人の試練-6-


明け方近くになれば、アンデッド達も迂闊に近寄らなくなってきた。
思った以上に反乱軍がアンデッドに強いということが敵方にも伝わったのではないかとソニアは考えていた。
ガストンとフェンリルが守っているやや北よりの都市の様子と本拠地付近の情報をニンジャ達から聞きつつ、日が昇るのを後は待つのみ、という状態ではあった。
疲れが癒えた様子のユーシスが、早朝番をしていたソニア部隊のもとに現れた。思ったより時間がかかったな、というのがソニアの感想だ。空がもうすぐ白み始める、と誰もが思える頃合だ。
「よく休んだ?」
「はい」
天使長になんという口の聞き方をする、ときっとその場にいた人間はみな思ったであろう。どうもユーシスを連れてきてからの様子を見ていると、ソニアはあまり天使に対する礼儀というか、作法というか、まあ、敬いが足りないようにみなには思える。トリスタンが呆れて「ソニア殿」と声をかけるけれど、まったくソニアは気にしてもいない。
「ユーシス、ちょっと」
「はい」
ソニアは夕方サラディンがいた、少し小高い丘で南の空の様子を伺っていた。
今はカノープスが単身飛んで、都市からいくらか南下した辺りを見に行ってくれているので、残っているメンバーはオーロラとトリスタン、そしてレイモンドのみだ。レイモンドもソニア達から少しばかり離れた場所で見張りをしている。もう少し空が白めばまた部隊編成の微調整を行って出陣ことになっている。西の方角はサラディン達に任せることにしていた。
「何か、お飲みになりますか」
「ありがとうございます。いただきます」
オーロラが声をかければ、丁寧にユーシスは頭をさげる。ソニアより余程頭が低い。
ソニアの傍に近づいて、土の上にそっとユーシスは腰をおろした。その正面にはトリスタンがどっかりと座って一休みをしている。つい先ほどまで数回繰り返された小競り合いに疲れた素振りはまったく見せていない。
「ユーシスはジハドは」
ソニアはそこで言葉を止めた。ジハドとは、天使のみが行使を許される、アンデッドに驚異的な力を発揮する広範囲の魔法のことだ。天使を包む白い光がそのまま帯となってアンデッド達を貫く。オハラのスターティアラを行使するときにちらちらと輝く白い光が、更に帯状に凝縮したようなものだった。
何をいいたいのか、彼女の意図を汲み取ったユーシスは、首を軽く横にふる。
「わたしは、ミザールほどの力もない天使長です。わたしが行使出来る聖なる力はバニッシュのみ」
「やっぱりそうか」
「期待していただくほどのお力には、今のところはなれないと思います・・・申し訳ございません」
「いや、いい。それは別段責めることじゃあないんだ」
ソニアは苦笑いを浮かべた。
「位が高い天使のみが行使出来るジハドは、今現在天界に残る天使の中でもそれを使えるものはほんの一握り。わたしが天使長になったのは、ミザールの妹だというだけでしたから」
「そういう繰り上がりのしかたなのか。能力ではなくて」
「能力もありますけれど。天使長ともなれば、そうそう簡単に職務を人に委任したり、譲渡するものではございませんから、一度天使長になればその地位でいる期間は決して短くあってはならないのです。わたしの今の時点の力だけではなく、この先の力を見越してそれを決定したようですね。それすら、あのミザールの妹だから、という見方がないとは言い切れません」
そういって小さく微笑むユーシス。
なんだか透けて、消えてしまいそうだ、とトリスタンはその様子を見て思った。
天使というものはやはり人間とは違うのだろう。
なんという神々しさと、そしてその存在の危うさを感じさせるのか、と思える。
人ではない者がもつ不思議な気を感じる反面、そこに彼女が呼吸をしていることが信じられないと思うほど、薄い存在感。そんな相反する謎の印象を与えられるようにすら感じる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
オーロラが茶を渡すとユーシスは丁寧に頭を下げた。
「天使は飲み食いするのか」
