誓いの言葉-7-

天気が良い。
窓から差し込む朝陽を見て、アプローズは目を細めた。
ラウニィーの代わりに探し出してきた、そこそこ造作も整っている彼の妻となる娘は、大きな宝石をひとつ与えただけで喜んでこの「仕事」を引き受けた。いや、正確には娘の父親は、だ。
とはいえ、この件については口を封じなければいけなかったから、部下に命じてこの娘の家族は申し訳ないと多少思いつつもこの世から消えてもらった。
その若い娘の波打つ金髪だけはラウニィーに似ている。
もちろん、美貌はその足元にも及ばないが、美人かそうでないかでいえば、美人の部類に入るだろう。化粧をして花嫁のヴェールをかければかなり見た目はカバー出来ると思えた。
「さて、と」
ノックの音。
着替えと朝食を促す女中だろう。
「おはようございます。朝食の準備が整いました」
ドアを開けずに外から声をかける。
「わかった」
彼はここ最近美食に目覚めて、マラノの都で手に入るだけの美味いものをたいらげている。もちろん、今日の婚礼の儀だってとびきりのご馳走を彼は用意するようにと料理人達に念押しをしていた。
ラウニィー・ウィンザルフとの婚礼だというのに、女王エンドラは、ウィンザルフ家当主、要するにラウニィーの父親がマラノに行くことに許可を降ろさず、また、使者すらよこさない。それは彼のカンにかなり障ったが、代わりにラシュディから更に魔力を強化してもらったのだから、そちらの方がありがたいことだ。
彼は、自分の保身と野心以外のことは、生きていく上で考える必要がないと思っていた。
まあ、ここ最近は食べ物のことも多少考えるようになってはいたが。
マラノの領主になってからだって、自分に都合が良いように商人達は野放しにしていただけだし、そういうやつらを動かすには金が必要で、金を手に入れるには商人達を自由にさせておくのが一番だった。それは謀らずも自然に出来た構図で、彼は大層この町にいやすいと自分でも思っていたことだろう。そう。正義感溢れる人物がこのマラノに来てしまえば、今のマラノの商業の均衡は崩れるに決まっている。
彼は多くのことを望まなかった。
いや、私利私欲に関することは山ほど望んではいるが、マラノにいる人々に正義やら平和やらを望んではいなかった。
それは、マラノの町に住む人々にはとてもありがたく、彼のその堕落した感覚のおかげでこの町は大層活気づいていたのも事実だ。
そこに更に婚礼、ときたものだ。
彼は、自分が能動的にマラノの人々に何かをしてやることを好まなかったけれど、自分の野心のためのこの婚礼がどのような効果をこの町にもたらしたかを知っていた。そして、こう思うのだ。
みな、俺に感謝するがいい。
俺のおかげで帝国は大きくなり、そして、俺のおかげでこの町は賑わっているのだ。
たとえ、それが黒い金によって動いているもの、黒い意志によって動いているものだとしても、構うものか。
と。
ゼノビアの支配下におかれるよりも、こういった町は今の方が確実に過ごしやすいに決まっている。
普通の商人も、闇取引の商人も。
それでも彼はこの町にいることだけで満足はしていなかった。
もっともっと。
帝国内での地位が欲しい。だから、ラウニィーを娶りたかったし、そのためにはエンドラに多くのものを貢いだし、マラノから徴収する金もかなりの巨額まで膨れ上がって感謝をされてもされたりないと彼は思っていた。それに、この地を帝国が牛耳る限り、流通は自分達の思うままに動かせる。そしてこの地にとても彼はぴったりと合っていた。
もっともっと。
ゼノビアを裏切ってのし上がったこの地位では満足が出来ない。歳を取れば取っただけ、今すぐにでもその地位を確立しなければ、どんどんと自分は年老いていく、という焦りが生まれる。
更に上に。この大陸の頂点に近いところに。
それこそ。
それが黒い力で動いている国になったとしても。いや、そうであれば尚のこと。そしてその地位を掌中にいれ、次はラシュディの魔力を借りて、永遠に近い命を手にいれたい。あのアルビレオのように、転生というものを。
今日、彼はトリスタンを、ソニアを、待ち焦がれていた。
彼の野心の肥やしになってくれるだろう、ゼノビアの皇子を。反乱軍のリーダーを。

さて、マラノで一泊したソニア達だが、一室で朝を迎えた。彼女がベッドの上で目を覚ますと、スルストは彼女が寝たときと同じ場所で同じポーズで床に座っていた。壁に背をつけ、ザンジバルを隣においたまま、彼はソニアが起き上がるのに気付くと呑気に「グッモーニン!ソニアー!」なんて言ったものだ。
ベッドで寝ることがあまり好きではないソニアだったが、彼に無理を言われてベッドの上で毛布にくるまって寝た。そのせいなのか、それともニールに会ったせいなのかはわからなかったが、寝しなに彼女は久しぶりの耳鳴りに苦しんだ。
が、それをスルストに悟られるのがいやだったから、目を閉じて無理矢理睡眠に入ろうとそれだけに集中した。そして、そのおかげでなんだか少し夢見が悪かったのだ。
スルストは何も言っていないが、自分はうなされていなかっただろうか?
