癒し-3-


ソニアは朝食後にクライブとハールーンの弔いの儀式を行った。自分達が行っている行為と晴れ渡った空の色があまりにも不釣合いだ、とソニアは思う。
弔いの儀といっても、深い傷口を刻まれた遺体を布にくるみ、苦労をしつつも掘った土の中に埋めるだけだ。
クライブの形見はウォーレンが受取り、もしもゼノビアを復興した際には彼の家族・・・とはいえ、生死もわからないが・・・に届けよう、と土の下に埋められたクライブに語りかけていた。
そのことを思えば、彼の家族がこの地に足を運んで彼の死を悼むことはこの先ないだろう。だから、墓碑は何一つ必要はないとウォーレンは提案をした。下手に墓碑などがあれば山賊などに掘り返されて身に着けたものを剥がれてしまうだろうと考え、ソニアもそれには賛同をした。
クライブはこんな場所でこんな形で自分の命を失うとは思ってはいなかったことだろう。
いつなりと死を覚悟していた騎士が、まったくその志とは違う事件に巻き込まれて死んでしまったことを思うと、同じ騎士であるランスロットは自然と眉根が寄る。
ソニアにはそういった騎士の感傷はまったくなく、更に冷静に、この時代に生きる人間らしいことを考えていた。
土葬だろうが火葬だろうが、弔いをしてもらえることは貴重なことだ、と思える。
世の中にはそこいらに死んだ姿のまま打ち捨てられる人間の方が多い。
弔われる側がそれを幸せと思うはずもないけれど、少なくとも弔う側は多少は気持ちの整理がつく。それが弔いの儀式だ。死者のためではなく、生きている者のための儀式なのだ、と。
残った人間は否が応でも前を見て進み続けなければいけないのだし。
クレリックに昇格をしたハイネは、自分はもともと聖職者ではないからこのような儀式を行う資格はない、と初めは拒んでいたけれど、ランスロットの説得で「それらしい」神への言葉を最後に唱える。
おぼつかなくも言葉をつむぎ出すハイネの誠実さは、ゆっくりであるがゆえに余計に人々の胸に染み渡った。
儀式を終えてから、昨日の集落に食料を受け取りに行く部隊をランスロット中心に編成して出発させた。
さて、残るは賊らの処置ばかりだ。
「あー、面倒だ」
天幕の隅っこで前髪をかきあげて、相変わらずソニアはそんなことを口走る。それも仕方がないといえば仕方がない。
ランスロットがいなくなってしまった今となっては、その愚痴をたしなめるのはウォーレンしかいない。だが、それに対して、またも荷物の上に腰をかけて赤い布で杖を磨いているゼノビアの占星術士は
「まったくまったく」
と頷くだけだ。
ポグロム地方でソニアが勝手な動きをした時にはかなり怒っていたものだが、それからここに至るまでの道中でさすがに年の功、ランスロットよりも一足早く、この癇癪もちのリーダーの扱いに彼は慣れたようだ。
「だから、ウォーレンはどうすればいいと思っているんだっ」
「いや、それはもう」
ウォーレンはようやく手を止めて答える。
「お心のままに」
「ウォーレンは軍師じゃないのか。戦略家でも戦術家でもなくて」
そうソニアが言えば
「王宮仕えのしがない占星術士というだけで」
「嘘ばっか。もーいい、じゃ、食料調達したらあの男達ここに放り投げて出かけよう」
「それはあまり」
「じゃ、どーすりゃ」
自分で考えろ、ということか。
ソニアは口を尖らせる。
こんなときまでもウォーレンは未だに自分を試そうとしているというわけなのだろう。
このあからさまな突き放しにソニアはご機嫌斜めになった。
別に隠せとは言わないがもう少しやりようがあるだろう、と文句のひとつを言いたい気持ちを抑えつつ、ソニアは賊の様子を見るために天幕から出て行く。
わかっている。ソニアは勘がするどい少女だから、妙な誘導をするよりも、これくらいあからさまにしてしまう方がお互い面倒が少なくて済む。それはウォーレンが早いうちに気づいたことだ。後々に見えてしまうことならば、最初から見せたほうが良い。
