誓いの言葉-8-

マラノの町は大混乱に陥りかけていた。
アプローズを狙って徒党を組んでやってきた男達は、彼の魔力の下、わずかな時間で一掃されようとしていた。
その場にいた誰もが聞いたことがない詠唱をアプローズは口の中でもごもごと、しかしながら素早く行う。それに気付いた時にはもはや遅かった。
「アプローズ、覚悟!」
そう叫んでリーダー格らしい男がアプローズめがけて飛び込もうとしたとき、隣にいた男が悲壮な叫びをあげた。
「うわああ!何かが、来る!」
何かが、来る。
その表現は非常に適切なものだった。
きっと、その叫びがなければリーダー格の男はアプローズに近づき、切りかかることが出来ただろう。
彼らが実行したいその行為を妨げたのは、悲しいことに仲間の叫び声だった。
アプローズの詠唱が終わった、と思った途端、そこにいた20名ばかりの男達の頭上に何かが現れて、突然彼らの足元に影をおとした。いや、影を落とす、なんていう可愛らしいものではない。彼らはその大きな影につつまれた。
「うわあ!」
魔導の力でつくりあげられた巨大な隕石。
それが一体何なのかは彼らにも、見ていたマラノの民衆にも理解が出来ない。
ただわかることは、その石は突如その空間・・・暴漢たちの頭上・・・に現れてわずかの間静止し、そして今まさに落下している最中だということだ。
落下のスピードは速い。まるで暴漢達がいるその空間を消し去ろうとするかのように、それは落ちてくる。
届くことがないだろう、道の両側にいた人々でさえも叫び声をあげて逃げようと体の向きを変えようとしてもがいていた。
その人々の叫び声が高まって、その響きはアプローズの自己顕示欲を満足させるものとなる。
「ぎゃああーー!!」
ずうーん、という無慈悲な音がその場に響き渡り、足元の石畳を粉砕した。落下による音があまりにも大きすぎて、石畳が砕ける音がほとんど聞こえないほどだ。
人々の足元までその衝撃は伝わり、道端で転げてしまった誰かは全身でその衝撃を受ける羽目になってしまう。
次に人々が叫んだのは、その衝撃によるものではなかった。
「熱い!」
落下してきた、魔導によって生み出されたその石は、高熱をもっていた。
たまたま黒い石の落下点近くにいた女は叫んだ。
が、その叫びも一瞬で、顔、腕が熱い、と感じたのも束の間、魔導で作られたその石は現れた時と同じように突如姿を消してしまう。物理的に存在するのかしないのかが定かではないのだろうか?
「・・・え・・・?」
逃げ惑っていた民衆、それをどうにか収拾つけようとしていた兵士は、まるで夢でも見ているのではないか、というようにまばたきをして、その石が落下した場所をみつめる。
「消えた・・・?」
けれども、石の落下によってひび割れた石畳は確かにそこに何かが落ちた後を残していたし、それのみならず、先ほどまでアプローズに歯向かおうとしていた人々のほとんどが、その石の下敷きになってしまい、恐ろしい死骸を人々の前に見せ付けていた。
石に押しつぶされたのみならず、あの石がもっていた高熱によっていやというほど突然の温度変化を強いられたその死骸。
それはあまりにも異質なものになっていて、塊が先ほどまで生きていたものだと認識するのが難しいほどだ。
なんとか足が動いて、石の落下位置から離れることが出来た数人も、その様を見てがたがたと振るえながら道の上でへたりこんでしまった。それほどまでに予想外のおそろしい魔法。今までその場にいた誰もが見たことがない恐怖の魔法を、この男はいとも簡単に行使して、そして人間の命を奪う。魔力をもった、とか、過去虐殺を行った、とか噂には聞いていたけれど、これほどまでに何の躊躇もなく人殺しを行う領主なのか、と人々もまた恐怖に凍り付いていた。
「サービスしすぎましたね。あなたたちが固まったところにいたものですから、大きいやつをお見舞いすることになってしまいました」
あっさりとアプローズはそんなことを言って、ふう、と小さく溜息をつく。
「その醜いものを片付けてください。それから、道の修理を頼んでおくように。金はわたしが出しましょうとも」
護衛兵士にそう言い放つと、逃げることを止めて呆然としている見物人にアプローズは言った。
「見苦しいところをお見せしましたね?わたしの力をアピールするためのショーをするつもりはなかったのですが。さあ、パレードの続きをしましょう」
と、そのとき、見物客の間をかきわけてこの悲惨な光景に飛び込んできた二人組の男がいた。
おや、とアプローズが片眉を動かす。
