人の試練-4-


ソニア達は驚くほどあっけなく教会付近まで移動できた。
わざわざカラドボルグを借りてきたのに、とゾックは彼にしては滅多にないことだが残念そうな口ぶりだ。
オーロラもゾックも、何故この部隊編成にしたのかどちらもソニアには問いたださなかった。
そして、そうであるが故に自分達が選ばれたのではないかということもこの二人は薄々感じている。
そもそもゾックはオハラ隊に抜擢されたときも、何故自分がオハラ隊に選ばれたのかを冷静に分析し、そしてそれを口にすることをソニアに求められるまでは他言は決してしなかった。自分のそういう性分をソニアが既に見抜いていることを彼自身も知っている。
「でも、その天使長とやらを捕まえていることで、どういうメリットがラシュディにはあるんでしょうか。天使と契約をしようとしているのでしょうか」
教会から少し離れた川沿いでワイアームから降りて、三人は歩き出す。オーロラのその問いにソニアは顔をしかめて
「いや、違うだろう。もうミザールと契約をしていると思う。それに、そのつもりなら天使を殺す必要もないだろう。それに、天使長を一人捕まえたからといって、天界ではまた新しい天使長をたてればいいんじゃないのか」
「でも、その、なんでしたっけ。そうそう、ミザールとかいう天使を連れ戻そうとたくさんの天使が降りてきたというお話ですわよね。そうしたら天使長を助けるためにも降りてきてしまうんではないのかと」
「それはアリだな。でも、そうだとしたら罠がもっとばっちり仕掛けてあってもおかしくないってことだ」
とはいえ、ここまでは人の気配もアンデッドの気配も感じられない。
三人はそれでも慎重に教会までの距離を詰めていった。
その教会は川沿いであり、かつ山のふもとにそっと建っていた。外から見ただけではもはや誰もそこにいないのではないかと思われるほどの荒廃ぶりだ。壁の色も屋根の色も黒ずんで全体的に薄暗く汚い聖堂。聖堂の隣にある家屋の扉や窓は決して壊れてはいなかったけれど、あちこちの木枠にひびが入っており、風が吹けばがたがたと音を立てる。どうも誰も手入れをしているとは思えない。少なくとも誰かの命を失ったときにこの教会には運び込みたくないな、と三人の意見は一致していた。
「・・!?」
突然ソニアはびくりと体を強張らせる。山に近い場所にあった岩陰に隠れて、ソニアはふう、と息をついた。二人は何事か、と突然立ち止まったリーダーの傍に寄ってくる。
ソニアは腰につけていたブリュンヒルドに手をかけ、わずかに鞘から引き抜いてみた。
「・・・あー。はいはい」
「ソニア様?」
「光ってる」
「え?」
覗き込むゾックとオーロラにソニアは苦笑をしてみせた。
鞘からほんの少しだけずらしたブリュンヒルドは刃の部分が光っているらしく、ほんのわずかな白い光が鞘と剣の間から漏れていた。
「これは」
「あたしはこういうことは説明出来ない。おおかた、天使長とかいう天使の力に反応したか、他の、そうだなあ、ラシュディが仕掛けている魔法とかに反応したか、この近くにカオスゲートがあるかのどれかだと思うけど。一体こいつが何に反応するのかはあたしにもよくわからないんだ」
ただわかるのは。
この剣が自分を選んだらしいということ。
ソニアは鞘にしっかりとブリュンヒルドを戻して、軽く唇を噛み締めるのだった。

ゾックは聖堂の隣の家屋の扉を慎重に開いた。
警戒を無駄にするようにあまりに簡単に扉は開き、そして、中には人っ子一人いる気配すら感じない。
平屋で、外から見てもあまり大きくない家であることは明白だ。
中に入るとすぐに、そこはただ人が2,3人生活出来るだけと思われる狭い部屋がひとつ。
かび臭さが鼻につく。かなり以前から人が住んでいないだろうことは一目でわかった。
三人は未だに気をはって周囲に意識を向けていた。
やがて、ぐるりと見渡して
「・・・誰も、いないな」
ソニアがそう言うと、ふう、とオーロラが大きく息を吐き出す。
もともと戦闘員には向いていないオーロラは、ソニアのその言葉を聞いて、ようやく身の安全を確認出来るのだ。
「聖堂でしょうか?」
