人の試練-2-


ウォーレンと連絡を取り合って了解を得てから、ということになると時間がかかる。
それは避けようということで、ソニアの一存で一同はアンタリア大地に向かうことになった。
あまり部隊を分断するのは好ましいとは思えなかったけれど、この際は贅沢は言ってはいられない。
アンタリアに向かう、と決めてからのソニアの動きは速かった。出発の準備をしていた兵士達に目的地が変わった事を納得させることだけがなかなかに面倒だったが、それはランスロットとアッシュ、それからサラディンが動いてくれた。
トリスタンが仲間になったことで、あまりゼノビア関連の人間だけに頼らないように、前にも増して人員の使い方に配慮が必要になったことをソニアは重々承知している。
マラノに四部隊しか派遣していないのはいささか心配だったので、すぐさま追加部隊を派遣し、ウォーレンへの伝令役になってもらうことにした。それへは決定的な戦力をマラノにも置くためにまずはアッシュの部隊とヘンドリクセンの部隊を選んだ。
場合によってはそのままシグルドに行くことも有り得るため、スルストとフェンリルはソニアの傍にいる方が良い。
トリスタンも仲間になったばかりだから、ここでウォーレンのもとに行かせると不信のもとになるだろう。
死者の秘法とやらを研究している相手には神聖魔法の出番が多かろう、とオハラは共に行くことが決定していたし、サラディンの知識も欲しいところだった。
ソニア、ランスロット、トリスタン、ラウニィー、サラディンそれからヘンドリクセン。このメンバーで頭を付き合わせて部隊編成を手際よく決めていた。
「ラウニィーも、マラノに行ってくれ」
「なんで!?」
「いや、なんででも」
「嫌。天空に行ってみたいわ」
「もー!ラウニィーは我儘だな!一応ここも、軍なんだぞ」
「そーだけど、我儘聞いてくれそうだからあなたには言っちゃうのよね」
くすくすとラウニィーは笑った。ソニアはがんとして譲らない。
「駄目だ駄目だ。ラウニィーはマラノ。決めた」
「あ、今、意地悪で決めたんじゃあなくて?」
「ラウニィーはシャングリラ攻略のときに連れて行くから、今は大人しくマラノへ戻ってくれ。多少帝国側だった人間にも行って欲しいんだ。ノルンにお願いしようかと思ったが、アイーシャがマラノにいる今、実質この軍で一番の癒し魔法の使い手はノルンだ。ノルンはトリスタン皇子の部隊に入ってもらうつもりだから」
「大人しく行ってくれ、なんて、リーダーの言葉とは思えないわ」
「リーダーだと思ってるなら、天空に行きたい、なんて我儘言うな」
「あはは!」
屈託ない笑顔。ランスロットは苦笑してソニアと視線を交わした。ソニアはラウニィーのことは好きだとは思ってはいるが、どうにもこうにもペースを乱されがちだ。
「ラウニィーはテスとオリビアとはもう仲いいだろ?」
「仲いい悪いで編成を決めるの?リーダーが」
「ラウニィーのためじゃない。他のみんなのためだ」
「何それ!失礼しちゃうわね」
「みんなラウニィーのペースに巻き込まれると困る。あたしがいないところでラウニィーが何をするのか考えただけでぞっとするぞ」
ひどい言われようにラウニィーは肩をすくめた。
ついこの前のコカトリスロデオの件や、ランスロットに暴言を吐いた挙句、アプローズの婚約者だなんて爆弾発言をトリスタン達にぶちまけたラウニィーの所業は、ソニアにとっては「あたしよりひどい!」という評価のものだ。
当然その「ひどい」といいつつもソニアはにやにや笑っていてランスロットを辟易させるのだが。
「さっさとウォーレンと合流して誰かに手綱を握ってもらわないと」
「・・・く」
ランスロットは小さく笑い声をあげた。
「なんだ、ランスロット」
「そなた達はよく似ていると思ってな」
「そーよ!ソニアこそランスロットがいなきゃ、何するかわかんないでしょ」
「なっ・・・!!あたしは乗れもしないコカトリスになんか乗らないぞ!」
「あのときは仕方なかったのよ!!」
女二人は話が早いがかしましい。いささかトリスタンがげんなりしていると、慣れたようにヘンドリクセンがさらりと話に分け入ってきた。
「とりあえずわたしで出来ることならなんでもいたしますので、ラウニィー殿、マラノまでご一緒いたしましょう」