「ギルバルド、やつらはどーした!」
「おやおや、またご機嫌斜めだな。どうしたもこうしたも、魔獣達に囲まれて衰弱しているぞ」
「そりゃそうだ。少しくらい衰弱してくれないと、また派手なことをされちゃあ、困る」
魔獣を集めて休ませているギルバルドの元にソニアはやってきた。
食料運搬のためにケルベロス一体をランスロットとガストンに預けたが、その他にグリフォン二体と、もう一体ケルベロスがこの軍にはいる。同族のハールーンがいなくなって残されたケルベロスが可哀想だな、とソニアは思った。
「一応たった今、飯は食わせたが」
「一食や二食抜いても死なないだろ」
「ひどいことを言う」
「何を言ってるんだ。やつらのやってることの方がひどいだろ」
「食わせてやれ、とランスロット卿が言ったものでな」
「それが騎士道ってもんなのか」
「そうじゃない」
矢継ぎ早のソニアの反応に苦笑をしながらギルバルドは答えた。
「人道だ」
「知らないし、知りたくない。逃げる元気つけさせてどーすんだ」
「さあな。だが」
「うん?」
「立場をわきまえずに反抗的だったものだから」
「やつらがか」
「まあ、一部が」
「それで?」
「カノープスがぶん殴った」
「ありゃ」
といいつつソニアは小さく笑っていた。
「それくらいがちょうどいい。どーも王宮騎士達のやることは生ぬるくて、あたしには合わないよ」
「しかし、ソニアがやろうとしていることは、あの王宮騎士達に王国を返還することに繋がっているのだが、それは承知の上なのか?」
「そうなったとしたら、それはどうにもならない結果のことだよね。目標とすることを達成した時に確定で繋がってしまう結果に対して好き嫌いを言っても始まらない。それに、それが繋がらないなら、あたし達は手を組んでいないわけだし」
そう言ってソニアは唇を尖らせた。
「人道とか言っても、ランスロットだってウォーレンだって、あいつらが改心は絶対しないと思ってるんだ。そんなの、矛盾してるな。でも、同じゼノビアの人間なのにギルバルドとカノープスは違うね」
「俺達は」
まったく、ずけずけとストレートな物言いをするものだ、とギルバルドはおもしろそうにソニアの言葉を聞いていた。
「騎士とは扱いが異なる兵士だったからな。魔獣達を扱う俺や、有翼人達は・・・位でいったら、やはり騎士とは違う。俺達がゼノビアに忠誠を誓っても、それはランスロットとかの騎士達が誓う忠誠とは違う」
「よくわからない」
「いつか、教えてやろう」
ソニアはギルバルドを見上げた。
人と視線を合わせることをためらわないソニアのまっすぐな意思的な瞳。
言葉は未だに粗野でぶっきらぼうなことも多いが、心の中で決まっている彼女なりの倫理はとてもわかりやすく、そして彼女なりの理屈があることをいつでも感じる。
ギルバルドはこの少女のそういった性質が好きだったし、彼女の中にある物事に対する明確な思考は知性の高さを物語っていると思えた。こういった問答は、悪くない。
「ソニア様」
「あ、オーロラ」
ギルバルドの後ろから、重ねた食器を運ぶオーロラの姿が見えた。
その後ろから、遅れてビクターと、アマゾネスのアイーダも現れる。
「なんだ、オーロラが、あの男達に食事させていたのか!?」
「はい、そうです。村へ行く編成からはずしていただいて、ありがとうございました」
そつなく答えたオーロラは、少しだけ疲労感が見える表情だった。
ソニアは心の中で「なんだ、一体誰がオーロラにこの役目を与えたんだ」と苦く思っていたが。
「それより、ソニア様、ご報告が」
「なんだ?」
「オーロラ」
オーロラの言葉を遮ったのは、オーロラよりも先に反乱軍に参加をした、ヴァルキリーへの儀式を行う予定になっているアイーダだ。
ソニアよりもずっと年齢が上であるアイーダは、前髪を右側でわけて肩下まで伸ばした黒髪に、細面ではあるが勝気な顔立ちを持つ豪快な女性だ。
