人の試練-7-


ソニアが考えていたとおり、ユーシスは死者の杖を正しく廃棄をしてくれた。
やはり一定以上の魔力が封じられているものを「捨てる」ということは簡単には出来ない、いや、簡単にはしてはいけないことらしい。
古き時代に今よりも魔法の力が浸透していた時があったという。
長い時間を経ても尚、その当時の魔法アイテムが今もなお現存するのは、ひとえに正しく破棄されなかったものが復活をしたものなのだとサラディンはソニアに話した。
彼の石化を解いた光のベルと呼ばれるお宝もその最たるもので、今現在あのベルを作ることが出来る人間が存在するのかどうかもわからない、という。まあ、それだからこそ宝物殿に大切にされていたのだろうが。
とりわけ、極端に暗黒の力を封印したものはサラディンの話のように彷徨える亡霊達からのエネルギーを吸収することにより、破棄したと思っても非常に復活しやすい、まあ、ひらたくいえばしぶといものだ。
それらを完全に破棄するには、天使たちの浄化の儀式が最も安全なものだといえるらしい。
ソニアはぼそっと「まあ、契約を結んでよかった、ということにしておくか」と呟き、それを聞きつけたオーロラが苦笑いをしたものだ。
ウォーレンからの使者が到着した、という報告をうけ、ひとまずソニアはアンタンジルに行く準備もかねて、本拠地を守っていた兵士を南下させ、カンダハルに呼び寄せた。
オミクロンは自治についてはあまり熱意がなかったらしく、驚くほどあっけなく自治についての残処理を終えることが出来た。
この地方はもともと都市が北部に密集しているため、そもそもそれを統治するオミクロンのみが南西部にいること自体が、そのことを如実に表しているといえる。
結果、どちらにしても北部の都市同士で今後の自治について話し合いの場を設ける、ということがこの地方での最も建設的な残処理方法だということになった。オミクロンを倒した翌日の午前中には、既に各都市の代表から念書を受取り、反乱軍の指導のもと自治を行う、という意向であることを確認していた。他の帝国領と取引があった流通については、既に反乱軍が平定している地方からのもので補う手配をする約束をしたのち、自治に対しては完全に当面は反乱軍がノータッチであっても問題ない形にまとめることに成功はした。
おおよそ、それが形になった頃に合流したビクターが中心となって率いてきた留守番部隊達もまた、ユーシスの姿を見て大きなどよめきを起こしていた。
ソニアが「ありきたりだな」なんてコメントをすると、フェンリルが「みんな普通の人間だから」と辛口のコメントを返す。それは逆を言えばソニアが普通ではない、という意味を含む言葉だ。
部隊長クラスの人間を集めて今回の進軍の報告とこの後のアンタンジル進攻について、それからマラノの様子について話をすることになった。相も変わらず面倒なことを嫌うソニアは、とにかく人々を一室に集めて床に座らせる。トリスタンが仲間になったことで多少気をつかっていたはずだが、逆に「皇子は大丈夫」と判断をしたらしく、「適当に座ってくれ」と言ったきりだ。もちろん、ソニア以外の人間はそういうわけにもいかず、室内にあった椅子をやはり優先的にトリスタンに回すのだが。
マラノからやってきた伝令は、ウォーレンからの書状を持ってきていた。
あの占星術士は一体どこまでの力を持つのかいつもまったくもって謎だけれど、ソニア以外の人間には開けないような印とやらを記した書状だ。
そこには、ウォーレン、アッシュ、ラウニィーらを中心としたマラノ自治回復の報告と、マラノ以降の進攻について、そしてシャングリラの動き、最後にバルハラ平原の話が綴られていた。
これで終わったかな、と思うと、最後にいささか小さな文字で、さっさとアンタリア大地に移動してしまったことに対して、冗談めかしたうらみつらみが書いてあって、ソニアはみなの前でげらげらと笑う。
それでも自分の選択をウォーレンが一応は受け入れてくれたことに感謝をしつつ、いつもどおり迅速にソニアは進攻について皆に話した。