「通常はしないのですけれど、することも可能です。それが心地よいと思えるときには、しますね。あの封印を施されていた状態のように、それがままならないときは一切の摂取行為は必要ありませんけれど。このお茶を飲んでも、これは体の中に吸収されたり排泄されたりするものではありません」
その謎めいた生命のシステムは、多分詳しく解説されたところでソニア達にはよくわからないのだろう。
ただ、ユーシスは笑顔で「おいしい」とオーロラに告げた。味覚はあるのだな、と誰もが思う。
「人は、もっと天使を敬うものだと、思うか」
ソニアが切れ切れに、そしてぶしつけにそう聞くと、ユーシスは曖昧な笑顔を向けた。
「わかりません。けれど、みな、敬うようですね。少なくともあなたは我々と契約を結んだ対等な立場の人間ですから、へりくだる必要も何もないとは思いますけれど」
「そうか。あたしはどうも、天使にへりくだる、なんてことは出来なさそうだ」
「そのようですね。それで、何一つ問題はないと思えますけれど」
そつがない、とても静かな会話。
あまり好きではないな、とソニアは心の中で苦笑をした。
決してユーシス本人が悪いとか、人柄がどうとか、とは違う嫌悪が自分の中にあることをソニアはよくわかっている。もちろん、それを前面に押し出すことはいけないとも理解しているから、なかなかにこれが厄介だ。
少なくともバニッシュしか使えない−バニッシュは広範囲魔法ではないため−天使であれば、余程オハラやプリースト達の方がアンデッドに有効だ。あまり戦力にならないな、とソニアは思う。
ユーシスに都市の解放に回ってもらうのも、実のところソニアはあまり好ましく思っていなかった。
トリスタンが助言をしたように、民衆は反乱軍には天使の加護がある、とわかれば大歓迎は確かにしてくれることだろう。けれど、そういった不本意な役割をユーシスに任せたいとはあまり思えなかったのだ。
「ソニア」
「うん?」
ユーシスは静かにソニアに声をかけた。
「今はお役にあまりたてませんが・・・立てますように、努力いたしますから」
澄んだ瞳というものは、こういう目のことを言うのだろう。
ソニアはわずかの間ユーシスを見つめる。
まいったな。天使が、努力をするとあたしに向かって言うなんて、どうかしている。
そんな思いが頭をかすめ、口から出そうになった。それを押しとどめるために一瞬の間が更に必要になる。
「・・・いや、そう気負わなくても、いいよ」
ソニアは肩をすくめた。見透かされているような気がしたし、天使の努力、なんていうものが一体どれほどのものなのかは彼女には想像もつくはずがなかったし。
「ガルフのことを、ユーシスは知っているか」
「・・・封印されし悪魔のことですね。存じております」
「フェンリル様に聞いた。天の父が、下界に災いを残しておきたかったのだと」
何故フェンリルは「様」づけなのにユーシスは呼び捨てなのか、とトリスタンはいぶかしげな表情を見せた。
が、ユーシス本人はまったく意にも介さない様子だから、トリスタンは自分が口をはさんでよいのか判断がつかない。
「その通りです」
「それがひいては、自分に返るかもしれないものだと、想像もしなかったのか」
「自分に返る」
ユーシスはとても静かにソニアを見つめ、それから、ゆっくりと頭をもたげてうなだれた。
「わかりません。ただ、あなたが何を言いたいのかは、なんとなくはわかりますけれど」
「うん。なんとなくでいいよ。あたしも、なんとなく思っているだけのことだし」
「あなたはもうおわかりのとおり」
うなだれたときと同じ速度でゆっくりとユーシスは頭をあげてソニアを見た。
「天の父は万能ではありませんし、そうであろうとも思ってはいらっしゃいません。そして、自分が不完全であるがゆえに、同じように生きとし生ける者すべてには、何かしらの枷がなければいけないであろうことをご存知でいらっしゃいます」
「枷」
「はい」
「それがガルフだというのか」
「いいえ。そんな直接的な・・・物理的なものではありません。あなたはもうご存知のはずです」
ソニアは目を細めてユーシスを見た。
ああ、やはり、天使とはそりが合わない。何を言っているのかソニアにはわからないし、わかりたくないと思った。
例えわかったところで、ソニアからすればユーシスの回答は何もかも天の使者の詭弁だ。