体力だけなら負けません、と言って反乱軍に身を投じた彼女は、なるほど、ヘンドリクセンなんかに比べれば余程体力勝負には強い。よく食べて、よく寝て、やるときだけやる。やらないときはやらない。ある意味、とても扱い安い兵士だ。若いうちはついついなんでもかんでも「頑張っている」ことを美徳と思いがちだが、アイーダは既にそういった年齢を超えたせいか、「やると決めたら徹底する。やらなくていいときは徹底してやらない。それだけよ」とけろりと答える。
こういうわかりやすい人間は、指示も出しやすいし適正も見極めやすい。
紛れもなくアイーダは槍を得手とするヴァルキリーになって前線で働いて貰うことが良いはずだ。更に、これまでの道中での戦闘を見ると彼女は魔法に対する耐性もある方だ。ヴァルキリーのように魔法と槍を使いこなす、どちらの才も両立させなければいけない兵種は彼女には適しているとソニアは考えた。今現在でヴァルキリーへの昇格をソニアが心の中で望んでいるアマゾネスは、アイーダとオーロラの二名だった。実際にアイーダに対しては、そろそろヴァルキリーに、との打診もしている。ウォーレンに相談したところ、アイーダは自分の体力が自慢らしいが、やはり魔法の素質もある、とのことだ。本人はけろりと「わたしなんぞに魔法、ですか。どうもピンときませんね」と笑っていたが。
しかも、普段はあまりにおおらかだというのに「やるときにはやる」の彼女の徹底さはかなりのものだから、やる気さえ維持させれば貴重な人材として十二分の力を今後も発揮してくれるだろうとソニアは信じている。
「食器を片付けて、休んだ方がいい。あなた、顔色悪いわ。ソニア様にはわたしが報告しておくから」
そう言ってアイーダは、自分が持っていた食器を、何の一言もないままビクターに渡した。
ビクターはあんぐりと口を開けて
「俺が報告する立場じゃないのか?」
彼にしては精一杯の反論をなんとかアイーダに返した。一応この軍ではビクターがこの三人の中では一番の古株だし、まあ、こういっては悪いが男性でもある。三人共通で何か体験をして報告をするならば、ビクターが行うことが妥当に思えた。けれども、年上の貫禄とでも言おうかアイーダは軽く肩をすくめて
「他にもソニア様に報告しなければいけないことがあるの。ビクターさん、悪いけど」
と悪びれずにさらりとかわす。
「わかった」
まあ、こういうことをずけずけと先輩兵士に、言葉にすれば下克上も平気でやってしまうアイーダであるから、のちに反乱軍の女性の中で一番に部隊長に昇進するのであるが。アイーダもかなり他人への気遣いが出来る女性だが、それはオーロラの気遣いとは異なる。
ビクターはアイーダから受け取った、賊になんとか食べさせ終わった食器を嫌々ながら運んでオーロラの後をついていくのだった。
「で、なんだ、アイーダ」
「まずひとつは、あの男達のことですが」
「うん」
「どうも・・・ここいらの領主やらと面識がある様子です」
「なんだって?」
「なんだと」
ソニアとギルバルドの声が重なった。
「なので、もしも領主などに引き渡したとしても、何も裁かれずに事が済んでしまうおそれがありますね」
「どうしてそんなことがわかった。それに、そうだとしたら何故昨晩逃げようと」
アイーダは声を更に潜めてギルバルドとソニアに囁いた。
「ギルバルドさんが、脅したでしょう。昨晩」
その言葉にソニアはギルバルドを見上げる。
しまったな、とばつが悪そうにギルバルドは表情を歪めて、年甲斐もなく、いたずらをした子供のようにソニアから視線をそらし、遠くを見た。
それでもソニアがじいっと見ているため、観念して
「脅したよ。寝る前にな」
と白状をした。しかし、その説明だけでは物足りなかったらしく、ソニアはにやにやと笑っている。
「なんて言って?教えてよ、ギル」
「・・・む」
年齢が倍も違う少女にそんな風に言われては、ギルバルドも白黒してしまう。
「どんなこと言って、あいつらの気持ちを煽ったか、後学のために」
