誓いの言葉-6-

オハラ隊から連絡をうけたガストン隊がペリチェルリについた頃には一悶着が収まった頃だった。今日はワイバーンに乗っている彼らは、とりあえず郊外に降りてワイバーンの場所を確保する。
コカトリス一体とワイバーン一体を繋いでガストンとノーマンが仕方なさそうにそこで見張りをすることになる。
突然人ががやがやとその路地に入っていくのも不自然だから、ということで仕方なくウォーレンのみヘンドリクセン隊の迎えとともにトリスタン達の隠れ家に行くことになったのだ。
ヘンドリクセンとビクターに守られながらウォーレンが歩いていくのを見て、ノーマンはせいせいしたようにのびをした。
「ちぇ、あのじーさんと一緒にいると気がおかしくなってくらあ!」
「そうでもないくせに。案外仲良くしてたじゃないか」
「はあー!?隊長、何見てそんなこと言ってるんだよ、え?」
と仲良く2人でいつものように話をしていると、ウォーレン達が去っていった方向からずんずんと歩いてくる人影が見えた。
「??」
「あ・・・れは、ラウニィー様じゃないか?」
「そーみてーだな。うっわ、俺、あの女も苦手」
「なんでだよ」
「こえーんだもん」
ぶはっとガストンは噴出した。
確かにラウニィーは街道沿いの道をずんずんと大股で歩いて、そこから少しそれた、キャスパーがコカトリスを誘導したところまでものすごい形相で向かってくる。
「な、なんか怒ってないか・・・?」
「すっげ、恐い顔してんだけど・・・」
「ガストンさーーーん!」
「は、はははいっ!」
ラウニィーはすっかり反乱軍に慣れ親しんでしまったらしく、ガストンの顔も名前もきっちり一致しているらしい。
歩きながら彼女は叫んだ。一方突然名指しをうけたガストンはそこまで心の準備が出来ていなかったらしく、微妙に声が裏返った情けない返事をしてしまう。
「暇だから、コカトリスの乗り方教えてくださあーい!」
「は、はあ?」
「コ・カ・ト・リ・ス・の乗り方!教えて!わたし、うまく乗れなくてここで落ちちゃったのっ!」
そう叫んでいるうちに彼女は2人の近くにやってきた。
が、どう見ても彼女は何か怒っているらしい。
「ラウニィー様、何か、怒ってません・・・?」
「ええ、そうよ。怒っています。むしゃくしゃしてるから、空でも飛べば収まるかと思って!」
「へえ、なーにそんなドタマきちまったんだよ」
「こら、ノーマンまたお前はそういう口の・・・」
といつもと変わらずガストンはノーマンを叱り飛ばそうとした。が、ノーマンはガストンの言葉を無視して案外と真面目な表情でラウニィーに言う。
「そんな顔で乗られたらコカトリスだって迷惑ってもんだろ。怒ってる人間のっけたくねーに決まってらあ」
「・・・」
反論できない、という顔になってからラウニィーは「ふー」と息を吐き出した。
「そーね、あなたの言うとおりだわ。ありがとう。むしゃくしゃしてたものだから」
「それは見てりゃわかる」
「どうかなさったのですか」
「ええ、どうかなさったのよ。ちょっと聞いてくださる?」
そういうとラウニィーは肩を竦めた。
「帝国の人間が信用出来ないのはわかるけど」
「・・・」
「アプローズのスパイとして反乱軍にいるんじゃないか、なんていうぞっとするような容疑をかけられるのは嫌な物ね」
ガストンは彼にしてはめずらしく不快感を正直に顔に出した。
確かに自分達も多少はラウニィーに対してそういう気持ちがなかったわけでもない。
カストロ峡谷で仲間になって、それからも活躍をしている、とはいえラウニィーが完全に反乱軍の一員なのかどうかはとても微妙で人によってはかなり評価が違うものだ。
それでも、彼女をソニアが信じているのであればつとめて自分達もそうであろうと思っていたし、実際にこの女性は信じてもいいのではないかと彼らに感じさせる何かがある。
それにここ最近気付いたガストンからすれば、「しかたないな」と思いつつも、本人の口からそういった現象を聞くのは非常につらいことだった。
「誰がそんなことを言ったのですか」
「トリスタン皇子の従者。まあ、仕方ないとわかっているのだけれど・・・わたしも、ちょっとランスロットに強くあたっちゃったから・・・」
そういうとラウニィーは拗ねたようにコカトリスの側に座って、ぼうっと空を見上げた。
「本当に今の状況がわかっている人間は、帝国だ、反乱軍だ、とかゼノビアだ、なんていうくくりより、もっと大切なものがあるって知っているのにね。ね?そう思いません?」