オーロラの問いにソニアは頷いた。ゾックはまだあたりの様子を伺っている。
「神に近い場所に天使を捕らえているなんて、皮肉なものだ」
「聖堂に行きますか」
「ああ」
三人は聖堂に移動をした。外に出て、すぐ隣に建っている聖堂に向かって歩いていく。
足元は草が生い茂っていて、以前は人が歩くための道がきちんと整備されていたのだろうに、今はそれがうっすらと確認出来る程度だ。
それにしても誰もいない。静かすぎる。
これを罠の気配といえば確かにそうかもしれないが、どちらかというと本当に、捕らえられている天使長は、実はどうでも良い扱いを受けているのではないかとすら思える。
いや、そもそもここにはいないのではないか、と三人は少しばかり思い始めた。
しかし、その思いを否定する者がそこにはいた。
ブリュンヒルドだ。
聖堂に近づくと、ブリュンヒルドはまた何かに反応をして発光を始める。
「あのなあ」
呆れ声でソニアは剣に向かって言う。それはまた非常に間抜けな図ではあったけれど、彼女はいたって真面目だ。
「何に反応しているかわからないが、いちいちそのたびに光ったり刃鳴りを立てたりしてるんじゃあ、はっきりいって連れ歩けないぞ!これが夜で敵陣に向かう途中なら、いい迷惑だ!」
「ソニア様、そんな大きな声で」
オーロラの言葉に返事もせずに、ソニアは少しばかり荒っぽくブリュンヒルドを抜く。
と、今度はブリュンヒルドは光らず、普通の剣の「フリ」をした。
「・・・そうそう、わかればいいんだ、わかれば」
かちん、と鞘に戻してソニアはふう、と息を吐いて、肩をすくめた。
「困る。たくさん力を貸してくれるのはいいが、どうもあたし単体に対して力を貸してくれるだけだから、反乱軍の都合とは全然関係ないようで」
「それにしても・・・」
なんだか今日のソニアは少し荒い。
オーロラもゾックもなんとはなしにそれに気付いていた。
このところ案外とその気性は安定していたように見られるけれど、元来の彼女の性質を取り戻したようにすら思える。
ゾックはオーロラに比べればかなり後から(ゼノビア近辺で)軍に入った人間なので、初期のソニアの様子はよくわからない。それでも日々リーダーらしさを増すソニアに対する、彼が感じた第一印象は「明るいけど荒っぽい少女」というものだ。
言葉をかけようとして途中で止まるオーロラの様子にソニアは気付いているだろうけれど、あえてそれに対して言葉にすることはなかった。
そこに助け舟を出すようにゾックが
「では、わたしが先に扉を開けますので」
と先頭になって聖堂に近づいてくれる。
「ああ、頼む」
オーロラはそう答えるソニアの横顔をみつめた。
今の軍の状況で、そこまでソニアが苛々することはないように思える。
であれば、きっとプライベートなことなのだろう。
それも多分、リーダーとしてのソニアに関わるような。
そんな彼女を見ていて時折辛くなる、とオーロラは思う。
そして、最近はあまり行軍を共にしない自分がそうなのだから、ランスロットやカノープスは尚更なのだろうと心を痛めた。
彼女は自分が「何かわからないけれどソニア様かわいそう」とソニアに対して根拠のない同情を口に出すことを好まない。
自分がそういう人間であることをソニアが好んでくれていることも、よくよくわかっていることだが。

扉に耳をつけて中の様子を伺い、ゾックはちらりとソニアを見た。
その視線は「物音は聞こえない」といった、敵の様子は感じられない、という意味を表す。それへソニアは頷き返す。
慎重に取っ手に手をかけ、ゾックは扉を引いた。きい、という音が耳障りに響く。
「!?」
そして、剣を持って単身聖堂に入ったゾックは、彼にしては無防備な体勢でその場に立ち尽くした。
敵がいるかどうかがわからない場所に飛び込んで、動きを止めるなんてどうかしている。
それが新兵ならともかく、ゾックはその稀に見る才能と鍛練の積み重ねとの両面から出来上がった、既に一流と呼んでもいい兵士だ。
「バカ、ゾック!」
後ろからそれを見ていたソニアは慌てて、ゾックの腰にタックルする形で彼を床に押し倒した。
小さい体といえど、体重をかけて飛び掛ればさすがにゾックもその衝撃に耐えられない。