明らかに先ほどの男達とは違い、剣を使い慣れた様子の男達は、齢40歳ほどでアプローズとそう年齢が離れているわけではなさそうだった。
「人の生き死にをなんだと思っているのだ!」
「亡きグラン王の無念、その身に受けよ!」
そのゼノビア訛りの言葉に、誰がどう聞いてもゼノビア残党だと名乗っているような言葉に内容にアプローズはにやり、と口元を歪めた。
一人の男は、その場にへたりこんでいた生き残った男達を立たせて、せめて命だけでも、と離脱を促していた。そしてもう一人の後から出てきた「グラン王」の名を叫んだ男は、剣を構えて一直線にアプローズに向かって走り出す。その様子はなかなか堂にいっており、旧ゼノビア騎士団に所属していたのだろうということをうかがわせる動きだった。
次の瞬間。
がきん、と彼の剣が振り下ろされ、そして何かに食い止められた音が周囲に響いた。
「何!?」
「あなた達は恥ずかしくないんですか?一人の男を倒すのに寄ってたかって」
そういいつつも楽しそうにアプローズはくっく、と笑い声をもらす。
彼の前にはパレードの馬車のいくつかに忍ばせておいた2体のデーモンが飛び出してきて、その男の剣をうけとめていた。
「こちらも、一人や2人は助っ人がいたって文句はないでしょう?」
あからさまに馬鹿にした響きをもつその言葉に、旧ゼノビア騎士は叫んだ。
「お前のような卑怯者が何を言う!」
「ふふふ、本当に騎士とはお馬鹿さんですね。わたしを卑怯者と?ええ、それで結構。卑怯だからこそ、一対一に応じる気はありませんね!」
「うわ!」
男はデーモンが鎌をなぎ払った攻撃を避けようとして、欠けた石畳に体勢を崩しながら倒れこんだ。
もう一人の男が、先ほどのポグロムからやってきた人々をなんとか逃がしてから剣を構えたが、もう一体のデーモンがそれにもう一撃をお見舞いする。なんとか紙一重で避けたものの、構えきっていなかったその騎士はうまく反撃までは出来なかった。2人の騎士、逃げようとしている人々の鼓膜に、アプローズの声が容赦なく突き刺さった。
「くらいなさい・・・メテオストライク!」
その言葉はアプローズの素早い詠唱が終わったことを意味する。
「くそっ!」
またしても彼らの頭上にぽっかりとその石は姿を現す。旧ゼノビア騎士はそれをよけようと態勢を立て直した。
そのとき
「オハラ、行け!」
凛とした女性の声が響いたと思ったその瞬間、空に現れた恐怖の石に一人の男が驚くべき跳躍で飛び乗る姿が見えた。熱くないのだろうか?
「ここデスネー!」
スルストだ。
落下が始まった石の真中にのって、上からザンジバルを振り下ろす。
がぎっという聞いたことがない音をたてて、ザンジバルはその石に突き刺さった。
そこまでの動きはほんの一瞬の出来事で、人々の目からは石に飛び移る影と耳障りな音、そしてまた石から飛び降りる影が瞬時に脳への情報として伝達されるだけだっただろう。
「スターティアラ!」
そして次には細いけれどよく通る女性の声があたりに響いた。それは、オハラの声だ。
彼女の詠唱によって作り出された、まるで流星のように見える白い光がその隕石に向かってゆく。
「うわああ!」
「助けてくれえー!」
人々の混乱の声があたりに充満し、最高潮に興奮が高まったその瞬間。
「な、なんだ!?」
スルストから与えられた一撃によって脆くなった石は、神聖な力の加護を受けたプリンセスの魔法によって砕かれ、その流星達の流れのままアプローズに向かって飛んでゆく。
アプローズの前に2体のデーモンが立ちふさがって、既に熱も失い、密度も失った隕石の欠片から彼を守った。先ほど消えていってしまったように、デーモン体にぶつかる手前、あるいはぶつかった後、その隕石の欠片はみるみるうちに消えていく。神聖系の魔法によって押し返されたその石は、いかほどの威力をみせたのかはまだよくわからない。
「・・・次から次に不躾な来訪者達ですね。そんなにみなさんでわたしの婚礼を祝ってくださるのですか?」
アプローズはデーモンの後ろでそう言いながら、嫌な笑みを湛えている。
メテオストライク、という強力な魔法をスルストとオハラの力によって返されてはしまったけれど、今の魔法はあまり魔力をこめずに行使した程度のものだ。ラシュディから力を与えられた自分にはもっともっと溢れんばかりの魔力がある。その自信を伺わせる嫌な笑みがそれだった。
「オハラ、もう一度!」
「はい!」
オハラに命令をするのはソニアだ。
混乱に紛れて人々をかきわけて、ソニアとスルスト、そしてオハラ隊がその場に現れた。
