人の試練-1-


「ソニアの右腕も動くようになったことだし、ちゃっちゃとよ、もう一人の三騎士とやらんとこに行こうぜ」
そうカノープスが言った瞬間、その場に−ソニアが廃村であてがわれていた部屋−いた全員が顔をしかめた。
その場にいた全員、というのは、ソニア、ビクター、オーロラ、そして、ヘンドリクセンだ。
この最近ではかなりめずらしいメンバーは、もともとは一緒の部隊で戦っていた面々である。
マラノの都の制圧を終えた後、ソニア達は今まで彼らが長い間本拠地としていた廃村の跡地から離れる準備をしているのだ。
大方の準備はさっさと整えられて、あと半刻もしないうちにマラノの都へと移動する予定になっていた。
シャングリラは相変わらずゆるやかな速度でゼノビアに向かっている。それでも今マラノに移動すると、シャングリラの方がわずかにゼノビア側にいってしまって、本来はかなり効率が悪い。
とはいえ、今はまだ目の前に山ほどやるべきことがあり、未だシャングリラばかりを意識するわけにはいかないのだ。
サラディンは、まだ時が来ていない、と言っている。そしてまた、ウォーレンも。
彼らの言うことをなんでも信じるつもりはなかったが、何故だかそれについては素直に聞き入れることがソニアはで来た。
マラノを制圧後ウォーレンとアイーシャを中心とした部隊はそのまま駐屯して、マラノの都の郊外でソニア達が来るのを待っている。本来は効率から言ってもトリスタンもそれに加わるべきだと思っていたが、本人のたっての願いで、ソニア達と共にトリスタンは一時廃村までわざわざ足を運んだ。
皇子の参入に反乱軍はかなりのとまどいを見せているが、スルストのときもフェンリルのときも、そしてラウニィーのときも少なからず動揺はあった。
が、ひとつありがたいのはソニアの右腕がおおよそ復活したという知らせを伴ったことだ。
これで少しの間はみなが騙されてくれて、あまり皇子に対する風辺りを強めないでくれるといいんだが、とソニアは思っていた。
もちろん逆に、皇子が参入したからといって、ソニアを排除しようとする動きが出ないように、とも思っていたが。
村に戻ってからすぐさまソニアは、ウォーレン達を助けるために、とギルバルドとアイーダの部隊をマラノに派遣をした。
今ごろはあちらに到着していて、残りの反乱軍の受け入れ態勢を完全に整えてくれていることだろう。
それにしても、このメンバーがここに集まったのは、ひどい偶然としか言いようがない。
みなたいそう手早く荷造りを終わらせてしまい、頼まれてもいないのにソニアのところに「何かお手伝いしましょうか」とやってきて、更にソニアに「荷物なんかないよ」なんて言われてしまったのだ。
でもまあ、せっかく来てくれたんだし、と、ソニアが久しぶりに話をしていたところ、次から次へと「お手伝いすること・・・あれ??」とメンバーがそろってしまったわけだ。場所が狭いので床に全員座っている。唯一カノープスだけは「おー、暇こいてるかー」なんて間抜けな登場をしてオーロラにたしなめられていたけれど。
「それはいーけど、どうやって行くんだ?」
ソニアは意地悪そうにカノープスに聞く。
「カオスゲートを、ちょちょいっと開くんだろ、また、お前が」
「そーだな」
「で、その場所も大体わかってんだろ」
「アラムートの城塞付近にあるっていう話だ。だから、マラノを経由して向かうんだけどさ・・・」
「だろ」
「ソニア様の右腕が治った、といっても、三騎士の残りのお一人は、あのスルスト様やフェンリル様以上のお力を持つというお話ではありませんか。いくらなんでも、すぐにソニア様に無理をさせるわけにはまいりませんわよ」
手厳しくオーロラが言う。その物言いは、本当は違う理由があるけれど、あまり言いたくない、という、彼女を知る者であれば「何かを含んでいる」雰囲気をかもし出していた。カノープスとてそこまで阿呆ではないから、オーロラが何かを他にいいたいんだな、ということを嗅ぎつけて慌てる。
「なんだなんだ、だからってなんでみんなそんな顔をしかめてるんだよ」
やれやれ、とヘンドリクセンは苦笑をしながら声を潜めてカノープスに教えた。
「天空に行くとなると、またソニア様の部隊を中心として、何隊かで行くことになるでしょうね。でも、トリスタン皇子が加わった今の反乱軍から、すぐにソニア様が別行動をするのは、あまり大きな声ではいいたくはないのですが、よろしくないかと」
