしようと?」
「わたくし達反乱軍は、あくまでも現在の帝国の圧政に苦しむ人々を一時的に救うことしか出来ません。いわば、平和な世界を築くための礎になるためのもの。その先に民衆を平和な世界に導く役割を、殿下に担っていただきたいと願っております。乳母バーニャ殿もそれを望み、そしてわたくし達のリーダーもそれに賛同した上で栄光の鍵をお預かりしたとお聞きしております」
「あなたの言葉は、反乱軍リーダーの言葉として聞いてよいのかな?」
「わたくしはそのように、わたくし達のリーダーの言葉を聞いております」
そのとき、軽いノックの音が室内に響いた。
トリスタンの側に控えていた中年の男性が注意深く扉に近づく。
小声でのやりとりの末、従者はトリスタンを振り向いた。
「先ほど我らが会ったゼノビアの騎士が戻ってきたようです。いかがいたしましょう」
「入れるしかないだろうが。アイーシャ殿もいることだし」
「恐れ入ります」
きい、と小さな音をたてて木でつくられた古ぼけた扉は慎重に開かれた。
半分程度開けた状態で、一人の、一見して鍛えられているとわかる体つきの男が室内に入ってきた。
トリスタンは立ち上がってその男を真っ向から見つめる。
男−ランスロットだが−は、はっ、とトリスタンの存在に気付き、平静さを保つことに努力をしながら言葉を発した。
「わたくしは旧ゼノビア騎士団に所属しておりました、ランスロット・ハミルトンと申します。失礼ながら、あなた様はフィクス・トリシュトラム・ゼノビア様でいらっしゃいますでしょうか」
「ああ、君の言うとおり、僕はフィクス・トリシュトラム・ゼノビアと言う。騎士ランスロット・ハミルトン、こんなところまではるばるようこそ」
「はっ、ありがたきお言葉」
ランスロットはトリスタンの言葉を聞いて、膝を床につこうと体を前に動かした。と、その瞬間
「ランスロット、あなたはまだそれをする立場じゃないはずよっ!」
女性の声がランスロットの背後から凛と響いた。
「・・・それはどういう」
意味だ、と続けようとランスロットが後ろを振り返ると、ラウニィーが入ってきて軽く彼を睨む。
「ゼノビアの騎士であるあなたからすれば、トリスタン皇子の前で膝をつくのは当然かもしれないわよね?でも、この際だからあなたにもはっきり言っておくわ。わたしは彼女(ソニア)ほど甘くないの。ランスロット、あなたは反乱軍の一員なの?それとも、ゼノビアの騎士なの?」
「うわ、言っちまった!」
と叫ぶのはラウニィーの後ろにいたカノープスだ。
彼も仕方ない、ここまできたら毒食らわば、とばかりに「ども」と室内に入って後ろ手で扉を閉めた。
「答えられないならば、あなたのそれを両立できるほどにその皇子様に見込みがある人間かどうかを計ってから膝を折ることね」
「なんと無礼なことを!」
トリスタンの従者はそう叫んでラウニィーを睨みつける。が、トリスタンが軽く片手をあげてそれを制した。彼は別段不快さを顔に出すわけでもなく、静かに彼女達のやりとりを聞こうとしているように見える。
「・・・気持ちがまっすぐな方だ、あなたは」
ランスロットは困った表情でラウニィーを見た。
これではまるで反乱軍が内輪もめをしているようではないか。(実際そうかもしれないが)ここまできて不信をあおることもなかろうに・・・とアイーシャもはらはらしながら様子を伺う。
と、思いも寄らない人物が思いも寄らない言葉を発して、その場の空気を動かした。
「コカトリスから落ちて、どこも怪我はなかったのかい?」
「えっ」
「かなり投げ出されてしまった様子だったけれど」
トリスタンは小さくラウニィーに微笑かけた。
途端、ラウニィーは頬を紅潮させて
「見ていらっしゃったの?ええ、かなり吹っ飛んだみたい。わたし、自分がコカトリスを操れないってついつい忘れて乗ってしまったの。情けないところを見られたようで、恥ずかしいわ。これから練習しなきゃいけないな、って痛感させられましたわ」