彼女の問いにガストンがどう答えようかと考えあぐんでいるとノーマンが脇から自分本位の話を押し付けてくる。
「トリスタン皇子には会ったのか」
「会ったわ」
「どーだった」
またこの男も不躾ね、という視線を彼女はノーマンに向けた。けれど、きっとこの男は彼女のその表情がいわんとしていることを気付くわけがない。彼女は彼女で多少はガストンには丁寧に話すようにしているけれど、ノーマンに対しての気遣いは無用だと既にわかっているらしい。(とはいえ、ガストンに「さん」づけでランスロットは呼び捨てというのもおかしい話だが・・・)
ラウニィーはふー、と溜息をついてから答えた。
「かなり色男よ?」
「そんなことを聞きたいんじゃねーよ!!!」

「さーて、トリスタン皇子の居場所を白状してもらおうじゃないか」
マラノにいるトリスタンの従者2人は「手引き屋」がいると言われた宿屋に行った。
が、室内にわけがわからないまま案内された彼らは、複数人に襲われて体の自由を奪われてしまったのだ。
「く・・・騙したな!」
床にはいつくばって手足を縄で縛り付けられながら2人はもがいた。
室内には床に転がった彼らが見える範囲でも4人の男がいる。そして、そのうち一人は、彼ら2人がニールのもとから情報を得て去った後にソニア達が目撃した男だということを当然彼らは知らない。そして、その男を先回りさせるためにわざわざニールが遠回りの道順を2人に教えたということも。
「騙した?誰が?何を?」
「ここに来ればマラノから出る手引きを・・・」
「ああ、そういうことも生業としているさ。それは間違っちゃいねえよ。あんたらが金を払った情報屋は嘘は言わねえよ。ま、それだけだがな」
ひゃっははは、と下品な笑いをたてる男はひょろっとした体が痩せた男で、いかにも陰気そうな顔つきをしている。
「あんたらが、下手くそなんだよ。ゼノビア訛りの人間で、どうも生まれが悪くなさそうな人間があせってマラノから脱出したい、なんてバレバレじゃねえの。金で片がつくと思ってたんだろ?それは間違ってねえよ。でも、俺に情報売ればもっと金になるってあいつは知ってるからねえ。しかも、あんたらは、シラを通せばいいのに、「騙したな」と来たもんだ。うん?それでほんとに25年間逃げ回っていたのかい?」
「く・・・」
屈辱的な言葉ではあったけれど、反論の余地がない。
彼らは悔しげに床の上でもがいているけれど、縄はまったくほどける気配もなく、ただただ手首足首に食い込ませる結果になるだけだ。
「さ、トリスタン皇子はどこにいるのか教えてもらおうじゃないか」
「そう簡単に言うと思っているのか」
「うーん?」
男があごを少しあげて合図をすると、片方の男を両側から2人で持ち上げて立たせる。
そして、もう一人、床にはいつくばったままの男の髪をぐい、と掴んで後ろにひっぱり、顔をあげさせる。
「お前が、白状しないと、こっちの男が痛い目見ることになるんだけどなあ?」
「脅しか!」
「脅しなんていうかわいいもんじゃねえぞ?」
左右からつかまれている、立たされた男は、きっ、と険しい表情で周囲の男達を見回し、それから床に倒れている仲間に叫んだ。
「俺のことなぞ、気にするな。この命、ゼノビアに捧げたのだから!」
「おーおー、偉いことだねえ。はい、どうぞ」
やせた男がそう言って合図をした途端、立たされたゼノビア人の右側に立っていた男は後ろ手に縛っているあたりをごそごそとさぐった。
「何をす・・・ぐあ!!」
ぼき、と鈍い音が室内に響いた。
「ぐああああ!」
「エドモンド!!」
床に転がっている方のゼノビア人は、一体仲間に何が起きたのだ、と名を呼んで叫んだ。
どう聞いても、あの音は。
やせた男はにやにや笑いながら仲間に聞いた。
「はい、一本ね。右?左?」
「左です」
「優しいねー、右手の指全部駄目になっちゃったら生活大変だもんねえ。ま、あと4本あるから、これくらいじゃ白状しないよねえ・・・」
「く・・・そっ・・・」
「はい、もう一本」
立たされている、エドモンド、と呼ばれた男はざあ、っと青ざめた。
「左の指、右の指、それからあとはどこを折ろうかね?そうそう、足の爪もはがしてあげないとね、綺麗に」
そしてもう一回、ぼき、という鈍い音。そして叫び声を耐えようとするうめき。
床に横たわった男は同胞のその姿を見ていられなくなり顔をそむけようとしたけれど、髪をひっぱられて顎をつかまれ、それすら自由にいかない。
「う、ああ・・・」
「あんま、痛くないだろ?骨の一本やら二本くらい」
と、あっさりとそんな残酷なことをやせた男が言った、その瞬間
だん!