「スルスト様、すみません、右腕」
「ああ、包帯、巻いてあげまショーカ?」
「お願いします」
起きてからすぐ、ソニアは右腕に薬を塗りこんでもらった。
もう、かなり動くようにはなったものの、薬がなくなるまでは塗りつづけろとムスペルムの医者に言われたので、素直に従っている。もはやどういう風にいためて、この薬がどういう作用をしているのかもよくわからない。スルストが言うには、包帯はどちらかというとこの薬の浸透を助けるために巻いているものだ、ということだ。
かなり左手が器用になって自分で結べるものの、今日は多分アプローズと一戦交えることになる大切な一日だ。
だから、念入りに包帯をしっかり結んでもらおうと思ったのだろう。
「かなり動くようになりましたネー」
「はい。剣も持てます」
「まだ、駄目デース。今回はおとなしくしていなさいネ。ワタシがユーの分まで戦いマース」
「むむー」
「ランスロット達はトリスタン王子と出会えたんでしょうカネー」
その前提でトリスタン王子の従者達に話をしたものの、実際はどうだか情報はまるきり入ってこない。
今日は朝イチで昨日の手引き屋のところにいって、ランスロット達がマラノ入りをするための手引きをきちんと行うのかを確認してこなければいけない。
が、悠長なことをしていればいつアプローズの婚礼の儀に、他のゼノビア人が余計なことをしてしまうかがわからないため、最低限のことしかソニアとスルストはするつもりはなかった。あとは、ランスロット達がうまく動いてくれていることを祈るばかりだ。
ソニアは早速ぺたりとスルストの前に座った。スルストが椅子に座るようにと促しても、別に床でいい、なんて言う。
昨日も床で寝る、と初めは言っていたので、それをベッドに押し込むのにはなかなか時間がかかった。
ここは二階だから、床で寝たら一階から天井を狙って長物を突き立てられないとも限らない。あまり床が厚いわけではないのだから、とスルストは説教にならない口調でソニアをなだめ、さらには逆に上の天井からの攻撃を考えて念のためベッド位置をずらして彼女を抱きかかえて無理矢理ベッドに突っ込んだ。
多分その一幕はカノープスやゾックが見ていたら敏感に眉を寄せるほどのことだったのだろうが、ソニアはあまり気にしていない。スルストほど体が大きい人間からすると、自分はそこらへんの子供と同じ扱いなんだろうなあ、なんて呑気に思う程度だ。その無防備さにはあきれ返る。昨日はマラノ前の検問で突然抱き上げられたとき叫んでいたというのに、なんという切替の早さだろうか。
「まあ、ウォーレンの占いもあるから、なんとかなるでしょう」
「占いはそんなに簡単なものじゃあありませんヨ?」
「そうですか?うん、そりゃ人がすることだからそうなのかもしれないですけど。でも、あたしが反乱軍リーダーになる人間で、シャロームにいつくるのか、までウォーレンは占いで知っていた、って」
スルストは苦笑をしながらソニアの右腕に包帯をくるくると巻きつけていった。
「そこまで明確に占いの表面に現れるのは、ユーが強い運命を持つ人間だからです」
「・・・」
ソニアはそこで黙り込んだ。
前ならば、そこで「そんなの嬉しくない」とランスロット達に食って掛かっていたものだが、おとなしくなり、そして
「トリスタン皇子の居場所は明確にわからない、とウォーレンが言っていました」
「それはそうでしょう」
「なんで」
「人は動くものですから。それにネ、なんでもかんでも占いでわかるなら、今ごろシャングリラだって止まっているだろうし、サラディンなんてもっと前に石化を解かれただろうし」
「じゃあ、なんであたしは」
「だから」
スルストはぎゅ、と結び目をつくってから、それを包帯と包帯の間にぎゅうぎゅうと詰めた。
その先の言葉はいわず、彼はにこりと笑って
「さあ、食事をして、でかけまショー」
「はい。ありがとうございます」