「・・・あーーー・・・」
納得。
という表情をするカノープスを見てソニアは笑う。
「あたしはいーんだ。あたしはいーんだけどね。ラウニィーにぶっとばされるしね」
「こえーっ」
想像したのか、カノープスは即座にそう反応する。それがおかしかったらしくヘンドリクセンは小さくふきだした。
「それに、まあ、城塞を制圧する頃には、あたしがまた別行動をとっても大丈夫にしたいからね」
「次はわたくしも天空とやらに行ってみたいものですわ」
と、オーロラはめずらしくわがままを口に出した。
「オーロラ、一緒に行くか?」
「あ、それを言ったら俺も行きたいですよ」
「わたしも行きたいですね」
「おいおい、ビクターもヘンドリクセンも」
ソニアは笑った。
考えてみたら、一度目はギルバルドとアイーシャの部隊、二度目は、ガストンとアイーダとノルン、それからフェンリルの部隊を率いて行ったわけで、ここにいる面々はカノープス以外は天空都市というものを体験したことがない。
「お前ら、観光に行くわけじゃないぞ」
とカノープスは優越感にひたりつつもそう言う。彼は二度ともソニアの部隊に在籍していたから逆に、次もいけば三箇所制覇だぜ、とわけのわからないことを思っている様子だ。
「折角だもんなあ、みんなを連れて行きたいよなあ」
ソニアはまるでカノープスの言葉を聞いていないように、驚くほどのんびりとそう呟いた。
そのときノックの音がして、そこにいた全員はびくっと身をこわばらせた。
誰かにこの呑気な井戸端会議を発見されたのではないか、という緊張感が漂う。
「空いてるぞー」
「失礼します。ソニア様、荷造り、何かお手伝い・・・あら・・・??」
かくして、扉を開けて顔をのぞかせたのはオハラだった。
その場にいた全員は緊張をやわらげ、ビクターなぞは「はあーっ」と安堵の息をつく。
それが引き金となって、ついついソニアは笑い出し、そしてその笑いは伝染したように全員を巻き込んでいく。
「あははは、いや、オハラ、大丈夫だ。あたしは個人で特に荷物なんてもってないからな・・・はは」
「あ、は、はい、そうですか・・・あの・・・?みなさん?」
「わははは、いやーー、絶対今、みんな同じ人間の顔を思い浮かべてたよな!」
とカノープスは笑う。
まさしくその通りで、笑い転げている全員はランスロットが来たのでは、と誰一人の漏れもなく思っていた様子だ。
きっとあの生真面目な騎士が彼らをみつけたら「なんて呑気なことを!」と呆れるに違いないのだから。

オーロラ達と別れてからソニアはぐるりと廃村の様子を回ってみていた。
手際のよいオーロラの指示にしたがって生活全般に必要な道具は新米女性兵士達が全て荷造りをとうに終えていたし、食糧関係についてもガストンの下についている新米のビーストテイマーが翼のある魔獣やケルベロスをふりわけて、他の兵士達を荷造りをしていたようだ。
さてさて、じゃあ、各部隊長に声をかけて様子を確認してもらうか・・・そんなことを思いながら歩いていたソニアは突然背後から声をかけられた。
「ソニア殿」
聞き慣れた声。ソニアが振り向くと、ランスロットが慌てて走ってくる姿が見えた。一瞬先ほどのビクター達とのやりとりを思い出してソニアはにやけそうになってしまう。
「あ、ランスロット、どうした」
「気になる情報がはいってきた」
「なんだ」
そのランスロットの言葉で一瞬にしてソニアの表情が引き締まった。彼にしては厳しい表情を作っている。
「アンタリア大地付近の情報が入ってきて」
「うん」
「スルスト様とフェンリル様に確認したほうがよさそうなのだが・・・。伝説で三騎士が暗黒のガルフと呼ばれた悪魔を封印したと言われている島があるらしいのだが」
「暗黒のガルフ?」
「わたしも詳しいことはわからない、なんといっても伝説とされているだけらしいのだが・・・アンタリア大地は、古来より「封印の地」と呼ばれている。それがその話だけをもとにしたものなのかはわたしも知らないが」
とはいえ、スルストとフェンリルに聞けば、それが伝説なのかどうかはすぐにわかる。
三騎士関係の伝説の真偽というものを簡単に確かめることが出来るこの環境は非常にありがたいとソニアもランスロットも思っていた。
