人の試練-8-


一同はカオスゲートの位置を確認し、また、明らかに儀式がここ25年間行われていない、といいうことも確認をした。
ブリュンヒルドはおとなしくソニアの腰に収まり、自分の出番をひっそりと待っていたけれど、ついに今日のところはお目見えすることはなかった。
「どういう経緯で儀式を止めたのかを、調べるのですか」
オーロラがソニアにそう言うと、ソニアは苦笑をする。
「それは今は意味がない。一応調査の手は出すけどね。そういうことはウォーレンに任せておきたいんだが」
しかしまあ、今はウォーレンはここにはいないし、ウォーレンはウォーレンで、ソニアやランスロットに任せたいことを自力でやらねばいけない状態で辟易しているだろうから、お互い様というものだ。
さあ、じゃあ帰ろうか、とソニアがみなに声をかけると突然カノープスががっちりとソニアを脇腹に抱えた。驚いてソニアは妙な声を出してしまう。
「わあ!?」
「んじゃ、ユーシス様とやら、オーロラも頼んだぜ。二人くらい抱えて飛べるよなあ?」
「カノープスっ!?」
ソニアが叫ぶよりも早くカノープスは彼女を抱えて、大きな翼をばさりと羽ばたかせる。そして、彼は力強く大地を蹴った。
「あらあら、いいお兄ちゃんだこと。寄り道しようって魂胆ね?」
とフェンリルが嫌味たっぷりに言う声に対して
「フツーの人間にゃ、息抜きも必要なんだよ!」
なんて叫びながら、彼は曇り空に向かって躊躇なく飛び立つ。
ユーシスは、一体何が起きたのか、と少し困惑の表情でフェンリルを見るが、フェンリルは「はあ」と溜息を軽くつくだけだ。
うん、そのほうが、ソニア様のためになるだろう。オーロラだけが二人を笑顔で見送った。

やばい。絶対。ランスロットに怒られる。カノープスと寄り道なんて。
そんなことを思いながらもソニアは、自分を小脇に抱えるカノープスの腕のぬくもりに安心している自分に気付いている。
もっと強く「駄目だ、帰ろう」と言えばカノープスは自分に従ってくれる。
それがわかっていながら、口に出せないということは、自分が彼に今甘えたいと思っているからなのだろう。
「もー、お前、あーゆーうさんくさいやつらとは関わるなよ」
「胡散臭いって・・・ひどいなあ、カノープス」
西の島から南に向かってカノープスは飛び、適当な場所で降りた。
そこもまた、何もない平地だ。先ほどと違うのは、西の島は乾いた荒地だったが、アンタリア大地は比較的湿地帯が多いということだ。
普通の土の上に見えたが、そこに生えているものは水分が多い土地に生える草だ。あまりそういった場所に腰を下ろすのはカノープスは好きではない。
カノープスはぽつぽつと立っている木の中から適当な大きさのものをみつけて、その枝にソニアを座らせた。
「しょーがないだろ、ほんとに・・・」
「あーあー、わかってるよ。俺なんかは後からあーすりゃよかったんだ、とかこーすりゃよかったんだ、なんて風に口を挟むだけの人間だしな」
カノープスはそう言って、ちぇ、とわざと拗ねてみせた。
ソニアが落ちないように、と腰に回されるその腕の感触に、今まで一度足りとソニアは性的な意味合いを感じ取ったことはなく、むしろそれに対しては完全に信頼していて、安心感を覚える。
「俺はさあ、自分がフツーの人間だから・・・あ、鳥だろ、なんていったらぶっとばすぞ。ま、なんつーか、それくらいの腕っぷしの人間はそりゃーいるよなあ、くらいの力しかないからさ・・・あんま、深いこと考えなくてすむし、お前と違ってご大層な立場とやらもなんもないから適当なことばっか言ってるんだけどよ」
「んーん」
なんとなく、否定をしておきたくてソニアはそう言った。
が、それはまったく何の意味もない相槌で、カノープスは彼が自己申告をしたように、実際にバルタンの中では優れた能力を持っているけれど、人間離れしている、というわけではない。
「お前が心配している力みたいなものは、この戦いが終わったら手放されるものだろ。だから、そんな、心配すんな。さっさと終わらせれば、それでいいだけだ。その後にあの三騎士とやらとか天使が、お前の人生に関わってくるわけ、ないと俺は思うんだけどさ」