ソニアも追求しなかった。
久しぶりに自分がシャロームにたどり着く前のことを思い出してしまった今。
スルストがいわんとしていること、自分がやはり勇者だとか選ばれた者だとか言われる、その抗えない事実。
それらから逃げることが出来ないのだということを、また強く彼女は確認してしまったから。

キャスパー、ランスロット、トリスタン、ラウニィー、アイーシャの部隊。そしてカノープス、オハラ、ゾック、ビクター、そしてトリスタンの従者一名(昨日床にころがっていた男だ)の部隊。
後者の部隊はかなり謎めいていたけれど、これがマラノ入りをした反乱軍の二部隊だった。
トリスタンを連れて行くにあたって、ランスロットは自分が彼を守る責任を負うことにしたし、その肩書きによって信頼を得ているアイーシャが同じ部隊になることによってトリスタンの従者達の不信をそらすことを考慮にいれた。
そして、手合わせをしてトリスタンの剣の実力が相当なものであるということを知ったラウニィー本人は、自分も連れて行け、と今度はランスロットにわがままをせっついたのだ。それは編成上悪くはない。
一方、オハラをリーダーとして一部隊を組むことに決めたのはウォーレンだ。
アプローズの力がわからない今、彼女の力を必要とする可能性もあるからだ。
が、現在の彼女の部隊そのままでは魔導に強いであろうアプローズには立ち向かえないのではないか、ということで大幅な異動を行った。ゾックはそのままでも良いとして、まずタロスのニースは完全に編成外になる。そして、有翼人が欲しい、ということでカノープスを編成にいれたのには意味がある。キャスパーは良い兵士であったけれど、いまだリーダー職になじみきれないオハラのためには、カノープスほどの熟練者が近くにいた方が心強いとの配慮だ。よって、ランスロット隊の運搬役はキャスパーになった。そして、テリーと仲が良いためにオハラとも案外話が出来るビクターをオハラの側に加えることで、彼女の緊張を和らげたいというわけだ。そこに、ソニアとコンタクトをとった(というか助けてもらった)トリスタンの従者、ルーヴァンを加えた、なんとも不思議な部隊が出来上がった。
マラノの近くにノルン隊とヘンドリクセン隊を配置、ペルチェルリにはウォーレンがガストン達を巻き込んで待機することになった。
戦が比較的好きなノーマンは駄々をこねようとしたが、オハラと仲が良い古株テリーがタロスのニースと共に残っていたので、あまりみっともない姿を見せないように、と彼にしては涙ぐましい努力で黙り込んだものだ。
ガストンはその様子を見て「どーしてノーマンは年の割に我を通したがるんだ」とぼやき、テリーは「我を通さないと生きていけない場所で育ったんだろうね」とさらりと答えた。このエンチャンターが華々しく戦で活躍をするところをガストンは見たことはなかったが、なるほど、オハラを任せるに値する人間だな、とガストンは心の中で納得し、今回は異なるが、普段の編成を思ってさすがランスロットの人員配置はすごい、なんてことを思っていた。オハラをテリーに任せたのはソニアだから、彼女が聞けばむくれるに違いない。
トリスタンの従者であるルーヴァンにオハラの力の説明をしたものの、こればかりは百聞は一見に、というもので、一体このうら若き女性のその力というものがどういう形で作用するのか、やはりピンとこないようだ。ビクターとカノープスは、噂には聞いていたその力を体感出来る、とあって少しわくわくしている風でもある。
ゾックだけがただ普段と変わらずに寡黙にオハラの側にそっと控えているだけだ。
これが他の人間だったら、もっと思いやりの言葉を発するだろうけれど、ゾックは自分がそういうことを得意とする人間だとは思っていなかった。それに、ノーマンとオハラが「なんとなくいい仲」だということを知っていたから、そういう役目を自分が担うのはおかしい気もする。ゆえにゾックはテリーが抜けたオハラの部隊に残りながらも、自分で進んでテリーの代わりの役目をこなそうとはしなかった。