オーロラは身を乗り出そうと一瞬動いたが、安全の確認が出来ない状態ゆえ、扉の陰に身を潜めるよう、自制をした。
「・・・っ」
ゾックを倒して、ソニアはすぐさま内部の様子を見るために体を起こし、横倒しになったゾックの太もも付近を跨いだ状態で立ち上がった。
「・・・うわ。綺麗!」
今度はソニアが仁王立ちになる番だ。
聖堂の中は椅子ひとつもない、ただのがらんとした空間になっていた。
昔は人々がここに集い、祈りを捧げていたに違いないけれど、今はその面影もない。
本来あるはずの教壇の姿も見えず、壁はあちこち剥がれ落ちていて、まったくもってここも廃墟と言えそうだった。
しん、と静まり返った聖堂の奥に、ゾックが立ち尽くす原因を作ったものがあった。
教壇があるべきはずの空間には床に大きな魔法陣が描かれており、その上にあまりにも美しい女性がいた。
いや、女性に見えるけれど、その背には純白の羽根が生えている。
それだけならばゾックも仰天しなかったけれど、その天使と思える人物は、羽根を広げてもいないのに空中に浮かんでいるのだ。
美しいプラチナブロンドが四方に流れ、薄い衣類の裾もふわりと浮かんでおり、すらりとした美しい素足を彼らに見せ付けていた。
何度か瞬きをしてソニア達を見つめる天使は、ぱくぱくと何かを訴えようと口を動かすが、音は聞こえない。
次に、何かを念じるように瞳を閉じて動きを止めていたが、それの甲斐もなかったらしく、落胆の面持ちで悲しげにうつむくばかりだ。
ソニアはぽかんとその姿に見とれていた。
「ソニア様」
「あ、ああ」
ゾックが足元から声をかける。
自分が彼を跨いでいたことなぞ、すっかり忘れていたらしく、ソニアは慌ててゾックから離れた。
「こりゃあ、確かに立ち止まるな・・・初めて見たわけじゃないあたしでも」
初めて見たわけではない?ゾックはその言葉にひっかかりながらも、先に謝罪を述べた。
「申し訳ございません。その、宙に浮いているなぞ、予想外で」
「いや、これは確かに」
立ち上がったゾックに言葉を返そうとした瞬間
「・・・・うわ!」
ソニアの腰につけたブリュンヒルドが、鞘を透過するほどのまばゆい光を放ち始めた。
「まったく、お前は、天界に近い者がいるからなのか。それとも」
苦笑を見せてソニアはブリュンヒルドをぽんぽん、と軽く叩きながら言う。一向にその光は止まらない。それをもはや気にもしないでソニアは言った。
「お前の出番だからなのかな。ゾック、オーロラを呼んで来てくれ」
「はい」
ゾックは迅速に動いて扉に向かっていった。ソニアのその態度で、完全にこの聖堂には敵がいないと判断したことがわかる。
「天使だよね。あたしの声は聞こえるかなあ?」
ソニアがそう語りかけると、こくり、とその天使は頷いた。
「ラシュディに捕らえられたのか」
その名を聞いた瞬間、天使の表情は変わる。目を見開き驚きの表情を見せた後で、二度ぶんぶん、と縦に頭をふった。
「ここは特に罠が仕掛けられている様子はない。捕らえられてから、誰かやってきたか?」
今度は横に首をふる。
その度に美しい髪が揺れる様があまりにも美しい。
「まあ」
ソニアの後ろでオーロラが驚嘆の声をあげた。
「天使様・・・ですわよね」
「そのようだぞ」
天使はソニアの腰につけているブリュンヒルドを指差した。
「ああ、あたしは反乱軍リーダーソニアだ」
しきりとその天使はブリュンヒルドを指差し、魔法陣を指差した。
「わかってる。これを使って、そこから出して欲しいんだろ?」
「そこから、といいますと」
ゾックがいぶかしげにソニアに聞いてくる。
「魔法陣の力で封じられているんだろうね。ほら」
ソニアは足元に落ちていた、剥がれ落ちた壁の欠片を手にとった。それから無造作にそれを天使の方へと投げつけた。
かつん。
まるで魔法陣の円周から天井に向かって見えない壁があるように、欠片はその見えない壁にあたって跳ね返って戻ってくるように見える。更にそれを拾って、天使の頭上めがけて投げつけても、かなり上の方ですらかつんと音をたてて跳ね返っては床に落ちてくる。要するに目に見えないけれど魔法陣によって作られた円柱の牢屋が存在するようなものだと予測できた。