「・・・それはわかんない。でも、そういうことじゃーないんだ、カノープス」
ソニアはうなだれた。
「もっとあたしが」
「うん」
「天の父とやらを、馬鹿正直に信じられるほど、そこまで阿呆だったら、こんな風に考えたりしないと思うんだけど」
「だな」
「疑心暗鬼になる。何をさせたいんだろうって。で、自分はその、疑っちゃうよーなモノから力をもらって、反乱軍みんなを巻き込んで戦っているわけで・・・」
空いている片手を使い、わしゃわしゃとカノープスはソニアの頭を無理矢理なでた。
まだ話の途中だ、とソニアは文句がありそうな表情でカノープスを見るけれど
「そーゆー、細かい話がしたくて連れてきたわけでもねーんだけどさ。時間ないし」
「うん」
「・・・いーんじゃねえの。もう嫌だ、って叫んだって、それから、天使だろーが三騎士だろーが、なんだろーがに、みんなの前で喧嘩売ったって。そんでもって、お前がどれだけ力を与えられたって、変に義理立てしねーでよ・・・もう嫌だって。やめたいって、前みたいに口に出したって、いーぜ」
「・・・」
「お前、あんまみんなには言わないし、俺とかにもはっきりとは話してねえけどさ・・・。家族を殺されたうらみだけで、この軍のリーダーやってる、とか、そーゆーこと、言いたくなったら、言っても、いいと思うわけさ」
「そんなの、無理だ。バラバラになる」
「なんねーよ。少なくとも、トリスタン皇子とかが、ゼノビア復興のため、なんて大義名分ふりかざすより、わかりやすくて、そんでもって」
「うん」
「お前と、同じ気持ちのやつは多分、この軍にはごろごろいる。だから、いーんだ。そんな、ウォーレンやランスロットが望むようなリーダーじゃなくたって」
ソニアはカノープスをみつめた。
彼は始終穏やかで、声を荒げずに言葉を続けている。さすがに年上だ、とソニアは思う。
多分これは彼の本音なんだろう。いや、彼はこんなときに嘘をつくことはない。
黙ったままみつめると、彼は小さく笑って
「いーじゃん。もー嫌だっ、て、泣いてもよ」
「カノープス」
「お前は笑ってたほーがいいし、元気があるほーがいいに決まってるんだけど」
「カノープス」
「泣いたりわめいたり叫んだりさ、しないと、笑えなくなることも、たまには、あるだろーし」
ソニアはカノープスの目をみつめた。
そのままびくりとも動かないまま、数回瞬きをすると、突然瞳の奥から涙が溢れてくる。
声を出したくない、と思ったのか、無理矢理閉じた唇の端が、ぴくっと動いて、耐え切れなかったらしい音を漏らす。
「うぐっ・・・」
「ソニア」
彼女が、なんとか嗚咽を我慢しよう、我慢しよう、としているのがカノープスにはわかる。
湧き上がってくる声と息を無理矢理抑えようとしているため、時々鼻がぴくりと動いて、眉根が寄る。
なんとも情けない表情だ。
「わはは、バーカ!なんて顔してんだ、お前。いっただろーが、泣いてもいーし、叫んだっていーんだってよ。ここで我慢したら、なんかいーことあんのかよ!」
「あたしはっ・・・うえっ・・・」
しまった。声を出したら、止まらなくなる。
言葉を出すのを許してくれないほどの嗚咽が口から発せられ、ソニアは、カノープスに何も伝えられないほどの状態になって泣き出した。
カノープス。大好きだ。
頭をぽんぽんと叩いてくれる力強い手。
決してカノープスはソニアを引き寄せることはしないけれど、それでも十分彼の優しさを感じる。
大好きだけど。
でも、ごめん。
「はいはい」
何が、はいはいなんだよ、もう・・・。
「俺には、こーやってさ、お前のスイッチいれるくらいしか、できないからよ。もし、俺がここにいるのが嫌なら、どっか飛んでくるしよ」
「いっ、いいんだ、すぐ、すぐ、泣き止むっ!・・・うえっ・・・」
ソニアは耐え切れずに声を漏らしながらうつむいて泣き続けた。
知っている。カノープスは、時々こうやってソニアの感情を揺さぶっている何かを外に出すスイッチを押してくれる。
ただ、連れ出してもらうだけでそれが出来るときもあるし、ただ、安心してソニアが思うことを告げるだけでそうなるときもあるし、色んな形でそれは行われている。それを本当に感謝しているし、だからこそカノープスと一緒に西の島に行った。
