癒し-2-


クライブの遺体とハールーンの遺体はウォーレンが率いる反乱軍本陣に運ばれた。それとは逆にランスロットを中
心に4,5人兵士がやってきた。
あちこちの家屋の中で人々は斧や剣によって惨殺されており、そこここに血が飛び散っている有様は、人の心をも
つ者が行うことではないと思える。逃げ惑う老人を引き倒し、首を切り、背を切り、頭を割り。その惨劇の処理を
することは、誰もが憂鬱さを伴っていた。
集落の人々の中には、ほとんどが虫の息ではあったけれどなんとか一命を取り留めたものが6人ほどいた。そのう
ちの2人は運良く狩りに行っており帰ってきたところだったため、多少なりと話が出来る人間がいることにソニア
達は胸をなでおろした。
ランスロットが連れてきた、つい最近クレリックになったばかりのハイネは全力を尽くしてヘンドリクセンを、虫
の息の集落の人を、どうにか救おうと治癒魔法を行使した。キュアポーションといった、あまりに高価な、反乱軍
の今の財力では多く手にいれることが出来ない薬草の力がつまったマジックアイテムを、迷わず全て与えろとソニ
アは命令をした。
ランスロットはそれに対して一瞬反対する素振りを見せた。
それも、わかる。この先の反乱軍の行軍を考えれば、キュアポーションを失うことは、痛手でもある。
「ランスロット。キュアポーションを持っている分、すべて使う。いいな」
「しかし・・・」
「そうでなければ、我々が来た意味がない。それに、ハイネ一人では無理だ。息がある人間をみすみす殺すわけに
はいかない。あたし達は、またどーにかして金を稼げばいい」
「・・・ああ、そうだな。わかった」
ソニア達が作業をしているうちに、近くの森に遊びに出かけていたらしい子供達が帰ってきて、集落の有様を目撃
してしまった。人々の救助と遺体の運搬を最優先で行っていたため、血に濡れた残酷な光景を少しでも減らすには
時間が足らなかった。狩りから戻ってきた男達も呆然としつつその作業を手伝うが、あまりの状況にショックをう
けてそうそう使い物にもならず、残念ながら作業は一向にはかどらない。
4人の子供達は、誰一人泣かずに口を閉ざし、その場で立ち尽くすだけだ。
「この村の子供か」
膝を折ってランスロットが語りかけても、子供達はまばたきなく彼を見て、頭をぎこちなく上下させるだけだ。
年のころは7歳くらいの子供を筆頭に下は3歳といったくらいだろう。
遺体の中に40代後半の女性のものがあった。この村には若い女性はいなかったから、この子供達は捨て子かもと
もと遺児か、あるいは全員がその女性の子供か、のどれかだろう、とランスロットは推測する。
多分、最後の選択肢はありえない、と彼は心の中で思った。
「おーい、オーロラ!」
「はい、なんでしょう」
「子供達に、スープでも作ってやってくれ。腹が減って帰ってきた時間だろう。パンがどっかの家にあったと思う
から、それも持って行ってやってくれ。あたし達はともかく、あの子達はこの村の食糧を食べる権利がある」
ソニアの言葉に頷いて、オーロラは手近な家屋に入ってかまどがあることを確認した。
「ソニア殿。やつらは、どうする」
ランスロットが言う「やつら」とは、この集落を襲い、そしてクライブ達を殺したあの男達だ。ギルバルドによっ
て男達は縛り上げられ、グリフォンの足にくくりつけられている。下手に彼らが暴れればグリフォンは翼をばさり
と動かして男達の周囲に砂埃を巻き上げ、さんざんな目に合わせることになるだろう。
「どうしたらいいと思う」
「・・・ここでは裁きようがない。裁くとすれば、あの者達は二つの罪を犯している」
「あいつらを裁けるのは、生き残った人々とあたし達の二者だ。見たところ、あいつらは反省してどうのこうの、
と出来るほどの人格すら持っていない気がする。であれば、この集落の復興をやつらに手伝わせる、なんてことも
出来やしないと思うんだ」
「そうだな」
「人を裁くのは、人だ。生き残った大人と相談するしかないだろうな」
「確かに。神が全てを裁いてくれるならば、楽だろうが。しかし、それでは人間は成長しない・・・まったく、罪