ただ、自分がいつもと同じであること。彼はそれのみに努めている。
が、彼のそういうところはオハラはとても好ましいと思っているから、なんの不満もなかったし、逆にありがたく感じる度量も彼女は持ち合わせていた。
マラノにある程度近づいた彼らは地面に降りて、ルーヴァンが案内する近くの林にいる手引き屋の一味と合流をした。
胡散臭さは感じるものの、とりあえずはマラノに入ることが先決であるから背に腹は替えられない。
飛んでいるときも、ありとあらゆる方面からマラノに向かう商人やら誰やらが歩き、あるいは魔獣にのって移動していることがわかった。しかも今日は非常に天候に恵まれている。だからこそ余計にそうなのだろう。空を飛んでいるだけでも「こりゃあ、マラノは人でかなり賑わうだろう」と予想できるくらいなのだから、現地にいったらさぞや相当なことになっているに違いなかった。
案の定手引き屋の話では、予想外の人出でのせいで、あと一刻くらいすると今日はもうマラノの検問は閉じられ、これ以上街中に人々をいれないようにと規制を行う予定らしかった。
そこまでアプローズは民衆から信頼され、祝福されているのか、というランスロットの問いかけに手引き屋は嫌そうな顔を見せて、そうじゃない、自分の婚礼ですら金になる場として提供しているから、それに商人達がのっかっているだけだ、と答えた。が、手引き屋はつけ加えて、「悪い噂は山ほど聞くが、男爵の人柄云々で町が賑わっているわけじゃないし、それで恩恵をもらっているわけじゃない。信頼も祝福もないが、民衆の利益に結びつくことはやってくれているから、そう男爵を悪くは言わないよ」と商人よりの意見を述べた。
とにもかくにも彼らは手引き屋に案内されて謎の抜け道を通ってマラノに侵入することになった。
金を要求されるかと思ったが、案外とその手引き屋はおとなしく何も言わない。
ルーヴァンに聞いたところによると、ルーヴァンと共にいたエドモンドが指を二本折られたため、スルストが「じゃあ全員おそろいにしますカネー」なんて恐ろしいことを言い出して、とりあえず一人一本ずつ指を折って行ったそうだ。
さすがに「じゃあもう一本」となったときには、全員「なんでもするから」と哀願したらしい。
普通に聞けば、左手の指二本くらいなら、と思うものだが、どうもソニアが「でもスルスト様、こーゆー人たちってみんな金でもなんでも人よりいっぱい欲しがるもんですよ」なんて言葉を発したものだから男達の顔色は変わったらしい。下手をしたら「そーですネ、じゃあサービスで」とかいって全身の骨を折られかねない、と震え上がった瞬間だ。
その話を聞いてカノープスは大笑いをしたけれど、ランスロットはまた深いため息をついた。反乱軍の評判が悪くなるエピソードがひとつ増えたな、なんて言うものだから、それを聞いて今度はぶはっとラウニィーが噴出したものだが。違いないわね、と涙を流しながらラウニィーはけらけら笑う。ありがたくない話だ。
「たまにあいつ、こえーこと言うよな」
とはカノープスだ。抜け道は地下を掘った通路で、比較的じめじめした土で覆われている。どうやらよく使われるらしくて、時々人がおとしていったと思われるゴミを見ることも出来た。手引き屋の後ろでキャスパーとランスロットが前と後ろでカンテラを持って進んでいる。
カノープスの後ろでビクターが苦笑をして
「でも、その恐いことを実際にはやらないじゃないですか」
「それは先に誰かがたしなめるからだろ。ランスロットとか、ランスロットとか」
「呼んだか、カノープス」
「いいえー、全然ー」
そのやりとりにくすっとアイーシャが笑う。
「反乱軍リーダーは」
トリスタンはランスロットに声をかけた。