(あたしは、ズルイ)
ソニアは泣きながら頭の片隅でそんなことを考えていた。

ウォーレンやランスロットが望むようなリーダーじゃなくたって

その言葉は欲しかった。でも、ランスロットからそう言われては、きっと失望されたのだと思ってそれも泣けるのだとわかっている。
けれども。
なのに、カノープスから与えられた言葉の数々を、本当はランスロットから与えて欲しいのだ、なんてことを思ってしまった。
それは無理に決まっているのに。
そして、それが無理だとわかっていて、それがランスロットらしい、とまで思ってしまうのに。
それでもソニアは、あの聖騎士から同じ言葉を聞きたい、と願ってしまうのだ。

怒られる覚悟で戻ったソニアとカノープスだが、何故だか彼らを咎める人間は誰もいなかった。
「お帰りなさいませ」
「お疲れ様です」
日は暮れかかり、アンタンジル行きについての話し合いもはっきりとしていないまま、人々は夕飯の配給の仕度をしていた。
怒られにいくかなー、とランスロットを探すソニアとカノープスに
「偵察、お疲れ様です」
なんて妙な声をネルソンがかけてきた。
偵察?なんのことだ?といぶかしげなソニアを見つけて、オーロラが駆け寄ってくる。
「お帰りなさいまし」
「ああ、すまなかったな」
「お元気ですか」
「大丈夫」
「アンタンジル方面の偵察部隊の労をねぎらうために、ソニア様とカノープスさんが顔見せにいっている、ということにしてありますので」
「うわ。誰が」
「フェンリル様が」
まったく、あの人も変なところに気を回すから、とソニアは思う。
「でも、ランスロット様はご存知ですわよ。気がつかないわけがありませんから、フェンリル様がお話くださいました」
嫌そうな表情でソニアとカノープスは顔を見合わせた。オーロラは言葉を続ける。
「フェンリル様は」
「うん」
「ソニア様のことが、好きでいらっしゃいますのね」
そのコメントにはなんとも返事が出来ずに、ソニアは苦笑を見せた。
それは、どうだろう?
いつもの手厳しさも愛情の裏返しだと思えばそうかもしれないが・・・。

「ランスロット。怒られに来たぞー」
呑気にそう言ってソニアは、ランスロットとサラディンがいる場所に首を出した。
オミクロンの隠し部屋から死体を運び出し、戦で命を落としたものとは別の死者の弔いの手配や、行方不明者を探している人間への通達を出すように各都市の代表に連絡をとった後、その、禍々しい部屋に二人は戻って来ていた。
ランスロットはおおよその指示を与えて、自分の所在だけをみなに告げた後、ビクターとガストン、それからノルンに権限を分担して与え、この部屋に来たらしい。
それにしてもさすがに隠し部屋だ。扉は開けるにも閉めるにも全然音がない。薄暗い室内を小さな灯りが照らしている様子がまた、不気味にも思える。
「なんでまた、こんなとこに」
呆れたようにソニアがそういうと、ランスロットは苦笑を見せた。
「いや、何か、シャングリラを止めるのに役立つものがあるかと」
「なるほど」
「おかえり、ソニア」
サラディンは笑いもせずにそう言って、オミクロンが残していった蔵書を漁り続ける。ランスロットは少し離れたところに、壁に背をつけて立っている。
薄暗い室内で、椅子に座って本棚に向かって一冊手にとってめくるとまたそれを戻す。どうやら同じ作業を繰り返しているようだ。
「ただいま。サラディンが前に言ってたよーに、神様とやらが人間を愛してるとはどーも思えないぞ」
「やぶからぼうに何を」
「ユーシスやフェンリル様と問答をしてたら、疲れた」
「そうか」
サラディンは特に意外とも思わないように、そう返事をした。が、どちらかといえば彼は蔵書を探す作業に没頭しようとして、適当な返事をしたのではないかと思える。
ちぇー。こういう話こそサラディンにしたいのに、とソニアは拗ねたように床に座って、ランスロットを見上げた。
「ランスロットはなんでここにいるんだ。サラディンの邪魔にはならないのか?」
「たまにはずるいことをしようと思って」
「は?」
「少しだけ、さぼろうかと」
「ランスロットが?」