大きな音を立てて扉が開いた。
「誰だ!」
「見張りはどうした!」
男達に動揺が走る。
扉の外には2人の見張りが立っていたはずだった。なのに。
開け放たれた扉から侵入してきた大柄の男は、その場にいる誰もがひるんでしまうような大剣を持っていた。スルストだ。
それを、ぶん!と横にはぎ払った瞬間、風圧でやせた男はふっとんで、後ろの壁に激突した。同じように不自然な態勢で押さえつけられていた立っていたゼノビア人も、その両側の男2人もよろけて尻餅をつく。
「てめえ!」
床に転がされた男を囲んでいた数人がすぐさま反応して、スルストに向かって切りかかっていくが、いともたやすく剣の柄で衝撃を与えられてその場に腹を抱えてうずくまる。
そのうち一人が床に倒れているゼノビア人を盾にしようとひっつかもうとした。が、それには、スルストの陰に隠れていたソニアがすばしこい動きで走ってきて、驚くほど美しい軌跡を描いて飛び蹴りをくらわせた。
「OH!素晴らしいデース!!」
身軽さが身上のソニアらしい動きだ。
スルストはあまり急いだ風にも見えない動きで(しかし、それは実のところ素早い動きなのだが)床に倒れているゼノビア人をひっつかんで、ぽい、と扉の方にどかし、それから尻餅をついていた、両側から抑えていた男2人を軽く殴って、指を折られた男の縄を切った。
「何者だ!」
やせた男は壁側から起き上がると、剣を抜いてスルストに切りかかってくる。
が、それへはソニアが側面からもう一発蹴りをいれてよろけさせた。
「それはこっちが聞きたいくらいデース」
スルストはよろけた男に、ぴたり、とザンジバルの切っ先をつきつけた。
「あんまりオイタが過ぎると、殺しちゃうかもしれませんヨー?」
それはどう見ても冗談にならない冗談だろう。
スルストはザンジバルを突きつけながら左手でひょい、と金貨がはいった袋を床に放り投げた。
「ユー達にはちょっと働いてもらわないといけませんネー!いや、無償とはいいませんヨ?そんなケチなことはしません」
ソニアはスルストに放り投げられたゼノビア人の縄を短剣で切ってやりながら、呆れ顔でスルストに訪ねた。
「スルスト様、その金」
「あの男の部屋からもってキマシタヨ。ああいうヤツは金があるとロクなことをしませんからねー」
「わあ」
「ソニアだってあのときは興奮していたでショウ?現実的に考えたらあんな男に金をやることはアリマセーン」
確かにそうだ、とソニアは少し恥ずかしそうに頬を染めた。ニールに対して金を巻き散らかして「吐け」と詰め寄ってみたものの、スルストがいうことは正しい。
「スルスト様には迷惑かけっぱなしですね、今回は」
そういって彼女は肩を竦めてみせた。すると褐色の大男はにやにやと妙な笑みを湛えて
「噛み付かれた分くらいは、戦闘を楽しませてモライマスヨ?」
と意地悪を言うのだった。

マラノに侵入した仲間から連絡がこない、とトリスタン達はウォーレンに告げた。
ラウニィーからの報告を元にすれば、それも仕方がない状況だということはわかる。
では、どうするか、というところで話し合いは止まってしまうのだが。
トリスタン側からすれば反乱軍リーダーと謁見しない状態で反乱軍と手を組むことは望ましくない。けれど、この先の打倒帝国の動きはさておき、アプローズを討つ、ということに関してだけ一時的に反乱軍の力を借りることは妥協出来るところだ。
当然、「はあ?妥協?」とカノープスはふてくされたけれど。
ランスロット達に頼まれて、カノープスは嫌々ラウニィーを探しに出かけた。
あの聖騎士は先ほどカノープスがおいてけぼりをくわせたことについては何も言わない。今はそういったことについて無駄な時間を過ごす気がない、ということだろう。
「おーい、ラウニィー。みなみなさまがお呼びだそーだ!」
ガストン達と仕方なさそうにひなたぼっこをしていたラウニィーを見つけてカノープスは降りてきた。
「みなみなさまって誰のこと?」
「じじいとかじじいとかじじいとか」