もない村人の命を奪うなど。食糧のことだけなのか、興味本位なのか、許し難いことだ。他でも同じことをしてい
るのだろうし、これまで捕まっていなかったとなると、襲った集落に火をかけたりしていた可能性もある。見逃す
わけにはいかないな」
ソニアはランスロットをまじまじと見あげた。その視線に気付いてランスロットは困惑して
「どうした」
とわずかに尻込みした声音を出す。
「いや。なんでもない」
ソニアはそう答えて、口元を歪めて無理に笑顔を見せた。
その表情の意味をランスロットが知ることになるのは、まだまだ先のことであるし、その時期に彼は、自分のこの
言葉も覚えてはいないのだけれど。

オーロラは子供達に食事をさせて、食器を片付けていた。
子供達はなんだか何が起こったのかも、この現実を受け入れるも受け入れないもなく、ただ出された食事を腹の中
に収めて、食べ終わったら各々の家に戻っていくだけだった。
腹が膨れて落ち着くに従って、ようやく目覚めたかのように突然泣き出す声がそこここに聞こえ出す。
オーロラは遠くで聞こえる子供の声に胸を痛め、目を伏せた。
そうよ。泣いた方が、いいわ。ここで泣かなければ、泣けない人間になってしまうから。
胸の奥に痛みがぎりぎりと走る。
もっと自分達が早く村についていれば、なんてことを思う余裕はなかった。
ただ辛いのは。
何一つ守ることも癒すことも出来ない、自分という存在の小ささ。
ただ自分が女だったという理由だけで、生き長らえることが出来てしまったのだ。
それが辛くて辛くて、食器を洗う手に力を込めた。
井戸から水を汲んできて、何度も何度もオーロラは食器を磨き続けた。
早くそれを終えて何かを手伝おう、と思いながらも、まだ自分は冷静になれていない、と彼女は思う。
ソニア様がああいう方でよかった。
あそこで報告をすれば、わたしは多分泣き出して、何も話せなくなっただろう。
それはソニアの適切さであり、無情さでもある。
あの場で泣いてしまえれば、楽になったのだとオーロラには思えた。
それでも。
それは、何の解決も生み出さない。だから、これでよかったのだ。
かちゃり、かちゃりと、ふちが欠けた食器を重ねる。
この家の主も全員殺されたのだろうか。
わたしの、友達がそうされたように。無意味な剥奪と暴行にあってしまったのだろうか。

不幸中の幸いか、男達によって金品や食糧は奪われてはいなかった。
いくばくかの食糧だけをわけてもらい、反乱軍は行軍を続ける必要がある。
たった6人の大人と4人の子供だけの集落となってしまったここで、遺体の処理を出来るわけがない。
食糧を分けてもらう替わりに、とソニア達はその作業の手伝いを引き受けた。
今はひとまず遺体をひとところに集めて並べるしかなかったし、その先のことを考えるには、大人達もそこまでの
気力は回復していない様子であった。
どうやら賊は、このあたりの集落も他に何箇所か同じように襲った前歴があるらしい。本来ならばここいらを束ね
ている領主の名のもとに裁かれることが正しいことにも思えたが、残念ながらソニア達「反乱軍」がそのための手
続きを行うわけにもいかない。
彼らはもはや打ちひしがれており、賊を裁くために領主のもとに賊を自分達で連れて行って申し立てをする力も、
それを考える思考力も今は足りなかった。ソニアとランスロットはウォーレンに相談をして、一晩待つことに決定
した。
賊を殺してしまうことはたやすいことだったけれど、それが後々に反乱軍の噂として悪い方向に向く可能性がある
、とウォーレンは渋い表情で告げる。それは、なんとなく、わかる。ソニアは肩をすくめて溜息をついた。彼女は
「面倒だからいーじゃないか、殺しちゃえ」と冗談めかして言った。それはすべてが本音ではない。「面倒だ」は
本音だ。そしてお約束通りランスロットが「そういうわけにはいかないだろう」とたしなめる。
かくして男達は縛り上げられて反乱軍の人間が見張られることになった。
それすら正直、鬱陶しいし、そんなことに手をかけている暇は彼らにはない。
今後はちょっとした災いに出会っても、いちいち丁寧に対処しなければいけない、とランスロットが言えばソニア