手引き屋の元にいったものの、あまりにあちこちの警戒が厳しいとのことでランスロット達と合流する暇が得られなかったソニアとスルストは、仕方がない、と単独行動をしていた。それを運良く見つけてくれたのは、マラノ入りをしてからランスロット隊と別行動をしていたオハラ隊のゾックだった。これだけの人手で幸運だったといわざるを得ない。
そして、思いのほかパレードの最初の方でこの騒ぎが起こされてしまって、完全に反乱軍の読みもアプローズの読みも外れてしまって、ランスロット隊はまだこの場に来られない様子だ。
トリスタンの従者ルーヴァンとカノープスが旧ゼノビア騎士を助け出している間に、ゾックとビクターがオハラを守ってデーモン達の攻撃に備えていた。
ソニアは更にその後ろにいて、戻ってきたスルストがソニアの斜め前を立ち位置にして彼女を守ろうとしている。
「スターティアラ!」
オハラは最近習得したとは思えない素早い詠唱と確実さで、プリンセスのみに許された幻の神聖魔法を唱えた。
アプローズはどうだかわからないが、デーモンは神聖系魔法に弱いことを知ってのことだ。
白くて美しい、魔導によって作られた星のまたたきにも似た光がデーモンとアプローズに向かって放たれる。それはまったく相手を間違えることない命中率で彼らを襲った。プリンセスとして日が浅いオハラの魔力は、驚異的とは言えないけれど、その広範囲の神聖魔法は十二分に反乱軍の一軍として認められる実力を見せている。
その魔法に怯んだデーモン達に対してゾックがソニックブームを放とうと構えたが、デーモン達の後ろのアプローズが更なる魔法の詠唱を始めたことに気付いて彼は叫んだ。
「ソニア様、もう一度きます!」
「スルスト様、頼みます」
「ハーイ!」
「馬鹿め!二度も同じことをさせると思うか!」
アプローズの声が高らかに響いた。
一体なにが、と反乱軍メンバーの間に動揺と緊張が一緒に走る。
「・・・ちいっ・・・ソニア、今度はひとつではありまセーン!」
「ええっ!?そんなこと出来る魔法なんですか!?」
「高位の術者になれば、隕石の大きさも数もいくらかは思うように操れマース!全体のサイズは変わりませんが・・・」
「メテオストライク!」
アプローズの詠唱が終わった。
またも、上空にぽかっと突如大きな隕石が姿を現した。
けれども先ほどと違うのは、その大きさが一回り小さいこと、そして、それは三つもの数になっていること。
しかもそれだけではない。
明らかにそのうちの一つは、反乱軍のみならず、パレード見物に来ていた、なにの罪もない人々すら巻き込んでしまう場所に現れているのだ。
ソニアがそう思った瞬間、スルストは何も言わずにひとつの隕石にむかって、彼のその剣の威力を十二分に発揮する剣技であるソニックブレイドをうち放った。ザンジバルの剣先からまばゆい一筋の光が生き物のように飛び出た。
それはひとつの隕石めがけて、一瞬地を這ったかと思うと空に昇ってゆく。
「ゾック!」
ソニアの叫びに反応して、オハラを守っていたゾックは、先ほど行使しようとしたソニックブームをデーモン相手ではなく、もうひとつの石相手に放った。
けれど、スルストの技の威力とゾックの技の威力は違う。
ゾックは確かに優れた剣士ではあるが、スルストはなんといっても天空の三騎士なのだ。
同じことをしろ、といってもそれは無謀なことだ。
「それじゃ、無理だ!」
とカノープスが叫んだとき
「行け!」
ソニアの声が響いた。
「・・・ソニア様!そんな、ご無理を!」
その叫びの意味がわかった途端、オハラは目を見開いてソニアの名を呼ぶ。ザンジバルの構えを通常の構えに戻したスルストも、なにが起きているのかを理解した瞬間、眉をぴくりと動かして口をわずかに開いた。それは驚き、あるいは焦り、どうともとれる表情だ。
まるで当たり前のように彼らの前で、ソニアはここずっと動かすことが出来なかった右腕を左腕に添えて、ブリュンヒルドを振り下ろしていた。
綺麗な軌跡だ。
スルストは素直にそう思った。
彼をラシュディの魔力から解放するために無茶をしてソニアは右腕を激しく痛めてしまった。だから、実際にソニアの腕が正常な状態で剣を振るう姿をスルストはほとんど見ていない。彼は、自分のみならず、自力でフェンリルを救い、そしてブリュンヒルドに選ばれているこの小さな少女の実力は、その話からも信じていた。とはいえ、今初めて彼女の剣さばきを目の当たりにし、その実力が本物だということを感じ取る。
もともとソニアは両ききではない。
ただ、弓兵であった時期があったため左手も鍛えられてはいたという。
