癒し-4-


オーロラは食器を片付けた後に女性兵用の天幕に戻り、ごろりと横になった。野営の天幕は出来るだけ平地に設置するけれど、土の上に布を軽く敷いただけの内側は、横になるとやたらとごつごつした感触がわかる上に、ひんやりとし過ぎて心地よくはない。
眠るつもりはなかったけれど、体が少しばかり重いのは事実だ。
彼女は自分の若さに甘えて無理に元気にふるまっていたが、こうして一度体を横たえるとその疲れをいっそう感じる。
何故反乱軍に身を投じたのかという、自分の中にしまわれている過去を思い出して、彼女はまばたきを忘れたように天幕の片隅に置いてある女性兵の荷物を凝視した。
瞳を閉じれば眠ってしまう。だから、瞳は閉じない。
それでも思考はぐるぐると過去のことだけを繰り返して、彼女の心を苛む。
大丈夫。
これくらい、どうってことない。
そもそもオーロラは帝国兵に対しては特に大きな恨みを持っているわけではなかった。
帝国の首都から遠くあまりに離れた彼女の故郷では、確かに圧政はあったけれども、個人的に帝国兵に弾圧を受けることはあまりなかった。ゼノビア近辺に戦火が広がっていた当時のことはわからないが、少なくともオーロラが生まれてからこのかた、帝国兵に直接彼女が何かしらの被害を被った記憶はあまりない。
ただ、弾圧を受けない代わりに、正しい政治も望むことは出来なかったのは事実だ。
金さえ払っていれば帝国は彼女らに危害を加えることはなかった。ただ、それだけの関係。
25年前の戦以降、領主が新しく帝国から派遣された、産業経済の中心とされる人口密集した地域はまた話が違ったのかもしれない。それは、そのどちらにも住んだことがある人間にしかわからないことだ。
少なくとも、オーロラが住んでいた町はそうではなかった。地方の領主は戦の前後では変わることはなかった。むしろ、変わってしまったのは彼自身だ。
運が良かったのか悪かったのか、領主はオーロラの父親の従兄弟だった。
だからといって何か恩恵を受けた覚えはないけれど、彼女の丁寧な物言いはもともとは父方の穏やかな気質と教育から来たものであるらしい。
当然のことながらオーロラは先の戦の頃はまだこの世に生まれていなかったわけだから、前後の変革というものを体感したわけではない。しかし、幼い頃から彼女の両親はよく昔のことを彼女に話していた。
オーロラは、ギルバルドが仲間になった時には既に反乱軍に身を投じていた。
そして、ギルバルドの境遇を見聞きして、彼女は自分が住んでいた町を管理する領主のことを思い出していた。
ああ、あの領主が、あともう少しでもギルバルドさんのような気持ちで、民衆のために帝国に組していたのであれば。
ギルバルドは、旧ゼノビアでは魔獣軍団を率いていた。そこにはカノープスも所属をしていたという。
シャロームの領主でありつつも魔獣軍団を率いていた高名な彼は、先の戦いで最後まで戦いきろうとせずに帝国に屈服する道を選んだ。
それは領主としての彼が、自分の信念ひとつのために、守らねばならない民衆へこれ以上の危害が及ぶことを許せなかったからだ。
何が正しいのかは誰にもわかるわけがない。人々は帝国に伏したギルバルドを「帝国の犬」と呼んでなじったけれど、それがなければシャローム地方はもっともっと戦火におおわれて、未だにいえぬ深い傷を負っていたのかもしれないのだ。
彼の選択を肯定することも否定することもオーロラには出来ない。出来ないけれど、一人の戦士としてではなく、一人の領主として道を選んだのだということだけは理解出来る。
感情で言えば、彼女はギルバルドのその選択肢を好ましいと思った。オーロラは国に仕える人間でもなければ騎士道も知らない。一民衆からすれば、自らの命が大切だ。そして、領主はその命を、生活を守るために時として個人としての自分を犠牲にしなければいけないと思える。
けれども、オーロラが住んでいた地方の領主はそうではなかった。
彼にかかっていた帝国からの圧力をオーロラはよくは知らない。
彼は帝国への高い納税をどうにか納めることに必死で、ごろつき共の略奪や陵辱に対する取締りをすることが出来なかった。
オーロラの両親はそれを見かねて直訴に行った。特に父親は、血の繋がった、幼い頃を知っている間柄である領主の奇行を許しておけずに何度も足しげく通った。
納税のために保管しておいた物資を略奪していくものを放置しながら、民衆に納税しろというのでは話がおかしい。