「かなりの凄腕と噂を聞いた。ゼノビアではデボネア将軍を、ガルビア半島ではフィガロ将軍を、と帝国の四天王と一騎打ちを自ら果たしたという話だが」
「・・・そのような話がどこから回っているのか、ということを思うといつも残念な話なのですが」
ランスロットはわずかに表情を曇らせて、声を潜めて答えた。
みなの足音はわずかにぐちゅ、と水を含んだ土の音となって耳障りだ。
彼ら以外にここを歩いている人間はいないし、そのように手配をしてくれたには違いない。とはいえ、手引き屋の人間に必要以上の情報を与えたいとも思えないので、あまり大きな声で反乱軍内情などを話すのははばかられる。
ランスロットはトリスタンと、そのすぐ側を歩いていたラウニィーに聞こえる程度の声で話した。
「そういった・・・前線に出た人間が報告をした内容の一部が、反乱軍のどこから漏れているのかは気になるところです。ええ、皇子のおっしゃるとおり、反乱軍のリーダーソニア殿はかなりの剣士で、帝国の四天王と戦ってもなんらひけをとらない、そればかりか天空の三騎士とも剣を交えるほどのお方」
「あんなに体小さいのにね」
とは「小さいのね!」と初対面でソニアにはっきりと言い放ったラウニィーの言葉だ。が、ランスロットはそれに対しては返事をしないで、トリスタンに話を続けていた。
「が、彼女が四天王と一騎打ちをした、なんていう話は実際その場に出ていたものと、一部の詳細報告をされる部隊長しか知らない情報のはず。普通の兵士達は、戦に勝った負けたしか情報は得られないのですから。どこからどう噂が飛び交うのか、と時折わざわざ情報屋に対して反乱軍の話題を聞き出すこともありますが・・・。稀に、そのように、誰が漏らしたのだろう、と思える噂も外に出ているようですね」
「ああ、それはどういった集団でも起こることなのだろう。反乱軍だとか正規軍だとか、そういうものとは関係がないように思える。それに、反乱軍のような、言い方は悪いが、様様な人間が寄せ集まったような集団はそういった規制力が弱いに決まっている。それでもこれだけの戦績をあげていることは素晴らしいことだと思うけれど」
「ありがとうございます」
「僕達も反乱軍の情報はかき集めたつもりだったけれど・・・実のところそうそう大きなネタは集まっていないんだ。だから、そう目くじら立てるほどではないと思う。なんといったって僕らはその噂の反乱軍リーダーの髪の色すらわからないくらいなんだから」
「確かに」
とラウニィーはくすくすと笑った。
「離脱していく兵士だっているのだろう?」
「ええ。数は多くはありませんし、大抵は覚悟が足りない兵士や勘違いして志願をした者達ですが」
「そういった者達が、離脱後に金を手にいれるために多少の情報を流しているに違いないよ」
ふうん、とラウニィーは軽く首をかしげた。
どんなおぼっちゃんかと思っていたが、案外とこのトリスタンという青年は、普通に物を考えて、そして人に伝えることができる人間らしい。
それに、剣の腕も、悪くはない。
正直なところ、若い男性にありがちな、力押しのところはあるけれど、十分今後の上達もみこめる腕だった。
何より、王族にありがちな遠まわしな物の言い方もないし、話が早い。
剣を交えた後に軽く「あなたは話がお早くて、助かりましたわ」とラウニィーが声をかけた時、トリスタンもこれまた軽く「この日を待っていたのだから。自分でわかる。君達と行かなくてはいけないってことが」と言ってのけた。カストロ峡谷で「リーダーと合わせろ!」と駄々をこねていた自分の方がよほど話が遅かったものだ、と思える。
「でも、油断しちゃいけないわよ、ラウニィー」
彼女はぼそっと呟いて自分に言い聞かせていたけれど、トリスタンの印象が「悪くはない」ことは否定をしなかった。

アプローズの婚礼は、彼の屋敷で行われることになっていた。