は「わかってるってば」と半ばうんざりした顔をする。
どちらにせよ、とソニアは呟いた。
クライブ達を、弔ってあげないと。
それには、ランスロットも力強く頷くしかなかった。

夜遅く本陣に戻り、事の次第を聞いた人々に迎えられたオーロラは、人々の声になんと答えて良いのかよくわから
なかった。
一人でも助かってよかった、と言われて笑顔を向けることは愚かだと思ったし、クライブ達のことを言われて沈痛
な面持ちを見せれば、余計に人々に心配をかける。
一人で生きていこう、と誓って反乱軍に身を投じたけれど、一人で生きていくということは、自分以外のすべての
ものを「どうでもよく」扱うということではない。オーロラに対する人々の妙な気遣いは、彼女の神経を余計にす
り減らし、ソニアに改めて呼ばれた頃は、よくよくオーロラは疲労が表情に見て取れるほどになっていた。
ソニアがいる天幕の中に入ると、そこにはソニア・ウォーレン・ランスロットの三人がいた。
予想通りのメンバーに安堵するとともに、その安堵によって、どれほど気が重かったのかという事実を彼女は嫌と
いうほど感じさせられた。
中には一枚布が土の上に無造作に敷いてあり、隅っこにソニア、ソニアから少し離れたところにランスロットが直
接その布の上に腰をおろしていた。ウォーレンは衣類などの荷物の上に腰掛けてランスロットの隣にいる。
普通はこういった場では、入って上座の中央にソニアがいるものなのだが、いかんせんこのリーダーは狭いところ
や隅っこが好きでどうしようもないらしく、未だにそういった形式に準じることが出来ない。
「すまないな。もう休みたいということはわかっているんだが、どうしても今日中にこればかりは詳細を聞かない
と」
「いいえ、わたくしの方こそ、早い報告をすることが出来なくて、申し訳ございません」
「あんなことの後に迅速な報告を求めたって、しかたない」
そのソニアの言い草を聞けば、多くの人間が「そんなことはないだろう」と否定するに決まっている。
けれど、オーロラはこの小さなリーダーが自分に対して気持ちの猶予を与えてくれたその事実を本当にありがたい
と思う。
ありがたくて、それから。
時間が経てば経つほど伝わってくる現実感。
抗わなければいけない、いや、それとも受け入れなくてはいけない、自分の心にのしかかってくるその感覚があま
りに苦痛だと思えた。いっそ、早く口から出してしまえば楽になったのかもしれない。
それでもソニアはオーロラにそれを許さなかった。
オーロラはそこまで完全にソニアの真意を量ることは出来ないけれど、それは、ソニアの教育なのかもしれない、
とおぼろげに思う。そして、そんなことを思う自分に昔、「君は物事を深く考えすぎる。世の中の人々は、そんな
にひとつひとつのことを細かく思い起こして考えたり分析したりなんかしていないものだ」と告げて、背を向けて
しまった男性のことまでも思い出し、知らずのうちに苦笑をみせた。
「オーロラ?」
「あ、いえ、なんでもございません」
ソニアはオーロラに、あの集落で起こった出来事について包み隠さず話すことを求めた。
集落に向かう途中のことから、あの悲劇が起きて、そして自分が救われるまでを。
オーロラは、クライブが何をどう判断して、そして、彼が最後までどれだけ勇敢だったのかを、何の脚色もなく淡
々と報告を行った。
死んでいった人間の名誉やなにやらは、騎士でもなんでもないオーロラにとっては守るべきものでもない。
それでも、彼女はクライブの判断が少なからず正しさを含んでいたことをソニアが評価してくれたら嬉しい、と心
のどこかで思いながら報告を続けた。
「そうか・・・うん、大体そんなところだと思っていた」
ソニア達は冷静だ。
しばらくソニアは瞳を伏せて何かを考えているようだった。
オーロラはいたたまれない気持ちになり、ぎゅ、と拳を作って自分の上着の裾を握り締めた。
やがてソニアは静かな口調でオーロラに問い掛けた。
「目の前で人が死ぬのは、初めてか」
「いいえ」
「知り合いが死ぬ様を見たのは」