まったく、最近のソニアは。
ランスロットはそんなソニアの姿を見て物思いにふけっていた。
もともと聡い少女だとは思っていたが、以前にも増して多くの知識を吸収して更に経験を積んだせいなのか、何をするにも説得力がある決断が早くなったと思える。
その上評価すべき点は、決してそれを軍の決定事項としてではなくて、自分の意見は、という形で提示することを忘れないということだ。多分皆は気付いていないかもしれない。
上の決定事項に従うだけ、の軍隊がほとんどというこの世界で、ソニアは非常に優秀で、人々の頭を押さえつけることを出来るだけ回避をしている。いや、たとえそういうことがあったとしても、人徳なのか、性別のおかげなのか、そう思わせない力を持っている。
けれども、懸念すべきはトリスタンのことだ。
ゼノビア王族の血は、たったそれだけでも人々の頭を抑えつける力を放ってしまう。
この先、皇子の扱いをどうするか、がこの軍の課題になっていくのだろう。
ついつい、そんなことを思い悩んでしまう。しかも、これはいつか発生すると以前から承知していたことだ。
それのみならず、ランスロットは最近時折感じる胸騒ぎに似たものが、また心の奥でもやもやと動き出していることに気付いていた。
「・・・で、いいよな?ランスロット」
「・・・」
「ランスロット」
ソニアの声が、彼の思考の中に突然入ってきた。
「あ、ああ。すまない、少しぼんやりしていたようだ」
しまった、とランスロットは彼にしてはめずらしく狼狽した表情を見せる。
「疲れているのか。めずらしい」
「いいや、大丈夫だ。申し訳ない。西の島に行くメンバーを決めていたのだったな」
一斉に皆がランスロットに視線を集中させる。軍議の最中にランスロットが少しでもぼんやりしていることなぞめずらしいからだ。
「うん。ランスロット、ここで皆をとりまとめていてくれ。あたしはフェンリル様とささっといってくるからさ」
「くれぐれも、そのままシグルドへ行ってしまわないようにしてくれ」
そのランスロットの言葉も無理はない。はじめのオルガナ行きは、あれよあれよという間にカオスゲートが開かれて、予定外のメンバーで天空に放り出されたのだから。
「カノープスと、ユーシスと、フェンリル様と、あと一人誰か・・・誰にしようかな。さすがにスルスト様も、ってのは欲張りすぎだな・・・」
「何かがあったことを考えて、プリーストを」
「うん、じゃ、オーロラを連れていってもいいか」
「ああ」
「わかった。それじゃあ、そのメンバーで行こう。ランスロット、留守は頼んだぞ」
そういってソニアは立ち上がった。
「承知した」
ランスロットはそうは答えたけれど、心の中に残る様様な懸念がわずかながら表情に表れていたらしい。ソニアは眉根を軽く寄せて彼を見た。
「あ、いや、問題ない。老婆心で。既にウォーレン達と分断されている状態だから、特にそなたには慎重に行動して欲しいと思ってな」
「もー。まったく、あたしときたら信用がないものだ」
そういって笑うソニアではあったが、ランスロットは曖昧な表情を彼女に向ける。
「ユーシス、フェンリル様、半刻後に出発しましょう」
「承知」
「わかりました」
「ビクター、すまないが、オーロラとカノープスにその旨を伝えてくれないか」
「はい」
「では、解散」
ソニアがそう言って床から立ち上がると、部隊長達も一斉に立ち上がり、どやどやと室内から外に出て行く。
その波に逆行してランスロットは少し申し訳なさそうな表情で、皆を見送っているソニアに近づいた。
「どうしたんだ、ランスロット、おかしいぞ」
「いや、その」
「うん?」
わたしも、そなたについていってはいけないだろうか。
その言葉を発しそうになって、ランスロットは一拍おいた。
無理な話だ。
「皆が不安に思う。あまり長居せず、帰ってきてくれ」
「わかってる!なんでそんな、口うるさいんだ、ランスロットは〜。信用ないんだから」
「信用はしている。だから、早く帰ってきて欲しいのだ」