ソニアは素っ頓狂な声をあげた。少しばかりランスロットは照れくさそうな表情を向けている。
「・・・めずらしーことを」
「ああ・・・そなたがいないときにそんなことをするのは・・・とは思ったが」
「たまには良い」
とあっさりというのはサラディンだ。
聞いていないようで聞いていたのか、とソニアはちらりとサラディンを見たが、こちらに顔は向けていない。
「ソニアは自分のことでいっぱいだっただろうが、ランスロットもいっぱいだ」
「・・・」
「ウォーレンもいない、ソニアも別行動。しかも、トリスタン皇子は加わって、ランスロットは立場上、ソニアほど皇子に対して適当に手を抜いた態度をすることも出来ない。最もてんてこ舞いしていたのは彼だ」
「!」
ソニアが眉根を寄せてランスロットを見上げると、ランスロットは小さく
「サラディン殿」
と言葉を切らせようと声をかける。
「ソニアは適当に信頼出来る人間を連れてあちこちと昨日今日と動いている。動くことは肉体的に疲労は伴うが、少人数で違う場所にいくのは、気楽なものだ」
「む・・・むうー」
唸るだけのソニア。返す言葉がみつからない、というのはこのことを言うのだろう。
これだったらまだランスロットに怒られる方が何倍もましだ、と思うが、それは口に出せない。
「いや、そんな大した話ではない」
慌ててランスロットはソニアに笑いかける。その笑顔が少しばかり疲れていることに、ソニアはようやく気付いた。
「気にしなくていい。まあ、人間だから、そういう時もある。だから・・・」
「うん」
「そなたが、カノープスと共にどこにいったとしても、今日のところはおあいこということにしようかと思う」
「・・・ランスロット」
「出掛けに、ひどいことをそなたに言ってしまった。あれは、わたしの気配りが足りなかったと思う。すまない」
「違う・・・」
しまった。今日は泣き癖がついているかもしれない。
普段だったらこんなことで泣くわけがないのに。
ソニアは乱暴に言い放った。
「そーじゃない。配慮が足りなかったのは、あたしの方だ。ごめん、ランスロット。自分のことで、いっぱい過ぎた」
恥ずかしい。
天の神を疑う暇があったら。
天使に対する不信をぶつける暇があったら。
自分が与えられた力に対して不安がる暇があったら。
近くにいる、自分が大好きな人のことを考えてあげれば良かったのに。
「!」
カノープスに泣きついて、既にしまいこんだはずの涙がじわりと出てきた。
慌てて膝を抱える。以前にもこんなことがあった。いつのことだろう。
ああ、そうだ。ガルビア半島で。そんなことを考えて気を紛らわそうとしたが、そうすればするほど、それまでのランスロットとの諍いを思い出して、更に悲しくなってくる。
「こんな自分は嫌いだ」
「ソニア、殿」
「そんでもって、こうやって、またあたしが感情的になったら、ランスロットは振り回されて、かわいそーだって知ってるのに、どーにもならない自分が、また嫌いになる」
「・・・やれやれ」
そう言って腰をあげたのはサラディンだ。
「ランスロットも言っただろうに。人間だから、そういう時もある、と」
「かもしれないけど」
「まったく、ソニアは本当に人間らしくて、わたしなぞは安心してしまうのだがな」
ソニアに近寄って、サラディンは膝を抱えているソニアの頭をなでた。
それから、何も言わずに部屋を出て行こうとする。
サラディンのその行為を「ソニアを一人にしたらよい」という意味に勘違いしたのか、ランスロットもその後を追おうと壁から背を離した。
彼が動いた気配を感じてサラディンは振り返り
「すれ違いがあったのは、そなた達だ」
と告げて首を横に軽く振った。
それは、二人で正しく解決しろ、という意味なのだろう。さすがにランスロットもそれを取り違えるほどの阿呆でもなく、うずくまったままのソニアに視線を落とした。
音も立てずにドアを開けると、わずかな光が入ってくる。この隠し部屋はつながっている広間よりもよほど暗く、陰気な場所だ。
やがて、サラディンは出て行き彼のローブの衣擦れの音や足音が耳に届かなくなってから、ソニアは顔をあげずに言った。
「すまない。反省した。ランスロットも、大変なんだよな」