一気にまくしたてるようにそう言った。一応は敬意をはらっていることがわかる言葉遣いに、ランスロットは胸をなでおろす。
その正直さにトリスタンは「ははは」と声をたてて笑い、そして右手を差し出した。
「反乱軍リーダーが君みたいな美しい人とは思わなかった」
「は?」
ラウニィーはもとより、アイーシャも、ランスロットも、カノープスも目を丸くしてトリスタンを見る。
が、その状態から一番初めにけろりと事を理解したのは、またもやラウニィーだった。
「ありがとう、褒めてくださっているのね?」
ラウニィーは笑顔で答えたが、手を差し出すことはしない。ただ、うやうやしく。貴婦人が貴族に挨拶をするように正式な作法でラウニィーは軽く膝をまげて可愛らしく礼をした。
「でも、わたくし、リーダーではありませんことよ?明日アプローズ男爵と婚礼予定になっている、ラウニィー・ウィンザルフと申しますの」
そして、その一言は、かなりの波紋を呼ぶことになった。

あの日の仕事のメンバーにニールが入っていることをソニアは知っていた。
朝起きて顔を洗っているときにニールが声をかけてくれたことを覚えている。
「おはようソニア、おやっさんが呼んでるぜ」
「え?あたし?」
「おう」
「わかった。ありがとう」
ニールは仲間に加わってちょうど半年になろうとしていた。
レイピアの使い手で、幼い頃から旅の一座にまじっていたために、あちこちの土地の情報をもっている男だった。
少し金に細かいところはあったけれど、ソニアの剣の練習相手にもなってくれたりして、打ち解けるのは早かったように思える。
ソニアが父親が待っているテントに行くと、早朝に届けられた、という手紙を父親はソニアに手渡した。
それは、どうしても緊急の用事があったときに、と家族に教えておいた伝書屋が届けてくれたものだ。
手紙は、唯一学校できちんと読み書きを学んだ妹からのもので、母が風邪をこじらせてもう一週間も寝たきりになっているという。弟と赤ん坊であるもう一人の妹の世話をするのにも限界があり、また、狩りの時期だから弟は一日中いないので手伝いもしてもらえない、といった泣き言だった。
「お前、今すぐ村に戻れや。なに、ここからなら2刻くらいでつくだろ。近い仕事でよかったな」
「えーっ。だって、今晩仕事があるじゃないか」
拗ねるソニアに父親はわざとそれらしく「父親ぶって」難しい顔をして聞いた。
「お前、仕事と母さん、どっちが大事だ」
それに対して別段恐がりもせずにソニアは拗ねた表情を見せたまま聞き返す。
「父さんはどっちなんだ」
そんな問いに対して父親はにやにやと笑いながら愛娘の頭をぽんぽん、と叩いた。
「俺は一家の主として働いて金を稼がないといかんのだよ、キミ」
「くそオヤジ。半年に1、2回くらいしか帰らないくせに」
ソニアは忌々しそうに「いーっ」と歯を剥き出しにして父親にくってかかった。けれど、これすら日常茶飯事の軽いコミュニケーションだ。
「最近はもう少しマメに帰ってるだろうが」
「そーだけどさあ」
「今日はどーってことない仕事だ。ゼノビア残党を追ってきた帝国兵を待ち伏せしてちょいとこらしめてやるだけだ」
「金にならないんだろ、それ」
父親から「こらしめる」とか「わからせてやる」なんていう単語が出る仕事は、趣味の延長のようなもので金にならないことをソニアはよく知っていた。ふふん、と父親はにやにやと笑って
「今日はならねえな。でも明日の仕事は金になるぜ?」
「ってことは、今日の仕事終えても村に戻る気はないんだろ」
「まあ、そういうこった。お前、村帰って母さんの看病して、たまにはうまいもん食わせてやれよ。いつ帰ってもジル(妹)の料理はどーもいかん。あればっかりはお前を見習ってもらいたいもんだ」