「そんな、留守番する子供みたいに」
そういってソニアは肩をすくめるが、ランスロットはその言葉に反論はしなかった。
「トリスタン皇子が」
思いも寄らない名前がランスロットの口から出てきて、ソニアは怪訝な表情をみせた。
「ああ?」
「外交的には、今回オミクロンを倒したことになっている」
「そうだな」
「反乱軍内部から「そうではない」と否定意見を出さないために、内々にも一応、皇子が活躍なさったことになっている」
「ああ」
「・・・だから」
「・・・そこは、ゼノビア騎士としては、いい機会だ、と喜ぶべきじゃないのか」
ソニアは冷静にそう言い放つ。ランスロットは首を横に振った。
「まだ、早すぎる。確かにそなたは私に留守を任せている形ではあるが、心無い人間が見れば、わたしをゼノビアの騎士として、皇子に」
「それは、ランスロットがそう意識しているだけであって、そんなにまだ皆は思ってはいないよ」
ソニアはすとん、と床に座った。それは、どうも話が簡単にはいかないな、と思っているということを示す。
申し訳ないと思いつつもランスロットもその場に座った。ドアは開け放したままだ。別に密談でも何でもないことを示すためにはそういった配慮も必要になってくる。たとえ内密の話をしているとしても。
「反乱軍内部は、ユーシスを仲間にして天使と契約をしたことに対して浮き足立ってる色が強い。ランスロットと皇子を残していくからって、反乱軍が、ゼノビア軍寄りになった、なんて風に感じる人間はいない」
「そういうことだけじゃない」
ランスロットは首を横にふった。
「聡いそなたが、何故気付かないんだ。ユーシス様にフェンリル様、それにスルスト様、という人員選択は、そなたが嫌っているように・・・人ではない、人々ばかりで・・・そなたがまるでその・・・」
「慎重にはするが、ランスロットが懸念しているように、オルガナ行きのようなことになる可能性だってゼロではないだろう。ムスペルムに行くときは、もうブリュンヒルドの使い方がわかってスムーズだったけれど、誰もそれが100パーセントのものだと太鼓判は押してくれない。そんでもって」
ソニアは嫌そうに口元を歪めた。
「もし、万が一間違いでも起きてシグルドに行ってしまって。まあ、オルガナやムスペルムは運良く三騎士がいる館から離れたところに出たからいいものの・・・カオスゲートは一方通行で、戻るゲートを探さなければいけない。それをしている間にフォーゲル様と対峙することになったら、それが一番ヤバイ話だ」
「やはりそこまで考えて」
そんなことは皆の前では一言も言わなかったくせに。
はあ、とランスロットは深い溜息をついた。
「だったら尚のこと。もしそんなことになったら、我々はここに立ち往生だ。アンタンジルにいったところで、ブリュンヒルドとそなたの力がなければ・・・」
「そのときは、ランスロットがウォーレン達と合流してくれ。フォーゲル様をどーにかしてから、あたし達はアンタンジルに行けばいいだけだ・・・だから、ランスロットにしか頼めないんじゃないか。それに、この可能性なんて、そんなに高くない。ただカオスゲートを確認して、戻ってくる。それだけだ。ユーシスとフェンリル様と行くのは、まあ、今いったみたいにシグルドに間違えていってしまったときのためでもあるけれど、それを未然に防ぐための力にもなって欲しいからだ。それぐらい、言わなくたってランスロットはわかってくれると思っていたのに」
そう言ってソニアはふてくされた。
「・・・本当は」
ぼそっとランスロットにしては、あまり相手に配慮がない、くぐもって聞き取りにくい呟きを漏らす。
「オーロラではなく、わたしを連れていって欲しいとすら思うのだが」
「だってそれは」
「わかっている」
それは無理なことだと重々承知だ。今までの経緯でも、ソニアが不在の反乱軍を率いることが出来るのは、ランスロットとウォーレンだけだ。今は100歩譲ってアッシュといったところだろう。