「封印をするために、年に一度封印の儀式を行うらしいのだが、25年前からまったく行われていないという話で」
「それがどうかしたのか」
なんとなくひっかかる話だが、それが一体なんだ、とソニアは怪訝そうな顔を向ける。それへランスロットはもう一度、子供に言い聞かせるような少し強い口調で告げた。
「25年前からだ」
「・・・ラシュディか」
「有り得る。そしてもうひとつ」」
「うん」
「アンタリア大地を今治めている人物は、死者の秘法とやらを研究しているらしい・・・死者を、自由に操る魔法とか」
それを聞いてソニアは、顔を歪めて吐き捨てるように言った。
「若返ったり、擬似生命体を作ったり、のアルビレオの次は死者の秘法か!最悪だな、吐き気がする」
とんとん、と自分の胸元を拳でソニアは叩く。
それは吐き気ではなくて胸焼けか何かではないのか、とランスロットは思ったけれど、あえて茶化すことはしない。
「ここを発つ前にスルスト様達に、話を確認したほうが良いと思って」
「・・・そうだな。必要とあらば、マラノに行く前に・・・」
そちらに行くか、と言おうとしてソニアは困ったようにランスロットを見た。
「そういうわけにもいかないか。トリスタン皇子を振り回すわけにも」
「必要であれば、仕方なかろう」
それに皇子は反乱軍に参入したというだけで、この軍における地位はとりたてて未だ何も与えられていない。
ランスロットはそこまで自分の口で言うことにためらいがあったのか、ソニアにはそういわなかったけれど、多分それくらいは彼女には通じているのだろう、と思う。
「じゃ、スルスト様のところ・・・うーん」
「どうした?」
「ランスロット、トリスタン皇子とラウニィー、それから、サラディンも連れて来てくれないか。あたしは先にスルスト様とフェンリル様を自分の部屋に呼んで待ってるから」
「わかった」
一瞬ランスロットはぴく、と眉を動かした。
それは、マラノの都でスルストとソニアがまたも更なる仲良しになって(と彼には見える)一晩二人だけで行動をしていた、ということを思い出してしまったからだ。
どうもそのことを考えるとなんとなく気持ちが穏やかでなくなるのは何故だろう?
「ランスロット?」
「あ、いや、わかった。それでは」
「うん。頼んだぞ」
ソニアはすたすたと歩き出した。ランスロットはトリスタンの元へ向かおうと、別方向を向いて歩き出す。
ふとランスロットは足を止めて、一度振り返った。ソニアは気付かず歩いていく。その後姿をしばしみつめて、ランスロットは目を細めた。
ああ、そういえば先ほどソニアがとんとん、と胸元を叩いていた手は右手だ。
本当に、彼女の腕が元に戻ってよかった。
心の底からそれを安堵して、そのおかげで今よぎっていたもやもやとした感情を、ランスロットは押し込めることに成功をした。それが良いことなのかどうかは誰にもわからないけれど。

「あれはまた、人間くさい悪魔デシタネー!!」
スルストが言う。
三騎士は確かにもともとは人間だけれど、いまや彼らは人間ではありえない。
とはいえ、その中でも最も人間くさいのでは、と思える彼から「あれは人間くさい悪魔だ」なんて言葉が出るのがなんとなくおかしい。
さすがにそうとは言えずに誰もが黙っていたけれど、そのものずばりと
「あなたほどじゃないわ」
とフェンリルが言い切った。スルストは「OH!フェンリルサンは相変わらず手厳しいデス!」と大げさに言うものだから、そのやりとりについにソニアは我慢出来なくなって本日二度目の大笑いをしてしまう。
まだ挨拶を一度交わした程度のトリスタンは、天空の三騎士である二人のことはあまりよく知らない。
ただわかるのは、アプローズの放ったメテオストライクに対して、スルストが中心となってそれらの隕石を壊していた、ということだけだ。
ベッドのふちにフェンリルとスルストが並んで座って、ソニア達は床に座っている。
一応ソニアはトリスタンに椅子を勧めてみたものの、彼は小さく笑いながらそれを断わって、ランスロットの隣におとなしく腰をおろした。
つい先ほどまでは気心が知れた仲間達がいた空間に、今度は難しい話をしなければいけない人々がぎゅうぎゅうと詰まっている。
「ということは、それは伝説ではないんですか?」