「自分の身は自分で守ってくれよ。多少の怪我をしても、ここにプリーストがいるから安心してくれ」
ソニアはブリュンヒルドを引き抜いた。
「きゃ!」
まばゆい白い光。そのまばゆさにオーロラは声をあげた。ゾックは瞬きを忘れたようにソニアを見つめる。
明るい光なのに、それは目の奥に突き刺さってこない。とても柔らかな輝きに思える。
「浮いてるのは魔法陣のせいだな」
頷く天使。
「浮いたまま、膝を抱えて丸くなってろ。どういう衝撃が襲うかわからない。ゾック、あたしがあの魔法陣を壊すから、天使を助けてやってくれ」
「・・・は、やってみます」
「頼んだぞ」
ソニアはブリュンヒルドを持って構えた。その剣の発光をもはや気にも止めていない様子だ。
オーロラはそのソニアの姿に目が釘付けになるが、ゾックの方は逆にそちらを見ずに、これから起こることに反応をしようと、天使から視線を離さない。
「直接、叩くか?それとも」
ソニアがぶつぶつと呟いた。それは当然ゾックに対する問いかけでもオーロラに対する問いかけでもない。
「よし。頼んだぞ」
ソニアはぎゅっとブリュンヒルドを握りなおした。まっすぐ魔法陣を見据える。
そして集中。息を吸って、吐いて、吸って。一瞬止まった次の瞬間
「・・・行け!」
ざっと踏み込んでソニアは剣を振り下ろした。
ソニアの声と共に、ブリュンヒルドが発していた白い光は、そのものを投げ物の武器にしたかのように剣先に向かい、そして剣先から放たれて床を走った。
それは、見慣れたはずのソニアの剣技ソニックブーム。それはゾックも行使出来る技だから、なんら驚くことは何もないはずだった。
白い光は魔法陣の円周に食い込んだ。
その時。
「・・・きゃ・・・!!」
バチィっ、と大きな耳障りな音が響いた。落雷に似た光と、何かがはじけたような音。
「よし!」
ソニアが放った光は魔法陣の円周に容赦なく食い込み、床に亀裂を生じさせる。
天使は何かの力に押されたように、突然の突風に下からあおられたように更に上空に押し上げられた。
その上半身が前のめりになり、魔法陣が作りだす円柱からはじき出された。
先ほどまで支配されていた重力を取り戻したように、天使はぐらりと体勢を崩す。
ゾックはそこへ駆け寄って、上から落ちてくる天使へ腕を伸ばした。
ばさっ。
「!」
そのとき、体勢を崩しながらも天使は純白の羽根を大きく広げた。
両腕を広げたゾックの腕と腕の間に、ゆっくりと天使は羽根を羽ばたかせながら降りて、すとん、と足先を床に下ろした。
近くで見れば、これがまた驚くほどに美しい。
白いきめ細やかな肌、髪と同じ色の長い睫、全体的に色素が薄く、唇の色もほんのりと桜色に見える程度だ。
それゆえに性的な艶かしさというものは感じさせないが、美しいことに間違いはない。中性的というよりは女性的ではあるが、人間の女性とはどこかが異なるように第一印象ですら思える。
そしてその美しさは人ではないように見えるほど・・・いや、実際人ではないのだから当たり前かもしれないが・・・。
「ありがとうございます。大丈夫です」
「お怪我がないようで、なによりです」
そっとゾックは腕を下ろし、自分の役目はもう終わった、とばかりに天使に背を向けてソニアのもとへ戻っていく。
まったく、ゾックは朴念仁だ。あんなきれーな天使が目の前に舞い降りてもどーよーしないんだから。
そんなことを思いながらソニアは二人の様子を見て、それからブリュンヒルドを鞘に収めた。
「ご存知かもしれないが」
ゾックが自分の傍に戻ってきたことを確認してから、ソニアは彼女にしてはめずらしく皮肉めいた言い方をした。
「反乱軍リーダーソニアだ」
天使は数歩近づいてきて、ソニアに一礼をした。
「・・・存じております。選ばれし契約を結びし下界の者ですから。ソニア、助けてくださってありがとうございます」
細いけれど、とても聞きごこちが良い通る声だ。ノルンの声に似ているな、とソニアは思う。
「あなたは」
「わたしはユーシス。天使たちを束ねる天使長です」