ランスロットが言うようにウォーレン達と分断されている今、ソニアとランスロット、というように、仮でも人々の上に立って率いることが出来る人間が同時に本隊を離れることは許されない。
「それに、これはわたしの自己満足で、実際共に行ったとしても何を出来るわけではない。だから、フェンリル様達に任せることが一番だと、知っている」
ランスロットはまるで自分に言い聞かせるようにそう言った。
「それでも、人によっては・・・こういうことが続けば、普通の人間である自分達とそなたの差異を」
「そういう言い方をするのか」
ソニアはランスロットのその言い方が勘に触ったらしく、嫌そうな声音で答えた。
しまった、と思いつつも、そういう以外の言葉はきっと自分にはなかったのだろう、と自らの表現力の貧弱さにランスロットは内心舌打ちをするが、もちろんソニアにはそれがわかるはずもない。
「そう感じる人間がいるだろう、という意味だ」
「わかってる。あたしだって、そう思われたくなくて、今までぐずってたんだ、わからないわけがないだろう!」
前髪をかきあげ、ソニアは唇を尖らせた。
「じゃあ、どうしろっていうんだ、ランスロットは!」
「・・・どうしろ、とは言っていない。ただ、長居しないでくれ、と頼んで、その理由を述べただけだ」
「あたしだってそうしたいとは思っているんだ」
「そなたはわたしに、それくらいわかっていると思った、といったが、わたしはわたしで、そなたがどこまでわかっているのかを、完全に理解出来るわけでもない。だから、念押しをしたかっただけだ」
が、ランスロットのそのフォローはソニアには届かなかったようで、久しぶりの癇癪が爆発したように彼女は叫んだ。
「あれもこれもあたしがいかなきゃいけない、しかも、思うとおりにことが運ぶ保証は誰もしてくれない、そしたら、こうするしかないじゃないか!ほんとは、あたしだって、ランスロットに一緒に来て欲しいんだ!どーすりゃいいっていうんだ、ランスロットはあたしが皇子を連れていけばいーとでも思ってるのか!?下手すりゃシグルドにいっちゃうかもしんないっていう状況に。ゼノビア皇子をそんな危険な場所につれていけるか!カオスゲートに近づくってことは危険に近づくってことだ。今までは本隊がまとまっていたから何部隊も派遣できたが、そういうわけにも今はいかない。だったらフェンリル様達の力を借りるしかない・・・何もおかしくないじゃないか。なのにいちいち早く帰って来いとか、つれてけ、とか・・・ランスロットなんか嫌いだ!」
内容がいささか支離滅裂になっているが、ソニアはまるで捨て台詞のようにそう叫ぶと立ち上がって部屋から出ていった。
ああ、やっぱり・・・といささか途中で予測が出来たランスロットは、その年齢に似合わず落胆の表情を隠すこともなくさらけだし、小さな背中が部屋から出て行く姿を見るだけだ。
そこまで荒立てるような話ではなかったのに。
ただ。
「・・・なんということだ」
ただ、自分は心配だったのだ。
あれほど、人ではない力を持つものとして特別扱いされることを嫌っているソニアが、その人ではないものたちの力だけを頼って西の島に行くということが。
そして、それを見た人々がどう感じるのか。
自分が彼女と共にいくことで、何の変哲もない人間を、ソニアがきちんと頼ってくれるのだ、というアピールを人々に出来るのではないか、とすら思っていたのに。その役目はオーロラでは不十分に思える。
ふう、と溜息をついてランスロットは立ち上がった。
違う。そんなことは後付けで理由を引っ張り出したに過ぎない。
ただ、自分は、なんとなく心配なだけだったのだ。
あの少女が、また悲しい気持ちになることが待っているような、そんな予感がして。
「占い師でも預言者でもないのにな・・・」
心配をしすぎて、そして怒らせてしまうことになった。
うまくいかない。
ああ、そうだ。まったくだ。
彼女が辛い思いをしているときは、何もうまくいかない。
いや、うまくいっているふりをすることで、また、あの少女は傷つくのだ。