「何が後学だ!この子は、まったく!」
そんなつもりはさらさらないくせに、とギルバルドは声をあげて笑った。笑ってから、賊に筒抜けではないかと懸念して、少し彼は移動した。ソニアとアイーダもそれに続いてそろそろと歩いていく。
「あんまり悪態ついてるもんだからさすがに俺も腹がたって、いつまでもうだうだ言ってるなら、領主なんざに渡さないで朝を告げる鳥の声と共にこの世にさよならを言って貰うことにするか、とな」
「うわ、ギルバルドって」
「ともかく、その脅しのせいで、あの男達はもしかして領主のもとに突き出されないかもしれない、と危惧して、昨晩逃げ出そうとしたらしいんです」
「ってことは、ある意味あの騒ぎの張本人はギルバルドってことか」
「おいおい、ひどいことを言うな」
楽しそうにソニアは笑う。
「で、なんでそういうことがわかったんだ?」
「領主に突き出すつもりなのか、オーロラに男達が聞きだそうとしたんです。オーロラは知らぬ存ぜぬを突き通していたんですが、そのうち男の一人が苛立って怒り出して」
「うん」
「解放された暁には、そのう、お前をやりに来るぞ、覚えてろ、女、みたいな。まったく散々ですよ、オーロラは。食事させてやってるっていうのにそこでまでひどい目にあって」
はぁ、とアイーダはため息をついた。
「解放された暁には、か」
ギルバルドはその言葉を繰り返した。
「気になりませんか?」
「大いに気になるところだな。ありえない口ぶりだ。集落まるひとつ惨殺しといて、解放されるわけがない」
ああ、しかし。
ソニアは眉間にしわをよせた。
「ジャンセニア地方の領主がどうもうさんくさいという話は、ウォーレンとランスロットがしていた。まあ、火のないところに煙は立たないというしな。ギルバルド、知っているか」
指名をうけたギルバルドは、ふう、とありがたくなさそうな溜息をひとつついて答えた。
「ああ、あまりいい噂は聞かない。が、どうも人によって言う噂もさまざまでな。なんだかやたらと調子がいい男だという話も聞いたことがあるが、その一方、領主としてはあまり領民に好かれていないという話も聞いたことがある。まあ、そのどっちが本当なのかはよくわからないが、調子が良い悪者というものも、この世の中にはいるもんだ」
それは、わかる。ソニアは彼の言葉に素直に頷いた。
困ったものだ。もしも、アイーダ達の予測が正しければ、あの山賊達をここいらを治めている領主のもとに突き出したところで、何の解決もしない。それどころか、残ったあの集落の人々だって報復される可能性がある。
こうなっては話は別だ。どんなにあの占星術士が口をヘの字に曲げたって、もうちょっと年寄りの知恵というものを搾り出して貰わないと・・・。
そんな風にソニアが既に先のことを考えて、目の前のことにおろそかになったのを知ってか知らずか
「アイーダ、もう一つ、何か報告することがあるといってたな」
とギルバルドが話を促した。
アイーダはギルバルドよりも先に反乱軍に身を投じてはいたが、ギルバルドのもともとの素性や反乱軍に在籍をしたいきさつなどを皆知っており、それとなくギルバルドは上の位のもののように扱われている。もちろん、当初は敵であったギルバルドに対してあまりよくない感情も抱いてはいたけれど、慣れた今となっては少なくともアイーダは、彼を目上の者として正しく敬っている。
「はい」
「なんだ」
「これもオーロラのことなんですけれど・・・報告と言うようなことではないかもしれませんが、良いでしょうか」
「うん」
あっさりとソニアはそう言った。
報告だろうが世間話だろうが構わない。
どういった内容でも、アイーダがソニアの耳に入れようということならば聞くのはソニアの役目でもある。
「昨晩、ほとんど眠っていないようですね。まあ、それは自己管理の範疇なのであまりソニア様にお伝えするようなことではないとは思いますけれど」
「眠ってない、か」