問い掛けたのは自分だけれど、思った通り、天使は天使の道理にのっとった回答をするばかりだ。
「わたくしは先ほど、天の父は万能ではないと申しましたけれど」
「うん」
「それは、厳密には、という意味合いであって・・・あなた方から見ればこの世界の中で最も万能に近い力を持つものと言えるとは思います」
「大丈夫だよ。ユーシス。そうやってフォローしなくても」
「ソニア」
軽く肩をすくめるソニアを見るユーシス。トリスタンは静かにその二人のやり取りを聞いているだけだ。
「人が、一番知っている。天の父が万能ではないことをさ。そいでもって、なのに人が一番、天の父とやらが万能であると錯覚しやすい。それはそのどちらも本当だからだって知っている」
「あなたは、とても聡い人ですね」
「知らない。たまにそう言われるけど、でも、どっちかというと頭は悪い方だと思う」
そう生真面目に答えることでもないと思うが。トリスタンは軽く苦笑を浮かべて見せた。
それに気付いてソニアは頬をわずかに赤くして
「いや、その。うん、あたしは頭はあまりよくない方だと思うのだけれど」
「僕はまだそうそうこの軍に来てから時間はたっていないけれど、反乱軍リーダーは聡い人間だと思うよ」
「うーーーん。じゃ、今は素直にうけとっときます。皇子」
「はは。今は、か」
ソニアはもうそれ以上ユーシスに多くは聞こうとはしなかった。
聞いても、彼女が欲しいと思うような回答を天使というものはきっと与えてくれないのに違いない。
見張っているレイモンドとカノープスからの知らせは特にない。このまま、早く朝が空ければありがたいな、とソニアは独り言のように呟いた。

オミクロンを倒すことが出来たのはその日の昼過ぎだった。
アンデッドに対して驚異的な力を見せつけるオハラ隊だけで事が足りるのではないかと思えたけれど、ソニアはあえてトリスタンに華を持たせる形でオミクロンを倒すことを選んだ。
既にトリスタンが反乱軍にいることは帝国側でも情報は流れており、あちこちの都市でもその噂を耳にしている。
ならば好都合、とばかりに「ゼノビアの皇子がオミクロンを倒した」という情報をソニアはニンジャを使って各地に流した。
それの真意がわからずにトリスタンは
「ソニア殿、そこまで華を持たせてもらわなくともいいと思うけれど」
と困ったように声をかける。
オミクロンを倒した後の残処理はサラディンとランスロットに任せている。ランスロットはいつものことではあるが、何故にサラディンかといえば、オミクロンが研究していたという死者の秘法とやらが一体どこでどう残っているのか、この先に何か影響がないか、と、そういったことを調べてもらうのに適任とソニアが判断したからである。
ソニアはいつも一段落してあとは残処理ばかり、となったときに、決戦の砦となった建物の辺りでぼうっとしている習慣がある。マラノではそれどころではないほどの残処理があって、ぼうっとしている暇はなかったが、基本的にそういったことはランスロットに一任するのが常であったし。
オミクロンがいた小さな古城の入口の階段に腰を掛けて、ぼんやりと空を見ていたソニアは、ゆるゆると首をあげてトリスタンを見上げる。
「・・・いや、その、皇子をどうこう、という意図だけではなくて」
「うん」
「オハラの力を強調したくなくて、皇子に隠れ蓑になってもらったんだけど」
「オハラの」
「そう」
そう言ってソニアは立ち上がり、ぽんぽん、と尻や太ももについた土を払った。
「皇子は、オハラの力をご覧になったはずだ」
「ああ」
トリスタンは眉根を寄せた。その表情があまり芳しくないものであることは誰が見てもすぐにわかる。
「プリンセスとは恐ろしいものだな」
「うん。恐ろしい、だと思う。本当に」
「アンデッドを消滅させるあの神聖魔法もさることながら、何より周囲の人間に与える影響力はすさまじい」
「だから、あまり、それを強調されるようなことに、したくないんだ」
ソニアは髪を結わえていた紐をひっぱって、トリスタンと話しながら髪をほどいた。結びなおそうと何度か手櫛で赤毛を梳きながら話を続ける。