それだけは、間違いないように彼には思えるのに。

ユーシスがフェンリルを、カノープスがソニアとオーロラを抱えて飛んでいる。
空はどんよりと曇っていて気分が良いとはいえなかったけれど、多分ユーシスも、雨は御免だと思うんじゃないのかな、なんてことをソニアは思ってた。
「ユーシス様、寒くはないのですか。そういった感覚は、ないのかもしれませんが、下界ではどういう状態になっているのかわからないもので」
カノープスの力強い翼の音が絶え間なく耳に入ってくるが、会話はほのかに聞こえる。
フェンリルがユーシスを気遣って発したその言葉を聞き、ソニアは驚きの声をあげた。
「フェンリル様が、敬語を!」
「当たり前だ。ソニアが間違っている。わたしやスルストに敬語を使っているくせに、何故ユーシス様には」
「ええ!?いや、だって、フェンリル様やスルスト様が偉いのはわかるけど・・・天使って、偉いのか?」
そうカノープスに聞くと、カノープスはおもしろくもなさそうに
「知るかよ」
と平然と答える。カノープスこそ何一つ気にせずに「おい、スルスト」といったように、誰と話すのとも変わらない態度をとっている。
「天使様は人ではありませんし天の神に近い存在ですから、三騎士様より位が上と感じるのが普通ではないかと思うのですが」
とオーロラが困ったように言う。
「気になさらないでください」
「だって、ほら、ユーシスの方がフェンリル様より、偉そうじゃないんだもん。それに、天使の何が偉いのか、あんまわからない。天の父に近いと、偉いのか?だってオウガバトルでは天使なんて欠片も出てこないじゃないか。天の父と三騎士が下界を救ったんだろう?」
「本当に馬鹿な子ね」
フェンリルはあっさりとそう言い放った。

封印の儀式を行っていたという、アンタリア大地の西にある島に一同は降り立った。
上空からは特に住民が住んでいる様子は見当たらなかったが、実際に着陸して辺りを見回すとぽつぽつと居住跡があることがわかった。
「住んでいた、というより・・・儀式のために仮に設置していた、という感じだな」
その跡地に残ったぼろぼろになった建物は、決してつくりが丁寧ではないことがわかった。
あまり大きくない島とはいえ、ぐるりと歩いてすぐに一周出来る、というほどでもない。
が、とりあえずは儀式が行われていたという島の中心部で彼らは探索をしていた。
岩場が多い場所だが、あちらこちらに広い平地もある。
今までの例で行けばカオスゲートは平地にあるはずだ。そこに、まるで誰の目にも見えない魔法陣が実際には書かれているような、そんなイメージだ。
ブリュンヒルドがその魔法陣を呼び覚ます役割を担っているのだろう、とソニアは思っていた。
平地とはいえ、乾いた荒れた土地で、地面のそこここにひび割れが見られる。
時々吹く風が地面をなでて砂を走らせる。
しばらくしてユーシスが
「ああ、近くにカオスゲートがありますね」
と、そのものすばりの答えを出した。
「わかるのか」
「ええ、わかります。一種の扉・・・天界と下界を繋ぐ扉ですもの。まあ、三騎士がいる場所は厳密に言うと天界とはいえないですけれど」
「・・・また・・・」
フェンリルがぴくりと反応をしてソニアの方を見た。
さすが、もともとのブリュンヒルドの持ち主、敏感だな、なんて思いつつ、ソニアもそれへ苦笑を返し、腰につけたブリュンヒルドを引き抜いた。
「わあっ、なんだそりゃ!」
カノープスが声をあげる。オーロラもまたも驚いて言葉がないようにブリュンヒルドに目を奪われる。
ブリュンヒルドはまたも白く発光していた。それから、キィィィン、と刃鳴りのような音を突然たてる。
「きゃ・・」
オーロラは耳を塞いで、眉根を寄せた。目がそらせない。
神々しい、という言葉はこういうときに使うのだろうか?
ユーシスを最初に見たときにうけた印象とそれは似ている、と思う。
なんの力もない普通の人間である自分から見れば、何かの力をもっている、人とは異質なものを見ればみな似ているように見えてしまうのだろうか・・・?