「彼女は、とても静かに眠る女性なのですけれど、昨晩はやたらと寝返りをうっていて・・・そういうことは、誰が口出し出来ることでもないと思っていますが・・・個人の気持ちや体調ですし」
「いや、いい」
ソニアはほんのわずかに首を右側にかしげて、伏せ目がちに呟いた。
「人数が少ないうちは、ほんの少しのことでもきちんと目を行き渡らせたい。だから、そういう報告も、なんていうのかなぁ、うんと、あんまり突っ込みすぎると困るが、今回のそれはありがたい」
「ほう」
とわざと声にするのはギルバルドだ。
ソニアはいささか恥ずかしそうに
「大きな団体が、下のものに目が届かなくなることを、その集団の大きさで言い訳をする。でも違うんだ。そういうところは、人数が少ない時だって本当は行き届いちゃいないんだ」
「知ったようなことを」
そう茶化しつつもギルバルドはおもしろそうにソニアの言葉を聞いて、先を促した。まだ彼女は言い終わっていない気配を残していたからだ。
「干渉のしすぎは困る。それが、こーゆー集団にとって命取りになることだって、あり得る。でも、干渉しなさすぎも困る。それも命取りになるからさ。アイーダだって、いつでも誰かの様子見て、なんでも報告しようとまでは思わないだろ。そういう線引きが正しく出来る人間がいるかいないかが、その集団で目が行き届くか行き届かないかの分かれ目になる」
朝の鍛錬に人々が集まるようになると、多少は把握しやすくなってありがたい。
そう言葉にはしなかったが、ソニアは心の中で付け加えておいた。
また、ランスロット達がさせてくれないからやってはいないのだが、本来飯炊きもソニアは自分でやりたいのだ。
食料がある場所に人は必ず集まる。その場に自然にいられる立場の人間は、おのずと人の動きもわかる。
それは過去にソニアの父親が、どんなにソニアの剣技が優れていて仲間の中心になったとしても、下働きの若い仲間が新たに加わったとしても、ソニアを決して飯炊きからはずさなかった理由だ。それをソニアは知っている。
(とはいえ、結局は一人の裏切りによりその仲間達は命を奪われた過去を持つのだが・・・)
アイーダもギルバルドも、そこまでこの少女の気持ちを読み取ることは出来ないけれど。

川と呼ぶにはあまりにも小さな水の流れの前にひざをついて、オーロラとビクターは食器を洗っていた。
水辺の植物が茂る足元の土は湿っていて、衣類を汚してしまう。オーロラの膝元には薄汚れた布きれが敷いてある。それはとても女性らしいと思う反面、ビクターには理解不能なことだ。どうせ何かをすれば汚れるし、これくらい、と彼は思う。
男の人に食器洗いをさせるのは申し訳ない、とオーロラは言ったが、多分それは嘘だとビクターは思った。
ビクターは、オーロラが「男性は、女性は」となんでも物事に性別を持ち出すようなタイプではないように感じていた。正確に言えば、性別による分担を否定しているのではなく、その時々の合理性を重んじる女性だという印象なのだが、もちろんビクター本人はそんなことを意識して考えたことなんて今までにない。そのどの印象も彼からすれば、今朝から引き続く「なんとなく」が頭につく答えだ。
いつもならばとまどいながらも「じゃあお願いするよ」と言ってしまうビクターだったが、少しだけ間を置いて、心を決めたように彼は答えた。
「俺が、いない方がいいんだったらお願いするよ。でも、武器ももたない君をここで一人にしてはおけないから」
自分にしては上出来な答えだ。言った直後に自分でそれが照れくさいとビクターは思った。
オーロラはビクターをみつめて、それから観念したように苦笑を見せた。その苦笑を見せることが、オーロラにしてはかなりうちとけた状態だということをビクターはよくわからない。
「気をつかわせてしまうのではないかと思って。わたくしが、一人になりたいわけでも、ビクターさんが邪魔なわけでもありません。ごめんなさい」