「むう、ヘンドリクセンさんったら、ソニアの味方なんだから」
「あのなあ、ラウニィー!」
ついにこらえきれずにソニアは笑い転げた。
「こんなに聞き分けが悪い兵士はここにはいないぞ!後はノーマンくらいだ!」
「まあ、あの人と一緒にしないで欲しいわ!」
「なんだ、ラウニィーはノーマンのことをどう思っているんだ」
「あの人、粗野なんですもん」
「そやって?」
ソニアがそう言ってランスロットを見ると、ランスロットが答えるより早くサラディンが
「ソニアに相手を思いやる心がなかったら、ソニアもまた粗野だといわれるだろうな」
なんてことを言う。その言葉は別段ソニアを馬鹿にしているわけでも悪意があるわけでもない。それは誰が聞いてもわかるけれど、言われた当のソニアは嫌そうな顔をした。
「なんかわかんないけど、あたしとノーマンの共通点は乱暴者ってことじゃないか」
「ソニアは自分のことをよくわかっているようだな」
そんな会話についにトリスタンはたまりかねたように
「どうなってるんだ、この軍の軍議は!」
と叫びながら笑い出す始末だ。ランスロットは苦笑をして
「お恥ずかしい話です」
と生真面目に答える。その姿にまたトリスタンは笑ってしまうのだが。
「とりあえず、テスとオリビアにラウニィーのお守を任せて・・・あと二人、腕っ節が強いやつを。ラウニィー、選ぶか?」
「じゃあねえ、ガストンさん」
「駄目!」
ガストンはソニアの頭の中には「腕っぷしが強い」に入っているメンバーではない。彼はあくまでも魔獣使いとしての腕を評価される人物であって、戦闘向きではない。
「参考までに」
とランスロットがラウニィーに尋ねた。
「何故ガストンを?」
「道中、コカトリスの乗り方教えてもらおうと思って」
「はは」
あくまでも自分本位のラウニィーの意見に、ここまで徹底していると潔くて笑うしかない、とサラディンは声をあげた。
まだ、ガストンの腕に惚れて、とかならばましだっただろうに。
「でも、そういうわけにいかないでしょうから、いいわ。任せる。誰でも大丈夫よ」
「ノーマンでも?」
「いいわよ」
きっぱりとラウニィーは頷いた。もう、先ほどまでの軽口を叩いていた彼女の雰囲気とは異なる。ソニアはそれを敏感に察知して「うん」と頷き返した。
このモードになったラウニィーはもう安心だ。ソニアはてきぱきとラウニィーの部隊編成を決めて、それから自分達の進軍ルートの確認を行った。それはヘンドリクセンが既に地図を用意しておいてくれたおかげで、そう悩むことなくスムーズに終わる。いまやヘンドリクセンはこの軍になくてはならない縁の下の力持ち的存在であったし、途中まではウォーレンしか出来なかった作業を今はヘンドリクセンに任せることが出来るようになって、ウォーレン自身も喜んでいる。ソニアは内心、それはゼノビア関連のことに集中出来るからかな、なんて意地悪も思っていたけれど、それはそれで必要なことだし、いいか、と割り切っていた。
本当はヘンドリクセンの部隊をマラノに派遣したくない気持ちもあったが、マラノ側はマラノ側で引き続き情報収集やシャングリラの監視を続けてもらわなければいけないため、ヘンドリクセンの派遣は正しいことだと判断した。
ルートの確認、各町の情報を頭の中に叩きいれ、そして概算で出した日数をもとにソニアはマラノに戻るまでの計画を大まかに話した。
もちろんアンタリア以降の動きは多少の変動があると推測し、それを見越した手はずを整えなければならないし、マラノに残す分断された部隊のことも忘れてはならない。
細やかな配慮と迅速な判断は、腕を怪我をしている間にソニアが養った知識量や考える力の増加を物語っていた。
そのソニアの手際のよさはトリスタンが舌を巻くほどのものだったが、この聡明な皇子はそれを顔には出さなかった。
「死者の秘法か・・・おおかた、生き返りとかの研究なんだろう?アンデッドとやりあうことになりそうだな。あんまり嬉しくないね」
「経験はかなりおありのようだな。まあ、バルモア遺跡でも多かったが」
サラディンはソニアに聞く。
「うん。でもその前にポグロムの森で山ほど。嫌な敵だ。でもね、途中までね、ゴーストも連れて来ていたんだけれど、成仏させてあげちゃったんだ」
「そうか」