そんな風に畏れに近いものを感じた瞬間
「うるさい!」
子供をしかりつけるようにソニアは剣に向かって言う。
「今は、カオスゲートを開かないんだ。おとなしくしていろ」
可哀相に、ブリュンヒルドはそのまま鞘に収められる。
「制御出来ているようね」
フェンリルがそういうと、ソニアはおもしろくもなさそうな表情で肩をすくめた。
「のでしょうかね?」
「その分なら間違えてカオスゲートを開く、なんて惨事にはならなさそうだわ。よかったこと」
「お前、その剣、しつけてるのかよ」
と、カノープスは笑うが、ソニアは表情を強張らせたままフェンリルを見る。
言おうかどうしようか。そのためらいが彼女にあることは、その場にいる全員がわかるほどのものだった。
「こいつは、生きているんですね」
その問いに美貌の女騎士はすぐには答えず、ソニアを正面から見つめた。
「カオスゲートに近づけば反応する、ユーシスに近づけば反応する。それらは全部、天界に近いものだ」
「そうね」
「その反応に間違いはいつもない」
「ソニア」
ぶっきらぼうにフェンリルは言った。
「あなたをその剣が選んだのも、間違いはない。だって、あなたが手にいれている、人々を上級職へ導く力だって、天の力でしょう。言っておくけど、それを今更否定するのは意味がないことだ。多かれ少なかれ、始まりの時点であなたは天の力を受け入れて、天使を軍に引き入れなかったとしても天の力を行使している。そんなことは、聡いあなたはわかってることだろう」
あまりにもストレートに今のソニアの複雑な心境を見抜いたようにフェンリルは言う。
まったく、いつも通りこの人は手加減がない人だ、とソニアは嫌そうな顔を向けた。
「フェンリル様は、いいんですか」
「何が」
「下界にこの剣を託したことで、フェンリル様は罪を負ったじゃないですか」
「そうね」
「でも、その下界の人間に今は天が力を貸そうとしている、いや、それどころかあたしが洗礼を受けたときのように・・・ダイレクトに向こうからやってくる」
ユーシスは悲しそうな表情のまま、唇を引き結んで黙っていた。
が、当のフェンリルは「それで?」と言いたげな、わずかにけだるそうな態度のままだ。
「そしたら、フェンリル様のそれまでの罪の時間は、どーなるんですか。おかしいじゃないですか。あたしがブリュンヒルドを持ってフェンリル様のところに行く前に、すでに天の神はあたしにその、天の力とやらを授けようと接触してる。にもかかわらず、あたしがこの剣をもっていくまで、フェンリル様は罪人扱いだ」
「それを今わたしやユーシスに言って、どうなる。どうする気だ。無意味だ」
そうきっぱりと返されて、ソニアは言葉を止めた。
沈黙が流れた。
風が吹いて、足元の砂埃が舞い上がる。
ソニアは眉根を寄せたままでフェンリルを見つめ、そしてフェンリルはその視線を気にもしていないようにどこか辺りを見ているようだった。
「えー、と」
カノープスがなんとかこの場を取り繕うとするが、フェンリルとソニアだけならば「難しいこたあ、俺にはわからねーけど、そんな色々考えることねーだろ?」と言えた。けれども。
ソニアは今、フェンリルに言葉をぶつけることで、ユーシスに対しても問い掛けているのだろう。
それを感覚的に理解してしまうカノープスは、めずらしく言葉をそこから続けることが出来なくなる。
もちろん、そんなときにオーロラが口を挟めるわけでもない。
「フェンリルもまた、試されていたのです」
ユーシスがためらいがちにそう告げた。
「三騎士はもともと人ですから。例え、今は人ではなくとも、それは肉体の話。精神を変化させることは、誰しも出来ない、いえ、やってはいけないことです」
「・・・意味がわからない」
フェンリルもまた?