それでも、右腕を失った短期間の間に左腕でここまで正確に剣を目標物に対して振るえるようになることは、そんじょそこいらの人間では出来ないことだとスルストには理解が出来る。
(この子は、天性の才覚があるのだろうな)
見ると、完全に左右逆にブリュンヒルドの柄を握っている。まるで左利きの人間が当たり前のように剣をふるうように、ソニアは剣を持っているのだ。
ソニアが放った剣技ソニックブームは、ゾックが放った光よりも激しく、するどく、今まさに落ちてこようとしている隕石にむかってゆく。
どれもこれも、ほんのわずかな間に目まぐるしく起こっている出来事で、あまりにも多くのことが交錯していて誰もが冷静に全てを把握できているわけではない。
「ああ、そんな場合デハ!」
馬鹿なことを、安静にしていなさい、と叱責しようとしたスルストは、もうひとつの石に向かって同じように何かの光が近づいていく様子を視界の隅にみつけた。
「こっちは任せて!」
突然背後から女性の声がした。
それがラウニィーの声だということは振り返らなくてもソニアにはわかる。
ソニアは、ソニックブームを放った時に必ず生じる、そのための衝撃に耐えて両足をふんばった。
この間の戦いでランスロットとノーマンが危なかったときに放ったソニックブームからの衝撃には耐え切れなくて、ブリュンヒルドを手から取り落としてしまうほどだったけれど、今は違う。
「頼む!」
そして、それに耐えながらも瞬時にソニアはそう叫んだ。恐るべき判断力と認識力、そして精神力だ。
ソニアがそう叫んだのは、既に背後から走ってきた強い光が三個目の隕石にその力を食い込ませた瞬間だった。
それもまた、ソニックブームに似た攻撃だということが見ればわかる。
ノルンが連れていたサムライ達から、誰かを選んで連れてきたのだろうか、とソニアは部隊編成を考えて眉根を寄せた。
もちろん先ほどからの様子とおり、隕石はソニックブーム一発程度ではびくともしない。
それへは、オハラのプリンセスとしての恩恵を受けて素早く動けるようになったゾックが、再度ソニックブームを打ち放って援護をしてくれている。
これだけのことがほんのわずかな間に起きていることを、すべて把握を出来ていたのはソニアとスルスト、それからオハラの恩恵をうけて実際に隕石へ技を放っていたゾックの3人しかいなかったであろう。それと、アプローズと。
時間差はあれど、それぞれ2人ずつが放った剣技によって隕石は前後から攻撃を加えられ、亀裂が走る。
「熱い・・・っ!」
叫び声をあげたのはトリスタンの従者ルーヴァンだ。亀裂が入ったその隕石の高温に煽られる。そこへ
「サンダーフレア!」
ラウニィーの詠唱が完成して、隕石の亀裂に向かって激しい雷が落ちた。その衝撃で石は砕け、そこここに飛び散り人々を巻き込もうとする。それへオハラがもうひとふんばり、とスターティアラを放ち、パレードのためにぱっくりと空間を開けていた路地へと石を流し込むような力技を使った。が、さすがにこの連続行使では力つきたようで、ぜえぜえと肩で息をしているようだ。
一部の石の破片が飛んで来たために、見物人たちは未だにわあわあと騒ぎ立てて我先にと逃げようとしている。そして誰かが転んでしまったのか、どどっと人々が前のめりに倒れる姿がソニアの視界に入る。丁度側にいたビクターとカノープスそしてルーヴァンが、なんとか被害が広がらないように人々を助け起こす。
(砕くのも考え物だな・・・。しかし、こう住宅やら人が密集しているところでは、自分達だけが避けるというわけにもいかない。落下を止められないならば粉砕するしか手段がない)
場所が悪い。これでは何も守る気がないアプローズの思うつぼだ。ソニア達は反乱軍という聞こえのあまりよくない軍を率いているだけあって、何かにつけて評判は気にする必要があったし、ウォーレン達が描いている今後のゼノビア復興を考えても、戦にあまり関係のない民衆たちへの被害は最小限に止めなくてはいけない。
「グリフォンがいれば、風を起こしてもらえたのにな」
とソニアは舌打ちをした。そのとき、タイミングよくアイーシャからの癒しの力が彼女たちの体を包む。そして、更に背後から聞きなれた声がした。
「ソニア殿!」
「ランスロット!」
アイーシャの詠唱が終わる前に、旧ゼノビアの騎士、メテオストライクによって負傷したポグロムの人々を癒していたランスロットがようやくソニアの元に走りよってきた。
「ランスロット、さっきのソニックブームは!?」
「トリスタン皇子が」