領主は必死にとりつくろって、どうにかする、どうにかする、と言ってはいたが、それは実際には遂行されなかった。
帝国兵達も派遣されていたが、もともと帝国の人間ではない領主に対して圧力をかけるための派遣だったため、彼らの力は自治へは何一つ生かされなかった。あえて言えば、その点は憎らしいとオーロラは思う。
一体何が起こっているのか、オーロラにはよくわからなかった。
彼女は自分が生まれる前に起きた戦争のことも、戦争前後の違いもよくわからない。
ただ、彼女と彼女の両親が薄々わかったことは、辺りを闊歩しているごろつき共が彼女達の納税を邪魔していること。そして、それが何故だか暗に公認されていることだった。
オーロラにはその意味がわからなかった。
とても大きな矛盾を秘めているからこそ彼女は追及をしたかったのだけれど、近くの大人達にそっとそのことを聞けばみな黙してしまう。
それは、周囲の大人達がその不思議な現象の仕組みを完全にわかっていたからではない。
言葉にすれば、自分達に災厄がかかってきそうな気がしていたからだ。
火の粉がかからないことだけを願いつつ、略奪の対象にならないように、それでも納税物資は余剰に保管して・・・それがオーロラが幼い頃から知っていた自分の故郷の人々の姿だ。
どこかで略奪が行われれば、自分の家でなくてよかったと胸をなでおろしていた。
他人の不幸で安心するなんて、それはおかしいことだ。
そうオーロラが気付くには少しばかり時間が必要だった。そうだ。時間を要するほどに、自分の神経は麻痺していたのだろう、とオーロラはふと過去を振り返る。
いつも鮮やかに思い出されるのは、友人達から投げつけられた最後の言葉だ。
・・・そうじゃないのに。そうじゃないのに、どうして。
オーロラはごろりと丸くなって膝を抱えるような恰好になった。あまり厚みのない体がたたまれて、天幕の中で自分の存在の小ささを主張しているかのようだ。
「大丈夫」
声に出して自分にいい聞かせた。
それは、とても安っぽい響きに思える。
「だって、ひどい目にあったのは、わたくしではないわ」
続けた言葉の薄っぺらさに自分で驚き、深い溜息をついた。丸まった状態での溜息は、肩が大きくあがり、胸が痛くなると思えるほどに深く上下した。

ランスロット達が集落から戻って来てから半刻。ソニアは賊の処遇を決めるためにウォーレンとランスロット、それからギルバルドとカノープスを加えて話し合った。この辺りの事情に詳しい人間の意見が欲しいと思ってのことだ。
結論は出なかった。
一番簡単なことはソニアが冗談で言ったとおり、ここであの男達を殺してしまうことだったが、それはウォーレンもランスロットも頑として首を縦にふらない案だった。
もちろんソニア自身だって本当にそうしたくて言うわけではない。ソニアに賛同しているカノープスは半分本気かもしれないが。
「だって、領主にあいつら渡しても、あたし達が反乱軍だってのはバレちゃってるわけだから、そもそもあいつらを引き渡すこと自体が危険なんだし」
「それは最初から危ぶまれていたことではあるが、正しい処置ではあるだろうし。やりようはある」
ランスロットがそういえば、ソニアは拗ねたように
「でも、それじゃ駄目なんだろ。領主はやつらを見過ごすかもしれないし」
と答えて平行線だ。
ランスロットもなんとかいい方法は、と考えているのに、それがみつからないままソニアの意見に反対をしているだけだ。それは彼自身もわかっているが、なんともしようがない。お互いに苛立ちを隠せないまま、解決策が見つからない。
ソニアは唇を尖らせる。
その表情は彼女の癖で、物事がうまく運ばない時に必ずといって良いほど見える。
そこまでわかりやすく顔に出すことはあまり好ましくない、と何度ランスロットやウォーレンが言ってもなかなかに直らないもので、すぐにランスロットが軽く「こら」と他の人間には聞こえない声でソニアに囁く。
その「こら」が一体何を指すのか、言わずにも気付いてソニアは表情を改めた。
不平そうにランスロットを見るが、そこは年上の貫禄か、何事もなかったように知らぬふりをきめている。
「やっぱ、あの集落のやつらにまかせちまえよ。んで、領主に訴えるも訴えないも、あいつら殺すも殺さないも、あいつらの勝手、と」
カノープスのその意見はある意味とても建設的だが、不可能に近い話だとソニアは思う。
子供達を養っていかなければいけない大人の人数すら、この賊達よりも少ないというのにそんなことが出来るはずがない。