「しょうがないよ。だってジルはそんなに教えてもらわなかったんだもん」
「ちげーよ。あれはセンスっての。センス。お前が生まれるとき、それを母さんの腹ん中おいてくりゃよかったのによ」
「ひっでー!」
そんな会話が、ゆったりとした最後の親子の会話だったのだ。もちろん、彼らはそんなことを知るわけはない。
ソニアは父親に言われた通りにその日、すぐに野営をしていた場所から村に戻ることになった。
野営地を後にするとき、ニールやその他仲間達数人に声をかけたが、みな気のいい男達ばかりで「気をつけろよ」とか「ちゃんと看病してやれよ」と口々にソニアに言ったものだ。
ソニアは仕事仲間の男達が好きだった。
誰もが明るくて健康でおおらかで優しい。
無骨な男達がふとしたときに見せる優しさを、既にソニアは知っていたし、それがとても魅力的だとも知っていた。
だからほんの一回の仕事でもみんなから離れるのは嫌だったし、仲間はずれにされたくなかった。だから剣も練習したし、なんでもやった。女だからと甘やかされるのは嫌いだったし、女手ではどうにもならないときでも決して彼らはソニアから仕事を奪うのではなくて彼女でも出来るように手をわずかに貸してくれた。甘すぎず、辛すぎないその距離感が好きで仕方がなかった。
とはいえ残してきた家族からの手紙は当然無視することなんて出来やしない。だから、彼女は渋々父親の命令に従って仲間と別れることになったのだ。あまり地理に詳しくないソニアは、父親が書いてくれた簡略化した地図を頼りに単身峠越えをして村に向かった。
そうだ。
その晩、あんな悲劇が待ち受けているとはあのときは、知らなかった。

「俺を、殺しに来たんだな・・・?」
「何を言って・・・」
ソニアは「どういうことだ」と問いただそうとして、ゆっくりと目を見開いた。
ニールは剣の切っ先をソニアに向けている。そのことが未だに信じられない、とばかりにソニアは軽くあえいだ。
「・・・もしかして、ニール」
「俺はまだ死なねえぞ!」
その瞬間、叫びながらニールはソニアに向かって剣を振り下ろした!
「!」
次の瞬間。
カキィィィン、と気持ちが良い音が響いて、ニールが持っていた剣が室内で飛んだ。
スルストがザンジバルの柄でニールの細剣をがつんと打って、その手からふっ飛ばしたのだ。スルストの一連の動作スピードはニールもソニアも一瞬何が起こったのかがわからないほどのものだった。
スルストは何事もなかったかのようにソニアに呑気に笑いかけた。
「ワタシを連れて来て正解デース。他の人間なら、きっと反応出来ないでショウネ」
「ええ・・・そうでしょうね」
そう答えたソニアはわずかにまだ表情が固く、状況を把握出来ていない様子だ。
剣を弾かれてニールは尻餅をついて青ざめている。
「ソニア、大丈夫デスカー?」
「・・・スルスト様」
「ハイ?」
やがてソニアはようやく動き出し、スルストがもっていた金貨の袋を手にして、それを床にむかってさかさまにした。
「ソニア、何をするんデス!?」
ちゃりん、ちゃりん・・・
実際その袋は情報屋から情報を引き出すために用意していただけの金額しかはいっていないから、全額使いきることも想定していたものだった。
金貨は床に落ちてはじかれて、なんだかよくわからない荷物の上に飛んでいったり、くるくるとその場で回ったり、生き物のように動くものもあれば、その場で積み重なるものもあった。数枚はニールの体にはねて飛んでいく。
「これが報酬だ、ニール」
一体何を言っているのだ、と尻餅をついたまま怯えた目でニールはソニアを見上げた。
「トリスタン皇子の情報、アプローズ男爵の情報、お前が知っているありとあらゆる帝国の情報。それから」
ぽい、とソニアは左手で袋を投げた。
とても静かな、それでいて怒りを秘めた視線をニールに落とす。