「皇子に会ったのか・・・ああ、あの男か」
背後をちらりと見て不躾にソニアはそう言った。その物言いに今更文句をつけるわけでもなくランスロットは簡単に状況を話した。(オハラからもかいつまんで聞いてはいたけれど)
「2部隊で来た。オハラ部隊とわたしの部隊を編成しなおした。ソニア、腕は?」
このような慌しいときにときおりランスロットはソニアへの敬称を省くことがある。ソニアはもともとそれでいい、と言っていたし、こういったときにはその方がしっくりとくる。
「まだ左を使っている・・・カノープスとキャスパーに、市民の避難誘導を頼む。ランスロット、指揮してやってくれ」
「わかった」
短い会話を交わす2人の脇を駆け抜ける影があった。
「アプローズ、覚悟!」
「OH、それは無茶しすぎデース!!」
スルストが慌ててその影に反応して後を追う。
それは、トリスタンだ。
「こんの、馬鹿!」
と品がなく叫ぶソニア。いつものランスロットなら「なんてことを!」と怒るだろうが、それどころではない。何故ならばランスロットもまたそう思っていたのだから。
アプローズは既に次のメテオストライクの詠唱に入っていた。トリスタンはそれをさせまい、と思って突っ込んでいったのだろうけれど、彼が思うほどに、アプローズの前で守りを見せているデーモンは鈍重な動きではない。やはり空を飛ぶものは俊敏さが不可欠なのだろう。
「トリスタンの坊やが、死ににきましたか!」
飛び出して来た男を一目でトリスタンと認識出来たのは、やはり腐ってもアプローズは元ゼノビアの貴族だということ、そしてトリスタンが非常に母妃似であることの二つの要因があるのだろう。
「飛んで火にいる、なんとやらといいますからね!手厚く葬ってあげましょう!」
「ぬかせ!」
アプローズの詠唱の標的が紛れもなくトリスタンに向けられた。
飛び込むトリスタンの前に一体のデーモンが覆い被さるように突如横からふさがってくる。
デーモンが持つ鎌がトリスタンに向かって振り下ろされる。さすがにそれくらいは予測していたのか、トリスタンは軽い身のこなしでそれを避けて横に飛んだ。
彼の両足が石畳についた瞬間
「メテオストライク!」
アプローズの詠唱が終了した。
「!」
しまった、間に合わなかったか、と歯軋りをするトリスタン。
今度は明らかにトリスタンを狙ってか、彼の頭上に巨大な隕石が現れる。
そのとき、トリスタンに攻撃を食らわせようとしたデーモンにビクターとランスロットが攻撃をしかける。
先ほどまでスターティアラによって押し戻された隕石のかけらをいやというほど浴びていたデーモンは、普段では身軽に避けられる剣による攻撃も避けきれない様子だ。
「おらよ!」
そして、めずらしくもそれへとどめをさしたのはカノープスだ。飛び上がって高い位置から棍棒を媒体としてサンダーアローを放つ。それはあまり高威力、というものではなかったけれど、消耗していたデーモンには十分すぎた。
一体デーモンを倒された、と知ったアプローズは、更に後退して二列に並んでいた先頭の馬車と馬車の間にはさまるように動いた。
トリスタンの頭上に現れた石に向かってスルストが構えた。
「大きい!」
悲痛な色を含んだ叫び声をあげたのはオハラだ。
明らかにトリスタンの頭上に現れた石は、先ほどまでのものと大きさが比べ物にならない。
ソニアはスルストが構えをとっていることに気付いて、瞬時に辺りを見回した。
「ランスロット!ビクター!」
彼女が名を呼んだのはパラディンの2人だ。
このメテオストライクによって生み出された石に対して攻撃手段が何もない、純粋に物理攻撃しか出来ないその2人はソニアの声に反応した。
彼女は、名前しか呼ばなかった。
けれども、古株であるビクターも、そしてランスロットも、たったそれだけでソニアが何を言おうとしているのかを察した。
もう一度ソニックブームの構えを取るソニア。
毎回毎回そうメテオストライクの隕石にばかり気をとられていれば、それを処理する間にまたもアプローズは詠唱を完成させてしまう。
ランスロットとビクターは両側からアプローズに走り寄っていった。
スルストのザンジバル、ソニアのブリュンヒルドから隕石を砕くためのソニックブームが発動される。
またも彼らの剣先から放たれた光は石を砕こうと空へ登っていく。そして、オハラがまたスターティアラを唱えるために息を整えていた。
「遅い!」
アプローズは既に次のメテオストライクの詠唱に入っていた。
懐にはいってしまえば、自分に近い敵に対してメテオストライクを唱えることは出来ないだろう、と彼らは思っていたのだが・・・。