「もういっそのこと、ここに放置していくか」
肩をすくめて冗談まじりにギルバルドがそう言う。ソニアは首をふった。
「駄目だ。手を出した以上、そんな中途半端じゃ、何も片がつかない」
「確かにそうだが」
「ウォーレンは、どー思うんだ。さっきから黙りっぱなしで」
「難しい話ですな」
右手で数回、自分のあごに蓄えた長い髭をウォーレンはなでた。
「一番良いのは、この者たちが罪を犯したことを民衆に公開しつつ、領主に裁かせるということなのでしょうが」
「あー。要するに、こいつらを簡単には釈放出来ないよーにさせるってことな」
カノープスはそれに続けて気だるそうに、どこかしら投げやりにいい放つ。
「町の広場にでも罪状と一緒に置いてくるってか」
「まあ、そういう感じで」
「それも面倒じゃねーか。第一反乱軍とばれないよーに置いてきて、その上そこに行くまであいつらをある程度養わないといけないんだろ」
「解せないのは」
ウォーレンはカノープスの言葉を聞いているのか聞いていないのか、それには特に返事をしないで違う話題をふった。
「領主が何故やつらを見逃しているのか。それも気になるところですな」
「知り合いかなんかなんだろ」
ソニアが簡単にそう答えると、ウォーレンは首を横にふる。
「そして、もっと街中であれば金目のものや何やらを持っている家などたんまりあるだろうに、こんな離れた集落を狙うのかということも気になりませんかな?」
「町だと捕まるからじゃないのか」
ギルバルドはあっさりとそう言ってのけた。
「捕まって釈放され、また捕まって釈放・・・というわけにはいかないだろうし、それをすればさすがに民衆も気付くだろうしな。目立たないところでやった方が良いに決まっている」
「ギルバルド殿は、領主としては優れた御仁でしょうから、歪んだ領主の心持はご理解されないのかと思うが」
「敬称なぞ、省いてもらいたいものですな、ウォーレン殿。歪んだ領主の心持とは?」
ウォーレンは軽く首を横にふった。
「多分、あの賊達は、領主に見逃してもらっているのではなくて・・・」
ソニアとランスロットの眉がぴくりと動いた。

ランスロット達が持ち帰った食糧を改めて積荷にする作業をビクターは行っていた。
普段ならばそういう作業はオーロラがやってきて手早く手伝う姿が見えるのだが、彼女は休んでいるのか、出てこない。
それを思うと本当にオーロラは働き者で、いつも何かしらこの軍に関わることをやっていたのだな、とようやくビクターは気付かされる。
「よーし、これで魔獣達にお願いする分はいいな」
ビクターの「お願いする」という言葉がなんだか好ましいとハイネは思いつつ、それは口に出さずに事務的に応じた。
「じゃ、みんなに分配する荷物を作りますね」
「ああ」
ハイネが土の上に座り込んで、小さな荷物を作り始める。ビクターはガストンとテリーと共に魔獣達の下へ大きな荷物を運んで行く。いつもならばヘンドリクセンも一緒なのだが、今日は一日お休みだ。
「今度はポカやらないようにします」
ガストンは照れた顔でビクター達に言った。
「そうだなぁ。荷物も小分けにしてあるから、大丈夫だと思うけど」
ビクター達に遅れて仲間入りをしたテリーはのんびりとした口調でそう相槌をうった。ヘンドリクセンとテリーはどちらも武芸よりは魔道の力に秀でていて、二人供とても穏やかな人種だ。本の虫のヘンドリクセンと比べると、テリーの方がより人当たりもよく、ビクターよりわずかに年上であるせいかうわついたところが少ない印象を受ける。まあ、よく言えばそうではあるが、悪く言えば覇気が足りないといったところか。決して悪い人間ではないが、反乱軍兵士となるにしては活気が不足しているようにも思える。
「でも、ガストンはよく頑張っているみたいだね」
テリーはそう言って小さく笑った。
「いえっ、いえいえ、そんなことはっ、いえ、いえ!ないですよっ」
突然のことに謙遜してガストンは慌てて手を横に振りながら否定を繰り返した。その様子がおかしくてテリーもビクターも大笑いをする。
「なんで。頑張ってるのを褒められたら素直に受け入れたらいいのに」
ビクターがそういうとガストンは頬を紅潮させた。でも、と意味のない言い訳をしようとするガストンに、テリーは穏やかに言い聞かせた。
「この軍に入るまで、ビーストテイマーになろうなんて考えてもいなかったんだろう?なのに、もうギルバルドさんもガストンのこと高く評価してくれているみたいじゃないか」