「仲間になってくれて、何度か助けてもらったけど・・・町の人が見ると驚くからさ・・・。可哀相だったな。仕方ないんだけど。本人も成仏していいって言い出して。あいつはいいやつだった。でも多くのアンデッドはそんな風には思わない。生きている人間をうらめしく思って、アンデッドになってしまった自分のうらみつらみを戦って生きている他者を傷つけることで晴らしているんだ」
「あるいは操られてしまっているか、のどちらかだ」
サラディンは深く頷いてそう言った。
「ポグロムの森で、無念の最期を遂げてしまった彷徨っていた魂だったんだ、あいつは。覚えている?ランスロット」
「覚えている。そなたがゴーストを連れて戻ってきた時は驚いた」
苦笑を見せるランスロット。そのとなりでヘンドリクセンは口はしだけで軽く微笑んでいた。懐かしい、と思える。
勝手にのしのしとポグロムの森にソニアは深く入っていき、悪霊退治を繰り広げていた。
けれど、彼女はその悪霊を連れて戻ってきたのだから、ランスロットはたまげたものだ。
とても遠い日のことに感じる。
あの頃のソニアは、こんな風にリーダーの威厳もまだ何も備わっておらず、がむしゃらに自分が先陣をきるだけの剣士だったと今ならよくよく思えた。ランスロットにも、ヘンドリクセンにも。
「それに、アプローズに殺された、罪もない巻き込まれた人々。無念だろうね。そういう気持ちを逆手にとって死者を冒涜するようなことをするやつは、許したくない」
軽くソニアは首を横にふった。
その表情は、アンタリアでの戦いも気分が悪いものになるのではないか、という懸念が表れていた。

アンタリアへの移動の道中、トリスタンがいかほど体力があるのかがよくわからなかったため、ソニアはそれをかなり気遣っていた。トリスタンは「逃亡していた身の上だからね。体力は自信があるよ」と笑っていたが、確かにその通りで、トリスタンは明らかに目的をもって体力作りをしていたとしか思えないほどだった。
やはり同じゼノビア人だから、と、ソニアはランスロットにしばらくトリスタンの傍にいるように命じた。いや、彼女からすれば頼んだ、といった方が正しいかもしれない。
それから身の回りのことに関してはオーロラに全て一任した。彼女は最もソニアが信頼を寄せる女性兵士と言っても過言ではなかったし、実際に彼女はとても気が利く女性だ。
トリスタンの周囲は共に反乱軍に入った彼の従者達もいたけれど、彼らは反乱軍の中では新兵となんら変わりなく扱われており、実際にトリスタンの身を守るよりもこの軍に慣れるほうが優先事項だ。
途中の街道で休憩をとることになり、トリスタンは近くの木の根元辺りに座り込み、辺りの様子をぐるりと見ていた。
彼の従者達は慣れるために、反乱軍の他の人々の中に紛れていた。
「お疲れではありませんか」
ランスロットに声をかけられてトリスタンは彼を見上げながら小さく笑顔を向けた。
この皇子はとてもよく笑う。
子供の頃から逃亡生活を送っていたとは思えない、とランスロットはその笑顔に騙されそうになった。
整った顔立ちはゼノビア王家に多い、品のよさを感じさせる。
が、反乱軍に参戦すると決めた時の潔さやその剣の腕前を知る限りには、かなりトリスタンが曲者じみていることは否めない。
その穏やかな顔立ちに反して険しい表情に一旦なれば、かなり相手を威圧しそうだな、とランスロットは思う。
「ああ、ありがとう。大丈夫だ。距離を歩くことは慣れている。ちなみに、走って逃げることもね」
「は・・・」
どう返事をしてよいかランスロットは迷った。心の中では「それは頼もしいことを」と呟いていたけれど。
「ソニア殿は」
「は」
「たいそう優れた指導者だ」
「・・・と、わたくしも思いますが」
「うん。あなたもそう思っているならば、正しいのだろうね」
ランスロットはそのトリスタンの言葉に憮然とした表情を返した。あなた、と皇子から言われるとは思ってもいなかったというのが正直な感想だ。
が、そのことを言う前に、トリスタンは言葉を続けた。
「あそこまで統率能力があるとは正直思っていなかったな。なんだろう、あんな小さな少女なのに、妙な吸引力がある。女性が上に立つ、ということを好ましく思わない人間もこの世の中には山ほどいると思うけれど・・・」
そこまで言うと、遠くでカノープスに何かを叫んでいる様子のソニアをトリスタンは見た。