淡々とした声音で、ソニアは言葉を続けた。
「あの晩、お前がどう裏切ったのか、教えてもらおうじゃないか。なあ、ニール。父さんはあの晩、村に血だらけで戻ってきたんだ。あいつらがあたしを追っていることを知っていた。父さんは、誰か裏切り者がいるとしか考えられないって言ってたよ」

父さんの声が、した。
目を覚ますと目の前に血まみれの父さんがいて。
何が起こっているのかわからないあたし達に叫んだ。
誰か裏切り者がいた。みんな、殺された。
言っている意味がわからないあたしに、父さんは指示を与えた。
逃げろ、と。
やつらはあたしを狙っているのだ、と。
けれども、あたし一人が逃げたところで、家族が想像も出来ない目に合わされる可能性だって高かった。
だから、みんな、すべてを賭けた。
一週間風邪で寝たきりだった母さんも、生まれてそう間もない赤ん坊も。
母さんの代わりに家事をやってくたびれていた妹も。
狩りの時期一日かけまわって、疲れですぐに寝てしまっていた弟も。
みんな、意味もわからず、追い立てられて。
そして。
そして、死んだんだ。

ふつふつと湧き上がる怒りを抑えながら、ソニアはもう一歩ニールに近づいた。
それに怯えたようにニールは叫んだ。
「俺は知らない!あいつらがお前を追っかけているなんて、知らなかったんだ!知ってたら、お前は村に帰ったって、先に連絡だってとれた!知らなかったんだよおおおお!」
「言い訳は聞きたくない。情報屋なら情報屋らしく、さっきみたいに冷静に吐け!この金と、お前の命が、報酬だ!」
そう言い放ってソニアは落ちた細剣を手にして、ニールの鼻に突きつけた。
「裏切り者は、お前だったんだな」
彼女の小さい体から、ここまでの怒気が発された状態を、反乱軍の誰も見たことは未だになかったであろう。
「ソニア」
スルストは声をかける。
「いけまセン」
その言葉にソニアは返事をしない。
「いけまセンヨ、ソニア」
スルストはもう一度同じことをソニアに告げた。
が、まだ彼女はニールを睨みつけている。そして、元来の彼女がよく、癇癪を起こして土を蹴り上げていたように、ソニアは尻餅をついてすっかり怯えているニールの太ももを蹴り上げた。
「裏切り者はお前だったんだな、と聞いている!答えろ!」
「ソニア」
「お前のせいで、みんな・・・」
そう彼女がいいかけたときに、ニールは顔を歪めながら叫び出した。
「俺のせいじゃねえよ!お前のせいだろ!?どういう形でああなったにせよ、あいつらはお前を狙ってたんだ!俺はそれを知らなかっただけだ!知ってりゃ、さっさと村にいくようにやつらに情報を流した!」
「!」
ニールのその言葉を引き金に、ソニアは腰に携帯していた短剣に手をのばした。
が、それをスルストが止める。ソニアの手をつかみ、後ろから動けないように右腕を回した。
まるで駄々ッ子のようにソニアは体をよじらせるけれど、スルストの力にかなうわけもない。
「ソニア、駄目。駄目デス」
「そうすりゃおやっさん達は助かったんだよ!死ぬのは村の人間だけで済んだんだ。でも、仕方ねえじゃねえか、俺は知らなかったんだから!」
びくり、とソニアは体をスルストの腕の中で振るわせた。
「・・・今、なんて言った」
「な、何がだ!仕方ねえだろ・・・俺は、俺は知らなかったんだから!やつらの狙いがお前だって!」
「そこじゃない!」
「・・・OH!!」
ソニアは突然スルストの右腕にかじりついた。予想外の行動にスルストは声をあげて腕の力を抜く。
「なんてことするんデスカー!!まったく、この子は!!」
緩まったスルストの腕からソニアはするりと下にくぐって抜け出し、左手でニールの胸座を掴んで叫ぶ。
「村の・・・村のみんなはっ・・・」
「なんだ・・・お、お前、知らねえの・・・?」