ベッドの近くに座って、スルストの足元に座っているソニアがスルストを見上げて聞く。
「伝説じゃあ、ないデスネ。間違いなくワタシ達があの悪魔を追い詰めマシタ」
「しぶとかったけどね。フォーゲルが最後、しとめてくれたのよね」
「ソウデース!そうして、天の父の力であの地に封印したのデスヨ!」
「あの地って、アンタリア・・・の西の方の・・・っていう?」
「アンタンジルっていう地方にね」
サラディンがそれへ頷きを見せた。どうやらこの聡明な幻術士はこの封印の話はもとから知っていたらしい。
ただ、当然のことながらここ25年間石化した状態だったわけだから、封印の儀式とやらが行われていないことについては初耳だったらしいが。
「ね、サラディン。ラシュディがそのガルフってやつを復活させようとしてるんじゃないのかな」
「充分に有り得る話だと思えることだ。暗黒道に落ちた人間は、更なる暗黒の力を求めて、悪魔と契約をすることくらい、わけがないことだろうし・・・我が師の知識量は私など足元にも及ばぬものだったから、もしや、封印を解いて悪魔を復活させるくらいはわけないことかもしらん・・・が、その封印の儀式を止めれば、すぐ復活してしまうのでしょうかな」
サラディンに聞かれて即座にフェンリルは否定をした。
「すぐには復活しないわ。年に一度のものだけれど、それを今年やったからあと一年は完全に大丈夫、一年後には復活するけどね、なんてもんじゃないから。少しずつ弱まっていく封印の力の、一年分の弱くなった差分を埋めてあげる。それが封印の儀式。だから、儀式を25年やらなかったら、25年分封印は弱まるけれど、そう簡単に解けるわけじゃあない」
「どれくらい放置しとけば、封印は完全に解けるんですか」
「・・・さあねえ?」
フェンリルがちらりとスルストを見る。それに答えたスルストの声はあくまでものんびりしており、やはりこの人々は既に人ではないのだ、と皆に伝えるには充分すぎる響きをもっていた。
「100年や200年?そんなもんデスカネ?」
「なんだ、じゃ、あと75年もあるんじゃないか」
ソニアはあんぐりと口をあけた。そんなもん、といえるような年数とは思えないが。
しかし、それなら、別に今それに対して反乱軍が何かをする必要なぞないような気がする。
次にフェンリルはとりたてて大したこともなさそうに軽く言う。軽く言うが、あまり良い内容ではない。
「ある程度力が弱まると、今度は封印していたガルフがエネルギーを蓄えるから、最後は加速して封印が弱まるんじゃないかと思うけれど」
「・・・しかし、もしそれが本当であれば」
サラディンが苦々しそうに言う。ラシュディのことを考えるときのサラディンの表情は、いつも決まって苦々しい。が、その苦々しい表情はなんだかかっこいいなあ、なんてソニアは時々思うのだが、まだ本人にはそれを伝えてはいない。
「ガルフに力を与えるものを我が師が使う可能性もあるわけだ」
「そうね。それに」
フェンリルは美しい顔をめずらしくしかめた。
「その、死者の秘法とやらも、嫌な感じだ。そういった黒い力が集まっている場所であれば、黒い力を持つ者が力を蓄えやすくなるものだから」
「そういうものなんですか」
「そういうものよ」
「ふうん」
あまりよくわからないな、とソニアがラウニィーをちらりと見ると、ラウニィーもまたよくわからない、という表情で肩をすくめて見せる。その様子を見てスルストは明るく
「簡単なことデスヨ!みんな誰だって、スキな人達に囲まれている方が嬉しいデース!張り切るし、元気が出てきますヨネ?」
「そ、そうですね」
「だから悪魔は、悪魔っぽい人達に囲まれている方が嬉しいのデス」
「あ、悪魔っぽい人!」
「なあに、それ!」
びっくりしてソニアが叫ぶと、同時にラウニィーも叫んでいた。
それからラウニィーは屈託なくけらけらと笑い出した。トリスタンも苦笑をわずかに見せているが、それはどちらかというとこんな場でよくもそこまで笑えるものだ、とラウニィーに対する苦笑なのだろう。
ソニアも少しだけ笑ったけれど、すぐに真顔に戻ってスルストとフェンリルに質問をした。
「今後の反乱軍にとって、そのガルフは脅威になるでしょうか」
その問いにスルストもフェンリルも即答はしなかった。
わずかな沈黙。
「なるだろうと思う」
ようやくそれに返事をしたのは、二人ではなくサラディンだった。