「ウォーレンが呼んでるってことね?仕方ない、行ってあげましょうか。ウォーレンは別にわたしのことを疑ってる発言は聞いていないしね」
「根にもっていやがる。ガストン、ノーマンすまねえな、もちっとここでこいつら見張っててくれ。もう少しで動きが決まるらしいからな」
「はい」
素直にガストンは返事をする。ノーマンは「別にあんたに言われる筋合いはない」とばかりにカノープスの方すら見ない。もちろんカノープスだってそれを気にするほど子供ではないからさっさとラウニィーを抱えて翼を広げた。
「俺は、昔はゼノビアの魔獣軍団にいたんだ」
突然そんなことを言い出すものだから、ラウニィーは驚いて目を丸くしてカノープスを見る。
「まあ!じゃ、あなたもセノビア派なのね?」
「だーかーら、違うっつうのに。なんでもうゼノビア派、なんていい方するんだよ。いや、俺だって確かにそーゆー風には思ってはいるんだけどよ、正直なとこさ」
「だって。だって・・・そー思えてしまうんですもの。反乱軍の中だって、トリスタン皇子を仲間にいれる気がない人間はたーんといるのよ。なのにウォーレンとランスロットは、さも当然のように今回だってなんだかんだ理由をつけて皇子とコンタクトをとったわけでしょう?それは旧ゼノビアの人間だからじゃない?」
空を飛びながらカノープスは仕方なさそうに、わずかに嫌そうな表情を見せてそれに答えた。いつもの彼らしくない、実際に生きてきた年数を思わせる言葉だ。
「俺は騎士じゃないから、ランスロットの気持ちはわからない。実際、あいつがゼノビアの騎士だったとかそうじゃなかったなんてことは、魔獣軍団にいた俺にはよくわかりゃしない。そんなもんなんだ。同じ軍にいたって全員を把握できちゃいねえ、そういう規模の軍隊だったんだ、ゼノビアの力は。それでも、アプローズみたいなやつもいて、内部からもダメージをうけてあっけなく帝国にいいようにされちまった」
「・・・それで?」
「ソニアは反乱軍にいる人間をほとんど知っている。大きくなくたって、帝国に抗っているし、それはなんの肩書きで人を寄せているわけでもない。最初からランスロットやウォーレンにはここは一国の軍なんてもんと違う、っていやってほど俺もギルバルトも言ってたし、あいつらもわかっているとは言ってた」
「・・・」
少しだけスピードを緩めてカノープスはラウニィーに話を続けた。
「でも、本当はわかっているふりをしていただけだ。いつかゼノビアを再建するためにトリスタン皇子を探して、そして再建のためにはトリスタン皇子がトップにたって帝国を滅ぼすのが一番てっとり早い。そのための基盤を反乱軍で作っているってだけだったんだ。いや、やつらは否定するだろうさ、そんな風には考えていないって。でもよ、でも、ゼノビアと関係なしで、ひたすら帝国の圧政に苦しむ人々を助けたい、つって戦っているテスとか、アイーシャとか、ノルンだとかあんたからすりゃ、欠片でもそういうことを思ったら、それは失礼だと俺は思うんだ」
「そうよ。失礼よ」
ラウニィーは鋭い目つきでカノープスを見る。
「中にはね、いづれトリスタン皇子を迎え入れる、ってもし聞いていたら参戦しなかった兵士もいるに違いないのよ?帝国の人間も迎え入れる、って聞いていても参戦しなかった人間だっているんだろうし。それに、人によっては、ゼノビアが滅ぶほどもろかったから、今ひどい目にあっている、って言って逆恨みしている兵士だっているもの」
「だからといって」
そのカノープスの声音は、彼が滅多に出さない厳しい響きを含んでいた。
そうそう長い付き合いではない、むしろ、短い付き合いしかないラウニィーですらはっとなって黙り込むような。
カノープスはラウニィーを見た。
「それを、あまり声を荒げて言ってよ、トリスタン皇子側から、反乱軍に必要以上に警戒させるこたあ、やっぱりソニアのために避けた方がいいんだよ、今はまだ。おまえの気持ちはわかる。すっげー、わかる。特に、お前はある意味、騎士として貫こうとしていることがランスロットなんかと違う、国とか名誉とかじゃなくて、真実か真実でないか、そういう・・・そーゆーまっすぐなとこがあるじゃねえか。だから、ここにいるんだし。俺も、国とか名誉はどーでもいい。だから、わかる。わかるんだけど、それを押し通そうとしてソニアに不利なことを、あんまりしないで欲しいんだよ」