「初めてではありません」
「そうか」
「だから、今、ここにこうしているのです」
「そうか」
それ以上ソニアは追求しなかった。
多分、このリーダーも、目の前で知り合いが死ぬ姿を、今までに何度も見ているに違いない。
そんなことをオーロラは考えていた。

翌朝、捕らえられた賊が夜中に逃げようとして一悶着があったということをビクターは人から聞いた。
彼は完全に熟睡していたらしく、そんな騒ぎにはまったく気づかなかった。それは兵士として失格だろうか、と苦
い気持ちには多少感じたけれど、自分はもともとそこまで訓練されている人間ではないから、許してもらえるだろ
うという甘さが未だに彼にはある。
ぐるりと周囲を見回して、ああ、だから今日はこの時間に起きている人数が少ないのか、と納得をした。夜中の騒
ぎのおかげで今度は朝の鍛練に出られないなら、その人々と自分もあまり大差がないんではないかという逃げ口上
を思いつく。しかし、それは口には決してしないであろうことだ。
最近この軍で浸透し始めた朝の習慣として、早起きをして個人で鍛練を行う、というものがある。
まったくの強制ではないし、そこにいないからといって誰が何を責められるわけでもない、完全に自主性のみで行
われるようになった習慣だ。
ビクターは最近それに習うようになった。
早い時間に目が覚めるのは家にいた頃からの癖だったから何の苦も感じない。
野営を行った場所からさほど離れていないところに、丁度良い平地が広がっていた。
朝の空気が気持ちよい、と思う。
たとえ、知り合いがこの世界から消えてしまった翌日でも。
ビクターはクライブとは結構会話を交わす方ではあったけれど、特にこれといった深い仲ではなかった。
彼はもともと、あまり人と深く交わる人間ではなかった。
表面的に仲良く振舞うことは苦手ではない。けれども、心を開く相手が決して多いわけではない。
昔からよく、彼はなんでも標準だと周囲から言われたものだ。
外見しかり、人付き合いしかり、剣の腕にせよ、なんにせよ。
クライブの死によりいくらか感情が動いたけれど、朝目覚めた瞬間にはすっかりその事実を忘れてしまっていた。
テントの外に出て、ああ、気持ちがよい朝だ。天気もいいし、などと思い、昨日の悲しい出来事を思い出すのに時
間がかかってしまっていた。
人間は誰もが目覚めたときにはぼんやりとして、昨日の記憶を呼び起こすことは時間がかかる。そうであると知っ
ていても、なんとなく、クライブの死を忘れてしまっていたことがいささか薄情だと反省した。
反省して、ぎこちない仕草で教会で神に祈るための印を、朝陽が登り始めた方角の空に向かって右手できった。
まだ朝陽が登りきっていない、それでも、今まで雨で困っていた自分達にとってはありがたいほどに今日が快晴だ
ということが一目でわかる空が広がっていた。
それから、ヘンドリクセンの容態が安定していることを確認して、ビクターは胸をなでおろした。
あまりに大きな怪我だったために、傷口が塞がっても体力の低下は防げない。
一日どうせたいした進軍も出来ないだろうから、休んでいるようにと言われたヘンドリクセンは、静かに深い眠り
についている。
少しほっとしたビクターは、さあ、朝の鍛練だ、と数人の同僚と合流をして剣の稽古を始めた。
めずらしく今日はソニアの姿が見えない。
あの小さなリーダーはいつも朝早くから剣の練習をしている。
なんでも、そのときの体の調子でその日一日の様子がおおよそわかると言う話だ。
疲労回復がどれほど必要なのかも、朝のほんのわずかな時間に動いて判断するらしい。
その言葉が単なる「かっこつけ」だと初めは思っていたけれど、シャロームから今まで行軍を共にしたビクターは
、彼女の言葉に嘘偽りがないことをよく理解している。
ソニアがいないということは、余程前日疲れたか、それとも朝から別の仕事があるかのどちらかだ。
「あれ」
ビクターは、見慣れない姿をみつけた。
オーロラだ。
生成色のシャツに茶色の短いスパッツにブーツ、という出で立ちで彼女は弓に矢をつがえていた。