「そりゃあ・・・考えてもみなかったですよ。だって、そもそも反乱軍に入ろうだって、そんな・・・最初から心積もりがあったわけじゃーないですし、剣もって誰もがわーって戦うんだと思っていたから、自分には不向きだとも思ってましたけど。ビクターさんみたいに、剣は、得意じゃなかったから、やってけるのかも心配だったし」
「俺もそんな得意じゃないよ」
「でも、今のこの軍では・・・その、ランスロット様の次に」
一瞬の躊躇は、昨日亡くなったクライブのことを思い出してのことだ。
剣の腕に関しては、ランスロット、クライブ、そしてかなりの実力差があってビクター。それが今のこの反乱軍の実状だった。
当然のことながら、クライブを失ったことは反乱軍全体の損失だ。
「ソニア様にも勝てやしないよ、俺は。まだまだひよっこで」
そういってビクターが苦笑を見せると、今度はガストンが慌てて
「それこそ、ビクターさんだって頑張ってるじゃないですか。朝の鍛練欠かさないし・・・それだけじゃないですよね。ソニア様と最初に反乱軍を起こそうって立ち上がったわけですし。俺、それだってすげーって思うし・・・」
ビクターはそれへは更なる苦笑を見せるだけだ。
さすがに「いや、俺は、頭数そろえるためにソニア様に」とはまだ大きな声で言える立場ではない。
薄々とビクターの困惑をかぎつけたテリーが呑気に助け舟を出した。
「というわけで、一番頑張っていないのはわたしとゆーことで」
「うわ!テリーさん、なんでそーゆーことに」
めずらしくテリーは声を出して笑った。ビクターもそのガストンの様子ににやにやと笑いつつ、違うことを考えていた。
そうだ。俺は、ソニア様に雇われて、反乱軍立ち上げのための頭数になっただけだ。そこからすべてのことが始まったように思える。
そもそも反乱軍に入る心積もりなんてなかった、とガストンは言った。
これから先の行軍に関しては、反乱軍の知名度があがって志願者も増えるだろうが、今の時点でここに身を投じた人間は、余程の阿呆か余程の覚悟があった人間なのだろう。
詮索はしたくない。ただの、単純な疑問だ。きっと自分は聞けないけれど。
オーロラは、何故、ここにいるんだろうか。
あまりそういうことに鼻が利くわけではない自分でもわかる。彼女の育ちは悪くはない。
そんな女性が、どうして弓矢を持って戦わなければいけないのだろう。

夕食の支度は手伝わないと、とオーロラは起きだして天幕から出てきた。
それに、明日には出発するのだろうから、それについての通達も夜までにはされるはずだと思う。
「あら、オーロラ、よく寝た?」
「はい。ありがとうございます」
見るとアイーダがあまり得意ではない野菜の皮むきをしていた。麻の袋からごろりと野菜達が顔を覗かせている。
アイーダは地面にあぐらをかいて難しい顔で作業をしている。
得意ではないものの、あまり皮を厚く剥くとそれは無駄になってしまうから、とぎこちない動きだ。
彼らは剥いた皮を干して非常食にする場合もあったけれど、それには野菜の向き不向きもあった。非常食にならない皮を剥くときは、出来るだけ薄く、と心がけなければいけない。
「替わります」
「ありがと。あたしはやっぱり、水運んで火焚いてた方がいいみたい」
「そちらをお願いします。これは、何を作るんですか?」
「今日も野菜のスープ。貴重な香辛料もらったから、味付けはちょっとくらい変えようかとハイネが言ってたわ」
「まあ。それなら、みんなも食がすすみますね」
「そうね。ハイネが向こうでパン焼いているわ」
「わかりました」
アイーダと交代をしてオーロラは座り込み、野菜の皮むきに取り掛かり始めた。
人数は多いけれど、もう分量は大体把握している。
昔は母親と交代で食事の準備をしていた。オーロラにとっては家事全般が出来ることは当然のことで、苦にはならない。
手早く芋の皮を剥いていると、ぽてぽてとソニアが自分の方に向かってくる姿が視界に入った。小柄な彼女の後ろには、何故かビクターがついてきている。
「オーロラ起きたか」
「はい。ご迷惑をおかけしました」
「そうでもないよ。今、頭すっきりしてる?」
そういいながらソニアはどっかりとオーロラの前に腰をおろした。
小柄でいつも体重を感じさせない動きを見せるが、ソニアのそういう仕草は時々驚くほど男めいている。
「?・・・はあ」
一体何の質問だ、とオーロラは彼女にしては間の抜けた声を返してしまった。ナイフを動かす手を止めて、まじまじとソニアを見つめるその瞳は寝ぼけ眼ではない。