「ユーシス様、やめてください」
「フェンリル、教えてあげなければ。この小さな人に」
小さな人、とはえらい言われようだな、と思うけれど、ソニアは黙ってユーシスの言葉を待った。
「大抵の人間は、神の使い、天使、と聞いただけで無条件に受け入れるものですが、この人は違う。だからこそ天の神も選ばれたのかもしれませんが、ならば、こちらも説明してあげなければいけません。あなたが嫌ならばわたしから・・・」
それへはフェンリルがめずらしく語気を荒げた。
「無理だ。あなたからのご説明では、ソニアは納得出来ない」
「えっ・・・」
「天使の道理を天使の口から伝えては、人は納得をすることは出来ない」
「・・・そう、かもしれませんね」
「それは、例え肉体が変わったとしても。永遠に近い命を得たとしても、人ではない大きな力を手に入れたとしても」
フェンリルはさらりと銀髪をかきあげた。嫌悪感を出したその表情は、あまりにも人間らしい、とソニアには思える。
「所詮、人は人。そう天の神も思っていらっしゃる。そして、既に人ではない命を手に入れたけれど、人としてわたしは、試されるという屈辱を与えられた。そのことを他人の口からは言われたくない。特に、もともと人ではない者には」
「フェンリル様」
「あなたは本当に昔のわたしに似ている」
観念したようにフェンリルはそう言って、うっすらと笑みを作った。それは憐憫の表情だ。直感的にソニアはそう思った。
「今は、まだ。あなたがフォーゲルまでにも認められた時、話してあげるわ」
「フェンリル様」
「もっともその頃は、あなたも自分で答えを出しているはずだ」
「そうでしょうか」
「ああ。そう思う。ソニアが多くのことを繋げて考えているとおり、たくさんのことは、違うように見えながらみな根本は同じ。だから・・・わたしが、天空の三騎士でありながら罪を負い、それでもその地位を剥奪されなかったように、ソニアも」
「あたしも」
「下界の人間でありながらその聖剣を与えられ、天の父に不信を抱きつつもその力を取り上げられることがない。それどころか、今のソニアはどこからどこまでの力が天の父から、契約によって与えられたものなのか判断つかないだろう。ソニアが鍛練をしていることは知っている。その腕前は確かに飛びぬけている。わたしはそれはソニアの力だと思いたいし、ソニアもそうだろう。でも、そんな保証は何一つない。ソニアを冠することで反乱軍は動き出したのだろうけれど、それは下界の人間達だけの話ではない」
「!!」
その言葉にソニアは固まった。
まいった。
フェンリルが言うことは正しい。
どんなに人として持ちうるはずではない力を手にしても、それを「いらない」とソニアが口で言ったとしても。
たとえば上級職へあげる儀式を行使する力、たとえば、特殊なカードを使用する力、たとえば、勇者の証であるティンクルスターに認められる力。簡単に言葉に出来るものを「いらない」ということはたやすい。
けれど、それ以外に何かしらの恩恵を自分がうけていない、と言い切ることは難しい。
「いけません。フェンリル。生きることが・・・」
ユーシスは慌てて二人の間に割り入った。
「それ以上を言えば、生きることが、難しく、なります」
「そんなことはない」
それへはきっぱりとフェンリルは言い放った。
「ソニアは、命を失うことがなんとたやすいか、生きていくことがなんと難しいかを、よく知っている。今更、自分の存在意義やらなにやらを思い煩って立ち止まるような子供ではない」
そういってフェンリルはソニアに近づいて、彼女の肩にぽん、と手を乗せた。
一方のソニアは唇を噛み締めて、まるで挑むような瞳でフェンリルを見る。
「フェンリル様、あたしは、やっぱり、人ではないものは、好きになれない」
「そうね」
「でも、それを言っていたらいつか」
「ええ」
「・・・いや、なんでもない」
「たとえ何を思い上がっても、ソニアは、人ではないものにはならない。心配することはない」
「そうでしょうか」
「人として、許されない人間になる、というだけだ。ラシュディのように、アルビレオのように、オミクロンのように」
その言葉で、ソニアの表情は緩和された。
いや、それを緩和と言って良いのかはわからない。
寂しそうな、という表現が一番似合うようにカノープスには思える。
「力を持つということは、試され続けることだ」