「とても、オハラに対してあたしは神経質になっている。皇子にわかってもらえるかどうかはわからないけれど、大きな力をもつ人間は、誰も彼もがその力を褒められれば嬉しい、というわけではないし、その力によって人々に畏怖を与えることで優越感を持つわけでもないし、その力で人々を支配したいと思うわけでもない」
「そうだね」
「そして、そういう人間の気をおかしい方向へもっていってしまうのは、必ず第三者の言葉だと思う。オハラはとてもいい子で、あたしは大好きだ。だから、彼女の力を悪用しようとする人間が出てくることを防ぎたいし、あまりその大きな力をもつことで彼女を悩ませたくない。だけど、多分、このあたりに住んでいる人々は、いくらかオハラがアンデッド達をどんどん消滅させていく姿とかも見ているだろうし。それを上回る印象を何か与えてあげないと、いつの日かオハラにいろいろな事が周りまわってやってきそうだから、イヤなんだ」
「それで、僕の情報を流して、紛らわそうというわけか。うん、ソニア殿が言うことの全部を全部理解出来るわけではないけれど、なんとなく、そうだね、なんとなく、だ。わかったと思う」
「ありがとう、皇子」
ソニアはトリスタンに微笑んだ。器用にくるくると髪に紐を結わえてソニアは整えている。
一国の皇子と会話している最中に髪をいじるとは礼儀知らずも甚だしいけれど、ソニアはそんなことには気がつかなかったし、トリスタンもうるさくいうような人間ではなかった。
それどころか
「ソニア殿は、髪をほどいていると、本当に幼いのだな」
なんてことを言ってトリスタンは笑う。
「えっ!」
驚いてソニアは素っ頓狂な声をあげた。
「幼い?」
「うん」
「そうなのかな。じゃ、逆に、縛っていると大人っぽいのかな」
「・・・いいや」
大人っぽい、とはお世辞にもいえないな、とトリスタンはゆっくりと否定の言葉を漏らした。
言葉が足りなかったか、と思う。幼い、という言葉ではなくて、少女めいている、という言葉が適切だったのかもしれない。
「もう一度、ほどいてみてくれ」
「えーっ?」
「嫌か?」
あまり他意がないトリスタンの言葉に一瞬躊躇したけれど、ソニアは
「断わったら、王族に逆らった罪で打ち首、とか言わない?」
なんて間抜けなことを聞く。
それを聞いてトリスタンは噴出して笑った。
「なんだい、それは!」
「いや、そーゆーこととかあるのかなーって思って」
「失礼だな、君は。ゼノビア王族のことを馬鹿にするにもほどがあるぞ」
そういいつつもトリスタンは楽しそうに笑っている。本来そんな理不尽なことを自分達王族がすると思っているのか、と怒ってもいい場面でもあるが、彼はそれをしない。それは別段彼が王族としての誇りがない、とかそういった話ではなく、彼固有のおおらかさ故なのだろう。
「別に髪くらいいいけど・・・」
折角結わえたのに、とか文句をいいながらソニアはまた紐をほどこうとしたそのとき。
「ソニア殿!」
古城の中からランスロットが名を呼びながら出てきた。びくっとそれに反応してソニアは振り返る。
まるでその仕草が、いたずらをみつかった子供のようにも見えてトリスタンは心中で笑う。
「なんだ、ランスロット」
ランスロットは足早に階段を降りてきた。
「サラディン殿が、呼んでいる」
「ということは」
「ちょっとしたものを見つけたらしいぞ」
「わかった」
ソニアはすぐさま歩き出した。もちろん腰にはブリュンヒルドを携えて。
あまり彼女が離れないうちにトリスタンは慌てて声をかける。
「僕も行って良いのかな」
「どうぞ」
振り返りもせずにソニアはそう答え、ランスロットを従えて古城の中に入っていった。
オミクロンが根城にしていたカンダハル城は、なんだかじめついた嫌な空気が漂う城だ。
じめついた場所が実験に適していたのか、実験をしていたからじめついていたのか、それともただ単に湿地の影響でそうなのか、それらのどれが正しいのかはよくわからない。
ただ、死者の秘法、なんていうものと、この嫌な空気はとてもお似合いだ、とソニアは眉間の皺を深めるばかりだ。
古城の奥深くの隠し部屋にサラディンはいた。そこからカノープスがよたよたと出てくる姿が見える。
「カノープス」
「よ、来たか。いやあ、まいるな。なんだか、この部屋は息苦しくてよ」