「メテオストライク!」
彼らがアプローズの懐に入ろうとした、その時。メテオストライクの詠唱が完成した。
彼らの後ろではソニアとスルストが大きな隕石の処理を行っているところである。
「・・・ビクター、気をつけろ!」
「は、はい!?」
今度はそれまでの想像とはかけ離れた場所に、メテオストライクの詠唱と共に隕石が現れた。
それは大きさは握りこぶし程度だったけれど数が多く、アプローズの前面にまるで盾のように現れ、そして
「わあ!?」
走りよってくるランスロットとビクターめがけてそれらは飛んで来た。
「ぐう!」
2人は咄嗟に手にもっていた盾を前に突き出し、その場で足を止めてふんばる。
「上から落とすだけが脳じゃないですからねえ。わたしほどの魔力を持てば、この程度の制御は朝飯前というものですよ!」
高らかに笑うアプローズ。
一定時間たてば消えてしまう、確かにそこに存在はしているけれど跡形もなくなってしまうこの魔法の石をいともたやすく操り、そしてあまりにも早いその詠唱の様子で、なるほど、彼が大層な魔力をもっていると理解出来た。
「この湧き上がってくる力を、あなた方に味合わせてあげましょう!」
「余計な世話だ!二人供、屈め!」
ソニアの声。
「スターティアラ!」
2人、とは一体誰のことだ?と思いつつも、ほとんど反射的にビクターとランスロットは盾を持ったままその場にしゃがみこんだ。その2人の頭上をかすめて、オハラが放ったスターティアラが真っ向からアプローズが放った隕石とぶつかり合う。
「うわあ!」
弾けとんだ隕石の欠片を頭からかぶってビクターは叫んだけれど、それはすぐ跡形もなく消えている。
「あちちちち!!」
消えたとはいえ、先ほどまでその隕石がもっていた熱に触れてしまい、軽装の鎧から剥き出しになっていたビクターの二の腕の布地が焦げる。
「!!」
頭上でまだスターティアラとメテオストライクはぶつかり合いをしている。魔法同士がぶつかる、ということが可能なのか、とランスロットは驚いた。もちろんそれは、メテオストライクが生み出した隕石が、わずかな間とはいえ物理的にきちんと「存在しているもの」としているからあり得る光景なのだろう。例えば、サンダーフレアとダーククラウドがぶつかり合う、なんてことが実現するとは到底思えない。魔法の標的を人ではなく「物」にすることは出来る。明らかに「石」であれば標的になるのだろう。
と、体を屈めたままのランスロットの横を、上半身を前かがみに倒してものすごい勢いで走って行く人物が見えた。いや、それはランスロットでなければ気付かなかっただろう。
ソニアだ。
小柄な彼女は、ランスロットやビクターがしゃがみこまなければいけないほどの高さで魔法同士がぶつかり合い、相殺しあっているなかでも、ちょっと前かがみになるだけでなんら関係なく走り抜けてしまえるのだ。
が、多分スターティアラとメテオストライクのぶつかりあいに気をとられてしまっては、そんな妙な魔法が作り出すアーチの下をくぐって彼女が走って行く姿を誰も気付かなかったであろう。そして、それはアプローズもそうだった。アプローズは自らが発したメテオストライクの力を相殺してゆくスターティアラの魔法をみつつ、既に次の詠唱にはいっていたから、視界から不意に消えたソニアのことには気付かなかった。
「また、そなたはっ・・・」
慌ててランスロットが背を低くしながらその後を追おうとしたとき、彼の背後から何かが迫る気配を感じた。
「アプローズ!!」
トリスタンはオハラの横で憎むべき男の名を叫んで、ソニックブームをうち放った。
ランスロットはその線上に自分が飛び出てはいないことを確認して、ソニアの後を追う。
「うるさいですね。あなたにはこれをあげましょう!」
「そんなに簡単に詠唱が出来るものなの!?」
「メテオストライク!」
度重なる早い詠唱の完成に、ラウニィーが驚きの声をあげた。
今後はトリスタンめがけて、またもランスロット達に放ったように小さな隕石が無数に放たれる。
ソニックブームをうった後のトリスタンは無防備な体勢になっていて、前後左右に動くために重心を移動することがうまく出来ないで止まっている。
「馬鹿ね!伏せなさい!!」
そのとき、トリスタンの真横からラウニィーが飛び出してきて、トリスタンの体を抱えるようにして倒れる。
それを横目で見てスルストはザンジバルを構えた。
「いい判断デス!」
飛んで来た石とトリスタン達の間にスルストが立ちはだかって、ザンジバルをぶん、と振るう。