「・・・そなたほどではない」
「嘘だ。でなきゃ、トリスタン皇子のこととかで、あんなにランスロットが過敏になるはずはないんだ」
「もう、大丈夫だ。いつもわたしは、そなたが逃げている間に、なんとかなるものだから」
それは嘘だ。
いつだってランスロットは、さっさとソニアが逃げてしまって彼女だけが気持ちの区切りをつけてくることを妬ましいとすら思っていた。けれど、そのことを彼女に告げる勇気は彼にはない。
ソニアは不安そうに顔をあげて
「それは、あたしが、いない方が・・・ランスロットにはいいってことなのか」
「・・・」
思いも寄らない受取り方をされてしまい、ランスロットの方が戸惑う。
「・・・違う。そなたがいてくれないと、困る」
「反乱軍リーダーだもんな。うん。そりゃそうだ・・・」
「・・・ソニア」
まったく、困った。
そもそもどうしてソニアがこんな風に気持ちが揺れているのか、ランスロットにはおおよその予測しか出来ないし、一体、西の島でユーシスやフェンリル相手にソニアが何をしてきたのかだってわかろうはずがない。
でも。
「ランスロットは、頭をなでてくれないのか。もー大丈夫だ、っていうなら、ちょっとくらい甘えてもいーんだろ」
「・・・それくらいで、そなたの役に立てるのか」
「うん」
「それなら、その程度のことは」
おずおずとランスロットはその場に膝をついて、ソニアの頭にそっと触れた。ソニアは更に膝を抱えてうつむく。
座って膝を折っている彼女は、いつもにも増して小さく見える。
ぽんぽんと叩けばいいのだろうか。いや、なでてくれ、なんて言っていた。サラディンがさっきしていったように。
戸惑いながらもランスロットはソニアの頭をなでる。と、慣れない行為のせいで、親指で髪をぐい、とひっかけてしまい、束ねた場所からいくらかの髪を引き出してしまった。
「あ」
まったく、こんなところでも自分は不器用か、と思うとランスロットは情けなさで、彼のほうこそ泣きたくなる。
「いい。続けてくれ」
なんというお願いの仕方だ、と自分でも思うが、どうにも出来ない。
ソニアも自分の髪が乱れたことをわかっているが顔をあげずにいた。
まったく、この子はまるで子供のようだ。ランスロットは苦笑を浮かべながら、ソニアの髪の感触を味わっていた。
本人は嫌いだと言っていた、赤い、少しばさばさした癖のある髪。
けれども、この色は彼女によく似合う、と思う。多分そう告げれば、「ラウニィーやノルンみたいなのがいい!」とまた悲しませてしまうのだろうが。
慣れないなりに頭をしばらくなでていると、ようやくソニアは満足したのか、顔をあげた。もう、彼女の目には涙が見えない。
「ありがとう、ランスロット」
「いや、髪を乱してしまって、申し訳ない」
ソニアは、明らかにほっとした表情のランスロットの様子を見て、胸にちりちりとした痛みが走ることに気付いた。
それを気にしないように
「結びなおせばいーだけだ。気にしなくていい」
ソニアは立ち上がって、髪を結んでいた紐をほどいた。
ああ、右手を使えなかった頃は案外見慣れたのに、髪をおろした姿を見るのはひさしぶりだな、とランスロットは目を細めてその仕草を見つめながら立ち上がった。
「・・・その紐」
「あ、うん。うん」
何が「うん」なんだ、とも思ってランスロットは笑顔をむけた。
「まだ、使ってくれていたのか」
「そーだ。気付かなかったのか」
「あまり注意してみていなかった。すまない」
「何を謝ることがあるんだ」
ソニアは少しだけ頬を紅潮させ、以前ランスロットからもらった、それ以来とても大事にしている、過去に彼の剣飾りについていた、今は彼女の髪をまとめている紐を見た。
「大事に使ってくれているのだな。嬉しいことだ」
「うん。えーと」
ソニアはわずかにはじらった表情を見せた。それから、ランスロットの目をみずに
「これからは、もっと、大事にする」
「ははは、そんな。今までだって」
「大事に、するからっ」
ランスロットの言葉を遮って、ソニアはもう一度強い口調でそう言った。
一体この子は何を宣言しているのだろう、と驚きの表情を作るランスロット。