「息苦しい?酸素が足りないのか」
「そうじゃねえよ。なんかこう、圧迫されるっていうか。しかも見て楽しくない部屋だしな」
嫌そうな顔でそういって、カノープスは深呼吸をした。
ソニアとランスロットは顔を見合わせてからその隠し部屋に足を踏み入れる。その後ろからトリスタンも遠慮がちについていった。
「・・・うわー」
ソニアの第一声。
「気持ち、悪い」
それはまことにストレートな言葉といえよう。
隠し部屋の割にはなかなか広さがあり、布をかけられている死体がざっと20体ほど床に横たえられていた。
何をどう作用させたのか、死臭自体はない。
ソニアは好奇心にかられてそっと布をめくってみると、死体達はみな若い男性のもので、全員全裸状態になっている。
「実験に使っていたのか。さすがに、外傷がないものを選んでいるんだな」
「ソニア殿!」
あわててランスロットは叫んだ。
「なんだ」
「あまり女性が」
どういおうか、とそこでランスロットの言葉は止まった。目の前で若い少女が自分と同性の全裸死体を見ている、というのはランスロットにしてはいささか困りものだ。多分、ソニア自身はどうとも思っていないのだが、少なくともその後からトリスタンが入ってきているのだし。
「え?」
ソニアは驚いたようにランスロットを見る。
「その。必要があれば仕方がないが、今は、そうではないのではないかな。あまり、好ましくないと、思うが」
そのランスロットの言葉でもソニアは一体何を言われているのかわからなかった。ただ、もう一度そっと自分が目にしていた死体に視線を移すと、そこには剥き出しの、あまり女性が見るべきものではない(と思われる)部位があることにようやく気付く。
「・・・あ、そ、そういうことか。すまない、その、あまり、気に、してなくて、その」
あまりの自分のその愚鈍さにソニアは彼女にしてはめずらしく真っ赤になってうろたえた。困ったようにそっと死体にかかっていた布を直して、照れ隠しかずかずかと奥に歩いていく。
その後姿を見て、どちらかというと恥ずかしいのは自分の方だ、とランスロットは息を深くついた。
まったく、いつもながらにこの少女の鋭さと鈍さのバランスは彼の心臓に悪いこと甚だしい。
「サラディン、来たぞ!」
最も奥まったところにサラディンはいた。
見るからにそこは「作業場」という風情の一角だ。
大きな黒いテーブルの上に、なんだかソニアには見たことがないような道具が並んでいた。
が、一目でとりあえずそれらは魔導に親密なものなのだということくらいは理解出来る。
黒い香炉、土色をした粉がはいった瓶、透明な液体がはいったピッチャーがみっつ。
それから、紫色の粘土のようなもの、あまり馴染みがない大きな植物の葉がたくさん。
黒い羽根 。白い羽根。そして魔術書らしきものが山積みになっている。
「ああ、待っていた」
「ここで、死者の秘法とやらを」
「研究していたようだ。更に奥にもう一部屋ある」
「そうなのか」
「そこは、出来そこなった死体置き場らしい」
「・・・見たくないな」
「見ない方が良い。ソニアが見ても何もわかるものはないだろう」
ソニアの脳内にひらめくのは、アルビレオと戦ったときにアルビレオが不完全な生命体として魔法陣から呼び出した、グロテスクな、まるで黒い粘土で作った、赤ん坊とすら言えない生命体のことだった。
サラディンの杖がそれをつぶしたときの音は、今でも覚えている。
「ひとまず、これを使って死者を蘇らせる術は完成していたようだが、単体に対する力しか封じ込められていないようだ」
「うん?」
「昔の文献で、死者の杖、と呼ばれたものだ。これをまずは復活させることに成功していたらしい」
「死者の杖」
サラディンはソニアにそう告げて杖を渡した。
後から入ってきたトリスタンがランスロットの傍にそっと姿を現す。
「これは、どう使うものなんだ?」
「残念ながら、というか幸いにも、というべきか。死んだ者を生き返らせるのではなく」
「うん」
「生きている者を、死者にする、ネクロマンシーの術を行使する時に使われる。が、これ単体では意味がない。死者と対話するために用いられるものだ。これを生きている人間に使えば、ネクロマンサーと呼ばれる、よりいっそう暗黒の力を手に入れた魔導士となることが可能だ」