「それは、あまり大きな障害ではない様子だな。どうだろう」
どうだろう、という問いかけに、ランスロットはどう答えたら良いか一瞬躊躇した。そのとまどいをトリスタンは見逃さなかったようだ。
「うん、まだどこまで本音を言っていいのか、考えあぐねているのだとは思う。ラウニィーが言うように、あなたはゼノビアの騎士である以前に反乱軍の兵士なのか、あるいはその逆なのかは、はっきりしていないのだろうし」
「・・・わたしは」
「答えなくていい。まだ僕自身の評価も降りていないのだろうし」
「いえ。おそれながら、皇子はわたくしなどに評価される立場の御方ではございますまい。旧ゼノビア皇子であらせられますこと、それは間違いようのない事実。そして、わたくしはゼノビアの騎士ですから」
「うん」
トリスタンは曖昧な返事をして、立ち上がった。
「あの小さなリーダーは、何故、反乱軍を率いているんだ?」
「・・・」
やはり、避けては通れない質問がやってきたな、とランスロットは内心苦々しく思った。
この質問をトリスタンにされることは、トリスタンを仲間にする前からわかっていたことだった。
けれど、出来ればみながいる前でソニア本人に聞いて欲しい、ランスロットはそう強く望んでいた。
ソニアの出自については誰もよく知らない。そして本人もあまりそのことについて口を開こうとしない。
ランスロットがわかっていることといえば、どうやら帝国のせいで家族を失ったらしいということと、シャロームの小さな教会で洗礼を受けたことで、人の能力に応じて上級職へと引き上げ、新たな能力を授ける儀式を行使出来るようになったということくらいだ。
トリスタンに対してそのまま答えれば、「私怨か」と思われてしまうことだろう。
それはきっと、正しくもあり間違ってもいるのだろう。
ランスロットはためらいがちに言葉を選びながら答えた。
「そのことについては、あまりわたくし共からは追求をしないようにしておりました」
「何故?みな、疑問に思うことだろうに」
「追求する必要もなく、ソニア殿の能力と成そうとすることの正しさを評価しましたゆえ」
「ふむ、まあ、そういうこともあるものなのかな。あなたのような旧ゼノビア騎士からすれば25年間待ちつづけた人物だったのだろうし・・・だが、多少短慮ではないかとも思うが」
「おっしゃる通りでございましょう。それでも」
やはり笑顔の裏ではこの皇子もかなり手厳しい部分を持っているのだろうとランスロットは判断した。今のところはまだそれを押し隠しているのだろうけれど。
ソニアを信じたときと似た直感がランスロットの中に生まれる。
この皇子は、自分が、ウォーレンが待ち望んでいた、ゼノビア復興のための大きな力になるに違いない。
「皇子がこの反乱軍に身を投じてくださったように、我らもまた、時がきたと。ソニア殿にそれ以上のことを追求するよりも、与えられたチャンスを逃さないことが優先事項だったゆえ」
「そしてその判断は正しかったようだね。まあ、いいだろう。後で僕は僕個人で彼女に話を聞いてみよう・・・」
「是非とも、そうなさってください。わたくしごときからの話では物足りないとお思いでしょうから・・・ああ、恐れ多くも断りもなく進言に近いことを口にしてしまいました。お許しいただけますでしょうか」
「良い。そう固くなるものではない。今はね」
「は・・・」
「僕がいることで、あなたがやりづらくなるのは、困るのだと思えるから。見たところあなたはこの軍でかなりの働きを負っているようだからね。今はまだ、そういう時ではない」
「皇子」
「うん。ともかく、退屈はしないようで、ありがたいな。ソニア殿はとてもおもしろい女子だ」
「おもしろい」
「色々な意味で。ああ、あなたを呼んでいるようだ」
遠くでソニアが手を振っている。
と、その隣にノルンがやって来てソニアに何かを話し掛けているようだ。
ランスロットは自分が呼ばれているのかどうかを再確認してから動こうかとソニアとノルンの様子を遠目で見ていた。
やがてソニアは今度は手をふらず、自分から二人のもとに走ってきた。心なしか頬が紅潮しているように見える。
「もしかして、わたしを呼んでいたのだろうか」
ランスロットがやってきたソニアにそう聞くと、ばつが悪そうな表情でソニアは少しだけ唇を尖らせた。