ソニアはオーロラの脇に山積みになっていた、野菜の皮をつまみあげてしげしげと眺めて違う話をふった。
「オーロラは皮むきうまいな。今度あたしと勝負だ」
「勝負ですか。ソニア様は皮むきがお上手なんですか」
くすりと小さくオーロラは笑う。ソニアの後ろについてきたビクターは所在なく立っているだけだ。
「驚くぞ、きっと」
ソニアはそう言ってにやりと笑顔を見せた。それにつられて笑顔を作ろうとしたオーロラに余裕を与えないまま、ソニアは声を潜めて本題に入った。
「率直に聞くけど、あの山賊達、どーしたらいいと思う?」
「・・・何故、そんなことをわたくしに」
「今、みんなに聞いて回ってるんだ。こーゆー小さな軍はそれが出来て便利だな」
「多数決か何かになさるんですか?」
「かもな。ま、参考までに」
オーロラは唇を引き結んでソニアを見た。
どれほどの重要なことなのかを計りかねて考えあぐんでいる様子だ。
「・・・あの方々は正しく裁かれる必要があるのでしょうが、裁く側が正しくなければ意味がありません」
「だな」
「誰が、正しく裁いてくださるのでしょうね」
「・・・」
それはオーロラからソニアへの問い掛けだ。
「誰だろうな。少なくとも、それはあたしじゃない。あたし達は帝国を倒す大儀を持っているけど、権力や支持を持っているわけではないし」
二人のやりとりの真意がビクターにはわからない。
ソニアはただ単に、彼女だけがやってくるとみんな警戒して話たがらないだろうから誰かくっつけていこう、と軽い気持ちでビクターを選んだだけだ。それは、ランスロットやギルバルドやカノープスではいけないと思えた。
最初にソニアは同じ問いをビクターにも投げかけた。それに対してビクターは即答出来なかった。
彼はあまりそういった判断を今まで要求されたこともなかったし、誰かが考えてくれることは素直に他人に委ねるだけの人間だった。時折決断をまかされるときに彼はとても躊躇する。
この軍に身を投じてから、自分は常に自分の中での決断を行っているわけではないのだ、と痛感させられることもしばしばあった。
情けない、とうちひしがれたこともあったけれど、ヘンドリクセンは「そこがビクターらしいところなんだろうな」と慰めにもならない慰めを言ってくれている。
彼は自分が常に凡庸で、悲しくなるくらい小事を処理することぐらいしか出来ない、と思い込んでいた。
反乱軍にいつづけても自分は多分今のように、ずっと下っ端で走り回るだろうし、ナイトに昇進したって、人の器自体が変わるとは思ってはいない。
「一番良いことは、領主が正しい人間で、領主のもとで裁かれることだと思うのですが、それが約束されていない地域もあると思います」
オーロラは言葉に詰まることなく静かにそう言った。それは、頭の中で、口に出したいことが既に整理がついているということを表す。オーロラはいつも言葉を紡ぎだす直前で一度踏みとどまり、言葉にすればあまり淀むことがない。「一体何をいいたいんだ」と相手に不快を与えないような配慮のつもりだろう。
オーロラは口を閉ざして、この意味が伝わるだろうか、と探るような視線をソニアに送っている。
残念ながら、自分にはわからない、とビクターは思う。
ただ、彼がわかるのは、彼女は自分と違って物事をいつでも自分の心の中で判断なり決断なりしているのだろうということだ。それには素直に尊敬の念を抱いたけれど、反面、とても単純な思いが彼の中に生まれる。
疲れないのかな。オーロラは。
それを口に出せばまた自分は阿呆なことを言ってしまいそうで、ビクターは心の中にその問い掛けをしまっておこう、と誓ったけれど。
「そうだな・・・オーロラは、そう思うか。このあたりの領主のことを、知っているのか」
「いいえ、存じていません。存じてはいないのですが」
言葉を濁そうとしてオーロラはそっとソニアから視線を外した。
それから、ちらりとビクターを見る。めずらしく聡くビクターはそれに勘付いて、自分から慌てて聞いた。
「・・・俺が、いると、邪魔かな」
「あ、いえ、そんなことは・・・」
そうだ、とオーロラが言うはずはない。それなのに「邪魔かな」と問いかけるのは無茶なことだな、と考え、ビクターは言葉を変えた。
「・・・邪魔なんだよね。ソニア様、俺、はずしましょうか」
「ビクターが邪魔なのか、オーロラ」
ソニアはビクターの言葉をそのまま使ってオーロラに問い掛けた。そんな風に聞かれては、たとえそうでもそうと言えなくなってしまうことをソニアはわかっているのだろうか?