そう言ったオーロラは、少しだけ頬を紅潮させていた。実のところあまり人の表情の変化に敏感ではないビクターでも、色素が薄い彼女の頬の変化は見て取れた。
オーロラだって、そんなに深くビクターが考えているわけでも、彼女の思いを見透かしているわけでもないとわかっている。けれども、「ばれてしまったな」と照れくさく思うのは事実だ。
そういういきさつがあって、大人しく二人は肩を並べて食器を洗うことになった。
食器は、あまり上等なものではない。運ぶのに負担にならない量しか今は持ち歩かないし、ふちがかけていようがなんだろうが、食料がこぼれなければそれでいい。
残飯は土に埋めて、それから流れが緩やかで浅い川に直接浸して洗う。
洗い終わって水を切った食器を重ねてかちゃりかちゃりとビクターは音をたてるが、オーロラの手元からは音があまり出ない。
ビクターが二つ洗い終わるとオーロラはひとつ洗い終わる。
決してオーロラの手際が悪いわけではない。むしろ、ビクターががさつ過ぎるのだ。
それに気づいてビクターは、洗い終わった食器をもう一度洗い直した。
「・・・なんで、俺が気をつかうと思ったんだい」
突然の質問に、オーロラは手を止めずに、少しだけ考えるそぶりを見せた。
「気を使って、今朝もお話に来てくださったではないですか」
「うん、まあ、それは・・・なんとなく」
「それに、昨日の状態をご存知ですし」
ビクターは、血溜りの中、男達に囲まれていたオーロラの姿を思い出す。
あの時彼女は一体何を考えていたのだろうかとビクターは思った。あの後の様子を思い出せば、ただただ恐怖に震えていたようにはビクターには思えなかった。
あんな状態でも、きっとこの女の人は気丈に、けなげにいたのではないか。
「うん、まあ、それは、ね」
また、同じ言葉をビクターは繰り返した。
「・・・ビクターさんは、わたくしに色々聞くのに、答えると、すぐになんだか逃げてしまいます。ずるいですわ」
「うーん。それは・・・うん。まあ。そうだね・・・つい・・・」
「・・・」
三度目の返事までそれか。
そう思ってかどうかは知らないが、オーロラは小さく笑い声をあげた。くく、とも、くすっ、ともつかない、口から出る音が鼻に抜けた可愛らしい音だ。
彼女が笑うと口角が軽くもちあがって目がわずかに細まり、とても少女らしい笑顔になる。
「反論もなさらないのね」
「本当のことだと思ったから、しょうがないよね。なんだか、答えられなくて」
「まあ」
ビクターは正直なところ、たいそう困っていた。
オーロラの指摘は正しかったけれど、それはどうも今ここにいるビクターに対する言葉ではなく、日常の彼の様子も含めた話なのではないかとちょっとした心当たりにぶつかってしまったからだ。
どういう時にどう、という事例は出てこないけれど、そういう「自分の性質を指摘される」言葉は、本人が一番よくわかっているからこそ、心の中でひっかかるというものだ。
自分は、口ベタというわけではない。標準だと思う。
男なんてもんないつでも自分の気持ちを相手にわかりやすく伝えるなんて作業を必要としないものだし。
そういう考え方が正しいかどうかはわからないが、少なくともオーロラに「それではずるい」ことがあるのだと言われているのだろう。確かに今朝も今も、ビクターは自分のことに関しては逃げ腰になっている。
言葉にするのは、本当に難しいものだ、とビクターはオーロラに目を合わせることが出来ずにぼそぼそと返した。
「自分が・・・人に言ったり聞いたり、してやったりすることをさ、何でそう言ったのか、なんで聞いたのか、なんでやったんだ、とか言われると・・・なんとなくってしか答えられない」
「あら」
意外そうな表情でオーロラはビクターを見て、小さく微笑む。
なんとなく視線を外していたビクターは、視界の隅でそれを見た。
それは昨日から何度もオーロラが見せる、人を気遣った無理な笑顔ではない、とビクターは思う。
と、オーロラは視線を外さないまま、笑顔を小さく浮かべたままでビクターに効いた。