「それ以前に、死者の秘法とやらを完成させられてしまったら、恐ろしいことが起きる。そんな研究は今すぐにでも止めさせなければならない。本当に、今すぐに、だ」
「・・・たとえば」
困ったように天井を見て、ソニアはほんの少しの間瞳を閉じる。
それからゆっくりと首を元に戻してその場にいる人間を見渡した。
「アンタリア大地にいって、そこを治めている人間を倒すところまであたし達がやれば、あとは封印の儀式とやらを毎年するようにすれば、いいのかな」
「それでは封印は完全にはならない。いや、もう、この先一生完全にはならない。それは万に一つの可能性で、ガルフの復活があるということだ」
せっかくのソニアの提案に対してフェンリルは冷たく言い放つ。
ソニアが言いたいことはわかる。彼女は出来るだけ手間をかけたくないのだ。ランスロットがソニアの意見をサポートするように、ベッドの縁に腰掛けている二人を見た。
「スルスト様とフェンリル様のお力を借りて、25年分の差分を埋めることは出来ないのでしょうか」
「封印をしたのは、天の父デス。我々ではありまセーン」
ラウニィーが強い口調でフェンリルに聞いた。
「ガルフを、殺せなかったんですか?そんなにガルフは強いんですか?」
その問いにスルストとフェンリルは体を強張らせた。
ラウニィーは「怒られる?」と思って一瞬びくん、と身をすくめたけれど、二人の強張りの原因はプライドを傷つける、ラウニィーの言葉のせいではなかった。
「人間界に、災いの種を残しておきたかったのよ。天の父は」
少しだけうつむいたフェンリルの顔に、まっすぐに切りそろえられている美しい銀髪がさらりとかかった。
彼女の細く、しかし意志的な、形が整った眉が険しく歪む。
「それは・・・倒すことが出来るのに、わざと倒さなかった、ということですね」
そのソニアの言葉にスルストは申し訳なさそうな顔を向けて謝罪をした。フェンリルは強張った表情のままで言葉を続ける。
「だから、わたしは、尚のこと、人間界に希望を託したかった。人間は、いつでも試され続けている。その結果がこれだ。命を弄ぶ暗黒道に陥る人間が後を絶たず、そして悪魔すら利用しようと目論んで、こんなことになる・・・それでも、それは本当に一部の人間のことだけだ。だから、その一部の人間の所業で人間というものを評価して全ての人間を虐げる必要はないとわたしは思うし、だからこそその一部ではない、正しく生きようとする人間のために力を貸したいと思ったの」
「わざと悪魔の封印の儀式を人間に託したというわけか」
サラディンは唸った。
それに25年前までは人間達も応えていた。
多分、ラシュディが暗黒道に陥るまでは。
「だから、わたし達は、あなたのために戦うけれど、ガルフを再度封印するなんてことは出来ないし、ガルフを倒すことは出来ない。それはわたし達には手出しが出来ないことだから。ソニア、やるのは、あなたよ」
「・・・っ・・・」
また!?と口から出そうになる言葉を抑えてソニアは目を見開いた。
フェンリルが言っていることは、充分にわかる。
フェンリルが託した人間界への希望は、聖剣ブリュンヒルド。
だから。
やっぱり、そうか。
薄々わかっていたことをはっきり言われて、まあ、それなら逆に覚悟も決まるしいいか、と今回ばかりはプラスに考えるようにソニアは努めた。
心の中でほんのわずかだけ。
ブリュンヒルドを託されてここにいるソニアと、そして力を貸そうと言ってくれた天空の三騎士である二人。
その「特殊さ」をきっちりトリスタンに見せてしまったほうが、のちのち面倒がなくて良いようにも思えていた。
だから、そういう場が早めに与えられたのは、いいことだ。
そう思うことに決めた。
でなければやっぱりソニアは「もうこりごりだ、右腕が治ったらまたこれか」と愚痴ってしまいそうだから。
「じゃ、さっきの質問を変えてもいいですか」
「どうぞ」
「あたしだろうが誰だろうが、とりあえずアンタリア大地を治めているやつをぶっとばして・・・それから、その封印をされているガルフっていう悪魔をあたしが人間代表でぶっとばしてくればいいんですか?」
「あなたが必要だと思えば」
あーあ、また・・・とスルストは半ば呆れた表情でフェンリルを見ている。