天使はソニアを見つめて、数回瞬きをした。それ以上の質問がないということは、まだ自分側の話を続けてよいのだろう、とユーシスと名乗った天使は判断して話を続ける。
「わたしには姉がいました。ミザールという名の天使長です」
「うん。聞いてる。下界に降りてきたんだろ・・・まさかとは思うが、ラシュディと契約を結んだか」
「・・・はい。バルハラ平原で捕らえられた仲間達を盾にされたのか、それともミザール自身が選んだのかはわかりませんが、ラシュディと契約を結んでしまったようです」
「ラシュディに加担していると聞いてはいた。でも、契約までしているかはわからなかったけれど。天使達が連れ戻そうと下界に降りてきたらしいが、そうまでして天界に戻ってきて欲しいと願われるほどの天使長だったのか。彼女は。掟を破って他者と契約を結んでいるというのに、それと敵対する者と勝手に新しく契約を結べば、天界に戻っては罪人扱いされるだろうに。天使たちは天使同士戦わないようにもともと定められているのにな。それとも堕天使をそこまでして裁きたいのか」
オーロラとゾックは、どうもソニアが案外天使事情について詳しいということに勘付いた。さらりと堕天使などという言葉を使うとは。
みなの前で天使について話をしていた時のソニアは、歯切れがかすかに悪かったけれど、このように天使について詳しい素振りは見せていなかった。
そうか。
詳しいことを、知らせたくなかったのか。
オーロラはちら、とゾックに視線を送った。ゾックは兜で顔を見えない。が、いつもなら本拠地に戻って戦闘態勢を完全に解除するまで外さない兜をそっと外して、あえてオーロラに視線を送った。
これは、多分、他言無用なのだろう。
オーロラとゾックは言葉にしなかったけれどそれを理解して、緊張を走らせた。
それにしても?今ソニアはミザールが「他者と契約を結んでいる」といったのだろうか?
「戻ってきて欲しい、と思うのは、妹であるわたしの身勝手です。わたし達はミザールを取り戻すためだけではなく、正確にはキャターズアイをラシュディの手から取り戻すために、下界に降り立ちました」
「キャターズアイ」
「ラシュディはキャターズアイを手にいれるため、ミザールを騙したのです。あれは天界の守り石。ラシュディはキャターズアイの力を借りて、さまざまなことをしています。そして、ガルフにキャターズアイの力を貸して、復活させるつもりなのだと思います」
「キャターズアイとやらを取り返せば、ミザールのことはどうでもいいのか」
「・・・いいえ、そうではありません・・・ミザールは優れた天使。共に天界に戻り、罪を償い、またわたし達を率いてもらいたいと・・・わたしはそう思っております」
「そうか」
「お願いです。ラシュディに敵う力を持つのは、下界ではもはやあなたのみ。わたしと契約を結び、そして連れて行ってくださいまし」
「・・・苛々する」
ソニアはそういうと、くるりとユーシスに背を向けて、すたすたと聖堂から出て行ってしまった。その後姿は、癇癪を起こして怒って逃げてしまうときと似ている。
その様子を見てオーロラとゾックは顔を見合わせた。
天使を置いて、ソニアについていくべきなのだろうか。
「わたくしが、いってくるわ」
「はい」
オーロラはあまり音を立てずに、スカートの裾を翻してソニアの後を追う。
後に残されたゾックはかなり所在無かったけれど、いたしかたがない。
「・・・怒らせてしまったのでしょうか。わたしが勝手を申し上げて」
ユーシスはかなりしょげかえった様子でゾックに聞いてくる。そんなことを自分に聞かれても困る、とゾックは言いたいほどだったけれど、彼は自分の感情を口にすることはなかなか普段からない。それに、何かを答えれば、それがソニアにめぐりめぐって迷惑な形になって回っていくのではないかと思えて、慎重になってしまう。
「・・・ラシュディに敵うのは、ソニア様だけなのですか」
逆にゾックは質問を返した。
ユーシスは頷く。
「そのために、わたし達は彼女と契約を結んだのですもの・・・ソニアはミザールをご存知だと思います」
「契約を」
「ええ。何故あなた方はわたし達の力を借りようとしてくださらないのですか?天使たちはいつでも、あなた方反乱軍に力を貸すつもりでおりましたのに。なのに」