わずかな躊躇の表情を見せて、オーロラはうつむきがちに答える。
「そうでは、ありません。その。今日は、とても、ビクターさんに朝からご心配をかけているようなので、恥ずかしく思えただけです」
彼女らしくない切れ切れな回答。
一瞬ビクターは「また嘘を」と思ったけれど、やはりそれは口に出さなかった。すると
「心配なんか、させときゃいい」
ソニアはあっけらかんとそう言った。「え?」とオーロラもビクターもソニアに視線を集中させる。
「ビクターは、心配するのが、好きなんだ」
「ええええ!?」
思いも寄らないソニアの言葉に、ビクターは叫び声をあげた。
「お、俺が!?」
「だろ?」
「い、いつそんな風なことを言いましたっけ!?」
「うん?だって、そーだろ。あたしがシャロームの中心に行く時だって、ビクターは言ってたじゃないか」
「はあ?」
「あたしを一人にさせておくと一体何をしでかすかわからないから、誰かいいお目付け役が出来るまでつきあってくれるって言ってただろ」
「それのどこが心配なんですか!?」
確かに自分はそう言った、とビクターは思い出していた。ソニアとの始まりは突然で、頭数が足りないから一緒に来いと言われてから、その「頭数」がそろうまで一緒にいる契約だった。
ウォーレンやランスロットとめぐり合ってから、ソニアにとっての「頭数」がそろってきたように思えたというのに、別れ難くなってこうして未だにビクターは反乱軍にいる。それには多少なりのやりとりもあったわけで。
ヘンドリクセンに「ソニア様の元から離れられなくなったんだろう」と言われた時に慌ててビクターは否定をした。照れ隠しである。
そして、否定するために叫んだ言葉が、今ソニアが言っていた内容だ。
叫んだ挙句に当の本人に聞かれてしまってばつが悪いことこの上なかったことを思い出したビクターは、この場でもあせって自分をフォローしようと必死になる。
「心配してくれたんじゃなかったのか?」
今度はソニアがきょとんとする番だった。
そんなに素直に受け取られていたとまでは思っていなくて、ビクターは更に動揺してしまう。
「そんで、ちょーどいいお目付け役が出来たけど、ビクターどーする?って聞いたら、本当にちょーどいいかはまだわからないっていって、残ってくれたんじゃないか。もー、ビクターは心配症なんだから」
「ちっ、違いますよっ!」
仮に自分が心配症だとしても、それのどこから「心配するのが好き」になってしまうのか、その思考がよくわからない。
断じて自分は違うとビクターはソニアの頭の上から必死に訴えたが、小さなリーダーは聞く耳もたずできっぱりと断言をした。
「だから、オーロラも、ビクターを心配させりゃいいんだ」
その言い草があまりにも真面目くさったものだったので、オーロラは表情を緩和させる。
「はい、わかりました」
対するこちらも真面目にそう答えたものだから、ビクターは赤くなったり青くなったりで忙しい。
「ご心配おかけしますけれど」
「いっ、いいよ、そんな改まるようなことじゃないだろう」
「そうですけれど、ソニア様がああおっしゃってますし」
「オーロラまで一緒になって俺をいじめるつもりなのか」
「いじめるって一体なんのことを言っているんだ、ビクター!」
まったくわかっていないリーダーが、ビクターの言葉で本気で憤慨した。
やはり未だにこのリーダーは様様な意味でお目付け役が必要らしい。
「まあ、いじめているなんて。ふふっ」
ビクターとソニアの二人を見比べて、オーロラは笑い声をあげた。とても優しい、耳に心地が良い声だとビクターは思う。
考えてみれば、誰かの声を心地良いなどと感じることが今までの人生であっただろうか?