「・・・そーですね。それは、あたし一人のことではないのでしょうね。可能性をもつ、人間という生き物すべてに対する話だ・・・」
ソニアはふうーと大きく息を吐いた。うつむいて、乾いた大地を見つめる。
オーロラは心配そうにそれを見るだけで、どうしてよいのかがわからない。
けれど、ここに来るためにまた自分を選んだのは、ソニアとしてはもうこれ以上、人だ、天だ、という問答を多くの人間に見せるつもりはなく、自分とカノープスを十分信頼してのことなのだろうな、と昨日から引き続いているソニアの苦渋に気付いている。
「ちっ」
舌打ちするカノープス。フェンリルが知った顔で彼を見て、あごをしゃくるような仕草を見せたからだ。
「あんたに、そういうとこで指図されるのは不本意なんだよ」
「わかってる。そんなことは」
カノープスはソニアに近づいて、ぽんぽん、と後ろから頭を軽く叩いた。
不安そうにソニアは顔をあげ、カノープスに無理矢理笑顔を見せる。
「うん。駄目だけど、大丈夫」
「意味わっかんねーよ」
「あたし自身痛い目にあうのを知ってて、フェンリル様に喧嘩を売ってしまった」
「大したものよ。あなた達のリーダーは」
フェンリルはオーロラに言う。
「天使にも、天空の三騎士にも真っ向から喧嘩を売ってくるだから」
それが褒め言葉だということにオーロラが気付くまでわずかに時間がかかった。
ええ、そうですわ。わたしたちのリーダーは、素晴らしい御仁です。
心の中では誇らしげに思うけれど、それを自分の立場でここで口に出すことは無理だとオーロラは判断した。
「そうまでして、反乱軍を守ろうと思っているんだって、わたしにはわかるけど」
「反乱軍を守る」
オーロラとカノープスにはその言葉の意味が伝わらないだろうな、とフェンリルは苦笑を見せた。
もちろん、ソニアにも自分でそういう意識があるとは思えないし、この反乱軍でそれを気付ける人間はほとんどいないのだろうとも思う。
(あの頃、わたしにはスルストが手を差し伸べてくれたけれど)
それにどれだけ救われたかを、今はまだソニアには言うつもりはない。
もちろん、言わないまますべてが終わるかもしれない、とも思う。
「封印の儀式とカオスゲートは何か関係があるのでしょうか」
ようやくオーロラは口を開くことが出来た。彼らの話の内容を理解することは難しかったが、だからといって口を開く権利を剥奪されているわけではない。おずおずとユーシスに問い掛ける。
答えるユーシスは終始穏やかに、しかし、ただ淡々と事実を述べるだけだ。
「ガルフの封印と、カオスゲートの封印は、どちらもこの地の封印の儀式によって行われていました」
「カオスゲートも、封印を?」
「心弱きもの、心無きものがガルフの封印を軽んじてその儀を行わなかった時。そのとき、天空の三騎士の中、もっとも力を持つフォーゲルのもとに通ずるこのカオスゲートもまた、下界との行き来が出来るように、その封印を緩めると」
意味がわからない、とオーロラは無言で首を傾げた。
「それは保険じゃないか。下界にブリュンヒルドを託すことと同じ。何故」
ソニアの問いかけにユーシスは首を横に振った。
「いいえ」
「どう違う」
「両刃の刃となりうるものは、保険ではありません」
一同は息を殺して、ユーシスの言葉の続きを待った。フェンリルもまた、何をユーシスがいわんとしているかを把握出来ていなかったようで、険しい表情を向けた。
「事実、人の子はガルフを蘇らせた挙句に、封印の緩んだカオスゲートからシグルドに行き、フォーゲルを、そして天空の三騎士を利用しようとしたではありませんか。あなたがおっしゃった保険は何の保険にもならなかった。それどころか天の神の怒りに触れるものとなっただけです」
ソニアの頭の上に乗せられたカノープスの手が、ぴくりと反応をした。オーロラの視線も厳しくなる。
それからもう一度、ソニアは深く息を吐き、目を伏せて。
ただ、風がまた砂埃を巻き上げるだけだった。


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モドル

そろそろおなかいっぱいになる話ですが、あと少しお付き合いくださいませ。
ソニアの心が乱れる時に、ランスロットが未だに役不足であることが悔やまれますが、ソニアの成長と共に、大人であるランスロットもまた成長してもらわなければいけないのだと思っています。