「ノルンに怒られた」
「うん?」
「恐れ多くもゼノビア皇子に用事があるのに、自分が行かずに皇子を手招きするなんて、よろしくないと」
「ああ、皇子に御用だったのか」
「ノルンの方が余程あたしより、皇子を敬っているようだ。いや、その、それはあたしが皇子を軽んじているとかじゃあなくて」
ははは、とトリスタンは声をあげて笑った。
「わかっている。それに、やりづらいだろうから、そういったことは気にしなくていいよ」
「いや、その、ほんとに。あたしは」
困ったようにソニアは前髪をかきあげた。見る人間が見ればそれすら、皇子の御前でなんという不躾な仕草を、と怒るに違いない。
「どういうことがそのお、敬うことなのかよくわからないので・・・気分を害することがあると思う、のですけど・・・それは、お許しいただける範囲ではお許しいただけたら、と思う、のですけど・・・駄目、かな?」
最後の「かな?」はランスロットの顔色伺いだ。
何故ランスロットにそんなことを聞くのかがトリスタンにはあまりよくわからないが、どうやらそういったことの教育係もこの聖騎士が兼ねていたのだろう、と判断した。
「駄目と言っても」
ランスロットはソニアに苦々しく笑顔を見せてから
「わたくしの方からも皇子にご理解いただけたら、と思っているのですが。ソニア殿はそういった礼儀作法とは無縁の生活だったようなので」
とトリスタンにお伺いをたてた。ソニアは気にしないし、彼女が気にしないことを知っていたのでランスロットはとても噛み砕いた表現をしたが、それもまた「礼儀作法と無縁とは、馬鹿にしているのか!」と怒る人間も世の中にはいることだろう。トリスタンは少しだけそれまでの彼らしくなく左側の口端だけをあげてにやにやと笑いながら答える。
「うん。言っただろう、おもしろい女子だと。あまり気にしなくていい。僕は今まで身分を隠して生活をしていて、傍にいる人間以外から皇子扱いされることには慣れていないから、あまり突然かしこまられても、僕もとまどってしまう」
「かしこまる」
ソニアはそう言ってランスロットを見上げた。
「・・・高貴な身分の方の行動に対して恐縮する、というか・・・畏れいるということだ」
「うーん、びくびくするってこと?」
「とはまた違うが」
言葉の意味に夢中になり、「おもしろい」とトリスタンに言われたことは流してしまったようだ。
その二人のやりとりを聞きながら、トリスタンはにやにやと笑っているのだった。

先発部隊としてアンタリア方面に向かってもらったビクターの部隊とサラディンの部隊は、いつもどおりに迅速に反乱軍の拠点地となる場所を確保してくれていた。斥候役としてアンタリア方面にいたニンジャのレイモンドが下準備をしておいてくれたため、スムーズにことが運ぶ。
二晩野営をはさんでアンタリア入りをしたソニア達は、ばたばたと拠点になるパーミアンの郊外でテントを設置していた。
近くの民家のいくつかはもともと反乱軍寄りだったらしく協力をしてくれて、足りない道具などもいくらか貸してくれた。
こういうときに人の情けは身にしみるし、だからこそ尚頑張ろうと思えるものだ。
初めての土地で拠点を定めることは非常に難しい。
それは逃亡生活をしてきたトリスタンは重々わかっていたし、大所帯であればあるほどなおのことだ。
素直にその感想をソニアに述べたところ、「その点はウォーレンとランスロットの指導のおかげです」と謙遜をしていた。
そしてまた、それに対して「謙遜を」と言えば「けんそんって・・・?」とランスロットを見上げるソニアの姿があって一日に何度も何度も笑わせてもらうことになったのだが。
「あたしはこんな大人数ではなくて、多くても20、30人くらいの仲間といたことしかなかったから、反乱軍の人数が増えたときにやり方を変えなければいけないと相談をしたんです」
せわしなく動き回る兵士達の様子を見ながら、視線をトリスタンにむけずにソニアはそう言った。
「ふむ」
「ただ、なんにせよやり方を変えようが変えまいが、それを実行できる力がある人間がいるということが大きいです。本当にあたしは幸せ者です。頼んだことを実行できる仲間というのは、財産だ」
「まったくそのとおりだと僕も思う」