恐ろしい形相のソニアに睨まれて、ニールは完全に今度こそ青ざめて、それでも切れ切れに声を出した。
「お前の、村は、焼かれて・・・」
「・・・」
ぎりっ。
ソニアは歯を食いしばった。
それから、ぽい、とニールを手放して、もう一度手痛く彼を蹴りつける。それからもう一度。
わあ、と情けない声をあげてニールは体を丸めてその仕打ちを仕方なく受けた。逃げようにもごちゃごちゃと物が置かれているこの室内、すぐに隅っこに追い込まれてしまった。
「ソニア」
スルストは腕をさすりながら、静かに声をかけた。
「わかっていたんです」
ようやくわずかに落ち着いたのか、ソニアはニールをみつめたまま、スルストに視線も送らずに淡々と呟いた。
「逃げている間に・・・森を越えて、峠にあがったとき・・・どう見ても村の方角に、煙があがっていたから・・・」
それから、もう一度ニールを、蹴った。

ふくろうの情報屋から話を聞いて、ようやくマラノから抜け出してペルチェルリにいるトリスタン達に連絡をとる手段を得た旧ゼノビアの騎士2人は、情報屋から聞いたとおりの手引き屋に重い足取りで会いにいった。
手引き屋、というのは大抵元盗賊であるとか、過去に後ろ暗いことがあった人物が行っているものだ。
建物からの脱出が難しい場所、難しい状況で外に出るための手引き、あるいは入るのが難しい場合の手引き、船の密航やら、通行証が必要な検問の突破、それのみならず、闇取引を行う人間との仲介役も生業としている。
彼らは騎士であるから、正直なところそういった人間を頼るのは不快に思っていた。
しかし、今は手段を選んでいるときではない。
彼らはマラノで情報を集め、翌日マラノ入りをする予定のトリスタン達の手助けをすることになっていた。
が、ここまでマラノの町が混雑していて、みな今日の宿を探すのも困難だとは想像していなかった。そして明日になれば尚更マラノに入ってくる人口は膨れ上がって、トリスタン達と合流するにも一苦労に違いない。いや、この町のやり方に明るくない彼らにとっては不可能にも思えた。
「おい、あの男が言うとおりに歩いてきたけど」
「なんだ」
「これ、どう見てもさっきの角を曲がればここについたんじゃないのか」
手にした薄汚い走り書きの地図を見て、片方の男は不平そうに言った。
「・・・だな。ったく、まどろっこしいことをするものだ・・・まあ、あちらから曲がるところは見づらいからな、大方気を使ってくれたんだろう」
「そんな気の使い方が出来る男とは思えないが・・・まあ、それでも丁寧に情報を教えてくれたな」
「急ごう。早く皇子達と連絡をとれるようにしないと・・・」
彼ら2人は、アプローズ男爵の婚礼の儀の正式なルートを教えてもらい、また、最前列に並ぶための手段も教えてもらった。これは誰も知りたい話だから、ちょっと値がはる、といってかなりの金貨をもっていかれた。
トリスタンに物を食わせるために、彼らは貧乏生活を余儀なくされ、必死に貯めた金をこんな男にやるのか、と思わなくもなかったが、今は大儀が目の前にある。
仕方ない、と支払った代金分くらいの情報を自分達は正しい対価で貰い受けているだろうか?
彼らは手引き屋が潜んでいる、と教えてもらった、小さな宿屋に入っていった。


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モドル

てんこもりのマラノです(笑)マラノはとにかく人が集まる場所、と思っていたので、色んな歯車がかみ合うようにイベントを発生させました。久しぶりにソニアの過去ががっつり出てきましたね。
普通だったらこのシーン、ランスロットやカノープスがいる前で、と思われるのでしょうが、うちはどーも都合よくいかない様子です(笑)こんなおいしいシーンにランスロットがいたら、あっという間にラヴァーズになりそうなんですが。