不思議な女の子だ、とビクターは笑顔を見せるオーロラをついみつめてしまった。
当人はそれに気付いたように、ほんの一瞬視線を合わせてから目をそらす。それに助け舟のつもりでもなく、良いタイミングでソニアが問い掛けた。
「で、なんだ。心配させたくないっていう話の内容は」
「あ、はい・・・実は・・・あ、えっと、もしよければ・・・」
「うん」
「少しばかり長い話でも大丈夫でしょうか」
「いいぞ」
「それでしたら、皮むきをしながらの失礼になっても」
「わかった。あたしも皮むきをしながら聞くぞ。ビクターは?」
「お、俺もですか!?」
恐ろしいことにソニアは腰につけた剣をすらりとぬく。腰をおろした状態でよくもそんなことをするものだ。
いや、問題はそうではなく。オーロラは慌ててソニアを止めた。
「ソニア様!今、ナイフをお持ちしますから!」
「?別にこれで十分だ」
ソニアは本気らしい。ビクターもオーロラに加勢をした。
「うわー!頼むからやめてください!」
すぐさま、「今お持ちしますから思いとどまってください」と繰り返しつつ、オーロラは天幕近くに置いてある荷物に向かって走っていく。その様子を見送ってからソニアは肩をすくめて
「あたしの方が心配されてしまっているのかな」
なんてことを言いながら剣を腰に戻す。それからオーロラが置いていったナイフを手にとって、くるくると野菜の皮剥きを始めた。その手際は見事なものだ。
この軍にこの先入ってくる兵士達は知る機会はないかもしれないが、ビクターは知っている。
ソニアは料理がうまい。
ビクターもヘンドリクセンも、数少ない、ソニアの野営料理を口にしたことがある貴重な人間だった。
「相変わらずお上手ですねぇ」
「うん・・・ビクターはすっかり慣れたな、あたしに敬語を使うのを」
「はは・・・まあ、そりゃ。それに、なんだか、悪くないんです。あなたに敬語使うのも」
「・・・?そういうもんなのか?」
「はあ」
ソニアは「変なの」と言ったっきり皮むきに没頭し、二人は言葉をそれ以上交わさなかった。やがて、オーロラがナイフを手にして戻ってきた。
「はい、ビクターさん」
なんの悪気もない様子でオーロラはビクターにナイフの柄を向けて渡す。場の流れに逆らわずに一応受け取ったものの、事の真意を量りかねてビクターは苦笑を見せた。
「俺もやっぱり剥くのか!」
「えっ、手伝って下さらないんですの?」
「そうだ手伝え!」
やはり、女性二人にいじめられている気がして、合点がいかない。ビクターは憮然とした表情のまま、不承不承野菜に手をのばす。なんのかんのと素直な男だ。
男性に皿洗いをさせるなんて、と嘘でも口走ったくせに!と思いつつ、観念して、よりによって面倒な芋の皮むきに彼はとりかかるのだった。

「お疲れ様です」
天幕から少し離れたところまで見回りにきたランスロットにビクターは頭を下げた。
初めは不信感を抱いていたけれど、このゼノビアの騎士は少なくとも高慢さというものは、多くは持ち合わせていないらしい。それがわかってからはビクターも、また、ヘンドリクセンも、多少なりと接し方が変化してきたようだ。
今晩ビクターは夜番として見張りについていて、夜半過ぎ、月が西に傾く頃合までは起きていなければいけない。
「ご苦労だな」
ランスロットは彼自身が見張りにつこうがつくまいが、夜番の兵士にも朝番の兵士にも、出来るだけ声をかけにゆく。
人によってはそれを「俺たちを信用していないのか」と思うこともあるだろうが、ランスロットのそれは違うだろうとビクターは思う。たとえ本当はそうだとしても、そうは思わせない誠実さやら人徳やらなにやらが、この騎士からは伺われる。
「ソニア殿に振り回されていたと聞いたが」
「ああ、まあ、少しばかり・・・結局、やつらをどう処分することに決めたんですか?」
明日、この地を出発する、という通達は夕食後にやってきた。
たったそれだけの簡単な通達に、ビクターは面食らい、疑問を抱いていた。