婚礼の儀が終わるとマラノの中心街で新郎新婦を乗せた馬車を中心としてパレードが始まる。
屋敷の周りには既にパレードの始まりを今か今かと待ちわびた人々で賑わっていた。
ソニア達はニールを何回も脅したけれど、手引き屋を使ってもアプローズの屋敷に穏便に入り込むことは不可能だという答えが返ってきた。ゼノビア人らしい人間がニールからどういった情報をほかに引き出したのか彼らは質問内容を変えた。
トリスタンの従者以外にもニールのもとに情報を聞き出しにきた人間はいたし、ニール以外の情報屋だってこの町にはたくさんいるわけだからその横の(横、と表現してよいのかはよくわからないが)ネットワークから引き出せないかと、いやというほどニールを絞りあげた。
結果、パレードの途中にいくつか好ポイントと思える場所があることがわかった。そして、そのポイントは多分アプローズ側がわざと用意したものだということも。
罠がはってある、というほどのことでもないだろうが、明らかに「ここで狙ってください」的なそのつくりは、スルストとソニアを閉口させた。いくらなんでもそこを素直につつく阿呆がいるわけがない、と思えるほどだ。宿屋の二階のバルコニーから丁度パレードの通過が見えて、しかもやたらとでっぱったバルコニーだから、そこから飛び降りれば一気に馬車に近づける。そんな馬鹿げたポイントまでもご丁寧に用意をしておいてくれているのだから、恐れ入る。
ソニアは今日は髪を自分では結い上げられないのでいつも通り後ろで束ねるだけにしていた。昨日の商人風の結い上げが気に入っていたらしいスルストは残念がっていたけれど、それは無理な注文というものだ。
ひとまず彼らはパレードが始まる前に、ニールから聞いたポイントをいくつか確認に回った。
あと半刻もすればアプローズの屋敷で婚礼の儀が始まる。
その前にポイントを回って絞り込みをして、そして出来ることならランスロットたちと合流もしたい。
ランスロット達との合流のためには、パレードが始まる前に一度手引き屋がいる宿屋に戻る必要があった。
宿屋を警戒しながら出て、2人は出店が並んでいる通りで串焼き肉と揚げパンを買って歩きながら食べた。2人そろって両手が塞がっている状態でいるのはどうかと思われたので、代わる代わるの朝食だ。
既にパレードを一目みようとしている民衆達が列を作り始めている間をぬって、彼らはいくつかのポイントをチェックした。
「スルスト様が目立つから、全部のチェックポイント回ってたら、すぐに目えつけられますかね」
「そうでショーネ。でもいいんじゃないデスカ、逆にワタシ達が引き付けられるなら」
「そか。ランスロット達もくると思えば、そっちの部隊が動きやすくなるか」
「それに、ゼノビア人達も楽になることでショ。それで別段問題はないと思いますケド」
「ま、何がどう転ぶかわからないですね・・・。とりあえず、これだけの人出を考えたら、トロイの木馬を使うのは最初から無理だったでしょうね」
「城壁外にも人がものすごい密度でいますからねえ。たとえ本当に城壁を壊すだけの効果があっても、壊れた城壁は消えるわけではないデス。犠牲を出さないようにするには、トロイの木馬を使わない方が確かに無難でショーネ」
ソニアは軽く頷いてから、串焼きをほおばった。
あまり聞いたことがない音楽が街中を流れる。
出店では大抵がパレード見物客のための飲食物を売っていて、朝から慌しい様子だ。
そういえば。
今はソニアは当然のようにこの朝食だって昨日の夕食だって、反乱軍の資金から金を出してつかっている。
でもあの頃。
ランスロットと初めてお祭り、なんてものに出かけたあの頃は、自分の金なんてもっていなかったし、お祭りで何かを買う、とかみんながにぎやかに色々とやっていることの意味なんてものもよくわからなかった。
それを思えば自分はかなり大人になったものだなあ、なんて思う。