「昨日わたくしを助けてくださったのは、なんとなく、なんですの?」
その問いにはビクターの方が驚いて、オーロラを見る。
「違うだろ。あれは・・・仲間だから・・・いや、助けて当たり前だろう」
「じゃあ、今一緒に食器を洗ってくださっているのは?」
ビクターは観念したようにぼそりと答えた。
「心配だったからだよ」
「・・・わかっています。十分過ぎるほど伝えてくださっていますから」
まいった。お手上げだ。
ビクターは肩の力を抜いて、溜息とも言えない息を、ふう、と鼻から抜いた。
彼はあまり言葉の駆け引きややりとりは得意ではない。どうも、オーロラはそういうことが得意らしい。
そうであれば、自分は素直な気持ちを言葉にすることだけが精一杯ではないか。オーロラの気持ちをそれとなく伺い知ろう、とか、そんなことは難しすぎる。
「そう言われると、困るよ。今でも困っているけど」
オーロラははらりと落ちてきた耳の脇にかかる毛をかきあげながら小さく肩をすくめ、話を軽く逸らした。
「でも、大丈夫です。どれだけ口汚くあの人たちに言われても、わたし、傷つきません」
「オーロラ」
「傷つく必要なんてないんですもの」
アイーダとビクターとオーロラの三人であれば、山賊たちが茶化しに茶化すのはやはりオーロラだ。
なんといっても若い女性というのはそれだけで男達の標的にされがちだ。
その上、オーロラは昨日の事件の当事者だ。
苛立った山賊はオーロラに口汚く罵り、下品な言葉をいくつも投げつけた。
黙れ、とビクターが一人の胸倉を掴めばもう一人が笑いながら茶化し、そいつの首をアイーダは締め上げた。
オーロラはただ何も言わずに男達をじっと見つめ、それからビクターとアイーダに「大丈夫です」と告げて食器を片付けようとした。大丈夫、とはどういう意味なんだろう。ビクターはそう思う。オーロラが昨日から繰り返すその言葉は、意味がわかるようでわからない。
アイーダは「男のくせに女の恰好しやがって」と女性として許されない言葉を吐き捨てられたが「聞きなれた言葉だわ」と軽く流していたし、下卑た言葉はそうそう浴びなかった。
しかし、昨日の今日で当事者であるオーロラが何故山賊達の食事に付き合わなければいけなくなったのかといえば、彼女が自分からその役目を買って出たからだ。
そのことはビクターにとって、とても漠然とではあるが「なんで?」とまた疑問を投げかける事柄だ。
「オーロラ」
「はい」
「なんで、食事をさせにいくのに・・・立候補したんだ?」
「どうして、そんなことをお聞きになるんですか?」
「・・・」
ビクターは一瞬黙った。けれど、それについては明確な答えがするりと出てくる。
「オーロラが考えていることが、わからないから」
オーロラは洗い終わった食器の数を確認して立ち上がる素振りを見せたが、ビクターのその言葉にぴくりと反応した。二人の間に一瞬の緊張が流れたけれど、それはオーロラが苦笑を見せることで緩和した。
次に彼女の口から出てきた言葉は明らかな嘘だったし、どれほど明らかかといえばビクターですら看破出来るほどのものだ。きっとオーロラ本人も、ビクターが信じるわけがないと思っているに違いない。
それでもオーロラは、お返しとばかりに答えた。
「なんとなく、ですわ」
とても静かな嘘だった。その静けさゆえに、ビクターはそれ以上の追求をやめた。
彼女の心をこれ以上乱す可能性がある自分のことを、ビクターは少しばかりうとましくすら思っていたのだ。
大丈夫。心配いりません。ありがとうございます。
繰り返されるその言葉を聞けば聞いた分、これ以上その言葉を言われたくない、という感情がビクターの心のどこかで小さく動いた。


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モドル

はいはい。まだ続いています。地味な話ですが、お付き合いいただけると嬉しいですv
分割の都合でちょっと短めかな?