「・・・・」
「俺は、どーでもいいんだ、ほんと、トリスタン皇子とかゼノビアとか。そーゆーのは。そーゆーことに目くじらたてる奴のことだってどーでも、いいんだ、俺は」
同じ言葉を繰り返すカノープスは、真剣な表情をしていた。
ラウニィーは数回瞬きをしてカノープスを見つめると、小さく溜息をついて
「軽率だったわ。でも、それでもあそこでランスロットが膝を折るのは許せなかったの。わたしだって騎士だから、自分の主が目の前にいれば膝を折るのは、当然のこと。でも、それを当然と思う立場のわたしが止めなかったら、一体誰が止められるの?今まで何回もトリスタン皇子のことについて、噛み付いて、悪いとは思っているの。でも、わたし、間違っていない」
その「間違っていない」ことのせいでソニアの立場が悪くなることもある、とカノープスは言っているのだ。
それはラウニィーだってわからなくはない。
「だから、ちっと冷静になってくれや。ソニア抜きで色々話が進もうが、アプローズからのスパイだ、なんて失礼なこと言われよーが、もうちっと、我慢してくれ。ゼノビアのためなんかじゃない、ソニアと、反乱軍のために、さ」
「・・・わかってる。わかってるわ、カノープス」
ラウニィーは更にふう、と溜息をついた。それから
「あなたは本当にソニアのことが好きなのね」
と静かに聞く。それへ今回はカノープスは何も困らずにさらっと返事をした。
「ああ、そーだな・・・ん?なんか飛んでくるな?」
そういってカノープスが見ている方角へとラウニィーも視線を動かした。小さな緑色の粒が青空の向こうから近づいてくるのがぼんやりと見える。
「あれは、ワイアームのようね・・・?」

マラノに向かわせた部下がワイアームに乗って戻ってきたことに、トリスタン達は安堵の溜息をもらす。トリスタン達はいつでもマラノに発つ準備をしていたから、待ちかねたとばかりに早速報告を促した。
ソニア達に命を救われた2人のゼノビア人は、手引き屋の力を借りて(というか、ソニアが脅したのだが)マラノを脱出することが出来た。彼らはまた、ランスロット達へのソニアからの伝言ももらってきている様子だ。
ひととおり自分達がどういった失態をおかしてしまったのか、そして反乱軍リーダーソニアとどういった出会い方をしたのかを彼らは報告をした。
同席させてもらっていたウォーレンとランスロット、ラウニィーとラウニィーを連れてきたカノープス、それからアイーシャとヘンドリクセン(その他の人間は外で相変わらず仕方なく待機をしていた。正直な話、不審がられずにうろうろと外にいるのも大変苦労をするものなのだが)は、彼らの話を聞いて、間違いなくそれは反乱軍リーダーだ、とゼノビア人達を救った人物を認めた。
「反乱軍リーダー殿の話によりますと、われらが情報を得た情報屋のもとには、ほかにもゼノビア人が数人同じようにアプローズのことを聞きにいっていたということです。それで、我らとまったく別に、アプローズに対する復讐をしようと目論んでいる旧ゼノビアの生き残りがいるのではないか、とリーダー殿はおっしゃっていました」
2人はトリスタン達の前で床に膝をつけて報告を始めた。
もっぱら話すのは、手引き屋の宿屋で床にずっと押さえつけられていた従者の方だった。
「確かに考えられる話ではある。それにトリスタン皇子がアプローズを狙っているという噂が流れているわけだから、旧ゼノビアの人間はマラノに行けば皇子とお会い出来るのでは、と望みをかけてもおかしくもない」
とランスロットは頷いた。それへはトリスタンの従者達も口々に「そうだ」とか「確かに」と肯定の意を唱える。
「して、我らのリーダーからの指示とは・・・?」
ウォーレンが話をせかした。トリスタンはただ静かにことのなりゆきを見守るように話を聞いているだけだ。