とても正しい姿勢で行われる動作だったが、ビクターにはそうだとはよくわからない。
いつもの彼女は、朝食の準備を整える前に散歩をして、それから「朝食の準備の準備」をする。
(そういった心遣いが出来るため、のちの行軍での生活に関すること全般の責任者になるのだが)
だから、朝の鍛練を彼女が行うことはあまり多くない。
なんとなく、気まぐれからかビクターはオーロラに近付いていた。
いや、本当は「なんとなく」は「なんとなく近付いた」ではなく「昨日のことを思い出してなとなく心配になって
」という「なんとなく」だ。
彼は彼女が自分のように、一晩明けたら前日に起きたことに対しての意識が薄くなっているような人間だとは思え
なかった。
だから、少しばかり様子を見に行きたかったのだ。それのどこかには単純な好奇心とやらも介入していたに違いな
い。
彼女はこの軍に入る以前から矢を射る鍛練をしていたらしく、ぱっと見る限りには既に素人には見えなかった。ビ
クターが見てきた何人かの、弓を得物とする女性兵の中ではトップクラスともいえた。
オーロラはビクターの気配を感じて、手を止めて彼を見た。
「おはようございます」
「おはよう」
少しばかり、いつもより疲れている顔しているようだな、とビクターは思う。
「何か御用でしょうか?・・・ああ、昨日はありがとうございました、助けていただいて。ごたごたして御礼を言
い忘れていた気がするのですけれど」
「いや、礼はもう言われたよ」
そうだったかどうかは、ビクターには覚えがない。覚えはないが、彼女なら多分あんな状態でも礼を言ったのでは
ないかと勝手に判断をした。
「なかなかの的中率だね」
彼女が標的にしていたと思われる木に突き刺さった何本かの矢を見て、少し適当にビクターはそう言った。
「まだまだです」
オーロラは首を横にふって答える。
「我流でやっていましたから・・・」
「そうだったんだ」
「軍に入って、すぐにソニア様に左手を直されて。それで、一気に的中率があがりました」
そういってオーロラは自分の左手の親指を、右手の指先でもって何度かしごくように動かした。
ビクターはそういうことに関してはあまり知識がある方ではなかったから、彼女が言うこと、それから彼女の指の
動きが表すことはまったくわからない。
「女性なのになかなかの腕前だと思っているんだけど・・・ああ、そういう言い方はよくないか、ごめん、でも・
・・そうだ思ったものだから」
「いえ。大丈夫です。ありがとうございます」
他愛のない会話。当り障りのない表面の会話。実際にオーロラがどう思っているのかは、ビクターにはあまり感じ
取ることが出来なかった。けれども彼は別段追求しようと思ったわけでもなく「そうか」とだけ呟いた。
心配をしてみたものの何を話せるわけでもなく、結局のところビクターは言葉に困って沈黙してしまう。
それに対してオーロラは、これまた困ったような表情をわずかに見せる。それから、苦笑をして
「大丈夫ですわ。ご心配おかけしました」
と、穏やかな声で彼女はビクターに告げた。
それに対して、まいったな、と思いつつもビクターは「ああ、うん・・・」とあまり芳しくない相槌をうつだけだ

何か言葉を続けられない自分をもどかしく思いつつ、逆にオーロラに気を使わせてしまったことにまたまたビクタ
ーは反省をする。
年齢を聞いたことはないが、多分オーロラは自分よりも年下だ。子供の頃は女性の方が大人びているものだが、こ
の年になっても逆転してしまうことも多いのだとビクターは改めて気付き、そして、自分の未熟さに恥じ入る。
それでも特に何も言わずに困惑の表情を見せるビクターにオーロラは何を思ってか、もう一度同じ言葉を繰り返し
た。
「大丈夫ですわ。ビクターさん。気になさらないで」
今度はもう少し優しい笑顔。そして変わらない穏やかさに、ビクターはなにやら一抹の不安を感じる。
いいんだろうか。
それがどういう不安なのかはよくわからないけれど、オーロラがいう「大丈夫」に対して「一体それは何が大丈夫
だっていうんだ」と口に出しそうになる。
もどかしいやり取りがビクター自身の中で生まれて、けれども彼はそれを消化することが出来ずに困る。困って、