「そんでもって、その、ランスロットのことも、大事にする」
「・・・ソニア」
「みんなのことも、もっともっと大事にする。自分の気持ちが乱れたことで、これ以上みんなを嫌な思いをさせない」
「・・・そんなことは、いいのだよ。そなたが一番大事にしなければいけないのは、自分のことだ」
「どーしたら」
ソニアは苦渋の表情を作ってうつむいた。
何を我慢しているのか、唇を噛み締めて。
ぱさりと顔を覆うその赤毛が、ほのかな明かりに照らされていっそうその赤を強めている。
「こんなに不安にならずにすむんだろう。ランスロット」
「不安に?」
「怖い」
「何が」
「たくさんのことを知れば知っただけ、自分の足元をすくわれそうで、怖い。自分のものだと思っていたものすら、自分のものではないのかもしれない、とか、反乱軍のために、と思ってやったことが、実はそうではないのではないか、とか。あたしの中で処理出来ないほど、とても大きなことになっていくような、そんな感じがする」
「気のせいだ」
ソニアは顔をあげた。
「それを見極めよう、見極めようとして、ランスロットを、大事にしてなかった。許してくれ」
許すも許さないも。
そう言いたかったが、自分をみつめるその真摯な瞳を見ては、そういう言い方が出来なくなる。
しばらくの間、二人は視線をそらさずにお互いを見ていた。
大事にする、という言葉は、なんと優しい言葉なのだろうか。
ランスロットはそんなことを思う。何気なく自分が発した言葉であったけれど、この、ま正直な少女の口から出るその言葉は、とても深い気持ちが篭っているのだろうと思える。
そして、自分がその言葉の対象になっているのか、と思うと、それはとても嬉しくもあり、辛くもある。
「わたしのことは、いいのだ。そなたが、自分をきちんと大事にしれくれれば」
「迷惑か」
「いや、迷惑とか、迷惑じゃないとか」
ソニアは、自分の心臓の鼓動が早くなっていることに気付いた。
いけない。
これ以上この話をしていると、言ってはいけないことすら口から飛び出そうになってしまう。
それはなんて甘い誘惑なんだろう。
言ってしまいたい。
きっと、今なら言える。
あたしは、ランスロットが好きで。
こんなに好きなのに、大事に出来ない自分が、ショックで泣いてしまったんだ、と。
それほどに愚かな自分だけれど、許して欲しい、と。
駄目だ、それを、口に出しては。
葛藤すればするほど、それは自分の心臓を圧迫して、早く早く、と何かを送り出そうとする。
ああ、あたしは、なんてちっぽけな人間なんだろう。
でも、そうであることは、なんて幸せなんだろうか?
「あたしは・・・」
と、その時。
「ああ、ソニア殿もここにいたのか」
聞きなれぬ声。
二人はびくっと体を振るわせた。
音のしない扉を開けて、トリスタンが現れたのだ。
まったく、なんてことだ。ソニアは度肝を抜かれたように、震える声をなんとか必死にとりつくろって答えた。
「あ、ああ。何か御用か」
自分は確かに気がおかしくなっていたけれど、ランスロットも気付かなかったのか、とソニアは今度は違う感情のために心臓が早く打つのを感じた。
「夕飯が出来た。それに、そろそろアンタンジル行きの話もまとめなければいけないだろうと思って、呼びに来たのだが」
「うん、そうだな。行かなきゃ」
「おや、髪をおろしているんだね。やっぱりそっちの方が可愛い。僕が頼んでもおろしてくれなかったのに」
「いやっ、その、これはっ!」
よどみなくそんなことを言うトリスタンに対して、ソニアは慌てて何か言い訳をしようとしたが、うまく言葉が出ない。そもそも彼女が髪をおろしていたからって、何の言い訳をする必要があろうか。
「ランスロット、行こう」
仕方なく言い訳はせずに、ランスロットに声をかける。
「ああ、少しだけここを片付けて、灯りを消していくから先にいっていてくれ」
「わかった。そ、それじゃー先に行ってるぞ」
ソニアは慌ててそう答えて、髪をまとめながら歩き出した。長年続けていたそのスタイルにまとめるのに、いちいち動きを止める必要はない。
余程慌てていたのか、彼女はトリスタンが自分についてきているのかどうかも途中まで気にもせずにずんずんと歩いていってしまう。それに、部屋を片付ける、といってもランスロットが手を出せるものなぞ、何もないはずだ。