「は。手引き屋と情報屋を放置しておくと、どこでどう不利なことをされるかわからないので、とりあえずマラノに残ってやつらを監視しておく、とのこと。そして、われらが脱出してきたように、手引き屋による秘密の抜け道を使ってマラノ入りを簡単に出来るように手配しておいたので、部隊編成をしてきて欲しいとのこと」
普通に表から入ろうとすれば、ラウニィーが見てきたように検問が厳しいし、婚礼の儀を見たい、と各地からおしかけた人々の数は相当だから、今日明日と思うとおりに町に入ることもままならないからだ。
「ただし、あまり人数が多いと気付かれやすくなりますので、最高でも2部隊まで、と。魔獣をつれてこないで、有翼人の方々の力を借りた方が良いとのこと。その部隊編成に関しては、ええと・・・ランスロット・ハミルトン殿に決定していただきたいと」
ランスロットは眉をぴくりと動かし、それからゆっくりと続きを促した。
「ほかには?」
「アプローズはどうやら強い魔力を獲た様子で・・・それは情報屋もそのように言っておりました。よって、こちらは魔力で対抗をするべき相手ではないと。なので、剣を振るう人間を部隊に多く入れて欲しいと。ただ、極端に魔法に耐性がない人間であれば、除いて欲しいので、そこいらのことを一任するとのことです」
「僕に関しては何か?」
それはトリスタンからの言葉だ。
「は・・・トリスタン皇子にもご伝言があります、が、もう少々お待ちいただけますでしょうか」
「うむ」
あの少女は相変わらず色々と人使いの荒いことだな、とウォーレンは苦笑いをしながらぼそぼそとランスロットに囁いた。
それへはランスロットは何も言葉にせずに、苦笑を見せるだけだ。
「反乱軍リーダー殿は。旧ゼノビアの生き残りがアプローズ男爵を討とうとしていることは明白で、そしてそれが失敗するだろうとお考えです。どうやって一般人を巻き込まずにアプローズ男爵を討とうかと考えたとき、ほんの数人でそれが出来るとは思えないので、その、我らと別の旧ゼノビアの人間はそういったことを一切合財無視して、ただアプローズを倒すことだけを目的にしているのだろうと想像していらっしゃるそうです。また、マラノで知らない人間を探して接触をすることはほぼ不可能なため、その旧ゼノビア人を探すことも困難を極めると。ですから、反乱軍のスタンスとしては、明日の婚礼の儀でアプローズを狙おうと動くそのゼノビア人達が騒ぎを起こす前に片をつけるか、あるいは騒ぎを起こされたら、それを収拾する方向で考えている、とのこと」
要するに尻拭いをしてやろう、ということだろ、とカノープスが嫌そうに言った。
言葉は悪いけどそういうことですね、とヘンドリクセンが苦笑いを見せて同意する。
「そのときに、トリスタン皇子がいてくださったほうが、そのゼノビア人達にとっても反乱軍にとってもありがたいとお考えです。そこで、もしも皇子が」
「うん」
「剣を振るうことを恐れない勇猛な御仁で、かつ、ラウニィー・ウィンザルフ殿のおめがねに適う腕をお持ちであり、反乱軍と一時的にでも手を組むことに同意してくださるのならば、ランスロット・ハミルトンと同行していただきたい、と」
「なんと無礼な!」
声を荒げたのはトリスタンの従者だ。
荒げられても、実際そのことを報告しているのは自分達の仲間なわけで、当然彼らが「無礼」だと言っているのはソニアに対する言葉だ。
「皇子が単身反乱軍に同行するなぞ、ありえぬ」
「しかも、そこな女子のおめがねに適う、とはどういうことだ」
困ったように男は続けた。
「が、もし反乱軍と一時的にでも手を組むことをよしとなさらなければ」
「うん」
トリスタンは冷静に先を促す。
「一切手を出さないで欲しい、と。マラノを制圧したのちに、ご挨拶にくるまで、いっさい手出しをお断りしたいとのこと」
ふうー、とトリスタンは瞳を閉じて口から息をゆっくりと吐き出した。
従者達は彼が今何を考えているのかわからず、わずかなとまどいを見せている。
「では、ランスロット、部隊編成を考えぬとのう?カノープスとキャスパーがいるのはラッキーじゃったなあ」