突然、聖なる力の加護をうけたザンジバルが、辺りに風を巻き起こした。
その威力たるや相当なもので、カストロ峡谷で「ワタシの剣に巻き込まれてしまう味方は困る」と言っていた彼の力をまざまざとそれだけでみせつけるものだった。
「きゃああ!!」
「うお!?」
その風圧に、近くにいたアイーシャとルーヴァンとキャスパー、そしてカノープスが声をあげて体勢をくずして道にへたり込む。特にカノープスとキャスパーは羽ばたこうと羽根を広げていたところだったから尚のこと風にあおられてよろけてしまったに違いない。
そして、彼らのみならず、ちょうどスルストの真横にいた、まだ逃げ遅れていた市民達もスルストの剣圧のため道両脇の壁に押し付けられるようにふっとぶ。
一緒に倒れこんだラウニィーはトリスタンを庇うように折り重なって、またも地面にその金髪をおしげもなく広げていた。
「すみまセンネー!命を救うにはこれしか方法がなくって!」
スルストがそう言うように、オハラが詠唱を終わったばかり、ラウニィーもまた詠唱が終わって、そしてトリスタンを庇って倒れた今、細かく飛んでくる隕石をどうにか出来るのはスルストしかいなかったことだろう。
そして、ソニアもそれをわかっていたからか、振り向かずにアプローズに向かって走って行く。
そのとき、トリスタンが放ったソニックブームはアプローズの足元に届いた。
ばしばし、と放電のような音をたてて、剣から放たれたその光はアプローズの足元から腰あたりまでを包む。が、距離が遠かったためかアプローズはあまり苦しげな表情は見せない。
「く!こしゃくな!」
よろり、とわずかによろけたものの、さほどのダメージを食らってはいないようだ。
ラウニィーやトリスタン、そして詠唱を終えたオハラ。
それから今彼が放ったメテオストライクを防ごうとしたスルストの剣が放った風圧によってふっとばされたカノープス達。
一目で反乱軍達の体勢が崩れていることを見て取ったアプローズは、にやり、と笑ってもう一度メテオストライクを詠唱し始めた。そのとき
「所詮お前は実戦向けじゃないんだ!」
「!?」
「体を張って戦うには、向いていないようだ!」
ソニアがアプローズの死角から飛び出てきた。
が、アプローズにとっては死角でも、もう一体残っていたデーモンにとってはソニアの動きは見えていたようで、彼女が飛び出てきたのにあわせて鎌を横になぎはらった。
ガキイィィィン、と音をたててそれをうけとめたのは、ソニアの後から出てきたランスロットだ。
ソニアはいっこうにデーモンの攻撃なぞ最初から気にしていないようなスピードでアプローズの前にそのまま走り寄る。
「魔力が高くても、それでは意味がない!」
「う、わ!」
驚いてアプローズはあとずさったが、遅い。
「余計な魔力なぞ、手にするものではない!」
「助けて!!」
その場にいた、アプローズの声を聞くことが出来た人間はみな、その情けない叫びに驚きの表情を見せた。
確かに、剣を向けられた状況になれば命乞いというものを人はしてしまう。
しかし。
しかし、あのポグロムで情け容赦ない虐殺をした男が、こんなに安直にその言葉を恥ずかしげもなく口にするのだろうか?
ソニアはブリュンヒルドの柄をアプローズの腹に打ち付けた。
「ぐふうう!」
奇怪な声をあげてアプローズは腹を抑えてその場にうずくまる。
魔力がいくら高くても、その生身は何も変わりやしない。
懐に入られてしまってはこの男も成す術はないということだ。
「お前の、空虚な権力だ。誰も助けにはこないじゃないか!お前はこの町で憎まれてはいないだろうが、命を捨ててまでお前を助けたいとまで支持する人間は誰もいない!」
ソニアはその場でうずくまるアプローズにそう言い放った。それは正しい。もちろん、思い上がったアプローズが見せつけたメテオストライクに萎縮して、誰も戦いに加われなかった、というのも本当のところだ。アプローズはソニアが言う通り実戦向けではなかった。いくら自分の魔力が強くとも、それをひけらかすことをせずに自分の部下達に戦わせるほうがよほどこの戦いでは効率よく勝利できる。多勢に無勢、ではないけれど、アプローズと共にパレードをしてきた兵士が何人もいるのだ。
けれど、この男はそうはできなかった。一度たりと兵士を戦に投入しようとしなかったし、自分で敵を倒したい、という欲が誰の目にも明らかなほど貪欲に自ら攻撃をしてきた。