だから、こんなに色々と考えることが増えてしまうのだろうか。
ソニアは串焼きの肉を噛み千切って、肉汁を十分に堪能しながらごくんと飲み込んだ。

アプローズの婚礼の儀はつつがなく終わった。
ベールで覆われた花嫁の素顔は、ちらりとしか誰の目にも見えなかったけれど、少なくとも結い上げている髪は美しいブロンドで、ラウニィーのものとそう大差がない色だった。
エンドラの使者はこなかったけれど、一応形だけでも、とウィンザルフ家の使いのものは出席をしていた。
が、あの親あってあの娘あり、というわけではないけれど、きっとラウニィーの父親であるヒカシュー将軍は我が子が大人しくアプローズの嫁になるとは思っていなかっただろう。
だから、きっとその使いの者も「ああ、やはりラウニィー様はお逃げになったのか」とことを理解したまま沈黙を守っているのかもしれない。
アプローズは屋敷から出て、大きい白馬がひく豪奢な装飾でひときわ目立たせてある馬車に花嫁と共にすぐに乗り込んだ。金を必要以上に使うことがいいことだ、と思っているわけでもないが、自分の優越感を満足させるためのことに使う時は、彼はまったく惜しまなかった。充足感を味わうのに浪費は彼にとって最も簡単で早道なことだ。この婚礼の儀にアプローズは財産をかなり投資した。パレードに使う馬をそろえるためだけでもかなりの金が必要になり、そしてアプローズがそれを行うことで、馬貸し屋たちはこぞってマラノにいい馬を仕入れる。それが回りまわってうまい流通を作り出したり、あなどれない経済効果ももたらす。当然それは馬貸し屋に限った話ではなかった。たったその一面を見ただけでも、商人達はこのゼノビアを裏切った、腹黒い男を簡単に頭ごなしに非難を出来なくなる。まったくもってマラノは彼にとってよほどに住みよいところだったに違いない。
とにもかくにも贅沢に見えるパレードはアプローズの屋敷から出発をして、決められたルートを辿って街中を練り歩きだした。婚礼に参加した者達は屋敷に残る人間もいたし、共にパレードに参加をする者だっていた。
アプローズのとなりに座っている娘は、ここにきて自分の立場の大きさに怯え、震え始めていた。
しかし、彼の夫となった男はそれをどうとも思わず、ただぶっきらぼうに「そんな花嫁がいるものか。わたしと結婚できて光栄だと思え。本来ならば口もきけないほどの身分差なのだからな」と冷たく告げた。
まあ、きっとラウニィーが聞いていれば「口もきけない身分差?ふふん、わたしと結婚してもそうだったでしょうね。ええ、わたしは自分があの男と「同じ」帝国の貴族だなんて思っていないわ」と鼻で笑ったのだろうが。
屋敷から出て人々が道の両側で作る花道を馬車は歩いてゆく。
近づかないように、と高額で雇った兵士達が道にロープを張って、町民達を並ばせている。
あふれんばかりの人数がぎゅうぎゅうになってみなパレードを見ているものの、飛び出すほど熱狂的にアプローズを信仰するような者もいない。その温度差が自分の立場を良く表している、とわからないほどアプローズは阿呆ではなかった。
ある程度の知能があるからこそ、彼は25年前に自分でも素晴らしいと思えるタイミングでゼノビアを裏切った。
グラン王に大恩なぞ感じてはいなかったし、彼は自分が虐げられていた、自分では認めたくないが、みじめな貴族であった。そして、それはグラン王が行っている政のせいだと彼は思っていたし、実際それはそう間違ってもいなかった。ただ、他者からすればアプローズは褒められた人格者というわけでもなく、むしろ評判は悪かったし、少なくともゼノビア的な人間ではなかった。「だから仕方がない」と言えることと言えないことが世の中にはあって、その後の彼の所業は「仕方がない」では済まされないようなことだったことは確かだが。
と、突然先頭の馬が立ち止まった。
がくん、と馬車が揺れる。
(来たか?)