と呑気にウォーレンが言う。
「は。しかし、部隊編成といっても・・・」
トリスタン皇子次第で・・・と続けようとランスロットがちらりとトリスタンに視線をやったそのとき。
がたん。
音をたててトリスタンは椅子から立ち上がった。
「時間がない。武器は、お持ちか」
彼の視線の先にはラウニィーがいた。
「いつでも。恰好が恰好だけに、普段つかっているものよりは幾分か威力が落ちる普通のスピアだけれど」
通常は父親からもらったオズリックスピアを常にもっているラウニィーだが、怪しまれることを考慮して、もっと軽い、女性が扱うにたやすい携帯のために作られたこぶりのスピアを持っていた。
「お手合わせ願ってもいいのかな。君のおめがねに適わないと、マラノに同行させていただけないようだから」
へえ、とカノープスはにやにやと笑う。なかなかこの皇子様、話が早いじゃねえか、という表情だ。ヘンドリクセンもアイーシャも同じように感じているのだろうということが、なんとなく慣れ親しんだ空気でカノープスにはわかる。
トリスタンの従者は困ったように「皇子、しかし」だとか「反乱軍の指示に従う必要は」などということを言っているが、彼はもう聞く気はないらしい。
時はきたのだろう。
トリスタンはそう思いながら、腰につけた剣に手をふれ、確認をする。
「そうこなくっちゃ!皇子様とお手合わせできるなんて、光栄ですわ」
ラウニィーは心底嬉しそうに微笑んだ。
さっきまでのおかんむりが嘘のようなその態度、きっとノーマンが見ていたら「女は信用できねえ!・・・あっ、オハラは別だかんな!」なんてことを言うに違いない。

「へえ、フツーの部屋じゃないか」
ニールを脅しに脅して彼らは泊まる宿屋をどうにか確保した。
またそれを更に罠にかける、ということもあると思われたが、さすがに怯えきったあの男はそこまで大胆なことは出来なかったらしい。
とはいえ、スルストは一睡もしなくてもいい周期にはいっているから、本当に一晩中起きたままソニアを見張ってやることだって簡単なことなのだが。だから、こんな危険極まりない状態で、信用ならない人間からの斡旋をうけた宿に入る度胸があるというわけだ。
新婚デスカラネー!なんていいながらスルストは2人で一室、という意見をがんとして譲らなかった。ソニアは嫌がってはいたけれど、実質その方が面倒がなくて良い。二室かりて、片方をダミーにするのも悪くはない案だったけれど、それは一緒にいるのがスルストでないときに有用な手段だ。
賑わった大通りのあちこちに出ていた「ご結婚おめでとう」お祝いに便乗した出店から買ってきた食糧を広げて、二人はとりあえず腹ごしらえをした。
串にさして揚げた肉、ソニアの手のひらくらいの蒸しまんじゅう、うすい卵焼きに包んだ煮込み野菜、色々な食べ物が並んでいて、ソニアは少しはしゃいでいた。こんなに色んなものを見るのは、ランスロットと祭りに行った以来だ、なんてことをぽそりともらして、スルストは少しばかり「ふうーん」なんて気になる返事をしたものだが、当然ソニアは気付いていない。
「・・・でも、アプローズを倒したら、この出店もみーんなひっこんじゃいますよね?」
「マサカ!商人達は図太いですからネー。そしたらそれはそれで、思ってもいなくても、帝国からの解放記念、とかいってバカ騒ぎが続きますヨ」
「そういうものなんだ」
小さいテーブルを挟んでソニアはもぐもぐとまんじゅうを口に押し込みながらスルストの話を聞く。
「こういうね、流通が盛んなところは、どういう名目でも一定以上のものの動きを作りたいモノなんですヨ」
「そうなんだ・・・金儲けが一番なんでしょうね、こういうところにいると・・・」
もぐもぐと次々に胃の中に食べ物を収めて、最後には甘い茶で締めくくる。
「はー!結構腹減ってたんだあー」
「良かったデスネ」
「ごちそうさまっ」
そう言ってソニアは食べ物を包んでいた紙や竹の皮をごそごそと片付ける。足元に落ちていた紙を拾おうと椅子から立ち上がってソニアは腰を曲げる。