「・・・」
ゾックは眉根を寄せる。
しまった、聞きたくないことを聞いてしまった、と彼は心の中でとても深い溜息をついた。
なかなかに聡い彼は、詳しい理由はわからないけれど、ソニアはこの話をランスロット達に知られたくなかったのだろうということだけは、さすがに理解をした。
「ミザールがソニアとの契約を勝手に反故する形でラシュディと契約を結んだことが、わたし達には未だ信じられません」
ユーシスはぽつりと悲しげに呟いた。

「まさか、とは思っていた」
ソニアは追いかけてきたオーロラに、背を向けながら言った。聖堂からそう離れていない、背の低い木がいくつか並んでいる場所でソニアは木をなんとはなしに見ていた。
「ミザールが一人でラシュディに加担しているだけなら、まあ、いいかと思っていたけれど。契約を結んでしまったんだな。あたしは天使たちをお互い争わせたいわけじゃない」
やはりソニアはミザールを知っていたのだ。オーロラは声をかけることが出来ずに黙って聞いている。
「なのに、あの新しい天使長は、再度契約を結べてとふざけたことを言う」
「・・・ソニア様、それは」
「シャロームの教会で洗礼を受けたとき、あたしはその場でミザールと契約をした。したくなかったけれど、力を得るために、しかたなく。洗礼をうけることと契約を結ぶことが別なら、あたしはミザールと契約なんてきっとしなかった」
「シャロームで既に」
「でも、天使の力なんて必要なかったから。いちいちそんな天の力を借りるような、そんな戦いだとは思っていなかったし、力も借りたくなかった。そんな大きな力を行使する相手との戦いで、そんでもってあたしまでそんな大きな力を・・・力が欲しいとは思っていたけれど、人間が持つ以上の力を手に入れることを必要とされるとは思っていなかったから。だから、天使なんて、仲間にしたくなかったんだ」
「何を苛々なさっているのですか、ソニア様」
ソニアは振り返った。
いつもと変わらぬ、勝気だけれど穏やかなオーロラの姿がそこにある。
「天使様の力を借りることが、嫌なのですね」
「そーだ。嫌だ」
「でも、天空の三騎士様のお力は借りていらっしゃるじゃないですか」
「あれは成り行きだ。あのままにしては危なかったから助けて、そんでもってついてきたのはあのお二人の意志だ」
「でも」
「ミザールは、選ばれた勇者、とあたしのことを呼んだ!」
ソニアは声を大きくはりあげた。
「あたしがどんな思いでシャロームまで辿り着いたのか、あの天使はわかっちゃいないんだ」
「ソニア様」
「だから、あたしは怒った。怒って切り付けた。天使なんて、天の父なんて、人の心を救っちゃくれない。聖職者であるオーロラにこんなことを言うのは申し訳ないが。天の意思という言葉だけで、人が全て言うことを聞くと思うのは、大間違いだ」
足元におちていた木の枝をかつんと蹴りつけてソニアは唇を噛む。
オーロラは静かにそれを見つめている。
初期の頃からソニアと共にこの反乱軍で戦ってきたこの若いプリーストは、何を言葉にしていいのか量りかねていた。ただ、わかるのは、ああ、ランスロット達と共にこなくてよかった、ということだ。
ランスロットでも、カノープスでも、きっと駄目だったのだ。
ランスロットはきっと簡単に「しかし、反乱軍のため」と口に出してしまうに違いないし、カノープスは簡単にソニアに「じゃあ、いーじゃねえか、仲間にしなくても」と逃げ道を与えてしまうに違いない。
反乱軍のため。そんなことは、100も1000も承知している。
ソニアだってわかっている。わかっているから自らここに来て、そして、多分ユーシスと契約を結ぶに違いない。
それでも自分の心が揺れる様を、あまり多くの近しい人間に見せたくなかったのだろう。


←Previous Next→


モドル

またソニアの過去が少しずつ。けれどどれも皆切れ切れにしか知ることができません。
シエラバージョンでは女オピのよき理解者はプリンセスであるリリーでしたが、ソニアバージョンではオーロラとオハラが二人でそれを担うことになりそうです。そしてフェンリルと。