アプローズはにやりと口元を歪めて、馬車の中から様子をうかがった。
しかし、彼が「ここからなら狙いやすいだろう」とわざわざお膳立てをしていてやっていた場所とはまったく違う。
わざわざそれに甘えずに、力技で来たのか、大変なことだ、と余裕の笑みで彼は自分の上着をゆっくりと馬車の中で脱いだ。隣に座っている女は殊更に怯えている。それが正直うざったいとも思えた。
「アプローズ!出て来い!」
きゃああ、と甲高い女の声や、なんだなんだ、とどよめく民衆の視線はパレードの先頭付近にそそがれている。パレードを邪魔する無粋な暴漢現る、といったところか、とアプローズはばさりと上着を馬車の足元に落とした。
「アプローズ!出てこーーい!」
ここで人望厚い人間ならば、民衆が一気にその暴漢を抑えるものだろうが、残念ながらそういうわけにもいかない。それに彼が雇った兵士達は基本的に人員整理だけであって彼の警護をするわけでもない。こんな衆人環視のもとで「出て来い」なんてほざく相手も相手だがな、とアプローズはぴくりと眉を動かして、馬車の内側の取っ手を持って力をこめた。
キイ、と馬車からアプローズが降りると。
「おやおや、これは、予定外だ」
そこには20人くらいの、見るからに貧相な男達がパレードの先頭の馬を止めて、手に安っぽい武器をもって立っていた。その様子から察するに反乱軍ではないと思える。そして、ゼノビアの生き残りでもないだろう。
ゆっくりとした動きでアプローズは馬車から降りて、石畳に足をつけた。
「君たちは何者ですか?」
どうにも心当たりがない輩だな、と思いつつもアプローズは穏やかに聞く。と、その言葉をうけて
「俺達の両親は、ポグロムの森で、お前に殺されたんだ!!」
一人の男性が叫んだ。歳の頃は30代半ばくらいだろう。
ポグロムの森。
25年前に旧ゼノビアから追われて必死に逃げていた騎士達がおいつめられ、そして、投降をしようとした者までも含めて虐殺された忌まわしい森。アプローズはぴくり、と眉をあげた。
「というと、旧ゼノビアの生き残りというわけですか。それはそれは」
おやおや、こんな貧相ななりで生き残っていたというわけか、とアプローズは内心苦笑いをしていたが、男性はそれを否定した。
「違う。ここにいる俺たちの家族はあの日、ポグロムの森に生えている薬草を取りにいったんだ!ゼノビアの残党とは関係ない家族が森に入っている、と俺の兄はあんたに嘆願をしたはずだ。覚えていないのか!」
「さあ?そんな昔のことは、覚えていませんよ」
アプローズは首をかしげた。
「俺たちの家族は、お前のゼノビア残党狩りに巻き込まれて死んだんだ!ここにいるみんなの両親は全員あの日、ポグロムにいた!!」
「あたしのかあちゃんは!」
中には女性もまじっていたようだ。甲高い声をはりあげて、薄汚れた服を着た女は叫ぶ。
「あの森から命からがら出てきたところを、あんたが連れていた兵士に捕まえられて、ゼノビア残党だといわれのないいいがかりをつけられて殺されたんだ!あの日、あたしは見てたんだよ!」
「おや、それはお気の毒な。自分の身を立証する術があればよかったものをね」
アプローズはあくまでも冷静にそう言い放つ。
男達から溢れ出る殺気を感じて、パレードを見ていた民衆達はどよどよと更に遠巻きになってゆく。
「アプローズさま」
パレードの先頭を歩いていた護衛兵と、人々を整理していた雇われ兵が一歩前に出ようとした。その途端、その「パレードを邪魔しに入ってきた暴漢」の一人が剣を構えて叫ぶ。
「動いてみろ!関係がない人々も、巻き込むぞ!俺たちの家族が、関係ないのに巻き込まれたようにな!」
「なるほど、あなた方の狙いは、本来わたし一人。では、わたしと戦おうというわけですね?」
「そうだっ!今こそ、家族の恨み、晴らさせてもらう!」
「したければ、そうしなさい。わたしは逃げも隠れもしません。帝国に身を投じてから、わたしは自分の所在を一度たりと隠したことはない」
アプローズはそう言うと、護衛兵達に制止をする合図を送り、それから数歩前に出た。
「わざわざ婚礼の祝福にかけつけてくれたあなた方に、わたしからの贈り物をあげましょう」
彼の口元が歪んで、その嫌な笑いを人々の瞳に焼き付けた。


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モドル

ああー!アプローズ書くの、楽しい!!ヤバイ!(笑)
こういうベタなドラマもたまにはいいですね〜。えへへ。すごいノリノリで書いてるせいか、ここ二回テキスト量が多めな気がします(笑)セリフが少ないからすげえ密度になっています。読みにくかったらごめんなさい。