「暗黒の力」
重々しくサラディンは頷く。
「各種魔法に長け、より短時間で多くの詠唱を完成させる能力が備わることだろう」
「それが、暗黒の力だというのですか」
いぶかしげにランスロットが眉根を潜める。サラディンの言葉を聞く限りでは、あまり暗黒の力と密接に関係があるとは思えない。
確かに死者との対話云々に関して言えば、暗黒道に近い話だとはわかるが、各種魔法に・・・のくだりだけでは彼らにはあまり意味が伝わらない。
「素早く多くの詠唱を完成させる手伝いをする力が、暗黒の力なのだ」
「・・・暗黒の力、っていうのが、よくわからない」
「そなた達も存じておろう。ソニアは当然わかっているはず。死んでしまったものたちが、生きとし生けるものをうらやみつつ亡霊として彷徨っている。それらのものどもは、生きている人間を自分達の仲間にしようと、常にそのうらみつらみで満ちておる。それらの気を利用して、生きてる人間から命を奪おうとする。それが、詠唱を早く完成させ、かつ、巨大な魔法力を発動させるエネルギーの一端を担うのだ。そういう術がこの杖に込められている。しかも、相当な魔力が備わったものにしか使えない。ある意味・・・ドリームクラウンと似ているものだ」
「・・・ドリームクラウンと」
「あれは、人に人ではない力を与える。そしてこれは、人を、人ではないモノに変化する力を与える」
サラディンは淡々と語る。
「人ではなくなるのか?」
「人としてのモラルを心に強く持たぬ限り、この杖によって力を得たものは術を行使するたびに暗黒の生物に近くなる。オミクロンは死者の秘法のみならず、この杖を作った次には死者の指輪を作ろうとしていたのだと思う」
「死者の指輪?」
「死者の杖によって強大な魔法力を得た後に、次は暗黒の力により強大な生命力を得て更なる殺戮を繰り返しつづける強靭な体躯を得るためのものだ。その体はアンデッド達により近づく」
難しい、とソニアは妙な顔つきでランスロットとトリスタンを見た。
もちろん二人だってサラディンが何を言っているのかよくわからない、という風に眉を寄せたまま表情を緩和させることが出来ないままだ。
「死者の指輪を使ったものは」
「うん」
「肉体自体が、変化する。そして、もとの自分には一生戻れない。人ではないものになってしまう。その力を手に入れるには普通の人間では何分刺激が強すぎる。そのため、死者の杖を使い、ある程度暗黒の力に体を馴染ませておくことが必要でな」
「・・・うーーーむ」
そこまで言われてもよくわからない。
それはそうだろう、とサラディンは苦笑を浮かべた。
「つまるところ」
「うん」
「この杖は、人に人以外の力を与え、そしていつか人ではないものに変化させてしまう、その準備をしてしまうものだ。しかし、使えばとても大きな戦力を手に入れることが出来る」
「・・・ふん」
ソニアはおもしろくなさそうにそう言って杖を眺めて、それからサラディンにそれを返した。
「これは、そのまま捨てればいいものなのか」
「誰ぞの手に渡るかわからないものだ。折れば良いのかどうかもよくはわからない。焼けばよいのかもしれぬが・・・いらない、ということだな?」
「うん。いらない」
「後悔することになるかもしれなくても?」
「後悔なんてしない。ああ、ユーシスに聞けばいいのかな。こういうことは。暗黒の力が込められたものは、天使あたりが祓ってくれるかもしれないな」
サラディンは彼独特の視線をソニアに投げかけた。
念押しだということがソニアにはわかる。
「いらないよ。うん。あたしが欲しい強さはそういう強さじゃない」
「プリンセスは良くても、これは、いらないか。死者の指輪を手にいれて行使しなければ、一応、人間ではい続けることは出来るのだが」
ソニアは肩をすくめた。
「いらない。でも、この先持っていて、なんらかの誘惑に負けるかもしれない。だから、ここで処分していきたいんだ」
「心弱いことを」
そう答えたサラディンの瞳をソニアはみつめた。
わかっているくせに、という気持ちが、サラディンにはきっと伝わっただろう、と思いながら、ゆっくりとソニアは言葉を返す。