そんな会話をしていたところにカノープスがやってきた。
「おい、ソニア!スルストの野郎が、眠りの周期とかいって寝とぼけちまったぞ!」
「なに。まだ日は高いしテントを張っている途中だろうに」
「フェンリルさまさまがかついでそのへんに放り投げておいてくれてんだがよ、いびきかいて寝てる」
ぶはっとソニアは笑い出した。
「うわあ、すごいな、フェンリル様。スルスト様をかつげるんだ」
「笑うとこがそこかよ」
「わかった。マラノで大助かりだったし、多分あたしと泊まった時もスルスト様は寝てなかったんだと思う。どうしても必要なときはきちんと起きるって知ってるから、転がしておいていいよ」
「お前も随分なこと言うな。転がしておいていい、だってよ!」
カノープスはげらげらと笑う。彼は近くにトリスタンがいようがいまいが、まったくそれを気にする素振りがない。
本来彼も旧ゼノビア軍の魔獣軍団に所属していたのだけれど、それとこれとは別だといわんばかりだ。
そもそも彼はもとからゼノビア王室に対する忠誠だけで軍にいた、という人物ではないのだ。
「お前、あの男になんか変なことされなかったか」
「変なこと?スルスト様に?」
「そだ」
「別に?」
「同じ部屋で寝泊まったって聞いたぞ」
「うん」
トリスタンは驚きの表情でソニアを見る。が、当のソニアはけろりとした様子だ。
「無事だったか」
「?無事だっただろ?」
かみ合わない会話。もちろんカノープスも、傍で聞いているトリスタンも、どうやらかみ合っていないことはわかっている。
ソニア本人だけがよく理解していない様子で不思議そうにカノープスを見ていた。
「あたしの方がスルスト様にしてしまった」
「した!?何を!?」
「押さえつけられたから、ついついかーっとなって、腕に噛み付いてしまって。歯はすごい武器だから、絶対ものすごく痛かったに違いないのに、スルスト様は怒らなかった。傷が残らなかったか起きたら聞いてみよう」
「お、おさえ・・・」
おさえつけた!?スルストが?ソニアを?
カノープスは自分が抱いていた懸念が現実に起こったか、と早合点して、「ほれみろ、ランスロット!」といきり立って叫んだ。
「お、まえ、それ、ランスロットに、言ったか!?」
「何を?あ、いや、言ってない。別に言うほどのことでも。あ、それは宿屋でのことじゃないぞ」
「じゃあ一体どこで!!」
「情報屋の部屋で・・・」
そう言ってからソニアは嫌な記憶に思い当たり、不快さを表情に出した。
あ、もしかして、あまり追求しちゃいけなかったのか?いやいや、まて、追求されて嫌なことなら、尚のことヤバイだろう、とカノープスはぐるぐる考えながらソニアの様子を見ていた。
が、次のソニアの言葉を聞いて、カノープスの表情はみるみる引き締まる。
「あたしの、昔の仲間だったんだ」
「え」
「マラノに情報屋としていた男が。そして・・・」
ぎゅ、と唇を噛み締めてソニアはほんのわずかの間、何かをこらえる表情を見せる。
それこそ自分がここにいてもいいのだろうか、と逆にトリスタンが気にするほど、あっさりと、けれどもとても重い回答がソニアの口から出てきた。
「あの晩、あたし達が・・・父さんたちがどこで何の仕事をするのか、裏切って情報を流したやつがそいつだったんだ。それで、かーっとなってぶっとばしすぎたのをスルスト様が止めてくれて。まいったな、自分でもあんなに怒り狂うとは思っていなかった」
「・・・そいつが情報を流して、そんで」
「そのせいで、仲間はみんな死んだ。でも、そいつらが狙っていたのはあたし一人だったんだ。多分。あたしはその日の仕事ははずされていて、故郷にいて」
ソニアはそのときぴくり、と反応して振り向いた。
少しだけ離れたところからランスロットが近づいてくる気配を感じ取ったのだろう。
「何か用か、ランスロット」
「ああ。お話中、良いのかな」
少し遠いところからソニアが声をかけるときは、あまり芳しくない時だ。
それ以外は彼女は大抵、やってくる相手が声をかけてくるのをじっと待っている。
ランスロットはそれを知っているから、しまったな、何を話していたのだろう・・・と心の中で舌打ちをする。
「おおまかに設営が出来た。レイモンドとビクターを呼んで軍議を開くのだろう?半刻後にそなたのテント集合でよいのかな」