「・・・魔獣にのせて、遠くに放すことにした」
「ええっ!?なんでですか?」
「そして、我々は進軍を早める」
ビクターは、自分の問いに対してのランスロットの回答が何を意味しているのかをよく理解出来なかった。
「あの山賊達が、次の集落を襲う前に、我々はしなければいけないことがある」
「わたし達がしなければいけないこと・・・ですか?」
「そうだ」
ランスロットは深く頷いた。
もともと大きなボディランゲージを滅多に示すことがないこの騎士がゆっくりと頭を動かす様を、ビクターは不思議そうに見つめる。
「反乱軍としてなすべきことは、あの者達を裁くことではない。あの者たちを正しく裁ける世の中にすることだ」
「じゃあ、あいつらを見逃すってことですか」
「今の時点では」
「その、よく、わかんないんですけど」
「・・・領主があの者たちを正しく裁けないならば、民衆に裁かせればいい。それが無理ならば、正しく裁く力を持った者を領主にしなければいけない」
「・・・」
「早く、ジャンセニア湖ほとりにいるらしい、ここいらを仕切っている領主殿のもとに行こう。和平になるのか、戦になるのかはわからないが」
そういうことか。ようやくランスロットがいわんとしていることを理解してビクターは納得した。
ビクターはソニアとオーロラのやりとりで、おおよそあの男達が、オーロラの郷里で略奪を行っていた者達と似た境遇にあるのではないかということをわかっていた。
あの男達は、領主から許可を受けているか、あるいは、依頼をされて、街中から離れた場所で略奪を行い、領主のもとへと届けているのだろう、とソニアが言えば、オーロラは頷いていた。
オーロラの郷里では、年々増えていく納税を補うために、初めは他の領地に「出稼ぎ」にいっていた、領主に雇われたごろつき達が、そのうち他の領地から搾取するだけでは間に合わず、同じ領地内の人々から物をまきあげていたということだ。
納税分を増やすと民衆に言えば、領主としての立場は難しくなる。
それでは、増やさないふりをしつつ、不足分を補うには。
とても子供めいた手段だといわざるを得ないが、更に民衆から搾り取るには、抗うことが出来ない略奪が一番てっとり早いのだ。それは、あまりにも効果を発揮していた。奪われるかもしれない、だからもっともっと確保しておかなければ。そうして民衆は朝から晩までくたくたに働き続ける。
ごろつき達をどうにかしない領主に対しての文句は山ほど出るけれど、実際に男達に抗う手段は彼らにも領主個人にもない。かといって、領主のもとにいる帝国兵が手を出せば、もしかすれば納税がぐんと跳ね上がってしまう可能性もある。
恐怖への板ばさみだった人々のことを思うと、さすがにビクターの眉根は寄せられる。
「それくらいしか、出来ることがないんでしょうか。それに、領主が変わったからといって、あいつらがああいった事件を起こさなくなるかはわからないし、すぐにでもまた何か事を起こすかもしれないじゃないですか」
「それくらいしか、出来ることがないんだ」
ランスロットはきっぱりとビクターに言った。
本当はそんなことは言いたくなかったし、そうではないと思いたかった。それでも、心が揺れるそぶりを見せては、ビクターをはじめとした、この軍の兵士に申し訳がないということをランスロットはわかっていた。
「たとえ、クライブとハールーンを殺されたとしても、我々が今出来る最善の策は、その程度なんだ」
「そうでしょうか」
ビクターはランスロットの苦悩に気付くことはなく、溜息に近い声で呟いた。一日動き回っていた疲れが突然に襲ってきたようにビクターには思える。
「そうでしょうか」
「残念ながらな」
ランスロットの声は、彼もまた疲れているのか精彩に欠ける響きだった。


←Previous Next→


モドル

静かながらに佳境に入ってきました。かなり二人は打ち解けてきたようですね。ソニア偉いぞ!(笑)早くシャロームあたりの話も遡って公開したいのですけど。