スルストは椅子に座ってテーブルに肘をついたままその様子を見て、軽い調子でソニアに聞いた。
「ちょっとは、落ち着きマシタカー?」
ぴたり、と片づけをしている手が止まった。
「・・・」
「ソニア」
ばっと顔をあげて、ソニアは立ったままスルストを見た。
スルストはあまり表情を出さずに、ソニアを見上げる(といっても、椅子に座ってでもそんなに目線に差はないのだが)。
と、ソニアはぶん、と頭を前にふって深くおじぎをした。
「・・・スルスト様、かじりついて、ごめんなさい」
素直にそうあやまるソニアを見て、ぶはっとスルストはこらえきれずに笑った。
「ユーはとても素直ネ。そういうところはチャーミングデスヨ。でも、あれはイケナイデース。怒りに任せて何かを行う、ということは良くないことデス。特にソニアのように力をもつ人間は、常に冷静でいることが、何よりも重要デス」
「どんなときでも、そのときにすべき最も必要なことを出来るように・・・そうでいたいと思っています。それも父から言われたことです。なのに、あたしは感情に振り回されてばかりでそれすらままならない。子供で、すみません」
そう言ってソニアははにかんだ表情を見せた。
「いつでも最善の策をとろうとする人間が最後に生き残ると。父の持論でした。戦うときも逃げるときも、どんなに追い詰められても。あたしもそういう人間になりたいものです」
「いい心がけデス」
あまりスルストはそれ以上多くは言わなかった。彼女の中でそうやって冷静に答えが出るならば、それでいい。
彼は必要以上にソニアに対して苦言も甘言も与えずにただ頷いて、残っていた蒸しまんじゅうを平らげた。
ブリュンヒルトに選ばれたこの少女は、きっとフェンリルにはいやというほど苦言を今後も言われつづけるだろうし、反乱軍リーダーとしてだって嫌というほど今までもこれからも胸につきささる言葉を聞くだろう。そして、自分自身がそれを必要としているのだと気付けるだけの器は彼女にはある。
それがわかっているから、いい、とスルストは思う。
ニールに対して見せた激情だって、普段はまるきりこの少女はしまいこんでいる。時折見せる癇癪や、まだ幼い少女めいた拗ねた表情にみな騙されているけれど、本当はもっともっと多くの、しまっておくには難しいほどの感情がソニアの中にはある。
自分はよくわかる、とスルストは思う。
きっと、フォーゲルが見ればスルストに同意してくれるに違いない。
目の前のこの少女が昔のフェンリルに似ている、ということを。
だから、自分でもフェンリルでも、ましてやフォーゲルでもない誰かが、この少女に手を差し伸べてやらなければいけないのだということを、彼は嫌というほど感じていた。
それを口に出すことは決してなかったけれど。
彼は、蒸しまんじゅうを入れていた包みを丸め、それに気付いて差し出したソニアの手に、ぽん、とおいた。
とても小さな手。
「ありがとうデース」
「どういたしまして!」
彼女は笑顔で、ごみをまとめた。
その様子からは先ほどの激情は欠片も感じられなかった。


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モドル

微妙に話が進みます。はあー!色々と話が繋がってきて、書いている方は勝手にどきどきしています(笑)
とはいえ、「繋がってきてる、ってことは、ソニアはフェンリル様の娘、とか!?」なんて感じで遠くにいかれてしまうと困ります(笑)
ランスロットとソニアがすっかり離れ離れですが、もう、こういう話の展開が好きで仕方ないです(すみません)
自分が好きな人の、自分が知らない面や、自分が聞いたことがない話を、自分が気付かないうちにまったく遠くで誰かが見たり聞いたりする。ものすごい悔しいことだけど、多分それは誰でもあるんだと思います。
例えば、自分がいないところで自分のことを考える相手の姿、とかは一生見られないわけだし。いやー、ランスロットは本当に毎度毎度かわいそうですね。
ようやくソニアとトリスタンが会えそうです。嬉しいわん!