「ああ、そうだな。そう伝達してくれ。ありがとう」
「心得た」
ランスロットは必要以上に近づくことなく、ソニアに軽く一礼をして去っていった。
彼がもう、ソニア達の会話が絶対聞こえないだろうという距離に離れてからカノープスが口を開く。
「でも、おっかけられて逃げたんだろ。そんときなんだろ、前、言ってた、弟がどうの、って」
「ああ」
カノープスが言うのは、ソニアの弟が川で死んだ時の話だ。
「父さんは、裏切り者がいるとしか考えられないって言っていた。あたしもそれは同感だった。でも、誰がそうなのかはまったくわからなかったよ。それに、信じていたから、わかるはずもなかったんだ」
ふてくされたその口調。トリスタンは声をかけるわけにもいかず、しかしその場から黙って離れるのもどうかという様子で二人の会話を聞いていた。
もちろん内心はかなり興味をそそられていたことも事実だが。
「まいったよね。生きていたんだ、一人でも、って思って喜んで抱きついたらさ」
「うん」
「俺を殺しに来たのか、なんて言われちゃあさ」
「・・・ソニア」
「しかも、やっぱりあたしの村は火をかけられて焼かれてしまったらしいよ。なんとなくわかっていたことだったけど。ちょっとだけまいった。でも、そのことを考えたからって、この進軍に何の役にもたたない。まあ、そんなわけで、怒り狂ったあたしはそいつを蹴っ飛ばしてぶん殴って、皇子達がマラノ入りするための通路を提供する手はずやらなにやらを全部無償でさせたんだ。普段はあんなことしない。無抵抗な人間に暴力を久々に振るった。まったく、情けない話だ」
無抵抗といっても、それは部屋の隅に追いやられて何も出来なかったからではあるが、ソニアにとっては同じことだ。
「おまえ、ランスロットにその話しなくていいのか」
「なんでランスロットにする必要がある?」
「皇子の前では話すのに」
カノープスはちらりとトリスタンを見た。
「別に。ここに皇子がいた、ってだけだ。ランスロットに話さなかったのは、そんなに何人の人間に話すような内容でもないと判断しただけのことだろ」
「お前らしいけどさ・・・」
そういってぽんぽんとソニアの頭をたたくカノープス。それへ「大丈夫だ」と答えるソニアは、確かにあまり感情が動いていないように見える。
トリスタンは終始、何も言わずに二人のやり取りを聞いているだけだった。

帝国側の動きは迅速で、既に反乱軍を迎えうつための動きが見られるという。
パーミアンの人々の話を聞くところによると、反乱軍が近づいて来ていることは今朝方には情報として入っていたことらしい。
では、何故もっと早く、罠等反乱軍を迎えうつ準備をしていなかったのだろう、とソニアが言えば、サラディンが冷静に「夜を待っているのだろう」と答える。その答えはつまるところ、死者を操ったアンデッド部隊がこの地方での主部隊になるということだ。
カンダハルという都市でこの地を治めている男はオミクロンという人物で、噂によると元ホーライ王国で神官職に辞していたという。その当時から死者の秘法とやらに手をつけていたというもっぱらの話だ。
「なんだ、じゃあラシュディの仲間になってから、というわけではないんだな」
「そのようです」
報告をしてくれるのは先にパーミアンに訪れていた斥候役のレイモンドだ。
ソニア、ランスロット、トリスタン、フェンリル、サラディン、ノルン、オハラ、ビクター、ガストン。これが現在反乱軍でいつでも部隊長として任命出来る、とソニアが認識しているメンバーだ。本来テリーも部隊長としての素質があるけれど、今のところ彼をオハラ隊からはずす気はないため、オハラだけの出席に留まっていた。
マラノにいるウォーレン、アイーシャ、アイーダ、ギルバルド、それからアッシュにラウニィーにヘンドリクセン。そして寝とぼけているスルスト。こうやって指折り数えると、反乱軍もかなりの人材を抱えているものだ。
とはいえ、これだけの人数、当初予定していたテントにはどう考えても入りきらず、結局テントの前で輪になって井戸端会議めいた軍議を行うことになる。どうも大所帯になってからというもの軍議を行う場所に困ることが増えたようだ。
「その研究のため、神官職を追われてしまったらしいですね。そこにラシュディが目をつけたというわけです」
「目ざとい男だな」