「・・・人間だから」
「うむ。最も正しい答えだ」
そのサラディンの返事にようやくソニアは嬉しそうに小さく笑顔を見せた。
やはり、わかってくれたのだ、と理解者を得た喜びに近い笑いだ。
「それで、いいよな、ランスロット。天使と契約を結んだ挙句に暗黒に近い力を手に入れようなんて、そんな馬鹿げたこと、考えないだろう?」
「決めるのは、そなただ。わたしは、そなたの決定に従おう」
ランスロットは穏やかにそう告げるだけだ。いささかそれだけの言葉ではソニアは不満足そうではあったけれど、彼らしい物言いといえば確かにそうだ。
「サラディン殿」
トリスタンがおずおずと声をかける。
「ゼノビア皇子よ、何か?」
「あなたは、その杖をご自分で行使したい、と思われないのですか。相当な魔力が備わった者でなければ使えないと先ほどあなたはおっしゃっていた。僕はまだこの反乱軍のことを隅々まで知るわけではないが、あなたほどの魔法の使い手は多分いないのだと思える。あなたご本人はどうお考えなのですか」
「なんで皇子はサラディンに敬語なんだ?」
ソニアが当たり前の疑問を口に出す。
「サラディン殿は賢者と呼ばれてもおかしくない人物だ。そうであれば公の身分はどうあれ、僕としては敬いたいのだよ」
「・・・?」
ソニアには難しい話だったらしい。
サラディンは首をゆっくり横にふってトリスタンと会話を続けた。ソニアをまったく見ずに話を続けるのは、彼が今から口に出す内容は、ソニアはもうとっくに理解しているに違いない、という気持ちの現れだが、もちろんそこまでまだトリスタンは知るはずもない。
「わたしごときにそのようなお言葉、それはまったくもって必要ない気遣い。皇子のおっしゃるとおり、わたしであればこの杖を行使し、ネクロマンシーの称号を得ることが出来ましょう。しかし、暗黒の力を手に入れたいと思うのであれば」
ことり、とサラディンは死者の杖をテーブルの上に置いた。
「25年前、わたしは我が師ラシュディと共にゼノビアを滅ぼし、今、あなた方と敵対しているに違いない。わたしの生き方は、そうではない・・・それが、答えでは不服でしょうか」
「・・・いや、十分過ぎる。申し訳ない、あなたを疑ってしまった」
トリスタンはサラディンへの非礼を詫びた。
ソニアはその二人のやりとりにはもはや興味がないように、勝手に話をすすめた。
「ランスロット、ユーシスを、呼んで来てくれないか。それから、一段落したら西の島にいってくるから、カノープスと、あと何人か適当にみつくろって連れて行く。ランスロットが選んでくれ」
まるで当たり前のように西の島の話が出てきて、まったく、もう少し前ふりがあってもよさそうなものだが、とランスロットは心の中で呟いたけれど、それもソニアらしいことだ、とも思った。
「・・・とりあえず、ユーシス殿を呼んでこよう。西の島のことは、またその後で」
「わかった」
空を飛ぶ魔獣を使った方が移動は速いというのに、またそこであえてカノープスの名をあげるあたりが、ソニアの気持ちの落ち着かなさを物語っている。さすがのランスロットでもそれに気付き、しかしそのままソニアの意見を通すわけにもいかず、保留にする形に落ち着いた。
以前だったらきっとソニアも「また後って、なんだ。何が悪い」と噛み付いたかもしれないが、トリスタンが仲間になってからは多少勝手が違うことも重々承知している。
失礼する、と一声かけて出て行くランスロットの背中をみて、ソニアは苦笑いを浮かべた。
まだ会話が続いているサラディンとトリスタンには、彼女のそんな表情はきっと見えなかったのだろうけれど。


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モドル

あたくしは非常にゲームキャラの、自分の脳内イメージと、エンディング時に彼らの言葉遣いのギャップが激しくてED見てひっくり返っちゃったような人間なので、著しくサラディンやユーシス、そしてトリスタンのキャラメイキングが違うと感じる方もいると思います。あとランスロットとウォーレンすら。(ランスロットについてはシエラバージョンの方が自分の最初のイメージだったんですが)一応お断りをここで。