もう少し気持ちに余裕があって、普段の彼女ならばそれくらい、すぐに気付いたことだろうに・・・。

もしかして、聞いていたのですか。
そう問いかけようとして、ランスロットは言葉を飲み込んだ。
「なんだか、いいムードだったから、入ろうか、迷ったんだけど」
さらりとトリスタンは耳に痛いことを言う。
「いえ、それは皇子の思い違いではないかと存じますが」
冷静さを装ってランスロットは答える。
「そうかな?いや、ソニア殿は可愛らしい少女だからね。とても俗っぽい話ではあるが、誰かと気持ちでも通じているのかと少し勘繰ってしまうよ」
「はあ」
「違うのかな」
「違う、とおっしゃいますと?」
「あなたと」
ランスロットは眉根を寄せた。
本来主君に向けてみせるべき表情ではないことは100も承知の上ではあるが、そこはまた、実際に王宮勤めが長かったわけではない彼にとっては、未だにうまく制御が出来ない部分でもある。
「わたくしと、なんでしょうか」
「ソニア殿が、いい仲なのかと」
「信頼していただけていれば良いな、とは勝手ながら、思っておりますが」
「・・・ふうん」
「それにわたくしは妻がおりますゆえ」
トリスタンはその言葉に驚いて「へえっ」と声をあげた。こういった感嘆の声は、どうも王族とは思えない、彼の言葉でいえば大層「俗っぽい」ものだ。
「どこに住んでいらっしゃるんだい?」
「・・・既に、他界しております」
「そうだったのか。それは申し訳ないことを聞いた」
トリスタンはそういうと肩をすくめて
「さあ、行こう。あまり時間を置くとソニア殿も、何故君がここに居残ったのか、とか色々考え始めてしまうだろうからね」
「・・・皇子はソニア殿のことを、既によくご存知のようですね」
ランスロットは苦笑を見せた。それへは悪びれた様子もなく
「うん、思っていた以上に聡い女子だということは嫌というほどわかった。それから、本当は不器用だってことも」
そう答えて、トリスタンはまた、音のない扉を開けてランスロットより先に隠し部屋から出て行った。
耳を澄まして扉の向こうの音を必死に聞き、トリスタンもまたさっさと歩いていってしまったのだ、ということを確認してから、ランスロットは残された部屋の中で深く息を吐き出した。
「・・・まったく・・・」
油断も隙もない、という言葉がぴったりだとランスロットは壁にもたれて瞳を閉じた。
トリスタンはくわせものだ。
そして、そうであればあるほど、きっとウォーレンは喜ぶのだろうと思う。残念ながら、自分には手に負えないような人物かもしれない。それはきっと良い意味で、だと感じるけれど。

どうしたら、こんなに不安にならずにすむんだろう

そんな悲しい呟きをあの少女にさせてしまっている、今の自分達のことを思うと、ランスロットは胸の奥がきしきしと痛む。
何の力にもなれていない気がして、とても歯がゆい。それどころか、こちらの弱さすら見せてしまった。
あの少女の気持ちを助けるための力になれるほど、自分が大きな人間であったならば。
そう思い立って、彼は目を細く開けて自嘲気味の笑みを作った。
せめて、彼女に心配をかけずにすむほど、心が強い人間になれたら。
今晩は、オルゴールを聞きながら眠ろう。亡き妻が自分に勇気と強さを与えてくれるだろう。
ランスロットはそう思いながら、部屋を出ていった。


Fin

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モドル

今回はいろんなことを詰め込まなければいけなかったため、会話シーンばかりで申し訳ないです。
ゲーム上では結構あたりまえーのように最初から受け入れられているオピニオンリーダー、つまるところ「ロード」の能力から始まり、様様な「謎〜」なことをちょいと取り上げてみました。
立場によっては、やはり理解し合えないのでしょう。
ってなことで、とりあえずソニアとランスロットにはせめて理解しあって欲しいです。久しぶりにラブが進行した・・・と自分では思っているんですが(笑)勘違い?