フェンリルはこういうときにソニアに対してまったく優しくない。判断するのはお前だ、とばかりに最後の最後で突き放すのは、フェンリルのちょっとだけ厳しい愛情表現だ。
「・・・必要でしょうね。今の話では、たとえばなんらかの形でガルフが蘇っても、それは人間のせいだから・・・だから、三騎士であるあなたがたは手出しをしないってことですもんね。でも、復活されたら、人間は、ガルフには敵わない」
ふうー、とソニアは息をついた。
「でも、とりあえずは25年分の差分とやらがあっても、封印の儀式だけでも復活させればいいんじゃない?」
とラウニィーは言うが、ソニアは首をすぐさま横に振った。
「駄目だ。万にひとつの可能性があるとないじゃあ大違いだ。実際あたし達だって、いくらなんでも天空の三騎士にまでラシュディの手が伸びているなんて想像も出来なかった。だけど、それは間違いなく起こったことだ。そしたら、たった25年分の差分からラシュディの手がガルフに伸びても、おかしくはない。全然。むしろ当然だと思える。だって、そういう見込みがあるからこそ、ラシュディは封印の儀式をさせないようにしたんじゃないのかな。推測だけど」
「そりゃそうだけど」
不満そうにラウニィーは口を尖らせた。彼女の気持ちもわかる。ソニアにせよランスロットにせよ、さあ、また一歩帝国に攻め入ろう、というときに寄り道をさせられてしまう気分なのも否めないからだ。
とはいえ、ソニアが言うようにここで事態を放置しておくこともよくないことなのだと理解はしている。
「・・・皇子、こういうわけで」
肩をすくめてソニアはトリスタンに声をかけた。
「あたし達が敵としている帝国側にいるラシュディは、あれもこれも、どこもかしこも手を伸ばしていて、ひとつひとつあたし達がその芽を摘まなきゃいけないようなのです。わずらわしいことも多いかもしれませんが、今後もこういう話は出てくると思います。ひとつひとつ対応してたら、身がもたないんですけど、でも」
「ひとつひとつ潰していかなきゃいけないんだね?」
トリスタンは苦笑交じりでソニアを見る。それへソニアは頷いた。
「そういうことです。ただ帝国中枢部に攻め入るだけなら、こんなに時間がかからないんですけどね」
「うん、少しずつ、慣れる。正直なところ、想像していた反乱軍とのギャップもあるし、考えてもいないほど話が入り組んでいることが重々わかったから。わからないことがあれば都度聞くし、納得いかなければ意見をするから、大丈夫」
「皇子が聡明な人でありがたいです」
トリスタンの言葉は偽りがない、まったくもって本当に素直なものだった。
皇子として、逃亡生活を続けつつも幼い頃からそれなりの教育は受けてきた。
だから、戦というものがどういうものなのかも、彼は自分で多少なりと理解しているつもりではあった。
反乱軍と帝国軍の戦いだって、多少のイメージのギャップはあれど、人と人とが、国と国とがぶつかるような戦を想定してみれば、やはり他と何も変わりはないような気がしていた。けれども。
どうもこの戦いは魔導師ラシュディの存在により、もっと細かい、どことなく陰湿な陰謀が影で動いており、全貌が見えなくともみつけたところから反乱軍達はそれらを潰さなければならないのだ。
ちりもつもればなんとやら、とはいうけれど、この場合の「ちり」は、そのひとつひとつがあまりにも大きくなってしまう可能性がある恐ろしいものだ。
「さて、じゃあどうするか、考えないとなあ〜。ウォーレンにも納得してもらわないといけないし。みんなにも説明しなきゃいけないし、ね」
「そうだな」
ね、と言いながらソニアがランスロットをちらりと見ると、困ったように彼は苦笑をする。
きっと彼には、ソニアが「またあたしか」と言いたくて言いたくてしかたがなかったことをわかっているに違いない。
ここにいるメンバーの中でそれを十二分に理解するほど、ソニアの愚痴を聞き続けて来たのはランスロットだけなのだから。


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モドル

次はシグルドです、とか言ってたくせに、シグルドに行ける状態にソニア達は全然なっておりませんでした。勘違いにもほどがあります。ごめんなさい。
さて、ようやくトリスタンも仲間にはいってまたまた動き出しますvv