終いには間抜けな問い掛けをオーロラにしてしまった。
「オーロラ、大丈夫なのかな」
「は?」
「あ、いや、そうじゃなくて」
今、大丈夫だと言いましたのに。
明らかにオーロラはビクターに対してそういいたげな視線を送っている。
「ビクターさんが、わたくしに何をおっしゃりたいのかよくわからないのですけれど」
その言葉の端々にある丁寧さが時折鼻につくことがあるのも事実だけれど、ビクターは何故か大人しくオーロラの
言葉を素直に聞いていた。
「昨日、ビクターさんが来てくださったとき、とても嬉しかったです」
「・・・そうか」
「わたくし、泣いてしまうんじゃないかと、思いました」
「・・・」
そうか。
ビクターはようやく納得した。
自分がオーロラに近付いてきた理由、ここを未だ離れず不毛な会話を続けている理由。
泣いてしまいそうだったと彼女は言った。
肩を小さく震わせつつも、決して涙を見せなかった、昨日の彼女の気丈な姿をビクターはようやく思い出した。
男というものはとても単純だ。
目の前で女性が泣いてしまえばうまく扱えず、「さっさと泣き止んでくれ」と思うものだが、泣くのかと思ったと
きに耐えられてしまうのも、なんとなく残念な気持ちになるものだ。
昨日のオーロラのあの姿は間違いなく泣いてしまう前兆だった。
それを耐えたのは彼女の気丈さだ。
泣いて欲しかったわけではない。泣かれても困る。そんなことになれば自分はどうしていいのかはわからない。
けれど。
「大丈夫ですよ、ビクターさん」
そう答える彼女のその言葉が、あまりにもわかりやすい嘘を纏っていることにビクターは気付いている。
大丈夫なわけはない、と決めつけてしまうことはとても愚かだ。
それでも、ビクターを納得させようとして彼女が紡ぎだす、繰り返された「大丈夫」に込められている穏やかさは
、あり得ないものに彼には感じられる。
ビクターはしばしの間オーロラをみつめていた。
肩を震わせて止めた涙は、どうなってしまうんだろう。
「うん、その・・・ごめん。なんか・・・うまく言えないんだけど」
「ビクターさんはわたくしの心配をしてくださっているのでしょう?それは、わかりますもの。ありがとうござい
ます」
「まあ、そうなんだけど。ううん・・・。邪魔して、悪かったね」
うまくいかないものだ・・・心の中で溜息をついて、ビクターはその場を離れた。
止めてしまった涙というものはどこにいってしまうのだろう。
それは体の奥底にもう一度しまわれて、くすぶっているのではないだろうか?

「どーすりゃいいんだ」
ソニアはふてくされてランスロットを上目遣いで見た。
そんな顔をされても、とランスロットは眉間にしわを寄せて困っている。
生き残った村人達の決断は、自分達が賊を連れて領主の下へ行く気力も余裕もない、だから、反乱軍に処分をお願
いする、というものだった。
おおよその予想は出来ていた。
生き残った者達はこれからの自分達の生活を考えつつ、村を襲った惨劇によって刻まれた心の傷を癒さなければい
けない。それは一日二日、十日やそこいらで治るものではないのだ。
村人の代表として、昨日狩りに行っていたらしい男達がソニアのもとにやってきて、そう告げて村に戻っていった
。彼らが出た後のテントの中で、ソニアははあーと溜息をつきながらランスロットと疲れたように問答を続ける。
「仕方あるまい・・・それなりの処罰を誰かが課さなければ」
「あたしは、あんな奴らを斬る気はないぞ」
「・・・もちろん、わたしも勘弁して欲しいのだがな」
それはランスロットの本音だ。自分はそういった罪人を裁く剣などもたない。そう言いたいに違いない。彼は騎士
であるから、自分の主のためのみに剣を振るう。あの罪人達を切り払うことが、ゼノビアへの忠誠の証とは到底彼
には思えなかったし、ソニアもそんな不毛なことをこの騎士に強要する気はなかった。
「ウォーレン!ウォーレンはどこだ!」
ソニアは立ち上がるとテントの外に出て、はらはらと落ちてくる前髪を何度もかきあげて叫んだ。
「おい、鳥!ウォーレンどこだ!」