自分の魔力に溺れ、自分の魔力の強さを人々にみせつけ、トリスタンを、反乱軍を倒してのしあがる地位だけを夢見すぎて、帝国の四天王すら倒してきた反乱軍の実戦経験を甘く見すぎていた。確かにメテオストライクは凄まじい威力ではあったけれど、素人がそれをうまく戦に取り入れるには難しい魔法なのだろう。
ゾックとランスロット、そしてルーヴァンがその場にかけつける。
「ソニア殿」
「ランスロット。トリスタン皇子を。この男の処分は皇子に決めてもらうがいい」
ゾックとルーヴァンは、まだ腹を抑えてうめくしかないアプローズを押さえ込み、両手両足を抱えて拘束をした。
一件が落ち着いた、と気付いた民衆がちらほらと、隠れていた建物の影から彼らの様子を伺う。
パレードを共にしてきたアプローズが雇っていた兵士達はおどおどとどうしていいかわからずに困り果てている。彼らはアプローズに忠誠を誓うほどでもなかった雇われ兵のようなものだったから、いくら今は帝国の貴族、マラノの領主扱いであろうと、アプローズからの命令なしでその場に出て行くほどの気持ちはない。
それに気付いてソニアは叫ぶ。
「動くな。旧ゼノビアグラン王を裏切ったこの男は、いつなんどき誰を裏切るのかわからない。帝国だろうが、この町の人々だろうが。現にさっき、この男の作り出した隕石は、関係ない人々を巻き込もうとしたじゃないか。裁かれる人間に裁かれる時が来ただけだ!」
「ソニア殿、トリスタン皇子が」
そっとソニアに耳打ちするオハラ。
後ろを振り返ると、ランスロットに連れられてトリスタンとラウニィーが歩いてきた。
「ようやく、あなたの剣を見ることができたわ」
「ははは。左手で申し訳ない」
「何を謙遜してるの。びっくりした。あなた、本当に右利きなの?」
「うん」
ラウニィーにそう言われて素直に頷くソニア。それからトリスタンに視線を移した。
「初めまして。反乱軍ソニアと言います。今後のことは後で話すとして・・・この場でアプローズの処遇を貴方に決めていただきたいのですが」
珍しく身分が上の人間に対してすらすらとソニアはそう言った。
簡潔に用件を告げるソニアに対してトリスタンは笑顔を見せる。
「フィクス・トリシュトラム・ゼノビアだ。トリスタンと呼んでほしい。栄光の鍵を見せていただいた」
「トリスタン皇子ご本人ですね。素晴らしい剣の腕だ。さっきは、自分が標的になれば民衆の安全が確保できると思って、道の真中に出たのでしょう?」
ソニアのその言葉にラウニィーとランスロットは、はっとした表情になる。
トリスタンは照れたような表情を浮かべ
「それは買いかぶりすぎだ」
と困ったように言った。
「アプローズは、僕が倒してしまってもいいのかな。こんな形で倒しても、恥ずべきことではないのだろうか」
「もし、自由を奪ってから倒すっていうような・・・そういう体裁が気になるのであれば」
ソニアは悪びれもなく
「あたしがばっさりやってもいいです。トリスタン皇子の制裁を受けた、という形にして」
おやおや、えらくあっさりと歩み寄りを見せるものだ、とトリスタンはわずかに驚いた顔をみせた。
ようやく口を利けるようになったアプローズは、ラウニィーをみつけて、顔をどす黒くするほど血を上らせて叫んだ。
「私の婚約者ならば、あなたも少しは命乞いを手伝ったらどうですか!?」
「バカね。あなたはもう結婚したんでしょ?その馬車ん中に花嫁さんがいるじゃない。ふざけてるわね」
ラウニィーは当然とりあう気もない。
トリスタンは背後を振り向いた。
そこには、旧ゼノビア騎士2人と、さきほどのメテオストライクから逃れた、ポグロムからきた人々数名がおどおどと近寄って来ている。
彼は瞳を伏せて、少し考え、そして。
「僕が、アプローズを討とう。体裁はもはや関係がない。この男は裁判の場ですら逃げることができない罪を犯したのだから。ゼノビアへの裏切りはもとより、罪もない人々を虐殺したことは、ゼノビアだとか、帝国だとか、そういったものの意味をなくす、共通の罪だろうから」
「その方が良いと思います」
ソニアはそういって小さく微笑んだ。
旧ゼノビア騎士、ポグロムの人々、そしてアプローズの婚礼を見ようとかけつけた人々に見守られて。
その日、アプローズはトリスタンの剣の前に生き絶えた。

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モドル

あっさりとアプローズに死んでいただきました。こういう悪役がなんのもがきも出来ずにあっさりバカっぽくお亡くなりになるのはとても好きです。最後の最後までもがくのも好きですけど(笑)
このページ、延々とダルイ戦闘ですんません・・・。