あまりの素直な感想にソニアの隣にいたフェンリルはくすりと笑う。
フェンリルのように冷たい印象を与える美人が小さく笑うと、なんだか笑われた方は余計に恥ずかしく思えてしまうものだ。ソニアも例外ではなく、その笑い声を耳にして、かあっと赤くなった。
「だって、目ざといですよね?」
「そうね。確かに。それは、ありとあらゆる情報網をもっている、ということだろう」
「なるほど」
フェンリルの言葉は正しい、とその場にいた誰もが思った。
「オミクロンとやらがこの地に来て以来、あちこちの荒地でスケルトンやら、湿地あたりにゴーストのようなものが現れることが多く、夜は出歩けないという話です」
ランスロットは眉根を潜めて、彼にしては滅多にないことだが、世間話のような意見を口にした。
「迷惑だな。まあ、夜に湿地に行く方がおかしい話だが」
「いや、湿地で育つ作物で、夜収穫するものがあるらしいぞ。この地方で作っているのかはわからないけど。もしそうだったら困るんだろうね」
そうソニアが言うと、その場にいたみなは「ほう」と珍しいものを見るような目つきで彼女の視線を集中させる。
「東は山、西は湿地、そんでもってカンダハルは城壁に囲まれていて南側からしか回りこめない、か。嫌な相手だな」
ソニアは皆の視線を気にもしないで地図を眺めている。
「・・・ふむ。神聖武器は足りないが、ノルンにオーロラとハイネがいればいいか。スルスト様のザンジバルを誰かが操れればいいんだが、あんな馬鹿でかい剣は誰も振れないからなあ・・・ブリュンヒルドと、ランスロットがもっているカラドボルクと・・・オハラの魔法と・・・そうそう、オーロラももう少し経験を積めば、ビショップ職にしてやれるだろうな」
「マラノでスチーブがルーンアックスをみつけていたな。何かの印が柄に掘り込まれていた、美しい細工の斧だった」
「そうか・・・となると」
斧を最もこの軍で扱える人間、となると。
「・・・ノーマンだろうか?」
とランスロット。
「ノーマンだな」
とソニア。
「・・・ノーマンですかね」
とガストン。
「ノーマンさんですか」
そして最後の一言はレイモンドだ。思えば、以前ノーマンが猪を狩って来て皮を剥ぐ作業をこのニンジャはじろじろ見ていたものだ。
レイモンドが締めの一言を告げた後はしんと静まり返った。
何故みなノーマンのことになると無口になるのだろう。
ランスロットは微妙な表情でソニアを見て、ソニアはそれをうけて微妙な表情でまたガストンを見た。
が、そんな顔で見られてもガストンは、自分の口からこのメンバーの中で、今思っていることを言うことは難しいのだ。
とりつくろった形でガストンは当り障りがないことを言った。
「・・・べ、別にいいんじゃないですか。ノーマンにその、なんとかアックスってのを預けても・・・」
「ノーマンが神の力の加護を受けた武器を・・・」
ソニアがぼそっと言うと、無理矢理平静を装うとしていたガストンが逆に驚いてソニアの言葉を遮る。
「あ、駄目ですよ!みんな思ってることですけど、言っちゃあ・・・・」
「似合わないな」
きっぱり。ソニアは黙っていることが出来ずに言い切ってしまった。
みなそれに同意の声は出さないが、妙に納得した顔をしているように思える。(サラディンでさえ。そうノーマンと面識があるとは思えないというのに)
オハラが少しばかり悲しそうな表情をしたのが見えて、今度はソニアが慌てる番だ。
「あ、その、なんだ。ノーマンは・・・もっとこう、男らしいぶっとい斧が似合うかと思って!」
なんのフォローだ、それは。そこにいた誰もがソニアのこの情けない言葉に突っ込みたいという欲望に駆られたに違いない。
そして一番最初に耐え切れなくなってビクターが噴出す。
なかなか反乱軍の人間関係は難しい。いや、どちらかといえばノーマンをとりまく人間関係が、という方が正解だろうか。


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モドル

完全にノーマンがいじられキャラになっておりますが。最近ライトな反乱軍をあまり書いていなかったためたまにはこんな一幕もいいかな、と井戸端会議を多めに書いてみました。
タイトルの重さに反した明るさですが、どこまで続くやら・・・。