「鳥って言うなっていってるだろうが!てめー!」
通りがかったらしいカノープスに荒く叫ぶ声を聞きながら、テントの中でランスロットは溜息をついた。
このリーダーときたら・・・。と、先行きがわずかに不安になる。
あの男達には何の反省も見られないようで、夜半過ぎに一度脱走をしようと試みて一悶着があった。
なんだかんだで残作業に手間取ってしまったため、眠るのが遅くなったソニアは、寝しなに起こされて不機嫌極ま
りない状態だった。彼女は自分から目覚める時はかなり目覚めが良いほうだが、人に無理矢理起こされた時の機嫌
の悪さといったらランスロットも未だに扱いかねるひどさだ。
人にこれ以上迷惑をかけるな、と叫んで、彼女は賊を一人ずつ蹴り付けていた。そんなことをしては、やはり反乱
軍の株が下がるではないか、と心の中でぼやいてランスロットが止めようとしたところ、その思いを見透かしたか
「親だって子供が悪いことしたらお尻叩くじゃないか!」
と説得力があるような、ないようなことを言ってソニアは憤慨した。
そんな理由が返されるとは思っていなかったため、ランスロットは一瞬噴出しそうになったものだが、人死にが出
た晩にしては不謹慎ではないかとこらえたものだ。
しかし、気になったのは、その騒ぎの際起きてきたオーロラのことだ。
確かに多少の騒ぎはあったが、夜番だったギルバルドが気を使ってあまりことを大きくはしなかったため、ランス
ロットですら兵士に起こされなければ気づかない程度の小さな動きだったというのに。
ソニアは、これはまた誰かどうにかしてくれ、とランスロットは頭を抱えることだが、またもやヘルハウンド達と
共に毛布に包まっていたので、周囲の動きに敏感な魔獣達のおかげで起きだしたらしい。
そう。その程度なのだ。
それにも関わらず、オーロラは起き出して様子を見に来ていた。
あの子は、眠れなかったのだろうか。それはとても正しくもあり、不憫でもあることだ。
男達への折檻を終えて寝床に帰ろうとしたソニアが、ランスロットにぼそりと漏らした一言。
「オーロラも誘おうかな」
さすがに、リーダーだけのことはある。オーロラのことをソニアも気に留めたのか、とランスロットはソニアに視
線を向けた。それは、先生と呼ばれるような人間が出来のよい生徒の答えを聞いた時に見せるような表情であった
が、両者ともそのことには気付かない。
しかし、ランスロットは改めてソニアの言葉の意味を考えてから、呆れたように問いかけた。
「誘う、とは、ヘルハウンド達のもとへか。冗談じゃない」
「なんで」
一体ランスロットがどうして反対をするのかがソニアにはわからない。彼女にわかることは、自分がヘルハウンド
達の間で寝ることをランスロットはよしとしないということ。それは、どうやら自分だけではなくオーロラでもや
っぱりよくないらしい、ということだけだ。
幾度となく繰り返されたこのやりとりにいささかランスロットもうんざりとしたように、彼にしてはめずらしく面
倒くさがった、お世辞にも良いとは言えない回答を返した。
「なんででも、だ」
「大人はすぐそーゆー言い方する」
ランスロットは、ふくれっ面を見せるソニアのその物言いに再度笑いをこらえた。こらえてから、生真面目な表情
を見せて
「それはそうとて、気がかりなことは確かだ」
「ああ・・・。知り合いが死ぬところは見たことがあると言っていた」
「そうだな。だからここにいるのだと」
「昔を・・・」
その先は言葉にしないでソニアはランスロットから視線を逸らした。
彼女がいわんとしていることは、多分推測の域を超えない。超えないけれど、きっと自分と似たことを考えている
のだろう、とそのときのランスロットは思ったのだった。当然ながら、彼のその思いだって推測の域を超えること
はなかったのだけれど。

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モドル

ビクターとオーロラの恋は突然の一目ぼれとかではないので、なかなか簡単に書くことが出来ません。久しぶりにまだぎこちないソニアとランスロットもかけて嬉しいです〜